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ハロウィーンがやってきた ~さらなるブラッドベリ~

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前回のブログで「ハロウィーン」はケルト文化の影響を受けていると書いたが、10月31日は、まさに「ハロウィーン」。そして、ブラッドベリの作品に「ハロウィーンがやってきた(原題:THE HALLOWEEN TREE)」がある。

Wikipediaから引用すると、古代ケルトの信仰では、新年の始まりは、冬の季節の始まりである11月1日の「サウィン祭」であった。したがって、ケルト人の1年の終りは10月31日で、この夜は死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出てくると信じられていた。これらから身を守る為に仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていた。この新年を祝う祭が「サウィン祭」で、ハロウィーンの起源であり、この祭りは、毎年10月31日の夜に始まった。やがてこの祭りはキリスト教へと引き継がれていって、現在の「ハロウィーン(万聖節の前夜祭)」となったそうだ。

ハロウィーンの主役は、まさにブラッドベリの世界に描かれたような、不気味なものや怖ろしいもので、死、不死の怪物、黒魔術、伝承の怪物などである。それゆえに、ハロウィーンの仮装には、幽霊、魔女、コウモリ、黒猫、ゴブリン、バンシー、ゾンビ、魔神、それにドラキュラやフランケンシュタインの怪物のようなものが登場し、ハロウィーン前後の時期には、これらのシンボルで家を飾る。レイ・ブラッドベリの「10月はたそがれの国(The October Country)」は、このハロウィーンの「10月」を強く意識したタイトルであったに違いない。

おなじみの「ジャックランタン」(Jack-o’-lantern)」(蕪ちょうちん)は、白色の蕪をくりぬき、刻み目を入れ、内側からろうそくで照らしたもので、最もハロウィーンらしいシンボルである。英国とアイルランドでは、今なおカブを使っているところもあるが、アメリカへの移民たちは、刻みやすいカボチャを早くから使い始めた。ハロウィーンを祝う家庭では、カボチャを刻んで怖い顔や滑稽な顔を作り、悪い霊を怖がらせて追い払うため、ハロウィーンの晩、家の戸口の上り段に置くのが習慣となっていることはご存知のとおり。

小説「ハロウィーンがやってきた」は、子どもたちが待ちに待ったハロウィーンの夜に伝説の怪人に導かれ、八人の少年は時をさかのぼる。生きることの喜びと恐れにめざめてゆく少年たちの夢と冒険を詩情ゆたかに描く、ブラッドベリが手がけた児童向けの長編ファンタジー。
ハロウィーンがやってきた (ベスト版 文学のおくりもの)
レイ ブラッドベリ / / 晶文社
ISBN : 4794912455
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「何かが道をやってくる」。
ある年のハロウィーンの夜、ジムとウィルの十三歳の二少年は、一夜のうちに永久に子供ではなくなった。カーニバルの騒音の中で回転木馬の進行につれて、時間は現在から未来へ過去から未来へと変わり、魔女や恐竜の徘徊する悪夢のような世界が展開する。
何かが道をやってくる (創元SF文庫)
レイ・ブラッドベリ / / 東京創元社
ISBN : 4488612016
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そして、「何かが道をやってくる」は、1983年にディズニー・プロが映画化されたが、映画化されたブラッドベリの作品はいくつかある。代表的なものは以下の2作だろう。
「火星年代記」。「ミレニアム」のM・アンダーソン監督によって1979年に映画化されているが、人類が火星探検を始め、定着から開発、やがて経験する衰退までの年代記を全26の短編と断片で構成されてる。映画の主役はロック・ハドソン。かって一日かけて、TV放映されたときずっと観ていたがそれだけ面白かったのだろう。映像は、いまの特撮技術、CGからすれば幼稚とさえ見える映像であるが、レトロな雰囲気が妙になじんだのを記憶している。

火星年代記 (ハヤカワ文庫 NV 114)
レイ・ブラッドベリ / / 早川書房
ISBN : 4150401144
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火星年代記 メモリアル・エディション
/ 紀伊國屋書店
ISBN : B000BFLABC
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「華氏451度」。書物を読むことが禁じられた未来社会のなかで、読書の喜びを知った男に待ち受ける過酷な運命とは ・・・・・。
レイ・ブラッドベリの傑作SF小説を、名匠フランソワ・トリュフォーが1966年に映画化。詩的でウイットに富んだ語り口で、思想統制のための焚書が行われる恐るべき未来の姿を描き出す。タイトル「華氏451度」は、紙が燃え出す発火温度である。

華氏四五一度 (ハヤカワ文庫 NV 106)
レイ・ブラッドベリ / / 早川書房
ISBN : 4150401063
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華氏451 (ユニバーサル・セレクション2008年第7弾) 【初回生産限定】
/ ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
ISBN : B0017XB4Y0
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ちなみにマイケル・ムーア監督がブッシュ大統領を徹底批判するドキュメンタリー、「華氏911」は、この「華氏451度」のタイトルをもじったものである。9.11の同時多発テロを発火点になぞらえて、ブッシュが大統領に当選した際のフロリダでの選挙疑惑や、同時多発テロ前後の彼の行動、ブッシュ家とビンラディン一族の意外なつながりなど、経歴や言動から大統領としての資質を問い正す。
これについて、ブラッドベリは、「了解もなしに、数字だけを変えて題名を使った」、「恐ろしい人間だ」などとムーアを非難し、映画の内容についても「わたしの意見とは何の関係もない」と語っているらしい。

華氏 911 コレクターズ・エディション
/ ジェネオン エンタテインメント
ISBN : B0001X9D68
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イラク戦争を始め、投機資本主義の拡大を野放しにして世界金融不安を招いたブッシュ。その政治的評価は数日後に下される。

マネーな人々  ~マーケッターとしてのシニア考(12)~

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最近目にしたことで、ちょっと気になることがあります。実は私の通勤途上に某銀行の外国通貨両替コーナーがあるのですが、ここ2週間ほど前から、かなりの人が毎日行列を作っています。以前は帰宅の時間帯に、そこで殆ど客を見かけることはなかったのですが・・・・。勿論、昨今の急激な円高の情況が大きく関係していることは容易に想像できるのですが。

行列を作っている人はとみると、円高に悲鳴を上げ、少しでも円が安いうちに替えておこうというような外国人旅行者でもなく、また近々海外旅行に出かけるような人たちにも見えない。中高年のおじさん、おばさんといった感じの人たちが大半で、そして誰もが「ぶすっ」として不機嫌な表情で列に並んでいた。

これは私が勝手に推測するに、多分しばらく前の円安の時期に、「外貨で持っていたほうが蓄財に有利」というような経済?評論家の口舌を信じて、老後のためなどの資金を、ドルなどの外貨で保有していた人たちが、この急激な円高にたまりかねて円へ戻すために窓口に並んでいたのではないか。あるいは、今後円安に振れることを見越してドル買いをする、そんなところではないかと思うのですが。それにしても連日これほどの人の列。けっこうプチ・投機をやっている人がいるのですねえ。もし、そうだとしたら、なんとなくやるせなくわびしい話だなあ・・・・。

すべて人任せになっている私の年金や基金も少し心配になってきた・・・・。

かってロックと貧乏はコインの裏表。ジョン・レノンが、「誰か金をくれないか。金がほしいんだよ。どうしても金がいるんだよ。・・・」と歌う、「Money (That’s what I want) 」は「ウィズ・ザ・ビートルズ」のラスト曲として収録されている。初期のジョンの粘っこい絶叫が、かっこ良かったなあ。

「マネー」を歌うなつかしの映像は You Tube でもみられますよ。(色字部をクリックしてみてください)

ウィズ・ザ・ビートルズ
ザ・ビートルズ / / EMIミュージック・ジャパン
ISBN : B00005GL0L
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「私の楽器はオーケストラだ」。ビッグバンドのリーダーとして、ジャズを芸術の域まで高めた真の巨人、デューク・エリントン。彼のピアノを中心に、チャールス・ミンガス(Bass)、マックス・ローチ(Drums)というJAZZ史上最強ともいえる巨人たちが激しく個性をぶつけ合う、1962年のトリオ作品。

マネー・ジャングル+8(紙)
デューク・エリントン / / EMIミュージック・ジャパン
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10月はたそがれの国    ~ 本棚の片隅に潜む闇 ~

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「10月」が過ぎていく。9月でも11月でもない「10月」が足早に過ぎていく。この「10月」という言葉に私は特別の魅惑的な響き、あるいは郷愁にも似た感傷を感ずる。それはかって愛読した「レイ・ブラッドベリ」の短編集、「10月はたそがれの国(The October Country)」の影響であろう。その昔、青春時代にずいぶんとブラッドベリを読んだ。その中でも、「10月はたそがれの国」、「メランコリイの妙薬」、「黒いカーニバル」など、今風に言えばおしゃれなタイトルと、「奇妙な」としか言いようのない読後感によって、すっかりとりこになってしまったものだ。

「レイ・ブラッドベリ(1920‐)」。イリノイ州生まれ。少年時代から作家を志して創作を続け1941年にSF専門誌でデビュー。1947年には最初の短篇集『闇のカーニバル』を刊行。O・ヘンリー賞を二年連続して受賞したほか、多くの賞を獲得。ポオの衣鉢をつぐ幻想文学の第一人者とされる。
「10月はたそがれの国」は、SFの抒情詩人といわれるブラッドベリの名声を確立した処女短編集「闇のカーニバル」の全編に、新たに五つの新編を加えた作品集。後期のSFファンタジーを中心とした短編とは異なり、ここには怪異と幻想と夢魔の世界がなまなましく息づいている。そして、「ジョー・マグナイニ」の挿絵12枚を付してさらに雰囲気を醸し出している決定版。1965年12月24日のクリスマス・イブに初版が発行されて以来、60数版を重ねている超ロングセラー。

10月、秋の黄昏時、急速に冷え込でいく空気、そこかしこにできる長く伸びた影と闇、そこから忍び出てくる瘴気、狂気、怪異、恐怖・・・。まさしく「逢魔が刻」といった感じの、この季節のこの時間を、ブラッドベリは、「10月が生み出す一瞬の異次元の国」と見立てたのだろう。

トリック鏡に己の巨人化した姿を映しては満足する小人の悲劇を描いた「小人」、自分の骨は自分以外の別なものに操られているのではという妄想を抱いた男の恐怖を描く「骨」、「病気で寝ています 訪問客歓迎」という札をぶら下げた犬が連れてきた客は誰、「使者」 ・・・・・。

10月はたそがれの国 (創元SF文庫)
レイ・ブラッドベリ / / 東京創元社
ISBN : 4488612024
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ファンタジーでもホラーでもないブラッドベリの世界は、闇、恐れなど異次元の世界に憧れていた当時の私の抱いていたやや鬱屈した心を捕らえて放さなかったのだ。ブラッドベリとは私にとってはある種のヒーリングでさえもあった。

そして、表題作ほか全22の短篇を収録する「メランコリイの妙薬」も愛読した一冊である。

メランコリイの妙薬 (異色作家短篇集)
レイ ブラッドベリ / / 早川書房
ISBN : 415208765X
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ブラッドベリ、ブラウン、ダール、マシスン、コリア、エリン、ラブクラフトとクトウルフ神話、ケルト神話、フォン・デニケン・・・・」など、青春時代に夢中になったものの、いつからか本棚の片隅に置き忘れられた「闇」や「影」を描く作家や作品たち。現実の社会を生きていく中で、徐々に忘れていったこれらの作家や作品を、もう一度読み返してみようかという気持ちになったのは、ひょっとしたら、10月というこの月に、再びパンドラの箱を開けてしまったからかもしれない。

このカテゴリーの文学の祖は、もちろん「ブラッドベリ」が衣鉢をついだといわれる「エドガー・アラン・ポオ」であるが、この二人のアメリカ人が描く物語に、アメリカの特徴とも言える明るい色彩を感ずることはない。むしろイギリス人作家だといわれてもまったく違和感がないくらいだ。特に「ポオ」に関しては父方の祖父がアイルランド出身ということもあり、「ケルト文化」の影響を色濃く感じてしまうのだ。そして「ブラッドベリ」についても・・・・・。

「ケルト文化」。 ローマ帝国がアルプス山脈を越えるまで、その北側はローマ人が「ガリア」と呼んだケルト人の世界であった。ケルト文化が、キリスト教とは別の流れの中にあるもうひとつのヨーロッパ文化といわれる由縁である。やがて、ローマ帝国とキリスト教文化が版図を拡大するにつれ、ケルト民族は、次第に西方や北方に追いやられ、ローマによる植民地化や文化破壊のため衰退していった。
現在では、ケルト文化は、ローマの植民地化を免れたアイルランド、スコットランドや、今でも英語とは別の言語を持つイングランドのウェールズ地方やコーンウォール地方、フランスのブルターニュ地方に色濃く残っている。ブリテン島が、フランス側からは今でもブリテン、ブリタニカの語源となる「ブルターニュ島」と呼ばれていることが、かって同一文化圏であったことを示しているという。鉄器、巨石、妖精、精霊、魔女、幽霊、女神信仰、神話、伝説、音楽などに独自の特徴を持つケルト文化は、いまなお、ヨーロッパ文化に大きな影響を与えているといわれている。たとえば、ハロウィンもその名残らしいし、文学でいえば、トルーキンの「指輪物語」などはその代表例であるというし、ベストセラー「ダ・ビンチ・コード」の後半の部分にはケルトの女神信仰がストーリー展開のベースになっているといわれている。

フランス・ブルターニュ地方を中心に、伝統のケルト文化と現代音楽の融合を目指して活躍するソロ・JAZZピアニストに「ディディエ・スキバン」がいる。その叙情的なタッチは、JAZZというカテゴリーに納めるにはすわりが悪いし、かといってクラシックでも民俗音楽でもない。勿論それらの要素はすべて内包しているのだが・・・・。俗っぽく言うと、ヒーリング音楽、あるいはフランス版ウィンダムヒルとでもいえば感じがつかめるだろうか?

その「ディディエ・スキバン」が奏でるソロ・ピアノアルバムは「ROZBRAS/ロスブラス~12の色彩」。「MOLENE/モレーヌ~この世の果て」、「PORZ GWENN/ポルス・グウェン~白い港」に続くピアノソロ3部作の完結編だそうだ。
いかにもヒーリング音楽、それらしさを感じてしまう部分もあるのだが、私は就寝時などによく聴いているが、癒されることは間違いない。しかし、最近つとに「予定調和」的な流れに身を委ねるのが心地よくなってきたのも老いの予兆かもしれない。
SACD/CDのハイブリッド仕様だけにピュアな音質は際立って素晴らしい。

ロスブラス~12の色彩(ソロ・ピアノ三部作(3))
ディディエ・スキバン / / avex io
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駅 トワイライト・タイム ・・・・・

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10月19日に京阪電鉄の中之島線が開通した。首都圏での新線の開通はさほど珍しいことではないが、地盤沈下にあえぐ大阪にとって、この新線の開通は本当に久し振りで、活性化への起爆剤として期待されている。大阪に土地勘のない人には、分かりにくいでしょうが、この新線は、京阪本線の天満橋駅から分岐し、なにわ橋駅、大江橋駅、渡辺橋駅、終点中之島駅までの中之島の地下をはしる路線です。

中之島(なかのしま)は、大阪のど真ん中、大阪市北区、堂島川と土佐堀川に挟まれた、東西約3km、面積約50haの細長い中洲で、内山田洋とクール・ファイブの「中の島ブルース」などで歌われているところ。

その昔、大坂が天下の台所と言われた江戸時代は、旧淀川の堂島川や土佐堀川の水運を利用する為に、各藩の蔵屋敷が立ち並び、ここに全国各地の物資が集まる様になった。明治時代になると、これらの蔵屋敷は払い下げられ、大坂の商業やビジネスの中心としての役割だけでなく、図書館や公会堂等の文化施設や大阪帝国大学(現・大阪大学)を始めとする学校や病院も建設され、近代大阪においては情報と文化の発信地でもあった。そこにある中之島公園は、都心部の貴重な公園となっており、バラ園が有名。またイベントも数多く行われており、中之島祭りや光のルネサンスは毎年開催されている。

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[上の写真はブログ「ゆるっと。しゃきっと。」より]

また、天満橋から中之島線に入ってからの最初の駅となる「なにわ橋駅」の出入り口のデザインは大阪の活性化に奔走する有名な建築家・安藤忠雄氏の設計である。これを観たかったので早速帰宅途中、ちょっと回り道をしていってきました。このなにわ橋駅近辺には、中央公会堂、中之島図書館、日本銀行大阪支店などの歴史的建造物や東洋陶磁器美術館などが立ち並ぶところ。中央公会堂は、北浜の風雲児と呼ばれた相場師・岩本栄之助が私財を寄付し建てた建物で、国の重要文化財にもなっている。建築設計コンペにより採用された岡田信一郎原案に基づいて、かの辰野金吾・片岡安が実施設計を行い、1918年(大正7年)に完成した赤レンガの美しい建物。

安藤氏設計の出入り口は円弧状に湾曲した天井・壁の内側に青く発光するLEDを埋め込んだクリスタル硝子のブロックを張り詰めたもので、コバルト・ブルーの空間をゆっくりとエスカレータが上がって行くと、両サイドを流れている堂島川や土佐堀川の水中から地上へ浮揚していくような感覚に捉われます。そして半アーチ状の出入り口の先には、ライトアップされた中央公会堂の美しい姿が徐々に見えてきます。そうです、この出入り口は、薄暮時或いは夜の帳が訪れた頃が、最も美しくなるように設計されているのです。

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薄暮時、ライトアップされた公会堂の屋外テラスでは、川面を吹き渡る秋風に身を委ね、食事を楽しむ多くのカップルの姿や、柵にもたれてじっと川面に映る夜景を見入る人の姿も・・・・。なにわ橋付近の街歩きを楽しむには、春か、この秋の時期の夕暮れが一番いいようですね。また街を楽しむための素材がひとつ増えました。

昔から、駅というものはそこに様々な人生模様が展開されるため、映画、歌、小説の背景として数多く登場してきた。「出会いと別れ」を描いた名画は数多くあるが、なかでも、青春時代に見た「男と女」、「ひまわり」、「恋に落ちて」はその音楽とともに「駅」を舞台にしたラストシーンが忘れられない。

戦争によって別れ別れになったが、やっと再会した夫をロシアへと見送る哀切極まりないミラノの駅。ビットリオ・デ・シーカ監督、ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ主演の「ひまわり」のラストシーン。

ひまわり《デジタルリマスター版》
/ ビデオメーカー
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共に連れ合いに先立たれた男女が、互いの悲しい過去を引きずりながら恋に落ちていく様を描いた大人のラブ・ストーリー。どうしても過去を振り切ることができず、パリへ一人戻る女性を乗せた列車を、車を飛ばして追いかけ、男は駅で待ちうける。ピエール・バルーが歌う同名のボサノバが新鮮だったクロード・ルルーシュ監督、アヌーク・エーメ、ジャン=ルイ・トランティニャン主演 「男と女」のラストシーン。

男と女 特別版
/ ワーナー・ホーム・ビデオ
ISBN : B001F4C5H6
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落ちてはいけない中年の男女の恋を描いたロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープ主演の「恋におちて」は、ニューヨーク、グランド・セントラル・ステーションとロングアイランドを結ぶ通勤列車が舞台。「デイヴ・グルーシン」のテーマ曲「マウンテン・ダンス」が出色の出来ばえ。

恋におちて
/ パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン
ISBN : B000GM4CCO
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そして音楽では、「竹内まりや」のバラードを豊かな表現力、歌唱力で歌える大人のシンガー「徳永英明」がカバーした「駅」。大ヒットしたシリーズの第一作「VOCALIST」に収録されている。

「♪見覚えのある レインコート/黄昏の駅で 胸が震えた/はやい足どり まぎれもなく/昔愛していた あの人なのね/懐かしさの一歩手前で/こみ上げる 苦い思い出に ・・・・・♪」(竹内まりや作詞)

VOCALIST (通常盤)
徳永英明 / / ユニバーサル・シグマ
ISBN : B000A89TAY
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ブラジル人「アドニラン・バルボーザ」が作った哀愁溢れる「11時の夜汽車/Trem das Onze(トレン・ダス・オンゼ)」は「グレース・マーヤ」が歌う。今回のアルバムはボサノバ中心で、彼女の歌手の部分に力点を置いて作られているような気がする。選曲、編曲、SACDとCDのハイブリッド仕様などがそれを物語っている。

「♪僕の家はジャサナン(地名)/いま出るあの汽車を/11時の汽車を逃したら/あとは明日の朝しかない・・・・・・♪」(Masami Takaba訳)

最終列車の恋人達の別れ。JR東海のCFを思い起こさせるような「泣き節・サンバ」の名曲。

イパネマの娘
グレース・マーヤ / / Village Records(SME)(M)
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パリ、空中プロムナード   ~バスティーユ、リヨン駅界隈を楽しむ・番外編~

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先日、佐伯祐三の描くパリの街角をみていたら、パリの「街歩き」のことを思い出した。バスティーユ近くから始まり、リヨン駅北側を通って伸びる高架鉄道跡の「空中プロムナード」をおすすめの街歩きルート、「街を楽しむ・想い出の番外編」として記してみたい。
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かって何回かパリは訪れたことがあるが、2007年4月に妻と訪れたときに、今回は「パリの街歩き」を楽しもうと決めていたのだが、ホテルか日本食レストランで入手した日本語の情報誌にパリ、リヨン駅近くの「空中プロムナード」の情報が載っていた。運良くリヨン駅近くのホテルに宿泊していたため翌日の朝さっそく出かけてみた。

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この「空中プロムナード(Promenade plantée、プロムナード・プランテ=緑の散歩道)」は、もう使わなくなった鉄道高架跡を改修して遊歩道にしたものです。1859年バスティーユから延びるヴァンセンヌ線と呼ばれた高架鉄道として建設され、以後110年間に渡って利用されていたが、すでに路線は廃止されそのまま放置されていたものを、1986年にパリ市が買取り、プロムナードとして再利用することになったものです。かっての軌道部には樹木や花を植え空中緑化、公園とし、総延長約1.4kmにも及ぶ歩行者用遊歩道として利用し、高架下のアーチ部はアトリエや工房、店舗空間として1995年に復活させたものです。(注;別の「資料」には総延長4.5kmとあり、実際に歩いた私としてはそちらが正しいのではないかと思います。かなりの距離でした。)
(上の写真記事はサイト「建築マップ」より引用、参照)

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高架プロムナードはただ緑を植えるだけではなく、4月に訪れたときは、花壇やバラ園になっていたり、またところどころベンチのある広場になっていたり、変化をもたせています。プロムナード沿いのアパルトマンの窓辺の花や景観、教会、眼下の道路と歩く人々、カフェ、そんなパリのごくごく一般的な風景が借景となり、交差点も信号機もない遊歩道の中をのどかな雰囲気で歩くので、楽しく疲れずに散歩できます。

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そして、高架下はアートと工芸の集積地となっており、家具、ドア、ランプ、アクセサリー、トルーペイント、刺繍、陶磁器などのさまざまなショップやギャラリー、工房が並んでいます。 上の写真はこういうものがあると始めて知った、きれいな刺繍が施されたミニチュアのハイヒール専門のブティック。北斎のモチーフの上にさりげなく・・。

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木のクラフト・ショップのウインドウに置かれたかわいいハリネズミのクラフト。

バスティーユ、リヨン駅どちらからも歩いて5分ほどのところにありますが、行きは空中プロムナードを散歩し、開放感とパリの雰囲気を満喫し、帰りは高架下の工房を覗きながら、お土産や買い物を楽しむというルートがおすすめです。

それにしても、140年以上前に建てられた高架鉄道跡をこんな素敵で、意外な形で再利用し、しかもそれがまったく古さを感じさせず、むしろパリの街の中にオアシスとしてしっくりと溶け込んでいる、こんな懐の深いヨーロッパ、パリの歴史建造物や建築に対するセンス、感覚は建築関係者ならずとも、ぜひ見習いたいもの・・・・。

さあ、パリをタイトルにしたJazzアルバムはいくつかあるが、ピアノトリオ「ケニー・ドリュー」の「パリ北駅着、印象」をあげておこう。
ケニー・ドリュー (Kenny Drew、1928年8月 – 1993年8月)はハード・バップ・ピアニストの一人でニューヨーク出身でありながら、ヨーロッパにすっかり魅せられてしまったアメリカ人のJazzピアニスト。メロディを重視し、優しいタッチの演奏で、ヨーロッパ及び日本で人気を集めた。今風に言えば、ヨーロピアン・スムース・ジャズ・ピアノというところか・・・・。
彼は、1961年にパリに渡り、その後1964年からデンマークのコペンハーゲンに活動の拠点を移し、以来コペンハーゲンを生涯の演奏の場にしたと言う。心地よさだけではない「サムシング」を感じさせる演奏が人気を呼んだのであろう。
「パリ北駅着、印象」は、1988年にケニー・ドリュー・トリオがコペンハーゲンで録音したアルバムです。パリへの憧れ、ヨーロッパへの愛着がにじみ出てくるような傑作アルバム。

パリ北駅着、印象
ケニー・ドリュー・トリオ / エムアンドアイカンパニー
ISBN : B0000A8UY8
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そして、パリの大衆音楽「ミュゼット」の薫りを色濃く感じさせるアルバムは、なぜかタイトルはアカプルコの「桑山哲也/アカプルコの月」。ボサノバ、フランス大衆音楽のミュゼット、ジプシー・スイング、タンゴなどがいっぱい詰まった宝石箱のようなアルバムで、ノスタルジックなアコーディオンの音色は、とても心地よく、パリの街角を歩いているような異国情緒に浸れます。これほどまでに異国情緒を表現できる彼のバックグラウンドとは一体なんだろう。藤田某という女優と結婚したらしいが・・・・・。

アカプルコの月
桑山哲也 広瀬健二 高橋辰巳 黒木千波留 山田智之 村上“ポンタ”秀一 北村晋也 / BMG JAPAN
ISBN : B00005ONVC
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二人のエトランゼが描くパリの心象風景・・・・。

神戸元町ミュージックウィーク点景

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阪神淡路大震災の2年後から始まり、今年で第11回を数える「神戸元町ミュージックウィーク」。神戸元町界隈の街角7箇所で、クラシック、民謡からJAZZ、POPSまで、2週にわたって繰りひろげられた「神戸元町ミュージックウィーク」ストリート・コンサートの点景。殆どがアマチュアで仕事などをやりくりして練習しているらしいが、いずれのバンドもアマチュアをはるかに超える力量。素人写真で見難い点、熱い雰囲気が伝わってこない点はごかんべんを・・・・。

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メンバーの大半が女性のビッグバンド、「SAKURA WIND ORCHESTRA」。写真では分かりにくいが、娘さんを抱っこしてのサキソホン・ママの演奏がほほえましい。

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去年も聴いたピアニカによる女性デュオ、「Selfish」。きっと誰でも一度は手を触れた事のある身近な楽器、ピアニカによるJAZZ演奏はめずらしいが、きわめて親しみやすい。

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爺さんビッグバンド「あさかぜジャズバンド」。どうですか、メンバーのこの活き活きとした顔。(この写真では分からんか・・)「チュニジアの夜」でソロを取ったトランペッターの爺さんはなんと75歳だそうです。なんという素敵な生き方。枯れるどころか、熱い迫力満点の演奏を展開。

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都会の一角に吹き抜けたブラジルの風。ボサノバ・バンド「Klee Blatt」。

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なんと女性ばかり6人のサックス陣を前に並べ、ラテン・フレーバー一杯の演奏が楽しい、「@tempo」。

久し振りに「昔とったなんとやら・・」がうずきました。
また来年も、会えることを楽しみにしています。

大地の恵み、収穫の秋に・・・・

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今年も、北摂、丹波地域で「味覚の秋」が始まりました。
まずは、「丹波栗」とともに、あの絶品の、「丹波篠山黒枝豆」の買出しから始めます。販売解禁日は10月5日からたった2週間の間のみ。最盛期は過ぎたとはいえ、ビール党の私にはこの時期には欠かせないもの。プリプリしてやわらかく、まずほんのりした甘みが鼻を通り、そして旨みが口に広がります。すこし日にちがたつと、豆は黒ずんで見た目は悪くなりますが、味はむしろ深みが増します。古くから丹波篠山地方では、粘土質の土壌と、昼夜の激しい温度差が好条件となって、良質の黒大豆が栽培されてきました。そして、毎年10月上旬の2週間しか生産されない希少な「丹波黒大豆」になる前の「若さや」を「黒枝豆」として食べるのが秋の収穫の風物詩になっています。そして、あと一月もすると、おせち料理に欠かせない「丹波の黒大豆」の時期となるのです。

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昼食には、お気に入りの蕎麦屋の一つで、茅葺きの古い農家を改装した「一会庵」にて、「蕎麦切り」を薬味もわさびもなしのいたってシンプルな形で味わう。丹波焼きの深皿に盛られた腰の強い、歯ごたえのあるやや細めの蕎麦。素朴ながら、しっかりとした腰の蕎麦を、力強い濃い目のつゆで味わうのがこの蕎麦屋の流儀。もちろん新そば、大地の恵み。

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そして、今日は、地域のコミュニティ活動の一環で、子供達と「芋ほり」会。我々ボランティア・メンバー達が、6月頃、近くの貸し農園にさつま芋の苗を植え、夏は除草、水遣りなどの世話をしてやっと収穫の時期を迎えたのである。200人近く集まった大勢の子供達とお父さんお母さん方。一斉に芋畑へ。そして沸きあがる歓声。泥だらけになり、掘れば当然出てくるミミズや虫の幼虫にびっくりし、さつま芋とはどういう形で成熟、収穫出来るのかを身をもって学んだはず。

そして、ドイツ・ミュンヘンでは、世界最大のビール祭り「オクトーバーフェスト(10月祭り)」が9月20日から始まったとの記事。なんと今年で175回目を迎える伝統の行事である。大地の恵みへの感謝、収穫の喜び、食の楽しさは世界中同じこと。出張中に遭遇して、しこたまビールの洗礼をあびたことがあるが、特に南部地方のドイツ人は陽気で、飲みかつ歌い、神への感謝という人間本来の生き方を楽しみ、かつ誇りをもっているからこそ、このフェストが175年以上も続いているのである。ちなみにドイツでビールと呼べるものは、水と麦とホップのみで作ったものだけだそうだ。

日本でも古来、宮中で行われる「新嘗祭」は、11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に勧め、また、自らもこれを食して、その年の収穫を感謝する祭儀であり、各地の村々の「鎮守の秋祭り」も、新穀を供えて神を祭る稲作儀礼である。洋の東西、宗教を問わず、秋の収穫に対する神への感謝祭という人の営みは共通しているようだ。

それにしても、金融工学、サブプライムローン、証券化商品・・・・。「食する」という人間の根源的な営みとその延長上にある「実体経済」から大きくかけ離れ、巨大化しコントロールすら出来なくなって、欲望の極みというべき、背信的で、詐欺的で、あざとい「金融経済・投機経済」が、食糧すらも投機の対象にし、アフリカなどに飢餓をもたらすばかりでなく、今、世界中を金融危機に陥れている。コンクリート・ジャングルのウォール街でコンピュータを操って、世界を取った気でいた錬金術師達よ、すこしはまっとうに働いて稼いでみろ、と言いたい・・・。

自然を愛する全ての地球人、そして子供達に最後に残せるものは・・・・・。

アース スタンダード・エディション
/ ギャガ・コミュニケーションズ
ISBN : B00165SD98
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酒蔵通りで見つけたスエーデン  ~西宮・今津港界隈を楽しむ~

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妻の誕生日。ということで、現役時代は、仕事の忙しさにかまけて、ほったらかしにしていた過去の罪滅ぼしも兼ねての「お出かけ」。街歩きと美味しいものを食べ、美しいものを観たいという欲張りな彼女の要望に応えることになりました。まず最初の二つ。かってヨットの練習に明け暮れていた西宮・ヨットハーバー近く。そんななつかしいこの近辺には、案外知られざるいろいろな史跡が残っていて街歩きにも適しています。まず、「西宮砲台」。時はNHK大河ドラマ「篤姫」の時代。国防不安を感じた江戸幕府は、勝海舟の提言をいれて大阪湾沿岸4カ所に砲台を築いた。和田岬、湊川、今津…そしてここ、西宮。実用に向かなかったらしいが、当時の面影をよくとどめているという。詳細はリンクのサイトでクリックしてご覧を。

そして、西宮は、阪神間では「灘」と並んで多くの酒造会社が立ち並んでいる酒どころ。白鹿、松竹梅、白鷹、日本盛、大関、多聞、白雪、金鹿、扇正宗・・・・・・など大手酒造メーカーが目白押し。六甲山系からの伏流水で日本名水100選にも選ばれ、海に近いことから塩分も適度に含まれていることが酒造りには欠かせない酵母の発酵を促進させるということから、酒造りがこの地で盛んとなったそうだ。その由縁となる「宮水発祥の地」や明治時代の小学校の校舎である「今津六角堂」などを廻って「今津灯台」へ。
今津は江戸時代に酒造りと酒の積出しで栄えた港町。当時、江戸への「下り酒」を運ぶ樽廻船を迎えたこの港の灯台は、江戸後期の文化7年(1810)今津の大関酒造、五代目当主長兵衛によって創設され、昭和59年には創建当時そのままの姿に復元されました。高さ6m余、木造の灯篭型の灯台で、今津港のシンボルとして親しまれ、海図にも記載され、今でも現役でその役目を立派に果たしています。

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そしてお酒ではなく、お目当てのランチは、最近多くの酒蔵や酒造メーカーが経営しているアンテナ・レストラン。そのうちの一つ「日本盛」がオーナーで「無農薬栽培野菜」にこだわったレストラン「over garden/ウーバレ・ゴーデン」。スエーデン語で「庭をこえたところに」という意味らしいが、「シンプル」、「モダン」、「ナチュラル」という店のコンセプトを突き詰めていくと、「スエーデンの暮らし方」が最も似ているということでこの名前になったそうです。前庭を抜けていくアプローチ、心地よいインテリア、明るくて店一杯に溢れる日差し、作り手の顔や作業がみえるオープン・キッチン・・・。そしてパスタ・ランチの美味しかったこと。街角で見つけたスエーデン。妻、大満足の街歩きと食事でした。また一つ「いもたこなんきん」が増えたかな・・・・。

そして、残った最後のお望みは、「美しいものを観たい」という要望。さればと、友人やブログ読者の薦めもあって会期の終了も間近になっていた「佐伯祐三展」。西宮から一気に車を飛ばして大阪・天王寺公園、大阪市立美術館へと。

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佐伯祐三;カフェ・タバ 1927年 個人蔵  特別展HPより

「佐伯祐三(1898-1928)」。大阪出身で、30歳の若さでパリで夭折した天才洋画家の没後80年を記念した展覧会。北野中学校を卒業し、東京美術学校へ入学、1924年にパリに渡り、自作をフォーヴィズムの巨匠「ヴラマンク」から「アカデミック!!」と一喝された佐伯は、そこから自己を確立する芸術の模索の旅が始まる。この展覧会はその旅と鋭い造形感覚と荒々しいまでの個性溢れる画風でいまだに人気の佐伯祐三の世界を、代表作約110点で余すとこなく展望してみせる。

私が心魅かれたのは、再度渡欧した第2次パリ時代の佐伯祐三の描くパリの街並み。その街角に描かれた人物の点景。小粋なファッションをまとい、颯爽と軽やかにすそを翻して歩くパリジェンヌ。簡単な一筆の小さな描写の人物達が、そんなイメージを与えられ、活き活きと鮮やかに動き出し、眼前を横切っていく。

何回か訪れたパリ、その「街歩き」の思い出にぴったりなアルバムは、伝説のアコーディオン奏者、72歳(2001年リリース時点で)のデビュー・アルバム、「ジャン・コルティ/クーカ」。このアルバムは、パリの大衆音楽「ミュゼット」という音楽。哀愁があって、小粋で、レトロで、艶があって、洒脱。まさしくパリジェンヌがコーヒーを楽しむ、パリの街角のカフェが眼に浮かぶよう。収録7曲目は宮崎駿監督「紅の豚」の挿入歌、加藤登紀子の歌った「さくらんぼの実る頃」。

クーカ
ジャン・コルティ / インディペンデントレーベル
ISBN : B00005NE8E
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「薪能・おもろ能」 幽玄の街興し・・・・

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川西市HPより 昨年の演目「半蔀(はしとみ)」

わが住まい、川西市の同じ市内のすぐ近くの住宅街の公園で、毎年この時期に市民主催の「薪能」が開かれます。名づけて「おもろ能」。観覧希望者が多く、観覧募集には毎年、定員(800人)をはるかに超える応募があるそうだが、運良く抽選にあたり鑑賞してきました。

今年は数えて17回目。人間国宝・重要無形文化財の金春流宗家分家・「金春欣三(こんぱるきんぞう)」さん(1925年生まれ、83歳)が、平成4年(1992年)の初回からずっと欠かさずに出演していることで知られ、「おもろ能」は地元には欠かせない行事になっています。
川西は清和源氏発祥の地。その地にふさわしい「土蜘蛛(ぐも)」「船弁慶」といった源氏を題材にした能楽もあり、街おこしの一環として、関西淡路大地震も乗り越え、17年間も中断せずに地域の独自文化として定着させてきた関係者の努力には敬服いたします。

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能舞台は公園内にある石舞台「おもろ座」。世界的に有名な彫刻家、流政之さん(1923年生まれ)の作品。白御影石でできた一辺が5~6メートルもある正方形の床を二つ、互い違いに重ねた星形の石舞台。周囲を高さ2.7メートルの石垣が取り囲んだその作品には「おもろ座」の名前がついています。 完成は1991年。流さんは「鑑賞するだけではなく、ここに人が集うことを意図して作った」といい、こけら落としには能楽を考えていたそうだ。その思いを受け止め、関係者が奔走し、金春さんに無理を承知で出演を依頼し、やっとの思いで、手作りの舞台が整い、かがり火の中、荘厳な薪能が初めて上演されたのは1992年秋であった。流氏制作の石舞台と金春流・能楽という二つの芸術の融合が、見る人を魅了し、人気の行事として地域に定着したのだ。

10月4日、山の中腹に開かれ、周りを豊かな自然に囲まれた公園内の石舞台「おもろ座」で、今年の「川西おもろ能」が開かれました。開演は午後6時。演目は「狂言・柿山伏」、「仕舞・羽衣」、そして「そのとき義経少しも騒がず・・・・」という名文句で知られる「能・船弁慶」。
能を観るのは確か2回目であるが、「柿山伏」のユーモアや笑いは十分理解できたし、「船弁慶」にしても、謡の部分は分からなかったがせりふは十分理解できた。
それにしても、「シテ」を演ずる金春欣三翁、83歳。その乱れも揺らぎもない見事な所作と姿勢、発声。素人の私が観ても感嘆する見事な芸であった。

夕闇に沈んでゆく山の稜線を借景に、あかあかとしたかがり火とスポット・ライトに浮かび上がる幽玄の世界。能の世界を楽しんだ秋の宵の一時であった。

対極にあると思われている能とジャズを近づけるような試みのイベントも各地で行われているようだ。千葉県市川市でも、中山薪能が行われた能舞台をステージにして、「アキコ・グレース」のピアノ・トリオが演奏を行ったそうだ。大本山中山法華経寺で行われた「能舞台ジャズ&クラシックの夕べ」。このような試みが多く行われることで、とっつきにくいアートの代表ともいえる「JAZZ」、「能」への親しみが増せば、これにこしたことはない。

「アキコ・グレース」。バークリー音楽院を卒業し、上原ひろみと並んで人気を二分し、ニューヨークを舞台に活躍する若手JAZZピアニスト。彼女の「和」をテーマにチャレンジしたアルバムが、「Tokyo」。矢野顕子の「春咲小紅」やThe Boomの「島唄」をカバー、さらには童謡や藤原道山の尺八をフューチャーした「おぼろ月夜」など。さらに黒澤明監督にちなんだ曲や東京をイメージした曲などを演奏し、たしかに「和」というコンセプトが横溢しているが、果たしてJAZZとして成功しているかどうかファンの間でも評価が分かれている。

秋吉敏子、宮澤昭ら先達が、「和」+JAZZに挑戦し高い評価を得ている例はあるものの、JAZZで和を演出するのは、意外と難しいのかも ・・・・・・ 。

彼女を現在の彼女たらしめた今までの人生の歩み、影響を受けた音楽、映画、ジャケットにも記されている祖母への敬慕。ジャズというジャンルの枠を取り払ってみれば、彼女の私的なエモーションを凝縮したいわばトリビュート・アルバムとみることができ、十分評価もできると思う。

Tokyo
Akiko Grace / / コロムビアミュージックエンタテインメント
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もしもピアノが弾けたなら(12)  ~人魚姫のとまどい~

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デンマークの首都、コペンハーゲンに有名な観光名所ともなっている「人魚姫の像」がある。そう、あの童話作家のアンデルセンによって生まれ、彫刻家エドワード・エリクセンによってその優雅な姿を彫られた「人魚姫の像」の像である。コペンハーゲン港の埠頭の脇にひっそりと座っている。

コペンハーゲンから海峡を隔て、指呼の距離にあるスエーデン、マルモ(マルメ)市に関連会社があった関係で、コペンハーゲンには度々訪問したことがある。現在は海峡に橋が架かって、コペンハーゲンとマルモは鉄道で40分程度で結ばれているが、それまでは船、フェリーであった。休日などにフェリーでコペンハーゲンに遊びに行くと、船の到着する桟橋から「人魚姫の像」がよくみえたものだ。
マー・ライオン、小便小僧とあわせて、「世界三大がっかり」の一つと揶揄されたりもしているが、私はこの像が大変好きである。大きさも、想像していたより小作りで、高さ120cmほどの小さい像ですが その肩先の細い線や、左手の指先のラインなどに優美さや哀愁が感じられ、中宮寺や広隆寺の弥勒菩薩・半跏思惟像とどこか通ずるような、繊細さ、儚さ、可憐さが漂っているのである。

ところが、この像を、2010年の上海万博に出展させるという計画を政府が提案したところ、市民から猛反対の声が上がり、いま大騒動になっているそうだ。ヨーロッパを訪れる観光客数では近年日米を抜いてNo1となった中国人観光客をデンマークにも呼び込むための目玉と政府は考えただろうが、地元紙なども首都のランドマークの他国への貸し出しには反対しているようだ。いままでに何回も修復されたいるらしいが、1913年から100年近くバルト海を見つめ物思いにふけってきた人魚姫も、きっと当惑しているに違いないだろう。

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コペンハーゲン。チボリ公園などで有名なこの美しい北欧の王国・デンマークの首都には、数多くのJAZZ CLUBがあるジャズの街でもある。もう10月のこの時期はコートが必要なほど朝夕は冷え込むが、色づいた街路樹、公園の木々と石造りの建物、石畳のコントラストの美しさ、もう季節を終え、ハーバーに舫われたヨットたち。旅情を誘う北欧の詩情あふれる街。

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しかし、「水清くしてJAZZ?住まず」。パリ、アムステルダムなどと同様、コペンハーゲンは裏の顔を持っている。ゲイおよびレズビアンの旅行者にとって人気のある目的地になっており、毎年八月はじめに行われるコペンハーゲン・プライド(かつてのマーメイド・プライド・パレード)は彼らのための最大のお祭りである。またコペンハーゲンは不夜城都市であり、最大の繁華街ストロイエを、散歩しさえすれば、特に午後から夕方にかけては、音楽家、マジシャン、ジャグラーなどの大道芸人たちによって繰りひろげられているパフォーマンスを観ることが出来る。

毎年7月上旬に行われ、今年で30周年を迎える「コペンハーゲン・ジャズ・フェスティバル」は、ヨーロッパで有名なジャズ・フェスティバルの一つである。1960年代はじめにアメリカのジャズ・ミュージシャンたち、ベン・ウェブスター、タッド・ジョーンズ、リチャード・ブーン、ケニー・ドリュー、エド・シグペンなどが出演してから大きく発展したといわれる。コンサート・ホールだけでなく、市内の小さなクラブ、カフェ、ストリート、歴史的な場所や広場、運河など街中のいたるところででジャズが楽しめる。仙台、神戸、御堂筋など日本でもよく行われる「街ジャズ・フェス」の原型ではないだろうか。

そして、北欧を代表する哀愁・可憐派ピアノ・トリオは貴公子「ヤン・ラングレン・トリオ」。1966年生まれ、スエーデン南部地方出身で現在はマルモに住み、マルモとコペンハーゲンを行き来しているそうだ。ヨーロピアン・ジャズ・トリオに通ずる典雅さ、ジーン・ディノヴィに通じるよく歌うピアノと華麗なメロディとスイング感、明るさと華やかさがあり、まさにヨーロピアン・ジャズのテイストを持つ。
わずかな夏を追って足早に迫りくる北欧の長い冬の季節。その間の短い秋。まさに「Fall」と呼ばれる秋の夕暮れに聴くにはあまりにもうっとりするロマンティックな「ヤン・ラングレン・トリオ」。

ロンリー・ワン
ヤン・ラングレン・トリオ / / エム アンド アイ カンパニー
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シャレード
ヤン・ラングレン・トリオ / エムアンドアイカンパニー
ISBN : B000063C43
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パーフィディア
ヤン・ラングレン・トリオ / / エム アンド アイ カンパニー
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仕事ではあったが、何度となく訪れた北欧コペンハーゲンとマルモの街。その思い出のために・・・・・・・。



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