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我が家の歳時記  ~燃える秋・一幅の名画~

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今年もやってきた紅葉の季節。そして天気は快晴。かねてからぜひとも観たかった但馬「安国寺」の紅葉が見ごろとの便り。我が家からは少し遠かったのですが、車を飛ばして行って来ました。

安国禅寺は、兵庫県豊岡市但東町相田の集落の中にある臨済宗大徳寺派の寺院で、開基は足利尊氏、開山は夢窓国師である。深く帰依していた夢窓国師の務めによって、国家安泰祈願のため、一国一寺の建立を発願した足利尊氏によって建立された合計六十八の安国寺の一つである。足利幕府より朱印と三百石余の禄が与えられた歴史的価値の高い寺であるが、堂、文化財の殆どが残念なことに失われてしまっている。しかし、この季節は庭の「ドウダンツツジ(灯台躑躅)」が色鮮やかに紅葉することで有名です。このツツジ、写真のように、本堂の座敷を通して、向こうに見るアングルが最も有名です。見た瞬間、その美しさにあっと息を呑まれます。山の斜面に滝が流れるように植えられた「ドウダンツツジ」。その真っ赤な色は、座敷越しに観るとまるで秋を切り取った一幅の絵画のようで、訪れた人たちは声も無く、ただただその美しさに見とれていました。この一幅の絵を見るためにここまで来た甲斐があったと思えるくらいの美しさ。

そして帰路は、出石を廻り、名物の「皿そば」を食して帰ることに・・・。

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但馬の小京都とも呼ばれ、400年近い歴史を持つ城下町「出石(いずし)」。室町時代、山陰、山陽に広大な領地を有していた山名氏の居城置かれた所ですが、1595年(文禄4年)には、播州龍野から小出吉英が現在の場所に出石城を築き、5万8千石の山間の小さな城下町として発展してきました。
碁盤の目のような昔ながらの街並みを残す出石は、出石のシンボル「辰鼓楼(しんころう)」が時を刻み、出石城を中心に、家老屋敷や史料館などが5万8千石の出石藩を彷彿させます。
辰鼓楼は明治四年(1871年)旧三の丸大手門脇の櫓台に建設された鼓楼です。出石城跡大手門の旧内堀の一角にあり、元々は見張り櫓として作られたもので、毎朝辰の刻(午前8時)に藩士に登城を告げる太鼓を打っていた事から辰鼓楼と名付けられました。その後、明治十四年に藩医、池口忠恕氏がオランダ製の大時計を寄付してからは、時計台として親しまれ、今では三代目の時計が時を刻み続けています。

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また、出石はそば処としても有名で、現在は、町内に40数軒もの出石皿そばの店が並ぶ街となっており、年間百万人を超える観光客が訪れるそうです。出石のそばの歴史は今から約300年前の1706年(宝永3年)、信州上田藩を治めていた仙石氏が出石に国替えとなり、その時にそば職人を連れてきたことが出石皿そばの始まりと伝えられています。

白い出石焼の小皿に盛り付ける5皿一組を一人前として出すのが特徴で、追加については、枚数をいって追加することになっています。蕎麦は私の故郷信州と同じ感触と味わいの蕎麦。それを「だしちょこ」に、だし・ねぎ・卵・ワサビ・やまいも等の薬味を混ぜ合わせて食べるのが流儀。一人20皿を平らげると「そば通」の称号をもらえるらしいがとても無理。夫婦で15皿、久し振りの皿そばを堪能しました。

19世紀末から20世紀にかけてのフランスで、絵画の世界を中心に展開されていた「印象派」の作風は、音楽にもおおきな影響を与えた。ドビュッシー、フォーレやラヴェルらが、音楽の「印象派」と呼ばれ、多くの作品を残している。あの「ウィンダム・ヒル・レーベル」が刻一刻と変化をつづける自然の瞬間を耽美的に描写する「印象派」というコンセプトで企画されたアルバムをリリースしている。印象派の作曲家の作品に“サティのジムノペディ”を織り交ぜてつくられた、好アルバム。 原曲の和声の美しさを生かした控え目なアレンジで、各々の特異楽器で静かに歌い上げている。

印象派の世界とウィンダム・ヒル
オムニバス / / BMG JAPAN
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