
(写真;© KOUICHI SAITO 世田谷文学館企画展 HPより)
植草 甚一(うえくさ じんいち) (1908年(明治41年)8月8日 – 1979年(昭和54年)12月2日)
敬意と親しみを込めて、「J・J氏」と呼ばれた。
ミステリー評論家であった。
英米文学の評論家であった。
映画評論家でもあった。
エッセイに添えられたペン画、コラージュが上手かった。
48歳にしてジャズの魅力にとりつかれた。
JAZZ評論家になった。
「楽器を持たないJAZZマン」とも呼ばれた。
すげえスノッブな爺さんだった。
博覧強記、雑学の天才だった。
1960年代後半から70年代にかけて若者文化のシンボル的存在だった。
19歳の私と57歳の青年J・Jとの出会いがあった。
不思議な人だった。
歳をとったら、あんな爺さんになりたいと思った。
我が青春のキーワードの一人だった。
行ったこともないのに、雑誌と本とでニューヨークを知り尽くしていた。
初めてNYに行く人には、「○○には行ったほうがいいでしょう。ここにあります。」と助言していた。
本人が初めてNYへ行ったのは1974年4月、66歳の時だった。
3ヵ月半も滞在した。
NYの古本屋で店員も知らないような英語の古書を山ほど買い込んでびっくりさせた。
1979(昭和54)年没。71歳。
いまだに伝説の人である。
いまだに不思議な人である。
もう手元にないが、そのころ、夢中になって読んだ本は、
ジャズの前衛と黒人たち (1967年) (晶文選書) 植草 甚一 / 晶文社 ぼくは散歩と雑学がすき (1970年) 植草 甚一 / 晶文社
そのJ・J伝説を「YOU TUBE」で見ることが出来る。本当に不思議な人だった。
