JAZZYな生活

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トリビアな歌(2) ~勘違いのご当地ソング~

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かって事業提携で相手先の本社があったミネソタ州の州都、ミネアポリスに何回か行ったことがある。「ミネソタ」と聞くと、ほぼ反射的に思い出す歌が私にはあった。「暁テル子/ミネソタの卵売り(昭和26年2月発売)」。どういうわけか、私はこの歌を、元歌はフォークソングかPOPSか、アメリカ産の歌だとずっと思いこんでいた。ある時、ミーティング後のアフターファイヴの席で戦後間もない日本で大ヒットしたこの歌を紹介したことがある。しかし、アメリカ人たちは誰一人としてこの歌を知らないし、ましてミネソタは卵の産地というわけではないという。座を盛り上げるつもりが、かえってしらけてしまったという失敗の想い出のある歌である。それもそのはず、原因は私の思い違いで、この歌は純国産であったのだ。

それにしてもどういう根拠で、「ミネソタ」と「卵売り」とが結びついたのであろう。今もっての謎である。しかしこの歌、典型的なアップテンポのブギ。戦後間もない復興期の日本で、歌詞の意味するところはやや不明ではあるが、「卵を食べて元気になろう」と呼びかける、底抜けに陽気でJAZZYなこの歌が、日本人にある種の楽天さ、明日への希望をもたらしたのであろう。

「暁テル子(あかつき てるこ)、1921年(大正10年)1月21日 – 1962年(昭和37年)7月20日)」は昭和期の歌手。「ミネソタの卵売り」のほか代表作「東京シューシャンボーイ(昭和26年5月発売)」 などがある。
ブギウギ、ルンバ、チャチャチャなど舶来のリズムを戦後いちはやく取り入れ、ハイカラで新鮮で格好よいということから横文字を多用した歌で人気を博した。「ミネソタの卵売り」と同じように、外国の地名をタイトルに織り込んで、何匹目かのドジョウを狙ったご当地?ソングに、「リオのポポ売り」、「チロルのミルク売り」、「ミシシッピーの恋の唄」、「港キューバのタバコ売り」などがある。

【ミネソタの卵売り】  佐伯孝夫;作詞  利根一郎;作曲
「♪ コッコッコッコッ コケッコ コッコッコッコッ コケッコ
   私はミネソタの 卵売り  町中で一番の 人気者
   つやつや生みたて 買わないか
   卵に黄身と 白味がなけりゃ お代は要らない
   コッコッコッコッ コケッコ 
       ・・・・・ 
   コッコッコッコッ コケッコ コッコッコッコッ コケッコ
   私はミネソタの 卵売り 町中で一番の 美人です
   皆さん卵を 食べなさい
   美人になるよ いい声出るよ 朝から晩まで
   コッコッコッコッ コケッコ   ♪」

default.jpg興味のある方はYOU TUBEで聴けます。

こういうフェイクな日本製ではなく、アメリカにもご当地ソングがいくつかあります。ちょっと思い浮かべてみると、「ルート66」、「想い出のサンフランシスコ」、「我が心のジョージア」、「セントルイス・ブルース」、「テネシー・ワルツ」、「ウイチタ・ラインマン」、「ニューヨークの秋」、「ハーレム・ノクターン」、「ブルー・ハワイ」、「アラバマに星落ちて」など・・・。「テネシー・・」、「アラバマ・・」は州歌になっていますね。まだまだあります。「マサチューセッツ/ビージーズ」、 「花のサンフランシスコ/スコット・マッケンジ」、「恋はフェニックス」、「California Dreaming/Mamas & Papas」、「Do You Know the Way to San Jose?/Dionne Warwick」・・・・。

そんななかで、私がお気に入りご当地ソングNo1は、我がミューズ「ジャネット・サイデル」の歌う「マイアミ・ビーチ・ルンバ」。彼女の甘く、優しく、人を包み込むような温かみのある声。リラクシングな歌の中で光るジャズ・スピリット。JAZZボーカルを聴く喜びに満ちたアルバム。それに、ビキニ姿の若い娘たちがバレーボールに興じていたマイアミ・ビーチの眼福の想い出も・・・。

アート・オブ・ラウンジ~マイアミ・ビーチ・ルンバ
ジャネット・サイデル / インディペンデントレーベル
ISBN : B0000DG46N
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おやじのモノ語り(6) ~さあ、アウトドアへ~

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本当に長い間使っているバッグがあります。西宮にある老舗のセイルメーカー、キングセイル製の黄色のセイルバッグ。ヨットに熱中していた独身の頃から使っていますから、すでに30年は優に超えています。ヨットのセイル地、帆布製で頑丈、堅牢そのもの。相当な量が収納でき、濡れた衣類と乾いた衣類も分けられる優れもの。ヨット活動を引退してからも、旅行・アウトドア、トレーニング・ジム用にと使い、相当乱暴に扱ったが、びくともせず破れやほつれなどどこにも見当たりません。プラスティック製のジッパーの爪が経年変化でいくつか折れている程度。その頑丈さには驚嘆します。このまま使っていても、私の寿命より長持ちするのではないかと思うくらい。まさに良心的な職人仕事に拍手!
濃紺のブルゾンは、仕事の関係で、ある国際的な団体に所属していたとき、その団体から頂いた撥水加工の施してあるロゴマークが入ったブルゾンです。サンフランシスコでその団体の総会があり、アフター・ファイヴのイベントで、メンバーの殆どが揃いのブルゾンで「SFジャイアンツ」の試合を観戦に行ったときのものです。ちょっとした雨などはものともせず、防寒性にも優れていて海外旅行、ウォーキング、街歩きなどに欠かせない一着となっています。そして、何にもまして、この濃紺の色を私は大変気に入っているのです。

Ball Park(球場)では、ちょうど、バリー・ボンズ(Barry Lamar Bonds)のホームラン新記録が間近で、球場の外壁にボンズのホームラン数のパネルがかかっていたことを覚えていますが、観戦した試合はボンズにはホームランどころか、ヒット1本もでず、SFジャイアンツが負けました。そして、試合が終わって、観客もまばらになった球場には、「トニー・ベネット」がうたう「霧(想い出)のサンフランシスコ/I Left My Heart In Saint Francisco」が、ただ朗々と流れていました。

ベスト・オブ・トニー・ベネット

トニー・ベネット / ソニーレコード


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アウトドアには欠かせないこのスイス・アーミ-・ナイフ、日本風にいえば「十徳ナイフ」ですね、これももらいものです。当時スイスに本社のある企業グループに買収されたドイツの企業と長いお付き合いがあり、そこから頂いたものです。訪問するたびに何本か頂いたのですが、今ではこの一本しか残っていません。最近は便利になって、栓抜きとか缶切りなどを使うあまり機会はあまりないとはいえ、いかにもコンパクトで機能的で美しく、Nikonの双眼鏡とともに「男の道具」を感じさせるお気に入りのアウトドアの「道具」の一つである。

「平賀マリカ」に続く、二人目の日本若手女性ボーカルの「My Favorite Things」は「安富祖貴子」の「ニーナ・シモン」のレパートリーを中心に据えた2006年のデビュー・アルバム「魂/KON」から。日本人離れをした共鳴箱としての体の厚さとソウルの熱さを感じさせる久々の大型新人。黒人兵が多く集まる基地の街・沖縄の金武(きん)の出身と聴けば納得。もうすでに3枚のアルバムがリリースされている逸材。

魂/Kon

安富祖貴子 井上陽介 大隈寿男 安井さち子 知念嘉哉 川嶋哲郎 金子雄太エムアンドアイカンパニー

青春のシネマ・グラフィティ・番外編  ~女優たちはなぜ彼の歌を歌う?~

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写真は前回挙げた歌うフランス女優たちのオムニバスCD「美しい人」のアルバム表紙である。上段左から、「イザベル・アジャニ」、「ブリジット・バルドー」、「ジェーン・バーキン」、「ミレーヌ・ダルク」、「カトリーヌ・ドヌーヴ」、「シャルロット・ゲンスブール」、「ジャンヌ・モロー」である。このアルバムで彼女らに共通していることは一体何か?それは「セルジュ・ゲンスブール」によって提供された曲やカバーを歌っていることである。さらに調べるとこんなアルバムもある。「ゲンスブールを歌う女たち」。ここでも先にあげた女優達に加え、「ペトゥラ・クラーク」、「レジーヌ」、「アンナ・カリーナ」、「ジュリエット・グレコ」、 「ジジ・ジャンメール」、 「フランソワーズ・アルディ」、こんなそうそうたる歌手や女優達が、ゲンスブールを歌っているのである。

ゲンスブールを歌う女たち

オムニバス / ユニバーサル インターナショナル


一体「セルジュ・ゲンスブール」とは何者であろうか?なぜ女優達はこぞって彼の歌を歌ったのだろうか?そんな疑問が当然湧いてくるのである。

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「セルジュ・ゲンスブール/Serge Gainsbourg」(1928年4月2日 – 1991年3月2日)は、フランスの作曲家、作詞家、歌手、映画監督、俳優である。パリ生まれ。1958年にLe Poinçonneur des Lilas(『リラの門の切符切り』)でデビューして以来、反体制的な作風で人気を博し1960年代の特に後半から1970年代にかけてフランスのポピュラー音楽において中心的な役割を果たしたという。残念ながら、当時JAZZやアメリカ音楽に目が向いていた私は、ゲンスブールの名は近年までまったく知らなかった。作詞に特徴が強く、ダブル・ミーニングなどの言葉遊びを多用し、また、ときには露骨に性的な内容を語った歌詞が多い。俳優・歌手の「ジェーン・バーキン」は3人目の妻であり、俳優の「シャルロット・ゲンスブール」はバーキンとの間にもうけた娘である。死後はその栄光をたたえて、「ジャン=ポール・サルトル」、「シャルル・ボードレール」などの著名人が数多く眠るモンパルナス墓地に葬られた。

そしてその生涯は反体制的な行動や、インモラルな女性関係に満ちたものであったという。中でも1967年、「ブリジット・バルドー」と不倫の関係は有名で、バルドーに「Harley Davidson」など多数の提供曲を作っている。1968年にはセルジュとバルドーのデュエットなどによるアルバム「ボニーとクライド/Bonnie and Clyde」がリリースされている。そして同年、1968年、映画Slogan(『スローガン』)で、離婚直後、パリへ渡ってきたジェーン・バーキンと共演する。当時20歳のバーキンはセルジュに一目惚れし、同年、ジェーンの官能的な吐息が非難と絶賛の注目を集めた「ジュ・テーム・モア・ノン・プリュ/Je t’aime moi non plus」をセルジュとデュエットするなど親密な関係を経て結婚する。以後、「ジェーン・バーキン」へは数多くの曲を提供し、また多くのアルバムをプロデュースしている。1977年バーキンと離婚するが、その後のセルジュはその傷みに耐えかね廃人同然だったが、「カトリーヌ・ドヌーヴ」があれこれ相談にのっていたという。

アメリカでもない、イギリスでもないフランスのロック・スタイルを築いた「セルジュ・ゲンスブール」のロック。いわゆるストレートでパワフルなロックと違い、それは、「男と女」を唄ったアコースティックで、シニカルで性的な言葉遊びとデカダンの薫りに満ちたシャンソンであり、ロックである。だから、多くのフランス女優が彼に傾倒し、こぞって曲の提供を求め、その歌を歌ったのだと思う。

1991年、62歳でこの世を去ったゲンスブールのメモリアル・コンピレーション。シャンソンの概念を根底から覆す革新的なアプローチを見せた初期、レゲエに挑んだ70年代末、ラップに接近した80年代と、時代を先取りしながらも、世界一孤独な自由人だった天才の系譜を辿るアルバム「ベスト・オブ・セルジュ・ゲンスブール-イニシャルSG」。

ベスト・オブ・セルジュ・ゲンスブール-イニシャルSG-

セルジュ・ゲンスブール / USMジャパン


比較的後期の作品が集められているコンピ・アルバム「セルジュ・ゲンスブールとの一時間」。ダブル・ミーニング、過激なタイトルは全盛期と変わらないが、語りの多いラップ的な曲作りに傾いていることが読める。

セルジュ・ゲンスブールとの一時間

セルジュ・ゲンスブール / マーキュリー・ミュージックエンタテインメント


「ジェーン・バーキン(Jane Birkin、1946年12月14日 – )」は、女優・歌手。イギリス・ロンドン生まれ。母親も女優。1963年17歳で女優デビュー。18歳のときオーディションで採用された、映画「ナック」が1965年のカンヌ映画祭パルム・ドールを受賞した。007の音楽で知られる「ジョン・バリー」と結婚し「ケイト・バリー(写真家)」を産み、後に離婚。1967年主演した「欲望」が、立て続けにカンヌ映画祭パルム・ドールを受賞。

1968年フランスに渡り、「セルジュ・ゲンスブール」の3人目の妻として結婚するが、1977年にゲンスブールの酒乱・DV等を理由に離婚するが後に和解。1991年ゲンスブールの病没まで仕事で共演するほか、私生活でも交流する。2人の間の娘「シャルロット・ゲンスブール」も女優となる。1982年映画監督「ジャック・ドワイヨン」と3度目の結婚をするが後に破局。ドワイヨンとの娘の「ルー・ドワイヨン」も女優である。
このように彼女の3人の娘のうち一人は写真家二人は女優である。エルメスのバッグ「バーキン」は、バーキンがデザインしてエルメスに発注したものであり、女性に超人気のバッグとなっていることはご存知でしょう。

そして、多分男性諸氏はどこかで一度くらいは聴いたことがあると思いますが、いまやお色気BGMの定番になってしまった感がある、セルジュとのデュエットで歌った官能的な「Je t’aime moi non plus」やバーキンの女優としてのイメージとは大変な落差のある、あのロリータ・ボイスでヒットした「バビロンの妖精」、往年のロックやR&Bスターへのオマージュ「想い出のロックン・ローラー」などが収録されているベスト・アルバムによって、ゲンスブールとの軌跡はたどることが出来る。

ベスト

ジェーン・バーキン / ユニバーサル インターナショナル


アルバム「魅少女シャルロット」でデビューしたロリータ・ボイスの歌手が、セルジュとジェーンの娘「シャルロット・ゲンスブール」であることを、あるとき知った。ジェーンの若い頃のロリータ・ボイスに声そっくりであるが、このアルバムは、作詞・作曲がセルジュ、プロデュースもセルジュ、おまけにデュエットもしている。あの反骨のセルジュもやはり娘には「親ばか」だったか・・・ 。 

魅少女シャルロット

シャルロット・ゲンスブール / マーキュリー・ミュージックエンタテインメント


ジェーンとセルジュの娘、「シャルロット・ゲンスブール(Charlotte Gainsbourg、1971年7月21日 – )」は、フランスの女優、歌手。もう37歳になる脂の乗り切った女優。彼女は、1984年の『残火』で「カトリーヌ・ドヌーヴ」の娘役に抜擢され、映画デビューした。
この「シャルロット・ゲンスブール」こそが今年の5月24日閉幕したカンヌ映画祭で、会場のブーイングを招いたデンマークの鬼才監督、「ダンサー・イン・ザ・ダーク Dancer In The Dark (2000年)」でよく知られたラース・フォン・トリアー監督の心理ホラー作品「反(アンチ)キリスト(原題Anticrist)」に主演し、第62回カンヌ国際映画祭女優賞を獲得した「シャルロット・ゲンスブール」であるのだ。この作品かなり観客の神経を逆なでするような映像とストーリーらしいが、あえて果敢に出演した女優シャルロットに両親の反骨の血脈が受け継がれているのを感ずる。

そして、セルジュからシャルロットにいたる血脈のストーリーは、まさにフランスの愛憎の大河ドラマを見る思いがするのだ。

トリビアな歌(1)  ~小林旭/自動車ショー歌~

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GM(ゼネラル・モーターズ)がついに破綻に追い込まれ破産法申請をした。まさに20世紀に花開いた、「車の世紀」、「米国の世紀」を象徴する自動車文明のチャンピオン、旗手の凋落である。アメリカへの出張時、ずいぶんアメ車にも乗ったし、どこまでも続くハイウェイ、フリーウェイをドライブしたこともある。ドライブ・インやモーテル(モーター・イン)に宿泊したこともあり、アメリカの自動車文化を肌で感じた。

そして、1960年代、日本でTVが普及し始めた頃のアメリカTV映画に「ルート66」があった。二人の若者が輝くようなGM社製シボレーのオープンカーに乗って旅をする話だ。大ヒットしたテーマ曲、豊かなるアメリカを象徴するような番組であった。「ルート66」。アメリカのシカゴと西海岸サンタモニカとを結ぶ大陸横断国道。かって、人々はラスベガスでの一攫千金や、ハリウッドでのアメリカン・ドリームの実現を夢見て、この道を西へ辿ったという。現在は、州間高速道路網が整備されたため、廃線となったが、アメリカ人にとっては、かっての強くて豊かなアメリカを象徴する「歴史的街道」としての想いが強いらしく、あちこちで保存されている。私は、アリゾナ州フラッグ・スタッフでこの「ルート66」にめぐりあったことがある。

米国の自動車産業の繁栄の前の自動車大国はイギリスであった。産業革命発祥の国。車好きは「オイリー・ボーイ」と尊敬をこめて呼ばれた国。かって車の先進国を誇ったイギリスの数々の名車のブランド。モーガン、ジャガー、ロータス、ロールスロイス、ベントレー、アストンマーチン、MG、ミニ・クーパー、・・・など。しかしこれらのブランドで、純粋にイギリス資本のメーカはもう一つも残っていないのだ。かってバーミンガム近郊で泊まったロッジ風のホテル、今は亡きイギリスの名車の名前が部屋の一つ一つにつけられ、部屋の中はそれらの車を偲ぶ写真で飾られていたことを思い出す。

私にJAZZボーカルとしての「Route 66」の楽しさを教えてくれた素晴らしいアルバム「ヴィヴィアン・ロード/ルート66」。残念ながら現在は廃盤になっているようである。

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ヴィヴィアン・ロード/ルート66

株式会社ソニー・ミュージックレコーズ


トリビアな歌は、1964年(昭和39年)に小林旭が歌ってヒットしたことで知られる「自動車ショー歌」。車のブランド、メーカー名がちりばめられているが、どれだけのブランドが今、或いはこれから先、残っているのだろうか?

【自動車ショー歌】  作詞;星野哲郎/作曲;叶弦大/唄;小林旭
一) あの娘をペットに したくって ニッサンするのは パッカード 
   骨のずいまで シボレーで あとでひじてつ クラウンさ 
   ジャガジャガのむのも フォドフォドに ここらで止めても いいコロナ
二) ビュックりするほど タウナスで おまけに心臓が デボネアで 
   おやマアキュリーな 人だこと てなてなおだてに すぐルノー 
   オペルオペルは もうお止し あんまりコルトじゃ 身がもたぬ
三) あなたは私の ブルーバード ミンクス買うよの 約束を 
   キャロルと忘れて ダットサン こんど逢ったら コンテッサ 
   とっちめちゃおうと マツダけど 逢えばやっぱり オースチン
四) ベンツグロリア ねころんで ベレットするなよ ヒルマンから 
   それでは試験に クライスラー 鐘がなるなる リンカーンと 
   ワーゲンうちだよ 色恋を 忘れて勉強 セドリック

この曲は企業名や車種が入っている関係上、NHKで流れることは皆無に等しいが、小林旭が総合テレビの「ふたりのビッグショー」に出演した際、1度だけ「自動車ショー歌」をフルコーラスで歌ったことがある。しかし宣伝になってしまうと判断されたのか、歌詞の字幕スーパーは全く表示されなかったという。

おやじのモノ語り(5) ~粋な皮ジャンパーで・・・~

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皮ジャンパーを一度着てみたいとずっと思っていた。自由と反抗の匂いがするからである。

アメリカン・ニューシネマの中でも異色作、改造型のオートバイが全編スクリーンを駆け巡る映画「イージー・ライダー(Easy Rider)」(1969年)のなかで、主人公たちが着ていたからだ。無論、それまでの色々な映画で多くの男達が皮ジャンパーを着ていたが、この映画の長髪・皮ジャンパー・サングラスのいでたちは際立っていた。監督はデニス・ホッパー。出演はピーター・フォンダ(キャプテン・アメリカ)、デニス・ホッパー(ビリー)、ジャック・ニコルソン(ジョージ・ハンソン)。

メキシコからロサンゼルスへのコカインの密輸で大金を得たワイアット(キャプテン・アメリカ)とビリーは、金をフルカスタムされたハーレー・ダビッドソンのタンク内に隠し、カリフォルニアからマルディグラ(謝肉祭)の行われるニューオリンズ目指して旅に出る。途中、拘束された警察の留置場で弁護士ハンセンと出会い、共にニューオリンズに向けての旅を続ける。しかし、「自由」を体現する彼らは行く先々で沿道の人々の思わぬ拒絶に遭い、ついには殺伐としたアメリカの現実に直面する……。

イージー★ライダー コレクターズ・エディション

ソニー・ピクチャーズエンタテインメント


そして音楽は全編に、ステッペンウルフ、ザ・バンド、ジミ・ヘンドリックスらのロックが採用され、冒頭、疾走するバイク・シーンに流れるのは、「ステッペンウルフ」の「Born To Be Wild(ワイルドで行こう)」。

グレイテスト・ヒッツ~ワイルドで行こう

ステッペンウルフ / MCAビクター


写真の皮ジャンパーは昭和の終わりの年の11月、NewYorkで求めたカーフ(子牛皮)製のものである。厚手で重いが、ときおり、おやじの悲しき変身願望をかなえてくれる愛用の一品。

小林旭、石原裕次郎などスクリーンの青春スターもよく皮ジャンパーを着ていた。アイビーだトラッドだと都会のほうでは若者のファッションが話題になっていたが、田舎の高校生にとっては無縁の話であった。二十歳のベルギー出身の若者「アダモ」の「ブルー・ジーンと皮ジャンパー」のEP盤がリリースされたのは、1963年、高校3年生のそんな頃であった。このEP盤を擦り切れるほど聴いた。鼻に詰まったような声で決して美声ではないのだが、旧来のシャンソンとは違う、時代性というかPOPSやJAZZなど若者に通ずる何かをもっていると感じた。そして、翌年の「雪が降る」の大ヒットで日本で瞬く間にスターとなっていった。

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口笛から始まるあの懐かしい歌「ブルー・ジーンと皮ジャンパー」はYOU TUBEで聴く事が出来る。・・・。

タイトルそのままのフランス語の歌いだし、「♪ En Blue Jeans Et Blouson D’Cuir /あん ぶるー じーん え ぶるーぞん どぅきゅいーる ・・・・ ♪」は、当時初めて覚えたフランス語の歌。
EP盤は、中古オークションでしか手に入れることが出来ないが、CDではいくつかのベスト盤に収録されている。

アダモ

サルバトーレ・アダモ / ビクターエンタテインメント

青春のシネマ・グラフィティ(5) ~突然炎のごとく/ジャンヌ・モロー~

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高校の名画鑑賞会で観たルイ・マル監督「死刑台のエレベータ」(1957年制作仏映画)がジャンヌ・モローを見た最初であった。唇をへの字に曲げ、にこりともしない悪女役。最初はそんなに好きでなかったが、当てもなくパリをさまようシーンに流れたマイルス・ディビスのJAZZとともに、強烈な印象を残した。そして、フランスを代表する映画監督、フランソワ・トリュフォー監督の奔放な愛し方しか知らない女をめぐる二人の男を描く「突然炎のごとく(原題;Jules et Jim )(1961)を観た 。
まだ無名だった原作者アンリ=ピエール・ロシェの「ジュールとジム」に、フランソワ・トリュフォー監督が惚れ込み、原作を忠実に描いた作品。「大人は判ってくれない -Les Quatre cents coups(1959年)」、「 ピアニストを撃て -Tirez sur le pianiste(1960年)」に続く、 トリュフォー監督の長編第三作であった。

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1912年頃のパリ。外国人の青年ジュール(オスカー・ヴェルナー)はモンパルナスでフランス青年のジム(アンリ・セール)と知り合った。文学という共通の趣味を持つ2人はすぐに打ち解け、無二の親友となる。2人はある時、幻燈を見て、アドリア海の島にある美術公園の女の顔に魅了された。それからしばらくして、2人はカトリーヌ(ジャンヌ・モロー)という彫刻そっくりの女と知り合い、同時に恋に落ちてしまう。ジュールは彼女に求婚し、2人はパリの同じアパートに住み、一方ジムは出版社と契約ができて作家生活の第1歩をふみ出しだ。やがて第一次世界大戦が始まり、ジュールとジムはそれぞれの祖国の軍人として戦線へ行ったが、ともに生きて祖国へ帰った。ライン河上流の田舎に住む山小屋にジムは招待され、三人は再会する。その頃、ジュールとカトリーヌの間には6つになる娘もいたが、2人の間は冷えきっていた。ジムへの想いを胸に秘めたままジュールと結婚した彼女だが、ジムとの再会で再び二人に愛の炎が燃え上がる。それを知ったジュールはジムに彼女と結婚してくれと頼むのだったが、自分も側に置いてもらうという条件だった。3人の奇妙な共同生活が始まった・・・。

「突然、炎のように」燃え上がるカトリーヌの愛とその奔放さ。それに魅入られた2人の男の悲劇と三角関係の心理を見事に描いた作品。ジャンヌ・モローの輝くばかりの美しさが圧倒的な魅力となった作品。「今が好き、楽しければそれでいい」、そんな「魔性の女」とも呼べる女性を見事な演技で演じた「ジャンヌ・モロー」。これ以後、「エヴァの匂い」、「黒衣の花嫁」、「マドモアゼル」などで「魔性の女」の代名詞が定着していくのだった・・・。

「ジャンヌ・モロー」演じるカトリーヌの奔放なキャラクターは、当時多くの女性から共感を得たらしいが、高校1年生の私には、実際のところ、三角関係や恋愛についての深い意味すらよく分からず、 「ゴダールと並ぶヌーヴェルヴァーグの旗手、トリュフォーの映画だから・・・」という映画ファンを気取った頭でっかちな、いわば多分浅薄な見栄でこの映画を観たのであろうが、案の定よく分からなかった。カトリーヌの駆ける姿、三人で乗る自転車など映像の美しさと「魔性の女」というジャンヌ・モローの放つ妖しい魅力だけが心に残った映画であった。

それから何年か経ってTVかビデオで観た「突然炎のごとく」。大人になった分、ジュールとジムの傷みもカトリーヌの生き方も少し分かったような気がした・・・。

突然炎のごとく〔フランソワ・トリュフォー監督傑作選9〕 [DVD]

日本ヘラルド映画(PCH)


映画の中で、カトリーヌが歌うシャンソン『つむじ風』は、撮影中に「ボリス・バシアク」が遊びでつくったもの。それを聞いたトリュフォーが即興で映画に取り入れたという。 その「つむじ風」をアルバム・タイトルにして、シャンソン、ボサ・ノバ、ジャズ、ポップスをジャンヌ・モローが軽やかに歌う。技巧的には、けっして上手いとはいえないが、映画同様その存在感が際立つアルバム。
  

つむじ風

ジャンヌ・モロー / マーキュリー・ミュージックエンタテインメント


後年、リュック・ベッソン監督「ニキータ(Nikita)」(1990年仏映画)で見せた脇役ではあるが、貫禄の演技がやはり「大女優健在」という存在感を見事に見せつけた。

二キータ [DVD]

パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン


フランスの女優のバイオグラフィをたどってみると、多くの女優が歌っている。歌手としての側面を持っているのだ。マリー・ラフォレ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ジャンヌ・モロー、ブリジット・バルドー、ミレイユ・ダルク、ジェーン・バーキン・・・・。歌は人生を演ずる3分間の舞台。特にシャンソンは物語性が強く、ドラマチックであり、その歌手の生き方、歌い方、振りまで含めての歌唱力が評価されるのは、「エディット・ピアフ」などを見れば明らかである。そんな意味では、フランス映画女優にとってシャンソンも映画とあまり次元の違わないもう一つの表現手段なのかも知れない。

そんなフランス映画女優たちの歌を集めたオムニバスCDがある。「美しい人」。女優の余技と思ってはいけません。ここに集められた歌は、映画の演技同様、実にクオリティが高いのだ。フランス語が分からないので、なかなかこの詩の深い世界にまでは入っていけないのだが、その音楽的な質の高さはよく分かる。対訳による詩の世界や女優の出演した映画などを思い浮かべるだけでけでも、肩が凝らず十分にその世界に浸れるアルバム。

美しい人

オムニバス / マーキュリー・ミュージックエンタテインメント



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