(写真;大阪音楽大学・音楽博物館HPより)
かってこのブログで、「2008年はイタリアでピアノが発明されて300周年、鍵盤と連動したハンマーで弦を叩くという画期的なメカニズムにより、タッチによる音の強弱、指の動きの速さへの追従性が驚異的に改善され、この楽器は「ピアノ・フォルテ」などと呼ばれ、それ以降の音楽に革命的とも言える変化をもたらした・・」と紹介したことがある。(もしもピアノが弾けたなら(17)~偉大なるアナログ楽器、ピアノ~)
そんな「ピアノ・フォルテ」以前の鍵盤楽器「クラヴィコード」、「チェンバロ(ハープシコード)」、初期の「ピアノ・フォルテ」、古典ピアノの実物を見たり、その音色を聴いてみたくて、ご近所、豊中市にある「大阪音楽大学・音楽博物館」を訪れてみた。
「大阪音楽大学」は、創立者永井幸次により、1915年(大正4年)に創立された関西唯一の音楽単科大学であり、「音楽博物館」は、付属の「楽器博物館」と「音楽研究所」を2002年(平成14年)に改組して発足、無料一般公開されている。楽器約2,300点、書籍約10,000点など多くの資料を収蔵しており、中でもインドネシア・バリ島のガムラン音楽に使用される楽器群のコレクションは演奏会が開かれるほど。そのほか18~19世紀の古典ピアノのコレクションは、メンテナンスされ現在でも演奏可能であり、同様に世界に3丁しかないといわれる「ストラディヴァーリ」のピッコロ・ヴァイオリン、発明者サックス氏の製作になるサキソホンも収蔵されている。
いや壮観ですねえ~!クラヴィコードから現代ピアノに至るまでニ十数台のピアノがずらりと並んでいました。「クリストフォリ」によってイタリアでピアノ・フォルテが発明されたのが1708年、ピアノが本格的に製作され始めたのが1770年頃といわれている。楽聖バッハが没したのが1750年であるからバッハは多分ピアノを知らず、モーツアルトが生まれたのが1756年、ベートーベンは1770年であるから、彼ら二人あたりからピアノのための作曲がなされ始めたのであろう。ショパン、シューマンが1810年に生まれ、その翌年1811年にはリストが、1813年にはヴェルディ、ヴァーグナーが生まれ、1820年ごろ、それまでの木製から鉄製のフレームに変わり、さらにピアノは7オクターブを超え大型化し、鍵盤数も音色も現代のピアノに近づいていく。まさにピアノの発展期とショパン、シューマンの時代は同期していたのだ。ちなみに、博物館が所蔵するストラード社のピアノは1784年製であり、ブロードウッド社の1816年製作のピアノはベートーベンに誕生日のプレゼントとして寄贈された1817年製ピアノと同じ型のものだそうだ。
そしてあの有名なピアノ・ブランド「スタンウェイ&サンズ」の創始者「シュタインヴェーグ」がドイツからアメリカに移住し、ニューヨークに店を設立したのは1853年のことであった。
その日はちょうど視覚障害者のための館内ツアーがあり、古典ピアノや「ストラディヴァーリ」のピッコロ・ヴァイオリンを使用したミニ・コンサートをやっていたため、期せずして、クラヴィコードやモーツアルト、ベートーベンが生きていた時代の古典ピアノの音色を聞くことが出来た。18世紀~19世紀、音楽の都ウィーンに花開いたピアノ工房「シュバイクホーファー社」、「ベーゼンドルファー社」のピアノは、音量、透明度、切れは、現代のピアノには及ばないものの、決して色褪せてはいない、暖かい、そしてどこか懐かしい感じがする音色であった。
「プレイ・バッハ」で1960年代のJAZZ界に一躍躍り出て、現代ピアノでバロック・ジャズ、クラシック・ジャズというジャンルを切り拓いた「ジャック・ルーシェ」。ピアノ・フォルテが開花した時代のピアノの詩人「ショパン」のノクターン(夜想曲)21曲すべてをソロ演奏したアルバムから。
インプレッションズ・オン・ショパンズ・ノクターンズ
ジャック・ルーシェ / / ユニバーサルクラシック
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ショパン亡き後10年ほどして生まれたドビュッシー。音楽の分野における「印象派」の代表的作曲家。その代表曲を「ジャック・ルーシェ」がトリオで美しくしなやかに演奏する。
月の光
ジャック・ルーシェ / / ユニバーサルクラシック
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