「2つめの約束は安心社会の実現です。私たちの生活には雇用や子育ての不安、年金や医療の不安、格差の拡大など多くの不安がつきまとっています。私が目指す安心社会とは、子供たちに夢を、若者に希望を、そして高齢者には安心を、であります。雇用に不安のない社会、老後に不安のない社会、子育てに不安のない社会、それを実現する政策を加速します。行き過ぎた市場原理主義からは決別します。・・・・・重ねて申し上げます。子供たちに夢を、若者に希望を、そして高齢者に安心を。・・・・」
麻生総理の解散記者会見の弁である。これを聞いてわたしは、「何をいまさら・・・」としらじらしい気持ちになった。不用意な発言への反省はあったものの、国民に付託に対する4年間の政治への総括や反省はなかった。先ほどの弁を全く裏返しにしたような不安と不信と不満がいっぱいの、そういう日本にしてしまったのが、ここ20年間の自民党政治だったのではないだろうか。
1989年冷戦終結、イデオロギーの大義や旗色が失われた後も日本の大きな針路やビジョンを議論することなしに、バブル、バブル崩壊、失われた十年、小泉構造改革、そしてアメリカ発の金融危機と流されてきた。
この間、アメリカが突きつけてくる「年次改革要求」に従って、アメリカと基準や価値観が同質のマーケットづくりにまい進してきたように思えるのだ。会社は株主のもの、短期利益の最大化を優先する会計基準、景気を即反映できる雇用調整のための派遣緩和、金融市場実は投資市場の自由化、そして最終的には郵貯の金をアメリカン・ルールの投資市場に引き出すことを目的とした郵政民営化。結果、こつこつとものづくりを通じて蓄えてきた戦後日本の富を、バブルと今回の金融危機で一挙にアメリカに吸い上げられたといっても過言ではない。
省益優先、縦割り行政、変化を嫌い既得権益を決して手放さない官僚体質、強力な中央集権行政の矛盾、弊害が、社会の変化やニーズに柔軟に対応できず、年金、医療、介護、教育、農業など国の礎をなす様々な分野で噴出した20年でもあった。
そもそも「政権」の目的は「国民を豊かにすること」である。郵政改革、小泉構造改革によって国、国民が豊かになったかどうか、その検証も是非必要なところであろう。資本主義がベストとは思わないが、現時点ではベターな選択であることは間違いないと思う。しかしながら、働くことよりも資産運用で大金持ちになることがアメリカン・ドリームであるというアメリカが考えるマネーゲーム資本主義ではないことも明らかになった。資本主義が競争、弱肉強食という牙や毒を基本的に持っている以上、それをどう押さえ込んでいくかが「政治」であり「政策」である。政権の準備が出来ている野党などないといわれるが、これからの望ましい資本主義と日本の国のあり方へのリーダーシップや準備が出来ている党なども自民党も含めてないのだ。
さすれば、当面の課題とその政策と結果の予測をまず具体的に数字で示してほしい。そして、「国民益」、「世界への貢献」の観点から、この国の目指すべきあり様という大きなビジョン、その国民的合意形成のための政策論争に結び付けて言って欲しい。その政策提示のもとで選んだ政府・政治にたいし、我々も責任を負おうではないか。
50%にも及ぶ税負担ながら、「負担は国民に100%返ってくる。そしてその政策を実現する政府を我々は選んだのだ」と語ったスエーデンの友人の言葉を思い出す。
もう今回は、「劇場型選挙」とは決別し、各政党や候補者のマニフェストや人物をじっくりと見極める40日間の長丁場でありたいと思う・・・。
こんなことを書きながら、無学の主人公がスラムの過酷な辛い人生の中で得られた智恵や教訓でTVのクイズ番組を勝ち抜いていくという映画「スラムドッグ$ミリオネア」を思い出していた。
果たしてこの夏の国民のファイナル・アンサーは?・・・
