
「モニュメント」といえば、私の頭に最初に浮かぶのは、「太陽の塔」である。私が入社した翌年の1970年に開催された「大阪万国博覧会」のシンボルである。制作は「岡本太郎」氏。休日や会社の終業後に何回となく万博へは遊びに行った。あの万博から来年でもう40年になるんですね。多くの近未来もどきのパビリオンが所狭しと建っていた万博の跡地は、今は整備されて、「万博記念公園」という広大な公園になって、四季折々、市民の憩いの場所や櫻の名所となっている。同じような万博の遺産「EXPOタワー」は老朽化で最近取り壊され、当時を偲べる「ハコもの」で残っているものはこれくらいである。デザインが発表された当時は、「鶏のとさか」とか「意味不明」とか揶揄もされたが、スエーデンの友人は「素晴らしいデザイン」と絶賛していたのを思い出す。そして、万博公園の脇を走るモノレールが、会社近くまで延伸されてからは、定年まで毎日あの金色に輝く顔をもつ塔をみて通勤した。「太陽の塔」は、私のサラリーマンとしてのモニュメントでもある。

兵庫県淡路島の北東部、淡路市東浦町に高さ100m(台座20mを含む)に及ぶ観音像が建っているのをご存知だろうか。ブラジルのリオ・デ・ジャネイロにある両手を広げたキリスト像の高さは約30m、有名なニューヨークの自由の女神像は、高さが48mというから、100mというのは、ずば抜けた高さである。対岸の大阪・岸和田、関西空港あたりからもよく見え、大阪湾を横断するヨット・クルージングの際は絶好の目印でもあった。
この像は、「世界平和大観音像」。今から27年前の1982年(昭和57年)、まさにバブル真っ只中に、地元淡路島出身の実業家が、不動産で巨万の富を得、故郷に錦を飾る意味で建立したという。しかし、観音像とはいうものの、およそ宗教とは無関係で、館内はその人が蒐集した絵画、甲冑、クラシックカーなどが展示されているという。最初の頃こそ入場者があったものの次第に減り、ついには赤字のため、2006年(平成18年)に閉鎖されてしまった。まさに、「バブルの遺産」を象徴するようなモニュメントである。まっ、バブルでなくともおなじ結果になったであろうが・・・。

世界平和大観音は現在、沿道から外観だけを見ることは可能であるが、アップで観ると分かるように、造形がかなり稚拙なのは否めないし、観音様のありがたさも感じない。そして首のところにある展望台は、下から見上げるとちょうどギブスのようにも見え、誰が名づけたか、人呼んで「ムチウチ観音」という言葉がぴったりする。建てた実業家も今は亡くなり、所有権も転々とし、神戸地裁から競売の手続きが取られているという。見向きもされず、朽ち果てる一方で危険な状態となり、取り壊すのにも数億円掛かるらしく、市では対策に頭を痛めているらしい。まさに、無用の長物、巨大ゴミと化した「ハコもの」が、如何に無残であり、迷惑であるかを象徴しているが、その結末はどうなるんでしょうか・・・。

神戸市長田区の若松公園で9月29日、「鉄人28号」の原寸大モニュメントを覆っていた幕が取り外され、高さなんと18メートルの青い巨体が姿を現した。早速行ってみた。でかい!鉄人28号があのポーズを取っている。ここ長田地区は、あの阪神淡路大震災で最もおおきな被害があった地区。「鉄人28号」は同市出身の漫画家、故「横山光輝」さんの代表作で、地元の商店主らでつくるNPO法人「KOBE鉄人PROJECT」が阪神大震災復興のシンボルとして数年がかりで制作した。「鉄人28号」は、「鉄腕アトム」と並んで、私の子供時代大人気になったロボット。アトムとは違って、自分の意思は持たず、正太郎のもつリモコンによって操縦される操縦型ロボットの元祖であった。その「操縦型」という点で、技術屋志向の私はアトムより好きであったのだ。この時代のロボットは、いまからすると、リアリティに欠ける反面、のどかというか、どこか緩いキャラであるのが特長ともいえる。この鉄人、現在は足元の整地工事の為、再び工事用フェンスで囲まれているが、11月末の工事完了後は足元をくぐれるようになるという。大震災復興のシンボルとして、いつまでも愛され、この地に根付くことをのぞむばかりである。東京・お台場にも巨大なガンダムが建てられたというニュースも・・・。
わが40年のJAZZ歴におけるモニュメント的アーティストは誰であろうか?一人は間違いなく「アートブレーキーとジャズ・メッセンジャーズ/危険な関係のブルース」である。私をJAZZの世界に誘った記念碑的作品に他ならない。その後の「我がJAZZY音楽遍歴」は「我が青春のジャズ・グラフィティ」などで書いたとおりである。そして、もう一人は、女性JAZZボーカルの魅力に最初に開眼した「阿川泰子」であろうか。’80年発表のアルバム「JOURNEY」は、その美形ぶりをもって、一気にホワイトカラー族をJAZZファンに引き込み、当時30万枚の大ヒットを記録したというからすごい。彼女のブレイク前、1970年代後半ではなかろうか、当時大阪・中之島にあった「プレイボーイ・クラブ」で歌う彼女を初めて見て魅了され、その時の彼女の写真を、今だ密かに持っているのです。そして忘れてはならないのが、「アン・バートン」。何回もこのブログに登場してくるように、女性JAZZボーカルの魅力にのめりこんでいったモニュメント的歌手の一人である。
JOURNEY
阿川泰子 / ビクターエンタテインメント
ISBN : B0000561AS
ブルー・バートン
アン・バートン ジャック・スコルズ ルイス・ヴァン・ダイク ピエ・ノールディク ジョン・エンゲルス / ソニーミュージックエンタテインメント
ISBN : B00005G4A3
