JAZZYな生活

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10月は食の国・・・

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10月は食の国でもある。例年、この10月初旬の2週間だけが「丹波・黒豆枝豆」が解禁になるため、黒豆枝豆ファンが多い親戚やら知人に送るため、この時期は、いつも丹波篠山まで出かける。国道173号で北摂・能勢から丹波への峠を越え、国道372号、通称「でかんしょ街道」を走って小1時間程度のドライブ。

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丹波篠山は、今年で篠山城築城400年を迎え、昔の面影がいまだ色濃く残る小京都と呼ばれる城下町である。築城は1609年、城主は初代に徳川家康の実子といわれる松平康重が就き、続いて藤井松平家、形原松平家と移り変わり、1748年(寛延元年)、丹波亀山(今の亀岡)から青山家が城主として移り、164年6代を経て廃藩置県を迎えた。青山藩の歴代藩主は文武の振興に力をいれ、第11代藩主青山忠朝が、明和3年(1783)に設けた藩校は、一般庶民や他藩の生徒にも入学を許可し、300名におよぶ生徒が月謝なしという異例の教育機関だったという。

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青山家は、明治維新後も学問を奨励し、篠山に鳳鳴義塾等の私立の中学校を作り、その中の優秀な者は東京に寄宿舎を作り遊学させた。寄宿先で篠山出身の若者達が郷土の盆踊り歌を蛮声を張り上げうたっていたことから全国的に有名になったのが、「でかんしょ節」である。
また、幕府筆頭老中を勤めた第12代藩主青山下野守忠裕は、王地山陶器所の開窯にも力を注いだとされている。春日神社には素晴らしい絵馬や見事な能舞台が現在も残っており、祭事には能が奉納され、民と共に能を楽しむという藩主の心意気を感じることができる。城、天守閣など当時の建物は残っていないが、城内二の丸跡には大書院が復元され、城を囲む堀や武家(徒士)屋敷群が城下町らしい静寂で落ち着いた雰囲気をこの小さな町に与えている。

そして、町内の店には秋の味覚がいっぱい。丹波黒豆枝豆、粒の大きことで有名な丹波栗、焼き栗、これから旬を迎える丹波松茸、野趣豊かな懐かしい味のあけび、こごみ。若狭からやってくるたっぷりの厚身の鯖を使った鯖すし、焼き鯖、そして自然薯 ・・・・。ついついダイエットも忘れて山ほど買ってしまう我々夫婦の食い意地、食い物への煩悩にはあきれてしまう。次回は解禁間近の「ぼたん鍋(猪鍋)」が見逃せないのだ・・・。
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さあ、その食い意地、昼食はお決まりの蕎麦。篠山には、地元産のそば粉を使ういい蕎麦屋がいくつかあるが、本日は古民家を改造した趣のある蕎麦屋で、メニューは、蕎麦きり、蕎麦がき、蕎麦ぜんざいの3種のみ、薬味もわさびも一切なしという本来の蕎麦の味をしっかりと味わえというこだわりの「一会庵」。囲炉裏を切った座敷を吹き抜ける風はもうすっかり秋。揺れるコスモスと薄を観ながら、腰の強いやや太目の蕎麦をすする幸福・・・。

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そして、おなじ篠山で50を超える窯元のある今田地区周辺では、「立杭焼」という名でも知られる「日本六大古窯」の一つである「丹波焼き」の陶器まつりがもうすぐ始まるのだ。手触りと手持ち加減のいい蕎麦猪口かお猪口が欲しくなってきた・・・。

ドライブのお供は、お気に入り「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ」の新作、「アムステルダムの午後」。何年か前にDVDでリリースされていたものが待望のCDリリース、しかも高音質CDときた。ヨーロッパの歴史ある建造物で、暖かい陽のふりそそぐアフタヌーン・ティータイムに行われたサロン・コンサートのライブ盤。JAZZといえば、夜が相場であるが、日中の明るいサロンが似合うというのも、このトリオらしくていい。きっと蕎麦屋でも似合うに違いない。クラシックの名曲とPOPSが半々の組み合わせであるが、ちゃんと聴いてもよし、BGMとして聴いてもよし、相変わらずの懐の深さがうれしい。

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アムステルダムの午後

ヨーロピアン・ジャズ・トリオ / ポニーキャニオン

おやじのハコものがたり(1) 幻の東京オリンピック

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2016年のオリンピック開催地は、南米ブラジル、リオ・デ・ジャネイロに決定した。メディアが報じるとうり、東京・シカゴの敗因は、「南米初の」というキャッチ・フレーズの新鮮さと「開催を望む国民の熱意」の温度差であったのだろう。国或いは都市の成熟度の高い順に敗れていったことがそれを窺わせる。わが関西に関して言えば、殆ど関心がなかったといえよう。2008年の開催地決定で、大阪が北京に破れたときの招致運動に際して見せた、国、中央政府、東京の冷淡とさえ思えるような不熱心さの裏返しである。また巨費をつぎ込んでインフラを開発・整備をすすめ、またしても東京一極集中、一都市繁栄をさらに加速するだけとしか思えないような気もした。それと、「グリーン・オリンピック?」とかいうコンセプトは、何度聞いても、いまだに何故それが開催の大きな理由や売りになるのかがよく分からない。「オリンピック東京開催」でなくても、世界に日本の環境技術の優位性や環境への取り組みを訴えるのにふさわしいイベントや手段はいくらでもあるであろうに。広島・長崎開催で世界平和、核廃絶を訴えるスポーツ祭典といったコンセプトなら、よっぽど分かりやすいと思うのだが・・・・。

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そうはいっても、東京オリンピックが開催されたのは1964年。大学浪人中のときであった。受験勉強そっちのけでTVにかじりつき、興奮もし、熱狂もした。丹下健三氏設計の代々木体育館、亀倉雄策氏のポスター、市川昆監督の映画「東京オリンピック」、東洋の魔女達の活躍、裸足の英雄アベベの孤高、円谷幸吉の苦悩、へーシンクによる日本柔道の屈辱 ・・・・。そのとき起こったドラマをみんな覚えている。もちろん記念切手や記念硬貨なんかも持っている。そういえば、ピースだったと思うが、記念たばこも発売され、それが喫煙初体験であった。大学のときには、代々木体育館など五輪施設も眼にし、初めて新幹線も乗ったし、名神高速道路も走って感激もした。東京オリンピックは、以後の日本が熱気うずまく高度成長時代へ突入していくスタートラインだった。

さて、リオ・デ・ジャネイロ。ボサノバ、フォルクローレ、ラテン音楽ファンの私としては、南米・ブラジルはぜひとも行ってみたい国である。リオに駐在していた知人に聴いたところによると、ブラジルは、発展途上国に共通する問題、大変な貧富の格差、治安の悪さ、行政・政治の非効率さ、腐敗の横行などをやはり抱えているそうだ。しかし、それらを跳ね返して余りある陽気さ、明るさ、バイタリティにも溢れているという。それは、リオのカーニバルをみたら理解できる気がするが、反面、あの万事アバウトで刹那的なラテン気質は、今後ブラジル政府に様々な難題をもって立ちふさがるに違いないので、本当に開催は大丈夫だろうかという危惧も感じる。そんな本音を抱いているかもしれないブラジル政府に、「リオ・デ・ジャネイロ・ブルー(リオ・デ・ジャネイロの憂鬱)」という曲を、少し皮肉っぽいが、お祝いとして贈ろうか。
一方、東京では、今回の招致活動に途方もない巨費がかかっており、また、一向に進まないお台場開発や外環状道路建設の「てこ」として、五輪招致を利用したとの報道もされている。こちらの戦後処理は、当局にとっては頭の痛い「東京ブルー」、「石原ブルー」になりそうな気もするのだが・・・。

「♪ もう二度とあなたに会うことはない そんな気がする リオ・デ・ジャネイロの憂鬱 ・・ ♪」と歌う恋の歌「リオ・デ・ジャネイロ・ブルー/Rio De Janeiro Blue」は、「ジョー・サンプル&ランディ・クロフォード」という最高のコンビによる極上のジャズ・アルバム「フィーリング・グッド」からがおすすめ。リズミカルで、メロディアスな名唱である。

フィーリング・グッド

ジョー・サンプル&ランディ・クロフォード / ビデオアーツ・ミュージック


そして、ブラジルといえばボサノバ。それも、アメリカ西海岸風のソフィスティケイテッドされたボサノバでなく、ブラジルの空気や街のにおいが熱気とともに伝わってくるボサノバらしいボサノバを最近聴いた。「オスカー・カストロ・ネヴィス/Oscar Castro-Neves」の「Live At Blue Note Tokyo」である。しばらく前にブラジルにおけるボサノバ衰退の危機について書いたが、「オスカー・カストロ・ネヴィス」は、ジョビン亡き後のボサノバ界のトップに立ち、ボサノバをここまで広めてきた巨匠中の巨匠である。「ウェザー・リポート」や「リターン・トゥ・フォーエヴァー」に在籍していた「アイアート・モレイラ」、「エリス・レジーナの再来」と呼ばれるほどの表現力を持つ「レイラ・ピニェイロ」などの実力派ミュージシャンが「東京ブルーノート」に集結、熱いライブを展開した。このライブ前の記者会見で、「ボサノバは過去の音楽では?」という質問に、オスカーは「いや、進化し続けている」と答えたという。

ボサノヴァ・セレブレーション・オールスターズ ライブ at ブルーノート東京!

オスカー・カストロ・ネヴィス / スリーディーシステム

東京オリンピックと大阪万国博覧会を機にスタートを切った、右肩上がりの経済成長の中で、すさまじいコンクリート列島化、ハコもの列島化をこの国は続けてきた。そして時代は変わっても、その延長線上に胡坐をかいて、世の中の流れを見誤った自民党は惨敗を喫し、政権交代が起こった。民主党政権は「コンクリートから人へ」と税の使い道を抜本的に変えようとしている。
あの高度成長時代を通じて次々と建った鉄やコンクリートの「ハコもの」は、われわれ団塊世代みんなの人生の身近に寄り添うような形で多分存在したに違いない。「コンクリートから人へ」に逆行するようであるが、私が日々の生活の中で出会った「懐かしのハコもの」について綴る紀行を記してみたい・・・・。 

10月は音楽の国・・・

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さあ、10月です。10月は音楽の国・・・。今年もコンサートやら鑑賞会が忙しく続く予定になっている。

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2日には、わが団地にある小学校の一つで授業として音楽鑑賞会が催された。この鑑賞会、地域の住民にも開放して無料で鑑賞できる、そんな粋な計らいも。演奏するのは、和楽器演奏集団「独楽(こま)」。ヨーロッパを旅すると、「鬼太鼓座」、「鼓童」、「林英哲」などの和太鼓のコンサートを告げるポスターをよく見かけることがある。しかし、日本に住んでいるのに、なかなか「和楽」を聴く機会がないという不思議さ。私にとって、子供とともに勉強した得がたい企画であった。
「和楽器演奏集団 独楽」。2001年、和楽器をこよなく愛する者たちが関西を拠点としてを結成。和太鼓だけではなく 津軽三味線・箏・篠笛・唄などを加え、独自の音楽世界を造り上げて来た。2002年に旗揚げ公演を成功させ、その後7年間毎年全国ツアーを展開し、さらに2005年からは、海外進出も果たしているという。全国の学校を廻っているらしく、子供への説明や解説も軽妙。腹の底まで揺さぶられるような和太鼓の響きに加え、津軽三味線の荒々しい情感、篠笛の凛とした澄んだ音色。華麗な箏。久し振りに和楽の素晴らしさを味わうことができた。
ボランティアで、子供達に遊びを教える活動をしているが、それは土曜日のこと。20数年ぶりに小学校の授業をみたが、1学年、1クラス20数名で2クラス、全校生徒で250名程度。わが回りの高齢化に加え、いまさらながらに少子化を目の当たりにした日でもあった。インフルエンザ対策で出演者以外は、全員マスク着用という異様な光景での鑑賞会であったが、やはり子供達は元気いっぱいであった。

そして、週末は、恒例の「神戸・元町ミュージック・ウィーク」が2週間にわたってスタート。例年、JAZZ、ボサノバ、POPSなどの出演グループが多いのだが、今年は、おばさん合唱団、ゴスペル、女子高生JAZZオーケストラなど従来とは違った新鮮なグループも登場。ストリート・ライブなので騒音、音響、聴衆等色々な悪条件がある中、この日は元町周辺六箇所で、いつもながらの一所懸命で楽しみながらの演奏が繰りひろげられていた。そんな情景からいくつかピックアップ・・・・。今年もやはり女性の参加や、活躍が目立ったなあという感想。

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上左;美声美形の癒しピアノ&ヴォーカル女性デュオ「Ruri~瑠璃~」 上右;ノンストップで軽快にスイングするドラムレス・トリオのPreludo to Jazz  下左;寺井尚子風JAZZバイオリン&KB、ソルト・ピーナッツ  下右;スイング・ガールズ神戸版、花の女子高生JAZZ PARTY BIG BAND、いやぁ~若くて可愛いこと・・・

いよいよやってきた「音楽の国、10月」。楽しさ一杯の上々の滑り出し。そして日本におけるJAZZ発祥の地で例年繰りひろげられる「神戸JAZZストリート」、神戸の街全体を使って行われるアートイベント「神戸ビエンナーレ2009」へとつながっていく音楽とアートの季節の幕開けでもある。帰りは、関西から良質な音楽を発信する発信源「ディスク・デシネ」に立ち寄って求めた、イタリアの知られざるピアノ・マエストロ「Roberto Pregadio/ロベルト・プレガディオ」のCD、「alle tastiere/アッレ・タスティエレ(鍵盤)」と播磨屋本店の名物せんべい「はりま焼き」がおみやげ。

初めて聞く名前であるが、「ロベルト・プレガディオ」は、モリコーネなどと並んで、イタリア映画音楽界ではその名を知られた巨匠らしい。彼が1974年にマイナーな「ライブラリー音源」に残したピアノトリオ作品を苦労して何とか今回CD化したのが本作だそうだ。いずれの曲も2~3分の小品ながら、 「ライブラリー音源」という言葉で想像されるようなクオリティの演奏でないことは、オープニング曲「Wild Girl」を聴けばすぐ明らかになる。美メロ、泣きメロ満載のヨーロッパ・ピアノ・ジャズファン必聴のアルバム。
注)ライブラリー音源;TVやラジオのBGMとして使用されることを主目的として録音・制作されたプロユースの音楽のこと

アッレ・タスティエレ

ロベルト・プレガディオ /プロダクション・デシネ

60歳過ぎたら聴きたい歌(44) ~素顔のままで~

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初めてニューヨークを訪れたのは、1990年の晩秋であったと前回書いたが、それより以前に、色々な映画、本、音楽などで、私の頭の中ではNYのイメージがある程度出来上がっていた。音楽的にそのイメージに大きく影響を与えたのは、JAZZを別にすると、「ビリー・ジョエル/Billy Joel 」であった。特に彼のアルバムNY三部作、「ストレンジャー/The Stranger」、「ニューヨーク52番街/52nd Street」、「ニューヨーク物語/Turnstiles」は大きな影響を与えたと思っている。そして、バブル期の日本とは反対にアメリカの景気は落ち込み、非常に治安の悪い時期ではあったが、NYに着くや否や、「あっ、ビリー・ジョエルの歌の街だ」と直感的に感じ、ウエストサイド、ブルックリン、リトル・イタリア、チャイナタウン、セントラル・パーク・・・など、そこかしこに、ビリーが歌う街の情景がダブってみえた。これらのアルバムには、いくつもの名曲が詰まっているが、私にとって、ニューヨークを思い出し、秋に聴きたくなるラブソングをもう一つだけ選ぶとすれば、それは「ニューヨーク52番街」に収められている「素顔のままで/Just The Way You Are」であろうか。

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ビリー・ジョエル(Billy Joel、 1949年5月9日 – )はアメリカのニューヨーク、サウス・ブロンクス出身のロック歌手、ピアニスト、作曲家。生粋のニューヨークっ子である。ジョエルの最大の魅力は、都会のセンチメンタリズムや哀愁を見事なまでに描き出し、歌の人物がNYで暮らしている情景が、実在感をもって鮮やかに、眼に浮かんでくることであろう。彼のバラードを歌う声質、ピアノの澄んだ音色のひとつひとつが、NYで厳しい都会生活を送る人々の心情を音として、詩として紡ぎだし、それが同じく都会で生きる聴く我々の心に沁みこんでくるのである。だから、ニューヨークに行ったこともない人にも、ニューヨークの匂いが感じられる様な錯覚を誘うのだ。そんなNY3部作をリリース順に簡単に紹介しておこう。

ニューヨーク物語

ビリー・ジョエル / Sony Music Direct


初めてホームタウンのNYで録音された1976年の4thアルバム。NYCへの愛情、郷愁を感じさせる「ニューヨークの想い/New York State of Mind」、「さよならハリウッド/Say Goodbye to Hollywood」などの名曲を含む、ビリー自身のお気に入りの名盤。

ストレンジャー

ビリー・ジョエル / Sony Music Direct


曲冒頭の口笛が印象的であるタイトル曲「ストレンジャー」を含む本作は、1977年に発表され、「ビリー・ジョエル」を70~80年代のアメリカを象徴するシンガー・ソングライターに押し上げた代表作。「ムーヴィン・アウト/Movin’ Out 」、 「素顔のままで/Just the Way You Are」、 「イタリアン・レストランで/Scenes from an Italian Restaurant」など、ニューヨークに住む現代人の孤独や哀歓を、洗練されたメロディとリリカルな詩で描いている。「ストレンジャー」は’78年グラミー賞に輝き、700万枚を超すセールスを記録したという。

ニューヨーク52番街

ビリー・ジョエル / Sony Music Direct


前作「ストレンジャー」に引き続き、グラミー賞2部門を受賞するなど、再び大ヒットを記録した78年リリース作品である。アルバムを見た瞬間、歌を聴いた瞬間、これがニューヨークなんだと実感させるようなアルバム。ブレッカー・ブラザース、フレディ・ハバートらJAZZ界の売れっ子ミュージシャン達を揃え、JAZZサウンドをかなり取り入れているのも、よりニューヨーク色を感じさせる。「オネスティ/Honesty」は「素顔のままで」と並ぶ彼の傑作バラード。

今回の聴きたい歌は「素顔のままで/Just The Way You Are」。当時の妻エリザベスに捧げられたラヴ・ソングで、ボサノヴァのリズムに乗って歌われる。サックス・ソロはジャズ・ミュージシャンのフィル・ウッズが担当。この曲は、カバーされることも多く、フランク・シナトラ、ダイアナ・クラール、阿川泰子など多くのJAZZアーティスト達がカバーをしている。

【 Just The Way You Are 】  作詞・作曲;Billy Joel

「♪  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  Don’t go trying, some new fashion,
  Don’t change the colour of your hair,
  You always have my, unspoken passion,
  Although I might not seem to care.

  I need to know that you will always be
  The same old someone that I knew,
  What will it take till you believe in me,
  The way that I believe in you?

  I said I love you, and that’s forever,
  And this I promise from the heart,
  I couldn’t love you, any better,
  I love you just the way you are.

  I don’t want clever, conversation,
  I never want to work that hard,
  I just want someone, that I can talk to,
  I want you just the way you are.
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   ♪」

【 素顔のままで 】 

「♪ ・・・・・・・・・・・・・
  流行の服なんか着なくていいよ
  髪の色も変えないで欲しい
  口に出して言わないけれど いつも君への思いは溢れてる
  君にはそう思えないかもしれないけど

  君にはいつだって
  いままで通りの君でいてほしいんだ
  僕が君を信じているように
  君は僕を信じてほしい

  愛してるよ いつまでも
  心からそう誓うよ
  これ以上もう愛せないくらいに
  素顔のままの君を愛してる

  気取った言葉や気の利いた会話なんていらない
  そんな疲れることはゴメンだね
  ありのままの僕で話すことができる人がいい
  そんな素顔のままの君がいい
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ♪ 」

例によってビリーの歌う「素顔のままで」のYOUTUBE映像はこちら。

理系人間のつぶやき

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総選挙の歴史的勝利からほぼ1ヶ月、民主党政権が誕生してからほぼ半月が経過したが、いまのところ滑り出しは上々、新政権のやる気の本気度が感じられ、政権交代の実感が日増しにつのってきている。大量の新人議員の当選、大臣、副大臣、政務官の若返りなど、「世代交代」の特徴が注目を浴びているが、私は、もうひとつの特徴に注目したい。それは、わが国で初の「理系出身」の総理大臣が誕生したということである。鳩山新首相は東大工学部、スタンフォード大学工学部博士課程卒業という経歴。彼の専門は、OR(オペレーションズ・リサーチ/Operations Research)であったという。

このORは、高度な科学技術を持つ兵器でも、その運用面までを考慮しなければ、持てる能力を最大限に発揮することができないという、ハードだけではなくソフトの追求から生まれた学問であり、第二次世界大戦中のイギリスで発祥し、アメリカへ渡って花開いた学問。一般的にはあまり知られていないかもしれないが、さまざまな計画に際して、数学的・統計的モデル、アルゴリズムの利用などによって、その計画遂行が最も効率的になるよう決定したり、複雑なシステムの分析などにおける意思決定を支援、またその意思決定の根拠を他人に説明するために用いられるツールである。多分工学部の大学生は、今でも学ぶのではないだろうか、少なくとも私のときはそうであった。現在ORは、組織体(企業、非営利法人、自治体、政府、国際機関などすべて)の意思決定のための、合理的・科学的アプローチの技術として広く用いられている。

ここまで書けば、賢明な読者にはもうお分かりであろう、鳩山由紀夫氏には、その家系以外にも、政治を目指す十分な動機と背景があったのだ。そして総理就任後も、政策立案に積極的にORの考え方を取り入れようとしている様に、私には見える。例えば、「CO2削減目標25%」。温暖化とCO2の関係の論議はさておき、先進国に必要な削減目標とされる「25~40%」のうち、最低目標を日本の国際公約として設定し、経済成長、国民の負担、科学技術、予算など矛盾、対立するあらゆる要因を考えながら、公約した目標にたどり着くには、各省の壁をのりこえて、どういう政策を総動員したらいいのか、これからの挑戦を、OR的に淡々と開始したように思える。その政策の実効性、評価はもちろんこれからであるが、ステークス・ホルダーやみんなの意見を聞いて、いわゆる「落しどころ」を目標とした、自民政権などの従来手法とは全くちがうのだ。そんな手法では、ブレーク・スルーなどできないことは、技術者なら誰でも知っていることである。

そして、重要閣僚である副総理兼国家戦略担当に菅氏、官房長官にパナソニック出身の平野氏など理系出身者を起用したことも、初めてではないだろうか。中国では対称的に、胡国家主席、温首相始め、国家リーダーたちの殆どが 清華大学や北京大学などを出身の理系人材で占められている。もっとも、唯物史観というマルクス共産主義のテーゼからすれば、当たり前というべきかも知れないが・・・。とりあえずこの理系内閣期待はできそうである。

それにしても、女性、理系といい、人材活用からすれば、「文系男性偏重」で、アンバランスといえるほど日本は偏っていると思う。企業トップをみても、英国、ドイツ、フランスなど先進欧州諸国では、理系出身の社長が半数以上なのにくらべ、日本では3割に以下に留まるというデータもあるという。私が働いていた電機メーカーでも過去理系出身の社長はたった一人、それも先代会長の姻戚という括弧がついていた。中央官庁でも上級国家公務員試験の合格者の55%が技官(理系)であるのに対し、局長では、13%、トップの次官ではたったの3%しか理系人材がいないのだという。なんとなく「トップは文系」という不文律や掟を感じてしまうのだが・・・。

勿論、理系人間側にも問題点があるのは言うまでもない。人付き合いが下手、営業的センスがない、理屈っぽく融通が利かない、狭い専門領域にのめりこむ、大局的な経営観がない・・・・などなどよく言われること。しかし、それは本当だろうか。そういう傾向があることは否定しないが、誰かが貼ったレッテルにすぎないのではないだろうか。これからの「日本の再生、世界への貢献」のための、極めて重要なキーワードの一つは、間違いなく「技術」である。行き過ぎた投機資本主義をもたらした「金融」は、価値ある「技術」を創造するためにあるのである。「金融立国」などという発想は、生産活動より金融活動を価値として優先させ、マネーゲームに精を出し、他国の汗水たらした生産活動がもたらす富の上前をはねるという極めて驕った発想である。企業の最終の目的は利益追求ではなく社会貢献である。ましてや政治の目的は国民を豊かにすることである。そして、まちがっても「金融工学」などという、まやかしの学問、技術をもって、「金融立国」などという間違った方向に、この国を二度と導かせないためにも、文系だけでなく、頑固でぶれない理系の国家指導者も必要であり、理系の有権者の自覚がそれを可能にするのであると思う。今ふたたびの「技術立国」、「プロジェクトX」のために、若き世代の理系人間の奮起や教育・育成を期待したいところである。
かっての理系人間のつぶやきが、いささか冗舌に過ぎたようである・・・。

「♪ もしも僕がキングになれたら、一日だけでも君をクイーンにするよ 我々の王国では友愛が全てを支配するんだ もし世界を変えられたらね ・・♪」と歌う「エリック・クラプトン」の大ヒット曲「Change The World」。この歌はもともと無名のカントリー・ソングであったが、突然天才になってしまった男の恋愛を描いた、ジョン・トラボルタ主演の映画「フェノミナン」でテーマ曲としてクラプトンが歌ったため一躍有名になった。その歌詞は、まるで鳩山夫妻のためにあるようにも思える歌である。

チェンジ・ザ・ワールド

エリック・クラプトン / ワーナーミュージック・ジャパン


例によってYOUTUBEライブ映像はこちら。



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