JAZZYな生活

プレミアムエイジ ジョインブログ

ご即位20年の日に(続き) ~白毫寺へ~

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  (つづき)

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(白毫寺境内の石仏、弥勒菩薩か?)

さて、「正倉院展」を観た後は、奈良市の東峰、若草山、春日山に連なる高円(たかまど)山のふもとの白毫寺(びゃくごうじ)を目指して、歩き出す。白毫寺は、奈良市白毫寺町にある真言律宗の寺院。本尊は阿弥陀如来。開基は勤操(ごんそう)と伝える。関西花の寺二十五霊場第18番で、境内から奈良盆地が一望できる景勝地に建つ寺である。この寺は、萩と椿の寺として有名であるが、10月すぐ近くの新薬師寺まできたが、寄らなかった寺である。奈良公園を抜け、高畑(たかばたけ)は春日大社の南側、真っ赤に色づいた紅葉を見ながら、「ささやきの小道」、それは見事な紅葉の街路樹が続く「高畑大道」、新薬師寺へと至る。

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さらに狭い曲がりくねった道を標識沿って歩いていくと、道の脇にある奈良名物の柿の樹、あちこちに建てられた万葉の歌碑、今も丁寧に祀られている地蔵、朽ちかけた土塀、半鐘がなつかしい火の見櫓、歴史を感じる古民家などが、まほろばの国大和の風情や信仰心篤き土地柄を感じさせるように目の前に現れる。

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そして、白毫寺。山門へといたる石段を下から見上げると、その参道は、両側からは色づき始めた萩が覆っている。やはり萩の寺と称されるだけのことはある見事な萩であろう。10月に新薬師寺まで来たときに参っておけば良かったと後悔しきり。来年の楽しみがひとつ増えたと思い直す。
白毫寺は縁起によると、霊亀元年(715年)、天智天皇の第7皇子である志貴皇子の没後、天皇の勅願によって皇子の山荘跡を寺としたのに始まると伝えられる。そのため、志貴皇子の逝去されたときに作られた挽歌(万葉集巻2230)に対する「笠金村(かさのかなむら)」の悲痛に満ちた反歌の歌碑が残されている。

 「高円(たかまど)の 野辺の秋萩 いたづらに

     咲きか散るらむ 見る人なしに」 笠金村(万葉集巻2231)

 

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白毫寺を代表するもう一つの花は、県指定天然記念物にもなっている「五色椿」。東大寺開山堂の「糊こぼし」、伝香寺の「散り椿」とともに「奈良三名椿」の一つとして名高いという。「椿」は、「木」偏に「春」と書くその字のとおり春の花。一部の寒椿はもう咲き始めていたが、椿の見ごろは、3月下旬から4月にかけてだという。そのころまた訪れて見よう。かわって、境内で3分咲の花をつけていたのは、子福櫻と称されている「寒櫻」。その淡いピンクの可憐な風情も捨てがたい。そして、一番の見ものは境内から見渡す奈良盆地の眺望。夕日が沈む生駒山・信貴山。そして大津大津皇子の墓があり、雄岳、雌岳の二つの頂を持つ二上山、役の行者で有名な修験道の山、金剛山・葛城山。一望に見渡せるのだ。なんという開放感 ・・・。

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穏やかな秋の陽だまりにいるような気分にさせてくれるアルバムは、「村上ゆき/夢で逢いましょう」。なつかしい昭和の流行り歌が、シンプルなアレンジとオーガニックな彼女の歌声で・・・。今、流行の昭和懐古、レトロ志向のアルバムとは違って、選曲といいアレンジといい、彼女の心が投影されたかのようなハートウォームなアルバムである。中でも、三木鶏郎作詞作曲の「ポカンポカン」は、ウクレレやピアノによるはずむような伴奏にのって、心がウキウキしてくる暖かい佳唱である。

「♪ せつないみたい ふたり センチなみたい ふたり
      落ち葉の秋に ポカン ポカン ポカン  ・・・・ ♪」   ポカンポカン(秋冬編)

夢で逢いましょう

村上ゆき / ポリスター

 

 

 

ご即位20年の日に

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天皇陛下がご即位なさってから20年、TVで記念式典などのNEWSを報じていた。その記者会見での皇后陛下の次のお言葉が印象に残った。
「高齢化・少子化・医師不足も近年大きな問題として取り上げられており、いずれも深く案じられますが、高齢化が常に「問題」としてのみ取り扱われることは少し残念に思います。本来日本では還暦、古希など、その年ごとにこれを祝い、また、近年では減塩運動や検診が奨励され、長寿社会の実現を目指していたはずでした。」と皇后陛下。

年金、高齢者医療、後期高齢者保険、介護保険 ・・・ 等々の実態を見ると、長生きすることは幸せではないようにも思えてならない。そんな今日の情況のなかで、色々と発言に制約の多い中、具体的にここまで言及されたことはかなり異例なことではないだろうか。政治家だけでなく国民としても、この国がどんな国を目指すのか、重く受け止めなくてはならないお言葉のように思える。

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さて、12日は各地で記念の行事があった。私がここ数年は毎年のように行っている、奈良国立博物館での「正倉院展」は、12日が最終日で、しかも即位20年を記念し、観覧無料であったので、この日をねらって出かけてきた。古都・奈良の秋の風物詩ともいえる正倉院展は、今年で61回を数えるが、今年は、初出陳12件を含む66件の宝物が出陳(しゅっちん)され、また眼を見張るような出陳物も多く、近年のなかでは中身の濃い豪華で出色な展示であった。中国伝来のもの、わが国で製作されたもの、色々な出陳物中で、特に一際、私の眼を奪ったのは、次の4品であった。

 

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・帯から下げる佩飾品(はいしょくひん)である緑牙撥鏤把鞘御刀子(りょくげばちるつかさやのおんとうす)。聖武天皇が帯に下げて身を飾ったと思われる。

 
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左より

・重厚なシタン地に華やかなモザイク文様を施した紫檀木画槽琵琶(したんもくがそうのびわ)。ペルシャに起源を持つ中国・唐代の4弦の琵琶。
・背面を六つの大きな花で埋め尽くした豪華な銅鏡。白色の螺鈿と赤色の琥碧(こはく)のコントラストが美しい平螺鈿背円鏡(へいらでんはいのえんきょう)。素材成分分析によれば中国で生産された可能性が高い。
・花形の角をつけた鹿を大胆にあしらった異国情緒あふれる金銀花盤(きんぎんのかばん)。六つの花弁を持つ脚つきの銀盤で中国製。

(写真と説明は御即位二十年記念 第61回正倉院展HPによる)

詳細な解説は「正倉院展のHP」を観ていただきたいが、出陳物はいずれもため息が出るくらい美しく、見事なデザイン、繊細で精巧な細工であった。刀子(とうす)、錦を現代の名工が模して作った復刻品も展示されていたが、一流の名工、名匠にしても再現するのが難しかったほどの水準の高さだったという。いにしえの名もなき職人の技量はいかばかりであったのか。

製鉄、養蚕、機織などの技術の朝鮮半島、大陸からの導入。彫り、織り、螺鈿、彫金、木画、塗など加工技術の習得、伝承、職人の育成。大仏開眼法要などの儀式や貴人の生活での工芸品の使用。シルクロードや中国との交易や人の往来。それにもまして、勅封の正倉院での1000年を超える宝物の保管。これらの歴史的背景に思いを馳せるとき、この正倉院の宝物は、東アジア全体の悠久の歴史が東端の一点、日本に収斂した美の極致、そして古代日本における権力(=天皇制)がもたらした奇跡といっていい。

   (つづく)

紅葉の贅沢、心の贅沢

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今週は雨模様になりそうだという天気予報 ・・・。朝の空模様を見て、少し早いかもしれないが、早めの紅葉狩りに行こうと決めた。梅ヶ畑・平岡八幡宮の「花の天井」と椿、高雄・神護寺あたりと大原野・勝持寺の紅葉とすこし欲張った紅葉ドライブを企画。我が家から色づいた止々呂美(とどろみ)渓谷を抜け、丹波・亀岡へ、そして京都縦貫道で京都市内へと戻り、五条天神川から北へ上り、仁和寺のある双ケ岡を見ながら、京北、小浜へと通じる周山街道を走れば、すぐに梅ヶ畑・平岡八幡宮に着く。我が家より1時間半ほどの行程である。

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              (写真;平岡八幡宮の花天井。撮影禁止のため京都新聞記事より拝借)

梅ヶ畑・平岡八幡宮。山城国、京都最古の八幡宮である。創建は石清水八幡宮より古く、弘法大師により、大同4年(809年)、12月10日に創建された。従って、ことしは弘法大師創建1200年を迎える。御神体は、弘法大師直筆の僧形八幡神像。室町時代、応永14年(1407年)火災により焼失したが、時の将軍足利義満によって、直ちに再建されたという。さて、お目当ては毎年、春と秋に公開されている「花の天井」。拝観希望を受付で伝えると、もったいなくも宮司さんが自ら案内、解説してくれる。本殿の内陣天井に描かれた「花の天井」は、極彩花絵で44面。説明書によると、江戸末期、1827年(文政10年)画工「綾戸鐘次郎藤原之信」により、神殿天井に描かれたものだという。宮司さんの解説によると、室町にあった義満の御所が「花の御所」と呼ばれたこと、日本に自生せず、義満の「植物のコレクション」にあったと思われる「葡萄」などが描かれていることから、義満再建時から描かれていた可能性もあるとのことでした。いすれにしても岩絵の具で描かれた極彩色の花の鮮やかさ、華麗さには眼を見張った。観ているのは私たち夫婦のみ、さほど広くはない神殿で、静かに天井を見上げていると心が自然に平穏へと導かれるような感じがした。

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参道の紅葉も美しいが、この地が「梅ケ畑」と呼ばれるように、平岡八幡宮は椿と梅の名所。神殿内の鴨居には紅白梅と紅白椿が描かれている。境内には、樹齢200年以上の紅椿、樹齢150年以上の白椿の老木のほか、今も多くの椿が自生している。椿は平安時代より長寿、招福、吉兆、春を告げる「神の木」とされ、昔は白い椿は全て「白玉」と呼ばれたという。この宮は絵馬ならぬ絵椿によって願いを奉納する。椿に願い事をしたところ、白玉椿が一夜で開花し、願いが成就したという故事、「白玉椿伝説」によるという。
ことしは暖かかったためか、白玉椿はいち早く開花し、他の椿はもう数日で開花しそうなほど、つぼみが膨らんでいた。

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そして、高雄・神護寺、栂尾・高山寺あたりの見事な紅葉、紅葉トンネルをゆっくりと走りながら、車を北山へと走らせた。すっくと幾重にも重なって立つ杉木立の山、そのすそを彩る真っ赤な紅葉。ヘリンボーン(杉綾織)と綾錦が見事に調和している。トンネルができたため、かっての静けさを取り戻した北山杉の村、中川地区を通り抜ける。その家屋やずらりと並んだ見事な床柱の列などに、古き日本の山村の佇まいや、連綿とつたわって来ている暮らしを感じさせる、こんな風景が私は好きである。川端康成の「古都」の文学碑まで行ってUターンをし、高雄まで戻り、街道筋の茶店で昼食に「にしんそば」と「紅葉のてんぷら」を食す。日本海から周山街道など通って運ばれた鰊(にしん)と、多分丹波、越前(福井)あたりで産する蕎麦とを組み合わせた古くからの京都名物「にしんそば」をすすると、歴史が腹に入る思いがする。

 
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 さあ、長岡京に程近い西京区大原野は花の寺、「勝持寺(しょうじじ)」へと参ろうか。この寺は、4月のブログ櫻狂い(1) ~西行櫻~でも取り上げた、あの「西行櫻」のある寺。桜の季節に訪れたときから、この寺の紅葉を想像し、秋には参ろうと決めていた寺である。果たして、期待を裏切らず、最高の紅葉を堪能できた。小さなくぐり門を抜けると、赤一色の世界。一瞬絶句するほどの美しさ。我々の他には訪れている人もなく、この静謐な空間を独占する贅沢。赤一色の中で時間が止まっているなと感じるほどの至福の時であった。

眼施、眼福。今日は、贅沢で素晴らしい遠足の一日であった。この日ばかりは、日本に生まれた幸せ、関西に住んでいる幸せを本当に実感、感謝せざるを得ない。

「花の天井」を観ていて橋口亮輔監督、映画「ぐるりのこと」の一シーンが眼に浮かんだ。監督、脚本家は平岡八幡宮の「花の天井」を観たのかも知れない。中絶手術で子供を失くしたことで心を病んだ女性が、小さなお寺の庫裏の天井画の依頼を受け、完成した天井画を夫婦二人で寝転んで見上げている。自然と握り合った手が、壊れかかっていた夫婦の絆や平穏な生活を取り戻していく・・・。「決して離れない」1組の夫婦の10年を描いた、珠玉のラブストーリー、「おくりびと」と並ぶ2008年の日本映画の佳作である。

ぐるりのこと。 [DVD]

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高雄の紅葉、そのゴージャスさには、鬼才「デオダード」が似合うかもしれない。ガーシュイン、ブラスロック、クラシック、ボサノバ、エレクトリックJAZZなど、CTIフュージョン・サウンドの魅力がてんこ盛り。ラストのガーシュイン作曲の「ラプソディー・イン・ブルー」の疾走感が最高。このアルバムがリリースされたのは、1973年30歳。その鬼才ぶりで、音楽ファンを「あっ」といわせた、美青年デオダートも66歳を超えた。

 

ラプソディー・イン・ブルー

エミール・デオダート / キングレコード

 

 

 

ライフスタイル・ウォーキング

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P1030357                     (散歩道にある風景、ピラカンサの紅い実と未だに咲く朝顔が同居)

3年ほど前、定年後の日も浅いある日、鼠けい部に違和感を感じた私はリンパ線系の疾患を疑い、検査結果を聞きに病院へいった。リンパ腺は別段なにもなかったが、糖尿病であるといわれた。血糖値が約200、ヘモグロビンA1C値は8.3ほどに上がっていたのだ。会社の検診では糖尿は指摘されていたものの、それほどひどくなかったのだが、色々な理由で跳ね上がったようである。それがきっかけとなって、同じようにダイエットをしたいと願っていた妻とのウォーキングを開始したのだ。以来、3年間を超え、雨やよんどころない用事がない限り、ほぼ毎日1時間程度歩いている。当時MAX96kgあった体重も20kg減り、ヘモグロビンA1C値も基準値を0.1オバーの5.9程度に保つことができている。そして何より歩くことがすっかり楽しくなったのだ。

そんな、楽しみながらウォーキングができるようになりたいと始めたときに読んだ本で、今でも参考にしている本がある。医学博士で日本ウォーキング協会副会長でもある泉嗣彦氏の著書「医師がすすめるウオーキング」。そこには歩くのが楽しくなるヒントとして「ライフスタイル・ウォーキング」が薦められている。生活にウォーキングが定着するように、「好きなことを歩くこととを結びつける」という考え方。「花や樹木を見て歩く」、「森や里山を歩く」、「街道を歩く」、「建築を見て歩く」、「ショッピングセンターを歩く」、「写真を撮って歩く」、「出会った人と知り合いになる」・・・などたくさんのヒントが紹介されている。このブログの読者ならお分かりのように、私はそのススメを実践しては、「おやじの遠足・街歩き」などのブログにまとめているのである。

医師がすすめるウオーキング (集英社新書)

泉 嗣彦 / 集英社

 

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さて、今週は天気が下り坂になると聞き、天気のいいうちに秋のウォーキングを楽しみたいとやってきたのは、まず宝塚・西谷の森公園。ここは丸ごと里山一山が自然観察公園になっているお気に入りの場所。色づいた紅葉を映すため池の脇をとおり、木漏れ日と紅葉がおりなす色鮮やかな木立の中、頂の展望台を目指すこと1.2km、30分、360度展望が開ける。眼下に広がる里の風景に懐かしさを感じる。用意した弁当を食べ、どんぐりをひろって本日のウォーキングは完了。

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そして、次の日は万博公園。いわずと知れた1970年大阪万博の跡地の広大な公園。日曜日とあって家族連れも多く、かってのお祭り広場ではフリーマーケットなどが開催。紅葉の渓谷、コスモス満開の花広場、日本庭園など約1時間半ちょっとのコース。来年は大阪万博から40周年、その跡地を再開発したこの公園は、誰もが楽しめるいい公園になった。

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 園内の池には、10数人のシニアがリモコンボートを浮かべて楽しんでいた。聞くとシニアたちのモデル・シップ・クラブで、1/32スケールのモデルシップを月に2回、公園の池を借りてはしらせているそうだ。色々な船があるが、いずれもアルコール・エンジン搭載、80cmほどの大きさ。イギリスのタグボートを走らせていた方に聞くと、エンジンを作るメーカーは日本ではもうたった一つしか残っていないそうだ。そして船体はすべて自作、製作に半年ほどかかかり、費用も30万ほどかかるそうである。キング・オブ・ホビーというところか・・・。
「いい趣味ですね」というと、「ほめてくれるのはギャラリーばかり。奥さんなんて、それはもうぼろくそですわ」と、70歳になるという先達は「かっかっかっ」と少年のような顔で笑った。

こんな穏やかな日に聴くアルバムとして、「カーペンターズ/The Carpenters」の「Now & Then」などどうだろうか。オリジナルのLP盤が発売されたのは1973年であった。 「Sing」、「Yesterday Once More」、「Fun, Fun, Fun」、「Our Day Will Come」  「One Fine Day」 など 時代や世代を越えて、多くの人々に愛され続けている歌が収録されている。

Now & Then

The Carpenters / Universal

 

読むジャズ(8) ~JAZZピアニストのエッセイ~

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フリーJAZZのピアニストにして、抱腹絶倒の名エッセイスト「山下洋輔」の新刊エッセイを読んだ。タイトルからして洒脱である。「山下洋輔の文字化け日記」。2001年~2008年にかけてCDジャーナルに連載されたエッセイの文庫本化したものである。読んだら出てくるわ出てくるわ、「読むジャズ」に違わず、私のなじみのキーワードがいっぱい、久し振りに小躍り、いやスイングして読んだエッセイであった。

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インタープレイ8(ハチ);大阪梅田の太融寺、旧関西TV近くにある、もう大阪では老舗の部類のJAZZ喫茶。入社で大阪へ来た頃ずいぶん通ったものだ。最後に行ったのは一体いつだったろうか。記憶がないほど長い長い時間が過ぎている。

RAGの須田さん夫妻;京都木屋町三条近くのJAZZライブ・ハウス。20年ほど前だったか、まだ北山通り近くにお店があった頃、ひょんなことから知り合い、RAGの株主になった。帰りのことを考えると、夜の京都もなかなか行きづらく、殆ど頼りにならない株主ではあった。

タモリ;山下氏、漫画家の赤塚不二夫氏が博多で発掘して東京へ連れてきた芸人。TV「題名のない音楽会」で初めて披露した中津産業大学森田助教授の報復絶倒の芸は、いまだに鮮明に覚えている。ぜひもう一回観たいものである。(参照「森田一義助教授の幻の講義」) 

ベイシー;岩手県一関市にある有名なJAZZ喫茶。その音響装置がすごいと聞いたことがあるが、近くまで行ったが、時間がなくて未だに行きえていない。想いが残る場所・・・。

イリジウム;ニューヨーク、ブロードウェイ近くのJAZZクラブ。一度だけ行ったことがあるが、こちらは未だNYへの憧れをひきずっている場所。  

炎上ピアノ;かって、このブログ(参照「健在なり!山下洋輔」)でもとりあげたが、先日のNHKの「スタジオパーク」で山下氏がゲスト出演した際、そのパフォーマンスの映像を始めてみることができた。立川にある神社を、霊験あらたかな「猫返し神社」に仕立ててしまったその真相についてもこの番組で語っていた。

奈良少年刑務所;山下氏の祖父の設計になる建築である。その美しい赤レンガの建物を先日、般若寺へのウォーキングの際に発見した。(参照「萩の寺、秋櫻の寺、古都の初秋を歩く(2)」) 昨年建築100周年を記念して、刑務所内の講堂でピアノ・ソロ・リサイタルを開いたが、刑務所とフリーJAZZ、果たしてその相性は・・・。

山下洋輔の文字化け日記 (小学館文庫)

山下 洋輔 / 小学館

稀代の蕎麦好きという別の一面を著わしたのが、「蕎麦処 山下庵」。音楽界・文壇・芸能界・演芸界の垣根を越え、日本中から蕎麦好きが大集合。その数およそ30名、いずれも蕎麦に一家言のある語り部たちが、それぞれの蕎麦喰いの流儀、蕎麦へのこだわり、また秘中の秘の一店を語る。蕎麦好きを自認する向きにはまさに必読、座右の書といえる。

蕎麦処 山下庵

山下 洋輔 / 小学館

私が、数ある山下洋輔のアルバムの中から一枚だけ選ぶとしたらこれか。’86年に録音されたソロ・ピアノ・アルバム。バッハ、ショパン、ガーシュインが、縦横無尽に、そして山下流に弾ける。

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山下洋輔 / ユニバーサル ミュージック クラシック

「山下洋輔の文字化け日記」にも登場する、岩手県一関市にあるJAZZ喫茶の老舗「ベイシー」。「ケイコ・リー」が、御年88歳、現役最高齢ジャズ・ピアニストの「ハンク・ジョーンズ」との「ベイシー」でのライブを収録したアルバムがある。2006年3月、わずか数十人の至福のオーディエンスだけが目撃したパフォーマンス。演奏されるのは長年にわたり世界中で愛されてきた珠玉のスタンダード名曲ばかり。ヴォーカルとピアノの世代を超えた語らいが、幸福なジャズの時間を紡ぎだす。

 

ライヴ・アット・ベイシー~ウィズ・ハンク・ジョーンズ~

ケイコ・リー ハンク・ジョーンズソニーミュージックエンタテインメント

60歳過ぎたら聴きたい歌(45 ) ~たき火~

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毎朝の散歩の途中で、時々「ほっと」するような景色に出会うことがある。緩やかにカーブした道。低く続くブロック塀。鮮やかに色づいた柿、蜜柑。子供の頃の記憶に残る懐かしい景色と口ずさんだ歌が、ふと浮かぶ。わが街の私の好きなアングルのひとつ。

【 たき火 】 作詞;巽 聖歌 作曲;渡辺 茂

 「♪ かきねの かきねの 曲がり角   
       たき火だ たき火だ 落ち葉たき
          「あたろうか」 「あたろうよ」
             北風 ぴいぷう 吹いている

    さざんか さざんか 咲いた道
       たき火だ たき火だ 落ち葉たき
          「あたろうか」 「あたろうよ」
              しもやけ お手てが もうかゆい ♪」

 

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団地からすこし外れた里山に向かうと、この時期、農家が焚き火をしているのによく出くわす。「焚き火」。都会やその近郊では、もう「死語」になりつつある言葉である。あの貧しいが、社会にはぬくもりがあった時代、よく我が家でも、父親が落ち葉やごみを火で燃やしていた。あの頃は、火で燃やすことができるごみか、土に帰すことができるごみしか、家庭からは出なかったのだ。エコロジーの原点が見えるような気もする。

そして今は、「しもやけ」、「あかぎれ」なんて言葉も、もう死語となってしっまたんだろうな ・・・。

散歩道の脇に咲く山茶花(さざんか)が、今年も見事な花をつけた。

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地上の花、天上の色 ~蜷川実花の世界~

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最近ブログに写真を多く載せるようになった。大体出かけるときにはいつも、定年退職記念品に会社から貰った小型の「コンパクト・デジタル・カメラ」をもって出かける。気軽に撮っては、ブログに載せようとするのであるが、満足の行く写真が撮れたためしはない。そのとき自分が感じた、観たままの世界を撮っているはずなのに、そんなものはまったく写っていないのである。勿論一眼レフなどではないし、殆どマニュアルも読んでないので、機能を活かした撮影方法ができていないのを承知で愚痴っているのであるが・・・。仕方がないので、「Wikipedia」やHPから拝借した写真でお茶を濁している始末。もうすこしどうにかましな写真が撮れないかと、そんな参考になんかなるわけはないのを承知で、かねてから観てみたかった「蜷川実花展 -地上の花、天上の色-」に行ってきた。

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《永遠の花》より 2005年 彼女自身のこんな言葉がついている。「永遠の花 死者に手向けられた枯れることのない花 恐ろしいほどの青空、暴力的な色彩 永遠を想う人々の想いと死」 (蜷川実花展公式ホームページより) 

「蜷川実花」。1972年、東京都生まれ。父親は演出家の「蜷川幸雄」氏。ファッション、音楽、広告、映画など様々なジャンルで活躍し、今最も注目を集める写真家。「蜷川実花」は、1996年キヤノン写真新世紀優秀賞、2001年木村伊兵衛写真賞を受賞。フイルムにこだわり、色を一切編集しないで生み出される極彩色の作品は、視覚的な華やかさを超え、作家自身の視点を見る者に鮮烈に印象づけます。うつろいゆく生の一瞬の輝きをとらえ、この世のものではないような色彩で生み出される作品世界を、美術評論家・松井みどり氏は「地上の花、天上の色」と評している。本展は、「花」「金魚」「旅」などをテーマにした代表作のほか、その原点となる初期作品、新作シリーズ《Noir》など450点以上の作品により、蜷川実花の活動の全貌を紹介。現実の一歩先に広がる永遠の一瞬を写し撮り、見る者をきらびやかな至福のひとときへと誘う「蜷川ワールド」の魅力が展開する。(蜷川実花展公式ホームページより引用)

まさに「妖し」の世界であった。どうしてこんな色が撮れるのだろうか。フィルムにこだわり、デジタルが嫌いで、撮影後のトリミングや色加工などは一切していないと言う。また、商業写真以外のアーティスティックな写真は、被写体にも一切手を触れないとも言う。「永遠の花」シリーズは、メキシコあたりのカトリックのお墓に飾られている造花を撮ったもの。墓石など映さなくても、あの色に死の気配が濃厚に感じられる。彼女は、こんな風に語っている。「私ね、写真を撮っている時には、きっと現実じゃない場所にいると思うのです ・・・。」

こりゃ、私なんかの到底及ぶ世界ではないのだ・・。

若い女性に圧倒的に支持されているという。その日訪れていたお客さんは、やはり若い女性、しかもかなりファッショナブルな女性が多かった。同じように若い女性に圧倒的に支持されているという「土屋アンナ」を主演に、「蜷川実花ワールド」をスクリーン上に作って見せたのが、自身初監督の映画「さくらん」である。音楽は、「椎名林檎」が、これまた初の映画音楽制作に挑戦。

    さくらん [DVD]

角川エンタテインメント

妙なる美しい旋律をこの世に紡ぎだしてくれたJAZZピアニスト。ひょっとして、生前から向こう側の世界へ行って弾いていたかもしれないと思わせるピアニスト、「ビル・エヴァンス」。なぜか没後に追悼盤として発表された後期エヴァンスの代表的傑作アルバムが、「ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング/You Must Believe In Spring」。元妻や兄が自殺し,自分の死もすぐそこという状況で収録されたセンチメンタルでなんともいえない寂寥感の漂う晩年のアルバムである。度重なった悲劇、逆境を乗り越えるためか、自分の内面に語りかけるように弾くエヴァンスにどんな色彩を感じたらいいのか・・・。
 

ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング(+3)(SHM-CD/紙ジャケットCD)

ビル・エヴァンス / Warner Music Japan =music=

 

 

風のハープ ~木枯らし1号が吹いた日に~

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北上山地の種山ケ原の「道の駅」に、不思議な楽器が置いてある。形は船に似て、帆柱のような鉄棒から20本の弦が伸びている。奏者は風だ。名は「又三郎」。宮沢賢治がこの丘を舞台に描いた小説の主人公からとった。「どっどど どどうど どどうど どどう」。賢治にそう聞こえた風は、ハープにあたると、ヒューン、ウィーン、フーンと音色を響かせる。神式の結婚式で流れる雅楽のように。・・・・・
 (11月3日朝日新聞「ひと」より)

こんな記事を読んだ。作った人は種山ケ原に住む「村上登志樹」さん。この楽器、ウインド・ハープというらしい。

ふと、ヨットのステー(支索;stay)が風に鳴っていたことを思い出した。人気のないハーバーに停泊中のヨット。そのステーが風に揺れ、マストに打ち付ける「チャンチャン」と鳴る甲高い音に混じって、「ビューン」という低い音でかすかに、だけどたしかに鳴っていた。

 アメリカ、バーモント州の山頂には、高さ 7 メートル 50 センチ、80 弦のエオリアン・ハープ(ウインド・ハープ)があるそうだ。

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家の近くに架かる高速道路の吊り橋、「ビッグ・ハープ」。あのワイヤも風の強い日は鳴るのだろうか、どんな音がするんだろうか。聴いてみたいな。関西地方に「木枯らし1号」が吹いた日、ふとそう思った。

 
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「北欧のコルトレーン」と呼ばれる、ジャズSAX奏者「ヤン・ガルバレク/Jan Garbarek」のアルバムに「Dis」という作品がある。12弦ギター奏者の「ラルフ・タウナー/Ralph Towner 」とのコラボの、このアルバムのいくつかの曲のバックには、風によって弦が鳴るという楽器、ウィンド・ハープの音が使われている。ノルウェーの「スヴェール・ラーセン」という人が製作したものを、実際にノルウェーの海岸に設置して録音したという。プロペラ飛行機、あるいは蜂の羽音も似たブーンという音。音源の位置が特定できない。空間全体が響く。種山ケ原のハープもこんな音がするのだろうか・・・。 

 
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Dis/Jan Garbarek with Ralph Towner / Polygram

 

 

 

 

シニアとキャップの関係 

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今年もまた「グリーンフェスタ」が開催された。我が団地の自治会が主催する最大の行事、いわゆる文化祭で、私たち夫婦がお手伝いをしているコミュニティ活動の団体にとっても、「川遊び」と並ぶ最大の行事。この時のためにと集めたドングリ、松ぼっくり、木の実、枝などを使っての思い思いの木工作、ほかにもゴム鉄砲の射的、ブーメラン作り、手編み、折り紙細工などを親子で楽しんでもらうコーナーを提供するのだ。子供達が主体的に工作してもらうのだが、最近は道具を使えない子が多いので、のこぎりや錐、小刀を使った加工を我々が手伝う。延べ2~300人の親子が集まったろうか、大変忙しい二日間であった。有り難うの言えない子、我々を頼ってばかりの母親、のこぎりやかなづちを自身で振るう豪腕ママ、ここが見せ所とばかり、かっこよさをアピールする父親・・・、色々な親子が集まってきたが、子供の笑顔、子供の独創性、限りない想像力には本当に感心させられた。また、大きな材料をふんだんに使って大作をつくる子が多かったため、材料がすぐになくなってしまい、あわてて材料になる枝を採りに行く始末に・・・。

私はいえば、すぐなくなる材料パーツ作りと、木工手伝いのため、まるで「13日の金曜日」のジェイソンのように、一日中のこぎりを振り回していました。 

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わが団地の高齢化率は、たしか35%ぐらいとかなり高率である。従って、主催側も、参加側も、高齢者主体の文化祭にと変わりつつあるが、団地の中で活動を続けているかなりの数の色んな趣味クラブが、この日は団地内の4会場で作品展示や成果発表をする。もちろん、プロではないが、いわゆる「玄人はだし」のレベルの人も多いようだ。誰かに見てもらえる機会があるということは、励みにも喜びにもなるというもの。このブログとても同じことで、コメントなどお寄せいただけるとありがたいと思います。

その日初めて気がついたことであるが、来客、参加者を含めシニア男性の約80%はキャップを被っていたのだ。なぜだろうか?理由がよくわからないのである。私もキャップ愛用者であるが、特になにか理由を意識して被ったことはないのであるが・・・。シニア男性世代へのマーケティングの追求課題が一つ増えた。(そない、おおげさな!)
ネクタイを必要としなくなったこの世代、ネクタイ代わりの自己アピールとも思えるが ・・・。

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 (いくつかあるうちで、北京で買い求めた最近愛用の派手なキャップ)

おやじのハコものがたり(6) ~続・駅の記憶~ 

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(写真;リヨン駅構内 いずれもWikipediaから)

外国映画にも、駅や汽車が重要な役割でずいぶんと登場する。哀切極まりない「ひまわり」のラストシーンは、ミラノ駅。大人の恋愛映画、「ダバダバダ・・・」のスキャットが一世を風靡した「男と女」のラストシーンはパリ、「サン・ラザール駅」。そして、第2次世界大戦後のイタリアに生きる庶民の人生の歓びや哀しみを、ある一人の初老の鉄道機関士の姿を通して描いた、映画史に残る感動作「鉄道員」。「オリエント急行殺人事件」、「007ロシアより愛をこめて」、「暴走特急」、「暴走機関車」、「北の帝王」、「カサンドラ・クロス」などは列車そのものが重要な舞台や背景であった。

かって都市の発展を支えてきた海運、水運に代わって産業革命以後主力になったのが鉄道である。欧州各国に豊富に産出する石炭を背景に、瞬く間に欧州列強内に鉄道網が拡がった。さて、ヨーロッパの主要都市の駅は日本と違って「ターミナル駅」である。だから、街が出発点であり、終着点でもあって、通過点ではないことがよく分かる。城郭都市というヨーロッパ特有の都市の成り立ちのためなのか、鉄道を都市内部に引き込まないという軍事上の理由のためなのか、殆どがターミナル駅なのである。従って、駅舎は線路の向きと直角に建てられていて、放射状に各プラットホームへ行けるので、跨線橋や地下道が必要ない。しかも改札口がないので、送迎客は客車まで同じ平面で、そのまま近づける。だからあんなドラマチックな演出ができるのかも知れない。

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前回パリに滞在したときは、リヨン駅 (Gare de Lyon)に隣接したホテルに宿泊した。部屋の窓からプラットホームが見えるのである。リヨン駅は、1900年のパリ万国博覧会に合わせて3代目の駅が開業した。駅舎はマリウス・ トゥードワールの設計によるもので、高い大きな時計台が特長である。また、リヨン駅はパリからディジョンを経由してリヨンに至る在来線の起点である。ここからは、プロヴァンス、コート・ダジュール、マルセイユ、モンペリエ、スイスのジュネーヴ、ローザンヌ、ベルン、イタリアのミラノ行きのTGVが発車しているので、いつも駅は大きな荷物を持つ乗客でごった返している。行き先が掲げられたプレートや電光掲示板をみては、この列車にとび乗ってコート・ダジュールへ行きたいと思ったことも・・・。

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そんな長距離列車を待つ乗客のためにリヨン駅構内には有名なレストラン「Le Train Bleu/ル・トラン・ブリュー(ブルー・トレイン、青列車)」がある。パリ万博の翌年の1901年開業であり、内部はベル・エポック調の彫刻や壁画、金の天井画で彩られ美術館のようなその美しさには眼を見張る。この「Le Train Bleu」はリュック・ベンソン監督の仏映画「ニキータ」(1991年公開)にも出てくる。我々夫婦も、ちょっと気取ったディナーに、或いはパリを歩き回った後の休息のお茶にと、何回か入ったことがあります。写真の様にキンキラキンなので、入るのに気後れする向きもあるかもしれないが、昼間のカフェなどは旅行客が出入りし、まったくカジュアルで、料金もリーゾナブル、コーヒー一杯でも気軽に入ることができるので、関心ある方はパリへ行ったら一度寄ってみてください。
そして、かってバスティーユから延びていた、150年近く前に建設された古い高架鉄道跡を再利用し、開放感溢れる「遊歩道」に生まれ変わった「空中プロムナード」も、このリヨン駅のすぐ近くにある。リニューアル、再活用のお手本みたいなハコものである。(参照「パリ、空中プロムナード」)

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駅跡をリニューアル、巧みに再利用した美術館といえば「オルセー美術館」である。印象派の画家の作品が数多く収蔵されていることで有名なセーヌ河畔の19世紀美術専門の美術館である。オルセー美術館の建物はもともと1900年のパリ万国博覧会開催に合わせて、オルレアン鉄道によって建設されたオルセー駅の鉄道駅舎兼ホテルであった。その後、この建物はさまざまな用途に用いられ、一時は取り壊しの話もあったが、1970年代からフランス政府によって保存活用策が検討されはじめ、19世紀美術を展示する美術館として生まれ変わることとなった。こうして1986年、オルセー美術館が開館した。美術館の中央ホールは地下ホームの吹き抜け構造をそのまま活用している。

遊歩道といい、オルセーといい、歴史、文化や古いものを大事にして決して簡単には捨てたり、壊したりしないという、フランスだけでなくヨーロッパ人に共通するポリシーを感じるのだ。かって、ヨーロッパのビル建築工事にける新築ビルの比率を調べたことがあるが、独、英とも50%を切り、フランスなどは確か40%を下回っていたと思う。いわゆるリニューアルのほうが多いのだ。パリにあるフランス電気協会にお邪魔したとき、200年前の建物をほぼそのままリニューアルし、1階に馬小屋をそのまま残してあることを自慢していたし、ロンドンなども建替えについては、相当厳しい基準を課している。私も泊めていただいたことがあるが、エジンバラの友人は築400年の集合住宅、クレッセントに住んでいることを誇りに思っているし、スエーデン・マルモに派遣していた部下が借りていた戸建の住宅は築90年ながら、広くて快適でその素敵なことが大変うらやましかった。「石造りだから」といってしまえばそれまでだが、日本にも相当年数たってもびくともしない古民家、蔵、神社・仏閣、城郭など誇れる建築物もある。もうそろそろ我々も、土地に価値を求めるのでなく、その上に建てられた住宅、建物に付加価値を求めていく考えに切り替えてもいい頃である。そうすれば、本当に価値あるハコものだけが残り、後は淘汰されていくと思うのだが・・。

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(ケルン駅の天井越しにみる大寺院 「わだらんの欧州旅行記」より無断拝借、お許しあれ)

列車でライン河畔の両側を旅したこともある。まだ観光シーズンが幕開けをしてないので、観光船の川下りがオープンしていなくて、列車の旅となったのだ。ハイデルベルグから マインツ、リューデスハイム、ザンクト・ゴア・ハウゼン、ボン、ケルン、バハラッハなど途中下車をしながら、大小の街や村をめぐった。ライン河沿いのあちこちに点在する葡萄畑、教会、城の数々、本当におとぎ話のような光景が車窓に展開した事に感動もした。そして、ケルン駅の通り一つを隔てた向かいにjは、あのケルン大寺院が聳え立っている。列車が駅に近づくにつれ、寺院を見上げる首も痛くなり、まるで大寺院に列車ごと吸い込まれていくような錯覚にとらわれた。

また、高速鉄道にもいくつか乗ったことがある。フランスの誇るTGV、ドイツの在来線を走るインターシティ。いずれも時速は300kmを超えていたと思う。当時は日本の新幹線がNo1だと思っていたので、軽いカルチャーショックを受けたことも事実。上海・浦東国際空港と浦東地区とを結ぶ磁気浮上のリニアモーターカーにも乗ったが、これは確か時速400kmをはるかに超えていた。

振り返ってみると、人生の節目、仕事の節目と重なる旅は、単なる移動だけでなく、心の軌跡や成長と深くかかわりあっているような気がする。だからこそ旅は楽しいともいえるし、そんな旅の「駅の記憶」は深く心に刻まれている。
「旅」をテーマにした心に残るアルバムから、「リー・オスカー/Lee Oskar」。「Lee Oskar」は1948年にコペンハーゲンに生まれ、6歳のときに初めてハーモニカを手にした。彼のハーモニカの才能を生かしてくれるバンドを求めて、10代の頃、ヨーロッパからアメリカへと移ってきたが、英語がまったく出来ないため、ストリート・ミュージシャンからはじめ、相当な苦労を重ねたのち、元アニマルズのボーカル、エリック・バードンに出会い、認められることになったという。このアルバムは、彼の最初のソロ・アルバムであり、アルバム・タイトルを自身の名前にしたところに、このアルバムに彼の人生を凝縮したという思いが伝わってくる。各曲の題名をみると、ヨーロッパからアメリカへの彼の「旅」がドラマのように仕立てられた構成のアルバムである。
近づいてくる靴音、ドアをノックする音に続いてハーモニカの憂いを含んだ音色が響く1曲目。2曲目以降も船の汽笛や海鳥の声が効果的に使われ、旅のイメージをいっそうかきたてる。ハーモニカという、この小さなシンプルな楽器が、これほど心にしみる音色とメロディーを奏でることができるのだ。

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 Lee Oskar
 Lee Oskar /  / Rhino
 ISBN : B0000033BM

 

 

 

「駅の記憶」となれば、この曲をあげないわけには行かないだろう。デューク・エリントンの名曲にして、プロからアマチュアまでの、ビッグバンドというビッグバンドが、必ずレパートリーにする曲「Take The “A” Train/A列車で行こう」。しかも、今年は「Duke Ellington」生誕110周年、ビッグバンドの楽しさを甦らせたデイヴ・マシュー率いる「マンハッタン・ジャズ・オーケストラ」のアルバム「スウィング・スウィング・スウィング」から。

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 スウィング・スウィング・スウィング/

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