浅川マキが逝った。公演のため滞在していた名古屋のホテルでの急死。67歳。絶句。
大阪万博の年、70年安保の年、1970年(昭和45年)寺山修司のプロデュースでデビューした。独特の音楽スタイル、歌にこめられた情念が発する呪力は、揺れる社会情勢や、大きく変化する価値観の中で、若者の心を捉えた。学生運動の闘士なら「夜が明けたら」、ノンポリなら「ふしあわせという名の猫」、「かもめ」。JAZZファンなら「セント・ジェームズ病院」か。(参照「60歳過ぎたら聴きたい歌(37)~ふしあわせという名の猫~」)
情念の闇を歌う、日本のブルースを唄う、浅川マキ・ワールド、「DARKNESS I」。

DARKNESS I
浅川マキ / EMIミュージック・ジャパン
ロックもJAZZも、エロもグロもアングラも全部表舞台に出てくるようになった。彼女以外は。
昭和が、戦後が、また一つ消えていった。そして私の青春のかけらも・・・。
まだ彼女の歌を必要とする時代なのに・・・。
合掌 ・・・・。
絶唱YOUTUBEは、「朝日のあたる家」、そして「夜が明けたら」、 「かもめ」 。


山本冬彦
on 1 月 19th, 2010
@ 2:54 PM:
淺川マキは同郷ということも会ってレコードを持っていました。学生時代は浅川マキとカルメンマキなんかをよく聴いていたものです。
oyaji
on 1 月 19th, 2010
@ 3:51 PM:
浅川マキに憧れてよく聴いていた時代・・・。はるか遠い昔みたいな気がします。一度ライブで聴いてみたかったシンガーの一人。