JAZZYな生活

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グーグルは猫ではなかった

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スコットランドのエジンバラに住んでいる友人の飼い猫の名前は「グーグル(Google)」だった。そう、インターネット検索サービスの「Google」からとってつけた名前である。なかなか不敵な面構えであるが、その実、人なつっこく、はるか東の国から訪れた私を歓迎してくれた。そのグーグルが中国から撤退をするというニュース。中国当局の厳しい検索検閲に嫌気がさし、くわえてハッカーによるグーグルの無料メールサービス「Gメール」への攻撃が撤退を決断させたようである。ネット人口が現在約3億6千万人に達したという世界最大市場からの撤退という大変勇気ある経営判断をしたものである。これには、人権問題に敏感なオバマ政権も側面支援をしているという。

最近2年ほど中国へは行っていないが、情報利用については、それまでの私の経験からすると、こんなことがあった。まず衛星TV放送であるが、一般市民がパラボラ・アンテナをあげるには、たしか許可が必要だったと記憶している。我々外国人がホテルなどで衛星放送見るのは自由であったが、中国政府に都合が悪いニュースがCNN、NHKなどで流れると直ちに画面が遮断される。インターネットでも政治的なサイト(朝日新聞のHPですらも)や、アダルトなサイトにはまったくアクセスができないのである。検閲による規制が行われているのである。PCメール。2時間ほどの間に、同じ相手に向けて3本のメールを送信したことがあるが、帰国してみると、時系列的にバラバラに、ひどいのは1日遅れで着信していた。傍受・検閲されているとしか考えられないのである。こんなことが日常的になされているのであるが、永い一党独裁下で情報操作に馴らされたためか、一般市民はさほど問題を感じていないように思えた。勿論感じていても口に出せないのであろうが・・。一方政府は、ソ連やベルリンの壁崩壊などで、情報のもつ力を十分なほど知り尽くしているのである。

かって、鄧小平(とう しょうへい)が言った言葉に「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのがいい猫である」という言葉があるが、グーグルは、中国にとって都合のいい猫ではなかったようである。

私は中国政府の政策情報を入手するのに、政府、各部のサイトのほか、政府系メディア、人民日報のNET版、「 人民網(日本語版) 」を利用しているが、一方中国政府とはまったく反対の視点で編集されているサイトを見るのも欠かせない。中国政府が邪教と断じた気功集団、法輪功や反政府的と烙印を押された活動家が、NYから発信しているサイトに「 大紀元・日本版 」がある。また、比較的冷静な視点で、今の中国を分析する情報を発信しているこれは日本のサイト、「 サーチナ・中国情報局 」、「 21世紀中国総研 」も欠かせない。(注;アンダーライン部をクリックすればサイトが開きます) 現時点でもグーグル中国撤退に関するいろいろな情報が出ています。

アメリカもかっては、「ジョン・レノン」や「ジェーン・フォンダ」などベトナム反戦活動をする著名人への監視や干渉を露骨にしたし、最近では公式には認めていないが「国家安全」という名目で、「エシュロン」という通信傍受システムにより、すべての通信やメールなどを傍受しているというから、まあ似たりよったりか ・・・。現代では、情報戦略が最重要の国家戦略の一つで、アメリカのインテリジェンス、情報収集活動の一端にグーグルも間違いなく組み込まれているのであろう。そんな眼で今回の撤退劇を見ると、米中情報戦争という、また違ったシーンも見えてくるのだが・・。

興味のある方は、グーグル検索で「エシュロン」と検索すれば、いろいろな情報が得られるし、以下の本も参考になろう。
 

エシュロンと情報戦争 (文春新書)

鍛冶 俊樹 / 文藝春秋

盗聴やフェイク。虚虚実実の情報戦、それは活劇の上では大変面白い。昔大好きであったTV映画に、「おはよう、フェルプス君 ・・・・・ 例によって、君、もしくは君のメンバーが捕えられ、或は、殺されても、当局は一切関知しないから、そのつもりで。成功を祈る。なお、このテープは自動的に消滅する。」という決め台詞で、1966年から1973年まで放送され、人気を博した「スパイ大作戦/Mission Impossible」があった。ハイテクと知能の限りを駆使したアクション活劇で、トム・クルーズ主演で映画シリーズ化もされているが、JAZZ界の大御所でもあるラロ・シフリン作曲のテーマ曲がめっぽうかっこいい。ラテンJAZZサウンドが炸裂する「熱帯ジャズ楽団」の8作目のカバーアルバムから。


熱帯ジャズ楽団VIII~The Covers~

熱帯JAZZ楽団 スリービックリーズビクターエンタテインメント

 懐かしいテーマ曲とオープニング映像はYOUTUBEで・・・。
 

 

我が青春のシネマ・グラフィティ(14) ~ ロミー・シュナイダー/ルートヴィヒ ~

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私の青春時代に影響を与えた女優たち。超有名女優ではなく、どちらかといえば、日本ではマイナー的な人気や短命で終わった女優たちを思い起こしているこのシリーズ、今回は「ロミー・シュナイダー(Romy Schneider、1938年9月23日 – 1982年5月29日)」。「ロミー・シュナイダー」は、オーストリア・ウィーン出身の女優で、「アラン・ドロン」の恋人として話題を集めたことを記憶している方のほうが多いかもしれません。このシリーズが、ヨーロッパ系の女優に偏ってしまうのは、1950年~70年代は洋画といえばヨーロッパ映画が全盛、ハリウッド映画より隆盛を極めていたので、観る機会が多かったのと、西部劇やアクション映画、ミュージカルなどより、陰翳の濃い恋愛ドラマや個性的な女優に、当時の私が惹かれていたからでしょう。

とはいえ、彼女の映画を多く観ているわけではありません。15歳で映画デビュー、17歳のとき、お転婆なバイエルン王国公女エリザベート(のちのオーストリア皇后)を演じて、彼女の人気を一躍高めたという映画「プリンセス・シシー/Sissi」3部作(1955年~1957年)や、当時無名の「アラン・ドロン」と共演して恋に落ち、婚約するきっかけとなった1958年の「恋ひとすじに/Christine」などは観ていません。

私が観たのは、ルキノ・ヴィスコンティ監督の「ボッカチオ’70/ Boccaccio ‘70」 (1961)、「ルートヴィヒ ~神々の黄昏~/Ludwig」(1972)、ジョセフ・ロージー監督で「アラン・ドロン」がトロツキーの暗殺者を演じた「暗殺者のメロディ/The Assassination of Trotsky」(1972)、ジョルジュ・シムノン原作、ピエール・グラニエ=ドフェール監督「離愁/Le train」(1973) くらいである。ルネ・クレマン監督の「太陽がいっぱい」にもカメオ出演していたらしいが、まったく気がつきませんでした。

注)カメオ出演;ワン・シーンなどに特別出演すること、ヒチコック監督などの自作出演が特に有名

私生活ではあまり恵まれず、彼女には悲劇の翳がつきまとった。「恋ひとすじに」の頃から、アラン・ドロンと婚約していたが、1964年にアランは「ナタリー・バルテルミー(後に女優となるナタリー・ドロン)」と結婚してしまい、結局、ロミーとは、別れる結果になってしまう。アランはナタリーとまもなく離婚し、新しい恋人「ミレーユ・ダルク」と同棲する。 この間もロミーはアランを待っていたそうだが、待ちきれず、ついに1965年にドイツの映画監督「ハリー・マイエン」と結婚。そして7年後には離婚。離婚した数年後、ハリーはアルコール中毒で自殺という悲劇。離婚後、アランとは「暗殺者のメロディ」で共演したが、よりは戻ることはなかった。その後の2度目の結婚も離婚に終わり、ハリーとの14歳の息子を事故で亡くすなど悲劇が続く。ロミーは息子の死後、薬物に頼る生活が続き、翌年の1982年5月29日にパリの自宅で薬物の大量摂取により、43才という若さで、 この世を去った。心臓発作と発表されたが、ロミーは自殺への道を選んだのではないかといわれている。15歳で映画デビューした時に、両親が離婚したため、いつも温かい家庭への憧れと夢を抱いていたといわれるが、離れ離れになっていた父親から送られてきた手紙をお守りのように大事にし、死の時も、ロミーの手にはその手紙が、しっかりと握り締められていたという。なんという哀しい話だろうか。
 

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そんな私生活では恵まれなかった人生や悲劇が、彼女の演技に陰翳や深みを与えたような気がする。「ルートヴィヒ」は、18才でバイエルンの国王となり、ノイ・シュバイシュタイン城など城作りに莫大な国費を費やした結果、国を傾け、40才で湖に溺死した「バヴァリアの狂王・ルートヴィヒ」の半生を描いた超大作である。ロミーは、ルードリッヒが密かに思いを寄せるオーストリア皇后エリザベートを演じ、その完璧ともいえる気品のある美しさは私を魅了した。ロミーの美しさと、映画に出てくる二つの城「ノイ・シュバンシュタイン城」、「ヘレンキームゼー城」、そして学生時代に読んだ「澁澤龍彦」の「ルートヴィヒ」に関する小篇が、30年後の私をして、バヴァリア地方に旅をさせたのだった。(参照「欧州JAZZY紀行(11)~狂王の城~」

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「ルキノ・ヴィスコンティ」監督は、ロミーの印象を「激情、悲劇性、女らしさ、肉感性」と評していたという。それが、よく出ているのが「離愁」である。究極の愛を演じる「ジャン=ルイ・トランティニアン」と「ロミー・シュナイダー」のラストシーンが秀逸で忘れられない。 原題は「列車」。戦時下、疎開先へ向かう列車の中で、妻子ある中年男が黒服を着た謎めいた過去を持つ美女と出会う。妻子ある中年男とドイツ生まれの謎めいた過去を持つ女との刹那的な愛と別れを淡々と描く。音楽は「フィリップ・サルド/Philippe Sarde」で、ラストシーンのメロディーは最高にせつなく、涙なくしては観られない。「ひまわり」に匹敵するフランス映画史に残るラストシーンとその音楽。サルドはフランス映画音楽界の巨匠で多くの作品を手がけているが、「イヴ・モンタン」、「ロミー・シュナイダー」共演の映画「夕なぎ」のテーマ曲もそうですね。
 

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息子の死後出演した「サン・スーシーの女/LA PASSANTE DU SANS-SOUCI 」(1982)が遺作となってしまった。
世界人権擁護委員会の代表者マックスはパラグアイ大使との会見席上、その本名を確認すると同時に大使を撃ち殺した。獄中のマックスは面会に来た妻リナに、ユダヤ人である彼の人生を静かに語り始める。12歳の時にナチのに父親を目前で殺され、自分も一生涯杖に頼る身にさせられてしまった。復讐に捧げる人生とは・・・。
彼女はこの映画の中で、マックスが年老いてからの妻のリナ役を演じるともに、マックスが両親を亡くした後に面倒をみてくれた出版社社長のミシェルの美しい妻エルザの役も演じているが、エルザの切なさ、哀しさ、涙がじんと伝わってくる。

「サン・スーシーの女」以外はDVD化がされていますが、以下2作品が特におすすめ。

ルートヴィヒ 復元完全版 デジタル・ニューマスター
紀伊國屋書店
 

離愁 [DVD]
デックスエンタテインメント 

往年のフランス映画からのJAZZ特集アルバム。

 

ル・ジャズ・マニフィック~ユニバーサル・シネ・ジャズ・セレクション

映画主題歌 / ユニバーサル ミュージック クラシック

このブログを書いていて、偶然に、ロミーは「20世紀の業を背負って生き、映画産業という残酷なまでの商業性のなかで、ヨーロッパを代表する女優へと登りつめた女性」と評し、その美しくも謎と悲劇に満ちた生涯に迫る佐々木秀一著「映画に愛された女 女優ロミー・シュナイダーの生涯」(国書刊行会)という本があることを保阪正康氏の書評記事で知った。

 

ロミー 映画に愛された女──女優ロミー・シュナイダーの生涯
佐々木 秀一 / 国書刊行会

 

 

 

木漏れ日ウォーキング

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少し寒かったが、先週は、正月でちょっとだれた体に喝を入れるため、車で10分くらいのところにある一庫(ひとくら)ダム湖畔の公園へウォーキングに出かけた。この県立一庫公園は一庫ダムの湖水面に突き出た緑豊かな半島「知明山」にあって、ります。ダム建設当時、自然環境を保存し、この地域の自然や里山の生活を学ぶために建設された公園である。広さは48.2ha。開園は平成10年7月。
この辺りは、断面が美しい菊の模様をした「菊炭」とよばれる茶の湯で有名な良質の一庫炭が作られたところ。里山には、お台場クヌギの薪炭林(雑木林)が残り、暖かい季節の休日には昆虫や植物観察、バードウォッチング等をする多くの親子連れが訪れる。

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私も暖かい季節には、時々訪れていたが、冬のこの季節に訪れるのは初めてであった。この地域の動植物の生態、一庫炭や園内に残る銀採掘の歴史などの情報を提供するネイチャー・センターで、おにぎりをほうばったあと、時折、薄日がさす木漏れ日の中を、標高350m、知明山を巡るウォーキングを開始。厚く積もった落ち葉を踏みしめて、急坂を上りつめると視界が開ける。帰りは、500段の急階段を一気に下る。足元を気にするので、木々の観察や景色を楽しむをする余裕はまったくなし。笑う膝を抱えて、缶コーヒーにのどを潤す。ここには、立派な炭焼き窯がしつらえてあり、そこで月末から行われる「炭焼き体験」を早速申し込んでみた。どんな炭が焼けるか、今から楽しみである。

 

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天候が急に変わり、すこし雪まじりで時雨れてきたので、早々にウォーキングを切り上げ、体を温めるため、お気に入りの「カフェ・喜遊」へと向かう。店の中はストーブでほかほか。東南アジア系とおぼしき、ゆったりとした音楽が流れるている。外のみぞれまじりの雨を眺めながら、私はマテ茶、妻はチャイをゆっくり楽しんだ。
こんな風に過ごす午後の一日も、なかなかいいもんだ。

 

私が聴き惚れる男性ボーカリストの一人が「アンリ・サルバドール/Henri Salvador」。(参照「男唄に男が惚れて(5)~バルー、サルバドール、セグンド 人生の達人たち~」 ) 彼の歌に「こもれびの庭に」という歌がある。この歌が収録されているアルバム「サルバドールからの手紙」が日本で発売されたのは2001年で、彼は当時84歳であった。アンリ・サルバドールは、南米ギニアで生まれ、7歳でパリにやってきて以来、ずっと「パリっ子」として過ごし、やがて「ジャンゴ・ラインハルト」の伴奏などをつとめた。フランスへのサンバの紹介者したのも彼だったという。そんな彼が84歳でリリースしたのが「サルバドールからの手紙」。インタビューにも「これが私がやりたかった音楽」と自信を持って答えるムッシュ・アンリ。すべて未発表曲13曲で構成されているが、「ボクは昨日生まれ、今日生き、明日死ぬ」というポリネシアのことわざを大事に守って84年間生きてきた一つの到達点である。そして、このアルバムを最後に、2008年2月13日、パリの自宅で旅立ってしまった。享年90歳。

冒頭のゆったりとしたボサノバの「こもれびの庭に」から始まるが、少し寒い冬の日に、こんなアルバムを聴きながら、熱めのお茶をゆっくりと飲むと、心とからだがほっこりしてくる。

サルヴァドールからの手紙

アンリ・サルヴァドール / EMIミュージック・ジャパン

 

飛行機乗りたちへ ・・・

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日本航空の再建は、法的整理と企業再生支援機構の支援を組み合わせた形で進められることになったとNEWSが報じている。今まで何回も公的支援が行われたが、結果が出せなかったことを考えれば、この方向でやむを得まいと思う。しかし、ホテル買収、ドル先物買い、燃料先物買いなど経営感覚の欠如で、大きな損失をだした過去の経営陣の責任もさることながら、狭い日本国中に98ヶ所もの空港を作り、JALを飛ばさせてきた自民党政権、族議員、自治体、官僚らの責任も免れないであろう。

私はANAのマイレージ・クラブの会員であり、一時は年間150フライトを超えた事もある。かっては、JALや海外の航空会社も利用していたが、ANAを選んだ一番の理由は、ANAは、いち早くスター・アライヤンスに加盟したため、欧米の加盟航空会社のラウンジが使えるので、一人のビジネス旅行の多かった私には便利であると共に、セキュリティでのストレスが大幅に軽減されたからである。勿論、アップグレード・サービスやマイレージも大きな魅力であった。JALはこの面をとっても、乗客サービスが遅れていたといわざるを得ない。結局のところ、かってのJALは「乗せてやる」、ANAは「乗っていただく」という客へのサービス姿勢の差が後の経営の差につながったと思う。その後、JALに乗ることはなかったので、断言はできないが、結局、今に至るまで全社一丸となった抜本的な体質改革と経営改革はできなかったのではないだろうか。

さて、私は、飛行機に乗るのが大好きである。いつも可能な限り窓側の席をとり、地図と見比べながら、大地を見るのが大好きで、飽くことは決してなかった。河川の蛇行、扇状地、三日月湖、砂州など大地の景観が出来上がっていく過程が手に取るように分かるロシア・シベリアの手付かずの大地、褶曲によって山脈ができたということがはっきり納得できる延々と連なるウラル山脈、コロラド河による侵食による景観が上空からも息をのむほどのグランド・キャニオン、ヨーロッパ・アルプスの壮大な山なみと、それを紅く染める夕日、丸みをおびた地平線の彼方に夕日が沈む中国は北の大地 ・・・ 。パイロットはもとよりJALの社員の多くも、空への憧れを抱く飛行機大好き集団であろう。乗客サイドにも私のような「飛行機大好き人間」は大勢いるのである。その一人として、苦難の道を乗り越え、再び大きく羽ばたくように願ってやまない。

オランダのピアノ・トリオ「Trio Pim Jacobs」が、1982年にリリースした大名盤「Come Fly With Me」。「飛行機ジャケにハズレなし」といわれるようになった原点のアルバム。歌心溢れるメロディーラインと明るくリラックスした雰囲気に溢れ、聴くほどに元気が出るアルバムと言っていい。アルバム・タイトルのごとく時空の彼方へ連れて行ってくれる、この心地よさ。


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ピム・ヤコブス・トリオ / ユニバーサル ミュージック クラシック

さて、私は機械仕掛けという油の匂いと無骨なフォルムをもつ「複葉機」に限りない魅力を感ずる一人で、複葉機が主人公ともいえる映画が大好きである。

アルフレッド・ワイデンマン監督「撃墜王アフリカの星」。総撃墜機数158機という北アフリカ戦線の空の勇者、ハンス・ヨアヒム・マルセイユ少尉の活躍と生涯を、実話に基づき描く戦記ロマン。弱冠23歳で空に散った英雄は、かつて名将ロンメルをして、「君の活躍なくしてドイツ陸軍アフリカ軍団は砂漠の地に作戦を展開できなかった」と言わしめたほどの功績をあげた。ドイツ空軍きっての撃墜王の活躍を、その愛機メッサーシュミット戦闘機の同型機を使い克明に再現したドイツ戦争映画の傑作。これを見ずして飛行機を語ることなかれ。


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 米国映画であるが、ジョン・ギラーミン監督「ブルー・マックス」。第1次大戦末期、ドイツ国家最高の名誉と栄光を得られるブルー・マックス勲章に生涯を賭けた若き戦闘機パイロット、スタヘル少尉。貴族階級出身の航空隊員に敵視されながらも、次々と敵機を撃墜し、勲章獲得へと近づくが、それは同時に悲劇の英雄への第一歩でもあった…。
騎士道精神が残る第1次大戦時のヨーロッパ空軍の貴族的雰囲気がよく描かれ、「ジョージ・ぺパード」が、若者の純粋さと無謀さ、悲壮さと虚しさを、見事に演じていた。
 

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ケン・アナキン監督「素晴らしき飛行機野郎」。アメリカのライト兄弟が初飛行に成功してから7年後の1910年。英国の新聞社主ローンズリー卿が1万ポンドの懸賞金を出し、ロンドン→パリ間の飛行機での横断レースを開催。各国から名だたる飛行家が集結した。わが日本代表は「石原裕次郎」扮する「ヤマモト」。飛ぶことに夢をかけた世界のヒコーキ野郎たち。コメディ・タッチの娯楽大作。


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 そして宮崎駿監督の「紅の豚」。「ルパン三世・カリオストロの城」とならぶ大人のための宮崎アニメ。1920年代のイタリア、アドリア海には空賊相手の賞金稼ぎをしている豚がいた。「飛ばねぇ豚はただの豚だ」とのたまう彼の名はポルコ・ロッソ。紅の翼の飛行艇を乗りこなすこの豚の活躍を小気味よく描いた航空活劇である。歌手の「加藤登紀子」が主題歌のみならず声優として参加したことでも話題になった。わが還暦おやじのヒーロー、「ポルコ・ロッソ」万歳。


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 「紅の豚」の挿入歌は加藤登紀子が歌った「さくらんぼの実る頃」。パリの大衆音楽「ミュゼット」を奏でる伝説のアコーディオン奏者で、72歳でデビューしたフランスのアコーディオン弾き「ジャン・コルティ」のアルバム「クーカ」に収録されている。哀愁があって、小粋で、レトロで、艶があって、洒脱。まさしくパリジェンヌがコーヒーを楽しむ、パリの街角のカフェが眼に浮かぶよう。72歳にしてこの色気、このテクニック、恐るべし「コルティ爺さん」。

クーカ
ジャン・コルティ / インディペンデントレーベル
ISBN : B00005NE8E
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最後に、深夜放送でよく聴いた日本航空提供の番組「ジェット・ストリーム」。空への憧れを掻き立ててくれたテーマ曲「ミスター・ロンリィ」を「城達也」のナレーションとYOUTUBE画像でどうぞ。 別バージョンもおまけにどうぞ。なつかしい「鶴」マーク、なにかしんみりしてきますね・・・。

 

おかしな話

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つい2,3日前のことである。新しいCDを買ってきたが、なんとエラー表示が出て、再生できないのである。光学系が汚れてきたのかと思い、レンズ・クリーニングをしたが、それでも再生できない。しかし、別のコンポで再生したらちゃんと再生できる。そして、パソコンからCD-Rにコピーし、それを再生してみたら、ちゃんと再生できたし i-PODにも収録できた。CDディスクがおかしいのではなく、デッキのほうがおかしいのだ。所謂、相性が悪いのである。このデジタル時代に変な話だが、デジタル時代だからこそ、こんな変な話が起きるのである。多分、音楽CDであるという最初の信号を受け付けないのであろう。ロバストな設計になっておらず、ちょっと劣化したり、CDからの信号が、少しでも設計基準からはずれると、受け付けないのである。許容範囲が狭いのだ。AV専門メーカのD社のデッキにしてそうである。デジタル機器には、往々にしてこういうことがある。賢すぎる馬鹿なのだ。「0か1か」、「All or Nothing」 なのである。まるで昨今のすぐ「キレル」日本人を想起してしまうのだ。

デジタル化がすすんで、便利や高機能、低価格になった反面、アナログ的な部分やマン・マシン・インターフェースであるメカニカルな部分が極端に弱くなったなあと感じている。私が使った色々な電子機器、家電機器の経験からしても、そんな風に感ずるのだ。例えば、AV機器、TV、ゲーム機、パソコンでは世界的なブランドのSo社にしてもそうである。So社のCDラジカセ、レーザー・ディスク・デッキは、すべてディスク出し入れをするのトレイが、TVはオンオフをする電源SWが、ゲーム機、PCは接続端子が真っ先に壊れた。

P社に合併されることが決まっているSa社のミニコンポにいたっては、購入1年半ほどで、どんなCDを入れてもまったく再生できず、多分CDを検知するLEDか光学系がダメになったのであろうと思われる。
P社のデジカメも、電源オフにもかかわらず、ズーム機構が時々暴走を繰り返し、一日もたたないうちに電池が消耗してしまった。修理見積もりは2万円で、これでは新品を買えるのである。

そして、これも世界的なブランドである米国Bo社のノイズ・キャンセリング・ヘッドホンもヘッドホンの筐体、ボディのプラスティックの材質が軽さを追求したためか、強度の低い安物の材料を使い、構造設計的にもレベルが低く、毎日の通勤などのヘヴィーユースに耐えられず、1年も経たないうちに亀裂や割れが発生した。この場合は、購入した最初からそんなことが予見できたので補強して使っていたが、案の定の結果であった。

技術立国などといっているが、アナログ的な技術やがどんどん日本から失われていっていると思う。派手さはないが、使い勝手や耐久性・品質を支える重要な技術なのである。発売元は大メーカーであっても、部品レベルでそれらを支えているのは、下請けの町工場であった。それがどんどんアジアを中心の海外に流出、さらにこの不況が一層追い討ちをかけている。家電製品は、もはや「ブランドは日本、製造は中国かアジア」。かって、その際立った品質や商品力で世界を席巻した時代はもうもどらないのであろう。

話がそれてしまったが、オリジナルのCDは再生することができず、コピーをしたCD-RならOKとは・・・。どっちが本物なんでしょうか、本当におかしな話である。とはいえ、数百枚に及ぶCDコレクションのなかで、再生ミスが発生したのは、たった2枚であった。これをどう評価しましょうかねえ。

マイナーなJAZZアーティストやアルバムを掘り起こして、寺嶋靖国氏が2001年から出しているシリーズが「JAZZ BAR」シリーズである。私はこのシリーズで、ずいぶんと知られざるアーティストや演奏を教えられた。私見では、奇数年にリリースされたものに、いいアーティスト、曲が揃っているという印象=偏見を持っているため、今回期待して購入したが、漲る「哀愁とガッツ」、その偏見は見事当たっていた。ただしオリジナルのCDが再生できないとは、とほほ・・・。


JAZZ BAR 2009(紙ジャケット仕様)

オムニバス / インディーズ・メーカー

 
 

 

60歳過ぎたら聴きたい歌(52) リクエスト編 ~ My Boy ~

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single_myboyある読者の方からこんなご要望ありました。「・・・ かって、感動した曲で「My Boy」 (確かエルビス・プレスリーの曲だと覚えています)がありました。歌詞共に印象が強く、どうしてももう一度聞きたいのですが ・・・」

このブログは、ラジオの音楽番組、ディスク・ジョッキーなどを意識したブログの構成にしていますので、早速リクエストにもお応えしようと思います。

「エルヴィス・アーロン・プレスリー/Elvis Aaron Presley」(1935年1月8日-1977年8月16日)のヒット曲「My Boy」。この曲は、1973年12月13日に録音され、翌1974年にアルバム「Good Times」、75年にはシングル盤でリリースされた。1968年に奇跡のカムバック、1969年から過密スケジュールでキャリアを再開、1977年8月に亡くなるまでの第二の絶頂期の曲である。曲の内容は、歌詞を見ていただいたら分かるように、離婚によって生じた息子に対する父親の心情を、ドラマティックに歌い上げた歌である。実はプレスリーはレコーディングの直前、1973年10月9日に「プリシラ」と正式離婚している。娘の「リサ・マリー・プレスリー」(1968年2月生まれ)が幼かったこともあり、その熱唱には、当時のプレスリーの心情も反映しているとも言われた。

【 My Boy 】  Words & Music: B. Martin / P. Coulter

「♪ You’re sleeping son, I know     息子よ、眠っているのは分かっているけど
   But, really, this can’t wait      どうしても待てないくらい大事なことなんだ
   I wanted to explain          説明しておきたいんだ
   Before it gets too late         手遅れになる前に
   For your mother and me       ママとパパの間の愛情が 
   Love has finally died          ついに枯れ果て
   This is no happy home         もう幸せな家庭を築けなくなってしまった
   But God knows how I’ve tried   でも、パパは精一杯努力したんだよ

  ★Because you’re all I have, my boy  息子よ、おまえは私の全てであり 
   You are my life, my pride, my joy    私の人生であり、誇りであり、喜びであるから
   And if I stay,                    私がここに残るとしたら、
   I stay because of you, my boy     それはお前のためだけだ、息子よ

   I know it’s hard to understand     きっと理解するのは難しいだろうね
   Why did we ever start?           どうしてこんなことになってしまったのか
   We’re more like strangers now     今はもうパパとママはまるで他人のように
   Each acting out of heart          互いの気持ちを動作にあらわすだけ
   I have laughed, I have cried       笑ったこともあった、泣いたことも、
    I have lost every game           全てのゲームに負けてしまった
   Taken all I can take              パパができることは何もかもやった
   But I’ll stay here just the same     だけど、今まで通りにここで暮らすよ
     ★
   Sleep on you haven’t heard a word  さあ、眠りなさい  
  Perhaps it’s just as well           おまえは何も聞かなかったんだよ
  Why spoil your little dreams        お前のその小さな夢を壊すことなんかないし、
  Why put you through the hell       お前に地獄のような辛い思いをさせる必要もない
  Life is no fairytale                人生はお伽話なんかじゃないんだと言って

  You will know                             いつかきっと分かる日がくる
   But now you’re just a child         でも、今はまだお前は幼いから
   I’ll stay here and watch you grow     ここに居て、おまえの成長を見守ろう
     ★                                   ♪」

それでは、静止画ですが プレスリーが歌う「My Boy」のYOUTUBEをどうぞ。

「My Boy」の収録されているアルバムは、オリジナルの「Good Times」。離婚直後の録音だけに生身の人間臭さを感じさせる熱唱ぶり。曲のタイトルも、「涙で祈る幸せ」、「ラヴィング・アームス」、「フィーリング・イン・マイ・ボディ」 ・・・など意味深で皮肉なものが並んでいる。


グッド・タイムズ

エルヴィス・プレスリー / BMGメディアジャパン

 色々なベストアルバムに収録されているが、私の持っているアルバムは、もうすっかり過去の人になってしまった感があるが、プレスリー好きで有名な小泉元総理が選曲した「私の好きなエルヴィス~小泉純一郎選曲」。

私の好きなエルヴィス~小泉純一郎選曲 エルヴィス・チャリティ・アルバム

 

 

 

 

 
 

 

 

 

 

60歳過ぎたら聴きたい歌(51) ~ Nature Boy ~

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年末に懐かしいある歌に触発されたストーリーを持つ映画を、レンタルDVDで観ました。その映画は、邦題は全然イケていないが、「忘れられない人/Untamed Heart (野生の心)」(2007年公開)。全編に流れる懐かしい歌はジャズのスタンダードといってもいい「Nature Boy」。「ナット・キング・コール/Nat King Cole」の1948年のヒット曲です。私が洋楽に目覚めた中学3年生か高校生のころ、「エルヴィス・プレスリー」、「ポール・アンカ」、「ザ・プラターズ」、「フランク・シナトラ」などと共に、ファンになったJAZZYな歌手が、「ナット・キング・コール」であり、「Nature Boy」は、数ある彼のヒット曲の中で忘れられない歌のひとつ。多感な少年時代、異国の言葉で綴られた少し哲学的な美しい詩に想像力を膨らませ、その美しいメロディ、そのビロードのような低音に魅せられたことを、映画を観ながら、想い出していた。さっそく、ドラムレスのトリオでN.K.コールがうたう「Nature Boy」をYOUTUBEでお聞きいただこうか。分かりやすい英語であるが、こんな美しい詩です。

【 Nature Boy 】  作詞・作曲;エデン・アーベ/Eden Ahbez

「♪ There was a boy…                   昔あるところに少年がいたんだ
   A very strange enchanted boy.          とても変わった魅力のある少年だった
   They say he wandered very far, very far   彼はとてもとても遠い場所から
   Over land and sea,                  長い旅をし、やって来たのだと人は噂した
   A little shy and sad of eye              内気で、悲しい目をしていたが 
   But very wise was he.                 その少年は大変賢かった

   And then one day,                   そして、ある日
   One magic day, he passed my way.      ある不思議な日、少年は僕の前に現れた
   And while we spoke of many things,     僕達はたくさんのことを話した
   Fools and kings,                    愚者や王様たちについての話を
   This he said to me,                  そして、彼は僕にこう言った
   ”The greatest thing you’ll ever learn     「君が学ぶべき大事な事は
   Is just to love and be loved in return”    人を愛せば、自分も愛される」  ♪」

この歌に触発された、ピュアで切ないラブストーリー「忘れられない人/Untamed Heart」は、「クリスチャン・スレーター」と「マリサ・トメイ」共演。重い心臓病を患う心優しいアダムと、彼が一途に想い続ける不運続きのキャロラインとの哀しい結末の恋を綴るお話。


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「ナット・キング・コール」の歌と並んで映画で使われているピアノ演奏は、これまたなつかしや「ロジャー・ウィリアムス/Roger Williams」。「カーメン・キャバレロ/Carmen Cavallaro」と並んで、「ミスター・ピアノ」と呼ばれ、50年代及び60年代に大変人気のあったアメリカのイージー・リスニング系(当時はムード・ミュージックと呼ばれた)の名ピアニストです。

DVDを観ながら、この「Nature Boy」が使われていた、もう一つの映画も思い出した。「ニコール・キッドマン」と「ユアン・マクレガー」共演のミュージカル映画の「ムーラン・ルージュ/Moulin Rouge」(2001年公開)である。たしか冒頭とエンディングで、ロック・シンガー「デヴィッド・ボウイ/David Bowie」が歌っていましたね。ナイトクラブを舞台に、ダンサーと貧乏作家の恋を描いた作品で、ゴールデン・グローブ賞3部門受賞(最優秀作品賞/主演女優賞/作曲賞受賞)し、アカデミー賞も作品賞を含む8部門にノミネート、2部門受賞(美術賞/衣装デザイン賞)しています。


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そのほか、調べてみたら、私は観ていませんが、1948年にJoseph Losey(ジョセフ・ロージー)監督のアメリカ映画「The Boy with Green Hair(緑色の髪の少年)」のテーマ曲として使用されたほか、あのルネ・クレマン監督の名作「太陽がいっぱい」を、1999年にリメイクしたアンソニー・ミンゲラ監督の「The Talented Mr. Ripley/リプリー」では「Miles Davis(マイルス・デイヴィス)」が演奏しているという。

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さて、この曲は、1948年に「エデン・アーベ/Eden Ahbez」(1908 – 1995)が作った曲。当時はアマチュア作曲家の「エデン・アーベ」が、ソロ・デビューしたばかりの「ナット・キング・コール」に売り込み、ミリオン・セラーになったという。このアーべがちょっと変わった御仁で、インド哲学やヨガに凝り、アメリカ大陸を徒歩で横断したり、家に住まず、ハリウッドの山に野宿していたというかなりの奇人。ベジタリアンで必携のジューサーと自転車以外には所持品はなかったとか数々の奇行伝説も・・。まあ、ヒッピーが社会現象となる10年以上前に、ヒッピー精神を持った放浪詩人、元祖ヒッピーというような人だったらしい。写真のように、ロングヘア、ヒゲ、裸足というキリスト風の風貌だったようです。まさに自身が作った曲「ネイチャー・ボーイ=自然児」を地で行くような「エデン・アーベ」でしたが、1995年に交通事故で亡くなりました。

前述のように、多くの映画にも使用されている名曲「Nature Boy」ですが、当然、数多くの歌手たちにカバーされています。私の「i-Pod」で検索すると、世界中のアーティスト達にカバーされ、20を超える収録曲がたちどころに出てくる。それだけ私もこの曲がお気に入りという証拠でもありますが、そんな中でおすすめをいくつか・・。グローバルな豪華オンパレードでどうぞ。

まずは元祖の「ナット・キング・コール」。没後40年に企画されたベスト盤。「熱いナイフがバターを切り分けるような滑らかな声」と評されたジャズ・ヴォーカルの永遠のスターの名唱28曲。


ザ・ワールド・オブ・ナット・キング・コール

ナット・キング・コール ナタリー・コール東芝EMI

 
ピアノ・トリオはヨーロッパJAZZの雄、オランダ出身の「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ(EJT)」。三人のオランダ人で88年に旗揚げしたトリオの2枚目のアルバムで、録音は89年。このアルバムがEJTの日本における人気を決定付けた。典雅で透明な美しさに満ちたピアノは初代の「カレル・.ボエリー」。

スウェーデンの城

ヨーロピアン・ジャズ・トリオ / エム アンド アイ カンパニー

ブラジルPOPS界の大御所「カエターノ・ヴェロッソ/Caetano Veloso」。私が聴き惚れる男性歌手の一人。彼を育ててくれたアメリカ音楽へのオマージュ的アルバム。
 

異国の香り~アメリカン・ソングス

カエターノ・ヴェローゾ / ユニバーサル ミュージック クラシック

スエーデンの妖精?小悪魔?「リサ・エクダール/Lisa Ekdahl」の「Back to Earth」。ロリータ・ボイスで歌うスタンダードはおじさん達をノックアウトする。NKコールをリスペクトしているらしく、「ロンリー・ワン」も同じアルバムに収録されている。

Back to Earth

Lisa Ekdahl Peter Nordahl TrioRCA

エヴァンス派といってもいいだろうとおもうアメリカの孤高の白人実力派ジャズピアニスト、「スティーブ・キューン/Steve Kuhn」。おなじみのスタンダードを集めた彼の傑作の一枚。

 

プレイズ・スタンダーズ

スティーブ・キューン・トリオ / ヴィーナスレコード

サックスの巨人「ジョン・コルトレーン/John Coltrane」もこの美しいバラードを演奏していますが・・・。
 

ジョン・コルトレーン・カルテット・プレイズ [紙ジャケット仕様]

ジョン・コルトレーン / ユニバーサル ミュージック クラシック

確かなことは分からないが、この「Nature Boy」の詩には心臓疾患を持つあるジプシーのモデルがいたという話を聞いたことがある。イリノイ州出身の「コニー・エヴィンソン/Connie Evingson」が、その話が本当で、それを知っていて、アルバム「ジプシー・イン・マイ・ソウル」に入れていたとしたら「凄い話」というほかはない。ギター中心の全編を彩るジプシー・スイングが心地よい。

 
 

ジプシー・イン・マイ・ソウル

コニー・エヴィンソン Connie Evingsonガッツプロダクション

 彗星の如く登場した一人の無名のノルウェー出身の女性シンガーのデビュー・アルバムが話題を呼んだ。ノルウェイの歌姫「インゲル・マリエ・グンナシェン/Inger Marie Gundersen」。ややかすれた奥行きを感じさせる魅力的なJAZZ声。大人の時間を美しく彩るであろう、極上のジャズ・ヴォーカル。「Fool On The Hill」とのメドレーのアイデアも秀逸。


メイク・ジス・モーメント

インゲル・マリエ・グンナシェン / インディーズ・メーカー

 「土岐麻子/STANDARDS on the sofa~土岐麻子ジャズを歌う~」。癒し系、POPS系の声ながらしっかりしたボディを持つアレンジとバックのサポートでスタンダードを軽やかに歌いこなす。


STANDARDS on the sofa~土岐麻子ジャズを歌う~

土岐麻子 / LD&K

「南佳孝/Nude Voice」。「モンロー・ウォーク」から何年経ったか、もう彼も「アラ還世代」。「ルート66」、「キャラバン」、「ナイト・アンド・デイ」など、多分彼がずっと歌いたくてたまらなかったんだろうな。そんな感じがよく伝わってくるアルバムだ。

NUDE VOICE
南佳孝 / ビクターエンタテインメント
ISBN : B00005HUJJ
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「お気に入り」になりそうなアルバムはあったでしょうか?たったひとつの歌でこれだけ違った聴き方を楽しめるなんて素晴らしいことだと思いますが、いかがでしょうか?
 

 

正月、故郷、雪景色

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今年も母親のケアのため、30日から1日までの年末年始は故郷・松本で過ごした。31日から断続的に降り出した雪は、夜が明けた元日の朝には5cmくらいに降り積もっていた。気温は零下6℃。元日からダイヤモンド・ダストを見ることが出来るかなと期待したが、太陽が雲間から顔を出すことがなかったため、願いはかなわなかった。そして、晴れていれば、いつも素晴らしい山なみを見ることができる西山・北アルプスもすっぽりと雪雲の中にかくれ、美しいが、寒々しい雪景色が目の前に拡がっていた。
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そんな雪道の中を歩いて、在所の氏神様「薄宮(須々岐水神社)」と須々岐水神社の別当寺で、飛鳥時代・聖徳太子創建という伝承をもつ古刹「兎川寺」におまいりをした。雪のためか過疎化のためか参拝客もまったくなく、人気のない境内に、色鮮やかな幡(ばん)がはためいていた。「薄宮」は「お船祭り」、「御柱」の行事を持つ古いお宮で、「日本後紀」延暦18年12月甲戌条に、高句麗から渡来した信濃国人卦婁真老(外従六位下)は「須々岐」の姓を与えられたとあり、この一族が、須々岐氏となり、この神社や寺を奉仕し、山家郷開発に当ったと考えられているようだ。史料には、865年には現在の神社に関する記述がされているという。故郷を離れてからもう大分経つが、そんなかっての在所の歴史に興味を覚えるきっかけに、この元旦参りや故郷散策はなっている。
そして、雪の降りしきる中央道・名神をこわごわ運転して帰宅した。高速道路1,000円の恩恵で松本ICから中国道・豊中ICまで2,050円。

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明けて2日は快晴。地元、清和源氏の祖である源満仲をお祀する多田神社へ初詣。ここは深刻化する不況など先行き不安定な世相を反映してか、例年をはるかに超える人出であった。源氏の紋所「笹竜胆(ささりんどう)」と徳川家の紋所「三つ葉葵」が鮮やかな神殿に願をかける人々でいっぱい。こんな光景を見ていると政治や経済のリーダーたちに「本当にたのんまっせ!」と言いたくなってくる。高齢者社会、老老介護、不況、都会/地方、高速道路無料化 ・・・日本のかかえる問題点の縮図をさっと一撫でした今年の正月ではあった。

さて、今回60回を記念する「NHK紅白歌合戦」。ことしは「歌の力」というテーマを設定したが、まったくの期待はずれ、ほとんどが「歌の力」どころか、それとは無縁の演出過剰の空騒ぎ、馬鹿騒ぎであった。しかも、白組の半数の出場者はグループ。何故こんなにアイドル・グループを出場させる必要があるのか。そんな中で数少ない見ごたえは、特別ゲストの「スーザン・ボイル」と「矢沢永吉」であった。彼らの存在感は他を圧倒し、別格であったといっていい。ゲスト以外のメンバーでは、過去のヒットの焼き直しのベテラン、過剰な騒ぎの中にのまれ、歌の力などない新人 ・・・。「もう今回で最後の紅白でもいいのでは」と感じるほどのただのバラエティ・ショーであった。「歌の力」を感じたアーティストはただ一組、「いきものがかり」だけであったというのは、いかにも寂しい。
 

YELL/じょいふる

いきものがかり / ERJ

 
 

新年に聴きたい歌 ~What A Wondeful World~

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         明けましておめでとうございます。
      今年もよろしくお願いいたします。


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年明け最初の聴きたい歌は、今年一年が良き年になることを願って、「What A Wondeful World」を選びました。

「この素晴らしき世界/What a Wonderful World」は、サッチモこと「ルイ・アームストロング(Louis Armstrong)」の歌唱で1968年にヒットした曲。作詞・作曲はG・ダグラス(音楽プロデューサーのボブ・シールのペンネーム)とジョージ・デヴィッド・ワイス。ボブはベトナム戦争を嘆き、平和な世界を夢見てこの曲を書いたという。まさに私が大学4年生、ベトナム戦争、大学紛争の真っ只中であった。
その後、1987年の映画『グッドモーニング、 ベトナム』で、戦時中のベトナムの牧歌的田園風景を映す印象的な場面のBGMとして起用され、リバイバル・ヒットとなった。
日本ではホンダをはじめとして、いろいろなテレビ・コマーシャルに起用されているで、皆さんもよくご存知の歌であろう。

サッチモの歌声によるYOUTUBE画像はこちら。

【 What A Wondeful World 】  作詞;G.Douglas 作曲;G.D.Weiss

I see trees of green          木々の緑や
red roses, too              赤く咲く薔薇を見ると
I see them bloom            あなたとわたしのために
for me and you              咲いていると思って見てしまう
And I think to myself          わたしはひとりつぶやくのです
“What a wonderful world !”      「なんてこの世界は素晴らしいんだ!」 と

I see skies of blue            紺碧の空や
and clouds of white           真っ白い雲をみるとき
On the bright sunny day,       明るく輝く晴れた日でも
or in the dark sacred night      暗く神秘的な夜でも
And I think to myself           わたしはひとりつぶやくのです
“What a wonderful world !”       「なんてこの世界は素晴らしいんだ!」 と

I see the colors of the rainbow    七色の虹が
so pretty in the sky             空に美しくかかっているのをみると
And also on the faces           そして通りをゆきかう人々の顔もまた
of people going by             輝いているのを見ると
I see friends shakin’ hands       友達同士が握手をして
sayin’ “How do you do?”         「はじめまして」といっているのは
I know they’re really saying       本当は、「愛している」って言っていることだと
“I love you”                   私には分かるのです

I hear babies cry               赤ん坊たちが泣く声を聴くと
I watch them grow             彼らを見守っていようと私は思う
I know they’ll learn              彼らはわたしが想像する以上に             
much more than I’ll ever know     もっといろんなことを学んでいくに違いない
And I think to myself            そして、わたしはひとりつぶやくのです
“What a wonderful world !”        「なんてこの世界は素晴らしいんだ!」 と

 



 

サッチモ・ベスト/この素晴らしき世界

ルイ・アームストロング / ポリドール

 

 

 

 



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