JAZZYな生活

プレミアムエイジ ジョインブログ

櫻に守られている

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冷たい時雨、舞い踊る小雪、突風、太陽の日差し、青空、夕方には吹雪、積雪 ・・・・ 。今日は、激しく天気が入れ替わり、この地域では、信じられないほど寒くて変な天気の一日であった。青空の間にと、団地の西側の渓谷にある「エドヒガン」の自生地に出かけてみた。前回のブログに書いたように、地域の住民達が「サクラを守る会」を作って櫻の手入れをし、周辺の環境を整備してきた場所である。整備が整ったため、今回、櫻の時期に初めて川岸まで一般公開された。遊歩道づたいに急な斜面を降りていくと、見事な「エドヒガン」が、その青空との対称が鮮やかな特有の白い楚々とした花をつけていた。守る会の努力が実ったのだ。このような櫻を守る会の各地での活動が新聞やTVで毎日のように報道されている。櫻に対する日本人の思い入れが各地の櫻を守っているのだ。

この時期の日本列島は櫻一色に染まるが、よく考えてみると、我々は櫻に接することで、失いつつある日本人としてのアイデンティティをかろうじてつかの間、取り戻しているような気がする。「櫻が守られている」のではなく、むしろ「我々が櫻に守られている」のかも知れないのだ。

そして、川岸まで陽がよく差し込むようになったためだろう、「ハクサン・ハタザオ」が可憐な花をつけていた。この草は、鉱山や鉱脈のあるところに自生すると言われ、古来から「山師」が鉱脈を発見するための目印にした花だという。私が住んでる地域一体は、むかしから、多田銀銅山としてよく知られたところなので、この時期、よくこの花を見かけるのだ。こんな風に自然に接し、新しい樹や花の名を覚えることにうれしさを感じる年になった。
 

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春を感じる歌といえば、歌詞の意味はちょっと違うのだが、おなじみのスタンダード「春の如く/It Might As Well Be Spring」をあげておきましょうか。ブロードウェイ・ミュージカルの「オスカー・ハマースタインⅡ」と「リチャード・ロジャース」の名コンビが作った1945年の作品でミュージカル映画「ステイト・フェア」で使われた。この曲の名演といえば、「アイク・ケベック/Ike Quebec」(ts)がBlue Noteに残したアルバム「春の如く」でしょうか。
 

春の如く/アイク・ケベック/EMIミュージック・ジャパン

そして、わがミューズ「ステイシー・ケント/Stacey Kent」の爽やかで、キュートで、暖かな歌声をアルバム「In Love Again」から。わたしが彼女に魅せられたのは、このアルバム(輸入盤)のジャケットからであった。リリースされた2002年は「リチャード・ロジャース」の生誕100周年にあたり、全編ロジャース集でまとめたアルバム。
 

 

In Love Again  /Stacey Kent    Candid

 

その「In Love Again」から、彼女のスロー・ボッサにのせて歌うバラード「春のごとく」を。
  

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春は名のみの ・・・

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「春は名のみの 
   風の寒さや
 谷のうぐいす 
   歌は思えど
 時にあらずと 
   声もたてず
 時にあらずと 
   声もたてず」  

 (早春賦/吉丸一昌作詞、中田章作曲)

 

母親のケアのため帰省で訪れた故郷、松本。作詞者、吉丸は、大正の初期に長野県安曇野を訪れ、穂高町(現、安曇野市)あたりの雪解け風景に感銘を受けて「早春賦」の詩を書き上げたとされているが、まるで、この歌のようであった。東山は、朝方の氷点下の冷え込みと前日の小雪などで、幹や枝に付着した水分が凍って樹氷のような状態になり、その山林一面に広がる氷の枝が、日の光に照らされキラキラと白く輝いている。その様は、まるで吉野の山一面を覆う桜のような美しい光景であった。

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そして、西方に眼を転ずれば、土手の上に咲く、梅の古木の先には、まだ一面雪に覆われた西山、凛とした北アルプスの峰々が拡がっていた。こんな光景をかっての子供時代には毎日のように見ていたのである。遠くに離れてから、いまさらのように気付く「故郷の美しさ」なのである。こんな風景を望んで、私が立っているところは、飛鳥時代には「霧原の牧」と呼ばれた御料牧場だったところら。そのいわれで、かっては「駒形大明神」と呼ばれた「柴宮社」が現在も氏神様として祀られている。そして、川を挟んだ指呼の対岸には、その昔、この近辺を治めていた小笠原氏の山城、「林城址」が間近に望める。天文19年(1550)、諏訪を落した「武田信玄」勢は塩尻峠を越え、この地に攻め入り、ここに200年の栄華を誇った小笠原氏は壊滅し、松本平、安曇野は武田の勢力範囲となり、やがて「上杉謙信」と対峙していくことになる。

この地域の戦国時代を背景にした極上エンターテイメント小説がある。北沢秋著「哄(わら)う合戦屋」。武田と上杉に挟まれ、土豪が割拠する中信濃に不幸なまでの才を持つ合戦屋がいた ・・・・。
 
 
哄う合戦屋  北沢 秋 / 双葉社

 そんな、時代に思いも馳せながらウォーキングを続けたが、いつもの道筋の道祖神の傍らには、水仙の花が咲き、やはり春は確実に訪れているのである。

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守られる櫻

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私の住んでいる団地の西側は、猪名川がつくる渓谷の崖になっている。そこへ人が降りることもなかなか難しい川岸には、樹齢200年ぐらいの「エドヒガン」が十数株自生し、この時期になると、住民の目を楽しませていた。「ソメイヨシノ」は、江戸時代末期に、観賞用櫻として、この「エドヒガン」と、「オオシマザクラ」と人工交配して作り出された品種であることはよく知られている。その開花時期は「ソメイヨシノ」より10日ほど早く、こぶりの花で、ガクの根元に膨らみがあるのが特徴である。「ソメイヨシノ」の寿命が60年ほどに対し、千年以上にもおよぶという。そのため日本の名物櫻の6割は「エドヒガン」といわれている。兵庫県では、この「エドヒガン」、絶滅危惧種Cランクのリストに入っている。

 

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(写真;開花を始めたエドヒガン、小雨に煙るもまた風情)

ところが残念なことに、従来この渓谷はゴミの不法投棄の場所ともなっていて、永年の不法投棄によるゴミで「エドヒガン」の根元が傷められ、危機に瀕していた。このままでは貴重な櫻が失われてしまうと、2年ほど前から、地元のボランティア数人が、根元に散乱していた冷蔵庫などの粗大ゴミを撤去し始めると、それに賛同した同士が40名を超えるまでに増え、「エドヒガンを守る会」として、定期的に清掃活動をするまでになった。その結果、「エドヒガン」は樹勢を取り戻したのだ。さらに、この会では、県の補助をうけ、自生地周辺の雑木・雑草の刈り取りや、小道などの整備、休憩・自然観察学習所の建設も行い、今年は開花時期には、川岸を一般住民にお花見公開をするまでに活動を発展させた。この活動には、地域の小学生も環境体験学習として参加している。直接家庭に支給される子供手当ての支給には一定の理解はあるものの、地域で、社会で子供を育てるというのなら、育児や教育のための環境整備にまず金を使うべきで、予算の優先順位は違うのではないかという思いがつよい。

地域でおきるものごとに対し、地域はどうしたいのか、或いはどうしたら解決するのかを実践し、発信をしてゆく。地方分権なんて概念を持ち出すまでもなく、このことがいま、一番大事である。守る会の活動は小さいながらもそのことをよく示していると思う。小さな活動でも、その積み重ねや広がりが、政治に期待するよりも、確実に地域を住みよくすることにつながっていくはずである。

小雨の中、対岸を車で走ってみたら、もう「エドヒガン」は可憐な花を咲かせ始めていた。

ドラムレスのトリオ、「ホリー・コール・トリオ/Holly Cole Trio」のアルバム「コーリング・ユー/原題;Blame It On My Youth」から、「君住む街角/On The Street Where You Live」を・・・。 この曲は、アラン・ジェイ・ラーナー作詞、フレデリック・ロウ作曲のもので、1956年のミュージカル「マイ・フェア・レディ」に挿入されたもの。オードリー・ヘップバーン主演の映画版でもすっかりおなじみのスタンダード。カナダ人シンガーの彼女が、スタンダード系を中心に、リラックスした雰囲気で歌っている。とても聴きやすいスタンダードな曲ばかりですが、古さを感じさせない歌唱力が素晴らしい。
 
コーリング・ユー
ホリー・コール・トリオ / / 東芝EMI
ISBN : B0000562LB 
 
 
 

メモリアル3月

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日課のウォーキングをしていたら、近所の小学校で卒業式が行われていた。ここの小学校を卒業した三男も今は首都圏で働いており、いまさらのように、月日の経つのは早いと感じる。もう、自分の小学校の卒業式のことなどは、まったく思い出せないほど過去のことになってしまった。耳を澄ますと、「仰げば尊し」ではなく、聴いたこともない歌が流れている。「尊い」と仰げなくなった先生よりも、別な価値観が優先される時代か ・・・。

今年の卒業式で歌われた歌のNo.1は、2位の「卒業写真」(松任谷由実(荒井)由実、ハイファイ・セット)、3位の「贈る言葉」(海援隊)をおさえて、「レミオロメン」の「3月9日」だったそうである。また「いきものがかり」の「エール/YELL」も多く歌われたという。

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 また、3月14日は、1970年に大阪万博の開会式が行われてから40年目の日。その前年の大学紛争、’70安保闘争をまるで忘れたかのように、「人類の進歩と調和」をかかげたあの万博は沸き立った。総入場人数は6,421万人だったという。当時、私は入社してちょうど1年目、2月に会社の寮をでて、一人暮らしをはじめたばかりの時期であった。日本や世界の輝かしい未来都市がそこにあると単純に信じて、何回も行った。  

40年たった現在、振り返ってみると、本当に人類の進歩と調和を目指したのだろうか? すこしでもそこに近づいているのだろうか?日本の後を追って、北京オリンピック、上海万博と突き進んできている中国の現実に日本の歩みがダブって見えてくる。大阪万博の象徴であった「太陽の塔」の裏面に創られた第3の顔、「黒い太陽」が脳裏に浮かんできてならない。

あの日に帰りたいですか?帰りたくないですか?・・・・ 

荒井由実の「あの日にかえりたい」でも聴いてみますか?
 

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櫻の季節は・・・ ~映画・花のあと~

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この季節になると、いつも櫻はもちろんのこと、櫻を背景にした映画も観たくなる。一昨年は「山桜」、その前は「夕凪の街 櫻の国」、そして「紙屋悦子の青春」、「阿弥陀堂だより」なども、私にとってはそういう映画であった。不思議なことに、いずれも主人公は女性である。いまさらいうまでもなく日本人の死生観、生き方に櫻は大きく影響を与えている。還暦をとうに過ぎて、あとは朽ちていくばかりの年になると、体の奥底にある日本人のDNAが、「櫻が観たい」と叫ぶのであろうか、「櫻のような潔い生き方をしたい」と欲するのであろうか ・・・。そして、今年も櫻のシーンで始まり、櫻のシーンで終わる映画「花のあと」を観た。この映画も主人公は女性。草食系の男子が多くなったといわれている現在の日本においては、凛とした潔い日本人を描くのには女性を主人公にしたほうが描きやすいのか ・・・。

映画「花のあと」は、「蝉しぐれ」「武士の一分」など数々の時代劇作品の原作者として知られる藤沢周平の同名短編小説を「中西健二」監督が映画化。現代の日本人が見失いつつある「日本人的なるもの」をテーマにした映画である。「中西健二」監督も、主演の「北川景子」も、時代劇が初挑戦らしいが、みずみずしい感覚に溢れ、見どころのある佳作であった。

女でありながら男顔負けの剣術の腕を持つ以登(北川景子)は、一度だけ竹刀を交えた江口孫四郎(宮尾俊太郎)に一瞬にして恋心を抱く。しかし、以登、孫四郎ともに決まったいいなずけがおり、以登はひそかな思いを断ち切って、江戸に留学中のいいなずけの帰りを待ち続ける。数か月後、藩命で江戸に向かった孫四郎が自ら命を絶ったという知らせが入る。江戸時代の東北を舞台に、ひそかに思いを寄せていた武士が自害したことを知り、その原因となった相手に敵討ちを果たそうとする女性の姿を描く。

時代劇初挑戦となる「北川景子」。最初はその童顔のぽっちゃり顔が気になったが、どうしてなかなかの熱演と見事な殺陣。そして、ヒロインのいいなづけに扮した「甲本雅裕」のキャラクターが秀逸。彼女が恋心を抱く剣士にバレエ・ダンサーの「宮尾俊太郎」が粉するほか、「市川亀治郎」、「國村隼」、「柄本明」ら達者な実力派が脇を固める。主題歌は去年の「山桜」とおなじく「一青窈(ひととよう)」が歌っている。
 


花のあと (文春文庫)

藤沢 周平 / 文藝春秋



冬めく / 花のあと (初回生産限定盤)

一青窈 / フォーライフミュージックエンタテインメント 

散歩をしていたら、名づけて「とぼけ桜」が、今年もご近所で一番早く花をつけたのに気がついた。(参照「ご近所の櫻(1)~とぼけ桜~」) さて、今年は何処の櫻を追っかけるやら ・・・・。
 

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何故君はそこまで闘うのか ~映画・レスラー~

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「今年のじじい映画は「エレジー」が売りだ・・・」と書いたのがちょうど一年前。去年公開されたじじい映画に共通するテーマは「男のエレジー」であった。(参照「今年のじじい映画は「エレジー」が売りだ・・・」 )
昨年公開されたが見逃していた映画をDVDで観たが、その映画に流れるテーマも、やはり「男のエレジー」であった。「ダーレン・アロノフスキー/Darren Aronofsky」監督、「ミッキー・ローク/Mickey Rourke」主演、「レスラー/The Wrestler」。中年男の哀愁が濃厚に漂い、ラストシーンは目頭が熱くなるほどの映画であった。自らの生き様を貫き通す中年プロレスラー役が「ミッキー・ローク」のはまり役となり、アカデミー賞主演男優賞、ゴールデン・グローブ賞主演男優賞、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞など、数々の映画賞(全世界映画賞54冠)に輝いた。整形手術、肥満による体型の崩れ、妻の薬物中毒とその売人への暴力事件などの影響や、一時期ボクサーへの転向などで、映画界から退いた感のあったロークであったが、この映画で完全復活を遂げた。もし公開時に観ていたなら2009年のベスト10に上げたに違いない。

1980年代に栄華を極めたが、全盛期を過ぎ去り、家族も、金も、名声をも失った元人気プロレスラー“ザ・ラム”ことランディ。今はどさ回りの興行とスーパーのアルバイトでしのぐ生活。ある日、往年の名勝負と言われたジ・アヤトラー戦の20周年記念試合が決定するが、長年のステロイド剤使用が祟り、心臓発作を起こし、医師から引退を勧告される。今の自分には行く場所もなければ頼る人もいないことに気付いた彼は、新しい仕事に就き、長年疎遠だった一人娘のステファニーとの関係を修復し、なじみのストリッパー・キャシディに心の拠り所を求め、新しい人生を始める決意をする。しかしその全てにつまづいた時、彼は悟る、例え命を危険にさらすことになっても、自分はプロレスラー“ザ・ラム”としか生きることが出来ない男なのだと。そして、ランディは再びリングに上がる決意をし、記念試合に臨む ・・・ 。

今年58歳になる「ミッキー・ローク」が、完全なまでにレスラーの肉体を作り上げ、復活に全身全霊をかけた熱演。主人公の一人娘には、ビートルズの楽曲を使ったミュージカル映画「アクロス・ザ・ユニバース」に好演した「エヴァン・レイチェル・ウッド/Evan Rachel Wood」、主人公が好意を寄せる、もう盛りを過ぎたストリッパーを「忘れられない人」の「マリサ・トメイ/Marisa Tomei」が演じる。人生のおける光と影、落ちてもなお失わない男の矜持を演ずる「ミッキー・ローク」の姿に、大きく心を揺さぶられる。そのラスト・シーンは、あの「明日のジョー」を思い起さずにはいられなかった。
 

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そして、主題歌「ザ・レスラー」を歌うのは、「ブルース・スプリングスティーン/Bruce Springsteen」。長年の友人である「ミッキー・ローク」のために書き下ろしたという万感迫るこの曲は、ゴールデン・グローブ賞・主題歌賞を受賞した。最新アルバム「ワーキング・オン・ア・ドリーム」のボーナス・トラックに収録されている。ブルースも、もう60才、還暦おじさんとは・・・。
 

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ブルース・スプリングスティーン / SMJ(SME)(M)

そして、「ブルース・スプリングスティーン」が歌う「ザ・レスラー(日本語訳字幕つき)」。ゴールデン・グローブ賞受賞スピーチの光景を含むYOUTUBE画像。

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科学者?芸術家?音楽家?スパイ?天才? テルミンの数奇な人生

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「テルミン/Theremin」という楽器があるのをご存知だろうか? 今はやりの「ゆるキャラ」みたいで、楽器の名前としてはやや違和感があるのだが、テルミン(テルミンヴォックス)は、1920年にロシアの発明家「レフ・テルミン」が発明した世界初の電子楽器である。私はずっと昔にTV番組か何かで見て興味をそそられたが、その詳しい原理や演奏法、発明者などについては、そのときは分からずじまいだった。手をかざして音を出す奇妙な「謎」の電子楽器をその後、実際に見たり、演奏に触れる機会もなく、楽器として普及しなかったため、テルミンのことはずっと忘れていた。最近、図書館で偶然に「テルミン」についての本を見つけ、忘れていた興味が頭をもたげてきたのだ。その本は、自身もテルミンの演奏家でもある「竹内 正実」著、「テルミン エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男」。本には「レフ・テルミン」の以下の数奇な運命が書かれていた。かって抱いた疑問や謎が一挙に氷解したのだ。少し長くなるが抜粋、引用しよう。きっとその数奇な人生に驚かれるはずだ。

「レフ・セルゲーエヴィチ・テルミン/Lev Sergeyevich Termen」(1896年-1993年) サンクトペテルブルクで生まれる。母の影響で音楽に親しみ、高校在学中はチェロを学ぶ。1914年にペトログラード大学に入学、物理学と天文学を専攻、1917年のロシア革命では赤軍に参加する。ロシア内戦の収束後、ペトログラード物理工科大学で主任研究者として働き、そこでテルミンはテルミン・ヴォックスの元となる現象を発見、1920年にテルミンを発明した。1922年にはレーニンに招かれ、その前でテルミンを演奏したという。この時期、テルミン・ヴォックス以外にも、1926年に当時最高水準の機械・光学式テレビジョンの開発に成功し、科学技術史に重要な功績を残した。走査線は64本、1.5×1.5mのスクリーンに鮮明な画像を映し出したというが、TV技術史にその名は記されていないという。私生活では1921年にエカテリーナと結婚した。 ヨーロッパでテルミン・ヴォックスのデモンストレーションのための演奏旅行を行なった後に渡米し、1928年にニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団と共演。1929年に米国でテルミンの特許を取得した後、製造・販売権をRCAに譲渡する。

1930年代にニューヨークに研究所を設立し、テルミンの更なる発展と、その他の電子楽器などの発明に乗り出し、中でも「ヘンリー・カウエル」のためにリズミコン(Rhythmicon)を発明。1930年に10人のテルミン奏者がカーネギー・ホールに集って演奏会を行なった。それから2年後にはテルミン自身が、テルミンや、チェロに用法の似たフィンガー・ボード・テルミンなどの電子楽器からなる、世界初の電子楽器オーケストラを指揮した。

テルミンは、「ジョセフ・シリンガー(Joseph Schillinger)」や「アルバート・アインシュタイン」など、当時の進歩的な知識人や作曲家・音楽理論家から助言を受けると共に、ロシアからの移民仲間で、テルミン演奏家の「クララ・ロックモア」とも一緒に活動を行なった。さらに舞踊音楽におけるテルミンの利用にも興味を寄せ、アメリカ・ネグロ・バレエ団のプリマである「ラヴィニア・ウィリアムズ」と恋仲になり、最初の妻とは離婚、反対を押し切って結婚する。

1938年に妻ラヴィニアを置いて一人でソ連に戻るが、当時はどのような状況で帰国したかが謎であったが、後年になってテルミンがKGBのスパイによって拉致され、祖国に送還されていたとの事実が明るみに出た。ソ連に着いてしばらくはレニングラード内では自由に行動できたが、1938年3月、滞在中のホテルで「反革命組織への参加」の罪で逮捕された。ブトイルカの収容所に投獄され、その後シベリアで強制労働に就いていた。西側ではテルミン処刑のうわさが広く出回ったにもかかわらず、実は数ヶ月で強制労働の免除の後、科学者や技術者が研究開発に使役される特殊収容所内で、科学者や技師とともに数々の研究開発(爆撃機や盗聴装置の開発)を命ぜられていたのである。1947年にテルミンの刑期は終了したが、引き続きKGB管轄の秘密研究所での仕事を強いられた。この年にテルミンは当時26歳のマリアと結婚し、双子の娘をもうけた。
 

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(最晩年、亡くなる20日前に撮影された写真)

スターリン死後の1956年までテルミンの名誉回復はなされなかった。晩年は自動ドアの最初の自動検知器を発明し、初期の盗難警報機の開発に取り組んだ一方で、「レーニン蘇生計画」を作成して理解者だったレーニンを蘇生しようと考えていた。1964年に秘密研究所を去り、モスクワ音楽院の音楽音響研究所で研究員として働く。1967年にアメリカのジャーナリストに見つかり、ニューヨーク・タイムズにより西側にテルミンの生存をスクープされると、モスクワ音楽院はテルミンを解雇するが、教え子の援助によりモスクワ大学物理学部の音響学研究室で実験機器の製作をする仕事に就いた。1970年代の半ばに、親戚の9歳の娘「リディア・カヴィーナ」にテルミンの奏法を仕込み、彼女は現在、世界で最高のテルミン奏者の一人と認められている。

ペレストロイカにより再び国外にでることが可能になり、1989年6月にフランスで開催されたコンサートに参加。1991年にアメリカ合衆国を再訪し、「クララ・ロックモア」との再会を果たして数々の演奏会を行うも、かつての妻「ラヴィーナ・ウィリアムズ」は、1989年にすでにこの世の人でなくなっていた。その後ロシアに帰り、ソ連崩壊から約1年後の1993年にモスクワにて他界、その数奇な人生を閉じた。97歳であった
(竹内正実著『テルミン エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男』、Wikiediaなどより抜粋、引用)
 

テルミン―エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男

竹内 正実 / 岳陽舎

 
「レフ・テルミン」は、ドキュメンタリー映画となり、2001年に公開され話題となった。この映画で「スティーヴン・マーティン」監督は1994年のサンダンス映画祭の覇者となった。映画の登場人物は、「クララ・ロックモア」や「リディア・カヴィーナ」のほか、電子楽器の発明家「ロバート・モーグ」や、音楽理論家「ニコラス・スロニムスキー」などに加えて、ほかならぬ「テルミン」その人であった。
 

テルミン ディレクターズ・エディション [DVD]

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 このDVDには、世界的に有名な女性テルミン演奏家の「クララ・ロックモア/Clara Rockmore 」やテルミンの一族である「リディア・カヴィーナ」の演奏DVDがセットされているので、世界最高峰のテルミン演奏が聴ける。(別に単独リリースもされている)

テルミン演奏のすべて ~クララ・ロックモア&リディア・カヴィナ~ [DVD]

PI,ASM

とにかく、テルミンの音を聴いていただこうか。なんとYOUTUBEに「クララ・ロックモア」の動画があったのだ。その「クララ・ロックモア」が演奏する”Song of Grusia” (ラフマニノフ作曲)。 演奏終了後画面下部のメニューにより他の曲も聴けます。

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テルミンという楽器の最大の特徴は、テルミン本体に手を接触させることなく、空間中の手の位置によって音程と音量を調節することである。テルミンの本体からは、通常2本のアンテナがのびており、それぞれのアンテナに近付けた一方の手が音程を、もう一方の手が音量を決める。わずかな静電容量の違いを演奏に利用するため、演奏者自身の体格・装身具などによる静電容量の違いをはじめ、演奏環境に依存する部分が大きく、演奏前に綿密なチューニングを必要とするなど、安定した狙った音階を出すには奏者の高い技量が要求され、演奏には熟練を要するという。一般的なテルミンの音色は純粋な正弦波に近いため、ミュージック・ソーに似ている。「暖かく、優しい」、「癒しになる」という人もいる一方で、そのゆらめく音色から不安や恐怖感が生まれ、恐怖映画やSF映画の効果音としても使われてきた。(たとえば、ヒッチコック監督「白い恐怖」など) 

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シンセサイザーで有名なモーグ社製テルミンのキットのテルミンの音程を生成する部分にはコルピッツ発振回路のようなコンデンサをもつ高周波の発振回路が2つ組み込まれ、これらはわずかに違う周波数を持つよう調整される。これらの発振回路の出力を組み合わせ、それが発生する低周波の可聴域のうなりを音に変換するのがテルミンの原理である。一方の発振回路のコンデンサ部分はアンテナの1本に接続されており、このピッチ・アンテナに手をかざして手とアンテナとの間の距離を変えると、静電容量が変化して発振周波数が変わる。これにより、うなりの周波数も変化して音程も変わることになる。もう一方のヴォリューム・アンテナによる音量の変化も、同様に2つの発振器と静電容量変化により発振周波数が変わることを利用している。それをスピーカーにつないで音を出させるのである。原理が簡単なため、電子楽器初期のころは雑誌に自作の記事がよく発表されたという。(竹内正実著『テルミン エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男』、Wikiediaなどより抜粋、引用)

こんな話を知ると、どうしても、もう一人の科学者を思い出してしまう。人類の技術の発展に多大な貢献をしながら、歴史の歯車の中で、キワモノ或いは山師的な扱いを受け、評価されないまま消えていった科学者「ニコラ・テスラ」であるが、彼についての話はまたそのうちに ・・・。

先にあげたテルミンの伝記の著者でもあり、「リディア・カヴィナ」から演奏の指導を受けた日本でも数少ないプロのテルミン演奏家でもある「竹内 正実」氏のアルバムがある。
 

VOCALISE

竹内正実 / bootrecord

 

そして、「竹内正実」がテルミンで奏でるサン・サーンスの「白鳥」。 テルミン本体のボックスから垂直と水平に突き出したアンテナなどその外観と演奏方法ががよく分かる。

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実際に自分で作って演奏したい人は、「大人の科学マガジン Vol.17」にテルミンMiniのキットがついているし、本格的なテルミンもNETで購入できるようです。

大人の科学マガジン Vol.17 ( テルミン ) (Gakken Mook)

大人の科学マガジン編集部 / 学習研究社

 

 

 

炭焼き小屋から(4) ~クヌギ2,000本を植えた~

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今日は、日本の里山百選にも選ばれ、日本一の里山ともいわれている兵庫県川西市黒川の里山で、クヌギ2000本の植樹に参加しました。黒川地区は昔から有名な黒炭の産地で、菊炭と呼ばれる茶道に使われる高級炭を、現在も産出しているところです。(参照ブログ「炭焼き小屋から(1) 炭焼き体験」) これからも長きにわたって、永続的に菊炭を伝承していこうと思うと、原材料であるクヌギの再生産、すなわち植林は不可欠なのです。そんな理由から、今回、約1ヘクタール(100m×100m)の山の斜面にクヌギ2,000本を植樹しようという計画が持ち上がったのである。

アサヒビールなどの支援を受け、森や里山関係のNPO、クラブ、地元自治会、緑の少年団などの団体に加え、一般参加の方など、わがクラブからも10名程の参加も含め、百名をはるかに超えるボランティアが黒川の里山に集合した。最初は、2,000本なんて「途方もない数」と感じていたが、人手と先週とはうって変わった暖かな陽気と天気に恵まれ、10時から植樹を開始したが、順調にはかどり、昼食をはさんで午後2時前には、2,000本の苗木を植え切って、植樹は無事終了した。わがクラブもノルマの200本をはるかに超える250本程度を植樹したのだ。
急斜面の足場の悪いところで、つるはしやシャベル、トンガを使って、約1.2m間隔で3年、1.5mほどに成長したクヌギの苗を植えていくクヌギの植樹作業、終わる頃には日ごろ使わない筋肉が悲鳴を上げていた。今回の植樹したエリアには、「茶道文化を支える森~菊炭、そして日本一の里山を守るためにクヌギの林を育てています」という立派な看板も上がっていた。

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大変なのはこれからである。下生えの伐採やら間引きなどの手入れが待っているのである。根付きの歩留まりは3~5割程度と聞く。間引きを加えれば、もっと成木の歩留まりは低くなるのであろう。多分、私は見ることは出来ないかもしれないが、今日植えたクヌギは、20年後には立派なクヌギに成長し、美しい菊炭になっていることであろう。

さて、「管理された山林、雑木林」VS「自然のままの原生林」という議論がある。もちろん自然の「相」を残すという意味で、手付かずの自然、原生林を残すということも否定はしないが、日本はその国(民)土の7割が山林、そこに1億3千万からの人が住んでいるのである。国土の利用だけではなく、生き物や自然との共生・共存を考え、それを長期的に継続的に図っていこうとすれば、ある程度の管理はやむ終えないと思う。むしろ管理せずにほったらかしにしておく弊害のほうが多いのではないだろうか。しかし、一方で人間の欲や傲慢さから、どうしても人間の側の「利」や「益」に重きを置いた共存・共生に傾きがちであることも否めないところである。長期的観点からすれば、むしろその逆であろう。
自然に大きな負荷をかけずに、エコロジーと経済活動とのバランスの取れた上手な利用法はないだろうか?まったくの手弁当のボランティアにこれだけの人が集まる事を見ると、こんな里山での活動が、地域に関わる産業の再生や創造、学びの場としての活用など、多方面での活用を考えるヒントになりはしないだろうか ・・・。

のどかな里山風景を見ながらの昼食を頂きながら、そんなことを考えたりもした。傍らに咲く梅の樹は満開、そして、咲き出した「樒」(しきみ、関西では「しきび」とも言う)の可憐な淡黄白色の花(写真)を見ながら、春の訪れを楽しんだ。眼を遠くにやれば、棚田には蜜蜂の養蜂箱が並び、その向こうにはもう1ケ月もすれば、可憐であるが凛とした花を咲かせる「エドヒガン」の大木が何本も悠然とそびえている。懐かしい日本の里山風景 ・・・。

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「木こり」出身のロック・ボーカリストがいます。創始者「アル・クーパー/Al Kooper (kb)」に替わり、そのソウルフルなヴォーカルで加入した「デヴィット・クレイトン・トーマス/David Clayton-Thomas」。新生「ブラッド・スウェット&ティアーズ/Blood,Sweat & Tears (BS&T)」です。ジャズ・ソウルへサウンドを変え、見事1969年グラミー賞の最優秀アルバムを受賞したセカンド・アルバム「Blood, Sweat & Tears」は、その後のブラス・ロックの中心的バンドとなった。

血と汗と涙

ブラッド・スウェット&ティアーズ / ソニーレコード

 
 

 

 

 

 

ご近所の温泉 ・・・

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春です。英語の「spring」には春という意味のほかに「泉、温泉、湧水」などという意味があります。地面から絶え間なく勢いよく湧出してくる水に、いっせいに命を授かったように活き活きしてくる春をなぞらえたのでしょう。

今から17年ほど前、私が現在の地に引っ越してきた頃、地図には、すぐ近くに「温泉マーク」と共に「平野温泉」と表記されていた。温泉といえば、故郷、信州や北陸の温泉をイメージしていた私には、どうもそれらしきものが見えないのでずいぶん訝しく思ったものだ。その後、散歩がてらに行ってみたが、当時、たしかに国道沿いには旅館の跡らしき廃屋もあったのだが、今行ってみるとそれすらもかき消されている。しらべてみたら、「平野温泉」は江戸時代から続く歴史のある名湯で、寛政年間には24軒もの宿が存在したとのこと。私が引っ越してくる数年前までは、「掬水」という旅館が1軒残っていたが、すでに廃業しており、私はその廃屋を記憶していたのだ。
今は付近にある「温泉病院」、「湯之町」などの名前や町名にその痕跡を見出すことができるのみである。廃れてしまったのは、どうも湧泉が途絶したのではなく、私が住んでいる大規模な住宅団地などの開発が進み、温泉客も途絶えたためのようだ。その証拠に、当時の泉源もまだ残っているようで、泉源の横を流れる塩川に、一部湧出する鉱泉が流れだしているようで、その付近の川底は特有の真っ赤な色に染まっているのが見て取れる。

  
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 温泉が繁栄していた頃は、痔によく効いたというこの温泉の薬効への感謝、信心の名残りであろうか、国道からちょっと入ったところに、「多田平野湯之町 温泉薬師堂」と名づけられた小さなお堂に薬師様が、石碑、石灯籠、お百度石と共にひっそりと安置されていた。花が手向けられているのを見ると、地元の誰かがお祀りし、お世話をしているのだ。温泉は跡形もなくなってしまったが、その記憶は信仰とともに生きている。

 

 

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もう一つの名残り、記憶は「三ツ矢サイダー」である。もともと、この辺から湧出する炭酸水は「平野水」と呼ばれていた。それは、明治時代に宮内省が、この地の平野鉱泉をもちいて炭酸水の御料工場を建てたことに始まる。そして、その後工場は三菱に払い下げられ、明治屋が権利を得て1884年に「三ツ矢平野水」(みつやひらのすい)として販売した。それが「三ツ矢サイダー」の起源である。平野水は夏目漱石の小説にも登場、また1897年には大正天皇の御料品に採用された。やがて「三ツ矢サイダー」は「朝日麦酒」(現・アサヒビール)に継承され現在に至っている。

サイダーを造るため、鉱泉から取り出した、天然炭酸ガスをボンベに充填するための塔と、宮内省に献上するための御料品サイダーを製造した「御料品製造所」が資料館として、今も残っている。いまでは知る人も少ないが、この塔は、平野のシンボルとして住民に長い間親しまれてきたという。

そういえば、「サザン・オールスターズ」の「勝手にシンドバッド」が「三ツ矢サイダー」のCMソングだったこともありましたね。まあ、当時のヒット曲「沢田研二」の「勝手にしやがれ」と、「ピンク・レディー」の「渚のシンドバッド」を足して2で割ったものという人を食ったタイトルの歌ではありましたが・・・。

「温泉=春の水、命の水」。ここでは、「勝手にシンドバッド」ではなく、この季節、ブラジル人にとっての「命の水」をうたったA.C.ジョビンの「三月の水」をあげておきましょう。どうも困ったことに、ボサノバ特集以来、ボサノバが耳について離れません。特にジョビンとエリス・レジーナのうたう「三月の水/Waters of March (Aguas de Marco)」が・・・。

「三月の水」というのは、毎年3月にブラジル、リオあたりで降る大雨のことらしく、ポルトガル語の原詩には韻を踏んだ人生や希望、命を示唆する単語が連っているがポルトガル語は分かりません。ジョビンが同じく作詞した英詩の最後は、こんな言葉で結ばれています。「・・・ 川岸が語る三月の水  絶望の終わり  心の喜び/この足、この地面  枝、石ころ  これは予感、これは希望」。   

耳について離れない、ジョビンとエリスの名盤「エリス&トム」の「三月の水」。

   

 
エリス&トム

エリス・レジーナ&アントニオ・カルロス・ジョビン / ユニバーサル インターナショナル 

そして、「イリアーヌ」の代表作で、ジョビンをテーマにした彼女の2大名盤、「風はジョビンのように/PLAYS JOBIM」(1989年)と、1998年のベスト・セラー「海風とジョビンの午後/SINGS JOBIM」の2枚をカップリング、再発売した「イリアーヌ・プレイズ・アンド・シングス・ジョビン」。
 

 

イリアーヌ・プレイズ・アンド・シングス・ジョビン

イリアーヌ / EMIミュージックジャパン 

ボサノバ畑ばかり続いたので、気分を変えてJAZZっぽくいって見ましょう。孤高の歌姫、眼ぢからの歌姫、「カサンドラ・ウィルソン/Cassandra Wilson」もジョビンをとりあげたことがあります。濃厚なブルース・アルバム「ベリー・オブ・ザ・サン」。彼女自身のアイデンティティでもあるミシシッピ州のデルタ・ブルースの集大成ともいえるアルバムで、なんと「三月の水」と「コルコヴァード」をとりあげています。ブルース対する彼女のこだわりは半端ではなく、たとえば録音にしてもミシシッピ州クラークスデールにある旧駅舎で行なうという念の入れよう。さあ、彼女がボサノバ・ナンバーをどう料理しているのか興味はありませんか?
 

ベリー・オブ・ザ・サン

カサンドラ・ウィルソン東芝EMI 

もう一人は大輪のバラを思わせるようなあでやかさで人気の高い「ジェーン・モンハイト/Jane Monheit」。アルバム「カム・ドリーム・ウィズ・ミー」から。
 

 

カム・ドリーム・ウィズ・ミー

ジェーン・モンハイト/ ビクターエンタテインメント 

そしてライヴのCDやDVDもリリースされているが、NYのレインボー・ルームで「三月の水」をうたう YOUTUBE を

 

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これはヤバイ! 韓流JAZZ

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WOONGSAN

 

韓流ブーム」が起こってからもう久しい。もういい年のわたしの妹なんぞも「ヨン様ぁ~あ!」なんて叫んでいるようである。スポーツ界での韓国の台頭ぶりも凄く、先日のバンクーバー・オリンピックでの「キム・ヨナ」などの活躍を目の当たりにしたところである。また、産業界でも韓国の躍進ぶりは世界でもすさまじく、たとえば北京で町を歩けば、現代(ヒュンダイ)の車、三星電子(サムスン)の薄型TV、携帯電話など韓国製品を数多く眼にするところでもある。

音楽においては、日本の歌謡曲で、その実力はかねてからよく知られてきたところであるが、最近ではPOPSやアイドルの世界でも、「BOA」、「東方神起」など韓国アーティストの人気もめだつようだ。
JAZZ界では、去年ユニット「Waterplay」が日本デビューし、話題になったことはこのブログでもとりあげたところ。(参照 「韓の国より吹いてきたJAZZYな風」 ) そして、私はいままでまったく知らなかったが、日韓で活動し、最近その実力が認められ、人気が出てきた韓国出身の女性JAZZシンガーがいる。たまたまTSUTAYAでCDが目に留まり、借りて聴いたのであるが、これがびっくり!大当たりであったのだ。

「ウンサン/Woong San」。「艶やかさとスモーキーさを併せ持つ詩的ボイスと、独特の柔らかいオーラで聴衆を魅了する最高のボーカリスト、Woong San」とキャッチ・コピーにはあった。

彼女の実家が仏教の研究をしている家系だったことから、17歳から寺院で尼僧の修行に入るという特異な経歴を持つ。修行中に授かった法名、それが「Woong San(雄山)」であり、厳しい修行中のある日、無意識の中で自分が「歌」を口ずさんでいることに気づく。音楽への思いが捨てきれず、「音楽に未練を残したまま修行に集中できないし、仏様に対しても失礼だと思い、自分が納得いくまで音楽活動をしたら、また仏教の道へ戻ろう」と、修行していた寺のある山を下り、歌手への道を歩み始める。当時、選んだジャンルはロックであったが、ジャンルにとらわれず好奇心旺盛に音楽を学ぶ彼女に、友人から偶然に手渡された「ビリー・ホリデイ」のCDが、彼女の運命を大きく変える。それがJAZZとの運命の出会いであった。そこからは、JAZZの世界に転向、数々のライブ、舞台、楽曲制作に積極的に臨み、日韓でファンを徐々に獲得していく。

2008年7月には、日本で人気のミュージシャン、「TOKU」、「小沼ようすけ」と共に日本全国ツアーを敢行。2009年12月「Close Your Eyes」をリリース。スイングジャーナル選定【ゴールドディスク】に選ばれる。1998年からの日本でのライブ活動も10年を超え、今まで500回も越える公演や全国ツアーを行い、ワールドワイドに彼女が求めてきたもの。それは「人間のそのままの自由」だという。( ウンサン・オフィシャルサイト より)

ブルース感覚にあふれた中低音の声質。大胆さと繊細さを織り交ぜて表現される喜怒哀楽。音楽のルーツは「般若心経」。座禅を組み、経を唱える毎日。そんなある日、口慣れた般若心経にメロディーを付けてみたという。「心のままに歌っていると、光が差すような気持ちになったんです。歌の世界に進みたいと直感しました」。なにかのドラマでも観るような話であり、もう「レジェンド(伝説)」ができているのだ。

スイングジャーナル誌、ゴールド・ディスクを獲得した4作目になるという「Close Your Eyes」。オリジナル2曲を含んで、スタンダードからロックまで彼女の多面的な魅力を味わうことができる。ハスキーにしてスイート、オーガニックにしてブルージー、ガッツにしてメロウ・・・。バックでサポートする日本人ミュージシャンも最高のできばえ。「マイケル・フランクス」のカバー「ヴィヴァルディーズ・ソング」のボサノバ・テイストも秀逸。


Close Your Eyes

ウンサン / ポニーキャニオン

 
彼女のステージぶりを見ていただこう。ロックの「ヴァン・モリソン」の作詞・作曲でJAZZカバーもよく行われている「Moon Dance」をYOUTUBEで。

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韓国で、ジャズが知られるようになったのは80年代後半だという。まだ20数年の歴史の中から生まれてきた韓流JAZZミューズ「ウンサン」。新たなアジアン・ジャズ・ミューズ誕生か? 恐るべし韓流JAZZ!! 
 

 

 



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