JAZZYな生活

プレミアムエイジ ジョインブログ

スイング・ガール、シンデレラ・ガール

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レンタルビデオ店のJAZZコーナーで、「無料レンタルCD、TSUTAYA限定、2010年8月31日まで」というPOPカードが目についた。JAZZでは多分はじめて見たセールス・プロモーションである。音楽配信やレンタルに押されて、音楽CDの売り上げがあまり芳しくないという情況に押されてであろうか、レンタルビデオ店で新人アーティストのプロモーションとは ・・・。このレコード会社の新しいマーケティングの手法であるが、新人の知名度のアップには効果があるかもしれないが、CDの売り上げには、果たしてどうだろうか? 

その無料レンタルCD、なんと18歳、現役の女子高校生のJAZZプレイヤー、「寺久保エレナ」のデビュー・アルバム「NORTH BIRD」のプロモーションCDであった。そこから、オリジナルとスタンダード2曲のピックアップ、それと大御所「グラント・スチュアート」の新作から1曲の計3曲である。

「寺久保エレナ」。札幌の女子高校生、18歳、アルト・サックス・プレイヤー、まさに「スウィング・ガール」。現役の女子高生ながら、山下洋輔、渡辺貞夫、日野皓正など、数々のビッグネームとの共演を今まで積んできたという。2曲聴いただけであるが、ベテラン、「ケニー・バロン」(p)などを従えてのデビュー・アルバム、ややおずおずしたところはあるにせよ、18歳のデビューアルバムだからたいしたものである。しかし、NYでバリバリのベテランJAZZメンをバックにそろえたのだからこの程度の出来は当たり前という見方もできよう。現役の女子高校生を担ぎ出さねばならなかった程、JAZZ界には新しいスター、人材がいないのかという皮肉な見方もできよう。同じアルト・サックスの「矢野沙織」がデビューしたときほどの衝撃は感じなかったことを正直に告白しておこう。

ずば抜けてという印象はなかったが、その音色とスピード感には才能を十分感じることができ、今後大化けすることも大いに期待できそうである。デビューアルバム「NORTH BIRD」。出身の北国、北海道と 「チャリー・“バード”・パーカー」をもじってつけたタイトルであろう。その名は重いが、「その意気やよし」としよう。気合は十分である。「スイング・ジャーナル」休刊などというネガティブなニュースの中で、この新人のデビューは明るい話題であることは間違いない。ともあれ、「スウィング・ガール」転じて、「シンデレラ・ガール」になることを祈ろうではないか。無料レンタルのCDの後、ほどなくしてアルバム「NORTH BIRD」が棚に並んだ ・・・ 。 



NORTH BIRD  寺久保エレナ / キングレコード

2004年度の「矢口史靖」監督作品、映画「スウィングガールズ」からもう6年。この映画に影響を受け、若手しかも女性のJAZZプレーヤーが育ってきたのかも知れない。自分自身もエレキ・バンドで汗も涙を流した学生時代。この映画はそんな時代を懐かしく思い起こさせてくれる青春映画の傑作である。

野球部の応援に行った吹奏楽部にお弁当を運んだ補習クラスの女子だったが、炎天下、チンタラ運んでいたせいで、お弁当は腐り、吹奏楽部は体調を崩してしまう。ひとりだけお弁当を食べなかった男子・中村は、即席で吹奏楽部を作ろうと思いつく。責任をとらせようと補習クラスの女子を誘うが、吹奏楽をやるには人数が足りなかったため、ビッグ・バンドでジャズをやることに。でも女子たちは楽器などロクにやったことがなかった…。



スウィングガールズ スタンダード・エディション  上野樹里 / 東宝

観てみますか。 映画の演奏シーンを。 上野樹里、貫地谷しほりなど楽器はまったくずぶの素人の若い女優たちが練習に練習を重ねた結果の見事な演奏、ハーモニー。

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うっそ~~!、信じられない ・・・。 私も映画を観たときはてっきり「アテレコ」だと思っていましたから無理もないでしょう。それでは証拠をお見せしましょう。映画のプロモーションのため、彼女達がワイドショーのTVスタジオで生演奏した映像があります。 「シング・シング・シング」。 納得いただけましたか? 人間、努力すれば何とかなるもんだという見本ですね。

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やがては森に、千年の夢

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3ケ月ほど前から作業を手伝っていた日本古来の櫻の種、「エドヒガン」のための養生畑が、やっと完成した。整地から始め、土留めづくり、真砂土やこの山の落ち葉で作った腐葉土などの土入れ作業を行い、畝を作り、この山に多くいる野生の鹿除け用の柵と網で囲った本格的な養生畑である。広さは40㎡ほどであろうか。手前味噌ながら、写真のようにかなりのできばえではないだろうか。今日の例会では、一部のクラブ員が、去年、この山で採集したエドヒガンの実を、自宅で発芽させ、30~50cmほどの苗にまでに育ててくれた。その150本ほどの苗を完成した養生畑に植える日である。

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会員の子供達もまた楽しみにしていた日でもある。畝に50cmほどの間隔で苗を気持ちを込めて丁寧に植えていく。1時間足らずで150本ほどの苗はすべて植え終わってしまった。今後2~3年、この養生畑で苗を大事に育て、その後は、山に移して植える予定である。そして、今回この養生が上手く行けば、発芽、育苗などのノウハウを蓄積し、今後もずっと繰り返して続けて行く予定である。「この山に、もっともっとエドヒガンを増やしたい」、それがクラブ員みんなの思いでもあるのだ。エドヒガンの寿命は千年ともいわれる。私の寿命なんぞ、よくもってもあと20~30年。この櫻がやがては大きな森になり、千年後も見事な花を咲かせている。そんな想像を巡らしてみる。見果てぬ夢かもしれないが、考えるだけでも楽しくて愉快な夢ではないか ・・・ 。

「ウィンダム・ヒル・レコード/Windham Hill Records」をよく聴いていた時期があった。1976年、当時無名のギタリストであった「ウィリアム・アッカーマン/William Ackerman」と彼の妻アンによって「ウィンダム・ヒル・レコード」は設立された。代表的なアーティストである「ジョージ・ウィンストン/George Winston」等の活躍によって1980年代の「ニューエイジ・ミュージック」と呼ばれた新しい音楽活動の旗手の一翼を担ったのである。当時の音楽シーンに一大旋風を巻き起こしたアルバムが、1980年に世界的に大ヒットした「ジョージ・ウィンストン」の「オータム/Autumn」である。そのウィンストンのアルバムに、彼が愛してやまない故郷モンタナの森、彼の心の奥深くに横たわる「心象風景」としての森を描いたソロ・アルバム「フォレスト」がある。彼の透明感のあるピアノの音色を聴いていると、彼が心に描いた森、山、河、湖、モンタナの大自然が眼に浮かんでくる。



フォレスト  ジョージ・ウィンストン / アリスタジャパン

そして「ウィンダム・ヒル」と「ジョージ・ウィンストン」の名を世界的に広めた四季4部作の第一弾、「オータム」の中では、最も有名な曲は、トヨタ車のCFでも使われて有名なった「あこがれ/愛/Longing/Love 」が代表曲であるが、わたしは目立たないが、「森」という曲に心惹かれてしまう。



オータム~20th Anniversary Edition  ジョージ・ウィンストンBMG JAPAN

聴いてみますか? 「森/Woods」。

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路傍の花、樹々の鳥 (6) ~泥池に咲く蓮~

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山遊びへ出かける道の途中の小さな溜池の脇に車をとめた。この溜池には、毎年のように見事な蓮(ハス)の花がたくさん咲くので、その見事さに車を止めて見入る人も多い。ところが、どういうわけか今年はまだ葉が水面まで成長しておらず、花の数が極端に少ないのだ。些細なことであるが、なんとなくその理由が気になってしまう。しかし、数少ないが泥池の中に咲いたその花はやはり清清しい。

蓮(ハス)の花、すなわち蓮華(レンゲ)は、 「蓮は泥より出でて泥に染まらず」という中国の成句にもあるように、清らかさや聖性の象徴として称えられることが多いので、日本人にも馴染みの深い花である。泥水の中から生じ、清浄な美しい花を咲かせるその姿が仏の智慧や慈悲の象徴となり、浄土に咲く花とされ、仏像の傍らでよく見かけるのである。また地下茎はレンコン(蓮根)として食用になることでもよく知られている。 「レンコンのはさみ揚げ」、「カラシレンコン」などはよく知られたわたしも大好物の惣菜であり、こちらは現世の利益、口福。

ところで蓮に似た花、我が家の睡蓮(スイレン)は一向に咲く気配がないのは何故だろうか?こちらも気になるのだが ・・・ 。えっ、わが家は極楽浄土にあらずなんて ・・・ 。ところで、睡蓮の語源は、花が夜は閉じ、昼に咲き、蓮によく似た形をしている、つまり、「睡眠をとる蓮」、「眠る蓮」という意味からであるという。「水蓮」ではないのである。

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こちらは、わが団地内の公園、付近の里山など、この近辺のいたるところで見かける、今が盛りの「ネムノキ(合歓木、眠の木)」。花弁が発達せず、長く糸状に伸びたおしべが花を構成しているその様は、遠目にも繊細で美しい。よく観ると、雨のしずくがおしべについて光を反射したり、長いおしべが風にそよいでいる。「ネムノキ」の名前の由来は、こちらは、睡蓮とは違って、夕方になると葉が合わさって閉じてしまう様を、「眠る」ことに例えたものである。

蓮、ロータス(Lotus)といえば、「サンタナ/Santana」のアルバムに「ロータスの伝説」というアルバムがありましたね。1973年、サンタナ初の日本公演のときの大阪公演の二日分のライブがアルバムとなったもの。このライブ・アルバムが3枚組LP(CDは2枚組)として発表された時には、一大センセーションを巻き起こしたものです。まずはそのジャケット。人気イラストレーターの「横尾忠則」のデザインで、世界最大の22面体LPジャケットとして大変話題になったもの。そして、一時の「ビートルズ」もそうであったが、「サンタナ」もすでに宗教の世界にかなり入り込んでおり、ステージ演出や演目にも、その宗教色が色濃く反映されていたからである。



ロータスの伝説  サンタナ / ソニーレコード

「サンタナ」の曲の中から一曲だけをといわれれば、私は、この曲になってしまうでしょう。「哀愁のヨーロッパ/Europa」。観てみます?「魂を悪魔に売った」とまで評されたそのギターを。この曲はYOUTUBEにいくつもアップされているが、1988年、スイスの「モントルー(Montreux)ジャズ・フェス」でのライヴをご紹介しましょう。JAZZサックスの「ウェイン・ショーター/Wayne Shorter」と共演していますが、さしものショーターもサンタナに圧倒されたのか、セッションに入り込むきっかけがつかめないでいるのが面白い。

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夏の収穫

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今日の山仕事は、樹齢40年ほどの枯れた松の大木の伐採処理。これが結構大変な作業である。うっそうと茂った森、加えて急斜面。できるだけ周りの樹を傷つけないために、一定の方向へ倒れこむよう、ロープでガイドしながら、チェーン・ソーをいれるのである。チェーン・ソーを扱うのは、ベテランのクラブ会員。上手く伐れたが、樹の上部が他の樹に引っ掛かって宙ぶらりん状態になってしまった。これでは玉伐り(短く輪切りにすること)の際に危険なので、ロープで引きずり降ろさなくてはならない。結果的にはうまくいったが結構な手間がかかってしまった。伐採そのものはチェーン・ソーであっという間にできるのだが、それだけではすまない周辺作業にも手が必要で、山仕事は本当に人手も手間もかかるのである。地域や村興しとしての「林業」が話題となっているが、いまの社会の中で再興させるには、いくつもの解決しなければならない課題があるようだ。

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さて、山仕事を終え、今日一番の楽しみは、熟れた「ヤマモモ」の収穫である。われわれの活動フィールドの里山公園には、何本ものの「ヤマモモ」が植わっている。毎年のように大粒の実を実らせている樹は、今年もかなり赤く色づいてきた。また、小粒の実を実らせる樹は、手が果汁で真っ赤に染まるほど、完全に熟しており、食べると甘酸っぱくて懐かしい味がする。シートを敷いて実を落とし、相当な量の「ヤマモモ」の収穫ができた。家に帰ってから、早速煮込んで「ヤマモモ・ジュース」を作ってみた。初めての経験であったが、甘味と酸味が程よいバランスで、美しいピンク色の天然濃縮ジュースとジャムができた。明日の朝食はこれで決まりである ・・・ 。

 

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「夏」は、ボサノバと並んで「フュージョン/Fusion」がよく似合う。「フュージョン」でオススメといえば、和製フュージョン・バンド、「ネイティブ・サン/Native Son」のこの2つのアルバムでしょう。日本のフュージョン・バンドとバンドいえば、「スクエア」、「カシオペア」などがすぐ浮かんでくるが、まだ「フュージョン」なんて言葉もない時代に、この「ネイティブ・サン」は先駆者的フュージョン・バンドとして大変人気があったのだ。「渡辺貞夫バンド」のピアニストでもあった「本田竹曠」を中心として1978年に結成されたのが、日本のフュージョン・グループのパイオニアといえる、「ネイティブ・サン」である。メンバーは、「本田竹曠(key)」、 「峰 厚介(sax)」、「大出元信(elg)」、「川端民生(elb)」、「村上 寛(ds)」。いずれも当時のJAZZ界を引っ張っていっていたバリバリの若手メンバーであった。活動期間は9年ほどであったと記憶しているが、そのデビューとその後の音楽活動は鮮烈で衝撃的であった。しかし川端氏は既に他界、脳梗塞などで半身麻痺となっても、リハビリをし、演奏活動を続けていた本田氏も2009年1月に亡くなってしまった。

79年のデビュー・アルバムは「NATIVE SON」。みんな髭面で、さほど年若くもない男盛りの男達が、青空の下の浜辺で、ホースを手に水を掛け合っているジャケット。新しい風、新しい音楽を予感させたこのアルバム・ジャケットを今見ると、その無邪気な表情や溢れる若さにかえって一抹の寂しさを感じるのは、思いすぎだろうか ・・・ 。
デビュー・アルバム「NATIVE SON」は、ジャズ系のレコードとしては異例の30万枚以上のセールスを記録したという。



ネイティブ・サン  ネイティブ・サン / ビクターエンタテインメント

今なお、若さと瑞々しさに溢れた彼らの感覚、センス、メロディ、リズムがほとばしってくる「サバンナ・ホットライン」。



サバンナ・ホットライン  ネイティブ・サン / ビクターエンタテインメント

聴いてみますか? 日本のフュージョンといえばこの一曲、「スーパー・サファリ」。

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我が青春のシネマ・グラフィティ(22) ~ メリナ・メルクーリ  ~

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国家財政破綻、欧州金融危機、ユーロ安の焦点となっている国はギリシャ、今何かと話題のギリシャということで思い出す映画は、これまた、高校の名画鑑賞会で観た「日曜はダメよ」。我が青春の肉体派女優、最後にあげるのは、その主演女優「メリナ・メルクーリ 」である。

「メリナ・メルクーリ/ Melina Mercouri (1920年 – 1994年)」はギリシャ・アテネ出身の女優、政治家。夫は映画監督の「ジュールズ・ダッシン」。そんなにずば抜けてグラマラスではないのに「肉体派女優」にあげる理由は、その大柄で骨太の体格、ヘビー・スモーカーで、そのせいかハスキーを通り越した、まるで男のようなシャガレ声、大口開けて笑う豪快さに、なにかマッチョな男っぽさを感じるからです。もちろん組合系ではなく、れっきとした女性なのですが ・・・。

彼女は、祖父が元アテネ市長、父が元内務大臣という名門の政治家一族に生まれますが、幼い頃から女優を志して、1946年に舞台デビューを果たす。しかし、映画デビューは遅く、1955年、35歳のときに主演した「ステラ」が初めての作品だったという。この「ステラ」がカンヌ映画祭に出品されたためにカンヌに行き、「赤狩り」でアメリカを追われてヨーロッパに来ていた映画監督の「ジュールス・ダッシン」と出会い、恋に落ち、その結婚することになる。「ジュールス・ダッシン」は、メルクーリを主役に多くの作品を撮ったが、一番、有名になったのは、1960年の「日曜はダメよ/Never On Sunday」である。この作品でメルクーリはカンヌ映画祭で主演女優賞を受賞、彼女が歌った主題歌の「日曜はダメよ」は世界中でヒットした。

「日曜はダメよ」は1967年、ブロードウェイでミュージカル化され、メルクーリは主役の娼婦、イリヤを演じることになるのですが、このミュージカルに出演中に祖国ギリシャで軍事クーデターが起こり、クーデターを批判した彼女は、ギリシャ国籍を剥奪されてしまう。骨太は体格だけではなく、その性格もそうだったようです。軍事政権は1974年に崩壊し、彼女はギリシャ国籍を回復するのですが、晩年は政治家一族の血のせいか、国会議員に当選、文化大臣に任命されるという快挙。その文化大臣のときには、大英博物館に収められている多数のギリシャ彫刻の返還をイギリス政府に要求したりして話題になった。1994年に74歳で死去。片時もタバコが途切れなかったチェーン・スモーカー、死因はやっぱり肺がんであった。 (Wikipedia参照)

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「日曜はダメよ/Never On Sunday」(1960)。ギリシャの港町ピレウスに住む金髪でナイスバディ、底抜けに明るく陽気、そして日曜には必ず古典悲劇を鑑賞するために仕事を休む娼婦イリヤ(メリナ・メルクーリ)。彼女に惚れてしまったアメリカ人の古代ギリシャ研究家ホーマー(ジュールズ・ダッシン)の二人が繰り広げる、明るくて大らか、そしてウィットの利いたラブ・コメディ。主演の「メリナ・メルクーリ」はカンヌ国際映画祭女優賞を受賞。主題曲「ネヴァー・オン・サンデー」はアカデミー賞歌曲賞受賞。出演と監督を兼ねた「ジュールズ・ダッシン」はメリナと1966年に結婚。



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そして「ジュールス・ダッシン」監督が手掛けた犯罪コメディ「トプカピ/Topkapi」(1964)が面白い。トルコのトプカピ宮殿博物館に所蔵された秘宝「スルタンの宝剣」の強奪計画を企てる「メリナ・メルクーリ」扮する女盗賊と、彼女を捕まえようと躍起になる警察のスパイが繰り広げる丁々発止のやり取りを、軽妙なテンポで描く。グラマラスな美女盗賊と男たちのお洒落で粋な泥棒映画は、後の「ルパン三世」や「黄金の七人」の原型とも言われている。長い間DVD化が待たれていたが、やっと実現した。



トプカピ [DVD]  20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

観てみますか? レコードに合わせて、イリアが「日曜はダメよ/Never On Sundey」を歌うシーンを。 今観ればなんともないこのシーン、やはり50年近く前の田舎の高校生にはちょっと過激ではなかったでしょうかね?

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電気自動車と天才科学者

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今年世界各地で行われたモーターショーではエコカー、特に電気自動車が注目を集めた。しかも、旧来の自動車メーカーでないベンチャー、新興企業の参入が眼を惹いたからだ。簡単にいってみれば、電池とモーターの組み合わせ、原理はいたって簡単なので、自動車とは関係なかったメーカーも比較的参入しやすいといえるかもしれません。そんな新興企業の代表が、米電気自動車ベンチャー、シリコンバレーに本社をもつ「テスラ・モーターズ/Tesla Motors」 (本社カリフォルニア州パロアルト)だ。この4月には米ナスダック市場に上場したが、これはなんと1956年のフォード以来の快挙であるという。さらに「テスラ・モーターズ」は、最近「パナソニック」と共同で次世代バッテリーを開発すると発表し、「トヨタ自動車」とも業務提携することで合意した。私の周辺でもハイブリッド・カーはかなり普及してきているが、さあ、電気自動車の成長がどの程度のスピードで本格化していくのか大変興味あるところである。私はって? すんません、ハイオク仕様のガソリン車。少し肩身が狭いでしょうか?

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「車がただの移動手段ならクーペなんて必要ない」という日産の秀逸なコピーがあったが、テスラ社は、実用車でなくスポーツカーから参入した。なんとも夢のある話ではないか。写真は、いずれも「テスラ・ロードスター/Tesla Roadster」である。2006年7月、カリフォルニアのサンタモニカ空港にて、招待客350人の前で「ロードスター」のプロトタイプが初披露され、そののち全米各地のモーターショーに何度か出展された。いくつかプロトタイプを開発ののち、市販車発売は2008年3月となったが、発売前から「ロードスター」の注目度は高く、98,000ドル(約1,000万円)の高値にもかかわらず、650台の受注生産枠を超える注文が殺到したという。多くのアメリカの著名人も「ロードスター」を購入しており、ハリウッド俳優「レオナルド・ディカプリオ」が「トヨタ・プリウス」から「ロードスター」に乗り換えたことで話題を呼んだほか、「ジョージ・クルーニー」、「ブラッド・ピット」、「アーノルド・シュワルツェネッガー」なども購入したという。2008年の発売開始以来、アメリカやヨーロッパで1,000台以上が販売されているが、2010年4月21日にテスラ社が「ロードスター」の日本での発売開始を発表した。日本仕様は、日本の安全基準に適合させ、一部意匠を変更するなどの改良がくわえられている。初出荷分12台は売約済みで、注目の価格は1810万円であるという。もうどこかその辺を走っているかも知れません。先立つものさえあれば、この車ならぜひ乗ってみたいですね ・・・ 。

この車は、バッテリーと三相交流誘導モーターだけで車輪を動かす完全な電気自動車で、リチウムイオン・バッテリーを電源としている。最高出力215kW(288hp、292ps)、最大トルク370 N・mとなっており、1回の充電で236マイル(378km)まで走行可能。最高時速は、安全のため201kmに制限されているが、時速100キロに達するまでにおよそ4秒しかかからないという、30万ドルのスーパーカーにも劣らない驚異的な加速性能を備えていると、メーカーは発表している。 (参照Wikipedia)

テスラ社は、「M. Eberhard」と「M.Tarpenning」という二人の技術者によって、2003年に創業された。その社名と主力車種につけられた名前、「テスラ」には大きな意味があるのだ。あの発明王「エジソン」と同時代の科学者で、彼に匹敵、いやそれ以上の発明や業績を残しながらも、冷遇され、山師的な扱いさえされている「ニコラ・テスラ」の名をあえてつけているのは、多分、フォードやエジソンを超えるという、野心やチャレンジ、そして彼へのリスペクトの意味を込めているからであろう。事実、現時点でテスラの発明による誘導モーターを使っている電気自動車は「ロードスター」だけである。

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「ニコラ・テスラ/Nikola Tesla」(1856年7月10日 – 1943年1月7日)は、旧ユーゴスラヴィア出身の電気工学者で発明家。交流モーター、交流発電機、高周波コイル、高周波治療器、ラジコン(無線トランスミッター)、高周波照明/蛍光灯、空中放電実験で有名なテスラコイルなどの多数の発明、またレーダー、誘導ミサイル、無線送電システム(世界システム)を提唱したことでも知られる。とりわけ電気自動車の心臓部である三相交流モータの発明は特筆すべきこと。マルコーニが発明者とされている無線電信やラジオも真の発明者はテスラだといわれている。そんな科学者でありながら、わけありで歴史の中に埋もれ、その業績は、わずかに磁束密度の国際単位「テスラ」にその名を残すにすぎない。中でも「エジソン/直流発電」VS「テスラ/交流発電」の戦いは、科学史によく知られた話で、当時はエジソンに凱歌が上がったが、後世の結果から見ればテスラが正しかったことは明らかである。

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その奇抜とも取れる研究内容や、地震兵器、プラズマ兵器、殺人光線などを開発していたとされる数々の伝説、冷遇された人生なども相まって、彼や彼の発明であるテスラコイルはカルト団体や疑似科学方面から熱い注目を集めることが多々ある。オーム真理教団が多大なる興味を持ったことも有名な話である。特に、晩年は霊界との通信装置の開発に乗り出すなど、研究にオカルト色が強まったこともあり、テスラの名を一層胡散臭い山師的なものに響かせる原因ともなっており、彼への正当な評価を余計に難しくさせている。しかし、100年以上の時を経て甦った「テスラ」の名前。電気自動車の普及によって、彼がマッド・サイエンティストや山師でなく、正当な評価をえる日も近いと信じている。(参照;新戸 雅章「発明超人ニコラ・テスラ」、Wikipedia)



発明超人ニコラ・テスラ (ちくま文庫)  新戸 雅章 / 筑摩書房

映画の世界でもテスラが取り上げられたことが何度かある。最近の映画では、競い合う二人の天才魔術師の虚虚実実の駆け引きを描いた「クリストファー・ノーラン/Christopher Nolan」監督、「プレステージ/The Prestige」(2008)。テスラはこの映画の中で脇役として登場するが、なんと「デヴィッド・ボウイ」が扮している。



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そしてテスラについて囁かれている影の部分、「マッド・サイエンティスト」、実はこちらの方もすこぶる面白いのだ。「フィラデルフィア・エクスペリメント(フィラデルフィア実験)」事件をご存知だろうか?第2次世界大戦中に米海軍が物体消失実験を行い、これにテスラが関与していたとされているのだ。もちろん事件の存在そのものも含めて真偽のほどはかなり疑わしいのだが ・・・ 。

1943年、第二次世界大戦のさなか、アメリカのフィラデルフィアで驚くべき実験が行われたという。アメリカ海軍が行ったこの実験の目的は、レーダーから放射された電波を吸収して、軍艦をレーダーから見えなくするというものであった。ところが、フィラデルフィア実験では、軍艦はレーダーから消えたのではなく、人間の目から消えたというのである。実験台となった軍艦エルドリッジは、いったん消滅し、数百マイル離れたノーフォークに突然現れ、再びフィラデルフィアに現れた。つまり、ワープしたのである。さらにワープした軍艦エルドリッジの中では、異常な事態が発生していたという。この実験に、時空間を曲げるための巨大なテスラコイルが使われたというのだ。時空間を歪曲することができるほどの巨大な磁場を発生させるコイルなど存在するはずもなく、常識的にはこの事件は「ガセ」であろうと思う。

しかし、これはかなり有名な話で、しかも面白いため、SF映画の絶好の題材となった。娯楽映画の巨匠、「ジョン・カーペンター」が製作総指揮を務めたタイムスリップ・アドベンチャー、「フィラデルフィア・エクスペリメント」である。タイムスリップものとしてはかなり面白い映画に仕上がっていると思う。



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それから、私は聴いたことがありませんが、「テスラ」に心酔する5人組のロックバンド「テスラ」も存在します。その1987年のデビュー・アルバムは、「メカニカル・レゾナンス/Mechanical Resonance」(機械的共振)。



メカニカル・レゾナンス(紙ジャケット仕様)  テスラ / ユニバーサルインターナショナル

ロック・バンドはさておき、車とくれば、音楽は「ルート66/Route 66」をあげるしかないでしょう。

「ケーラフフォーニヤ・トリップ ・・・ 」なんて軽快にスイングするのは「ナット・キング・コール/Nat King Cole」の大ヒット曲聴いてみますか?

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これは珍しい。 「ローリング・ストーンズ/The Rolling Stones」がうたう8ビートの「ルート66」。

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近づく夏の気配

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梅雨の間の晴れ間、気温がぐんぐんあがる。山作業の作業着は、枝、ヤマダニなどから皮膚の保護ためデニムの長袖、だから汗が噴出してくる。気温はもう夏である。木々や虫なども一気に成長期を迎えている。土中の虫やミミズなどを探して、猪もいたるところで土を掘り返しているようである。作業場への登り道や作業中には暑さで気付かなかったが、帰り道で「ナツツバキ」が白い花を咲かせているのに気付いた。

 

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夏、春に花をつけた樹のいくつかが実をつける季節でもある。「ナツハゼ」も真っ赤な実をつけている。もう少し黒ずんでくると、食べごろを迎えるのだ。すこし酸味があるが、懐かしい味。

そして、「ヤマモモ」。公園にある数本の「ヤマモモ」は、どういうわけか、他のものに比べ抜きん出て大きな実をつける。かなり黄色く、赤く、色づきはじめ、実の表面に果汁が染み出してきていたので、これも7月中ごろには食べごろであろう。

 

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そして、美味いものをちゃんと知っている森の野鳥どもが、もう「ヤマモモ」の実を啄ばみに来ていた。

山はもう夏の気配に染まりだしている。

家に帰って、すこし夏っぽい曲のCDを聴きながら、伐採した「クロモジ」の枝で楊枝を削ってみた。部屋一杯に「クロモジ」の香りが充ち、なにかゆったりとして満ち足りた気分になった。

JAZZで演奏される夏の曲も数多い。「Summertime」、「The Summer Place(夏の日の恋)」、「The Summer Knows」、「Summer Breeze」、「Summer Wind」、「Summer Samba」 ・・・・・ などなど、いくつもの曲が思い浮かぶ。今日はまず「ビル・チャーラップ/Bill Charlap」率いる「ニューヨーク・トリオ/New York Trio」の演奏で「The Things We Did Last Summer(過ぎし夏の想い出)」をあげましょう。波の音が聴こえる渚で、或いは山稜に沈む夕日を眺めながら、グラスを片手に、じっくりと夏の夜に聴くには最高のアルバム。「i-POD」を手に入れるまでは、海外出張の鞄には、いつもこのCDが入っていた。



過ぎし夏の想い出  ニューヨーク・トリオ ビル・チャーラップ ジェイ・レオンハート ビル・スチュアート  ヴィーナスレコード

NYトリオの「The Things We ・・・」はYOUTUBEにアップされていなかったが、聴いてみますか? アルバム冒頭のピアノ・ソロ、「The Shadow Of Your Smile/いそしぎ」を。

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二曲目は、スウェーデンを代表する歌手兼女優の「モニカ・ゼタールンド/Monica Zetterlund」の歌う「Once Upon A Summertime」。北欧の無名に近い彼女の名前がジャズ・ファンの間で、世界的に有名になったのは、なんといっても64年に録音したアルバム「ワルツ・フォー・デビー」である。欧州をツアー中だった「ビル・エヴァンス・トリオ/Bill Evans Trio」と可憐なスウェーデンのジャズ・ヴォーカリスト「モニカ」による初レコーディング作品。リリカルな清涼感に満ち、初夏に聴くにふさわしい一枚。



ワルツ・フォー・デビー+6  モニカ・ゼタールンド・ウィズ・ビル・エヴァンス / ユニバーサル ミュージック クラシック

埋め込みができませんからクリックで「Monica with Bill Evans Trio “Once upon a Summertime” 」をどうぞ。 冒頭変なおじさんのMCがついていますが、モニカは2005年5月に、エバンスは1980年9月に鬼籍に入ってしまっているので、貴重なライブ映像です。

 

ひとときの静謐

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太閤秀吉が茶会を開いたという「久安寺」。

山、杉木立、紫陽花、水面、ひとときの静謐。

白夜を迎えた北欧の夏の夜を想う。

沈まない太陽、不思議だった真夜中のあの明るさと静寂。

ノルウェイのピアニスト、「トルド・グスタフセン/Tord Gustavsen」の奏でる静寂は・・。

「where breathing starts」、アルバム「Changig Places」より。

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「ジャズズのおやじ」も漫画好きだった

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いよいよ月刊漫画雑誌「ゼタ」が創刊された。といってもNHK朝の連ドラ「ゲゲゲの女房」での話である。お気づきの方も多いと思うが、この雑誌「ゼタ」は「月刊漫画ガロ」のことである。東京オリンピックの開催された年、1964年から2002年頃まで「青林堂」が刊行していた漫画雑誌で、初代編集長は、青林堂創業者の「長井勝一」氏。その誌名は「白土三平」の漫画「やませ」に登場する忍者「大摩のガロ」から取っているが、空前のスケールの題材と内容の「白土三平/カムイ伝」の連載が開始されたのは、創刊4号、1964年12月号からであった。

「カムイ」とは主人公である忍者、およびサブストーリーとして語られる狼の名前である。主にカムイ(非人)、正助(農民)、竜之進(武士)という三者三様の若者を中心に物語は展開されてゆく。旧来の漫画にはみられない様々な群像が入り乱れる骨太のストーリーが高く評価され、時代小説に比しても遜色ない漫画路線の礎を築いたとされる漫画である。階級社会である武士社会、最下層の非人階級などへの視点など左翼的な色合いを持ったストーリー展開は、大学生などを中心に支持され、最盛期は8万部を超えていたという。1971年に「カムイ伝」が終了すると「ガロ」の売上は徐々に下降線をたどり、出版界のゴタゴタ騒ぎに巻き込まれ、やがて休刊に追い込まれてしまった。(一部Wikipedia参照)

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実は、わたしはこの「月刊漫画ガロ」を「カムイ伝」連載開始の1964年12月号から1971年7月号までの全74回+増刊号の約80冊を持っていたことがある。当時、仕送りしてくれる親には内緒であるが、乏しい仕送りとバンドのバイト代などをやりくりして毎号買ったものである。この雑誌は、私の下宿の部屋からは門外不出としていたため、読みたい連中は私の部屋へと通ってきたものである。長い間手元に持っていたが、現在の住まいに替わるのを機会に処分してしまった。いまから考えると惜しいことをしたものである。

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大学生など比較的高い年齢層の読者に支持されたこの雑誌はまた、漫画界の若手、異才をあまた輩出した雑誌でもあった。思い出してみると、「水木しげる/鬼太郎夜話」、「林静一/赤色エレジー」、「滝田ゆう/寺島町奇譚」、「つげ義春/ねじ式」、「永島慎二/漫画家残酷物語」、 「杉浦日向子」、「赤瀬川原平」、「池上遼一」などの作家や作品が浮かんでくる。中でも、「つげ義春」のシュールな作風や、「林静一」の繊細で叙情的なタッチが好きであったし、影響も受けた。「ガロ」に連載された「林静一」の代表作、「赤色エレジー」は、1972年「あがた森魚(もりお)」の歌でヒットし、時代の風俗を象徴するような作品でもあったのである。

 

「ゲゲゲの女房」の時代背景は、私の高校から大学の時代とちょうど一致するのだが、「ガロ」は「話の特集」、「スイング・ジャーナル」などと並んで、我が青春の中でも大きな位置を占めていた雑誌であった。自分の将来像などあまり考えることもなかったが、何かいいことがあるかもしれないぐらいに考えて突っ走っていた懐かしき良き時代。「ゲゲゲの女房」ならぬ「ジャズズのおやじ」の古~い昔話ですが ・・・。

「ガロ」編集長 (ちくま文庫)  長井 勝一 / 筑摩書房

相当前からであるが、コンサートにも行き、密かに私が贔屓にしているシンガー・ソングライターがいる。「浜田真理子」。彼女のスタジオ録音3作目のアルバム「夜も昼も」のジャケットは、なつかしや「林静一」のイラストであった。(参照「化学反応」松江・宍道湖のほとりから~浜田真理子の世界~ ) 



夜も昼も  浜田真理子 インディペンデントレーベル

まっ、一度彼女の歌声聴いてみてください。 私が最初に出会った「浜田真理子」の歌、「月の記憶」。

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連ドラ「ゲゲゲの女房」から大きく話がそれてしまったが、ミーハー的な芸能の話題に戻すとしよう。「ゲゲゲの女房」で主演の「松下奈緒」は市内のH高校の出身である。最近私の住んでいる街の出身者が色々なところで活躍しているのを聞くと、郷土愛とまでは行かなくても、うれしい気がする。テニスのウィンブルドン大会、今年の「全英ローンテニス選手権大会」に出場していた「奈良くるみ」選手は、となりのD団地の出身、ヤクルトの前監督「古田敦也」はM高校出身。アコースティック・ギターの全国大会(フィンガー・ピッキング・ディ)で最優秀賞をとった「井草聖二」、最近「トイレの神様」で話題になっているシンガー・ソングライターの「植村花菜」も同じ市内の出身である。

聴いてみますか? 「植村花菜」の「トイレの神様」。
観てみますか? 「井草聖二」のフィンガー・ピッキング奏法。  
 



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