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「映画の街」の映画祭

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兵庫県には、かっては「映画の街」としてにぎわっていた街が二つある。そして、いずれの街でも最近「映画祭」が相次いで開かれる。ひとつは、宝塚市、もうひとつは神戸市である。そんな話題から ・・・ 。 

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(宝塚映画製作所最後の176本目の映画、熊井啓監督「お吟さま」(1978年))

宝塚には1938年(昭和13年)、旧宝塚ファミリーランド内にスタジオが設けられ、「映画の街」の歴史が始まった。「宝塚映画」である。しかし戦時体制下、政府の統制は映画製作にもおよび、政府は当時10社あった映画製作会社を3社に統合。「宝塚映画」は「東宝」(東京宝塚)に合流し、41年11月30日、撮影所は閉鎖された。戦後、1951年8月、株式会社「宝塚映画製作所」が設立され、大きな期待をされたが、撮影所が火災にあうという悲劇を迎えた。しかし、1956年4月、ついに新撮影所が完成、小津安二郎、黒澤明、木下恵介、久松静児、古沢憲吾などの巨匠監督が宝塚を次々が訪れ、宝塚映画は黄金時代を迎える。そして、映画会社が自社の俳優を拘束する「5社協定」に入っていなかったため、三船敏郎や仲代達矢、田中絹代ら多くの俳優たちが宝塚の街に泊まり込み、映画製作に力を注いだという。だが日本映画の衰退とともに活気はなくなり、次第にテレビ・ドラマの製作が中心となり、映画作りの一大拠点として176本の邦画を送り出した「宝塚映画製作所」は、1983年に事実上閉鎖された。

大震災を経験し、かって撮影所があった宝塚ファミリーランドも閉鎖され、「映画の街」の面影もすっかり失われようとしていたが、1999 年に阪急売布神社駅前に、私も時々行く映画館「シネ・ピピア」が完成したこともあって、地元の皆さんによって、名画がかつて製作された「映画の街・宝塚」の文化復興を目的に、埋もれていた作品を掘り起こそうと、2000 年から「宝塚映画祭」が始まった。今年は第11回 10月30日-11月5日に開催される。

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                   (メリケンシアターの碑)

映画評論家「淀川長治」さん出身地でもある、もうひとつの「映画の街・神戸市」は、エジソンが発明した、のぞきからくり式映画「キネトスコープ」が、1896年、日本で最初に上陸した街である。メリケン・パークにはそのことを記念した碑やオブジェが建造されている。そして映画上陸から100年後に「神戸100年映画祭」は始まった。前年の阪神淡路大震災を受けて「心の復興」を旗印に始まったという。特別顧問だった「淀川長治」さんの遺志を継ぎ、古い映画に力を入れている。今年は第15回、10月27日から、「神戸新聞松方ホール」など市内4会場で開かれる。

かって神戸には「東の浅草、西の新開地」とよばれるほどの賑わいがあった歓楽街があった。「新開地」である。映画館がずらっと軒を連ねていたというが、今は見る影もないほどさびれている。最近は、さすがにそこまで行く元気はないが、定年直後は時々行っていた、アートシアター系の「神戸アートビレッジシアター」と良心的な作品を上演する廉価な単館系の「パルシネマしんこうえん」の2館が健在。そんな新開地で女性スタッフが企画した女性限定、男子禁制の映画祭、「新開地映画祭」が開かれる。性愛を描いた7作を女性限定、トークショー付で上映するというユニークな映画祭。こちらは10月29日-31日。

紹介した3つの映画祭は、映画の衰退とともにくすんでしまい、さらに大震災で元気を失ってしまった街を映画で元気付けようと、市民が中心となった手作り運営の映画祭。レッド・カーペットもトロフィーもないけれど、大きな拍手だけは贈りたいものである。「ブラボー!!」。

ファンタジーの名手「レイ・ブラッドベリ」にこんな長編小説があった。「黄泉からの旅人」。ハロウィーンの夜、映画スタジオと隣り合う墓場で起きた怪事件。生き返った死者、怪物、秘密の地下道…。往年の怪奇映画への愛惜の念をこめ、ブラッドベリが綴る古きよき映画時代へのノスタルジー溢れるオマージュ。



黄泉からの旅人  レイ ブラッドベリ / 文藝春秋

古きよき映画へのオマージュ的傑作映画といえば、「ジュゼッペ・トルナトーレ/Giuseppe Tornatore」監督のイタリア映画、「ニュー・シネマ・パラダイス/New Cinema Paradise」。

第二次世界大戦直後のシチリア島。村唯一の娯楽は、映画館『パラディソ座』だった。映画の魅力にとりつかれた少年トトと、彼が父代わりに慕った映画技師アルフレードとの心のふれあいの物語。この映画も劇中、「駅馬車」「揺れる大地」などの往年の名画がでてくる。トルナトーレ監督は、シチリア島出身で、本作で1989年アカデミー外国語映画賞を受賞した。これぞ感動のシネマへの郷愁「ニュー・シネマ・パラダイス」。



ニュー・シネマ・パラダイス 完全オリジナル版 [DVD]  角川映画

そして、この映画の音楽監督は、マカロニ・ウエスタン「夕陽のガンマン」、「荒野の用心棒」のテーマ曲で一躍有名になり、いまはもう押しも押されぬ映画音楽の巨匠「エンニオ・モリコーネ/Ennio Morricone」。テーマ曲は、数多くのミュージシャンが、カバーをしている名曲。さて、イタリアの若き名手であり、若手ハード・バップのJAZZクインテット「ハイ・ファイブ/High Five」を率いるリーダの「ファブリッツィオ・ボッソ/Fabrizio Bosso」をおすすめしておきましょうか。元々のオリジナル・アルバムは「you’ve Changed」というタイトルであるが、タイトルを変えた方が売れやすいと思ったのか、日本のレコード会社の悪い癖というか、浅知恵で勝手にタイトルを「ニュー・シネマ・パラダイス」と変更してリリースしたアルバムである。ややスムースJAZZ的であるが、夜憩いながら聴くにはもってこいのアルバム。
このボッソといい、イタリア系米人の「ドミニック・ファリナッチ/Dominick Farinacci」といい、かっての「ニニ・ロッソ/Nini Rosso」の例もあるように、イタリア人には、なぜかトランペットなどの管楽器の名手が多い。



ニュー・シネマ・パラダイス  ファブリッツィオ・ボッソ / EMIミュージック・ジャパン



You’ve Changed  Fabrizio Bosso / EMI

「Fabrizio Bosso -Nuovo Cinema Paradiso」、ストリングスとともに ・・・。 
 
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もう一枚、憩いながら聴ける「ニュー・シネマ・パラダイスのテーマ」として、ともにミズーリ州出身というJAZZベースの大御所と人気ギタリストのデュオ「チャーリー・ヘイデン&パット・メセニー/Charlie Haden & Pat Metheny」の「ミズーリの空高く/Beyond the Missouri Sky (Short Stories)」をあげておきましょう。哀愁を帯びたセンチメンタルな楽曲が並ぶこのアルバム、私は現役時代、通勤帰りの電車の中で聴いていて、思わず寝過ごしてしまったことが何回もある心地よいアルバム。



ミズーリの空高く  チャーリー・ヘイデン&パット・メセニー / ポリドール

では、「Charlie Haden & Pat Metheny – Cinema Paradiso ( Love Theme )」をいくつかのスチルとともに ・・・。

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2 Responses to “「映画の街」の映画祭”


  1. 神戸住まいの映画音楽好き
    on 10 月 29th, 2010
    @ 10:09 AM

    宝塚映画祭と神戸100年映画祭。
    どちらも懐かしさいっぱいの紹介に、その感慨で思わずコメントしちゃいます。
    当時の名画「ここより永遠に」「第三の男」「センチメンタルジャーニー」「駅馬車」「死刑台のエレベーター」「ひまわり」「二人でお茶を」「カサブランカ」etc. 素晴らしい映画音楽がラジオから聴こえてきた古き良き時代。
    何れも当時、巷の子供たちで謳われてた新開地の映画館「♪~え~とこ え~とこ しゅーらっかん♪♪~」へ見に行ったものです。
    懐かしさを思い起こさせてくれて~ありがとう!


  2. 大屋地 爵士
    on 10 月 31st, 2010
    @ 4:21 PM

    「神戸住まいの映画音楽好き」さんへ  CGだ、3D、ドルビーだと技術はすごい勢いで進んでいくのですが、あげられた懐かしい映画を超える映画がなかなか出てこないのはなぜでしょうか?

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