老いても一人で自宅で暮らす道を選択した母親のケアために、帰省を繰り返している。もう年のため、今の母の楽しみといえば「デイ・サービス」とテレビのようであるが、かっては、結構多趣味な母親だった。私たち子どもが独立してからは、趣味に没頭し、手芸、日本舞踊、カラオケ、園芸、和紙人形、短歌など、どこにそんな暇があるのかと思うほど多趣味であった。しかし、ここ10年位前までは、和紙人形と短歌に打ち込んでいたようである。関西に住む私の元へ何回か来たこともあるが、短歌のアイデアを得るために、明日香や奈良の古寺、旧蹟を訪れるの楽しみにしていた。そんな趣味も、もう年のため楽しむことはできなくなってしまった。
私の手元に、母が属していた短歌の会の歌集がある。発行の都度、私に送ってきたものである。あまり多く自分の子ども時代を語ることがなかった母であったが、幼くして両親が他界し、年の離れた兄、姉に育てられたため、どちらかといえば内省的な少女で、「与謝野晶子」、「北原白秋」、「中原中也」、「竹久夢二」などに夢中になった、いわゆる「文学少女」であったようだ。そんな少女時代の残り火が、人生の後半になってからの短歌熱を目覚めさせたようである。
私が短歌にいささか興味があるのも、間違いなく母親の影響であろう。私が故郷、松本に住んでいたのは19年間。離れて暮らしていた期間の方が圧倒的に長いのだ。そして、実家に残されている大量の和紙人形と、和歌の習作メモ。もう年老いて、かっての趣味を楽しむことはなくなったしまった母の曲がった背中をみると、どんな私の知らない人生を過ごしてきたのかという感慨をもってしまう。帰省から帰って、母の歌集を開いてみた。家族への遠い思い出を詠んだ歌のいくつかが載っている。母のエレジー ・・・ 。
遥かなりし祭り屋台の賑わいを思ひ出させて遠花火する
幼らに赤き塗り下駄買ひやりし正月は遠く寒椿咲く
離(さが)り住む息子との年月数へみる学生服のボタン出で来て
そんな母にイギリスへの出張の土産にとあげた陶製の人形がある。現在はウェッジウッド(Wedgwood)の傘下に入っている老舗イギリス・コールポート社(Coalport China Ltd)の人形である。たしか、ヒースロー空港で買い求めたもの。「麗人が踊っているように見えるわね」と言って、大変喜んで、大事に飾っていたものである。
しかし、もうそんな人形を私からもらったことさえ母は忘れていた。確か、この人形を歌った短歌があったはずであるが、その歌も歌集には見当たらず、記憶のかなたへ消えてしまったようである。そして、私の手元に引き取ったこの人形が、やがては歌集などとともに母の形見となるのであろう。
「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ/Europian Jazz Trio」が「アバ/ABBA」のヒット曲「ダンシング・クイーン/Dancing Queen」を奏でるのは、アルバム「哀愁のダンシング・クイーン」。「哀愁のリベルタンゴ」と「哀愁のヨーロッパ」に続く「哀愁」シリーズ第3弾は、いつものようなジャズ・スタンダードやクラシック素材を一切使わず、「アバ」や「シンディ・ローパー」らのポップ・ヒッツを見事にJazzアレンジ。「なごみと癒しの風に乗ったEJTの新たな表情」とは、ある雑誌によるこのアルバム評。

哀愁のダンシング・クイーン ヨーロピアン・ジャズ・トリオ / エム アンド アイ カンパニー
ABBAの大ヒット曲をEJT風のJAZZの味付けで ・・・。 「Dancing Queen」。

Teruo
on 11 月 5th, 2010
@ 6:09 PM:
お母様のおはなしを読んでいるうちにふと、今詩集が話題になっている柴田トヨさんのことを思い浮かべてしまいました。
大屋地 爵士
on 11 月 5th, 2010
@ 10:56 PM:
Teruoさん 「柴田トヨ」さんというと、なんと90歳代になってから詩作を始め、その初の詩集が話題になっているという方ですね。読んだことはありませんが、そのお年で創作意欲を持っているなんてすばらしいことですね。