JAZZYな生活

プレミアムエイジ ジョインブログ

サウダージの夏(5) ~ やはり向日葵は夏の花 ~

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青空や里山をバックに、太陽にまっすぐ向いてすくっと立っている「ヒマワリ」を見ると、この暑さのなか健気に感じて気持ちがいい。実家の周りにも多くの「ヒマワリ」が咲いている。やはり向日葵は夏の花である。「ヒマワリ」は、「日回り」と表記されることもあり、また、「ニチリンソウ(日輪草)」、「ヒグルマ(日車)」、「向日葵」を音読みして、「ヒュウガアオイ」とも呼ばれる。

和名の由来は、太陽の動きにつれてその方向を追うように花が回るといわれたことからという。若い「ヒマワリ」の茎の上部の葉は、太陽に正対になるように動き、朝には東を向いていたのが、夕方には西を向く。日没後はまもなく起きあがり、夜明け前にはふたたび東に向く。その運動を飽きもせず繰り返すというが、そこに健気さを感じてしまう。(Wikipedia参照)

そして、映画「ひまわり」や「屋根の上のバイオリン弾き」での息を呑むような「ヒマワリ」の群生のシーンも忘れられない。

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さて、今宵のサウダージは、「芸能山城組」。「山城祥二」氏に率いられたパフォーマンス集団で、日本にブルガリアン・ヴォイスを広め、その後、ケチャのパファーマンスで有名になるなど、世界の民族音楽の多様性を知らしめた集団である。アニメ「アキラ」の音楽を担当した事でも知られている。最近はあまり話題にならなくなったが、一時期、「題名のない音楽会」などによく出ていた。

そんな中で、「輪廻(りんね)交響楽」、「恐山」など、日本や仏教、神道をモチーフにしたアルバムもいくつかあるが、わらべ唄、声明、三味線音楽などを取り入れたアルバム、「やまと幻唱」の中で歌われた「合唱刈干切唄」が忘れられない。宮崎県高千穂地方の民謡で、茅(かや)を刈り取るときの仕事歌。「幻唱」とあるように、もう幻想の中にしか存在しないかもしれないが、古き「ニッポン」の原風景へのサウダージ。

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やまと幻唱
芸能山城組/ビクターエンタテインメント
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サウダージ世界編といってもいいベスト・アルバム「芸能山城組入門」でも聴くことができます。

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芸能山城組入門

芸能山城組 / ビクターエンタテインメント



アルバムからサウダージを感じる彼らの代表曲、「合唱刈干切唄」を ・・・。

「合唄刈干切唄 -芸能山城組」

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真夏の一日は神戸案内人に

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三男が首都圏から帰ってきた。いわゆるUターン。8年間首都圏であるメーカー勤めをしたが、その会社にも首都圏にも馴染めなかったようで、さっさと転職先を神戸に探し、住む先も決めて8月から新天地で頑張るという。新居の確認と再就職のお祝いにと久しぶりに神戸まで出かけた。

新居を訪れ、場所を確認してから、私たち夫婦ご贔屓の旧居留地にあるレストランで昼食。そのあとは、神戸の遊び場を知っておきたいという息子のリクエストに応えて、旧居留地界隈から、ハーバーランド、ポートアイランド、神戸空港、六甲山 ・・・へと。街から海へ、そして山へと、真夏の一日は神戸案内人に。

さて神戸は日本のJAZZ発祥の地。そして、私がジャズ・ピアノ、とりわけヨーロッパのアーティストを贔屓にしていることは、このブログに何度となく書いてきた。そんなヨーロッパのジャズ・ピアニストと同じ雰囲気、美学や資質を感じる日本のジャズ・ピアニストが「大石学」である。

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1963年、横浜生まれのジャズピアノ・キーボードプレイヤー、編曲家。「ヤマハ ネム音楽院」卒業後、プロとしての活動をはじめる。「阿川泰子」、「松山千春」、「野口五郎」等のレコーディング・コンサートツアーに参加しつつキャリアを積んだという。私が知っているだけでも、「レディ・キム/Lady Kim」、「ケイコ・リー」、「伊藤君子」、「石野見幸」、「土岐麻子」などとのレコーディングやステージに、アレンジャー、歌伴として参加している。

1997年に初リーダー・アルバム「Tears Rained Down」をリリース。2002年、「イーストワークス・エンターティメント(ewe)」より、「大石学トリオ」の1st「PAITED DESERT」を発表、以後2005年までの間にトリオ名義で4枚、トータルでは7枚のアルバムをeweから発表している。 また、2010年からは、澤野工房から、勝手紹介したことのある、「Water Mirror」「Gift」「ETERNAL」などをリリース。

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eweからの数枚が、7月で廃盤予定と聞いたので、2006年発売の「Voyager」を入手し早速聴いてみた。澤野工房からの一連のシリーズでは、美メロ、透明感といった面が強く出ていたように感じたが、このewe時代の大石は、もっともっと疾走感やダイナミズムに溢れているように感ずる。

彼がピアノを弾くきっかけは、「本田竹広」氏と「ジョー・サンプル/Joe Sample」だったという。16才の頃、「ネイティブ・サン/Native Son」のコンサートを観、同じ頃FMで、「ジョーサンプル」のソロ、「虹の楽園」を聴き、17才の時、文化祭で「完コピ」を披露したという。故「本田竹広」氏へ捧げたタイトル曲、「ボイジャー」を含む9曲のオリジナルと、絶妙なインタープレイが冴え渡る「チャーリー・パーカー/Charles Parker」の「コンファメーション/Confirmation」を収録。ピアノに加え、ハモンド・オルガン、ピアニカを操る「大石学」。見事なインプロヴィゼーション、入魂のベースは「米木康志」。冴えるリズムを刻む「原大力」。

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大石学トリオ / ewe records

このアルバムの楽曲は残念ながらアップされていません。アルバム、「TOSCA」からタイトル曲をアップしておきます。

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大石学 / インディペンデントレーベル

「TOSCA - 大石学」

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出典は不明ですが、多分自宅でのプライベートな録音でしょうか。ソロを ・・・。

「Amazing Grace ~ Peace - 大石学」

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路傍の花、樹々の鳥(86) ~ クマゼミの夏 ~

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梅雨が明けたら、この地域で一番先に鳴き出すのは、「ニイニイゼミ(ニイニイ蝉)」。それが、いつの間にか「クマゼミ(熊蝉)」のシャカシャカという鳴き声に代わっている。昔は、セミの鳴き声と言ったら、その代表は「ミンミンゼミ(ミンミン蝉)」であったが、いつごろからかめっきり減ってしまい、最近では聞こえると、「あっ、ミンミン蝉だ」と珍しがる始末である。

「クマゼミ」は南方系のセミであるため、棲息数は西日本地域に多いという。そのため、故郷・信州で子供の頃は、「クマゼミ」の声を聴いた記憶がない。関西に来て、初めて知ったセミ。黒っぽい体に透明の翅を持つ日本最大のセミであるが、昔は関西でもこんなに多くはなかったらしい。気候の温暖化のためか、段々と北上し、最近は関東地方などにも分布を広げていると聞く。

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さて、夏の音楽、ハワイアン、昭和のイージー・リスニング、「ビリー・ヴォーン/Billy Vaughn」と続けて、残るはエレキ・サウンド。思い切り陽気に暑さを吹っ飛ばす「ブライアン・セッツァー/Brian Setzer」はいかがでしょうか。彼も私の夏の定番。エレキ・サウンドというより、ロカビリー・サウンドといったほうが正しいでしょうか。決して彼の音楽が「クマゼミ」のようだというわけではありません。念のため ・・・。

金髪のリーゼント、上半身刺青の火の玉エレキおじさん、「ブライアン・セッツァー」。1959年、ニューヨーク生まれのミュージシャン、ギタリスト。なんと今年56歳です。1979年に「ストレイ・キャッツ/Stray Cats」を結成し、そのボーカル、ギター担当としてネオ・ロカビリー・ブームで一世を風靡した。1990年には、「ブライアン・セッツァー・オーケストラ/The Brian Setzer Orchestra」を結成。平行してソロ活動も行っている。

ビッグバンドの4枚目のアルバムが、「ヴァヴーム/Vavoom!」。「ペンシルヴェニア 6-5000 」、「イン・ザ・ムード」、「キャラヴァン」などを、フルバンドをバックに、エレキをノリノリで弾きまくる、歌いまくる。

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Brian Setzer / Interscope Records

2001年、第43回グラミー賞の最優秀ポップ・インストゥルメンタル部門賞を獲得した代表作の一枚。「Pennsylvania 6-5000」、「イン・ザ・ムード/In the Mood」のスイング感は極めて印象的であり、「キャラバン/Caravan」のノリは、「ベンチャーズ/The Ventures」や「デューク・エリントン/”Duke” Ellington」とはまた違って楽しい。スイングとロカビリーを融合したような楽しさにすっかり虜になってしまうかもしれません。

「Brian Setzer Orchestra – Pennsylvania 6-5000」 日本公演ライヴから。

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「Brian Setzer Orchestra -Gettin’ In The Mood」

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「CARAVAN - The Brian Setzer Orchestra」

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3rdアルバムは、「ダーティー・ブギ/The Dirty Boogie」。聴けば全身アドレナリンが充満してくる。

The Dirty Boogie

Brian Setzer / Interscope Records

まさに客席と一体になった火の玉ライブ、たぶんこんなオジサン?ジイサン?は世界にセッツァー一人だけかも。

「Brian Setzer & Orchestra – Dirty boogie」

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サウダージの夏(4) ~ 主なき庭の手入れをしながら ~

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今回の帰省の目的(?)の一つは実家の庭の雑草刈り。庭と言っても90坪ほどあり、雑草といっても、前回刈ったのが6月の初め、1ヶ月半近く経っているから、この時期の数や丈は半端じゃないのである。前回同様、「ヘクソカズラ(屁糞葛)」や「ドクダミ(蕺草)」に手を焼きながら、なんとか1日で刈り終えた。その甲斐あって、今は観る人のいない主なき庭ではあるが、花の美しさが際立つようになった。母親が好きだった花々に思いを馳せる夏でもある。

松本地方は、方言や訛りが強い地方ではないと思うが、それでも食材の買出しなどにいく地元のマーケットで耳にする信州弁・松本弁には懐かしさを感じてしまう。方言、お国訛り、言葉がサウダージのベースにあるということは、朝ドラなどの人気をみてもわかるとおりである。

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さて、東北弁でジャズを歌った女性歌手がいる。「伊藤君子」。日本人女性ジャズ歌手では私が最もご贔屓にしている歌手である。わたしは信州で生まれ育ち、仙台で一時期学生生活を送っていたためか、かっては、関西弁より、むしろ東北弁により親近感があった。

ジャズを東北弁で歌う。そんな発想はどこから生まれたのであろうか。彼女はこんなふうに語っている。『きっかけは、青森に毎年お仕事に行かせて頂いていたんですね。そこで伊奈かっぺいさんとお会いできることがありまして、いろんなお話をしているうちに「津軽弁でジャズをやってみたら、おもしろいんじゃないか」とおっしゃって下さって、やってみましょう、ということになりました。 ・・・・だから、かっぺいさんにそのお話を頂いた時「あ、これはおもしろいな、」と思って、(アルバム制作にあたってはジャズのスタンダードを)日本語訳にしなくてはいけないこと、かっぺいさんに考えて頂くこともあるし、かっぺいさん以外の方にも助けて頂きましたし、その準備で1年半くらいかけたかと思います。あのね、聞く人によってはフランス語みたいに聞こえるとか、どこの言葉なんだろう、とか全く日本語に聞こえないというところが面白いんだと思います。」

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「伊藤君子」に「津軽弁でジャズを歌って欲しい!」という「伊奈かっぺい」氏のリクエストに、津軽弁に惹かれていた彼女は喜んで応え、5曲の「津軽弁のスタンダードナンバー」が出来た。それが、アルバム、「ジャズだが?ジャズだじゃ! ~津軽弁ジャズ~」。最初は一部限定のリリースだったが、2009年に一般にもリリースされた。

「伊藤君子」。1946年香川県小豆島町生まれのジャズ・シンガー。4歳のとき、ラジオ番組から流れる「美空ひばり」の歌声に魅了され、歌手を志したという。1982年、ポップ・演歌歌手としてデビューしたが、その後、ジャズ・ピアニストとの出会いをきっかけに、ジャズ・シンガーの道へ進み、1984年には半年間ニューヨークに滞在し、音楽修行した。1989年、アニメーション映画「イノセンス」の主題歌をタイトルとし、日米同時発売されたアルバム、「フォロー・ミー/Follow Me」が米国ラジオ&レコーズ誌のコンテンポラリー・ジャズ部門の16位にチャートイン。その後も幅広い活動を続ける。2000年にリリースしたアルバム「KIMIKO」はスイングジャーナル誌2000年度ジャズディスク大賞受賞。

ジャズだが?ジャズだじゃ!~津軽弁ジャズ~

伊藤君子 / ビデオアーツ・ミュージック

パーソネルは「伊藤君子(vocal)」の他、アレンジとピアノを「大石学」、ベースを「坂井紅介」、ドラムは「海老沢一博」が勤めている。企画者でもある「伊奈かっぺい」が一極だけオリジナルで参加しているのもご愛嬌。

「大石学」の印象的なピアノから始まる冒頭の曲は、「My Favorite Things(私の好ぎなもの)」。

「My Favorite Things - 伊藤君子」

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今年もビオトープで鰯缶舟を浮かべる

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今日は、子供たちと工作をして遊ぶイベントの日。例年7月は、鰯缶の空き缶でポンポン船をつくって遊ぶ。名づけて「ポニョの船」。夏休みに入り、公園は水遊びができる格好の場所があるので、親子連れの来園者で一杯である。

船本体となる楕円形の鰯の缶詰の空き缶。これがエンジンとなるが、コイル状に巻いたアルミ・チューブ。そして火皿となるアルミのキャップ、固定用の針金、市販の固形燃料。材料は、基本的にはこれだけである。作り方はいたって簡単。船の後部となる缶に穴を開け、先端が水に沈むようにコイルを突き通し、針金で支える。そして、コイルの下に固形燃料を入れる火皿を作れば、基本的に完成。後は舵や旗などの思い思いの飾りをつけて船らしくする。

早速できた船は、ビオトープに浮かべる。火皿に固形燃料を入れ、アルミ・チューブのコイル部分を熱すれば、しばらくたって鳴動を始め、ゆっくりと走りだす。波紋を描きながら、ゆっくりと進んでいく姿は、なんともレトロでアナログ。

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ビオトープの周辺には、今は産卵時期で、鮮やかな黄色で小型のとんぼ、「キイトトンボ(黄糸蜻蛉)」が集まっている。北海道・沖縄以外のほぼ日本全域の平地や丘陵地の挺水植物がよく繁茂した池沼や湿地に生息するという。鰯缶船の上には「シオカラトンボ(塩辛蜻蛉)」に混じって、多くの「キイトトンボ」が飛び交い、番(つが)い、水草に産卵する姿が観察できる。

さて、今宵の音楽、小舟にちなんだボサノバに「小舟/O Barquinho(ウ・ヴァッキーニョ)/My Little Boat」という名曲がある。作曲「ロベルト・メネスカル/Roberto Menescal 」、作詞「ロナウド・ボスコリ/Ronaldo Boscoli」。

「♪ 輝く太陽 お祭りのような日差し/小船は海の滑らかな青さの中を/静かにすべっていく ・・・ ♪」

古くは「ペギー・リー/Peggy Lee」、「ポール・ウィンター/Paul Winter」、「ワルター・ワンダレイ/Walter Wanderley」、最近では、「エミリー・クレア・バーロウ/Emilie-Claire Barlow」など多くのミュージシャンが歌唱、演奏しているが、まずは定番、ジョビンなどのボサノバ創世期のメンバーの一人、「ナラ・レオン/Nara Lofego Leão」にしましょうか。

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「ナラ・レオン」。1942年生まれ。ボサノバ創生期、学生たちの間で「ミューズ、女神」と呼ばれたが、軍事政権下のブラジルで、自由を求め、ブラジル政府批判を繰り返したため、軍部に徹底的に目をつけられた。結局、1968年ナラは「カエターノ・ヴェローゾ/Caetano Veloso」、「ジルベルト・ジル/Gilberto Gil」等と同様パリに亡命し、ボサノバと決別した。しかし、自身の出自と向き合いボサノバとの和解を決意し、1971年、堰を切ったように、シンプルなギターの伴奏で、全編ボサノバの定番をうたうアルバム「Dezanos Depois(美しきボサノバのミューズ)」を録音する。カムバックした「ボサノヴァの女神」、1989年持病の脳腫瘍が悪化し、47歳で永眠した。そんな彼女のベスト・アルバムが「ジサフィナード~ベスト・オブ・ナラ・レオン」。

ジサフィナード~ベスト・オブ・ナラ・レオン

ナラ・レオン / ユニバーサル インターナショナル

「Nara Leão – O Barquinho」

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優しく歌ういやし系ヴォーカル「アン・サリー/Ann Sally」の歌唱も上げておきましょうか。デビュー・アルバム、「ヴォヤージュ/Voyage」から。

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アン・サリー / ビデオアーツ・ミュージック

「アン・サリー - O Barquinho」

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夏の楽団、昭和の楽団

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TVのニュースで水都・大阪の最大の祭り、「天神祭」の様子を報じている。(写真はNETより拝借) 大阪市内に住んでいた頃、行ったことはあるが、その人出にへきへきしてもう永い間行っていない。大阪人はこの祭りの賑やかなお囃子を聞き、船渡御と数千発の花火が打ち上がるのを見ると、夏が来たと感じるようだ。たしかにあのリズミカルなお囃子を聞くと心が浮き立つ。そして、天神祭りとなれば、「鱧(はも)」を食さねばならない。祭りのニュースを横目で見ながら、「鱧」と「冷酒」。いや、日本の夏ですな ・・・。

私のような昭和世代の人間にとっては、ハワイアン、エレキサウンドに並ぶ「夏のサウンド」、或いは「夏の楽団」といえば、「ビリー・ボーン楽団/Billy Vaughn and His Orchestra」ではないでしょうか。

夜、ラジオから流れてくるポピュラー音楽に、耳をそばだて、かじりついていたものである。音質なども今に比べ、はるかに比べ物にならなかった時代であったが、その音楽の持つ新鮮さと魅力は、今聴くどの音楽よりも優っていたのではないだろうか。

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「ビリー・ヴォーン/Billy Vaughn」。アメリカの歌手、マルチプレイヤー、指揮者。1919年、ケンタッキー州生まれ。3歳の時からマンドリンを学び初め、以降も様々な楽器の演奏を習得したという。1954年、テネシー州の「ドット・レコード/Dot Records」に音楽監督/A&R担当として起用され、同時に自身の楽団を結成。シングル「愛のメロディー/Melody of Love」をリリースし、ビルボードのシングル・チャートに27週間ランキングされるヒットとなった。その後10数年に渡って数々のヒット曲を生み出した。1991年、カリフォルニア州パロマーにて癌で死去。(Wikipedia参照)

いくつもリリースされているベスト・アルバムの曲目を見ると、カバー曲がほとんどであるが、涼味あふれるサウンドによりオリジナルを凌駕するヒット曲になった。今見ても、たちどころにサクソホンのユニゾンを特徴とした「ビリー・ボーン・サウンド」が浮かび、懐かしさでいっぱいになってくる。’50年代末、こんな「ビリー・ヴォーン楽団」のサウンドが、ロックン・ロール台頭の時代の対極にあったのである。

「浪路はるかに」、「真珠貝の歌」、「夕日に赤い帆」、「白い渚のブルース」、「港の灯」、「砂に書いたラヴ・レター」、「峠の幌馬車」、「夏の日の恋」、「星を求めて」 ・・・・・。中学生の時に魅せられた洋楽の数々 ・・・。「ビリー・ヴォーン楽団」は、夏の楽団、懐かしき昭和の楽団である。

浪路はるかに~ビリー・ヴォーン・ベスト・セレクション

ビリー・ヴォーン / USMジャパン

ベスト・オブ・ビリー・ヴォーン

ビリー・ヴォーン / ユニバーサル インターナショナル

「浪路はるかに/Sail Along Silvery Moon - ビリー・ヴォーン楽団」

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「星を求めて/「Look for the star -  ビリー・ヴォーン楽団」

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「峠の幌馬車/Wheels - ビリー・ヴォーン楽団」

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「真珠貝の歌/Pearly Shells - ビリー・ヴォーン楽団」

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サウダージの夏(3) ~ 茜色の空に ~

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松本盆地の西に聳える北アルプスが朝日に輝く山並みも美しいが、茜色に染まる夕焼けをバックに「常念岳」が、その稜線のシルエットをくっきりと浮き上がらせる風景も美しい。盆地東側の山裾、私の実家があるところであるが、この付近は果樹栽培が盛んで、林檎園、葡萄園が連なっている。一部の早生の葡萄はもう出荷されて店頭に並んでいたが、本格的にはこれからである。もちろん林檎の実はまだまだ青い。

「山辺葡萄」というブランドで知られる葡萄の産地でもあるのだが、これから夏の陽によって、ますます甘い味をその中に閉じ込めながら熟していく。このあたりの葡萄は、米国で生まれた「デラウェア」が主体である。その昔、江戸時代中期、元禄・宝永の頃(1700年ころ)、甲府から甲州葡萄が導入され、家の庭先に植えられたことが、長野県の葡萄の最初とされている。しかし、暖地山梨に比べ気温が低いため、小粒で酸味がきつく、いいものが出来なかったため、大正初期に米国より「デラウェア種」を導入し、いろいろの改良を施して、いまのような大粒で甘い「山辺葡萄」になったという。そして市場に併設して、地区の農協が経営しているワイナリーとしゃれたレストランがあり、手軽な価格で、ワインや料理が楽しめるようだ。

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アルゼンチン、チリといった南米の国もワインの有数の産地である。サウダージを歌う歌手、今宵はアルゼンチンのフォルクローレのギタリスト、歌手、作家、吟遊詩人で、「歩く大地」と呼ばれた「アタウアルパ・ユパンキ/Atahualpa Yupanqui」。

「アタウアルパ・ユパンキ」(1908年1月31日 – 1992年5月23日)の名前は、インカ帝国歴代の皇帝2人の名をつなぎ合わせたものであるという。ブエノスアイレス州ペルガミーノで鉄道員の家庭に生まれ、のち父親の転勤によって北西部のトゥクマンに移る。父はケチュア系先住民の血を受け継ぎ、母親はバスク系移民。1929年、処女作「インディオの小径/Caminito del indio」でデビューし、1930-40年代に多くの作品を発表するが、その活動が反政府的と目されて1950年代初頭にはヨーロッパへの亡命を余儀なくされたこともある。その後アルゼンチンに帰国したが、後年には再び生活の拠点をフランスに移し、死の直前まで世界各国で演奏活動を行っていた。

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左利きであったが、特に左利き用のギターは使わず、「ジミ・ヘンドリックス/Jimi Hendrix」のように右利き用のギターに逆さまに弦を張り、演奏していた。そんな「アタウアルパ・ユパンキ」の代表作が「ツクマン(トゥクマン)の月/Luna tucumana」。「トゥクマン」とは、アルゼンチンの地方都市、「サン・ミゲル・デ・トゥクマン(San Miguel de Tucumán)」のことである。(Wikipedia参照)

私がこの人を知ったのは高校生の時であった。たしか視聴者参加のローカル・ラジオ番組に出演し、「トゥクマンの月」をリクエストをしたこともあった。以来、レコード、CDと50年間にわたり、受け継いでいる曲、アルバムである。(参照拙ブログ「男唄に男が惚れて(2)~アタウアルパ・ユパンキ インディオの魂を聴く~」 )

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アタワルパ・ユパンキ / 東芝EMI
ISBN : B000064TVX

これぞサウダージ、「アタワルパ・ユパンキ」の「トゥクマンの月」と「牛車にゆられて」。

「Atahualpa yupanqui ― Luna tucumana (トゥクマンの月)」

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「Atahualpa Yupanqui – Los ejes de mi carreta (牛車にゆられて)」

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土用の丑の日に ・・・

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信州から帰ってきたが、やはりこちらは暑い。ウォーキングしていても汗がダラダラ流れる。今日は「土用の丑の日」。かの「平賀源内」が、鰻屋に頼まれ、夏場の客の減少を食い止めるために考案したマーケティングとか ・・・。近所の魚屋さんの店先では、この暑さの中、関西風ですね、完全武装で鰻を焼いている。昨年、鰻の稚魚が豊漁だったため、今年は鰻もちょっぴり安いという。まあ、高ければ買わないだけと思いつつも、夕飯にと一尾買い求めた。

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夏の音楽といえば、私が学生の頃はハワイアンかエレキ・サウンドと相場が決まっていて、ビア・ガーデンなどは、学生バンドの絶好のアルバイト先であった。そんな時代の和製ハワイアンの人気歌手の一人が、「日野てる子」。

1962年、「全日本ハワイアン・コンテスト」(そんなコンテストがあったんですね)での優勝をきっかけに、1963年に上京。「バッキー白片」らに師事し、1964年、ハワイアン歌手としてデビュー。代表曲は1965年に発表した、「鈴木道明」氏作詞、作曲の「夏の日の想い出」。ハワイアンとは全く違う、スローテンポで哀愁のこもった曲であったが、100万枚を超えるミリオン・セラーとなったという。この曲は当初「ワン・レイニーナイト・イン・トーキョー」のシングルB面曲だったが、「夏の日 ・・・」の大ヒットにより、後にA面としてジャケットを差し替え発売されたという。結婚後家庭を持ち、活動を休止していたがカムバック。しかし、2008年、肺がんのため死去。63歳。

長いストレートの黒髪にハイビスカスの花を1輪飾って歌う。その姿が彼女のトレード・マークであり、いまでも鮮やかに覚えている。

「日野てる子 - 夏の日の想い出」

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サウダージの夏(2) ~ 想いは今も密やかに ~

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松本盆地の西に聳える北アルプス。我が実家は、反対の東の山裾の住宅地にある。すぐ近くは林檎畑、葡萄畑が斜面を覆い、蔵のある家が立ち並ぶ。そんな古くからある集落の路地を抜けると、「常念岳」が日に輝いてくっきりと見える。こんな地元の人にとっては、なんの変哲もない見飽きた風景も、私には美しいと感じる。そして、この集落の周りには、道祖神、地蔵堂、六地蔵、観音様、忠魂碑、開道碑、筆塚など、この地域の厚い信仰や豊かな歴史を物語る像や碑が多く点在している。そんなものを巡りながらひさしぶりのサウダージ・ウォーキングを楽しむ。

スーパーやお店ではこの時期になると、木の皮を巻いた「(盆)かんば」が並ぶ。「かんば」というのは、白樺(信州では「シラカンバ」とも呼ぶ)の木の皮を乾燥させたもので、8月13日夕刻の迎え火、16日夕刻の送り火として、各家の玄関先でこの「かんば」を燃やす。墓参りでも、墓の前で「かんば」を燃やす。その皮は油脂を多く含んでいるため、真っ黒な煙を大量に出す。これは信州(中北信)独特の風習のようだ。夕暮れの家の前で「かんば」が一斉に燃える。その炎の色と真っ黒な煙、そして独特の匂い。それもサウダージ。一ヶ月もすれば、お盆がやってくる。今年は、母親と妹の「新盆」。一瞬だが「かんば」のあの色と匂いが蘇った。

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さて、「サウダージ」を歌えることのできるもう一人の日本人女性歌手が「吉田慶子」。この人も私がずいぶんとご贔屓にしている「ボッサ唄い」。偶然CDショップで見つけた1枚のCDが彼女を知るきっかけであった。 その時も、これほどの「ボサノヴァ唄い」が日本にいたのかと舌を巻くほどの強い印象を持ったことを覚えている。そのアルバムは、「COMO A PLANTA ~ひそやかなボサノヴァ」(2007年)。ライナー・ノーツによれば、東京都出身。現在、福島県在住だという。幼少の頃からクラシック・ピアノを始め、ブラジル音楽、特にボサノヴァに魅せられてからは、ピアノをギターに持ちかえ、活動を開始。2000年には、単独でブラジルに渡り、半年程の滞在中に現地でレコーディング。それを、2001年にファースト・アルバムの「愛しいひと 〜bem querer」として発表した。(参照拙ブログ「ひそやかなボサノヴァ唄い ~吉田慶子~」

愛しいひと bem querer

吉田慶子 / インポート・ミュージック・サービス

コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ

吉田慶子 / オーマガトキ

その中から一曲。
  
「Keico Yoshida - Nunca (決して)」 残念なことに歌が途中で終わってしまいますが ・・・。

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「♪  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    あの日々 
     懐かしい思い出
      これも忘れずに伝えて
       私を眠りへといざなったのはあなた
         静かに暮らせるようにと

            決して  ・・・・・   ♪」    (訳:国安真奈 ライナーノートより)

彼女の歌、YOUTUBEにはほとんどアップされていません。されていても音質が悪いか、多分レコード会社の意向でか、最後が尻切れトンボ。珍しく最新作がフルでアップされていました。「カエターノ・ヴェローゾ/Caetano Veloso」の膨大なレパートリーから厳選した美しい10曲を歌ったアルバム、「カエターノと私/CAETANO e EU KEICO YOSHIDA」から。

カエターノと私

吉田慶子 / コアポート

「Keico Yoshida - Lindeza」

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サウダージの夏

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妹の一周忌の法事などで5日間の帰省。かっては真夏に、「信州に帰省します」というと周りから羨ましがられたものだが、最近は信州も日中はうだるように暑く、車の外気温計は35.5℃を示しているのでそれほど有り難みはなくなったかも。いや、故郷も暑くなったものだ。しかし、暑いといっても朝晩は涼しく、湿度も低い。

「七夕人形」、「ホオズキ(鬼灯、酸漿)」、「カブトムシ」 ・・・。松本市内、実家の近所のマーケットなどで見つけた夏のサウダージのいくつか。

「サウダージ/Saudade(サウダーヂあるいはサウダーデともという)」ポルトガル語がある。よくボサノバなどの歌詞で聴く言葉である。一般的には「郷愁」と訳されているが、単なる郷愁(nostalgie、ノスタルジー)でなく、温かい家庭や両親に守られ、無邪気に楽しい日々を過ごせた過去の自分への郷愁や、大人に成長した事でもう失くしてしまったかもしれない感情、古き良き時代への憧憬、懐かしい人への思慕、切なさなど幅広い感情を意味する言葉と言われる。

今年は、母と妹の新盆を迎える「サウダージの夏」。

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日本人でこの「サウダージ」を歌えることのできる歌手の一人と言われているのが「松田美緒」。2005年、「アトランティカ/Atlantica」で鮮烈デビューしたポルトガル帰りの歌姫である。秋田県生まれ、九州・京都育ちという。「アマリア・ロドリゲス/Amália Rodrigues」の「ファド/Fado」に出会い、ポルトガル語を独学で学びながら歌い始める。2001年ポルトガルを初めて訪れ、リスボンに住み、ファド・ハウスやレストランで歌い、生きたファドの文化を現地の人々との深い交流を通して学んだという。その後、ヨーロッパの旅やリスボンでの留学を通じ、様々なミュージシャンと交流し、ファドはもちろんポルトガル語圏のさまざまな音楽を歌う。2004年10月、リオ・デ・ジャネイロで1stアルバムをレコーディング。2005年8月、全曲ブラジル録音による「アトランティカ」で日本デビューを果たす。ポルトガルを起点に、ブラジル、世界へと国境を感じない音楽を追い求め、ワールド・ミュージック・シーンで活動する女性シンガーが、「松田美緒」。

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最初に彼女に出会ったのは、ハワイ、沖縄からカリブまで、南のアイランドに寄せる郷愁を集めたコンピレーション・アルバム「リゾート・エア~パシフィカ/Resort Air~Pacifica」(2005)。そこに収録されている「OUTRA LUA/島唄(ポルトガル語バージョン)」 を聴いたとき、見事にこの歌が「ファド」に溶け込んでいると感じた。そして、日本デビュー・アルバム、「アトランティカ」と彼女の繰り広げる「サウダージ」の世界にはまってしまったのだ。元来、フォルクローレ、ファド系、ボッサ系に弱いという私の弱点?を見事に突かれた。

リゾート・エア~パシフィカ

オムニバス 松田美緒 サンディー 夏川りみ ケアリイ・レイシェル オータサン BEGINビクターエンタテインメント

アトランティカ

松田美緒ビクターエンタテインメント

いずれも、残念なことにYOUTUBEにアップされていないようなので、最近のアルバム、「クレオールの花」(2010)からアップしておきましょうか。雰囲気だけでも ・・・。

クレオールの花

松田美緒 / オーマガトキ

「Hugo Fattoruso & Mio Matsuda – Un canto para mamá (de Eduardo Mateo) 」

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