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さらば、金色の眼の女逝く ~ マリー・ラフォレ逝く ~

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 仏メディアによると、女優で歌手の「マリー・ラフォレ」が2日、スイス西部で死去した。80歳だった。1939年、生まれ。「ルネ・クレマン/René Clément」監督の「太陽がいっぱい/原題:Plein soleil」(1960年)でデビュー、「アラン・ドロン/Alain Delon」の相手役を演じて、一躍フランスのアイドルとなった。1960~70年代を中心に歌手としても活躍し、売り上げたアルバムは累計3,500万枚に上るという。1978年以降は、ジュネーヴに在住し、スイス国籍となっている。
   
 私が高校へ入学してからすぐの名画鑑賞会で見たのが、「太陽がいっぱい」。サスペンス一杯のストーリー、「ニーノ・ロータ/Nino Rota」の哀切極まりない音楽、「アラン・ドロン」の際立った二枚目ぶりが話題になった映画であった。しかし、私はその映画のヒロイン、吸い込まれるような眼をもち、実在感が希薄な、まるで「竹久夢路」が描く絵のような女性の「マリー・ラフォレ」に釘付けになってしまったのである。あの物憂げな表情と眼にやられ、いっぺんでファンになってしまった。(参照拙ブログ「青春のシネマ・グラフィティ(2) ~金色の眼の女/マリー・ラフォレ~」


 その後、「赤と青のブルース/原題;Saint-Tropez Blues(サントロペ・ブルース)」(1961)、「金色の眼の女/原題;La Fille aux yeux d’or」(1961年)、「素晴らしき恋人たち/原題;Amours célèbres」(1961年)、「女は夜の匂い/原題;À cause, à cause d’une femme」(1963年)、「ジャガーの眼/原題;Marie-Chantal contre le docteur Kha」(1965年)と立て続けに公開され、ほとんどストーリーなんか覚えていないが、あの眼に魅了された。間違いなく我が青春のシネマ・グラフィティを彩る女優の一人であった。
   
さらば、金色の眼の女。  合掌 ・・・。
   
 あの頃のフランスの女優さんたちは、みな歌ったんですね。「ブリジッド・バルドー/Brigitte Bardot」、「ジャンヌ・モロー/Jeanne Moreau」、「カトリーヌ・ドヌーヴ/Catherine Deneuve」 ・・・、「マリー・ラフォレ」も。「赤と青のブルース」は、他愛もない青春ラブコメ映画でしたが、この主題歌はヒットした記憶がある。そして「金色の眼の女」を見たのは高校1年、多分「太陽がいっぱい」を見て、ノックアウトされた直後の頃であったろう。ただ、彼女見たさに映画館に行ったので、ストーリーなどはよく覚えていない。「ナルシソ・イエペス/Narciso Yepes」の奏でるギターのメロディを今でも爪弾けるほどはっきりと覚えている。
    
 他愛もない青春ラブコメ映画でしたが、この主題歌はヒットした記憶がある。「赤と青のブルース」を。

Les Vendanges De L’amour
Marie Laforêt
Imports


    
    

「Marie Laforêt – Saint Tropez blues」

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 映画「金色の眼の女(原題;LA FILLE AUX YEUX D’OR)」のテーマ曲。「ナルシソ・イエペス」の奏でる哀調を帯びたメロディにのって、あの「マリー・ラフォレ」の「眼」に魅かれた頃の甘酸っぱい想い出が甦ってくる。

「La Fille aux yeux d’or - Narciso Yepes」

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 最後は、彼女が劇中ギターを爪弾くシーンもあった映画「太陽がいっぱい」のテーマ曲を ・・・。「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ/European Jazz Trio (Featuring Art Farmer)」の演奏が、YOUTUBEでは見当たらなかったので、映画のサウンド・トラックから。

「Plein Soleil(太陽がいっぱい) – Nino Rota」

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2 Responses to “さらば、金色の眼の女逝く ~ マリー・ラフォレ逝く ~”


  1. photofloyd(風呂井戸)
    on 11月 7th, 2019
    @ 6:39 PM

     マリー・ラフォレというとやはり「赤と青のブルース/原題;Saint-Tropez Blues(サントロペ・ブルース)」ですね。1961年ですか、そんな後でしたかね。この歌はうまいとは言えなかったんですが、魅力はたっぷり聴き惚れたものでした。
     彼女の映画は全く見ていなかったと思ってましたが、あれ・そうでしたか、「太陽がいっぱい」は見ていますが、その彼女だったんですね。それはもっと前ですよね。と言うことは見ていたんですね(笑い)、この映画は女性よりは話の筋の迫力に圧倒されました。見た当時は衝撃がありました。
     1950-60年代は、映画音楽の花盛り、フランスは特に良かったですね。


  2. 大屋地 爵士
    on 11月 8th, 2019
    @ 12:05 AM

    photofloyd(風呂井戸) さん  「太陽がいっぱい」は1960年制作、日本公開は1965年となってますので高校の終わり頃に観たんだと思います。あの頃は西部劇全盛のハリウッド映画より、フランス映画、イタリア映画、ロシア映画、ポーランド映画などヨーロッパ映画の方が洋画は人気があったと思います。JAZZに目覚めたのも「大運河」、「死刑台のエレベーター」とフランス映画でした。

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