JAZZYな生活

プレミアムエイジ ジョインブログ

猛暑日にお隣の国のJAZZシンガーを聴く

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いや暑いです。一気に猛暑日に突入しましたね。老いの身には ・・・。この地域で一番初めに鳴き出す「ニイニイゼミ」も羽化し、鳴き始めたところから、もう梅雨は明けたのではではないでしょうか。勝手にそう思っています。ろくに雨も降らないまま、今年の梅雨が明けてしまった感じだが、心配なのは水。遊びの山の麓の一庫ダムの貯水量、減ってはいるが、それほど心配する必要はなさそうだ。しかし、関東地方では断水も心配される深刻な状態のようである。

さて、こんな暑さを凌ぐには、デビュー10数年、もうベテランの域に達したといっていいでしょう、韓国のシンガー、「ウン・サン/Woong San」を聴く。かって魅力のウィスパリング・ヴォイスにすっかり魅了された時期がありました。最近はジャズ歌手というより、魅力的な「Jazzy,Not Jazz」歌手といったほうがいいかもしれません。

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「ウン・サン」。1973年生まれ。彼女の実家が仏教の研究をしている家系だったことから、17歳から寺院で尼僧の修行に入るという特異な経歴を持つ。修行中に授かった法名、それが「Woong San(雄山)」であったという。厳しい修行中のある日、無意識の中で自分が「歌」を口ずさんでいることに気づく。音楽への思いが捨てきれないと分かり、山を下り歌手への道を歩み始めた。

2004年、1stアルバム「Introducing Woong San」(別タイトル「Love Letters」)が、日韓で同時発売され、「韓国最高のJAZZシンガー」という評価をされ、日本国内でもかなり注目を浴びたという。その後、2008年には日本全国ツアーを敢行。日本の人気ミュージシャン、「TOKU」、「小沼ようすけ」らと共に「Blue Note」や「Billboard Live」を始め日本全国において公演を行ない、大成功を収めた。

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2008年、通算4thとなる「Feel Like Making Love」(韓国盤は「Fall in Love」)を日本メジャー・デビュー・アルバム第一弾としてリリース、2009年5thとなる「Close Your Eyes」をリリース。スイングジャーナル選定【ゴールドディスク】に選ばれる。私がよく聴いていたのはこの時期である。「マイケル・フランクス/Michael Franks」の「Jazzy,Not Jazz」の代表曲である「Vivaldi’s Song」からスタンダードである「Love For Sale」まで幅広い選曲と、ウィスパリングからシャウトまで、歌い分けができるその歌唱力に驚いてしまった。

Close Your Eyes [Import]

Close Your Eyes

「Woong San – Vivaldi’s Song」

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「Love For Sale—WoongSan in JAPAN」

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2011年、6th「Tomorrow」と続き、2013年、2年ぶり、通算7枚目となるアルバム「アイ・ラヴ・ユー/I Love You」を発表した。全13曲中、ジャズのスタンダード・ナンバーは1曲もなく、彼女のオリジナル作品の6曲のほか、「ボブ・ディラン/Bob Dylan」や「サンタナ/Santana」、「レイ・チャールズ/Ray Charles」、更にはオペラまでもといった彩り豊かな構成。「“ジャズではないところでジャズを探す”というのもテーマのひとつだった」という彼女の言葉。

7th Album / I Love You (1CD)

Woongsan

「サンタナ」のヒット曲「Smooth」、「レイ・チャールズ」の「Unchain My Heart」。アレンジの妙もあるが、ラテン系、ソウル系の曲が似合ってるのかも知れない。

「Smooth - Woong San」

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「Woong San – Unchain My Heart」

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最新作8thアルバム、「Temptation」(2015)にもジャズのスタンダード・ナンバーが1曲も入っていないようであるが、どんなJAZZYな歌を披露してくれるのか、ちょっとYOUTUBEで聴いてみたが期待できそう。

Temptation 〜誘惑〜

ウンサン / ポニーキャニオン

「トム・ウェイツ/Tom Waits」の「Temptation」を ・・・。「ダイアナ・クラール/Diana Krall」も歌っていましたね。

「WOONGSAN – Temptation」

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続・あれから50年

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ネムノキ

団地の公園や遊びの山で、この時期よく見かけるのが、「ネムノキ(合歓木)」。「マメ科ネムノキ亜科」の落葉高木。和名の「ネム、ネブ」は、夜になると。眠りにつくことを想起させる葉が閉じることに由来する。漢字名の「合歓木」は、中国において。「ネムノキ」が夫婦円満の象徴とされていることから付けられたものである。(Wikipediaより)

Wikipedia を調べついでにこの年の出来事を見てみると、その後の日本にとって、「黄金のまどろみ」ともいえる時期であった高度成長期~バブル期の社会の状況を先駆けするような出来事が目についた。あれから50年 ・・・ 。

2月4日 – 全日空機が東京湾に墜落。(全日空羽田沖墜落事故)
3月31日 – 日本の総人口一億人突破。
4月1日 – 日本でメートル法完全施行。尺貫法などの公的な使用が禁止される。
10月1日 – トヨタ自動車が「カローラ」を発表(11月5日に発売)。
10月28日 – 「週刊プレイボーイ」(集英社)創刊。
12月31日 – この日までに核実験を成功させた国のみ、核拡散防止条約に定める「核兵器国」と
         認められ核武装の権利を与えられる。

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さて、あれから50年、ビートルズ・カバー特集。まずは、米国出身スウェーデン在住の作曲家でピアニスト、「スティーブ・ドブロゴス/Steve Dobrogosz」。アルバムは、「ゴールデン・スランバー/Golden Slumbers ~Plays Lennon/Mccartney」(2009)。

北欧出身ではなく、1956年、アメリカ・ペンシルヴァニア州に生まれ。6歳からピアノを始め、ボストンの「バークリー音楽院」で学ぶ。22歳の時、スウェーデンに移住、「ストックホルム王立音楽アカデミー」に入学。その後はずっとスウェーデンで活動し、「ラドカ・トネフ/Radka Toneff」など、北欧の人気女性ボーカルとのデュオ・アルバムを多くリリースしている。多くのジャズ・ピアニストとは違って、1990年代に入り、逆にクラシック畑にシフト。1992年に発表した「ミサ」(合唱、ピアノ、弦楽のための)が大きな支持を受け、30ヶ国以上で演奏されるという。生涯の作品数はすでに800曲を超えているらしく、日本も含め、世界中の合唱団が、こぞって彼の曲を演奏しているという異色の音楽家。

「レノン&マッカートニー」のナンバーをカバーしたアルバムは世に山ほどあるが、ピアノ・ソロで綴ったこの「ゴールデン・スランバー/Golden Slumbers (黄金のまどろみ)」は、彼の美しいタッチ、北欧の透明感、豊かなハーモニーが十分伝わってくる。「Goodnight / グッドナイト」に始まり、「I Will / アイ・ウィル」で終わるこのアルバムは、まさにタイトルのように、ドブロゴスの世界にと心地よいまどろみを誘う。録音はECMでおなじみのオスロのレインボー・スタジオ。

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スティーヴ・ドブロゴス / ボンバ・レコード

以前は何曲かYOUTUBEにアップされていましたが、残念にも削除されたようです。興味ある方は、さわりが 「iTunes preview」 で聞けますので、試聴してみてください。

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さて、女性ジャズシンガーのビートルズ・カバーとくれば、この人のアルバムをあげないわけにはいかない。「コニー・エヴィンソン/Connie Evingson」の「Let It Be… Jazz」。1962年生まれ、生まれ故郷のミネソタ州ミネアポリスを拠点に活動をしているようです。この人器用な歌手で、スタンダード、ラテン、ボッサから「ビートルズ」までなんでも上手にこなす。けっして軽んじているわけではありません。数ある「ビートルズ」カバーものの中でも、私のお気に入りの一枚。

Let It Be Jazz-Connie Evingson Sings the Beatles

Connie Evingson / CD Baby

フル・アルバムがアップされていました。「When I’m 64」の1時間9分くらいまでが「Let It Be… Jazz」、あとはおまけ。

「Connie Evingson - Let It Be Jazz ( Sings The Beatles ) 」

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あれから50年 ・・・

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「あれから50年 ・・・」。「綾小路きみまろ」ではありません。「ビートルズ/The Beatles」です。しかし彼の毒舌ユーモアがグサグサと心に突き刺さる年になったことには違いありません。

「あれから50年 ・・・」。初来日が、1966年6月29日。翌6月30日から7月2日にかけて、東京・日本武道館において、全5公演、「ビートルズ」の日本公演が行われました。

当時、私は大学2年生。エレキ・バンドを結成したばかりだったが、たしか下宿だったと思うが、白黒TVで見た記憶があります。もちろんビートルズの曲も何曲かレパートリーに加えて演奏していました。

「あれから50年 ・・・」。TVでいろんな特集番組が組まれていますが、何もかも若かくて、甘酸っぱくて、そして懐かしい。

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さて、その「ビートルズ」のカバー特集。イタリアのロック爺い、「ルディ・ロッタ/Rudy Rotta」の全曲「ビートルズ」のブルース・カバー・アルバム、「The Beatles in Blues」(2001)に続いて取り上げるのは、「リタ・リー/Rita Lee」。ブラジル・ロック界の女王といわれていた、「ムタンチス/Os Mutantes」のリード・ヴォーカル。ビートルズ・ナンバーをボッサ・アレンジしたアルバム、「ボッサン・ビートルズ/Bossa ‘n Beatles」は、ビートルズ・カバーの楽しさを教えてくれた一枚。

Bossa N Beatles

Rita Lee / Random Music


ボッサン・ビートルズ

リタ・リー/ワードレコーズ

フル・アルバムがアップされています。暑気払いには持って来いかも ・・・。

「Rita Lee – Bossa’n Beatles」

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お次は、イケメンのジャズ・ギタリスト兼ボーカリスト、「ジョン・ピザレリ/John Pizzarelli」のアルバム、「John Pizzarelli Meets The Beatles」。これも、どちらかといえば、私とは距離があった感のある「ビートルズ」を、そのスウィング感とノリで、ぐっと近づけてくれたアルバム。

John Pizzarelli Meets The Beatles

John PizzarelliSMG

これも嬉しいことに、フル・アルバムがアップされてました。

「John Pizzarelli - John Pizzarelli Meets The Beatles」

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夜更けに哀愁の男唄を聴く

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11月になると咲くご近所の花。孤高の花、「皇帝ダリア」である。別名、「木立ダリア」とも呼ばれるが、木ではなく草である。成長すると3~4mにもなり、直径約20センチメートルの ピンクの大輪の花が茎の頂上につけ、あたりを睥睨するように、空にそびえて立つことから、「皇帝ダリア」と名付けられたという。草ながら樹にもすこしも負けていないその堂々たる姿に、いつも見惚れてしまう。

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さて、孤高の「皇帝ダリア」に見惚れた今宵は、その「皇帝」にちなんだ哀愁の男唄。ちょっと前にその眼力がただものではない女性シンガー、「シルヴァーナ・デルイージ/Silvana Deluigi」を取り上げた。そこで流れていた、私がご贔屓とするアルゼンチンのフォルクローレの吟遊詩人、「アタウアルパ・ユパンキ/Atahualpa Yupanqui」を聴いて、彼のアルバムを聴きたくなった。(参照拙ブログ「色づき始めた紅葉、そしてちょっと気になる哀愁」

「アタウアルパ・ユパンキ/Atahualpa Yupanqui」。「遠くから来た物語る人」という意味らしいインカ帝国の皇帝の名を、自らなずけたユパンキを知ったのは高校生のときであった。それ以来のご贔屓である。

1908年1月、アルゼンチン、ブエノス・アイレス州の田舎町生まれ。子供の頃家にあった一本のギターにとりこになった彼を、父親はブエノス・アイレスに先生を見つけ、ギターを習わせてくれたという。しかし、父を早くに亡くした彼は独力で歩み始め、農夫、肉体労働者から新聞記者、学校の先生、時にはギタリスト、旅芸人といういろいろな仕事を経験したという。そして、アルゼンチン全土をくまなく放浪した彼の体なかに、各地の人と暮らした生活に根ざすフォルクローレが、音楽地図として蓄えられていった。

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やがて1929年「インディオの小路/Caminito Del Indio」を発表してから、次第にギタリスト兼歌手として頭角を現していくが、広く認められるまでには相当な苦労をしたという。一時期、作品が反政府的と目され、フランスに亡命したこともある。南アメリカの音楽を代表する最高の巨匠と讃えられ、「歩く大地」と呼ばれたが、1992年5月、84歳でこの世を去った。

牛車、月、こうろぎ、雨、種蒔き、子守唄、風、祈り、夜、光、雪、太陽・・・・・。広大な草原に生きるインディオの生活、祈り、愛、心の内面をギターにのせて弾き語る。スペインの文化、音楽がやがて、スペインに侵略され、殺された、この地のインディオたちに同化し、独自の文化に育てられていったインディオの音楽「フォルクローレ」が、哀愁のギターの調べに乗せて語られる。この一枚のCDに凝縮された哀愁。アルゼンチンの草原に吹きわたる風や、牛を追うインディオの姿が脳裏に鮮やかに浮かぶ、インディオの魂が聴こえる。(拙ブログ「男唄に男が惚れて(2)  ~アタウアルパ・ユパンキ インディオの魂を聴く ~」 より再録)

ベスト・ナウ

アクワルパ・ユパンキ / EMIミュージック・ジャパン

代表曲のひとつ、「私は光になりたい/Quiero Ser Luz」。若くして世を去った音楽家の遺作のサンバをユパンキが世に出したという。

「 ♪ 午後の半ばを過ぎると   私には死がやってくる
      私は影になりたくない   私は光になりたい
        そして、そのままとどまりたい  ・・・・・・・・ ♪」

           (「私は光になりたい」 ダニエル・レゲーラ作詞作曲 訳者不詳)

「Atahualpa Yupanqui – Quiero Ser Luz(私は光になりたい)」

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もうひとつの代表曲、「牛車に揺られて/Los ejes de mi carreta」。

「♪ 心棒に油をささぬから
     おいらは碌でなしだとさ
        音の立つのが好きなのに
           どうして油をさすものか
         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   静かさなんぞほしくはない
     思うこととてないものを ・・・
        あるにゃあったが今はもう
           古い昔の思いぐさ

   おいらの牛車の心棒よ ・・・
      けっして油はさすものか   ♪」  (濱田滋郎 訳)

「Atahualpa Yupanqui – Los ejes de mi carreta(牛車に揺られて)」

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お父さんの腕は逞しい

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父の日は、いつも山の仲間たちで主催するイベントの日である。毎月第3日曜日がイベントの日と決めてあるからである。今日のメニューは、木工と手作りピザ。朝のうちは雨模様であったが、9時ころには、すっかり上がり夏を思わす日差し。たくさんの家族連れが来てくれた。木工にせよ、ピザの生地づくろにせよ、頼りになるのはお父さん。はやり、お父さんの腕は逞しい。父の日、日曜日 ・・・、夕食には刺身が出た!

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さて、逞しいかどうかは本当のところはわかりませんが、イメージからすればそれらしい男性シンガーがいる。身長2mを超える大男で、世界的に男性JAZZボーカル不作と言われる中で、ただ一人その声の色気で気を吐いている「マリオ・ビオンディ/Mario Biondi」、私は勝手に「イタリアの海坊主」と呼んでいますが ・・・。

「マリオ・ビオンディ」。1971年、シチリア島に生まれの44歳。ソウル・ミュージックを愛するシンガーだった父の導きで、12歳から教会で歌い始め、ソウル・ミュージックを愛し、特に「ルー・ロウズ/Lou Rawls」、「アル・ジャロウ/Al Jarreau」、「アイザック・ヘイズ/Isaac Hayes」などから影響を強く受け、17歳の時には「レイ・チャールズ/Ray Charles」のイタリア公演の前座を任されるまでになったという。2006年、若手トランペッター、「ファブリッツィオ・ボッソ/Fabrizio Bosso」率いる人気ジャズ・コンボ「ザ・ハイ・ファイヴ・クインテット/High Five Quintet」をバックに、「Handful Of Soul」でデビュー。そして2ndリリースの「If」(2009)は、ヨーロッパで20万枚を売上げ、一般音楽ファンにまでその人気が浸透したという。

2011年3月から4月にかけ、アシッド・ジャズ・コンボ、「インコグニート/Incognito」のゲスト・ボーカルとして日本ツアーが予定されていたが、大震災発生。公演直前、彼だけがキャンセルして来日しなかったという。意外と見掛け倒しのビビリかもしれない。

ハンドフル・オブ・ソウル

マリオ・ビオンディ&ザ・ハイ・ファイヴ・クインテット / キングレコード

「mario biondi – this is what you are」

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「Mario Biondi – Rio De Janeiro Blue」

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If

Mario Biondi / Halidon

「Mario Biondi – Everlasting Harmony / “If”」

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北欧美女シンガー図鑑(その13) ~ その少女のような軽みは ・・・ ~

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このところずっと「タンスの肥やし?」的になっていたピアニストを引っ張り出してきては、紹介するという記事を続けてきた。ここまで続けると、さすがにわたしもちょっと目先や気分を変えたくなってきたというのが本音である。ひさびさの「北欧美女シンガー」と参りましょうか。ノルウェイを代表するというジャズ・ヴォーカリスト、「ヒルデ・ヘフテ/Hilde Hefte」。

『静かな響きのワルツとボサノヴァ、遠い記憶を呼び起こすやさしい歌声。ノルウェイから届けられた淡い短編小説のような音楽』というキャッチに惹かれて ・・・。
 
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1956年生まれというから、もう相当なベテラン。 学生時代には、ピアノ、そしてギター、アルト・サックス、クラリネットをマスター、さらに作詞・作曲・編曲までもこなすという才女、「ヒルデ・ヘフテ」。その活動範囲は、演奏家、音楽家としてだけでなく、女優、音楽教師などにも及ぶという。80年代半ばから舞台や映画の作曲家、シンガー、俳優として数多いキャリアを積み、1991年には、初ソロ・アルバムで「チェット・ベイカー/Chet Baker」をオマージュした「’Round Chet’s Midnight』を発表、評価を得たという。

その後、2001年には「ビル・エヴァンス/Bill Evans」のナンバーで自己の世界観を作り上げたと今なお評価の高い「Playsong – The music of Bill Evans」を発表。その後もノルウェー語でボサノヴァ取り組んだ「Hildes bossaHefte」を2003年にリリースし、北欧ジャズ・シーンを代表する存在として現在に至っている。

アルバムは、「Memory Suite」。外からは分からなかったが、過去5作の中から選曲したコンピ・アルバムである。全17曲のうち、「Waltz For Debby」を含むエヴァンスの曲が5曲、「ホベルト・メネスカル/Roberto Menescal」の「Telephone Song」などのボッサが4曲が中心を占め、そのほかスタンダードや「ポール・サイモン/Paul Simon 」などのPOPSカバーなどが収録されている。

いや、結構なお年なのに、その声はまるで少女のよう。澄みきった透明感と気品とその上品な軽みには癒されてしまう。

Memory Suite 【Loppi・HMV限定盤】

Hilde Hefte /

オリジナルのエヴァンスへのオマージュ・アルバム、「Playsong – the music of Bill Evans」から、「My Bells」。

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Hilde Hefte / CD Baby


「My Bells – Hilde Hefte」

 
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全編ノルウェイ語でのオリジナルのボッサ・アルバム「Hildes Bossahefte」から2曲。

Hildes Bossahefte

Hilde Hefte / CD Baby

「Gutten og Ballen- Hilde Hefte」
 
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「Gostoso – Hilde Hefte」
 
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男飯には男唄を

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前回のブログで、女性ボーカル全盛のジャズ・ボーカル界にあって、久々の注目すべき男性ボーカルとして、「カーティス・スタイガース/Curtis Stigers」を取り上げたが、今回も注目したい男性ボーカルを紹介したいと思う。

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「マット・ダスク/Matt Dusk」。「21世紀のフランク・シナトラ」と評され、世界的にも活躍する­「イケメン・ジャズシンガー」である。たしかに、艶と華のある歌声、若い時のシナトラを彷彿とさせる歌唱だ。

「マシュー・アーロン・ダスク/Matthew-Aaron Dusk」。1978年、カナダ・オンタリオ州トロント生まれ。小さい頃から歌手を目指し、7歳の時にトロントの音楽学校に入学。以後11年間通い続けたという。当初は、オペラやクラシック音楽を専攻するも、17歳の時に、「トニー・ベネット/Tony Bennett」や「サラ・ヴォーン/Sarah Vaughan」の曲を聴いて以来、ヴォーカリストとしてのスタイルを転向したという。20歳のときには、カナダの新人コンテストでトップに輝いたこともあるが、一度は家業を継ぐ決心をするも音楽への夢を捨てきれず、再度、音楽学校へ入学。そこで「オスカー・ピーターソン/Oscar Peterson」に指導を受け、ジャズやポピュラー音楽の歌唱法を学び、同時に在学中に4枚のCDをリリースするなど音楽家としての才能を現し始めた。
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2004年、アルバム、「Two Shots」でデビュー。2006年にリリースした「バック・イン・タウン/Back In Town」が世界的ヒットとなり、翌2007年に日本デビューを果たした。同名のシングルが日本のラジオ・チャート1位を記録したが、男性ジャズアーティストのポップチャート1位到達は、日本史上初のことであるという。(参照Wikipedia)

2013年、「マット・ダスク」は約4年ぶりとなる新作アルバムを発表した。「My Funny Valentine: The Chet Baker Songbook」。「チェット・ベイカー/Chet Baker」の没後25周年の2013年、マットの彼の永遠の憧れである彼に敬意を表し、80人編成ものオーケストラを従えて、「チェット・ベイカー」の代表­曲を大人の魅力でで歌い上げたアルバムである。

私も「チェット・ベイカー」の大のファン。(参照「男唄に男が惚れて(1)~チェット・ベイカー 無頼派への憧れ~」「60歳過ぎたら聴きたい歌(55) 終わりなき闇 ~チェット・ベイカー/My Funny Valentine ~」など) そんなことから知ったアーティストとアルバム。


MY FUNNY VALENTINE-THE CHET BAKER SONGBOOK-

マット・ダスク / Rambling Records

タイトル曲の「My Funny Valentine」。「アルトゥーロ・サンドヴァル/Arturo Sandoval」のフリューゲル・ホルンが冴える。

「Matt Dusk – My Funny Valentine with Arturo Sandoval」

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久しぶりに夜の北新地で男飯を喰う

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1年ぶりの大阪。しかも北新地は何年ぶりであろうか。前回来たのがいつか覚えていないくらいのご無沙汰。この日はかっての業界仲間、同僚、ライバル会社、顧客が4人集まっての恒例の食事会。いずれも同世代であるが、かってはしのぎを削った相手でもあるが、妙に気が合い、それがお互いに定年後のいまでも一種の同志感というような親しさの付き合いが続いている。

さて、阪急梅田駅から地下街を、昔のうろ覚えの土地勘と案内板を頼りに抜け、新地の入口にたどり着く。そこからは水を得た魚のよう(??)、すんなりと約束の店までたどり着く。北新地、あのころの空気はほとんど同じであるが、なんせ浮き沈みの激しい業界、店は随分と変わっているようだ。 連れのうち2名は、店の場所がわからず、迎えに行く始末。現場を離れたしまえばこんなもんでしょう。

さて、お店は、フレンチレストラン「Cuisine Francaise きよた」ワイン、食事ともいずれもリーゾナブルの価格で美味かった。「某ガイド」に掲載されている1つ星マークのお店だという。それにもまして、話は弾み、あっという間に楽しい時間は過ぎていった。

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久しぶりの「男飯」。そして、今宵の曲は、こちらも久しぶりの「男唄」。ジャズ・シンガー、ソングライターにして、サックス奏者でもある「カーティス・スタイガース/Curtis Stigers」とまいりましょうか。

1965年、アメリカ、アイダホ州、ボイセ生まれ。もともとテナー・サックスやクラリネットでジャズを演奏することを夢見た熱烈なジャズ少年だったという。10代で歌手を目指した頃、ボイセに移り住んでいた元「スリー・サウンズ/The Three Sounds」の名ピアニスト、「ジーン・ハリス/Gene Harris」に認められて、しばしば共演、頭角を現した。その後、プロを目指して1987年にニューヨークに出たスタイガースは、マンハッタンでブルースを歌う歌手が集まるブルース・クラブの常連となり、そこで認められ、ブルース歌手としてデビューを果たす。

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ジャズ・シンガーとしてのチャンスが訪れたのは2000年のことで、「コンコード・レコード」から誘いを受けたスタイガースは専属第1作目となる「ベイビー・プレイズ・アラウンド/Baby Plays Around」で、ジャズ・ヴォーカルに挑戦、このアルバムによって、ジャズ界期待の本格派ヴォーカリストとして認められることになる。最近のスタイガースは西海岸に住み、意欲的な音楽活動を続けている。男性ジャズ・ヴォーカル不振の中にあって、話題のニュー・スターの登場と話題になった。


Baby Plays Around

Curtis Stigers / Concord Records

私が知ったのは、「Real Emotional」(2007)あたりからでしょうか、ソングライターとしての才能が発揮されたアルバムで、「ボブ・ディラン/Bob Dylan」、「トム・ウェイツ/Tom Waits」など、同時代のソングライターの影響も受けたという。


Real Emotional

Curtis Stigers / Concord Records

そのアルバムから、「ポール・サイモン/Paul Simon」の手になる「American Tune」を ・・・。

「American Tune ー Curtis Stigers」

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そして、もう1曲。「Everything must change」。これは、YOUTUBEで見つけた歌唱。心に沁みる名唱と思うが、2008年に、「クインシー・ジョーンズ/Quincy Jones」の75歳のバースデイを記念として企画されたスペシャル・コンサートに、「カーティス・スタイガース」が出演して歌った時の歌唱。「クインシー・ジョーンズ」と「Everything must change」との関連については、拙ブログ「あれから3年 ~ 再びの「Everything must change」 ~ 」を参照されたい。


セレブレーション・アット・モントルー 2008 [DVD]

クインシー・ジョーンズ / ヤマハミュージックアンドビジュアルズ

「Everything must change – Curtis Stigers」

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北欧美女シンガー図鑑(その12) ~緑陰の微睡みを誘う美女ボーカル~

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八十八夜だという。外気温が25°Cの表示。いよいよ夏日到来か。春もあっという間に通りすぎ、もう初夏の気配。さて、明日からGW。きっと混むだろうと予想して、お気に入りの山のカフェまで車を走らせる。行く道筋、山を覆う若葉の明るい緑に眼が心地よく刺激される。

たまたま運良くお客さんの切れ目だったのか、緑陰に憩うお客さんがほかにひと組だけ。まるでエアポケットのように静かである。低くかすかに「バラッド&バートン/Ballads & Burton」が流れていた。

マスターと木工談義やら里山談義をひとしきりして帰る ・・・。

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こんな爽やかで静かな緑陰の中で、ハンモックでも吊るし揺られながら、聴いてみたい北欧美女ボーカルの一人が、「ジャニータ/Janita」。本名は「Janita Maria Ervi」、1978年、フィンランド、ヘルシンキに生まれ。喋るより先に歌い始め、3歳のときにはもう電子ピアノを弾き、そして4歳の時にはピアノで作曲も始めていたという。早熟というか持って生まれた才能が開いたのでしょう、13歳よりアーティスト活動を開始したという。1992年には初のシングルを、1993年、1994年には続けてアルバムをリリースしたというから驚きである。フィンランド版グラミー賞を2度受賞、数々の雑誌の表紙を飾り、国民的スターへと駆け上がる。しかし、自身の音楽により磨きをかけるため、17歳でニューヨークに移住。美しい湖や森が広がる故郷フィンランドと大都会NYの要素をミックスしたJAZZYでPOPで都会的でもあるが、北欧のオーガニックな雰囲気にも溢れているという独自の音楽スタイルを確立した。

ほとんどニューヨーカーとも言えるが、出身である北欧のサウンドが感じられるため、あえて北欧美女シンガー図鑑に入れてみました。

1998年、「Janita」で日本デビュー、2001年リリースされた「I’ll Be Fine」、2005年リリースの「Seasons of Life」で一躍注目されたようである。


I’ll Be Fine

Janita / Carport Music

スタンダードのそれとは同名異曲ですが、「ANGEL EYES」を ・・・。

「JANITA – ANGEL EYES」

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POPSとJAZZの間を揺れるように ・・・。何も考えず、緑陰の微睡みに浸りながら、音楽の快楽に身を任せたい ・・・。


Seasons of Life

Janita / Lightyear

上のアルバムから2曲。緑陰の静けさの中で聴いてみたいですね。最初は、イギリスの音楽グループ「デペッシュ・モード/Depeche Mode」のカバー、「Enjoy the Silence」。


「Janita – Enjoy the Silence」

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「JANITA – I MISS YOU」

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北欧美女シンガー図鑑(その11) ~木漏れ日のようなボーカル~

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先日、久しぶりにこの地域に降った大雪がまだそこここに残っている。ソチでは冬季オリンピックが始まった。北の国からの歌声が聞きたくなった。そんな時、ちょうど飛び込んできた音楽ニュースが、ノルウェイの女性シンガー・ソングライターの新アルバムリリースのニュース。「トールン(トルン)・エリクセン/Torun Eriksen」。2010年リリースの3rdアルバム「Passage」をジャケ買いした女性ボーカルである。たしかその時のキャッチは「木漏れ日のような女性ジャズ・ヴォーカリスト」。

「トールン(トルン)・エリクセン」。1977年1月生まれの37歳のジャズ・シンガー。26歳でデビュー、最新作が4作目というから、寡作なアーティストである。その音楽的才能はすでに高校時代から発揮されていたという。6歳の時からゴスペル・グループで歌い、19歳でソロ・シンガーとなり、作曲活動も始めた。2003年、「グリッターカード/Glittercard」でデビュー、ちょっと上品なハスキーさで、その抑制の効いた温かい歌唱が好評を呼んだ。

 

Glittercard

Torun Eriksen / Universal Import

いかにも北欧ボーカルといったタイトル曲、「Glittercard」を。

「Torun Eriksen – Glittercard」

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その後、妊娠と出産を経験し、一時期音楽活動を控えていたようだが、その時期に多くの曲を作ったという。それが、「Prayers & Observations」(2005)に反映されていうようだ。そして私がジャケ買いした第3作「Passage」にも ・・・。


Passage

Torun Eriksen / Universal I.S.

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そして3年振りの作品は、「Visits」。今回も定評の上品なハスキー・ヴォイスと抑制の効いたヴォーカル・スタイルで聴かせる。今回は、オリジナルではなく、「ジミー・ウェッブ/Jimmy Webb」、「トム・ウェイツ/Tom Waits」、「コールドプレイ/Coldplay」、「プリンス/Prince」、「ジェームス・テイラー/James Taylor」といったPOPS畑の人気ソングライターによる曲をカバー。相変わらずの温かい北欧サウンド。


Visits

Torun Eriksen / Imports

 
「恋はフェニックス」と同じ、「ジム・ウエッブ」の代表作、「ウイチタ・ラインマン」を。いずれも懐かしの「グレン・キャンベル/Glen Campbell」がオリジナルだったか ・・・。

「Torun Eriksen – Wichita Lineman」

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そして出所は分からないが、YOUTUBEで見つけた曲。スカンジナビア地方の古い民謡で、「風もないのに船を走らせているのは誰?」という意味だという「Vem Kan Segla Förutan Vind」を。

「Torun Eriksen – Vem Kan Segla Förutan Vind」

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