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ボサノバの法王 「ジョアン・ジルベルト」逝く

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 ブラジルの音楽ジャンル、ボサノバの生みの親の一人で、「ボサノバの帝王」、「ボサノバの神様」が「アントニオ・カルロス・ジョビン/Antonio Carlos Jobim」なら、「ボサノバの法王」あるいは「ボサノバの父」と呼ばれたのは、歌手でギタリストの「ジョアン・ジルベルト/João Gilberto」。その「ジョアン・ジルベルト」が、6日、リオデジャネイロの自宅で死去した。88歳。メディアなどが伝えた。

 私がボサノヴァ・ファンであることは、このブログでもずいぶんと取り上げたのでご承知のことと思う。ジョアンを「惚れた男唄」に取り上げたこともある。(参照 「男唄に男が惚れて(4) ~ジョアンとカエターノ ブラジルの大地に生きてきた ~」 ) ギター一本を伴奏に、ささやくように、語るようにうたう、あのいわゆる「ボサノバ唱法」は彼によって確立されたといっていい。

   

1931年、ブラジル北東部バイーア州に生まれ、10歳までそこで育つ。父にもらったギターに夢中になり、学校をやめ、リオ・デ・ジャネイロに出て、音楽で生きる決心をするが、まったく売れず、マリファナ中毒になり、友人の家を転々とする苦悩の日々が続く。やがて姉の家に居候生活を始め、一日中バスルームに閉じこもりギターを弾きながら歌を歌い続ける。そんな壮絶な生活の中からサンバのリズムをガット・ギターだけで表現する、「バチーダ」とよばれる独特の奏法を編み出す。その後、ジョアンと出会った「A.C.ジョビン」は、その声とギターに惚れこみ、ジョビンと「ヴィニシウス・ジ・モラレス/Vinicius de Moraes」の手になるボサノヴァの源流とも言われる名曲、「想いあふれて/Chega de Saudade」の録音に参加する。まさに、ボサノヴァ胎動の年、1957年7月のことであった。かの「アストラッド・ジルベルト/Astrud Gilberto」は、かって彼の奥さんであり、1964年、彼女が英語で歌った「イパネマの娘」が世界中で大ヒットする。これが原因かどうか知らないが、程なく二人は離婚し、これが契機となってアストラッドは歌手としてひとりだちしていくことになる。
  
 ギター一本を伴奏に、ささやくように、語るように歌う彼の唱法の完成された形は、アルバム「ジョアン 声とギター/João Voz e Violão」(2000)に見ることが出来る。全盛期をすぎ、70歳近い時の作品であるが、まさにタイトル通り、ジョアンの声とギターのみで奏でている逸品のアルバム。サウダージ(郷愁)とはこのこと、シンプルとはこのこと。このアルバムは、「カエターノ・ヴェローゾ/Caetano Veloso」によってプロデュースされている。まず、そのアルバムにも収録されているが、アルバムがリリースされた年の「カエターノ・ヴェローゾ」とのデュオ・ライブ、英語タイトルでは、「ノー・モア・ブルース/No More Blues」として知られている「想いあふれて/Chega de Saudade」。


   
ジョアン 声とギター/João Voz e Violão
ジョアン・ジルベルト/João Gilberto
ユニバーサル ミュージック クラシック


   
    

「João Gilberto & Caetano Veloso – Chega de saudade(Buenos Aires, 2000)」
   
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 彼は、2003年9月に72歳での初来日を始めとして、今までに何回かの来日を果たしているが、多分最後の来日であろうといわれたのが、2006年11月である。来日時のコンサートのライブ盤はそのたびに出ているが、人生のある極みまたは境地に達し、それが凝縮され、完成された「弾き語り芸術」といってもいいライブが展開される。「伝説のライブ」となったのが、初来日2003年の東京国際フォーラム。5000人近く入る「東京国際フォーラム・ホールA」が連日満席になったという。その初来日、9月12日録音の臨場感たっぷりのライヴ盤がフルアルバムでアップされている。


    
In Tokyo
ジョアン・ジルベルト/Joao Gilberto
ユニバーサル ミュージック/Verve


   
    

「Joao Gilberto -  LIVE IN TOKYO 2003」

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 これでまたボサノバの歴史の生き証人の一人が冥界へと旅立ってしまった。  

 合掌  ・・・・・。
     
     
      
     

ありがとう先輩 ~ 映画監督「降旗康男」氏逝く ~

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 「居酒屋兆治」「鉄道員(ぽっぽや)」など、高倉健さんの主演作を数多く手がけた映画監督の降旗康男(ふるはた・やすお)さんが20日、肺炎のため東京都内で死去した。84歳だった。 1957年、東京大学文学部仏文科を卒業して東映に入社。1966年に「非行少女ヨーコ」で監督デビューする。2作目の「地獄の掟(おきて)に明日はない」で初めて高倉さんの主演映画を撮る。以来、「新網走番外地」シリーズなど、コンビで娯楽映画を量産した。

 1974年に東映を退社。同じくフリーになっていた高倉さんの主演で「冬の華」を発表。それまでの娯楽路線とは少し異なる、哀感と叙情性の濃いヤクザ映画として高い評価を得た。以後、「駅 STATION」や「夜叉(やしゃ)」「ホタル」など、高倉さんの後期の映画はほとんど手がけている。1999年、浅田次郎さんの直木賞受賞作「鉄道員」を映画化。日本アカデミー賞最優秀監督賞と最優秀脚本賞を得た。2014年に高倉さんが死去。2012年の「あなたへ」まで、高倉さんとのコンビ作は20本に上った。  (5/27 朝日新聞より)

 私の高校、松本深志高校の11年先輩である。新制高校になってから第5回、昭和28年(1953年)の卒業で、私は第16回、昭和39年(1964年)の卒業である。奇しくも、19日に行った私達、第16回卒業55年周年記念の同窓会パーティー翌日の逝去であった。「新・網走番外地」(1969)を始め、彼と健さんの映画はほとんど見ている。特に、「冬の華」(1978)、「駅 STATION」(1981)、「居酒屋兆治」(1983年)、「夜叉」(1985)、「鉄道員」(1999)、「ホタル(2001)」、「あなたへ」(2012)などの一連の作品は、強い印象と感動を私の心に残している。

 ありがとう先輩。  合掌 ・・・・。
    

 さて、今宵の歌、「Winter Green And Summer Blue」。「夜叉」(1985)のエンディング・タイトルに用いられ、また全編を通じて通奏低音のように流れていた主題歌である。
  
 歌い手は、1937年生まれ、オハイオ州出身の女性ジャズ&ブルース歌手、「ナンシー・ウィルソン/Nancy Wilson」。70枚以上のアルバムをリリースし、3度のグラミー賞を受賞した大ベテラン。残念なことに、昨年、2018年12月に81歳での死去が報じられた。
  
  作詞は、「奈良橋陽子」、作曲は、「ゴダイゴ」の「タケカワユキヒデ 」。そして、ハモニカは、ジャズ・ハモニカでソロ楽器としての一時代を築いた名手、「トゥーツ・シールマンス/Toots Thielemans」。

 【 Winter Green and Summer Blue 】  作詞:奈良橋陽子 作曲:タケカワユキヒデ

「♪ Winter green and summer blue  冬はグリーンに、夏はブルーに
   Lavender spring turn       春のラベンダー色は
   To autumn hues          やがて秋の色へと変ってしまう

   Things have a way         すべてのものは
   Of changing colours         いつかは色が変わるのだ
   Seems my time is up with you   あなたと過ごす私の時がいつかは終わるように

   You showed me            あなたは教えてくれた
   A lifetime of seasons          季節にも寿命があるということを
   Was it years or weeks or a day ?   それは数年、数週間、たった一日かもしれない
   It wasn’t just a dream we shared    でも二人がともに見た夢はきっと違う
   But seasons that change yet stay    移ろうはずの季節はいまだ変わらず  
   You let me know love is the same    あなたへの愛も移ろわないと

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  ♪」

 「Winter Green and Summer Blue」は、アルバム、「Keep You Satisfied」(1989)に収録されている。 

Keep You Satisfied / Forbidden Lover
Nancy Wilson
SOULMUSIC RECORDS


    
    

    
「Nancy Wilson ‎- Winter Green And Summer Blue」

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ドリス・デイ逝く ~ 古き良きアメリカも ~

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 ドリス・デイさん(米国の歌手、俳優)本人の動物保護財団によると、13日、肺炎のためカリフォルニア州カーメルバレーの自宅で死去、97歳。1922年、オハイオ州シンシナティ生まれ。15歳から歌い始め、1945年に「センチメンタル・ジャーニー」が大ヒットした。女優としても活動し、1956年の「知りすぎていた男」(アルフレッド・ヒチコック監督)で歌った「ケ・セラ・セラ」もヒットし、代表作になった。(5月14日 朝日新聞)

 「ドリス・デイ/Doris Day」。1922年、オハイオ州で生まれた。10代からジャズバンドで歌い、45年に「センチメンタル・ジャーニー/A Sentimental Journey」がヒット。1948年に「洋上のロマンス/原題:Romance On The High Seas」で銀幕デビューすると、1953年のミュージカル映画「カラミティ・ジェーン/原題:Calamity Jane」が大ヒット。1956年公開の「アルフレッド・ヒッチコック/Alfred Hitchcock」監督の「知りすぎていた男/原題:The Man Who Knew Too Much」で主人公の妻を演じ、主題歌「ケ・セラ・セラ/Que Sera, Sera」も歌った。同曲は第29回アカデミー賞歌曲賞を受賞し、世界的な名曲となった。1968年に映画界を引退し、その後は活躍の場をテレビに移し、「ドリス・デイ・ショー/The Doris Day Show」を中心に活躍した。2004年に米国の民間人の最高勲章である大統領自由勲章を授与されたほか、2008年にはグラミー賞の生涯貢献賞を贈られている。

 私も洋楽に夢中になっていた高校生か大学生のころ、TVで「ドリス・デイ・ショー」をみた記憶がある。私生活では4度の結婚、離婚を繰り返し、実態とはかけ離れていたようだが、好感度抜群のそばかす美人で、古き良きアメリカの良妻賢母を体現していたという印象が強い。少年の頃、私が目覚め、夢中になったそんな古き良きアメリカのポピュラー・ソングも徐々に記憶の彼方に去ろうとしている。

 合掌 ・・・・

 代表作、「センチメンタル・ジャーニー」を ・・・。

【 A Sentimental Journey 】  by Benjamin Homer / Bud Green / Les Brown

「♪ Gonna take a Sentimental Journey, センチメンタルな旅に出ようよ
  Gonna set my heart at ease.     心の安らぎを求めてね
  Gonna make a Sentimental Journey,  センチメンタルな旅に出ようよ
  to renew old memories.        古い記憶を書き換えるために

  Got my bags, got my reservations,  バッグも持ったし、予約もちゃんとした
  Spent each dime I could afford.    持っている限りの小銭も入れたさ
  Like a child in wild anticipation,  冒険心でワクワクしている子供みたいに
  I Long to hear that, “All aboard!” 「出発進行!」の声が聞こえるのを待っている

  Seven…that’s the time we leave at seven. 7時、出発は7時なんだ
  I’ll be waitin’ up at heaven,      天にも昇る心地だろう
  Countin’ every mile of railroad   でも、線路を遠くに行くにつれ  
  track, that takes me back.       反対に心は戻っていく

  Never thought my heart could be so yearny. 思ってみたこともなかった
  Why did I decide to roam?     どうして放浪しようなんて決心したのかと
  Gotta take that Sentimental Journey, センチメンタルな旅に出ようよ
  Sentimental Journey home.       ふるさとに帰るんだ
  Sentimental Journey.       ふるさとに帰るセンチメンタルな旅にね  ♪」

  

    
ドリス・デイ ベストオブ
ドリス・デイ
Sony Music Direct

    
    


「Doris Day – A Sentimental Journey」

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 惜しくも2017年に亡くなってしまった「ジャネット・サイデル/Janet Seidel」に「ドリス・デイ」をトリビュートしたアルバムがある。「ケ・セラ・セラ」をそのアルバム、「ドリス&ミー ~センチメンタル・ジャーニー/Doris & Me」(2001)から。
     

    
ドリス&ミー ~センチメンタル・ジャーニー/Doris & Me
ジャネット・サイデル/Janet Seidel
ミューザック


    
    

「Que Sera Sera – Janet Seidel」

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巨匠ミシェル・ルグラン逝く

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 映画音楽、ジャズ、シャンソン、ミュージカルなど幅広い分野に偉大な功績を残し、「ジャック・ドゥミ/Jacques Demy」監督作品、「シェルブールの雨傘/原題:Les Parapluies de Cherbourg」(1964)、「ロシュフォールの恋人たち/原題:Les Demoiselles de Rochefort」(1967)といったフレンチ・ミュージカル映画の傑作や「華麗なる賭け/原題:The Thomas Crown Affair」(1968)のテーマ曲「風のささやき/Windmills of Your Mind」などの映画音楽を数多く担当し、アカデミー賞にも3度輝いたフランス音楽界の巨匠、「ミシェル・ルグラン/Michel Legrand」が、1月26日パリの自宅で死去した。享年86歳。

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 1932年2月パリ生まれ。父親は、バンドリーダー、作・編曲者として名を馳せた音楽家。母親は楽譜出版社を経営、姉は歌手という音楽一家。パリ音楽院で音楽を学んだが、この頃からすでに群を抜いて才能を発揮、20歳のときに首席で音楽院を卒業した。卒業後はオーケストラを結成し、バンドリーダー、作曲者として活躍、一躍音楽界で脚光を浴びるようになった。

 1958年には、「マイルス・デイヴィス/Miles Davis」、「ビル・エヴァンス/Bill Evans」、「ジョン・コルトレーン/John Coltrane」ら錚々たるアメリカのジャズ・ミュージシャンを従えたニューヨーク録音のアルバム、「ルグラン・ジャズ/Legrand Jazz」を制作、ジャズ・スタンダードの洒脱さとバップの粋を絶妙なコントラストで表現した、ルグラン流のアレンジで聴かせてくれる名盤は、当時、本場アメリカのジャズマンや批評家からも高く評価された。

 映画音楽は50年代末から担当するようになり、当時の新しい潮流にあった「ヌーヴェル・ヴァーグ/Nouvelle Vague」の一連の作品の音楽を担当した。なかでも大成功を収めたのが、「フランスにはないミュージカルを作る」という企画で、セリフをすべて歌にした「シェルブールの雨傘」。1968年には、「スティーヴ・マックィーン/Steve McQueen」主演のスタイリッシュな犯罪映画「華麗なる賭け」の音楽を制作。イギリスの俳優でシンガー、「ノエル・ハリソン/Noel Harrison」が歌ったテーマ曲「風のささやき」が、大ヒット、その年のアカデミー最優秀歌曲賞を受賞した。これまで半世紀以上にわたり、映画音楽やジャズだけでなく、シャンソン、ミュージカル、クラシック、バレエ音楽といった幅広い分野で作曲家・編曲家・指揮者・演奏家・ヴォーカリストとして活躍し、アカデミー賞、ゴールデングローブ賞、グラミー賞に何度となく輝いた本当のマエストロ、巨匠、「ミシェル・ルグラン」。こんな音楽家は、もう二度と出てこないのでは ・・・。

 合掌 ・・・・・・。

 大好きなルグランの曲を2曲。まずはルグランとも親交があった、「ローラ・フィジィ/Laura Fygi」。フルバンドをバックに小気味よくスウィングする、ロンドンのジャズ・クラブ、「ロニー・スコッツ/Ronnie Scott’s」でのライブ・アルバム、「Laura Fygi at Ronnie Scott’s」(2003)から、「I Will Wait For You」。ベースのイントロと軽快なスウィング感が身震いするほどたまらない。

Laura Fygi at Ronnie Scott’s

Laura Fygi / Verve

「I Will Wait For You – Laura Fygi」

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 そして「風のささやき/The Windmills of Your Mind」。今宵は、「スティング/Sting」の歌唱を聴いてみましょうか。「スティング」の歌唱は、1999年公開の「ピアース・ブロスナン/Pierce Brosnan」主演のリメイク版の主題歌として使われている。

【 The Windmills Of Your Mind 】 by Michel Legrand, Alan & Marilyn Bergman

「♪ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  Like a circle in a spiral       まるで螺旋の輪のように      
  Like a wheel within a wheel   まるで車輪の描く輪のように 
  Never ending or beginning,    始まりも、そして終わりもなく
  On an ever spinning wheel    果てしなく回り続ける糸車
  As the images unwind        心のイメージが解き放たれた時
  Like the circles that you find   きみの心に浮かぶ風車の
  In the windmills of your mind   描く輪のように         ♪」

 

 ブラン・ニュー・デイ

 スティング / ユニバーサル インターナショナル


   
「Sting ‎– The Windmills Of Your Mind」

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たくさんの詩を遺してくれた ~ ノーマン・ギンベル逝く ~

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 元旦から残念な訃報。

 「ロバータ・フラック/Roberta Flack」の歌唱による「やさしく歌って/Killing Me Softly」の作詞や「イパネマの娘/The Girl From Ipanema」などの英語詞で知られ、「グラミー賞/Grammy Awards」や、「アカデミー賞/Academy Awards」の受賞歴もある「ノーマン・ギンベル/Norman Gimbel」氏が12月19日、カリフォルニア州モンテシートの自宅で死去したと、28日に発表された。1927年、ニューヨーク市ブルックリン区生まれ、91歳だった。

 特にボサノヴァが好きだった私は、彼の英語詩による曲を聴くことが多かった。「イパネマの娘」の他にも、頭に浮かぶのは、「おいしい水/Água de Beber」、「メディテーション (瞑想)/Meditation」、「ソー・ナイス (サマー・サンバ)/So Nice (Summer Samba)」、「黒いオルフェのサンバ/Sweet Happy Life (Samba de Orpheo)」、「お馬鹿さん (ハウ・インセンシティブ)/How Insensitive」などなど。その他にも、このブログでも何回もとり上げてた、「ヘンリー・マンシーニ/Henry Mancini」作曲の「スロー・ホット・ウィンド/Slow Hot Wind」や「カナダの夕陽/Canadian Sunset」、とりわけ、フランス映画、「シェルブールの雨傘/The Umbrellas Of Cherbourg」(1964年公開)の挿入曲、「I Will Wait For You」の英語詞が忘れられません。そうそう、ラテンの名曲、「スウェイ(キエン・セラ)/Sway(Quién será)」の英語詩も彼の手になる。本当に私の好きな多くの詩(うた)を遺して逝ってしまった。

合掌 ・・・・・ 。

 そうですね、「ノーマン・ギンベル」に捧げられた、「コニー・エヴィンソン/Connie Evingson」のアルバム、「Sweet Happy Life:The Lyrics of Norman Gimbel」を取り上げましょうか。全18曲、私の上げた曲はすべて収録されている。

 Sweet Happy Life

 Connie Evingson / CD Baby

その中から、映画「黒いオルフェ」でお馴染み、「オルフェのサンバ/Samba de Orfeu」、ノーマンの英語詩タイトル「Sweet Happy Life」、そして「Sway/キエンセラ」を ・・・。  

「Connie Evingson - Sweet Happy Life」

「♪ My wish for you, sweet happy life
   May all the days of the year that you live be laughing days
   With all my heart, sweet happy life
   And may the night times that follow the day be dancing nights
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  ♪」

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「Sway (Quien Sera) – Connie Evingson」

「♪ When Marimba Rhythms start to play
   Dance with me, make me sway
   Like a lazy ocean hugs the shore
   Hold me close, sway me more
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・   ♪」

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昇り竜のお銀逝く ~ 我が青春の銀幕ヒロイン ~

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 報道によると、映画「女賭博師」シリーズの「昇り竜のお銀」などで知られる女優の「江波杏子」さんが、先月27日に肺気腫(慢性閉塞性肺疾患)の急性増悪のため亡くなったことが2日、分かった。76歳だったという。

 「黒澤明」、「熊井啓」、「野村芳太郎」作品などのほかは、あまり邦画は見なかった学生時代であったが、その不思議な美貌に惹かれて、「江波杏子」の出演作品はいくつか見た。(参照拙ブログ 「我が青春のシネマ・グラフィティ(12) ~ 江波杏子/女賭博師 ~ 」

 ヤクザ映画全盛期、女賭博師シリーズ(1966年~1971年、大映)の「昇り竜のお銀」こと、「大滝銀子」役で、東映の緋牡丹博徒シリーズ、「緋牡丹のお竜」こと矢野竜子役、藤純子(現在は富司純子)と人気を二分した。映画のストーリーなどはまったく覚えていないが、「お銀」というより、アンバランスで不思議な顔立ちのその美貌と、和服に包まれてはいたが、グラマラスな肢体を持つ、「江波杏子」その人自身のファンであったかもしれない。青臭い時代に夢中になった銀幕のヒロインがまた一人逝ってしまった。

 2016年に放送された神戸を舞台にした、NHK連続テレビ小説「べっぴんさん」にジャズ喫茶「ヨーソロー」の女主人、「大村すず」役で出演していた姿を見て、懐かしく思ったが、その朝ドラのジャズ喫茶のシーンでたびたび流れていた曲をもって彼女に捧げるとしよう。

 合掌 ・・・・。

 「ソニー・クラーク/Sonny Clark」の「クール・ストラッティン/Cool Struttin’」と「ブルー・マイナー/Blue Minor」。「脚ジャケ」として有名なアルバム、「Cool Struttin’」(1958)から。青臭かったあの頃、ジャズ喫茶で夢中になって聴いた曲でもある。

 パーソネルは、「Sonny Clark (Piano)」、「ジャッキー・マクリーン/Jackie McLean (Alto Saxophone)」、「アート・ファーマー/Art Farmer (Trumpet)」、「ポール・チェンバース/Paul Chambers (Bass)」、「フィリー・ジョー・ジョーンズ/Philly Joe Jones (Drums)」。

 クール・ストラッティン

 ソニー・クラーク / ユニバーサル ミュージック

「Sonny Clark – Cool Struttin’ 」

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「Sonny Clark – Blue Minor」

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シャルル・アズナヴール逝く ~ これで3人とも鬼籍に ~

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 フランスを代表するシャンソン歌手の「シャルル・アズナヴール/Charles Aznavour」が亡くなった。94歳だった。1924年、アルメニア系移民の両親のもと、パリで生まれ、幼少から俳優と歌手を志して、パリの小さな舞台で日銭を稼ぎ、1946年、シャンソン歌手、「エディット・ピアフ/Édith Piaf」に見込まれて前座で歌い、名が知られるようになった。

 いままで1400曲以上のシャンソンを書く傍ら、俳優としても大いに活躍。低くて渋いしゃがれ声が特徴で、今年の9月には、94歳という高齢で来日し、休憩なしの2時間、2日間のコンサートを開いたばかりだった。

 つい最近、このブログでも取り上げたばかりであるが、ジャズ好きの私にとっても、もう残念なことに二人共すでに鬼籍に入ってしまった、「アンリ・サルヴァドール/Henri Salvador」、「ピエール・バルー/Pierre Barouh」とならんで、気にかかる存在だった男性シャンソン歌手であったが、これでもう3人とも鬼籍に入ってしまった。(参照拙ブログ 「台風直撃の日は ・・・ 」

 代表曲、「ラ・ボエーム/La bohême」を。フランス語はさっぱりですが、「何にもとらわれずに自由に暮らすボヘミアン」という意味のようです。NETで見つけた、自由にお使いくださいという訳を読むと、まだ貧しかったが、心には希望や憧れがあった1970年代の雰囲気や薫りが、立ち上ってくるようだ。

 合掌 ・・・・・。

【 La bohême 】   by Charles Aznavour  

「♪ Je vous parle d’un temps  君たちに昔のことを話そう
  Que les moins de vingt ans  20歳以下の人には
  Ne peuvent pas connaître  わからない話しだろう
  Montmartre en ce temps-là  モンマルトルでは、そのころ
  Accrochait ses lilas       ラィラックの枝の先が
  Jusque sous nos fenêtres   ぼくらの住んでいたアパートの窓まで届いていた
  Et si l’humble garni      家具付きの安アパートだった
  Qui nous servait de nid    そこがぼくらの愛の巣だった
  Ne payait pas de mine     見かけはオンボロだった
  C’est là qu’on s’est connu   そこでぼくらは知り合った
  Moi qui criait famine      ぼくはお腹がすいたと大声を出し
  Et toi qui posais nue      そして、君はヌードでポーズをとっていた

  La bohème, la bohème     ラ ボエーム、 ラ ボエーム
  Ça voulait dire on est heureux  ぼくらは幸せだったってことだ
  La bohème, la bohème     ラ ボエーム、 ラ ボエーム
  Nous ne mangions qu’un jour sur deux  ぼくらは、二日に一日は食う金もなかった

  ・・・・・・・・・・・・・・・      ・・・・・・・・・・・・・・    ♪」 
                                  (訳はNETより拝借)

 グレイテスト・ヒッツ・フォー・ジャパン

 シャルル・アズナブール / EMIミュージック・ジャパン

「Charles Aznavour – La Boheme」

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 若かりし日のライブも ・・・。

「Charles Aznavour – La Boheme」

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音楽的同士A君逝く

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 突然飛び込んできた悲報。50年も前の大学生のころ、バンドを組んでいたメンバーの一人、サックス担当のA君がなくなったと奥様からメールが入った。

 昭和40年(1965年)大学入学、昭和44年(1969年)卒業、ちょうど「団塊の世代」の1年前に生まれた世代である。東大紛争(1969)、70年安保闘争前夜、学生運動が激化した時代に、ノンポリ、バンド活動に明け暮れた仲間である。そんな意味で、政治的同士ではなく、その当時は熱い思いをもった音楽的同士だったといえる。(参照拙ブログ 「我が青春のジャズ・グラフィティ(3)  ~我が愛しの異邦人~ 」 )

 卒業してからは、私はほとんど音楽活動をしなくなったが、A君は、退職後、時間の余裕が出来たのか、プロの手ほどきを受けて、サックスの腕を磨き、アマでありながら、毎年6年続けてライブを開くまでの腕になっていた。何回かライブへの誘いを受けたが、行けなかったことが残念である。

 その後、肺炎を患い、肺活量が減少、息が続かないからサックスを断念し、ギターに持ち替えてライブを目指したいという知らせを受けたのが、2015年の夏。2016年春にはギターでのライブを開いたが、病状が悪化したのか、音楽活動を断念せざるを得なくなったとはがきをもらったのが、昨年春。淡々とした文面であったが、彼の悔しさは伝わってきた。(参照拙ブログ 『音楽的同志「A」君へ 』 )

 彼いわく、「ポール・デスモンドの音色に似ていると周りから言われている」と。 きっと優しくしなやかな音色なんだ。「ポール・デスモンド/Paul Desmond」のアルバムの中でも私が一番好きなアルバム、学生時代によく通っていた店のマスターから教えてもらたアルバム、「テイク・テン/Take Ten」 (1963年)を聴いて過ごす。50年たっても、未だに愛聴盤のひとつ。あの濃密だった時代の思い出とともに ・・・。

 彼の音楽を愛した情熱に献杯。そして、思い出に感謝。  合掌 ・・・。

 Take Ten

 Paul Desmond / RCA

1. Take Ten/2. El Prince/3. Alone Together/4. Embarcadero /5. Theme From Black Orpheus /6. Nancy /7. Samba De Orfeo /8. The One I Love (Belongs To Somebody Else)
  
「Paul Desmond ー Take Ten (Full Album)」

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 そして、彼のサックスをフューチャーしたレパートリーだった「ピーター・ガンのテーマ/Peter Gunn Theme」。「ブルース・ブラザーズ/The Blues Brothers」(1980)より。

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The Blues Brothers , Soundtrack
ブルース・ブラザーズ
Atlantic / Wea


     
     

「Blues Brothers – Peter Gunn Theme」

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ソウルの女王、アレサ・フランクリン死去

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 ソウル音楽の「女王」と呼ばれた米歌手、「アレサ・フランクリン/Aretha Franklin」さんが16日、膵臓がんのためミシガン州デトロイトの自宅で死去した。76歳。

 テネシー州メンフィス生まれ、デトロイト育ち。1967年、「オーティス・レディング/Otis Redding」のカバー曲「リスペクト/Respect」で全米1位となり、一躍注目を浴びた。ゴスペルの影響が色濃い、パワフルな歌声を持ち味に、カバー曲でさえも独自の世界観に染め上げた。グラミー賞を18回受賞し、1987年には女性として初めて「ロックの殿堂」入りしたほか、米国の音楽誌「ローリング・ストーン」の「歴史上最も偉大なシンガー」に選ばれた。クリントン、オバマ両元大統領の就任式でも歌声を披露した。

 代表曲は「チェイン・オブ・フールズ/Chain Of Fools」(ドン・コヴェイ/Don Covay)、「ナチュラル・ウーマン/(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」(キャロル・キング/Carole King)、「小さな願い/I Say A Little Prayer」(バート・バカラック&ハル・デヴィッド/Burt Bacharach & Hal David)、「Bridge Over Troubled Water(邦題:明日に架ける橋)」(サイモン&ガーファンクル/Simon & Garfunkel)など。「Bridge Over Troubled Water」はゴスペルにアレンジされており、特に当時アパルトヘイトで苦しんだ南アフリカでヒットし、教会で賛美歌として歌われるようになったという。

 2009年1月、アメリカ合衆国第44代大統領「バラク・オバマ/Barack Obama」の就任式式典にて「My Country, ‘Tis of Thee」(“America”)を祝唱した。 2018年8月16日、膵臓がんのため、ミシガン州デトロイトの自邸で死去。(ネットより)

 「レイ・チャールズ/Ray Charles」、「オーティス・レディング」に導かれ、このジャンルの音楽も聴くようになり、そこにいたのが、「アレサ・フランクリン」、「ニーナ・シモン/Nina Simon」、「エタ・ジェイムズ/Etta James」であった。

 合掌 ・・・・・


【  (You Make Me Feel Like) A Natural Woman 】
  by Gerry Goffin / Carole King / Jerry Wexler

「♪ Looking out on the morning rain     降りしきる朝の雨を眺めていても
  I used to feel so uninspired          心を動かされはしないわ
  And when I knew I had to face another day  また一日に向き合わなければと思うと
  Lord, it made me feel so tired         心が疲れるわ
  Before the day I met you, life was so unkind あなたに会うまで人生は過酷なものだった
  But your the key to my peace of mind   でも、あなたが私の心を安らかにしてくれた

  ’Cause you make me feel,         だってあなたといると    
  You make me feel,             あなたといると
  You make me feel like           あなたといると
  A natural woman              ありのままの私でいられるから

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・    ・・・・・・・・・・・・・・  ♪」

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5CD ORIGINAL ALBUM SERIES BOX SET/ARETHA FRANKLIN Box set
アレサ・フランクリン/Aretha Franklin
Warner Music


      
      


「Aretha Franklin ー (You Make Me Feel Like) A Natural Woman (Kennedy Center Honors 2015)」

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「Aretha Franklin ー Bridge Over Troubled Water」

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遅ればせながら冥福を祈ろう

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 ここ1年近くになるでしょうか、森林ボランティアの山作業、イベントや、桜や花の追っかけなどで忙しく、新譜やアーティストの動向等のチェックを怠っていた。しばらくぶりにチェックをしてみると、びっくりするような悲しいニュースに出くわした。

 オーストラリアを代表する人気シンガー、「ジャネット・サイデル/Janet Seidel」が、去年、2017年8月7日にシドニーの病院で死去したというのである。いや、全く知らなかった。まだ私よりだいぶ若く、そんな年ではないと思っていたのに ・・・。享年62歳だという。

 その優しい歌声ゆえ、私が「ほっこりおばさん」と呼んでいる「ジャネット・サイデル」。彼女のことは、このブログでも随分と取り上げている。最初の登場は2006年8月29日、「我が心のミューズたち(1)~ジャネット・サイデル~」。以来、最も取り上げた女性シンガーであろう。現役時代、北新地にあった私の隠れ家的ジャズ・バーに訪れていたことを知って、地団駄踏んだのも思い出の一つ。

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 彼女を知るきっかけとなった、「マイアミ・ビーチ・ルンバ/Miami Beach Rhumba」を聴いて、遅ればせながら冥福を祈ろう。

 合掌 ・・・・。

アート・オブ・ラウンジ~マイアミ・ビーチ・ルンバ

ジャネット・サイデルインディペンデントレーベル

「Janet Seidel - Miami Beach Rhumba」

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