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シャルル・アズナヴール逝く ~ これで3人とも鬼籍に ~

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 フランスを代表するシャンソン歌手の「シャルル・アズナヴール/Charles Aznavour」が亡くなった。94歳だった。1924年、アルメニア系移民の両親のもと、パリで生まれ、幼少から俳優と歌手を志して、パリの小さな舞台で日銭を稼ぎ、1946年、シャンソン歌手、「エディット・ピアフ/Édith Piaf」に見込まれて前座で歌い、名が知られるようになった。

 いままで1400曲以上のシャンソンを書く傍ら、俳優としても大いに活躍。低くて渋いしゃがれ声が特徴で、今年の9月には、94歳という高齢で来日し、休憩なしの2時間、2日間のコンサートを開いたばかりだった。

 つい最近、このブログでも取り上げたばかりであるが、ジャズ好きの私にとっても、もう残念なことに二人共すでに鬼籍に入ってしまった、「アンリ・サルヴァドール/Henri Salvador」、「ピエール・バルー/Pierre Barouh」とならんで、気にかかる存在だった男性シャンソン歌手であったが、これでもう3人とも鬼籍に入ってしまった。(参照拙ブログ 「台風直撃の日は ・・・ 」

 代表曲、「ラ・ボエーム/La bohême」を。フランス語はさっぱりですが、「何にもとらわれずに自由に暮らすボヘミアン」という意味のようです。NETで見つけた、自由にお使いくださいという訳を読むと、まだ貧しかったが、心には希望や憧れがあった1970年代の雰囲気や薫りが、立ち上ってくるようだ。

 合掌 ・・・・・。

【 La bohême 】   by Charles Aznavour  

「♪ Je vous parle d’un temps  君たちに昔のことを話そう
  Que les moins de vingt ans  20歳以下の人には
  Ne peuvent pas connaître  わからない話しだろう
  Montmartre en ce temps-là  モンマルトルでは、そのころ
  Accrochait ses lilas       ラィラックの枝の先が
  Jusque sous nos fenêtres   ぼくらの住んでいたアパートの窓まで届いていた
  Et si l’humble garni      家具付きの安アパートだった
  Qui nous servait de nid    そこがぼくらの愛の巣だった
  Ne payait pas de mine     見かけはオンボロだった
  C’est là qu’on s’est connu   そこでぼくらは知り合った
  Moi qui criait famine      ぼくはお腹がすいたと大声を出し
  Et toi qui posais nue      そして、君はヌードでポーズをとっていた

  La bohème, la bohème     ラ ボエーム、 ラ ボエーム
  Ça voulait dire on est heureux  ぼくらは幸せだったってことだ
  La bohème, la bohème     ラ ボエーム、 ラ ボエーム
  Nous ne mangions qu’un jour sur deux  ぼくらは、二日に一日は食う金もなかった

  ・・・・・・・・・・・・・・・      ・・・・・・・・・・・・・・    ♪」 
                                  (訳はNETより拝借)

 グレイテスト・ヒッツ・フォー・ジャパン

 シャルル・アズナブール / EMIミュージック・ジャパン

「Charles Aznavour – La Boheme」

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 若かりし日のライブも ・・・。

「Charles Aznavour – La Boheme」

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音楽的同士A君逝く

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 突然飛び込んできた悲報。50年も前の大学生のころ、バンドを組んでいたメンバーの一人、サックス担当のA君がなくなったと奥様からメールが入った。

 昭和40年(1965年)大学入学、昭和44年(1969年)卒業、ちょうど「団塊の世代」の1年前に生まれた世代である。東大紛争(1969)、70年安保闘争前夜、学生運動が激化した時代に、ノンポリ、バンド活動に明け暮れた仲間である。そんな意味で、政治的同士ではなく、その当時は熱い思いをもった音楽的同士だったといえる。(参照拙ブログ 「我が青春のジャズ・グラフィティ(3)  ~我が愛しの異邦人~ 」 )

 卒業してからは、私はほとんど音楽活動をしなくなったが、A君は、退職後、時間の余裕が出来たのか、プロの手ほどきを受けて、サックスの腕を磨き、アマでありながら、毎年6年続けてライブを開くまでの腕になっていた。何回かライブへの誘いを受けたが、行けなかったことが残念である。

 その後、肺炎を患い、肺活量が減少、息が続かないからサックスを断念し、ギターに持ち替えてライブを目指したいという知らせを受けたのが、2015年の夏。2016年春にはギターでのライブを開いたが、病状が悪化したのか、音楽活動を断念せざるを得なくなったとはがきをもらったのが、昨年春。淡々とした文面であったが、彼の悔しさは伝わってきた。(参照拙ブログ 『音楽的同志「A」君へ 』 )

 彼いわく、「ポール・デスモンドの音色に似ていると周りから言われている」と。 きっと優しくしなやかな音色なんだ。「ポール・デスモンド/Paul Desmond」のアルバムの中でも私が一番好きなアルバム、学生時代によく通っていた店のマスターから教えてもらたアルバム、「テイク・テン/Take Ten」 (1963年)を聴いて過ごす。50年たっても、未だに愛聴盤のひとつ。あの濃密だった時代の思い出とともに ・・・。

 彼の音楽を愛した情熱に献杯。そして、思い出に感謝。  合掌 ・・・。

 Take Ten

 Paul Desmond / RCA

1. Take Ten/2. El Prince/3. Alone Together/4. Embarcadero /5. Theme From Black Orpheus /6. Nancy /7. Samba De Orfeo /8. The One I Love (Belongs To Somebody Else)
  
「Paul Desmond ー Take Ten (Full Album)」

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 そして、彼のサックスをフューチャーしたレパートリーだった「ピーター・ガンのテーマ/Peter Gunn Theme」。「ブルース・ブラザーズ/The Blues Brothers」(1980)より。

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The Blues Brothers , Soundtrack
ブルース・ブラザーズ
Atlantic / Wea


     
     

「Blues Brothers – Peter Gunn Theme」

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ソウルの女王、アレサ・フランクリン死去

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 ソウル音楽の「女王」と呼ばれた米歌手、「アレサ・フランクリン/Aretha Franklin」さんが16日、膵臓がんのためミシガン州デトロイトの自宅で死去した。76歳。

 テネシー州メンフィス生まれ、デトロイト育ち。1967年、「オーティス・レディング/Otis Redding」のカバー曲「リスペクト/Respect」で全米1位となり、一躍注目を浴びた。ゴスペルの影響が色濃い、パワフルな歌声を持ち味に、カバー曲でさえも独自の世界観に染め上げた。グラミー賞を18回受賞し、1987年には女性として初めて「ロックの殿堂」入りしたほか、米国の音楽誌「ローリング・ストーン」の「歴史上最も偉大なシンガー」に選ばれた。クリントン、オバマ両元大統領の就任式でも歌声を披露した。

 代表曲は「チェイン・オブ・フールズ/Chain Of Fools」(ドン・コヴェイ/Don Covay)、「ナチュラル・ウーマン/(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」(キャロル・キング/Carole King)、「小さな願い/I Say A Little Prayer」(バート・バカラック&ハル・デヴィッド/Burt Bacharach & Hal David)、「Bridge Over Troubled Water(邦題:明日に架ける橋)」(サイモン&ガーファンクル/Simon & Garfunkel)など。「Bridge Over Troubled Water」はゴスペルにアレンジされており、特に当時アパルトヘイトで苦しんだ南アフリカでヒットし、教会で賛美歌として歌われるようになったという。

 2009年1月、アメリカ合衆国第44代大統領「バラク・オバマ/Barack Obama」の就任式式典にて「My Country, ‘Tis of Thee」(“America”)を祝唱した。 2018年8月16日、膵臓がんのため、ミシガン州デトロイトの自邸で死去。(ネットより)

 「レイ・チャールズ/Ray Charles」、「オーティス・レディング」に導かれ、このジャンルの音楽も聴くようになり、そこにいたのが、「アレサ・フランクリン」、「ニーナ・シモン/Nina Simon」、「エタ・ジェイムズ/Etta James」であった。

 合掌 ・・・・・


【  (You Make Me Feel Like) A Natural Woman 】
  by Gerry Goffin / Carole King / Jerry Wexler

「♪ Looking out on the morning rain     降りしきる朝の雨を眺めていても
  I used to feel so uninspired          心を動かされはしないわ
  And when I knew I had to face another day  また一日に向き合わなければと思うと
  Lord, it made me feel so tired         心が疲れるわ
  Before the day I met you, life was so unkind あなたに会うまで人生は過酷なものだった
  But your the key to my peace of mind   でも、あなたが私の心を安らかにしてくれた

  ’Cause you make me feel,         だってあなたといると    
  You make me feel,             あなたといると
  You make me feel like           あなたといると
  A natural woman              ありのままの私でいられるから

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・    ・・・・・・・・・・・・・・  ♪」

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5CD ORIGINAL ALBUM SERIES BOX SET/ARETHA FRANKLIN Box set
アレサ・フランクリン/Aretha Franklin
Warner Music


      
      


「Aretha Franklin ー (You Make Me Feel Like) A Natural Woman (Kennedy Center Honors 2015)」

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「Aretha Franklin ー Bridge Over Troubled Water」

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遅ればせながら冥福を祈ろう

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 ここ1年近くになるでしょうか、森林ボランティアの山作業、イベントや、桜や花の追っかけなどで忙しく、新譜やアーティストの動向等のチェックを怠っていた。しばらくぶりにチェックをしてみると、びっくりするような悲しいニュースに出くわした。

 オーストラリアを代表する人気シンガー、「ジャネット・サイデル/Janet Seidel」が、去年、2017年8月7日にシドニーの病院で死去したというのである。いや、全く知らなかった。まだ私よりだいぶ若く、そんな年ではないと思っていたのに ・・・。享年62歳だという。

 その優しい歌声ゆえ、私が「ほっこりおばさん」と呼んでいる「ジャネット・サイデル」。彼女のことは、このブログでも随分と取り上げている。最初の登場は2006年8月29日、「我が心のミューズたち(1)~ジャネット・サイデル~」。以来、最も取り上げた女性シンガーであろう。現役時代、北新地にあった私の隠れ家的ジャズ・バーに訪れていたことを知って、地団駄踏んだのも思い出の一つ。

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 彼女を知るきっかけとなった、「マイアミ・ビーチ・ルンバ/Miami Beach Rhumba」を聴いて、遅ればせながら冥福を祈ろう。

 合掌 ・・・・。

アート・オブ・ラウンジ~マイアミ・ビーチ・ルンバ

ジャネット・サイデルインディペンデントレーベル

「Janet Seidel - Miami Beach Rhumba」

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さらば、青春のシネマ・グラフィティ ~ ジャンヌ・モロー逝く ~

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 『映画「死刑台のエレベーター/Ascenseur pour l’échafaud」(1958)、「恋人たち/Les amants」(1958)、「雨のしのび逢い/Moderato cantabile」(1960)、「突然炎の如く/Jules et Jim」(1962)など数々の作品で知られるフランスの大女優、「ジャンヌ・モロー/Jeanne Moreau」が31日、89歳でパリの自宅で死去した。』とフランスのメディアが報じた。

 1928年パリにて、フランス人の父親とイギリス人の母親の間に生まれる。「フランス国立高等演劇学校 (コンセルヴァトワール)」で演技を学び、1948年にデビュー。その後、1950~60年代に、「ルイ・マル/Louis Malle」、「フランソワ・トリュフォー/François Truffaut」などヌーヴェル・ヴァーグ時代を代表し、映画史に名を刻む名監督たちの数々の傑作に出演した。ヌーヴェル・ヴァーグ時代の映画はほとんど見ているが、とりわけ、「死刑台のエレベーター/Ascenseur pour l’échafaud」は、私の映画歴、ジャズ歴に大きな影響を与えた作品でもある。

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 その後、「リュック・ベッソン/Luc Besson」監督の「ニキータ/Nikita」(1990)などにも出演。その1シーンの舞台となったパリの「リヨン駅」の中にある「ル・トラン・ブリュー/La Train Bleu 」、「ブルー・トレイン」と言う名のレストランで食事をしたこともある。
 
 さらに2013年には、10年ぶりの主演作「クロワッサンで朝食を/Une Estonienne à Paris」が日本公開され、全く老いを感じさせない鋭い眼光と圧倒的な演技力を見せてくれた「ジャンヌ・モロー」。「フランス映画界の至宝」とさえ呼ばれていたという。(参照拙ブログ「青春のシネマ・グラフィティ(5) ~突然炎のごとく/ジャンヌ・モロー~」「ジャンヌ・モロー、その存在感は今も ・・・ ~クロワッサンで朝食を~ 」「第14回 ダ・ヴィンチ コード」 など)

さて、「ジャンヌ・モロー」、歌手でもあった。「突然炎の如く」の中で歌ったシーンをご記憶の方も多いのでは ・・・。あの映画の中で、ジャンヌが歌うシャンソンは、「つむじ風/Le Tourbillon」。トリュフォーがその場で即興で映画に取り入れたものだという。 その「つむじ風」をアルバム・タイトルにして、シャンソン、ボサ・ノバ、ジャズ、ポップスを「ジャンヌ・モロー」が軽やかに歌うアルバム、「つむじ風」がある。

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ジャンヌ・モロー / マーキュリー・ミュージックエンタテインメント


「Jeanne Moreau-Le Tourbillon De La Vie (in Jules et Jim) 」
 映画のシーンから。

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さらば、青春のシネマ・グラフィティ、「ジャンヌ・モロー」。

合掌 ・・・・・。

ロックンロールの父 チャック・ベリー死す

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 「ロックンロールの父」と呼ばれる米ミュージシャンの「チャック・ベリー/Chuck Berry」が18日、90歳で米ミズーリ州の自宅で死去したと各紙が伝えた。「ジョニー・B・グッド/Johnny B. Goode」、「スイート・リトル・シックスティーン/Sweet Little Sixteen」、「ロール・オーバー・ベートーベン/Roll Over Beethoven」、「ロックン・ロール・ミュージック/Rock and Roll Music」など数多くのヒット曲で知られる。

 1926年、ミズーリ州セントルイス出身。人種で分離された地区で、ゴスペルやブルース、リズム&ブルース、カントリーなどを聞いて育った。黒人差別の激しかった時代、荒れた青春を送っていたが、1955年に「メイベリーン/Maybellene」で全米デビューし、人気歌手に。特徴的なギター・リフを使った音楽スタイルは、「ビートルズ/The Beatles」や「ローリング・ストーンズ/The Rolling Stones」など、多くのミュージシャンに影響を与えた。また、社会的メッセージが込められた数々の歌は、1950~60年代の若者に共感された。80歳を超えて以降もステージ活動を続けたという。(3月20日朝日新聞などから)

 我々と同時代の多くの学生バンドh彼の演奏や歌をコピーしたものである。かくいう我がバンドも、たしか「ロックン・ロール・ミュージック」が、レパートリーの一つであったように記憶している。

「Chuck Berry – Johnny B-Goode」

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 もう一つ、「チャック・ベリー」と「ジョニー・B・グッド」の思い出といえば、「ロバート・ゼメキス/Robert Zemeckis」監督のSF映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー/Back To The Future」(1985年)の一シーン。親友の科学者ドク(クリストファー・ロイド/Christopher Lloyd)の発明したタイムマシンで、1985年から1955年にタイムスリップしてしまった高校生のマーティ(マイケル・J・フォックス/Michael J. Fox)。マーティの父・ジョージと母・ロレインが結婚のきっかけを得たプロムで「ジョニー・B・グッド」を飛び入り演奏するシーンである。この演奏を聴いてびっくりしたチャックのいとこのバンドマン、マーティンがチャックに電話するというシーンには思わず大笑いし、感心してしまった。

「ジョニー・B・グッドを歌うマイケル・J・フォックス(バック・トゥ・ザ・フューチャーより)」

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 その歌で、また映画のパロディで若き日の私を楽しませてくれた「チャック・ベリー」。

 合掌 ・・・。

ボサノバの布教者、ピエール・バルー逝く

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年末に突然飛び込んできた訃報。

『フランスのミュージシャンで俳優のピエール・バルーさんが28日、心臓発作のためパリの病院で死去した。82歳だった。クロード・ルルーシュ監督の映画「男と女」(66年)に出演。「ダバダバダ~」のスキャットで知られるフランシス・レイ作曲の主題歌で作詞と歌を担い、世界中でヒットした。ブラジル音楽のボサノバを仏に広めたことでも知られる』(朝日新聞より)

「ピエール・バルー(Pierre Barouh)」。数少ないわたし御贔屓の男性歌手であった。わたしも同じ「ダルトニアン(色覚異常者)」ということで、親近感もあった。

「ピエール・バルー」。私がBossa Novaに魅せられたのは、「クロード・ルルーシュ/Claude Lelouch」監督の映画「男と女/原題;Un homme et une femme 」(1966)からである。劇中、ヒロイン「アヌーク・エーメ/Anouk Aimée」のかっての夫で、命を落とすスタントマン役が「ピエール・バルー」であった。バルー自ら劇中で歌う、ダバダバダ・・・で始まる有名な「男と女」のテーマ曲、ボサノバとその創始者たちへの「讃」でちりばめられた「サンバ・サラヴァ(男と女のサンバ)/Samba Saravah 」。映画の素晴らしさは勿論、当時初めて聴くボサノバ、その新鮮な衝撃は今でも憶えている。(参照拙ブログ「ピエール・バルー   ~ダルトニアンに生まれて~ 」 「男唄に男が惚れて(5) ~バルー、サルバドール、セグンド 人生の達人たち~ 」 など)

遠くを見つめているその眼差し。
あなたがいたから、今、私たちはボサノヴァを楽しめる。
感謝。  
そして合掌 ・・・。

男と女 オリジナル・サウンドトラック 2016リマスター・エディション

フランシス・レイ/ピエール・バルー他 / 日本コロムビア

「Francis Lai, Nicole Croisille, Pierre Barouh – Un homme et une femme」

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「Pierre Barouh – Samba Saravah」

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伝説的シンガー・ソングライター、「レナード・コーエン」逝く

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カナダ出身のシンガー・ソングライターで、詩人や小説家としても活躍したレナード・コーエン氏が死去したことが10日、同氏のフェイスブックで発表された。82歳だった。

声明は「深い悲しみとともに、伝説的な詩人、シンガー・ソングライター、アーティストであったレナード・コーエンが死去したことをお知らせする。われわれは、音楽界で最も崇拝され、多くの作品を残した才能豊かなアーティストの一人を失った」としている。

「ハレルヤ」や「さよならマリアンヌ」などの代表曲があり、渋いしゃがれ声で世界中のファンを魅了した。詩人・小説家としても知られる。自己の内面などを歌い上げ、「ノーベル文学賞にふさわしい歌詞を書くミュージシャン」と評価する声もあった。(NETより)

「レナード・コーエン/Leonard Norman Cohen」。1934年カナダ・モントリオール生まれ。20代の頃は詩人、小説家として活躍するが、30代半ばの68年、自らシンガー・ソングライターとしてレコード・デビュー。デカダンな雰囲気で特にヨーロッパで絶大な人気を獲得。日本でも熱心なファンも多い。過去30年間に記した詩集、小説、そして12枚に及ぶアルバムを通じて、人間の奥深くに潜む内面世界の謎を認識し、それに対する自分のメッセージ、ヴィジョンを発し続けてきた。70歳を超えてもアルバムをリリースするなど精力的に活動中。漂白の詩人、異端のシンガーソングライターと呼ばれ、後の世代に多大な影響を与えている。奇しくも今年のノーベル文学賞は、「ボブ・ディラン/Bob Dylan」が受賞した。

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私もこのブログで何回かとりあげたことがあり、ダミ声が大好き人間の私にとって、彼は、「ジョー・コッカー/Joe’ Cocker」、「トム・ウェイツ/Tom Waits」などとならんで、好きなアーティストの一人であった。そして、彼の代表曲の一つ、「Dance Me To The End Of Love(邦題;哀しみのダンス)」は、私の音楽的持病「特定曲症候群」を発症させる曲でもあった。(参照拙ブログ 「60歳過ぎたら聴きたい歌(15) ~ Dance Me To The End Of Love~」

原詞も訳詞も難解で、宗教的な背景があることはわかるが、詩が何を意味するのか、実際のところほとんど何も分からない。そして、陰々滅々たる歌い方は、まるでファドかシャンソンを聴いているよう。意味がわからないまま、コーエンのこの歌唱は、病み付きになるほど心に染み入る名唱であった。

モア・ベスト・オブ・レナード・コーエン

レナード・コーエン / ソニーレコード



【 Dance Me To The End Of Love/哀しみのダンス 】
 
              Leonard Cohen 作詞作曲 滝上よう子 訳詩(ライナー・ノーツから)

「♪ 情熱のヴァイオリンにあわせ踊らせてください
    どんなに辛くとも神に召されるまで踊りましょう
    どうか私の鳩になって安らぎを与えてください
    愛が果てるまでおどりましょう

    たとえみんな去ってしまっても踊り続けましょう
    バビロンの人達のようにあなたのお姿を感じたいのです
    あなたの愛は永遠だと教えてください
    愛が果てるまでおどりましょう

       ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・    ♪」

「Leonard Cohen’s song “Dance Me To The End of Love」

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そして、今年の「伊勢志摩サミット」の時にも、このブログで取り上げた記事。その中で触れた危機感、「ドナルド・トランプ/Donald Trump」米国大統領、フランス人至上主義を掲げる右翼政党・国民戦線の党首、「マリーヌ・ルペン/Marine Le Pen」フランス大統領、英国のEU離脱のうち2つが、実現してしまった。(参照拙ブログ「明るいミライが思い浮かばない」) いやな、予感があたってしまったのだ。

やりきれないほどの暗い未来を歌っているコーエンの歌がある。「ザ・フューチャー/The Future」。同名のアルバム、「The Future」(1992)にも、「モア・ベスト・オブ・レナード・コーエン」にも収録されている。こんな歌を残して逝ってしまったコーエン。

合掌 ・・・。

【 The Future 】  By Leonard Cohen

「♪ Give me back my broken night    壊れちまった俺の夜を返せ
   My mirrored room, my secret life   俺の鏡張りの部屋も、俺の秘密の生活も
   It’s lonely here                 ここでは俺、たった一人だ
   There’s no one left to torture      拷問する輩もいない
   Give me absolute control         絶対的な支配権を俺に与えろ
   Over every living soul           他のすべての生きた魂や
   And lie beside me, baby          私の周りにある嘘を支配する力を
   That’s an order!                ベイビー、それは、命令だ!

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・             ・・・・・・・・・・・・・

  Give me back the Berlin wall        ベルリンの壁を返せ
  Give me Stalin and St. Paul         スターリンも聖パウロも
  I’ve seen the future, brother:        自分は未来を見てきた
  It is murder                   それは殺人だ
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   ♪」

Future

Leonard Cohen / Sony

「Leonard Cohen – The Future」

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ジャズ・ハーモニカのレジェンド逝く ~ トゥーツ・シールマンス ~

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ベルギーのジャズ・ハーモニカ奏者、「トゥーツ・シールマンス/ “Toots” Thielemans」氏が、22日、ベルギーの病院で死去、94歳。転倒で入院していたが、死因は老衰とされる。

1922年、ブリュッセル生まれ。3歳でアコーディオンを学んだ後、ハーモニカを始めた。1950年にクラリネット奏者の「ベニー・グッドマン/」の欧州ツアーに参加し、国際的にも知られる存在となった。1952年に渡米。「チャーリー・パーカー/Charles Parker」や「マイルス・デイビス/Miles Davis」、「エラ・フィッツジェラルド/Ella Fitzgerald」、「ビル・エヴァンス/Bill Evans」らジャズ界のスターだけでなく、「ポール・サイモン/Paul Simon」、「ビリー・ジョエル/Billy Joel」 など、POS界のビッグ・ネイムとも共演し、ジャズ界の「伝説的なハーモニカ奏者」として不動の評価を得た。米国の子供向け番組「セサミストリート」のテーマ曲を演奏したことでも知られる。5年ほど前、最後の来日公演も行った。「ビートルズ/The Beatles」の「ジョン・レノン/John Lennon」はトゥーツの演奏を見て影響を受け、そのスタイルに憧れたひとりであるという。

ハーモニカという、地味で異色の楽器による演奏をジャズ界に広めた功績は讃えられる。

合掌 ・・・・。

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さて、今宵は彼を偲んで、もうひとりのヨーロッパJAZZ界、大御所、JAZZヴァイオリンの先駆者として、また「ジャンゴ・ラインハルト/Django Reinhardt」の相方としても知られる「ステファン・グラッペリ/Stéphane Grappelli」とのコラボ・アルバム、「Bringing it together」を引っ張り出してきた。彼もまた、1997年に亡くなるまで、長年にわたって、ジプシー・スウィングとして特徴的な楽器で、ジャズ・ヴァイオリニストの第一人者で有り続けた。

ヴァイオリンとハーモニカ、ともに唯一無二の存在で、ヨーロッパ・ジャズのパイオニアにして大御所であるグラッペリとシールマンスのなんと初共演だというアルバム。1984年5月サンフランシスコ録音で、「ジプシー・スウィング」の薫りを色濃く宿しながら、アメリカン・ジャズとは一味も二味も違う雰囲気で、スタンダード・ナンバーを小粋にスウィングさせる。

Bringing It Together

Stephane Grappelli & Thielema / Lisem Records


   
「Stephane Grappelli & Toots Thielemans – As Time Goes By」

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そしてなんといっても忘れられない演奏が、「高倉健」主演の映画、「夜叉」の全編を流れる哀切極まりない演奏。

夜叉

サントラ / ダブリューイーエー・ジャパン

「Toots Thielemans & Masahiko Sato – YaKsa Soundtrack (1984)」

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私をヨーロッパ・ジャズへと導いてくれた

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ジャズ・プロデューサーの「木全 信(きまた・まこと)」氏が、27日、心筋梗塞のため死去、78歳。アート・ブレイキー、ケニー・ドリュー、ベニー・ゴルソンの作品など、300枚以上のジャズアルバムを制作し、米グラミー賞にも2度ノミネートされた。

こんな訃報が新聞に載った。思い起こせば、私のヨーロッパ・ジャズ、特にピアノへの関心の扉を開いてくれたのは彼だったような気がする。

ニューヨーク出身ではあるが、欧州で音楽活動を続けている「ケニー・ドリュー/Kenny Drew」を初めて聴いたとき、水彩画風のジャケットを含め、アメリカン・ジャズには感じられなかったメロディアスなタッチに新鮮さを感じて、夢中になって行ったような気がする。

そして、「オイゲン・キケロ/Eugen Cicero」、「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ/The European Jazz Trio」、その初代ピアニストだった「カレル・ボエリー/Karel Boehlee」。静謐、詩情、典雅、陰翳、哀切、古典 ・・・。間違いなくヨーロッパ・ジャズへの入口であった。

確かに木全氏プロデュースのものは聴きやすく、曲もメロディアスでいい。私のように、彼のアルバムに出会い、それからヨーロッパ・ジャズへ導かれた人も多いのではないでしょうか。

感謝、そして合掌 ・・・。

バイ・リクエスト

ケニー・ドリュー / SMJ

「Kenny Drew – By Request フルアルバム」

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 風のささやき ヨーロピアン・ジャズ・トリオ・フィーチャリング・アート・ファーマー / / エム アンド アイ カンパニー

  

「Art Farmer & European Jazz Trio – The Windmills of Your Mind」

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ブルー・プレリュード

カレル・ボエリー・トリオエムアンドアイカンパニー

「KAREL BOEHLEE TRIO – Blue Prelude」

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