JAZZYな生活

プレミアムエイジ ジョインブログ

地域まるごとミュージアム

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いよいよ4月になった。先週、私が山遊びをしている公園の管理事務所の一角に「北摂里山博物館(地域まるごとミュージアム)ビジターセンター」なるものがオープンした。私が住んでいるここ北摂地域にはいくつかの貴重な里山が残っているが、それぞれの里山の魅力や楽しみ方などに関する情報を情報端末に提供し、より多くのビジターが里山の魅力に触れてもらうことを目的として、兵庫県が県立3公園に設立したものである。

かっては、生活に必要な燃料や肥料を得るため大切に守り育てられてきた山と、その周辺の田畑やため池など、人と自然が共生してきた生物多様性に富んだ空間、いわゆる里山は、日本中どこにでもごく身近にあったが、1960年代以降の燃料革命により、ほとんどの里山は放棄されてしまった。しかし、最近のエコロジー、自然回帰などへの関心の高まりにより、再び里山が見直されてきているという。

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オープンした「北摂里山博物館(地域まるごとミュージアム)」は、いわゆる「箱モノ」の博物館ではなく、設置された情報端末からビジターが情報を得るという仕組み。都会に近いこの地域には、日本の原風景ともいわれるパッチワーク状の景観の「伝統的里山」、「菊炭」、「炭窯」、「台場クヌギ」、絶滅危惧種「エドヒガン(サクラ)」、「棚田」、「ため池」、多様な生物の生息など魅力ある素材が確かに多く潜在している。それらをどうインテグレートして魅力あるコンテンツに仕上げ、その更新、継続をどう続けるのか、また、どう遊びや体験に結び付けていくのか、そんなことが古くて新しい課題ではある。最初はもの珍しくても、やがては情報も古くなったり、マンネリ化し、やがて飽きが来るのではないかと危惧している。

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(今が満開の壇香梅)

「サウダージ/Saudade(サウダーヂあるいはサウダーデともという)」ポルトガル語がある。よくボサノバなどの歌詞で聴く言葉である。一般的には「郷愁」と訳されているが、単なる郷愁(nostalgie、ノスタルジー)でなく、温かい家庭や両親に守られ、無邪気に楽しい日々を過ごせた過去の自分への郷愁や、大人に成長した事でもう失くしてしまったかもしれない感情、古き良き時代への憧憬、懐かしい人への思慕、切なさなど幅広い感情を意味する言葉と言われる。

そんな意味での「サウダージ」という感情に近い日本の歌の一つは「涙そうそう」ではないかと思う。「夏川りみ」の歌う沖縄語バージョンを聴くと特にそう思う。ハワイ、沖縄、カリブまで、南のアイランドに寄せる郷愁を集めたコンピレーション・アルバム「リゾート・エア~パシフィカ/Resort Air~Pacifica」から。

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オムニバス 松田美緒 サンディー 夏川りみ ケアリイ・レイシェル オータサン BEGINビクターエンタテインメント

「夏川りみ ― 涙そうそう(ウチナーグチ・コンサートバージョン)」
 
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メンテナンス

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築20年、我が家のメンテナンスが始まった。外壁、屋根などの塗装である。年齢的にも資金的にも余裕のあるうちにと一大決心をしたうえでの工事である。我が家の一大関心事には違いなく、妻は、カタログの色見本を見ては、色選びに余念がなかった。台風15号が来ているというので、昨日(21日)からの開始は延期になるかと思いきや連絡があり、塗装屋さんは「予定どおりやります」という電話であった。「大丈夫かいな」と心配していたが、実際、この辺は雨だけで風はほとんどなく、さすがプロである、あれよあれよという間に4時間ほどで足場が組みあがってしまった。しかし皮肉なもので、組みあがるころには、すっかり雨もやみ、青空さえ見えていた。これから手塗で1週間ほどかかって工事が完了する予定。高水圧の洗浄後、汚れが落ち、すっかりきれいになった階段に私も妻もびっくり。

さて、リタイア爺さんの「心のメンテナンス、リフレッシュは?」と問われれば、私の場合は、やはりジャズ、映画、ミステリーであろうか? 昔からちっとも進歩がない ・・・。いやいや、最近は「山遊び」が一番かもしれないのですが ・・・。

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さあ、リフレッシュのための今宵のJAZZピアノは、「ロバート・ラカトシュ/Robert Lakatos」を選んでみました。「ハンガリーが生んだ俊才が奏でる類まれなる美音とスウィング感。切ないため息のような絶品のバラードが至福の夜へと誘う」というコピーに偽りなし。ラカトシュは、私がピアノ・トリオに望む四要素、「美しさ」、「切なさ」、「力強さ」、「心の奥に届く深さ」をすべて持っている。澤野から何枚かのアルバムがすでにリリースされているが、どれもが期待を裏切らない出来栄え。

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SO IN LOVE  ロバート・ラカトシュ・トリオ/澤野工房

3年ほど前に聴いたコンサート、彼の外見は相撲取りかと見間違うような大男であった。しかし、いったん弾き始めると、その繊細で、鮮やかなタッチで紡がれる音色は、無骨な外観からは想像できないくらい美しい。そんな彼の指先が奏でた美音が今でも耳に残っている。デビュー・アルバム「SO IN LOVE」から、オリジナルの美メロ、「Alemande」を。この曲は、「寺嶋靖国」氏セレクトの「Jazz Bar 2005」にも収録されている。

「Alemande-Robert Lakatos」

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おやじのハコものがたり(10) ~ダム潜入~

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これは要塞? 007の映画のセット? いやいや、ここはダムなのです。写真は真下から見上げた放水路と堰堤の底深く貫通している点検用の通路。

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いつも遊ばせてもらっている公園。そこは、かってこの地域に住んでいた人の里山だった。治水と水道水の貯水を主な目的として、この地にダムができ、26戸ほどあった小さな村は水没し、里山だけが残った。兵庫県はその残った里山の一部を遊べる緑地とし、元の里山はそっくりそのまま里山公園として残し、そこを我々がボランティアとして山の手入れしながら遊ばせてもらっているのである。そして、かってこの里山一帯の名産として焼かれていた一庫炭(黒炭、菊炭)の炭焼き技術も伝承しようと活動しているのである。村が水没し、公園となったきっかけは、「一庫ダム」建設である。ダム建設着工が1968年(昭和43年)、本体着工が1977年(昭和52年)竣工が1983年(昭和58年)というから、まさに高度成長期に建設された「ハコモノ」である。大阪近郊のベッドタウンとして大規模住宅開発がなされ、周辺8市町、60万人への水道の供給、下流の田畑への灌漑用水 過去にたびたび大洪水をおこした猪名川の洪水調整を目的として建設されたのである。
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毎週、その堰堤を走りながらも、一度も内部を見学したことがなかった「一庫ダム」を初めて訪れた。高さは75.0m。総貯水容量3,300万㎥の貯水池を有する中規模のダムで、現在は独立行政法人「水資源機構」が管理している。堰堤の内部やダム管理の仕組みや漏水、地震、歪検知などの安全管理の仕組みなどを見学したが、なんといっても巨大なラジアル型の放水ゲート(写真)の迫力が一番興味深かった。本当にアクション映画のひとコマみたいですね。元技術屋のためか、こういう無機質の造型物に限りなく美しさを感じてしまうのである。

民主党政権になった直後、世論としてダムへの風当たりが強い時期もあったが、ダム湖である「知明湖」の湖畔道路を使って毎年秋に行われる「一庫マラソン」、一庫公園でのイベント、エドヒガンの育成、我々の里山ボランティア活動など、この地域一体となって自然環境の保全に取り組んでいるこのダム湖周辺の一帯は市民の憩いの場となっている。

さて、ラスヴェガスから「グランド・キャニオン」にむかう途中、「フランクリン・ルーズベルト/Franklin Delano Roosevelt」アメリカ大統領が、1930年代アメリカを襲った世界恐慌を克服するために行った一連の経済政策、「ニューディール政策」の一環として建設された「フーバー・ダム/Hoover Dam」を見たことがある。貯水量の合計は250億トン程度、一庫ダムの約1,000倍、日本最大の湖である琵琶湖の貯水量に匹敵するというそのダムの巨大さに、ただただ唖然とした。1930年代にこんなものが作れるアメリカの国力を当時の政治家、軍部がちゃんと知っていたら、あんな無謀な戦争を避ける道があったのではと思ったりもした。

ところで「新規まき直し政策」とも呼ばれた「ニューディール政策/New Deal」になぞらえた政権移行後の民主党新政策のスローガン、「コンクリートから人へ」。今がもっともそれを必要とする時なのに、一体どこへ行ってしまったんでしょうね???

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(写真はブログ「フルヲさんの旅行ブログ」より無断拝借)

 

 

「グランド・キャニオン」へむかう途中、ちょっと寄り道をして映画「バグダッド・カフェ/Bagdad Café (原題;Out of Rosenheim)」(1987年制作西ドイツ映画)の撮影をしたという「ルート66」沿いの砂漠の真ん中に建つカフェの前を通った。外観、モーテル、古びたバス ・・・、あの映画の通りであった。「ルート66&バグダッド・カフェ」。なんかちょっと感激をした。その映画の挿入歌が「Calling You」。確か前回は「Holly Cole」の歌を紹介したので、今回は、オリジナル、映画バージョンの「ジェベッタ・スティール/Jevetta Steele」で聴いてみましょうか。



バグダッド・カフェ 完全版  マリアンネ・ゼーゲブレヒト / 紀伊國屋書店

「Calling you-Jevetta Steele /BAGDAD CAFE」

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おやじのハコものがたり(9) ~おおやしろ(大社)讃歌~

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奈良県桜井市の纏向(まきむく)遺跡から中心線が東西の同一線上に並んだ建物跡が発掘され、邪馬台国は卑弥呼の館ではないかと考古学ファン、古代史ファンの興味をかきたてている。この纏向遺跡は奈良盆地の東側、石上(いそのかみ)神宮、大神(おおみわ)神社をむすぶ「山辺の道」沿いにある箸墓古墳近くにあり、かねてから邪馬台国近畿説の有力候補とされてきた所である。新聞記事のCGを観ると、中心線が一致し、整然と配置されている建物群は、間違いなく権力の行使か、祭祀のための場所であるように思われる。

私は高校時代は考古学クラブに所属し、春休みには市教育委員会の発掘調査に参加していたこともあり、人一倍、考古学や古代史には関心があった。そんな私は当然のように「邪馬台国」に魅かれて行ったが、「魏志倭人伝には邪馬国という表記はない、すべて邪馬壱(壹)国である」という、わが母校で教鞭をとったこともある「古田武彦」氏の著書に触れてからは、九州説、九州王朝説を支持している。この邪馬台国論争、未だに論争の決着がつかないところが「ロマンの花」か・・・。

「邪馬台国」はなかった―解読された倭人伝の謎 (1971年) 古田 武彦 / 朝日新聞社
失なわれた九州王朝 (角川文庫 白 252-2) 古田 武彦 / 角川書店

 
 

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もうひとつの古代のハコもの、建築物で、私が強く興味を持っているのは「出雲大社」である。出雲大社本殿は、伊勢神宮の「神明造り」とともに、わが国で最古の神社建築様式とされる「大社造り」と呼ばれる形を伝え、歴史的建造物として国宝に指定されている。この出雲大社、現在も社殿の高さは24mと神社として群を抜く大きさであるが、社伝によれば、平安時代には16丈(48m)もの高さがあったと伝えられ、さらに上古には倍の32丈(約96m)もあったという。48mといえば15階建てのビルに匹敵する高さである。
 
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これはにわかには信じがたいかも知れないが、平安時代の書物『口遊(くちずさみ)』の中に、全国の大きな建物の順として「雲太、和二、京三」と記されているという。これは「出雲太郎、大和二郎、京都三郎」のことで、それぞれ1番出雲大社本殿、2番東大寺大仏殿、3番京都大極殿を指している。すなわち出雲大社は、日本で1番の建物と記されているのである。当時、東大寺大仏殿は棟高15丈だったので、この記述が正しければ、出雲大社が16丈の高さであってもおかしくはないということになる。そして近年、驚くべき発見があったのです。平成12年(2000年)4月、境内から古代末頃の巨大な柱が発見された。3本を束ねて1本とした巨大な柱の根本部分が見つかったのだ。1本の木の直径が約1.3mで、3本をたばね1本とした直径は約3mである。

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古代出雲大社本殿の巨大さを伝える資料に、出雲国造千家家に伝えられてきた建築平面図とも言うべき『金輪御造営差図(かなわのごぞうえいさしず)』がある。その図面によれば、柱の太さが1丈(3m)あり、しかも9本の柱はそれぞれ、3本の木を鉄の輪で1つに束ねってあって、まさに異様とも言える巨大さだった。それに加えて、社殿前面に描かれた引橋の長さが1町(約109m)と記されているのだ。100mもの長さの階段が必要な建物など、現実には到底存在しないとされ、どちらかといえば、この資料の信憑性が疑われてきた。
しかし、前述の発見は、まさに『金輪御造営差図』の通り。高さ48mと伝えられる建築のありさまが、具体的な証拠資料として出現したのだ。実際に高さ16丈(48m)の本殿があった可能性がきわめて高くなったといえるのだ。

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出雲大社復元図 (原図 張仁誠氏 復元 大林組)

そこで、建設という視点から、果敢なアプローチが試みられた。工学博士・福山敏男氏と大手ゼネコン・大林組のプロジェクトチームによる古代出雲大社のCGによる復元だ。その結果、壮大な柱の列を見せて16丈のCG古代出雲大社が姿を現したのです。少なくとも技術的には、16丈(48m)の高さが可能なことが、これで実証された。まさに「大社(おおやしろ)」なのだ。私は、この復元CGをかって大林組の技報で知ってから、たちどころに魅せられてしまったのだ。しかし、技術があったとはいえこの時代にこれだけの建築物を完成させるのには相当な苦労があったのだろう。権力だけでなく、祈りのような情熱が古代の民達を駆り立てていたに違いないのだ。(引用記事; 「出雲大社高層神殿の謎」 、 「出雲大社」より)

このCGをみると、もうゾクゾク、ワクワクしてきますね。奈良・平城宮跡や東大寺などを観れば分かるとおり、大陸から大伽藍や大塔を建築する技術は伝わって来たが、巨木を使った日本独自の巨大建築が、古代の日本には存在していたのです。なんと痛快なことか・・。なんとかこの「おおやしろ(大社)」を現実の建物として復元して欲しいものです。この独自の巨大建築技術が、なぜ現在まで伝承せずに失われてしまったのか、その新たな謎解きにもまた心がときめくのです。 

最近観た映画「火天の城」は、信長の命を受け、空前絶後、5層6階の天主を持つといわれた巨城・安土城の築城に挑む熱田の宮大工・岡部又右衛門を描いた物語。多くの困難を乗りこえながら、仲間や家族に支えられ巨大建築の完成を目指すが・・。

火天の城 [DVD]

TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D) 2010/02/21発売予定

古代建築物に関わるJAZZアルバムをあげるとすれば、MJQの代表的名盤2枚、「ピラミッド/Pyramid」とナポレオンがエジプトから戦勝記念に持ち帰ってきたオベリスクがあるコンコルド広場をタイトルにした「コンコルド/Concorde」でしょうか。最近JAZZ演奏で聴くことがめっきり減ってしまったヴィブラフォーン。今聴くと、「ミルト・ジャクソン」のヴァイヴが新鮮で官能的ですらある。
 

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The Modern Jazz QuartetWarner

 

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The Modern Jazz QuartetPrestige/OJC

 

     

   

 

 

 

おやじのハコものがたり(8) ~夜景だけが美しい街~

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左の写真は、自宅前の道路から紅葉真っ盛りの雑木林を撮ったもの、もう一枚は、ご近所の清和源氏発祥の地、多田神社の山門を撮ったものである。お気付きのように電柱や縦横に走る架空電線が写り込んでいる。せっかくの我が家からのささやかな景観も台無しになってしまっている。昨今は、電力線に加え、電話、光ケーブル、ケーブルTV、有線放送、・・・・ 情報量が増えるにつれ、どんどんと電線量が増えていっているのである。欧州で観光地、住宅地をとわずスナップ写真をずいぶんと撮ったが、電線や電柱がこれほど醜悪に写りこむことは決してなかった。

日本には、豊かな四季、自然、里山、歴史的景観、歴史的建造物など世界に誇れる多くのものがある。また個々の建物をみれば、優れたデザインのものも数多くあるのに、都市単位、街単位で見るとどうして醜悪になってしまうのだろうか。ヨーロッパを旅するたびにいつも感じていたことである。欧米では、良好な住宅環境や街の景観を維持するため、様々な規制を設けることは当たり前となっている。ドイツでは隣家との境界線から各々4mは家の壁を離し、緑地を取ることとなっているし、ミュンヘン郊外の町では、地元産の木材を一定量建物や外壁に使用することが義務付けられているという。米国ニュージャージー州ですら、家のデザインや色は言うに及ばず、パラボラアンテナの設置場所にまで規制があるという。一時話題になった漫画家、楳図某氏の赤白の奇抜な住宅など、欧米では住民が建築を許さないし、そもそも建築許可など下りはしないのだ。かって御堂筋も倣ったパリの市街地における高さ30m規制は有名であるし、歴史的な景観の多い欧州では、市街地といえども、看板、ネオン、ビルのデザインなどに相当の規制があるのは当たり前になっている。とはいえ残念なことに、その代わり近年目立つのはあの意味不明の醜悪としか思えない落書である。ベルリンの壁崩壊以降目立つようになったというが、共産主義崩壊、自由と引き換えに失くしてしまったのが、美しい都市景観、街並みであるのかもしれない。

都市や住宅地の景観を守るには、まず電線の地中埋設化とある程度の規制が必要であろう。建蔽率や容積率だけでは無理で、デザインや建物用途、看板にまで踏み込む必要があると思う。そしてコストの問題。上下水道、ガスは地下埋設なのであるから、電線にしても共同溝などインフラの共用化などをもっと進めれば、何か解決策はあると思う。電力・ガスはエネルギー問題のため経産省、通信は総務省、建物・道路は国交省主管。こんなところにも、主管官庁毎の縦割り行政が、日本の都市景観のグランドデザイン化を明らかに阻害しているのである。電線の地中化などは、今の日本の経済状況では予算などつくはずもないだろう。しかし耐震化などのように、規制が需要を生む例もある。景観を守るための規制は、裾野の広い内需拡大につながる効果があるのではなかろうか・・。 

省エネなどはどこ吹く風、事実上野放しである電飾、ネオン、ライト・アップはますます無秩序に増えていく。そして12月はXmasのイルミネーションや光のイベントがさらに拍車をかける。かくして、日本の大都市とその近郊は、アジアの各都市と同じように「夜景だけが美しい街」へと化していくのだ。 

「チャーリー・ヘイデン/Charlie Haden」と「ケニー・バロン/Kenny Barron」のベースとピアノのデュオの名盤「ナイト・イン・ザ・シティ/Night And The City」。都市へのチャーリーの想い。ブロードウェイ近くのJAZZクラブ「イリジウム」でのライブ録音である。聴いているだけでマンハッタンの夜景が目の前に現れてくるような、そして、そこで暮らす人間の営みに想いが自然と馳せるようなすばらしいアルバム。とにかくバロンの宝石のようなピアノのタッチには魅了される。

ナイト・イン・ザ・シティ
チャーリー・ヘイデン ケニー・バロン / ユニバーサルクラシック
ISBN : B00005FKHX
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バリトン・サックスで豪快なソロで有名になった「ジェリー・マリガン」だが、ここで繰りひろげるスマートで上品な夜のイメージ。ボサノヴァ曲「カーニヴァルの朝」、ショパンのクラシック曲「プレリュード:ホ短調」、それにスタンダード。イージーリスニング的だけど、イージーリスニングとはひと味違う極上のジャズ。なんと冒頭のタイトル曲ではピアノを弾いているのだ。

 

Night Lights

Gerry Mulligan / Verve

 

 

 

 

 

 

おやじのハコものがたり(7) ~出逢い橋、別れ橋~

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かって、実際にあった話を基にし、出逢いと別れを描いた「橋」がある。ベストセラー小説で、映画化もされた、ロバート・ジェームズ・ウォーラーの小説の「マディソン郡の橋」である。この小説は、クリント・イーストウッドによって映画化もされた。屋根付きの橋を撮影に来た写真家キンケイドと、イタリア出身でその土地で暮している主婦フランチェスカとが激しい恋におち、別れ、死ぬまで秘めたその恋の4日間を描いた話である。その橋は、アイオワ州マディソン郡に実在した橋であるが、話題になった後、たしか火災によって焼失してしまったと記憶している。

そんな屋根付きの橋が日本にもあるという。しかも八つもかたまって・・・。そんな記事を新聞か雑誌かなにかで読んだ。調べると、愛媛県の山間の村、大洲市河辺町にある。御幸の橋、三嶋橋、豊年橋など八つの橋で、「浪漫八橋」と名づけられているそうである。床板を雨露から守り、長持ちさせたいという村民の願いがこめられ屋根がつけられたとも言われ、屋根があることにより、橋は小さな集会所としても利用されているという。
この橋が屋根を持ったのは、村人の智恵の結果なのである。お上が作ってくださるいわゆる「ハコもの」の橋ではないのだ。きっと味わいがあって、美しいだろうな。この橋も、きっと様々な出逢いや別れを生んだに違いない。機会があればぜひ観てみたいと強く思うのだ。

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              (写真河辺町ふるさとの宿HPより)

写真上左;御幸の橋(愛媛県指定民俗文化財)。安永2年(1773年)に架設。ケヤキ材使用、屋根スギ皮葺きでクギは一切使われていない。橋長8.3m、幅員2.7m、木橋、歩行者専用。
写真上右;三嶋橋。大正12年(1923年)架設。三嶋神社の神様への信仰心をあらわすため、屋根をつけたといわれている。橋長14.8m、幅員2.6m、木橋、歩道橋、屋根スギ皮葺き。
写真下;豊年橋。昭和26年8月(1951年)架設。河辺川に架かっていた木橋の屋根付き橋が、取り壊されることとなり、屋根付き橋の材料を住民が譲り受け小川に移設したもの。橋長3.3m、幅員1.8m、木橋、歩道橋、屋根トタン葺き。

日本のあちこちに、権力や国、お上が作ったものではなく、地域の生活に根ざした中から生まれたこのような独特の建築が、まだまだたくさん残っているのではないだろうか。
秋の夜長、一夜を悲恋の物語で涙にくれてみたい方、「マディソン郡の橋」の小説を読み、DVDを観、全編レトロなJAZZが流れていたサウンドトラック盤に身を任せるのもいいかもしれませんね・・・。

マディソン郡の橋 (文春文庫)

ロバート・ジェームズ ウォラー / 文藝春秋

マディソン郡の橋

ワーナー・ホーム・ビデオ

The Bridges Of Madison County: Music From The Motion Picture

Original Soundtrack / Warner Bros.

追記)12月6日に放映されたNHKドラマ「坂の上の雲」(第2回)のなかで、八橋のひとつ「帯江橋」が正岡家の近くの橋という設定で使われていました。

 

 

 

 

おやじのハコものがたり(6) ~続・駅の記憶~ 

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(写真;リヨン駅構内 いずれもWikipediaから)

外国映画にも、駅や汽車が重要な役割でずいぶんと登場する。哀切極まりない「ひまわり」のラストシーンは、ミラノ駅。大人の恋愛映画、「ダバダバダ・・・」のスキャットが一世を風靡した「男と女」のラストシーンはパリ、「サン・ラザール駅」。そして、第2次世界大戦後のイタリアに生きる庶民の人生の歓びや哀しみを、ある一人の初老の鉄道機関士の姿を通して描いた、映画史に残る感動作「鉄道員」。「オリエント急行殺人事件」、「007ロシアより愛をこめて」、「暴走特急」、「暴走機関車」、「北の帝王」、「カサンドラ・クロス」などは列車そのものが重要な舞台や背景であった。

かって都市の発展を支えてきた海運、水運に代わって産業革命以後主力になったのが鉄道である。欧州各国に豊富に産出する石炭を背景に、瞬く間に欧州列強内に鉄道網が拡がった。さて、ヨーロッパの主要都市の駅は日本と違って「ターミナル駅」である。だから、街が出発点であり、終着点でもあって、通過点ではないことがよく分かる。城郭都市というヨーロッパ特有の都市の成り立ちのためなのか、鉄道を都市内部に引き込まないという軍事上の理由のためなのか、殆どがターミナル駅なのである。従って、駅舎は線路の向きと直角に建てられていて、放射状に各プラットホームへ行けるので、跨線橋や地下道が必要ない。しかも改札口がないので、送迎客は客車まで同じ平面で、そのまま近づける。だからあんなドラマチックな演出ができるのかも知れない。

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前回パリに滞在したときは、リヨン駅 (Gare de Lyon)に隣接したホテルに宿泊した。部屋の窓からプラットホームが見えるのである。リヨン駅は、1900年のパリ万国博覧会に合わせて3代目の駅が開業した。駅舎はマリウス・ トゥードワールの設計によるもので、高い大きな時計台が特長である。また、リヨン駅はパリからディジョンを経由してリヨンに至る在来線の起点である。ここからは、プロヴァンス、コート・ダジュール、マルセイユ、モンペリエ、スイスのジュネーヴ、ローザンヌ、ベルン、イタリアのミラノ行きのTGVが発車しているので、いつも駅は大きな荷物を持つ乗客でごった返している。行き先が掲げられたプレートや電光掲示板をみては、この列車にとび乗ってコート・ダジュールへ行きたいと思ったことも・・・。

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そんな長距離列車を待つ乗客のためにリヨン駅構内には有名なレストラン「Le Train Bleu/ル・トラン・ブリュー(ブルー・トレイン、青列車)」がある。パリ万博の翌年の1901年開業であり、内部はベル・エポック調の彫刻や壁画、金の天井画で彩られ美術館のようなその美しさには眼を見張る。この「Le Train Bleu」はリュック・ベンソン監督の仏映画「ニキータ」(1991年公開)にも出てくる。我々夫婦も、ちょっと気取ったディナーに、或いはパリを歩き回った後の休息のお茶にと、何回か入ったことがあります。写真の様にキンキラキンなので、入るのに気後れする向きもあるかもしれないが、昼間のカフェなどは旅行客が出入りし、まったくカジュアルで、料金もリーゾナブル、コーヒー一杯でも気軽に入ることができるので、関心ある方はパリへ行ったら一度寄ってみてください。
そして、かってバスティーユから延びていた、150年近く前に建設された古い高架鉄道跡を再利用し、開放感溢れる「遊歩道」に生まれ変わった「空中プロムナード」も、このリヨン駅のすぐ近くにある。リニューアル、再活用のお手本みたいなハコものである。(参照「パリ、空中プロムナード」)

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駅跡をリニューアル、巧みに再利用した美術館といえば「オルセー美術館」である。印象派の画家の作品が数多く収蔵されていることで有名なセーヌ河畔の19世紀美術専門の美術館である。オルセー美術館の建物はもともと1900年のパリ万国博覧会開催に合わせて、オルレアン鉄道によって建設されたオルセー駅の鉄道駅舎兼ホテルであった。その後、この建物はさまざまな用途に用いられ、一時は取り壊しの話もあったが、1970年代からフランス政府によって保存活用策が検討されはじめ、19世紀美術を展示する美術館として生まれ変わることとなった。こうして1986年、オルセー美術館が開館した。美術館の中央ホールは地下ホームの吹き抜け構造をそのまま活用している。

遊歩道といい、オルセーといい、歴史、文化や古いものを大事にして決して簡単には捨てたり、壊したりしないという、フランスだけでなくヨーロッパ人に共通するポリシーを感じるのだ。かって、ヨーロッパのビル建築工事にける新築ビルの比率を調べたことがあるが、独、英とも50%を切り、フランスなどは確か40%を下回っていたと思う。いわゆるリニューアルのほうが多いのだ。パリにあるフランス電気協会にお邪魔したとき、200年前の建物をほぼそのままリニューアルし、1階に馬小屋をそのまま残してあることを自慢していたし、ロンドンなども建替えについては、相当厳しい基準を課している。私も泊めていただいたことがあるが、エジンバラの友人は築400年の集合住宅、クレッセントに住んでいることを誇りに思っているし、スエーデン・マルモに派遣していた部下が借りていた戸建の住宅は築90年ながら、広くて快適でその素敵なことが大変うらやましかった。「石造りだから」といってしまえばそれまでだが、日本にも相当年数たってもびくともしない古民家、蔵、神社・仏閣、城郭など誇れる建築物もある。もうそろそろ我々も、土地に価値を求めるのでなく、その上に建てられた住宅、建物に付加価値を求めていく考えに切り替えてもいい頃である。そうすれば、本当に価値あるハコものだけが残り、後は淘汰されていくと思うのだが・・。

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(ケルン駅の天井越しにみる大寺院 「わだらんの欧州旅行記」より無断拝借、お許しあれ)

列車でライン河畔の両側を旅したこともある。まだ観光シーズンが幕開けをしてないので、観光船の川下りがオープンしていなくて、列車の旅となったのだ。ハイデルベルグから マインツ、リューデスハイム、ザンクト・ゴア・ハウゼン、ボン、ケルン、バハラッハなど途中下車をしながら、大小の街や村をめぐった。ライン河沿いのあちこちに点在する葡萄畑、教会、城の数々、本当におとぎ話のような光景が車窓に展開した事に感動もした。そして、ケルン駅の通り一つを隔てた向かいにjは、あのケルン大寺院が聳え立っている。列車が駅に近づくにつれ、寺院を見上げる首も痛くなり、まるで大寺院に列車ごと吸い込まれていくような錯覚にとらわれた。

また、高速鉄道にもいくつか乗ったことがある。フランスの誇るTGV、ドイツの在来線を走るインターシティ。いずれも時速は300kmを超えていたと思う。当時は日本の新幹線がNo1だと思っていたので、軽いカルチャーショックを受けたことも事実。上海・浦東国際空港と浦東地区とを結ぶ磁気浮上のリニアモーターカーにも乗ったが、これは確か時速400kmをはるかに超えていた。

振り返ってみると、人生の節目、仕事の節目と重なる旅は、単なる移動だけでなく、心の軌跡や成長と深くかかわりあっているような気がする。だからこそ旅は楽しいともいえるし、そんな旅の「駅の記憶」は深く心に刻まれている。
「旅」をテーマにした心に残るアルバムから、「リー・オスカー/Lee Oskar」。「Lee Oskar」は1948年にコペンハーゲンに生まれ、6歳のときに初めてハーモニカを手にした。彼のハーモニカの才能を生かしてくれるバンドを求めて、10代の頃、ヨーロッパからアメリカへと移ってきたが、英語がまったく出来ないため、ストリート・ミュージシャンからはじめ、相当な苦労を重ねたのち、元アニマルズのボーカル、エリック・バードンに出会い、認められることになったという。このアルバムは、彼の最初のソロ・アルバムであり、アルバム・タイトルを自身の名前にしたところに、このアルバムに彼の人生を凝縮したという思いが伝わってくる。各曲の題名をみると、ヨーロッパからアメリカへの彼の「旅」がドラマのように仕立てられた構成のアルバムである。
近づいてくる靴音、ドアをノックする音に続いてハーモニカの憂いを含んだ音色が響く1曲目。2曲目以降も船の汽笛や海鳥の声が効果的に使われ、旅のイメージをいっそうかきたてる。ハーモニカという、この小さなシンプルな楽器が、これほど心にしみる音色とメロディーを奏でることができるのだ。

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 Lee Oskar
 Lee Oskar /  / Rhino
 ISBN : B0000033BM

 

 

 

「駅の記憶」となれば、この曲をあげないわけには行かないだろう。デューク・エリントンの名曲にして、プロからアマチュアまでの、ビッグバンドというビッグバンドが、必ずレパートリーにする曲「Take The “A” Train/A列車で行こう」。しかも、今年は「Duke Ellington」生誕110周年、ビッグバンドの楽しさを甦らせたデイヴ・マシュー率いる「マンハッタン・ジャズ・オーケストラ」のアルバム「スウィング・スウィング・スウィング」から。

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 スウィング・スウィング・スウィング/

 マンハッタ  ン・ジャズ・オーケストラ /

 ビデオアーツ・ミュージック

 

 

 

おやじのハコものがたり(5) ~駅の記憶~

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最近、駅の建物、駅舎の個性が失なわれて、味気なくなったような気が する。便利さは増す一方で、記憶に残る駅が少なくなったとも感じている。とくに新幹線が停車する主要駅はそのような気がするのだ。国鉄民営化以降、在来線や地下鉄、私鉄、バスなどとの乗り換え、観光、ショッピング、周辺へのアクセスなどの利便性や企業利益の追求が優先された当然結果ともいえるのだが・・・。かって大学入学のため旅立った故郷の松本駅、新生活への期待と不安を抱えて降りたった仙台駅、昔の面影はない。また、後半の在職時の出張では飛行機、定年後は専ら車と、移動に列車を利用する機会がめっきり少なくなっていったという私サイドの事情も影響していると思う。そして関西に住んでいる私にとって記憶に残る駅の筆頭は「東京駅」である。新幹線で上京するたび、わざわざ丸の内側へ出て、あの赤レンガの優美な駅舎の眺めを楽しんだこともある。
1889年に国鉄東海道本線の新橋 – 神戸間が全通し、私鉄の日本鉄道が上野を始発駅として青森に向けて線路を建設していた。そこで、新橋と上野を結ぶ高架鉄道の建設が東京市区改正計画によって立案され、1896年の第9回帝国議会でこの新線の途中に中央停車場を建設することが可決されたという。実際の建設は日清戦争と日露戦争の影響で遅れ、1914年12月18日に完成し、同時に「東京駅」と命名された。赤レンガの駅舎の設計は建築家の辰野金吾。
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いくつかの思い出もある。一つは「エキコン」の名で親しまれた「赤煉瓦コンサート」を聴いたこと。結婚前は大手町で勤めていた妻が、大阪に帰る私を何度か送ってきたのもこの駅であった。もう一つは、駅舎内にある「東京ステーションホテル」に宿泊したことがある。共同風呂などで現代のシティ・ホテルには機能的には及ばないが、その重厚な内部の雰囲気、バーのレトロな感じなど再び泊まってみたいと思うほど、大変好ましい印象であった。2003年、このホテルを含む東京駅舎は重要文化財に指定された関係で、駅舎は2011年度末の完成予定で東京駅開業当初の姿への保存復元工事が行われている。これに伴い、ホテルは2006年3月31日から営業休止しているが、保存復元工事完成後に営業再開予定だという。

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JRの各駅が近代的に改装・改築されていく中で、レトロな趣のある駅はもう地方や私鉄にしか残っていないのではないかとさえ思ってしまう。そして、この東京駅を設計した「辰野金吾」氏の手になる駅に係わる建物が関西にもいくつか存在する。まずは、南海電車「浜寺公園駅」。駅舎は、2007年には建造から100年目を迎えた私鉄最古のもので、辰野金吾設計の木造平屋建ての洋風駅舎である。現在はこの付近一帯は広大な石油コンビナートとなっているが、かつて「東洋一」とうたわれた海水浴場だった。その名残りは、シンクロナイズドの五輪チームを輩出するスイミング・クラブがあることで知られている。1906(明治39)年、浜寺公園内の砂浜が海水浴場として整備され、南海電鉄は遊園地を造り、一大リゾート地を形成したため、夏の人出は60万~70万人に上ったという。戦後、工業地帯造成のための埋め立てが始まり、海水浴場は61年に閉鎖され、関西有数の高度経済成長の拠点へとひた走っていった。

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そして、2001年開業の神戸市営地下鉄海岸線の「みなと元町駅」。この駅は、かってのこの一帯栄町の繁栄振りを残すため、明治41年(1908年)竣工の辰野金吾設計による旧第一銀行神戸支店の外壁を残したものである。できることなら建物全部を残して欲しかったものである。かって神戸の繁栄の中心であったこの栄町一帯には、当時の洋館造り、レンガ造りの建物がたくさん残っていて、最近多くの洒落たブティックやカフェが集まっているので、賑わいを取り戻すと共に、私の「街歩き」のお気に入りの場所でもある。

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昨年開業した京阪電車・中之島新線の「なにわ橋駅」。この駅は、大阪の活性化に奔走する異色の建築家・安藤忠雄氏の設計であるが、夜の帳が訪れる頃、青く発光するLEDを埋め込んだクリスタル硝子のブロックを天井・壁の内側に張り詰めた出入り口を、コバルト・ブルーの空間につつまれて上がって行くと、半アーチ状の出入り口の先には、ライトアップされた中央公会堂の美しい姿が徐々に見えてくる。この中央公会堂が辰野金吾・片岡安が設計を行い、1918年(大正7年)に完成した赤レンガの美しい建物である。

まだ他にも全国には、このような美しい情緒のある駅がたくさん残っていると思う。効率化や機能化だけのために消え去って欲しくないと思うのは私だけではあるまい。

駅を歌った歌・・・。人生のドラマが凝縮された駅だけに、別れ、出会い、新生活をテーマにした歌や映画は数知れず・・・。そんな中で私の好きな歌は、「竹内まりや」によって提供され、「中森明菜」が歌う「駅」。歌姫シリーズの中で、彼女自身のセルフカバーによるアルバム「歌姫 ダブル・ディケイド」から。私は歌謡曲の特にファンというわけではないのだが、彼女のいくつかのアルバムには「う~ん」とうなってしまう。私生活では時折スキャンダラスな話題がつたえられるが、本当に歌はうまい。かっての恋人を偶然駅で見かけ、一つとなりの車両に乗って彼を見つめる ・・・。

B00006S2F4_09_MZZZZZZZ Akina Nakamori~歌姫 ダブル・ディケイド~
 中森明菜 村田陽一 森由里子 康珍化 森村献 冬杜花代子 武部聡志 許瑛子 千住明 / ユニバーサル・シグマ
 

 

 

「終着駅」という言葉を含んだ歌は、ウエットな歌謡曲の世界には山ほどあるが、かって「奥村チヨ」が歌って大ヒットした「終着駅」が、その代表的な歌であろう。「中森明菜」のカバー・シリーズ「歌姫Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ」のなかではⅡの「ZERO album~歌姫II」が一番Jazzy。スキンヘッドのジャッケトでも大きな話題になったが、中身もなかなかなもの。EGO-WRAPPIN’の「色彩のブルース」のスイング感もすごいし、あの「秋桜」は山口百恵を超えたのではと思わせるほどのできばえ。その中の「終着駅」もまた秀逸な歌唱で聴かせる。

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 ZERO album~歌姫II

 中森明菜 千住明 永六輔 康珍化 庄野真代      荒木とよひさ 竹内まりや / ユニバーサル・シグマ

 

 

いちどJAZZを歌わせてみたいと私が思う歌手、夫の逝去後、音楽の世界から一切身を引き、いまや「幻の歌手」化してしまった感のある「ちあきなおみ」。彼女の歌う「男駅・女駅」も、先に乗り込んだ列車で恋人を待っている女の情感を鮮やかに切り取ってみせた出色の歌唱である。アルバムは、彼女の歌手活動休止後、今までの音源を集め、コンサート仕立てで、リリースされた「ハンブルグにて」。バーチャル・コンサートと苦肉の副タイトルがついているが、圧巻「ねえ あんた」も収録されている。

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 ちあきなおみ / / テイチクエンタテインメント

 

 

 

邦画では、我が高校の一回り先輩である降旗康男監督の代表作「駅」をあげておこうか。雪の大晦日の場末の居酒屋で、TVに映る紅白歌合戦で、八代亜紀が「舟歌」を歌う画面を、女が一人見つめるシーンが印象的であった。

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 駅 STATION [DVD]  

 

 

 

(つづく)

おやじのハコものがたり(4) ~橋の歌~

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「♪ 私はいくつもの橋を渡ってきた 真実を求めて くもの巣のような鋼の吊り橋 小さな丸太橋 石造りの橋 旅する私はいつも異邦人で、いつも孤独だった 明日に繋がる橋がある 過去から繋がっている橋がある 消えることのない悲しみでできた橋も ・・・ 私は想う、きっと愛で繋がれた橋もどこかにあるはず ・・・ ♪」と歌うのはブラジルを代表するシンガー・ソングライター「ミルトン・ナシメント/Milton Nascimento」の「橋/Bridges」。「60歳過ぎたら聴きたい歌」でとりあげてもいいほど好きな歌の一つである。

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妻と一緒にヨーロッパで渡った最初の橋は、ドイツ・ハイデルベルグの「アルテ・ブリュッケ(古い橋)」。1788年「カール・テオドール選帝侯」によって架けられた石造りの橋である。私が初めて海外出張が、この街にある会社からの技術導入であったため、ほぼ1ヶ月の滞在の折、休日はもちろん平日にも何回かこの美しい橋を渡ったことがある。そんな訳で、妻との最初のヨーロッパ旅行の折には、おとぎ話に出てくるようなこの街に妻を連れてきたいと思っていたからである。正式名は、「カール・テオドール橋」というが、通常「アルテ・ブリュッケ(古い橋)」といわれている。 実際、町でも最も古い橋で、長さ約220mある。 橋にある門はは、もともと中世のころ町の城壁の一部だったという。この橋は、洪水など自然の猛威にはよく耐えたが、1945年第二次世界大戦の最終日に爆破されたが、戦後直ちに修復され、200年前と同じような美しい姿を取り戻した。3月の終わりのころ、ハイデルベルグはまだ冬の気配。近づいてくる春の兆しか、ネッカ河の川面に一面の霧が立ち込める朝、「アルテ・ブリュッケ」を渡り、ゆっくりと「哲学の道」へと向かった・・。

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フィレンツエ、アルノ河に架かる「ヴェッキオ橋」も思い出の橋。この橋のたもとにあるホテルに宿泊したので、毎朝、最上階にある食堂やテラスからは、朝日にきらめくアルノ河、黄金色に染まるヴェッキオ橋(ポンテ・ヴェッキオ)、ドーモなどを見ながら朝食をとるという、まるで映画「眺めのいい部屋」のような至福の朝を迎えた経験がある。イタリア語で「古い橋」の名が示すとおり、フィレンツェ最古の橋。河川の氾濫などで何度か建て直されており、現在の橋は1345年に再建されたもの。橋の上にはヴェッキオ宮殿に繋がる「ヴァザーリの回廊」と呼ばれる回廊を持ち、両側には宝飾店が建ち並んでいるので、川が見える真ん中あたりまで来ないと、ここが橋であるとは分からない。朝は閑散としていた橋の上も、観光客が出てくる10時頃からは、身動きができないほど人で一杯となり、橋が落ちないかと心配するほどであった。

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1900年のパリ万博の時、セーヌ川をまたいでアンヴァリッド広場とグラン・パレ、プティ・パレの間を結ぶように建設された「アレクサンドル三世橋」も忘れがたい橋である。幅40m、長さ107mで美しい鋼鉄製の単一アーチ橋である。アレクサンドル3世橋はアールヌーヴォーの街灯、天使やニンフの像、ペーガソスといった華麗な装飾で有名である。 4隅の17mの高さの柱の上にはそれぞれ芸術、農業、闘争、戦争を意味する女神像が立っている。セーヌ川を走る観光船からこの美しい橋を見、エッフェル塔を観たあと、セーヌ川畔を歩き、足が棒のようになって、この橋のたもとで休憩をとったことも懐かしい思い出。
何回か妻と一緒に行ったヨーロッパ旅行、そのいくつかの思い出の中で「橋」は大きな位置を占めている。

さて、冒頭にあげた「橋」の歌であるが、オリジナルは「ブラジルの声」の異名をもつシンガー・ソングライター、「ミルトン・ナシメント」の名を世に知らしめた「トラヴェシア」。1967年、「タンバ・トリオ」と共にレコーディングされたデビュー作「トラヴェシア/Travessia」に収められている。インディ・レーベル発で、長らく幻のアルバムだったが、2003年に復刻された。「僕より遥かに偉大なミュージシャンだ」と解説で書いているのは、「カエターノ・ヴェローゾ」。

トラヴェシア

ミルトン・ナシメント / オーマガトキ


クリード・テイラーのプロデュース、エウミール・デオダード編曲による69年の「ミルトン・ナシメント」米国デビュー盤は、別の曲をアルバム・タイトルにした「コーリッジ/Courage」。アルバム「トラヴェシア」とほぼ同じ曲編成であるが、このとき英語詩によって「Bridges」が歌われた。去っていった恋人を想う原曲の歌詞とは大きく違うが、この英語詩「Bridges」の方が、私は好きである。

コーリッジ

ミルトン・ナシメント / ユニバーサル ミュージック クラシック


カサンドラ・ウィルソンと人気を二分する「ダイアン・リーブス/Dianne Reeves」のカバー。ずばり、この歌をアルバム・タイトルとした「Bridges」というアルバムもあるが、ここではライブ盤でギターの「Romero Lubambo」とデュオで歌う「Bridges(橋」)が秀逸な「イン・ザ・モーメント~ライヴ・イン・コンサート」をあげておきたい。

イン・ザ・モーメント~ライヴ・イン・コンサート

ダイアン・リーヴス / EMIミュージック・ジャパン


そして「伊藤君子」。先日のコンサートでも、彼女の大好きな歌の一つと語り、この「Bridges」を観客と一緒にハミングをしたばかり。アルバム「Once You’ve been in Love/一度恋をしたら」は、小曽根真プロデュースにより、ビッグバンドをバックに歌う、スイングジャーナル誌ゴールドディスクに輝く傑作である。なお、伊藤君子としては初の日本語による吹込みとなった武満徹作曲(谷川俊太郎作詞)の「MI・YO・TA」を小曽根真のピアノとのデュオで披露している。この曲もいい。

Once You’ve been in Love

伊藤君子 / ビデオアーツ・ミュージック


そのほか、私の知る限りでは、「村上ゆき/While My Piano Gently Weeps」、「鈴木重子/Silent Stories」、「英珠/Songs」で「Bridges」のカバーを聴くことが出来る。いづれも秀逸なアルバムであることを付け加えておこう。 

さて、「サイモン&ガーファンクル」に有名な橋の歌がある。その一つがご存知「59番街橋の歌/The 59th Street Bridge Song」。アルバムは「スカボロー・フェア」で始まる「パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム/Parsley, Sage, Rosemary and Thyme (1966年)」。多分、団塊世代の皆さんにとって、これは思い出のアルバムのはず・・・。「もっとゆっくり歩こうよ きみは早く歩きすぎるよ ・・・」と歌いだされる名曲。「59番街の橋」とは、ニューヨーク、イースト・リバーに架かる「クイーンズボロ橋」のこと。

パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム

サイモン&ガーファンクル / SMJ


もう一つの歌は、我々世代であれば、多分知らない人がいないであろうと思えるくらい大ヒットした、永遠の名曲ともいえる「明日にかける橋」(1970年)。ここでは、オリジナル「サイモン&ガーファンクル」ではなく、「エヴァ・キャシディ/Eva Cassidy」のライブ盤を上げておこう。「病みつきになった」という言葉でしか表現できないアーティスト、「Eva Cassidy/エヴァ・キャシディ」。彼女の生涯最高のライブ盤「Live At Blues Alley」からの「明日に架ける橋/Bridge Over Troubled Water」は、魂のこもる鳥肌ものの熱唱である。

Live at Blues Alley

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おやじのハコものがたり(3) ~生き続けるモニュメント~

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「モニュメント」といえば、私の頭に最初に浮かぶのは、「太陽の塔」である。私が入社した翌年の1970年に開催された「大阪万国博覧会」のシンボルである。制作は「岡本太郎」氏。休日や会社の終業後に何回となく万博へは遊びに行った。あの万博から来年でもう40年になるんですね。多くの近未来もどきのパビリオンが所狭しと建っていた万博の跡地は、今は整備されて、「万博記念公園」という広大な公園になって、四季折々、市民の憩いの場所や櫻の名所となっている。同じような万博の遺産「EXPOタワー」は老朽化で最近取り壊され、当時を偲べる「ハコもの」で残っているものはこれくらいである。デザインが発表された当時は、「鶏のとさか」とか「意味不明」とか揶揄もされたが、スエーデンの友人は「素晴らしいデザイン」と絶賛していたのを思い出す。そして、万博公園の脇を走るモノレールが、会社近くまで延伸されてからは、定年まで毎日あの金色に輝く顔をもつ塔をみて通勤した。「太陽の塔」は、私のサラリーマンとしてのモニュメントでもある。

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兵庫県淡路島の北東部、淡路市東浦町に高さ100m(台座20mを含む)に及ぶ観音像が建っているのをご存知だろうか。ブラジルのリオ・デ・ジャネイロにある両手を広げたキリスト像の高さは約30m、有名なニューヨークの自由の女神像は、高さが48mというから、100mというのは、ずば抜けた高さである。対岸の大阪・岸和田、関西空港あたりからもよく見え、大阪湾を横断するヨット・クルージングの際は絶好の目印でもあった。

この像は、「世界平和大観音像」。今から27年前の1982年(昭和57年)、まさにバブル真っ只中に、地元淡路島出身の実業家が、不動産で巨万の富を得、故郷に錦を飾る意味で建立したという。しかし、観音像とはいうものの、およそ宗教とは無関係で、館内はその人が蒐集した絵画、甲冑、クラシックカーなどが展示されているという。最初の頃こそ入場者があったものの次第に減り、ついには赤字のため、2006年(平成18年)に閉鎖されてしまった。まさに、「バブルの遺産」を象徴するようなモニュメントである。まっ、バブルでなくともおなじ結果になったであろうが・・・。 

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世界平和大観音は現在、沿道から外観だけを見ることは可能であるが、アップで観ると分かるように、造形がかなり稚拙なのは否めないし、観音様のありがたさも感じない。そして首のところにある展望台は、下から見上げるとちょうどギブスのようにも見え、誰が名づけたか、人呼んで「ムチウチ観音」という言葉がぴったりする。建てた実業家も今は亡くなり、所有権も転々とし、神戸地裁から競売の手続きが取られているという。見向きもされず、朽ち果てる一方で危険な状態となり、取り壊すのにも数億円掛かるらしく、市では対策に頭を痛めているらしい。まさに、無用の長物、巨大ゴミと化した「ハコもの」が、如何に無残であり、迷惑であるかを象徴しているが、その結末はどうなるんでしょうか・・・。

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神戸市長田区の若松公園で9月29日、「鉄人28号」の原寸大モニュメントを覆っていた幕が取り外され、高さなんと18メートルの青い巨体が姿を現した。早速行ってみた。でかい!鉄人28号があのポーズを取っている。ここ長田地区は、あの阪神淡路大震災で最もおおきな被害があった地区。「鉄人28号」は同市出身の漫画家、故「横山光輝」さんの代表作で、地元の商店主らでつくるNPO法人「KOBE鉄人PROJECT」が阪神大震災復興のシンボルとして数年がかりで制作した。「鉄人28号」は、「鉄腕アトム」と並んで、私の子供時代大人気になったロボット。アトムとは違って、自分の意思は持たず、正太郎のもつリモコンによって操縦される操縦型ロボットの元祖であった。その「操縦型」という点で、技術屋志向の私はアトムより好きであったのだ。この時代のロボットは、いまからすると、リアリティに欠ける反面、のどかというか、どこか緩いキャラであるのが特長ともいえる。この鉄人、現在は足元の整地工事の為、再び工事用フェンスで囲まれているが、11月末の工事完了後は足元をくぐれるようになるという。大震災復興のシンボルとして、いつまでも愛され、この地に根付くことをのぞむばかりである。東京・お台場にも巨大なガンダムが建てられたというニュースも・・・。

わが40年のJAZZ歴におけるモニュメント的アーティストは誰であろうか?一人は間違いなく「アートブレーキーとジャズ・メッセンジャーズ/危険な関係のブルース」である。私をJAZZの世界に誘った記念碑的作品に他ならない。その後の「我がJAZZY音楽遍歴」は「我が青春のジャズ・グラフィティ」などで書いたとおりである。そして、もう一人は、女性JAZZボーカルの魅力に最初に開眼した「阿川泰子」であろうか。’80年発表のアルバム「JOURNEY」は、その美形ぶりをもって、一気にホワイトカラー族をJAZZファンに引き込み、当時30万枚の大ヒットを記録したというからすごい。彼女のブレイク前、1970年代後半ではなかろうか、当時大阪・中之島にあった「プレイボーイ・クラブ」で歌う彼女を初めて見て魅了され、その時の彼女の写真を、今だ密かに持っているのです。そして忘れてはならないのが、「アン・バートン」。何回もこのブログに登場してくるように、女性JAZZボーカルの魅力にのめりこんでいったモニュメント的歌手の一人である。

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JOURNEY
阿川泰子 / ビクターエンタテインメント
ISBN : B0000561AS

ブルー・バートン
アン・バートン ジャック・スコルズ ルイス・ヴァン・ダイク ピエ・ノールディク ジョン・エンゲルス / ソニーミュージックエンタテインメント
ISBN : B00005G4A3



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