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「ミシェル・ペトルチアーニ」の奇跡

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全盲というハンディ・キャップを背負いながらも人気を博したジャズ・ピアニスト「ジョージ・シアリング」逝去の記事を見ながら、同じようにハンディ・キャップを背負いながらも、大変な人気のあった、もう一人のジャズ・ピアニストに思いを馳せた。

かってこのブログでも一度取り上げたことがある「ミシェル・ペトルチアーニ/Michel Petrucciani (1962年12月28日 – 1999年1月6日)」である。すこしショッキングではあるが、写真を見ていただければ、そのハンディキャップはお分かりいただけると思う。フランス出身のジャズ・ピアニスト。生まれつきの骨形成不全症という障害を克服し、フランス最高のジャズ・ピアニストと評価されるほどの成功を収めた。

「ペトルチアーニ」は、障害のため、身長は成長期になっても1メートルほどにしか伸びず、しかも様々な病気にも悩まされ、同年代の普通の少年ができるようなことは一切できなかったため、彼の関心はもっぱら音楽、それもJAZZに向けられるようになった。なんと15歳でプロ・デビュー、そして18歳でトリオを組み、CDデビューを果たしたという。ピアノまで他人に運んでもらわねばならず、またペダルに足が届かないため、ペダル踏み機を使わねばならなかったが、腕は標準的なサイズであったため、鍵盤を弾くことができたのである。デビューするや否や、その天才的な演奏ぶりは広くファンの注目と話題を集めたのである。「寿命は20歳程度まで」と言われていたが、実際には、それよりはるかに寿命を長らえ、ツアー先のニューヨークで急性肺炎を起こし、他界したときは36歳であった。

「ペトルチアーニ」は大変な人気があったし、いまでもそうである。もし写真を見ずに、演奏だけ聴いているならば、とても大変なハンディキャップを背負ったピアニストだとは思わないでしょう。その人気はハンディキャップとは関係なく、天才的とも評された彼の音楽性にあったのである。豪快、ロマンチック、繊細、メランコリック、ダイナミック、鮮烈、清清しさ ・・・。すべて「ペトルチアーニ」の演奏の印象に当てはまるほど、多彩な表現ができたのである。千変万化、鮮烈なタッチで縦横無尽に鍵盤上を駆けめぐる、その独自性の強い演奏スタイルはファンを虜にしたのである。

「ミシェル・ペトルチアーニ」の生き生きとした生命力に満ちた演奏、その一方で繊細でロマンチックな演奏は、1997年11月に行われた「ブルーノート東京」でのライヴ演奏にも遺憾なく発揮されている。「Trio in Tokyo」として組んだ「スティーヴ・ガッド/Steve Gadd」のドラム、「アンソニー・ジャクソン/Anthony Jackson」のベースに一歩も引けを取っていないのだ。



ライヴ・アット・ブルーノート東京  ミシェル・ペトルチアーニ / ビデオアーツ・ミュージック

オリジナルの中でただ一曲、ひときわ異彩を放つ、マイルスの「So What」。
Michel Petrucciani – So What (Trio in Tokyo)

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もしもピアノが弾けたなら(23) ~ 遠きララバイ ~

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私にとって、「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ/Europian Jazz Trio(EJT)」を知るまでは、ヨーロッパの薫りのするジャズといえば、「ジャック・ルーシェ/Jacques Loussier」などバロック・ジャズのアーティストを除くと、「モダン・ジャズ・カルテット/Modern Jazz Quartet(MJQ)」と「ケニー・ドリュー/Kenny Drew」だったように思う。いずれも、アメリカのJAZZメンでありながら、ヨーロッパ文化や音楽に深く傾倒していったアーティストである。軟弱なJAZZファンである私は、とりわけ「ケニー・ドリュー」が好きであった。

ケニー・ドリュー (Kenny Drew、1928年8月28日 – 1993年8月4日)は、ハード・バップ・ピアニストの一人で、ニューヨーク出身であるが、アメリカを出て、ヨーロッパに活動の場所を移したジャズ・ミュージシャンのひとり。「バド・パウエル」、「デクスター・ゴードン」、「デューク・ジョーダン」、「マル・ウォルドロン」などもそうである。1961年にフランスに移住、64年からはデンマーク、コペンハーゲンで「ニールス・ペデルセン/Niels Pedersen」らとトリオを結成し、活動の本拠地にした。黒人ジャズメンにとって、人種差別のあるアメリカより、自由な空気が流れ、活気あふれるヨーロッパのジャズ・シーンの方が、はるかに居心地がよかったのであろう。この60年代、ヨーロッパ・ジャズの黄金期の状況については、星野秋男著「 ヨーロッパ・ジャズの黄金時代」(青土社)に詳しい。

「ケニー・ドリュー」のメロディを重視し、優しいタッチの演奏は、ヨーロッパ及び日本で人気を集めた。今風に言えば、ヨーロピアン・スムース・ジャズ・ピアノというところか・・・・。しかし、単なる心地よさだけではない、ヨーロッパを感じさせる透明感のある演奏が人気を呼んだのであろう。

「パリ北駅着、印象/IMPRESSIONS」(1988)、「欧州紀行/RECOLLECTION」(1989)など、欧州各地やパリにちなんだ曲をちりばめたアルバムが、代表作。パリへの憧れ、ヨーロッパへの愛着がにじみ出てくるような叙情性があふれる傑作アルバムである。

パリ北駅着、印象
ケニー・ドリュー・トリオ / エムアンドアイカンパニー
ISBN : B0000A8UY8

 

欧州紀行
ケニー・ドリュー・トリオ / エムアンドアイカンパニー
ISBN : B0000A8UY9

 

そして初孫が生まれたとき、そのうち孫に聴かせたいなとおもったピアノ・アルバムは「ザ・ララバイ」。ドリューの、叙情性あふれる魅力を引きたたせた82年のピアノ・トリオ・アルバム。有名な子守唄ばかりを集めた選曲で、聴き手を癒しとまどろみの世界へと導く。コペンハーゲンの対岸はスウェーデン、マルモ。そこに子会社があった関係で、よく降り立った街。ヨーロッパを何度も旅した昔に思いを馳せながら、今はまだ孫の代わりに私が遠き国からの「ララバイ」を聴いている。

ザ・ララバイ ケニー・ドリュー・トリオ / BMGインターナショナル

さあ、すこしまどろんでみますか。同アルバムからSummertimeを。アメリカ・オペラ「ポギーとベス/Porgy and Bess」で歌われる子守歌で、「ガーシュイン兄弟/George & Ira Gershwin」の作品。Niels-Henning Ørsted-Pedersen (b)、 Kenny Drew (p)、Ed Thigpen (ds)

 

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忘れていたご長寿ピアニスト

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先日このブログで、「ハンク・ジョーンズ/Henry “Hank” Jones」亡き後の21世紀における「ビ・バップ」のタイム・カプセル的な存在は、「バリー・ハリス/Barry Harris」一人になってしまったと書いたが、もう一人いるのを忘れていた。「ジュニア・マンス/Junior Mance」である。昔から好きなピアニストであったが、ブルージーで若々しいタッチのブルース弾きということ、「ジュニア」という名前から、もっと若いと勝手に思っていたが、1928年10月生まれ、なんと82歳だということを、最近知った。

「バリー・ハリス/Barry Harris」が、1929年生まれの81歳、「ジーン・ディノヴィ/Gene DiNovi」が1928年5月生まれの82歳であるから、彼らと並ぶ、現役最長老ピアニストの一人である。そんな長いキャリアをもつ彼が、初めてのソロ・ピアノ・アルバムをリリースしたので、はじめて彼の年に気がついたのである。アルバム「ジュニア・マンスの世界」。得意とするブルースはもちろん、叙情的なバラードまでとても82歳の爺さんの弾くピアノとは思われない。

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ジュニア・マンスの世界

ジュニア・マンス / キングレコード

 

ハーレムのブルース、黒人音楽の感触を色濃く残しながら、今のNYに生きるソウルフルなJAZZを感じさせる「ジュニア・マンス・トリオ」が好きである。「ジュニア」と呼ばれたのは父親もピアニストだったためで、たしか、「綾戸智恵」がニューヨークで暮らしていたとき、彼と親交があり、一緒に音楽活動もしたこともあったらしく、帰国してから彼が有名なJAZZピアニストであることを初めて知ったと語っていたことを思い出した。そんな綾戸が最近リリースしたアルバムが、「綾戸智恵 meets JUNIOR MANCE 」。彼女が、本格デビュー前の1996年に「ジュニア・マンス」とニューヨークで録音された幻の自主制作盤を今年の「東京ジャズフェス」などでの「ジュニア・マンス」との再会・共演記念盤としてデジタル・リマスタリング盤である。

ONLY YOU  綾戸智恵 meets JUNIOR MANCE / ewe records

 しかし、私のなんといってもお気に入りは、この2枚。「グルーヴィン・ブルース/Groovin’ Blues」と「ソウル・アイズ/Soul Eyes」。

「エリック・アレキサンダー/Eric Alexander」の泣かせのサックスにマンスのピアノが絡み、ブルースのパッションは最高潮に。「グルーヴィン・ブルース」、ブルース好きにお薦めの一枚である。

 

グルーヴィン・ブルース  ジュニア・マンス・トリオ&エリック・アレキサンダー / エム アンド アイ カンパニー

「ソウル・アイズ」。マル・ウォルドロンのタイトル曲をはじめ、ブルースの名曲「ストーミー・マンデイ」などスタンダードをブルージーに、それでいて都会的感覚に満ちたいぶし銀のような演奏で聴かせる佳品。

ソウル・アイズ

ジュニア・マンス・トリオ/エム アンド アイ カンパニー

   

ピアノ・ソロ・アルバム、「ジュニア・マンスの世界」から、「Georgia on my mind」。
 
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もしもピアノが弾けたなら(22) ~ ショパンのミステリー ~

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88Keys スタインウェイピアノができるまで/ マイルズ チェイピン / (株)小峰書店 

 

 

世界最高水準のピアノ、スタインウェイ。そのピアノが、どのようにして作られていくのか、素材である木の選択、熟成から、完成した楽器のボイシング(整音)まで、ニューヨークの工場での工程を追いながら、美しいイラストで詳細に綴った絵本。ピアノづくりの歴史をいきいきと語るなかで、著者はグランドピアノがなぜこのような形につくられるようになったのか、いかにピアノを偉大な芸術作品にまで高めたかを解き明かしていく。 最近読んだ楽しくて美しい絵本。

少し前、NHKハイビジョンで「仲道郁代 ショパンのミステリー 特別編」という番組を観た。日本を代表する女流ピアニスト、「仲道郁代」さんが今年生誕200年を迎える作曲家ショパンの創作の秘密に迫るという番組。何がミステリーかというと、かねがね仲道さんは、ショパンの時代のオリジナルの楽譜の指示記号に疑問をもっていて、その疑問を解く鍵を求めてポーランドやウイーンを旅する番組であった。

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番組の中で、彼女はショパンが愛用していたというピアノ、「プレイエル(PLEYEL)社製のピアノ」に出会い、実際に「プレイエル」を弾いて、今のピアノとの音色の違い、タッチの違いを実感し、ショパンのペダルを離す記号の位置が異様に早いことや、不思議な運指の指示の謎を解くのである。そして、1839年に製造された「プレイエル社製ピアノ」を日本で探し出し、そのピアノによるショパン・コンサートを実現させ、「練習曲10-3 ホ長調 別れの曲」の演奏でコンサートが終わるという印象深い番組であった。

伝統の職人技によって「ピアノ」というそれ自体が芸術品に近い楽器が作り出され、作曲家がそのピアノによって作り出される音世界を音符という記号によってイマジネーションし、ピアニストが全身全霊を込めてそれを奏でる。人と道具のコラボによって作り出される音楽美の極致がピアノ曲である。

今年、生誕200年になる「ショパン」を記念してクラシック以外の分野、JAZZのアーティストからも様々なアルバムがリリースされている。その中で、日本を代表するJAZZピアニスト「小曽根真」の最新アルバムは「ロード・トゥ・ショパン」。このアルバムは2009年11月にワルシャワで、YAMAHAのピアノを使用して録音された。冒頭と最後にポーランドに敬意を込めてポーランドの女性シンガーとともにポーランド民謡が演奏されているが、深い哀愁を感じさせる佳作。

「 ・・・・ 果てしなく大きな愛をショパンの書いた音符たちは教えてくれる。僕はまだその美しい場所からほど遠いだろう。このショパンへの道を歩きながら、このアルバムの中で僕は彼と一緒に素晴らしい旅をした。 ・・・  小曽根真」

はたしてこのアルバムはクラシックなのか?JAZZなのか?そんな疑問などどうでもよくなるかもしれない。
 

ロード・トゥ・ショパン

小曽根真 / ユニバーサル ミュージック クラシック

 

 

観てみますか? プロモーション・ビデオ「小曽根真 -Road to Chopin- 今、ショパンを語る」。 
 

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もしもピアノが弾けたなら(22) ~ 一里塚から再び・・・ ~

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「・・・ そして、たどり着いた一里塚・マイルストーンは、ジョバンニ・ミラバッシであった。・・・」と書いていったんシリーズを休んだのは1年ほど前のことであった。(参照「もしもピアノが弾けたなら(19) ~たどり着いた一里塚から ~」) 前よりはゆっくりとした足どりではあるが、再び歩き出してみたいと思う。

どういうわけか、今年から「澤野工房」からに「ビデオアーツ・ミュージック」にレコード会社を変えて「ジョバンニ・ミラバッシ」がリリースしたアルバムに「新世紀~Out of tracks~」がある。澤野のような小さくても、良質のJAZZを提供するレコード会社から変ったことで、クオリティが下がらなければいいが・・・。その中の2曲目の「ピエラヌンツィ」という曲は、ヨーロッパJAZZピアノの偉大な先駆者でエバンス派の筆頭にも挙げられる「エンリコ・ピエラヌンツィ」に捧げられた曲である。レーベルを変えての再出発に際し、最も強い影響を受けた「エンリコ・ピエラヌンツィ」への想いからオマージュとしてアルバムに入れたのであろう。やはりヨーロッパにおけるエバンス派の大先達は「エンリコ・ピエラヌンツィ」のようである。

新世紀~Out of tracks~

ジョバンニ・ミラバッシ・トリオ / VIDEOARTS MUSIC( C)(M)

 

さて、私にとって、ピアノトリオの今年一番の収穫は「トルド・グスタフセン・トリオ/Tord Gustavsen Trio」であった。ノルウェーの若手ピアノ・トリオ。ちょうど一年ほど前、たまたま寄ったCDショップで手に取ったアルバムが「ビーイング・ゼア」であった。そのはかないくらいのロマンティシズムにすっかり圧倒されてしまったのだ。(参照 「もしもピアノが弾けたなら(15)~ヨーロッパ・ジャズ・ピアノ・トリオ番外編(1)~」 )

そこから遡って聴き出したのだが、デビュー作「チェンジング・プレイセズ」は、ECMの過去10年間の新人作品のなかで最大のヒットを記録したという。そのデビュー作を聴いて、完全にはまってしまったのだ。全編オリジナル。なにゆえこれほどまでに美しいのか。儚いのか。それにしても「トルド・グスタフソン」の音の美への耽溺ぶりは尋常ではない。それくらい凄い。だからといって決して華美、華麗な演奏ではなく、むしろ音使いはシンプルで少な目といってもいい。だからこそ曲の持つ間、静けさが一層際立つ。「もののあわれ」というよな「無常の美」に通ずるのかもしれない。夜の闇の中で静かに散りゆく櫻のイメージが頭に浮かんだ。JAZZ、クラシックを問わず、ピアノ好きは聴くべき、おすすめの一枚。

チェンジング・プレイセズ

トルド・グスタフセン・トリオ / ユニバーサル ミュージック クラシック

 セカンド・アルバム、「ザ・グラウンド」。このアルバムも全曲トルドのオリジナル。デビュー作同様、最少の音だけでメロディ・ラインをきらりと浮かび上がらせる、まるで純度の高い結晶のようなトルドのピアノである。

ザ・グラウンド

トルド・グスタフセン・トリオ / ユニバーサル ミュージック クラシック

はじめて、私がトルドに魅せられてしまった3作目のアルバム、「ビーイング・ゼア」。冒頭の「At Home」に惹きこまれてしまったのだ。3作目にしても、その音楽のクオリティは少しも変わらない。むしろもっと余分なものがそぎ落とされて純化していっているような気がする。

ビーイング・ゼア

トルド・グスタフセン・トリオ / ユニバーサル ミュージック クラシック

 

ヨーロッパのJAZZピアニストたちに受け継がれ、進化し続けている「エバンスの魂」・・・。

 

  

もしもピアノが弾けたなら(21) ~ ピアノ・フォルテの音を聴く ~

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top_open_36.jpg(写真;大阪音楽大学・音楽博物館HPより)

かってこのブログで、「2008年はイタリアでピアノが発明されて300周年、鍵盤と連動したハンマーで弦を叩くという画期的なメカニズムにより、タッチによる音の強弱、指の動きの速さへの追従性が驚異的に改善され、この楽器は「ピアノ・フォルテ」などと呼ばれ、それ以降の音楽に革命的とも言える変化をもたらした・・」と紹介したことがある。(もしもピアノが弾けたなら(17)~偉大なるアナログ楽器、ピアノ~

そんな「ピアノ・フォルテ」以前の鍵盤楽器「クラヴィコード」、「チェンバロ(ハープシコード)」、初期の「ピアノ・フォルテ」、古典ピアノの実物を見たり、その音色を聴いてみたくて、ご近所、豊中市にある「大阪音楽大学・音楽博物館」を訪れてみた。
「大阪音楽大学」は、創立者永井幸次により、1915年(大正4年)に創立された関西唯一の音楽単科大学であり、「音楽博物館」は、付属の「楽器博物館」と「音楽研究所」を2002年(平成14年)に改組して発足、無料一般公開されている。楽器約2,300点、書籍約10,000点など多くの資料を収蔵しており、中でもインドネシア・バリ島のガムラン音楽に使用される楽器群のコレクションは演奏会が開かれるほど。そのほか18~19世紀の古典ピアノのコレクションは、メンテナンスされ現在でも演奏可能であり、同様に世界に3丁しかないといわれる「ストラディヴァーリ」のピッコロ・ヴァイオリン、発明者サックス氏の製作になるサキソホンも収蔵されている。

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いや壮観ですねえ~!クラヴィコードから現代ピアノに至るまでニ十数台のピアノがずらりと並んでいました。「クリストフォリ」によってイタリアでピアノ・フォルテが発明されたのが1708年、ピアノが本格的に製作され始めたのが1770年頃といわれている。楽聖バッハが没したのが1750年であるからバッハは多分ピアノを知らず、モーツアルトが生まれたのが1756年、ベートーベンは1770年であるから、彼ら二人あたりからピアノのための作曲がなされ始めたのであろう。ショパン、シューマンが1810年に生まれ、その翌年1811年にはリストが、1813年にはヴェルディ、ヴァーグナーが生まれ、1820年ごろ、それまでの木製から鉄製のフレームに変わり、さらにピアノは7オクターブを超え大型化し、鍵盤数も音色も現代のピアノに近づいていく。まさにピアノの発展期とショパン、シューマンの時代は同期していたのだ。ちなみに、博物館が所蔵するストラード社のピアノは1784年製であり、ブロードウッド社の1816年製作のピアノはベートーベンに誕生日のプレゼントとして寄贈された1817年製ピアノと同じ型のものだそうだ。
そしてあの有名なピアノ・ブランド「スタンウェイ&サンズ」の創始者「シュタインヴェーグ」がドイツからアメリカに移住し、ニューヨークに店を設立したのは1853年のことであった。

その日はちょうど視覚障害者のための館内ツアーがあり、古典ピアノや「ストラディヴァーリ」のピッコロ・ヴァイオリンを使用したミニ・コンサートをやっていたため、期せずして、クラヴィコードやモーツアルト、ベートーベンが生きていた時代の古典ピアノの音色を聞くことが出来た。18世紀~19世紀、音楽の都ウィーンに花開いたピアノ工房「シュバイクホーファー社」、「ベーゼンドルファー社」のピアノは、音量、透明度、切れは、現代のピアノには及ばないものの、決して色褪せてはいない、暖かい、そしてどこか懐かしい感じがする音色であった。

「プレイ・バッハ」で1960年代のJAZZ界に一躍躍り出て、現代ピアノでバロック・ジャズ、クラシック・ジャズというジャンルを切り拓いた「ジャック・ルーシェ」。ピアノ・フォルテが開花した時代のピアノの詩人「ショパン」のノクターン(夜想曲)21曲すべてをソロ演奏したアルバムから。
インプレッションズ・オン・ショパンズ・ノクターンズ
ジャック・ルーシェ / / ユニバーサルクラシック
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ショパン亡き後10年ほどして生まれたドビュッシー。音楽の分野における「印象派」の代表的作曲家。その代表曲を「ジャック・ルーシェ」がトリオで美しくしなやかに演奏する。

月の光
ジャック・ルーシェ / / ユニバーサルクラシック
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もしもピアノが弾けたなら(20)  ~彼岸のBGMは・・・~ 

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春のお彼岸。ここまでくると、もう桜の開花も間近、待ち焦がれた「春来る」という感じですね。今日は、朝からゆっくりと音楽に身を委ねてみました。

Wikipediaで調べてみると、「彼岸(ひがん)」とは、煩悩を脱した悟りの境地のことをさし、煩悩や迷いに満ちたこの世をこちら側の岸「此岸」(しがん)と言うのに対して、向う側の岸「彼岸」というのだそうだ。
春秋2回の彼岸があるが、春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の始まりであるという。もとはシルクロードを経て伝わった、生を終えた後の世界を願う考え方に基づいている。心に、西方の遙か彼方にあると考えられている極楽浄土(阿弥陀如来が治める浄土の一種)を思い描き、浄土に生まれ変われることを願ったもの(念仏)と理解されているようだ。

明るく穏やかな陽光注ぐ海の見える高台の自宅で、エンリコ・ピエラヌンツイの「Enrico Pieranunzi/Racconti Mediterranei 」を聴きながら、涅槃を迎え、彼岸の彼方へ渡れたら、もうそれは最高のBGM・・・、最高の夢・・・。
ピアノとダブルベース(Marc Johnson)とクラリネット(Gabriele Mirabassi)という編成の、エンリコのオリジナル曲のアルバム。アルバムタイトルの「Racconti Mediterranei (地中海物語)」どおり、穏やかな春の地中海をほうふつとさせる美しいメロディと演奏が淡々と続いてゆく。通常のピアノトリオとは少し違って、クラリネットが明るい日差しを感じさせる。中でも、3曲目「Canto Nacosto (秘められた歌)」、9曲目「Un’alba Dipinta Sui Muri (壁に描かれた夜明け)」 の美しさは特筆。

Racconti Mediterranei

Enrico Pieranunzi / Egea


ビル・エヴァンスの流れを汲んだ、欧州のピアニストのなかでもっとも大きな存在感と影響力を放つのが、イタリアの名手ピエラヌンツィ。
「Ballads」。結晶格子が放つ光のようにも見えるジャケット・・・。静謐の暗闇から徐々にかすかに見えてくる彼岸の明かり。60分の夢と喜び、至福の時間を味わえる。いつものトリオのメンバーは、ベース、「マーク・ジョンソン」、ドラムは「ジョーイ・バロン」。

   春の闇 静寂(しじま)を揺らす ピアノフォルテ 結晶格子の 光にも似て  (爵士)

Ballads

Enrico Pieranunzi / Carrion

もしもピアノが弾けたなら(19)   ~ たどり着いた一里塚から ~

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「ジャック・ルーシェ」に触発され、「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ」を聴いてから、魅入られたジャズ・ピアノの世界。このシリーズで、ずっと書き綴ってきたジャズ・ピアニストたち。そして、たどり着いた一里塚・マイルストーンは、「ジョバンニ・ミラバッシ」であった。
現在のヨーロッパのジャズシーンを代表するピアニストであり、日本で絶大な人気を得る「澤野レーベル」の看板ピアニスト。1970年イタリア・ペルージャ生まれ。ピアニスト、アルド・チッコリーニ(クラシック界で有名なフランス在住のイタリア人ピアニスト)と衝撃的な出会いを経て、92年パリに移住後、96年アヴィニョン・フェスティヴァルで大賞を受賞したという経歴。

彼をどう評したらいいだろうか。私がJAZZピアノに望むすべてのものを持っていると言ったらいいだろうか。寺嶋氏のいう「哀愁とガッツ」は勿論、それに加えて心の奥にせまってくる熱く力強い思い、豊かな詩情、ロマンチシズム、気品と典雅・・・・・。小難しい曲をとりあげたり、超絶技巧を用いるわけではない。きらびやかに音数を多く重ねる訳でもない。 和声の響きを大切にしながら、ただひたすら曲の持つ情感を美しさへと高める演奏を展開させるだけである。

その特長はピアノ・ソロによく表われている。傑作、ミラバッシ入魂のソロ・ピアノ・アルバムである「Avanti!」。2000年11月録音。このアルバムに収録された美しい詩情溢れる曲は、実はすべて革命歌であり、反戦歌である。そのことを知って、私は驚くと同時に、革命歌をこれほどまでに情感込めて歌い上げられるピアニストを初めて知った。
CDに添付されている分厚いブックレットには、20世紀の重要な政治的メッセージに満ちた写真と共にミラバッシ自身のコメントが記されている。しかし、これはライナーノーツや解説などではない。あのチェ・ゲバラも写っているように、これは、革命を希求し、そして倒れていった多くの戦士たちへの鎮魂歌&写真集である。
冒頭の甘美このうえない曲は、「El Pueblo Unido Jamas Sera Vencido」。この曲はチリの圧政に対して抵抗したレジスタンスのリーダー「Sergio Ortega」によって1973年に書かれた歌。「The United People Will Never Be Defeated/団結した民衆は決して負けない」という英訳タイトルであることが記されている。もともとアメリカの黒人にルーツを持ち、抑圧と差別の歴史の中で市民権を得ていったJAZZを、ミラバッシは、あらためて近代世界史のなかで抑圧や暴力に対する抵抗・解放の普遍的なメッセージとして位置づけているように思えるのだ。その意図は、ダコタ・アパートの前で逝った「ジョン・レノン」の「Imagine」を取り上げていることでも読み取れる。
そしてラストの曲は「ポーリュシュカ・ポーレ」。ノンポリ学生であった私であるが、当時の学生運動に参加した友人やデモに参加した思い出が、かすかな傷みとともに甦る。
この哀切に満ちた情感をこめて、ミラバッシにより演奏される抵抗の歌々が見事なピアノ・ソロに昇華しているアルバムである。アルバム・タイトル「Avanti!」とは、たしか「私の世界にようこそ!」という意味の言葉であったか・・・。

Avanti!

Giovanni Mirabassi / Sketch


ベースの「Daniele Mencarelli」、ドラムの「Louis Moutin」をくわえてのピアノ・トリオのライブ・アルバム。いずれもオリジナルな曲であるが、ラストの曲は、やはりあの甘美極まりない「El Pueblo Unido Jamas Sera Vencido」。トリオになってもその情感豊かなピアノは変わらないミラバッシの屈指のピアノ・トリオ・ライブ。

Dal Vivo!

Giovanni Mirabassi / Sketch


トリオのメンバーを一新して臨んだ澤野リリースのミラバッシ最新作、「Terra Furiosa」。入水して果てたアルゼンチンの女流詩人「アルフォンシーナ・ストルニ」を偲ぶA・ラミレス作曲、フェリックス・ルーナの作詞、メルセデス・ソーサの歌によって知られ、サンバの最高傑作といわれる「アルフォンシーナと海」からこのアルバムは始まる。このアルバムは、痛みを知り、傷を抱く者たちへの、妙なる救済の調べであるというコピーは、これら収録曲のタイトルからも窺える。

Terra Furiosa

Giovanni Mirabassi / Discograph


以上のアルバムは、いずれも澤野工房からリリースされている。

書き綴ってきたこの「もしもピアノが弾けたなら」シリーズ、「ジョバンニ・ミラバッシ」というマイルストーンにたどりつたところで、いったん筆をおこうとおもう。そして、すべてのジャズ・ピアノ・トリオの祖といっていい「ビル・エヴァンス」へ遡る旅をいつかはじめたいと思う。
ジャズ・ピアノ・トリオの祖、「ビル・エヴァンス」の至高のアルバムから1枚あげておこう。「ワルツ フォー デビー」。

ワルツ・フォー・デビイ+4
ビル・エヴァンス / / ユニバーサル ミュージック クラシック
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「彼岸の薄明かり」とは、ピアニスト「南博」氏が「ビル・エヴァンス」の音楽を評した言葉。彼に彼岸の先にある何かを見せるために彼の廻りの人々が命を断っていたのでは・・・という。たしかにエバンスの晩年の演奏の中には、長い苦悩や不幸な体験を経て、彼岸を感じさせるような危ない哀愁、美感が漂っていると感じるのは思い入れが過ぎるだろうか・・・・。

もしもピアノが弾けたなら(18) ~パリ・もう一つのJAZZ史の街~

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このブログで、かって訪れた思い出の地を、無理やり?JAZZと結びつけて綴る「JAZZY紀行」を連載しているが、自らの音楽活動の中で欧州紀行を続けているJAZZピアニストがいる。デンマーク、コペンハーゲン出身で、パリで活躍する「ニルス・ラン・ドーキー・トリオ」、改名して「ニルス・ラン・ドーキー/トリオ・モンマルトル」である。

「トリオ・モンマルトル」は2001年の『カフェ・モンマルトルの眺め』を第1弾に、『ローマの想い出』、『スペイン』とヨーロッパ音楽旅行シリーズを続けてきた。そして最近はロシアへとその旅を続け、『展覧会の絵~ロシア紀行』を、また自らの出自である北欧に思いを込めた、『北欧へのオマージュ』をリリースしている。音楽の傾向としてはEJT(ヨーロピアン・ジャズ・トリオ)と非常に近い感じであるが、EJTがより典雅であるのに比べ、メロウであまく、カジュアルと言ってかもしれない。クラシックへの傾倒も示すのもEJTと似ていて、例えばアルバム「スペイン」では、名曲「アランフェス」や「アルハンブラの想い出」などを取り上げ、「ロシア紀行」ではロシア作曲家、たとえば、チャイコフスキー、ムソルグスキーなどを取り上げて、見事なJAZZに仕立て上げている。これを観ると、EJTをかなり意識しているのかなあとも感じる。(意識しているのは、レコード会社のほうかもしれないが・・・・・)

そんな「ニルス・ラン・ドーキー/トリオ・モンマルトル」のおすすめを挙げるとすれば、イタリアを旅するというテーマで、同国にちなんだ、「ゴッド・ファーザー愛のテーマ」や「アヴェ・マリア」など有名曲を中心に取り上げている紀行第2作『ローマの想い出』。彼自身、幼い頃にギターを習っていたこともあり、想いの深いギターの名曲「アランフェス」や「アルハンブラの想い出」を中心に構成した紀行第3作『スペイン』。陰影に富んだ、ロマンあふれる旋律の粋をピアノで鮮やかに表現している。

ローマの想い出
トリオ・モンマルトル / / ビデオアーツ・ミュージック
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スペイン
ニルス・ラン・ドーキー/トリオ・モンマルトル / / ビデオアーツ・ミュージック
ISBN : B00007B90J
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そしてヨーロッパ紀行3部作に続いて、バカラック・ナンバーをタイトルにした、「ザ・ルック・オブ・ラヴ」。いわゆる「スタンダード」と呼ばれる曲を、洗練されたスタイルで聴かせてくれるが、女性をテーマにした曲が多い。ダイアナ・クラールがリヴァイバル・ヒットさせたタイトル曲、ノラ・ジョーンズ「ドント・ノウ・ホワイ」。メロディの美しい楽曲をロマンティックに演奏し、日常生活を演出する心地よいピアノに徹しているので、女性のJAZZピアノ・ファンに、或いはJAZZピアノに魅かれはじめた方には最適のアルバム。

ザ・ルック・オブ・ラヴ
ニルス・ラン・ドーキー・トリオ・モンマルトル / / ビデオアーツミュージック
ISBN : B0000UN55M
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ニルス・ラン・ドーキーは、バンド名でもわかるように、パリにこだわり、パリに移住して活動を続けているが、ご存知の通り、パリは音楽の世界ばかりでなくあらゆる芸術の世界でも「カオス(混沌)」、ごった煮、何でもありの街である。その創造の活力のゆえに、いまもなお「芸術の都・パリ」と称される。
かって、20世紀前半、世界の各地からパリにピカソ(スペイン)、モジリアーニ(イタリア)、シャガール(ロシア)、藤田 嗣治(日本)、ユトリロなど後に巨匠と言われる画家達が集まり、総称して「エコール・ド・パリ」、「パリ派」と呼ばれたことはご存知でしょう。

そして、フランスの植民地であったヌーヴェル・オルレアン、すなわち新大陸アメリカのニューオーリンズで生まれたジャズがヨーロッパに流入しはじめたのは、1910年代末のことといわれる。やがて1930年代のパリに誕生した独自のスタイルを持つJAZZが、ベルギー出身のジプシー・ギタリストの「ジャンゴ・ラインハルト」が始めたジプシーの伝統音楽とスウィング・ジャズを融合させた音楽、「ジプシー・スウィング」であった。(フランス名でJazz manoucheまたはmanouche jazz、マヌーシュ・ジャズとも呼ばれる) その後、ヨーロッパのみならず、本場アメリカからもミュージシャン達がパリを訪れ、数多くの作品を吹き込んだり、活動の中心を移したりもした。その中で育まれたパリ発の大御所JAZZメンといえば、「バルネ・ウィラン」、「トゥーツ・シールマンス」、「ステファン・グラッペリ」、「ミシェル・ルグラン」などであろうが、アメリカとは違うヨーロッパJAZZの香りが横溢する。サンジェルマン、カルチェ・ラタン界隈のJAZZクラブに立ち寄ると、アメリカとはまったく違う、やや退廃的でカオス的な雰囲気に満ちた一時が過ごせる。

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サンジェルマン大通り(仏:Boulevard Saint-Germain)のカフェ、「ドゥ・マゴ」

そしてJAZZの名曲「枯葉」は、作曲ジョゼフ・コズマ、作詞は詩人・ジャック・プレヴェールによるシャンソンの定番でもあるのは有名。その「枯葉」を出世作として、シャンソンのスターになったのが、「ジュリエット・グレコ」。「カフェ・フロール」や「ドゥ・マゴ」などといったサン・ジェルマン・デ・プレの「カフェ」に集まる文化人たちのアイドルだった美貌のシャンソン歌手だが、1949年、パリに滞在していたジャズの帝王「マイルス・デイヴィス」と恋に落ちた。帝王と女神の恋はたった2週間の短い間だったという。ふたりは、手を取り合って、セーヌ河畔やサンジェル・マン・デ・プレを散歩し、カフェで、サルトルやボーヴォワールらとも語り合ったという。そしてグレコの紹介で「ルイ・マル」監督に会ったマイルスは、後にあの「死刑台のエレベーター」の音楽を担当することになる。

パリには、アメリカとは違う「もう一つのJAZZ史」があるのだ・・。

ちなみに、私が初めてJAZZに触れたのは映画は「死刑台のエレベーター」であった。

死刑台のエレベーター[完全版]
マイルス・デイヴィス / ユニバーサル ミュージック クラシック

そして、きっとマイルスはグレコのことを脳裏に描きながら演奏したに違いない「枯葉」。この曲をJAZZの世界で一挙に有名にし、その後のスタンダードしたアルバムが「キャノンボール・アダレイ/Somethin’ Else」。当時マイルスが他のレコード会社と契約中だったので「キャノンボール・アダレイ」名義でリリースしたという。

サムシン・エルス+1
キャノンボール・アダレイ / EMIミュージック・ジャパン

「死刑台のエレベーター」と同じ57年に作られたロジェ・ヴァディムの映画「大運河」のサウンドトラックはMJQ(モダン・ジャズ・カルテット)が手がけている。アルバムは「たそがれのベニス」というタイトル名で発売されている。

たそがれのヴェニス
モダン・ジャズ・カルテット / Warner Music Japan

もしもピアノが弾けたなら(17) ~偉大なるアナログ楽器、ピアノ~

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私のヨーロッパJAZZへの傾倒のきっかけは、「ジャックルーシェを除くとそれはヨーロピアン・ジャズ・トリオであった」とこのブログでも何回か書いたと思う。ルーシェは「バロック・ジャズ」という極めて狭いカテゴリーということで除外していたのだが、よく考えてみるとこれはおかしな話で、ヨーロッパジャズのカテゴリーを支えている大きな要因がクラシック音楽の影響であることを考えるとやはり「ジャック・ルーシェ」はヨーロッパ・ジャズの偉大な先達の一人で、私をヨーロッパ・JAZZ・ピアノへ誘ったきっかけのひとりとして、ぜひ挙げておかなければならないだろう。

「ジャック・ルーシェ」。1934年生まれ。パリ国立音楽院をトップの成績で卒業後、50年代の終わりに「Play Bach Trio」を結成したが、その後、この「Play Bach」シリーズで15年間で600万枚を超えるレコードを売り上げるほどの大成功を収めた。「Play Bach」をはじめて聴いたときの鮮烈な印象は今でも忘れない。バロック音楽とJAZZの相性のよさ、ヨーロッパのJAZZを初めて知った。しかし、どういうわけか74年以降バッハを断ち、70年代の終わりには、一度演奏活動から引退し、プロヴァンスに引きこもり、作曲活動やレコーディング活動をしていた。その後、1985年のバッハ生誕300年を期に、再び脚光を浴び、音楽活動を再開することとなった。以後バッハだけでなく、「ヘンデル」、「モーツアルト」、「ラベル」、「サティ」、「ショパン」、「ベートーベン」、「ドビッシー」、「ビバルディ」など精力的にアルバムを送り出している。以後、彼の後に続いて、クラシックを取り上げるJAZZアーティストは今でも多い。

何を差し置いても、「Play Bach」であるが、当時、たしか第1集から6集まで出されたが、初期作品よりオススメは、なんと言っても録音のいいデジタル録音版の「デジタル・プレイ・バッハ」。’84年12月に録音したこの作品で、見事にジャズのバッハ弾きのトップ・アーティストとしてカムバックした。初期の「Play Bach」に比べ、より端麗で、JAZZYに洗練されたアルバムになっている。50歳を迎えてリリースしたこのアルバム、まさに「バッハ弾き」の真骨頂が味わえる。鮮烈の「Play Bach 1」と聴き比べてみるのもいいだろう。

デジタル・プレイ・バッハ
ジャック・ルーシェ / / キングレコード
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プレイ・バッハ(1)
ジャック・ルーシェ / ユニバーサル ミュージック クラシック

「ドビッシー/月の光」、ソロでショパンのノクターン全曲21番に挑戦した「インプレッションズ・オン・ショパンズ・ノクターンズ 」。甘く華麗だがJAZZの基本を損ねることはないこれらのアルバムもオススメ。

月の光
ジャック・ルーシェ / / ユニバーサルクラシック
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インプレッションズ・オン・ショパンズ・ノクターンズ
ジャック・ルーシェ / / ユニバーサルクラシック
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そして現代のパリの雰囲気や香りをピアノにのせて届けてくれるピアノ・トリオは「セルジュ・デラート・トリオ」。カフェの片隅で聴きながら、会話を楽しんでいるパリの恋人達が眼に浮かぶよう。
小粋で楽しいパリのJAZZ的エスプリを感じさせる快作。
このトリオは近日、来日が予定されており、12月19日に西宮の兵庫県芸術文化センターで行われるコンサートが大変楽しみである。

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セルジュ・デラート/French Cookin’

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セルジュ・デラート/Swingin’Three

【閑話休題】  

「ピアノ」はなぜ「ピアノ」と呼ばれるのか?私のブログ記事(「もしもピアノが弾けたなら(1)   ~ピアノ、この小宇宙~」参照)を補足し、「デジタル・プレイ・バッハ」というアルバム・タイトルに隠された暗喩を想起させるような、面白い視点のブログ記事を見つけたので長いが、以下引用してみる。(コメント先が分からなかったので勝手に引用しました。お許しを・・・)

バロック(仏英: baroque)という語はポルトガル語 barocco (いびつな真珠)が由来であるとされ、音楽史でバロック時代と言っているのは、1600年の劇音楽の誕生から、バッハの没年である1750年までの150年ほどの期間である。ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685年 – 1750年)は、西洋音楽史上、バロック音楽を集大成した最も重要なバロック音楽の作曲家と考えられる。

そもそもバロック音楽の特徴とは何か。
①通奏低音音楽である。
②オーケストレーションが古典派と異なる。
③現在でいう古楽器を用いる。
④ソナタ形式がまだない(バロック期の音楽でいう「ソナタ」は古典派のそれとは全く異なる)
⑤即興演奏的要素が強い

しかし何といってもバロック音楽とは何かと言われればそれはデジタルである、というのが一番簡潔明瞭な言い方であると思う。
不連続性、断続性がデジタルの特徴であるが、バロック音楽もまたこうした特性をもつ。すなわち音の大きさが「フォルテ」か「ピアノ」かで、その間がない。これにはバロック時代に主流であったチェンバロやオルガンの存在が絡んでいる。すなわち当時のチェンバロやオルガンは鍵盤を押すと音がでるが、鍵盤を強く押しても弱く押しても音の大きさは一緒である。音の大きさを打鍵の強さで変えることができなかった。
しかしこれではつまらない。何とか音量を変えたい。そのために楽器の構造を工夫した。チェンバロならたとえば鍵盤を2つ以上にする。それぞれ構造を変えて音が大きい鍵盤と小さい鍵盤を作っておく。フォルテの指示の部分は前者で、ピアノの指示の部分は後者で弾く。オルガンならばストップを変える。ストップの入れ替えにより、音の大きさを任意に変えることが可能である。

さて18世紀になって鍵盤楽器に革命が起こった。ピアノの登場である。この楽器は発明当初はチェンバロと外見はそっくりであったが、その音を作り出す構造がまったく異なっていた。チェンバロが弦を引っ掻くようにして音を作っていたのに対し、ピアノは弦をハンマーで叩くのである。前者の場合は打鍵の力の強弱で音の強弱を作り出すことができなかったが、後者ではそれができるようになった。「ピアノ」の当初の命名であった、「ピアノフォルテ」という名の由来は打鍵の強弱により音をピアノにもフォルテにもできる、ということであったのである。
 
このピアノの登場により、作曲法そのものが劇的に変化した。すなわちクレッシェンド、デクレッシェンドという概念の登場である。ピアノから徐徐に音量を増大させフォルテにいたる、という芸当ができるようになったのだ。こうしてアナログ音楽が誕生したわけであり、イコール古典派音楽の誕生となった。西洋音楽の1750年前後はまさにこうした音楽の革命期であった。アナログ音楽の登場とともにオーケストレーションも劇的に変化し、カンナビヒ、シュターミッツなどのマンハイム楽派などがまったく新しい形式の音楽を作曲するようになり、のちにそれがハイドン、モーツァルト、ベートーベンにより完成された。
(以上ブログ記事「バロック音楽はデジタルである」からの引用)

ピアノが発明されたのが、今から丁度300年前。引用したブログ記事を参考にして屁理屈をこねると、「音楽史的にはデジタル時代であるバロック音楽を、「ピアノ」と名づけられた偉大なる発明によるアナログ楽器により、現代のピアニストがJAZZとして演奏し、デジタル録音された音源を、CDというデジタル・メディアに収録されたアルバムが、『ジャック・ルーシェ/デジタル・プレイ・バッハ』である。」

ああ、ややこしい・・・・。

しかし、ヨーロッパ・ピアノ・ジャズは、音楽史的に言えば、ピアノが発明されたヨーロッパでこそ、アメリカに対抗して、アイデンティティや正統性を主張できるJAZZのカテゴリーであるとも言えるのだ。その意味で、「ジャック・ルーシェ」が「バロック・ジャズ」を創始したことは、必然の結果であったといえる。



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