JAZZYな生活

プレミアムエイジ ジョインブログ

見果てぬ夢

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     柿の實を摘むこと遅し故郷の高嶺に雪の見ゆる頃まで (赤彦)

注目の大阪市長、大阪府知事のW選挙は、大阪維新の会の「橋下徹」氏、「松井一郎」氏が圧勝した。これが大阪府民、大阪市民の選択であった。しかも市長選は40数年ぶりの60%を超える投票率。かっては大阪府民、大阪市民であった私も含め、関西人は皆、その勝敗に大きな関心があったのではないだろうか。しかし、どちらを選択するか、非常に迷う選挙であったろうとも思う。法律を変えなくてはならないなど、実現には相当な困難な課題のある「大阪都構想」を掲げ、「変えたいのか変えたくないのか」を迫った橋下氏。現状の枠組の中で着実に改革を積み重ねていくとする「平松」氏。地方分権への大改革を目指し、そのもっとも大きな障害が国であると感じている改革派の首長、元首長らは橋本氏を支持し、地方分権への急速な改革の波や、ローカルの政界再編の動きが、まるで下剋上のように中央の既成政党へ及ぶのを恐れて、民主、自公、共産までもが、平松氏を支持したような図式に見える。日本を変えるといって、改革の夢を託した政権交代後の民主党政治はあっという間に幻想と化し、失われた20年を無策に過ごし、莫大な借金を積み上げ、挙句の果ては原発事故を防げなかった自公政権への回帰などもちろん論外。「不幸せ(府市あわせ)」と何十年も揶揄されながらも、協調や改革に背を向け、不祥事続出で府民・市民のための政治を行ってきたとはとても言い難い府・市の役人・職員たち。この選挙結果は、多分予見できたのである。「ドン・キホーテ」かもしれないが、国がだめなら地方からと今一度、地盤沈下が止まらない大阪の最後の改革の夢を橋下氏に託してみようという選択ではなかったのだろうか。賛否両論、毀誉褒貶、いろいろ問題もあるが、橋下氏の挑戦、果たして国政、既成政党は受け止めることができるのだろうか?

この6月、こんな映画が大阪ではヒットした。「プリンセス・トヨトミ」。大阪全停止。その鍵を握るのは、トヨトミの末裔だった。

プリンセス トヨトミ DVDスタンダード・エディション

ポニーキャニオン

「ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」、すなわちミュージカル、「ラマンチャの男/Man of La Mancha」の主題歌、「見果てぬ夢/The Impossible Dream」をエールとして橋下氏に贈ろう。大御所「フランク・シナトラ/Frank Sinatra」のアルバム「ザッツ・ライフ/That’s Life」より。

That’s Life

Frank Sinatra / Universal UK

「Frank Sinatra – The Impossible dream」

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ふと気が付けば、2006年6月から始めて5年半、この投稿が1,000本目の記事。これも見果てぬ夢なのか ・・・。

企業人の矜持

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【矜持】【矜恃】(きょうじ);自信と誇り。自信や誇りを持って、堂々と振る舞うこと。大辞林(三省堂)
「置かれた環境や人のせいにしない」ということを付け加えてもいい。

まだ捜査やら調査がこれから始まるので、軽々には判断できないが、東証一部上場企業であるD製紙、同じく精密機械、光学機器で定評のあるO社で、何やら胡散臭い不透明なカネの流れが報じられている。創業者につながるというだけで、百億近い会社の金をカジノにぶち込む「アホぼん」経営者。超甘い経営見込みだけで巨額のM&A投資とコンサル会社への非常識な報酬をした結果、巨額の赤字を計上したワンマン経営者。それを指摘した外人新社長を前社長を中心とする取締役会が解任。

これだけ「企業ガバナンス」、「企業コンプライヤンス」や「株主利益」を声高に言われていても、まだこんな行動や経営をする会社やトップがいるなんて到底信じられない。しかも、一部上場企業で ・・・。この経済環境下で、必死になって会社に売り上げや利益をもたらしている社員たちの心根に、これらの会社のトップ達は思いをはせたことがあるのだろうか? こんなアホな経営陣が会社をつぶしていくのだから、社員はたまったもんじゃない。しかし、「男の矜持」、「企業人の矜持」なんて、もはや死語になってしまったとはまだ思いたくないのである。

柿の木の先に見える電車。私はもうあまり乗ることもだろうが、かって通勤に乗った電車を眺めながら、今日もこの電車にのって通勤し、会社のためにと必死に働いている多くのサラリーマン諸君にその努力が報われんことを祈るのみ。
  
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「男の矜持」、「人間の矜持」をテーマに、描き続けている映画監督がいる。「クリント・イーストウッド/Clint Eastwood」である。「許されざる者/Unforgiven(1992)」、「ザ・シークレット・サービス/In the Line of Fire(1993)」あたりから、その色合いが濃くなったように思う。あの「マディソン郡の橋/The Bridges of Madison County(2000)」も見方を変えれば、男と女の矜持の話とも見ることができるし、以後、「スペース・カウボーイ/Space Cowboys(2004)」、「ミリオンダラー・ベイビー/Million Dollar Baby(2006)」、「グラン・トリノ/Gran Torino(2008)」と続く。「父親たちの星条旗/Flags of Our Fathers(2006)」、「硫黄島からの手紙/Letters from Iwo Jima(2006)」、「インビクタス/負けざる者たち/Invictus(2009)」では国家、民族と個人の矜持を、「チェンジリング/Changeling(2008)」では、母親の矜持をテーマに取り上げた。

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話は変わるが、「マイケル・ブーブレ/Michael Bublé」と並んで、今や絶滅危惧種?の人気男性JAZZボーカルのもう一人が、「ジェイミー・カラム/Jamie Cullum」である。1979年生まれ、イギリス出身のジャズ・シンガーである。学生時代からバンド活動をし、CDをリリースしていたが、それがプロの目に止まり、メジャー・レーベルからのデビューとなった。その第一弾としてリリースされたのが、「Twentysomething」。「これがJAZZ?」なんて、どうでもいい議論もあったが、ポップとジャズの垣根を取り外したこのアルバムでは、オリジナル曲、スタンダード・ジャズ、さらに「ジミ・ヘンドリックス/Jimi Hendrix」や「ジェフ・バックリー/Jeff Buckley」の曲を、自身の得意とするピアノ・アレンジで歌う。このごった煮にようなアルバムは、あっという間にミリオン・セラーとなり、数ヵ月で250万枚を突破し、UKジャズ史上、最速で売れたアルバムとなったという。そして、第47回グラミー賞ベスト・ジャズ・ヴォーカル部門にもノミネートされたのである。まさにシンデレラ・ボーイ。

次のアルバムは、輸入盤、日本盤でタイトルこそ違うが、このメジャー・デビュー盤「Twentysomething」に、映画「ブリジット・ジョーンズの日記~きれそうなわたしの12か月/Bridget Jones 2;The Edge Of Reason」の主題歌「エヴァーラスティング・ラヴ/Everlasting Love」をボーナス・トラックとして、追加収録した完全版である。

エヴァーラスティング・ラヴ~ジェイミー・カラム完全版

ジェイミー・カラム / ユニバーサル ミュージック クラシック

そして更なる幸運がジェイミーに舞い込む。’08年秋、もともと交流のあった、ジャズ・ベーシストであり、映画監督「クリント・イーストウッド/Clint Eastwood」の息子でもある「カイル・イーストウッド/Kyle Eastwood」を通して、ジェイミーは「クリント・イーストウッド」と知り合ったのである。クリントは「グラン・トリノ」の台本をジェイミーに向かって投げ、こう言ったという。「この作品の音楽を書いてくれ」と。その結果、「グラン・トリノ」の楽曲は、ゴールデン・グローブ賞にもノミネートされ、このシンデレラ・ボーイは更なる高みへと昇っていく。

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「グラン・トリノ/Gran Torino」は、2008年公開(日本公開2009年)のアメリカ映画。監督、プロデューサーおよび主演は「クリント・イーストウッド」。

舞台はミシガン州。フォードの自動車工を50年勤めあげたポーランド系米国人、コワルスキーは、愛車グラン・トリノのみを誇りに、日本車が台頭し、東洋人の町となったデトロイトで隠居暮らしを続けていた。頑固さゆえに息子たちにも嫌われ、限られた友人と悪態をつき合うだけの彼は、亡妻の頼った神父をも近づけようとしない。コワルスキーを意固地にしたのは朝鮮戦争での己の罪の記憶であり、今ではさらに病が彼の体を蝕んでいた。

人種問題、世代間、東洋西洋の価値観の違い、貧困格差、アメリカ産業問題など色々な切り口から語ることができようが、キャッチにあるように、「男の矜持」を描いた映画とみるのが正しいであろう。

グラン・トリノ [DVD]

ワーナー・ホーム・ビデオ

エンディング・ロールを観ているうちに、自然と涙があふれてきたテーマ曲「グラン・トリノ」を弾き語りで歌うのは「ジェイミー・カラム」。私が知る限り、DVD付の特別版「Pursuit」アルバムのみに収録され、通常の「Pursuit」には収録されていない。

Pursuit (W/Dvd) (Dlx)

Jamie Cullum / Verve Forecast

エンディング・ロールに流れるバージョンもいいが、こちらのライブ盤の方がかなりエモーショナルと思える。
 
「Jamie Cullum performing Gran Torino at Paris’s Le Zenith」 
  
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文殊の浅知恵

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曹洞宗の大本山「永平寺」(福井県永平寺町)は11月2日、原発の是非を問うシンポジウム「いのちを慈しむ~原発を選ばないという生き方」を開催するという。いずれも福井県に在り、菩薩(ぼさつ)の名前に由来する新型転換炉「ふげん(普賢)」、高速増殖原型炉「もんじゅ(文殊)」の命名に、「永平寺」が関わったという。しかし、今回の福島第1原発事故。「永平寺」は、「使用済み核燃料を残し、DNAに作用する放射線という危険をはらむ原発は、子孫への負の遺産となる。命を長い時間の視座に置く仏教の教えと相反する」と説き、「原発に対する認識が足りなかった私たちの責任は重く、間違いだった。懺悔することから始めたい。」と、シンポジウムを開催する理由を説明する。(毎日新聞/2011年10月14日/大阪朝刊 参照)

衆生を救い、導く、釈迦三尊の「文殊菩薩」と「普賢菩薩」に由来する名を、いったん事故が起これば、このような厄災を招いてしまう原子炉に与えてしまったことを宗教者として恥じ、いてもたってもいられなくなったのであろう。至極まっとうな感覚である。それに引き替え、東京電力、電力会社、自民党とその歴代政府、原発立地の自治体、すべてが後手に回った前政権、経産省、原子力安全委員会、保安院、事故と汚染の実態が段々明るみに出てくるや潮が引くようにTVに露出しなくなった御用学者、マスコミなど、いわゆる原子力村には、国民に向かって明確に懺悔しなくてはならない輩がうようよといる。

そして今日のニュースをみても、やらせの責任を採ろうとしない悪あがきの九電、再試算の結果原子力発電のコストはたったの1円アップという浮世離れの原子力委員会 ・・・など、永遠に命を伝えていく一粒のどんぐりのすがすがしさにも到底及ばない「文殊の浅知恵」の数々。

夜、「猿の惑星/Planet of the Apes」を見る。1966年製作、45年も前の映画である。「チャールトン・ヘストン/Charlton Heston」扮するテイラーが浜辺で崩れ果てた自由の女神の残骸を見て叫ぶ。「本当にやっちまったんだ、バカ者どもが ・・・」と。45年後の今に向けた強烈な皮肉と警告のメッセージのように感じた。

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そして永平寺のニュースを見て、不意に思い出したアルバム2枚。JAZZは、「メディテーションズ/Meditations」(1965年11月録音)、「ジョン・コルトレーン/John Coltrane」のアルバム。「コルトレーン・カルテット」に「ファラオ・サンダース/Pharoah Sanders」と「ラシッド・アリ/Rashied Ali 」を加えて吹き込んだスピリチュアルな要素の濃い作品。フリー・ジャズに極めて近い演奏と言っていいが、私には停滞したこの世界、日本の政治の現状を打破できないのかという私の欲求を代弁しているようにも聴こえる。

メディテーションズ

ジョン・コルトレーン / ユニバーサル ミュージック クラシック

「Love – John Coltrane from “Meditations”」  John Coltrane : Tenor Saxophone、Pharoah Sanders : Tenor Saxophone、McCoy Tyner : Piano、Jimmy Garrison: Contrabass、Elvin Jones : Drums、Rashied Ali : Drums

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もう一枚はロック。かって70年代初頭、日本には世界的にも高い評価を受けたロックバンドがあった。「フラワー・トラベリン・バンド/Flower Travellin’ Band」である。「ジョー山中(ヴォーカル)」、「石間秀樹(ギター)」らに4人によって、1970年に結成されたが、活動は1970年~1973年のわずか4年間。あの「内田裕也」がプロデュースを担当し、彼のアイディアにより全曲英語の歌詞で歌い東洋的な旋律をモチーフとして独自の音楽性を確立した。再結成、再活動を表明した矢先の「ジョー山中」の死。冥福を祈るのみ。

 

サトリ

フラワー・トラベリン・バンド / ダブリューイーエー・ジャパン

「Flower Travellin’ Band – Satori, Part 1 」

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人の決断

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朝日新聞の朝刊には、「島田伸助」氏の芸能界引退決断の記事と、民主党代表選へ出馬決断をした「前原誠司」氏の記事がほぼ同位置、同等のスペースで一面を占めていた。ふたりとも人気者、売れっ子である。かたや、一時政治家を志しているような報道もあったが、レギュラー番組を週6本もつ人気タレント。こなた、次期総理の世論調査人気No1.の元・外務大臣、元・党代表。他紙の扱いはわからないが、TVのニュース、ワイドショーなどもトップで「伸助氏引退」を取り上げていた。そのことの是非はともかくとして、マスコミ、メディアの立ち位置、彼らの基準で考えるトップ・ニュース、日本人の関心事などが垣間見えて興味深い。この引退の番組、スポンサー、後輩芸能人など業界に与える衝撃は大きかろう。しかし、所詮業界の話である。視聴率が取れるドル箱を突然失って右往左往しているように思える。深夜放映の時間短縮やスタジオ照明を落としもしないTV局が「省エネ!省エネ!」とうそぶいていることと同じように、私の眼には冷ややかにしか映らなかった。しかしそれとは対照的に、会見での伸助氏の決断の潔さは見事であった。

それよりもさっぱり盛り上がらないのが民主党次期代表選である。失礼ながら小粒、大丈夫だろうかという人材が小沢一郎氏の顔色をうかがいながら横並び。彼らが出馬を決断した思いは一体なんだったのであろうかとすら思える。民主党の人材の無さを図らずも証明したようにも思えた。と言っても、原発推進、巨額の赤字国債発行をしてきた責任すらも語らない自民/公明政治への回帰もごめんであるが、ここに至って、前原氏が出馬を決めて、多少面白くなってきたといえる。しかし我が国は、議員代表制である。自公政権末期、民主党政権誕生、大震災を通じ、その政治力のなさ、国会議員などまったくあてにならないことがよくわかった。そんな彼らが数の論理で次期代表を選び、自動的に 総理大臣になってしまうことにどうしても疑問と割り切れなさを感じる。しかも26日公示、29日投票だという。空白期間を作れないというのはわかるが、戦後未曽有の危機にあたって、これからの日本の進路の舵を取る首相を実質選ぶのである。この日程では大きなヴィジョンや政策の提示や議論すらできないであろう。大きなため息とともに「首相公選論」に大きく傾かざるを得ない。

同じ朝刊には、学生だった1950年代当時から、作曲家「マイク・ストーラー/Mike Stoller」氏と組み、「エルビス・プレスリー/Elvis Presley」が歌い、大ヒットした「ハウンド・ドッグ/HOUND DOG」や「監獄ロック/Jailhouse Rock」のほか、「スタンド・バイ・ミー/Stand by Me」などのヒット曲を手がけた「ジェリー・リーバー/Jerry Leiber」氏が78歳で亡くなったという訃報も掲載されていた。若干19歳、無名の二人組ソングライターはアメリカのリズム&ブルース界でスタートをきったが、彼らのフレッシュな才能は着実にヒットを飛ばし、音楽業界の注目を集め、やがてはメジャーな存在になっていくという「業界」でのアメリカン・ドリームを体現したような二人であった。この辺の事情はサイト「Soundweb/ロックが駆け抜けた時代/第一章プロデュースの時代」に詳しい。

そして、それぞれ心に傷を持った4人の少年たちが好奇心から、線路づたいに「死体探し」の旅に出るという、ひと夏の冒険を描いた「スティーブン・キング/Stephen King」の非ホラーの原作を映画化し、不朽の名作となった映画「スタンド・バイ・ミー」(1986年公開)の主題歌に「ベン・E・キング/Ben E. King」の1961年のヒット曲がつかわれた。

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ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

引退後は「何か人の役に立ちたい」と会見で語っていたかっての不良少年「島田伸助」氏。どう日本の舵を取ってくれるにかわからないが、少なくとも被災者には寄り添った政策を展開してほしい民主党新代表。決断の時期が取りざたされたが、もう一度自分探しと日本探しのお遍路の旅に出てほしい菅総理。三人に贈る歌は、「Stand By Me/僕のそばにいて」。

「スタンド・バイ・ミー/Stand By Me」を「ジョン・レノン/John Lennon」で

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非現実的な夢想家として ~村上春樹氏のスピーチ~

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(写真;NHKニュースより)

9日のスペインのカタルーニャ国際賞授賞式での作家、「村上春樹」氏の受賞スピーチが話題を呼んでいる。「非現実的な夢想家として」と題したスピーチで、「震災後の日本がやがて復興に向けて立ち上がっていく」と強調するも。「原発事故は、広島、長崎に原爆を投下された日本にとって2度目の大きな核の被害」とし、「今回は、自らの手で過ちを犯した。原爆の惨禍を経験した日本人は、核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった」と述べた。

賛否両論で、「後からならなんとでもいえる」、とか「外国で言うな」とか、「所詮人気作家のたわごと」などと、批判や否定する声もあるが、この問題について「だんまり」を決めている作家、俳優など著名人が多い中で、国際的な場で、自分の考えを明確に述べたという彼のその姿勢と思いに私は賛意と評価を送りたい。村上氏は、1949年生まれ、62歳。「非現実的な夢想家として」というそのタイトルそのものに、我々戦後世代、団塊世代が政治や原発などに、今抱いている苦い思いを代弁して込められているような気がする。「経済効率を信奉する現実主義者」でありすぎた我々の思いを ・・・。

「原発さえなければ ・・・」と小屋の壁に白いチョークで書き置いて、自ら命を絶った相馬市の酪農家の男性のニュースが胸を打つ。

「非現実的な夢想家として」の原稿全文を参考までに以下にあげておきます。

カタルーニャ国際賞:授賞式 村上春樹さんスピーチ全文/上
カタルーニャ国際賞:授賞式 村上春樹さんスピーチ全文/下

さて、「村上春樹」氏がお気に入りの曲を自らの訳詩とエッセイで紹介した本は、「村上ソングス」。


村上ソングズ (村上春樹翻訳ライブラリー)  村上 春樹 / 中央公論新社

彼が紹介している歌のひとつに「Born To Be Blue/ブルーに生まれついて」という曲がある。1946年(47年?)にジャズ歌手「メル・トーメ/Mel Torme」と「ロバート・ウェルズ/Robert Wells」のコンビがなんと19歳でつくったというバラード。曲も歌詞もブルーな雰囲気に満ちた曲である。しかし悲しみの中にも静けさや優しさを湛え、ラストは救いで終える曲である。

「♪ Some folks were meant to live in clover
   But they are such a chosen few
   And clover being green is something I’ve never seen
    ‘Cause I was born to be blue
    ・・・・・・・・・・・・・            ♪」

「クローバーに囲まれて暮らす」というのは、「裕福に、安逸のうちに生きる」という意味の成句だが、・・・・ この歌の主人公の目には、その美しい緑色は映らない。何故なら彼女はブルーに生まれついてしまったからだ。(「村上春樹著/村上ソングス」より)

英語の全歌詞はコチラ。

彼のイチオシは「ヘレン・メリル/Helen Merril」。「クリフォードがソロを切り上げると、かすかな間合いを置いて、メリルがブリッジからすっと歌い始めるあたりの呼吸は、ため息が出るくらい見事だ」と絶賛している。



ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン  ヘレン・メリル / ユニバーサル ミュージック クラシック

「Born to Be Blue - Helen Merrill 」

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わたしのイチオシは「ビヴァリー・ケニー/Beverly kenny」。可憐な心温まる美声で歌い上げられ、美人好きのオジサンにはメリルと甲乙つけがたい。6枚のアルバムを残し、28歳の若さで悲しい最期を迎えたその美貌も涙を誘う。



ボーン・トゥ・ビー・ブルー(紙ジャケット仕様)  ベヴァリー・ケニー / ユニバーサル ミュージック クラシック

「Beverly kenny – Born To Be Blue」

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生き方としての節電

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(写真;関西電力美浜原発 関電HPより)

エアコンは設置してない。夏のほんの一時だけ扇風機を回す。電灯は必要なとき以外は、こまめに消す。冬の暖房は安全上の問題で電気炬燵(コタツ)に替えるまで、ずっと炭火の炬燵であった。野菜は裏の畑で自給自足。観るTVはNHKのニュースと歌謡番組だけ、夕飯の熱燗の晩酌一本が楽しみ。夜9時には寝てしまう。朝シャン、シャワーやお湯の出しっぱなしには文句を言う。もちろん携帯電話やパソコンなんぞは持っていない。車すらも ・・・。大昔の話ではない。つい最近までの大正生まれの両親の生活である。私の両親が特別ではなく、多分この時代に生まれた人たちに共通した暮らしぶりではないだろうか。「もったいない」を実践する生き方である。

ついに関西電力が、原発停止に伴う真夏の電力不足を理由に、対前年比「15%」の節電のお願いを始めた。しかし、そこは関西人のこと、「はい分かりました、協力しましょう」ってなことに、すぐなるわけがない。案の定、「15%の根拠が不明で納得できない」と 関西の主要知事たちは一斉に反発をしている。関電が要請する「節電15%」は、政府が大口需要家に削減を義務づける「電力使用制限令」を7月1日から発動する東京電力と東北電力管内と同じ数値で、協力する時間帯も長いのである。このことがなかなか理解を得られないのである。

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【関西電力の発電電力量比;関西電力調べ(過去10年平均 他社受電分含む)/平成22年3月末現在/関電HPより】

東電に次ぎ、2番目に多い11基の原発を福井県に抱え、大震災前は「関西の電気の約半分は原子力」と言うコピーがTVコマーシャルでずっと流れていた関電に対し、橋下大阪府知事が「原発を動かさないといけないとあおるためにボーンと打ち出してきたとしか思えない。根拠をはっきりしない限り、協力するつもりはない」と反発するのも無理からぬところである。

「湯水のように使う」なんて言葉があったが、いまの日本は「電気のように使う」という言葉に置きかえたほうがいいほど、電力を使って経済力と豊かさを支えてきた。「電気」は一見「地域独占」、「公共事業」というベールに覆われているので、普段は意識しにくいが、れっきとした民間企業、しかも利益を上げることを株主に約束している上場企業が売っている「商品」なのである。

基本的に利益を追求する電力会社が発電にかかるコストを含め、コストを削減する努力をするのは当たり前。安全に欠けるコストと利益とがはかりにかけられるのは当然のことなのである。一旦稼動するとこまめな発電量調整がしにくいが、発電コストが安いといわれている原子力発電を、ベース電力とし、その上に、発電量やコストの変動要素が多いが、こまめな調整が可能な石油、天然ガス、水力などの発電を積んでいくという効率を追求する経営図式が出来上がり、原子力発電を必要とされるベース電力に限りなく近づけていく経営努力こそが「原子力発電推進」であり、電力会社にとっての経営の根幹を成すものであったのは間違いないであろう。このことが、今見直しを迫られている。本当に安全なのか?本当にコストが安いのか?あるいはコストをかけなかったのか?原子力以外の発電方式では需要を本当に賄えないのか?これらの疑問に電力会社は十分答えているとは思えない。浜岡原発を根拠を明確にせず、唐突に停止要請をしたと非難する向きがあるが、どっともどっちである。

いずれにしたって、今年は節電しなくてはならないのだ。原発事故や停止を理由に、政府や電力から「節電」をいわれて従うのも癪である。「節電」というと、「必要な電気を使わずに我慢する」というニュアンスがあるが、そうではなく、どうせしなくてはならないのなら、われわれの親の時代のように「電気に依存しすぎない生活スタイルを取り戻すのだ」ぐらいに考えて、「生き方としての節電」として選んで実践してみたらどうだろうか? 「節電」によって、すこしくらい便利さ、快適さが損なわれても甘んじて受け入れ、また少々機器のレスポンスが悪くても、「これぞスローライフ」と考えて、決してイライラしない。さあ、こんな生活、私にもできるでしょうか?

そんな「生き方としての節電」にふさわしい曲がある。「Give Me The Simple Life」。「素朴に生きよう」という意味であろう、「ハリー・ルビー/Harry Ruby」作詞、「ルーブ・ブルーム/Rube Bloom」作曲で、1948年の映画「Wake up and dream」(観てませんが ・・)に書かれた。以来ジャズ歌手が好んで歌う曲となり、いわば歌唱のテクニックを競う曲となっているという。英語の全歌詞はコチラであるが、俗語が多いので、悪戦苦闘ながらもちょっと訳してみた。

【 Give Me The Simple Life 】

「♪    ・・・・・・・・・・・・・・・
   Some like the high road           目立つ生き方が好きな人もいるけど
   I’ll take the low road             わたしは地味な生き方でいい
   Free from the care and strife         悩み事や争いもない暮らし
   Sounds corny and steady          野暮ったく、堅物みたいだけど
   But, yes, indeedy               ほんとにこれでいいんだ 
   Give me the Simple Life            素朴で普通の暮らしがしたい ♪」
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タイトル曲によって「特定の歌・衝動買い症候群」の発症と「ジャケ買い」とを併発したアルバムが「アリーチェ・リチャルディ/Alice Ricciardi」のブルーノート・デビューアルバム「カムズ・ラヴ/Comes Love」。名前から想像されるように、1975年生まれ、ミラノ出身のジャズ歌手であるが、母国イタリアの名門音大で正式に音楽の教育を受け、その後アメリカでも活動を始めて話題にもなり、ジャズの名門「ブルーノート/Blue Note」レーベルからのデビューである。音大で教育を受けただけあって端正な品のいい歌い方、しかしクラシック出身の歌手らしくなく、十分にスウィングしている。どうしたのかこの一枚のみでその後のアルバム・リリースを聞いていない。アメリカでは、この端正さがうけなかったのかも知れない。いや、私は十分評価していますよ。


 

カムズ・ラヴ  アリーチェ・リチャルディ / EMIミュージック・ジャパン

「Alice Ricciardi – Give Me The Simple Life」

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ドキュメンタリー、報道、ルポルタージュ、映画、そして自然

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(遊び場の山に咲く「エゴノキ」の花。果皮に有毒なサポニンを多く含み、果実を口に入れると喉や舌を刺激して「えぐい(えごい)」ことに由来した名。)

ここ2ヶ月の間に、震災や原発事故に関する本をいくつか読んだ。いまだ頭の中で整理は殆どついていないのであるが、ドキュメンタリー、報道について考えされられた本がいくつかある。

「吉村昭/三陸海岸大津波(文春文庫)」。青森・岩手・宮城の三県にわたる三陸沿岸は、近代になってからも、明治29年、昭和8年、そして昭和35年のチリ地震と三たび大津波に襲われ、人々に悲劇をもたらした。大津波はどのようにやってきたか、生死を分けたのは何だったのかを、もう少なくなってしまった体験者の貴重な証言をもとに再現した昭和45年(1970年)発刊の本。文学にまで昇華したといっていいドキュメンタリー。この悲劇の中から得られたはずの貴重な知恵は今回は生かされなかったのだろうか?



三陸海岸大津波 (文春文庫)  吉村 昭 / 文藝春秋

多分、今後の日本人の心のあり方、生活様式、歴史感などを根底から変えるきっかけとなったかもしれないこの3ヶ月。まさに「歴史の転換点3.11.」後の1カ月の朝日新聞の全報道と記録写真集が重い。目を覆う惨状ではあるが、阪神淡路大震災とともに決して忘れてはならない日本の記録。この大震災を俯瞰して振り返ったり、これからの対策、検証には活かさなくてはならない報道記録。



朝日新聞縮刷版 東日本大震災 特別紙面集成2011.3.11~4.12  朝日新聞社 / 朝日新聞出版



報道写真全記録2011.3.11-4.11 東日本大震災  朝日新聞社 / 朝日新聞出版

しかしこの報道集、写真集には、「原発事故現場で自ら取材」という決定的な視点がまったく抜けているのである。このことは、朝日に限らずマスコミ全てに共通したことである。すなわち現場に取材に入っていないのである。近づくことさえも ・・・。恐ろしい気持ちはよくわかるが、政府、東電発表、いわば大本営発表をそのまま流しているだけで、報道ジャーナリズムの責任を果たしたといえるのだろうか。もちろん、その後立ち入り禁止になってしまったので、今もって状況は同じである。たしか地震直後原発の近くまで入ったジャーナリストは、「不肖・宮嶋」氏ほか外国メディアなど極く少数であったと記憶している。その宮嶋氏にしても、まったく他の取材陣がいないので、気がついてすぐ逃げ出したとTVのトーク番組で語っていた。もちろんジャーナリストとはいえ命が大事であるのいうまでもないが、社内規制よるのか、何だか知らないが、TV、新聞社など日本の大手マスコミはどこも現場に入らなかったと記憶している。原発推進派であった学者達をあれだけ解説者に起用して、政府・東電の発表どおり「チェルノブイリのようにはならない、大丈夫である」と報道していた彼らが、最悪の「レベル7」のいまになって東電をたたき、政府の対策を「ああだこうだ」と批判しても、説得力が一向に感じられないのは当たり前である。

「メルトダウン(炉心溶融)」のときに、よく引き合いに出される「チャイナ・シンドローム/China Syndrome」という言葉がある。「炉心溶融が、米国で発生すれば、溶融した核燃料がが地球を貫通し、反対側の中国にまで及ぶ」という意味であったと思う。ドキュメンタリーではないが、それタイトルにした映画が、「ジェームズ・ブリッジス/James Bridges」監督「チャイナ・シンドローム/The China Syndrome」(1979年制作)。「ジェーン・フォンダ/Jane Fonda」、「ジャック・レモン/Jack Lemmon」、「 マイケル・ダグラス/Michael Douglas」などそうそうたる俳優が出演、その年のアカデミー賞にて、主演男優賞、主演女優賞、美術賞、脚本賞などにノミネートされた。公開時は近未来サスペンスであったが、その後間もなく、スリーマイル島の原発事故が発生し、予見したようなそのタイムリー性が評判となった。

資本の論理を追求する巨大企業と社会正義。電力会社は大スポンサーである為、原発批判はタブーと言うのが、一般的マスメディアの秘められた約束事だったという構図は、アメリカでも日本でも同じだったようで、DVDをレンタルしてきて30年ぶりに観たが、今観ると 福島原発とどうしても重なって見えてしまうのである。それだけ今日性のある映画だったということである。

人気TVキャスター、キンバリーはカメラマンのリチャードと、原子力発電所の取材中に恐るべき 「事故」を偶然フィルムにおさめる。しかし、TV局は何故か放送を禁止してしまう。、その「事故」に疑問を抱くベテラン原発技術者のジャックは何者かに命を狙われはじめる。そして彼らはそれぞれの立場から、背後にうごめく巨大な陰謀に迫っていく…。



チャイナ・シンドローム コレクターズ・エディション [DVD]  ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

今回の事故で、原発批判のタブーが解けたのか、マスコミでも一斉に反・脱原発の論調が高まってきた感があるが、脱原発に踏み出す後押しをして欲しいなら、広瀬 隆/FUKUSHIMA 福島原発メルトダウン (朝日新書) 、武田邦彦/原発大崩壊!(ベスト新書)小出裕章/原発のウソ(扶桑社新書)あたりがおすすめか・・。

このブログでも、原発の現場で20年間技師をし、内部被曝を100回以上して、癌で1997年他界した「平井憲夫」さんの論文「原発がどんなものか知ってほしい」を紹介したが、同じように、美浜、福島第一、敦賀の三つの原発現場で下請けとなって働いた人の貴重なルポルタージュがある。「堀江邦夫/原発労働記 (講談社文庫)」。「これでは事故が起きないほうが不思議だ」と空恐ろしくなってしまう。



原発労働記 (講談社文庫)  堀江 邦夫 / 講談社

豊かな暮らしとは何か? 効率や便利さとは何か? 危機における政治の役割とは? 時には牙をむく自然と日本人は今後どう付き合っていくのか? そんな根源的な問いを各自が自らに問いかけながら、日本人の選択を政治に反映させ、エネルギー選択を含め、将来の世代に何を残すかを長期的な視野で考え、向かうべき方向を選らばなくてはならない。そしてその「新しい国づくり」を何十年も試行錯誤しながらも、継続的に続けていかなくてはならない。一時の時の政権や政権奪取ゲームに現を抜かす政治屋なんぞには惑わされずに、国民全体の知恵を結集して、この大きな課題を解決していかなくてはならない。いまだ糸口も見出せないそんな思いを抱きながら、今日も山に遊ぶ。

東北の人たちは、太古からその恐ろしさも含めて、自然と上手に付き合ってきたはず。その証と見返りとしてあの豊かな自然が残されてきたのだが ・・・。

原始の黎明期への復帰、自然への回帰をテーマにし、自然主義派とでもよぶのがいいようなJAZZアーティスト達(JAZZというカテゴリーに当てはめていいのか疑問ではあるが・・)がいる。「エグベルト・ジスモンチ/Egberto Gismonti」、「ヤン・ガルバレク Jan Garbarek」などドイツのECM(Editions of Contemporary Music)というレーベルにそんなアーティストが多いようである。「ヨーロピアン・カルテット」時代の「キース・ジャレット/Keith Jarrett」をあげていいかもしれない。

「北欧のコルトレーン」と呼ばれる、ジャズSAX奏者「ヤン・ガルバレク/Jan Garbarek」のアルバムに「Dis」という作品がある。12弦ギター奏者の「ラルフ・タウナー/Ralph Towner 」とのコラボの、このアルバムのいくつかの曲のバックには、風によって弦が鳴るという楽器、ウィンドハープの音が使われている。ノルウェーの「スヴェール・ラーセン/Sverre Larsen」という人が製作したものを、実際にノルウェーの海岸に設置して録音したという。



Dis  Jan Garbarek with Ralph Towner / Polygram

通奏低音のように響くプロペラ飛行機あるいは蜂の羽音も似たブーンという音がウィンドハープ。音源の位置が特定できず、空間全体が響いているようだ。風のハープ(Windharp)、笛(Wood Flute)、12弦ギターとが織り成す不思議な音空間。そういえば、ノルウェーからデンマークにかけての北欧の海沿いにはこの風を利用した無数の風力発電機が回っていたのを思い出した。

「Jan Garbarek – Dis」

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暑ければそれもまたよし

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青空に急にむくむくと湧いてきた積乱雲。にわかにかき曇り、大粒の雨が降ってきたが、すっとすぐにやんで太陽がまた顔を出した。瞬時のスコール的なにわか雨、夏のはしりを思わせる気温、空の色。もう夏が始まるのか。そして、去年の夏は本当に暑かったが、今年の夏もまた暑いのか ・・・ 。

政府は中部電力に対し、浜岡原発の全面停止を要請し、中部電力も受諾したというNEWS。賛否両論、評価する人、しない人。不足電力の確保、津波対策後は再開予定の是非、他の原発への検討、中部電力の経営への株主を含めての影響、地域雇用や自治体への税金・交付金など、解決すべき問題がすぐ頭に浮かぶ。しかし、それらへの菅総理の説明はなかった。昨日のニュースによると、事前に漏れると原発推進派の暗躍によってこの決定がつぶされるのを防ぐためだったという。これが政治的英断であったかどうかは後日の評価を待たねばならない。説明不足、拙速の感はあるにしろ、私は評価する。事が起こってからでは遅いのはもう十分解ったはずである。

一方で、自民党の原発推進派の議員達が、高まってきた「反原発」世論に対抗して、いままでの党内の経済産業部会、電源立地及び原子力等調査会、石油等資源・エネルギー調査会の三つを合体させた新しい政策会議「エネルギー政策合同会議」を発足させたという。委員長は元・経済産業相の甘利明氏、委員長代理には旧・通産省出身の細田博之・元官房長官、参与は東電元副社長で現在は東電顧問の加納時男・元参院議員などという顔ぶれ。この顔ぶれを見ただけで「何をかいわんや」である。そして自民党は1955年「原子力基本法」制定以来、電力業界と組んで官民学一体で、「安全でクリーン」を旗印に原発推進行政を強力に押し進め、代替エネルギーの開発や電力自由化に真っ向から反対してきた。その結果がこれであるし、過去の政治へのちゃんとした反省・弁明や、党としての見解、将来のエネルギー政策の展望など政治総括をまだ聞いていないのだ。そちらが先であろう。それなくしては、はやくも蠢(うご)めきだした原発利権といわれても仕方がないではないか。そして与野党を問わず積極的原発推進派はいるし、経済産業省、学者においてはいうに及ばずである。今後原発、エネルギー政策の旗色が政権選択、政界再編のひとつの大きな軸になるであろう。そして政・官・民・財・学・自治体・マスコミが縛られてきた「原発金縛り」の呪縛をもう解くべきあろう。

今年の夏は、暑ければ暑いで、それもまたいいではないか ・・・ 。そう覚悟を決めようではないか。

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昔、放射能の恐怖に関心を持ったことがある。「広瀬隆」著「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」を読んだ時のこと。アメリカのネバダ州の砂漠で行われていた核爆発実験の話で、下手なミステリーより面白かったが、よその国の話で何か人ごとのような気がして、自分のなかで消化できず、その後原発容認派のまま今まで来てしまった。

書評にいわく、『不屈の男ビッグ・ジョンはガンとの凄絶な戦いに敗れた。彼だけではない。ゲイリー・クーパーもロバート・テイラーもスティーブ・マックイーンもヘンリー・フォンダも、そしてユル・ブリンナーもみんなガンに散った。ハリウッドの俳優たちに、なぜガン死がかくも多発するのか? 精緻な論証と推理で解明する衝撃の事実! 』

ジョン・ウェインはなぜ死んだか (文春文庫)  広瀬 隆 / 文藝春秋

ハワイアン・バンド「大橋節夫とハニー・アイランダース」に「熱風」という名曲がある。私が大学生の時代、人気学生ハワイアン・バンド「カウラナ・アイダンダース」が、いつも演奏していた十八番のひとつ。大橋節夫氏は自分の音楽をハワイアンと定義されるのが嫌いだったらしく、「私は、ハワイアン楽器を使ったポピュラー音楽であり、JAZZをやっているんだ」と語っていたというのが印象に残っている。確かに「熱風」、今聞いても軽快でスウイングするJAZZYな曲である。2枚組のベスト盤「大橋節夫とハニー・アイランダース ゴールデン☆ベスト」、その2枚目に「ポピュラー音楽やJAZZをやっているんだ」という彼の気概を強く感じる。



大橋節夫とハニー・アイランダース ゴールデン☆ベスト  大橋節夫とハニー・アイランダース / 日本コロムビア

今年もまた夏は暑いかもしれない。しからばそれを逆手にとって、「大橋節夫&ハニーアイランダース」の演奏するクールな「熱風/Hot Wind」などを聴いて、涼しい気分で過ごすのはどうでしょうか。

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心やさしい科学の子は ・・・

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「♪ ・・・ 心やさしい ラララ 科学の子 十万馬力だ 鉄腕アトム ♪」。

「手塚治虫」の人気漫画「鉄腕アトム」のTVアニメの主題歌である。人の善悪を見分けられる電子頭脳や、60か国語を話せる人工声帯を持ち、何よりも重水素燃料による核融合エネルギーを供給する、つまり原発によって動く10万馬力の原子力モーターを動力源として内臓し、足のジェットエンジンで最大マッハ5で空を駆け巡る。世界中の子ども達の憧れや夢を見事につかんだアニメの傑作である。

「アトム」は原子、原子力の意味であることはいうまでもないが、妹は「ウラン」、弟は「コバルト」と名付けられたように、一家には放射性元素に関する名前が付けられている。まさに「鉄腕アトム」は、原子力の平和利用の象徴でもあった。たしか平和利用、原子力発電のシンボル・キャラクターとして一役買っていたと記憶している。愛くるしい顔をしたその体内に超小型原発を抱き、正義のために戦う。そんなキャラが平和利用推進というキャンペーンにはもってこいだったのであろう。「その原子力発電所が ・・・ 」である。残念なことに、「アトム」もなにか薄汚れてしまった様な気がする。もし、「手塚治虫」が存命ならば、「アトム」に今何を語らせたのであろうか。

「手塚治虫」の出身地である宝塚市には、「手塚治虫記念館」がある。かって、子どもをつれて何回かいったことがあるが、「手塚治虫」は、原子力利用についてアトムを通じて、何をどう描きたかったのか?そんな背景や彼の考えについての答えやヒントがここにはあるかもしれない。そんな観点で今一度記念館を訪れて見たいと思っている。

今までは原発容認派だった私は今、「脱原発」サイドに大きく傾いている。日本の現実を考えれば、「原発の新設はしない、既存原発については、見直した新しい基準で運転の継続か否かをふるいにかけていく。そして耐用年数が来たものから、順次停止、廃止していく。そしてそれまでに、この国の在り様を含めて、国民的合意を形成しながら、エネルギー政策の転換を図っていく」といった政策が現実的ではないだろうか。そんな大方針を早く決め、発信し、それに向けて国民の叡智や総力を結集していくべき時期ではなかろうか。

画期的な省エネを可能とする技術の開発や、湯水のように電力を使う我々の暮らし方の見直しを図る一方で、現在1%程度の利用でしかない自然エネルギーによる発電量の大幅な増加や、バイオ、深海利用などの石油代替エネルギーの技術開発を、もっとオープンに加速度的に進めていくためには、政治と密接な関係を持ちながら、発電、送電、配電を地域独占してきた電力会社のあり方やインフラ・システムの再検討、再構築に踏み込まざるを得ないだろう。小規模発電、オンサイト発電など、少なくとも原発に依存しない発電の多様化の実現のためには、発電、送電に関する規制緩和や自由化が間違いなく必要であろうし、東西の60Hzの壁を乗越えられるような電力の融通利用のためには、現在の10電力会社独占体制も議論の対象になってよい。原発問題と不可分な関係を持つこの国のあり方について、まだまだ国民的議論を深めていく必要がある。

最近、TV主題歌やアニメ・ソングをJAZZアレンジしたアルバムをよく見かけるが、日本のJAZZシーンにおける才人、「クリヤ・マコト」がTV主題歌をJAZZにアレンジ・プロデュース・演奏したアルバムがある。「TVジャズ・アンソロジー~Makoto Kuriya」。たんなるアニメ・ソング集の域を超えるJAZZアルバム。



TVジャズ・アンソロジー~Makoto Kuriya Produces~  テレビ主題歌 / オーマガトキ

その「クリヤ・マコト」自身のピアノ・ソロでオープニングに収録されている「鉄腕アトム/Astro Boyのテーマ – Makoto Kuriya」。アトムの表情が印象的なYOUTUBE。

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「忌野清志郎」は歌った ・・・

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忌野清~1

 

忌野清志郎(いまわの・きよしろう)氏が逝ってからほぼ2年経った。私は、その生き様には共感していたが、彼の音楽にあまり惹かれることはなかった。しかし、たった1枚だけ彼が率いた「RCサクセッション」の復刻CDを持っている。「明日なき世界」、「風に吹かれて」 、「ラヴ・ミー・テンダー」 、「黒くぬれ!」 「サン・トワ・マ・ミー」 、「イマジン」・・・など、往年の名曲に、忌野が全編あらたな日本語の意訳詩をつけ、反戦・反核・反原発一色のメッセージ・ソングとしたカバーアルバム「COVERS」である。当時「RCサクセション」が所属していた「東芝EMIレコード」は、原子力発電システムを事業にしている親会社に気兼ねをして、このアルバムを発売停止にしたため、別のレーベルから発売になったという当時話題になったアルバムでもある。オリジナルの発売は1988年8月15日、23年も前のことである。

今回の原発事故のあと聴いてみたが、今も、いや今だからこそ、強い、まったく色褪せないメッセージ力を持つアルバムである。圧倒的な説得力を持って迫ってくる。彼がもし生きていたら、この有様を見てなんというのであろうか。



カバーズ  RCサクセション / ユニバーサルJ

「Love me tender – RCサクセション」  アルバム「カバーズ」より。

「♪ ・・・ 放射能はいらねえ 牛乳を飲みてえ 何 やってんだー 税金(かね)かえせ 目を覚ましな ・・・ ♪」 
 

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