10、11月は、奈良国立博物館で「正倉院展」の開催される月。定年になってから「我が家の歳時記」として観覧が定着したこの「正倉院展」、今年は第60回を数え、延べ700万人の観覧者が訪れたそうだ。私達が館内にいるときも、今回20万人目の入場者の来場を告げる放送があり、とりわけ今回は人気が高かったと思われる。
HPから引用すると、今年の出陳は69点。光明皇后によって東大寺大仏に献納された聖武天皇遺愛の宝物に始まり、佩飾品(はいしょくひん)など、皇族・貴族たちの献納品、天蓋など仏具、飲食器、文書、経典となっています。その中でも、全面に精緻な文様を彫刻した刻彫尺八(こくちょうのしゃくはち)、鏡背を螺鈿による花文様で埋め尽くした平螺鈿背八角鏡(へいらでんはいのはっかくきょう)、ササン朝ペルシアからもたらされた白瑠璃碗(はくるりのわん)のほか、木画細工が見事な紫檀木画双六局(したんもくがのすごろくきょく)、鏡背に山水や人物などを鋳だした山水人物鳥獣背円鏡(さんすいじんぶつちょうじゅうはいのえんきょう)、さらに献納品を収めた箱である蘇芳地金銀絵箱(すおうじきんぎんえのはこ)などが人気が高かったようです。私が強い印象を受け感嘆した代表的な出陳物をあげてみましょう。

写真は、紫檀木画双六局。正倉院展HPから。
紫檀に様々な色の材料を嵌め込む木画の技法で装飾を施した、豪華な双六盤である。長辺がわに三日月形一箇を中心に左右各六箇ずつ花文を木画で表している。側面は立ち上がりや脚に、花唐草文を主とし、間に鳥、雲、鳥にのる人物などを表している。美しい細工がまったく色褪せておらず、1300年も前のものとは思われないほどの鮮やかさ。

写真は、白瑠璃碗。正倉院展HPから。
厚手のガラス碗。器体は淡い褐色を帯びた透明で、細かな気泡が多数含まれる。外面に円形切子を連続して刻んだいわゆるカットグラスで、円形切子の数は八十箇を数える。産地は西アジア、特にイラン高原北西部より多くの類品が見つかっているため、その周辺で5~6世紀頃に製作されたものと考えられている。ササン朝ペルシアの王侯たちに分配され、さらにその一部がはるばるシルクロードを越えて運ばれたものと考えられている。本品と同種のカットグラスは世界各地のコレクションに例をみるが、当初の輝きと透明度を保ったものは本品が唯一である。シルクロードの交流を象徴し、古代ガラスの美しさを今に伝える非常に貴重なガラス器である。このカットグラスもうつくしい。はるかペルシャからシルクロードを運ばれて、いま私たちが目にしている奇跡と作者や運ばれてきた由来に思いを馳せるロマン。

写真は、平螺鈿背八角鏡。正倉院展HPから。
『国家珍宝帳』記載品。鏡背を螺鈿などで飾った白銅製の鏡で、輪郭は八花形に形作られている。鏡背は内、外の二区に分かれ、それぞれに濃密な唐花文様が一面に表されている。花弁や花心の赤い部分は朱色を下面に彩色して琥珀片を伏せたものであり、白色の螺鈿にはヤコウガイが用いられ、精緻(せいち)な線刻が施されている。銅の成分が唐代の鏡と一致することから、唐からの請来品と考えられている。
息を呑む美しさ。これほどの細工、これほどの精緻さ。鎌倉時代の盗難で、バラバラに大破したらしいが、明治二十八年(1895)に見事に復元されたもの。

写真は、犀角魚形[さいかくのうおがた]。正倉院展HPから。
一双の魚形をかたどった犀角製の佩飾品。佩飾品とは腰飾りのことで、奈良時代の貴人は唐の官人の習慣にならって、腰帯から刀子や様々な佩飾品をさげたという。この「犀角魚形」、なんという洗練されたデザイン・フォルムだろうか。現代でもアクセサリーとして十分通ずるに違いない美しさ。
これらの展示品は、当然のことながら、古のアジア各地の職人の「手仕事」によって作られたものである。けっしてNC工作機械や大量生産品などではないのだ。その手仕事の「技」と「心」が1300年近く時を経た今でも見る人に強い印象や感動を与えるのだ。今朝の天声人語に載っていた「柳宗悦」の言葉を思い出した。
・・・・・ 手が機械と違うのは、心とつながっているからだと柳は言う。「手はただ動くのではなく、いつも奥に心が控えていて・・・・働きに悦びを与えたり、また道徳を守らせたりする」。手仕事とは心の仕事にほかならないと、名高い目利きは唱えている。・・・・・・(天声人語)
そして国立博物館を後にして、興福寺・国宝館へ。来年は東京、福岡で「阿修羅展」が開催されるため、しばし興福寺から姿を消す国宝「阿修羅像」に逢っておこうと思い立つ。相変わらず人気の阿修羅像。多くの修学旅行生や観光客にまじって、他の八部衆や邪鬼像とあわせ久し振りに観てきました。この国宝館は、月並みな観光コースではあるが、本当に国宝ばかりがぞろぞろと展示されている価値あるおすすめの展示館だと思います。

写真は朝日新聞記事より。 乾漆造 彩色 奈良時代 像高 153.4cm
説明によると、 梵語(古代インド語)のアスラ(Asura)の音写で、「生命(asu)を与える(ra)者」とされたり、また「非(a)天(sura)」にも解釈され、まったく性格の異なる神になる。
西域では大地にめぐみを与える太陽神であったが、インドでは熱さを招き、大地を干上がらせる太陽神となり、常にインドラ(帝釈天)と戦う悪の戦闘神となる。仏教では釈迦の教えに触れた守護神と説かれる。
あどけない童顔、深い憂いを含んだ眼差し。すぐにでも折れそうなほどほっそりとした身体つき。これが悪の戦闘神なのか。阿修羅像、いつ観ても八部衆とともに深い印象を覚える。
今回のブログは、HPから引用ばかりのガイドブックみたいになってしまいましたが、自分の国の歴史、国宝や文化財などについて、自らの言葉で十分に語れない浅学さを恥じ入るばかりです。
アジアから中東、ヨーロッパにつながる一筋の道、シルクロード。そんな音楽的な広がりをもって活動している音楽グループと言えば、「芸能山城組」であろう。興福寺の八部衆にもつながるバリ島の「ケチャ」、「ガムラン」をはじめとして、日本は勿論中東から東欧、アフリカまで、世界の諸民族80系統に及ぶパフォーマンスを上演してきた。この伝統と現代とを融合した音楽活動、創造活動は他に類を見ない。「芸能山城組入門」はそのエッセンスをまとめたアルバム。
芸能山城組入門
芸能山城組 / / ビクターエンタテインメント
ISBN : B00004UWXW
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