JAZZYな生活

プレミアムエイジ ジョインブログ

今年のクリスマスは ・・・

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12月になると、スエーデンのクリスマスの光景を思い出す。この時期には写真のような山型のデコレーション・ライトが街中のオフィス、アパート、商店などすべての建物の窓辺に置かれるのだ。街中の窓という窓が、この山型ライトの明かりで、ほのかに雪の中に浮かび上がる光景は、幻想的でロマンティックで、街中がなんとも暖かな雰囲気に包まれるのだ。いまだに忘れられない光景である。

さて、我が家では、子供がみんな家を出て行ったので、今年は夫婦2人だけのクリスマス。ツリーこそ飾らないが、奥さんがお手製のリースやら買ってきたオーナメントなどで飾りたてる。そんななかでの思い出の品は、ハイデルベルグで買い求めた天使のオルゴールとスエーデンの友人からお土産にもらった、KOSTA BODAのキャンドル立て、それらがテーブルを飾るのです。クリスチャンではありませんが、何かにかこつけて、生活にちょっとした演出をつけて楽しんだらいいと思う。さあ、今日はずわいがにの鍋でワインでもあけましょうか ・・・。

「Merry Christmas !」。

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そんなスエーデンを思い出す冬の夜には、部屋を暖かくして、「世界一美しい」といわれる声の持ち主、スエーデンの女性JAZZボーカル「マルガリータ・ベンクトソン」を聴こう。やっとリリースされた彼女の第2作は「Where The Midnight Sun Never Sets」。スエーデンの有名コーラス・グループ「The Real Groupe」のソプラノ担当から独立してデビューした彼女。スエーデンのことであるアルバムタイトルが示すように、母国のJAZZにこだわる彼女の姿勢が、このアルバムにはよく出ている。子供の声を見事に使い分ける「ダット・デア」、トランペットだけを相手にしたデュオで歌い上げる「マイ・ファニー。バレンタイン」、彼女のオリジナル・バラード「マイ・ヒドン・ワールド」、そして最後はスエーデン民謡から「インガ・リケドマー」。デビュー作「I’m Old Fashoned」もそうだったが、期待を裏切らない美しい歌声とスエーデンの透明で乾いた空気のように、アメリカとは違った感覚のJAZZヴォーカルが展開される。
 


ホエア・ザ・ミッドナイト・サン・ネヴァー・セッツ

マルガリータ・ベンクトソン / Spice of Life

  

 

紅葉の贅沢、心の贅沢

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今週は雨模様になりそうだという天気予報 ・・・。朝の空模様を見て、少し早いかもしれないが、早めの紅葉狩りに行こうと決めた。梅ヶ畑・平岡八幡宮の「花の天井」と椿、高雄・神護寺あたりと大原野・勝持寺の紅葉とすこし欲張った紅葉ドライブを企画。我が家から色づいた止々呂美(とどろみ)渓谷を抜け、丹波・亀岡へ、そして京都縦貫道で京都市内へと戻り、五条天神川から北へ上り、仁和寺のある双ケ岡を見ながら、京北、小浜へと通じる周山街道を走れば、すぐに梅ヶ畑・平岡八幡宮に着く。我が家より1時間半ほどの行程である。

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              (写真;平岡八幡宮の花天井。撮影禁止のため京都新聞記事より拝借)

梅ヶ畑・平岡八幡宮。山城国、京都最古の八幡宮である。創建は石清水八幡宮より古く、弘法大師により、大同4年(809年)、12月10日に創建された。従って、ことしは弘法大師創建1200年を迎える。御神体は、弘法大師直筆の僧形八幡神像。室町時代、応永14年(1407年)火災により焼失したが、時の将軍足利義満によって、直ちに再建されたという。さて、お目当ては毎年、春と秋に公開されている「花の天井」。拝観希望を受付で伝えると、もったいなくも宮司さんが自ら案内、解説してくれる。本殿の内陣天井に描かれた「花の天井」は、極彩花絵で44面。説明書によると、江戸末期、1827年(文政10年)画工「綾戸鐘次郎藤原之信」により、神殿天井に描かれたものだという。宮司さんの解説によると、室町にあった義満の御所が「花の御所」と呼ばれたこと、日本に自生せず、義満の「植物のコレクション」にあったと思われる「葡萄」などが描かれていることから、義満再建時から描かれていた可能性もあるとのことでした。いすれにしても岩絵の具で描かれた極彩色の花の鮮やかさ、華麗さには眼を見張った。観ているのは私たち夫婦のみ、さほど広くはない神殿で、静かに天井を見上げていると心が自然に平穏へと導かれるような感じがした。

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参道の紅葉も美しいが、この地が「梅ケ畑」と呼ばれるように、平岡八幡宮は椿と梅の名所。神殿内の鴨居には紅白梅と紅白椿が描かれている。境内には、樹齢200年以上の紅椿、樹齢150年以上の白椿の老木のほか、今も多くの椿が自生している。椿は平安時代より長寿、招福、吉兆、春を告げる「神の木」とされ、昔は白い椿は全て「白玉」と呼ばれたという。この宮は絵馬ならぬ絵椿によって願いを奉納する。椿に願い事をしたところ、白玉椿が一夜で開花し、願いが成就したという故事、「白玉椿伝説」によるという。
ことしは暖かかったためか、白玉椿はいち早く開花し、他の椿はもう数日で開花しそうなほど、つぼみが膨らんでいた。

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そして、高雄・神護寺、栂尾・高山寺あたりの見事な紅葉、紅葉トンネルをゆっくりと走りながら、車を北山へと走らせた。すっくと幾重にも重なって立つ杉木立の山、そのすそを彩る真っ赤な紅葉。ヘリンボーン(杉綾織)と綾錦が見事に調和している。トンネルができたため、かっての静けさを取り戻した北山杉の村、中川地区を通り抜ける。その家屋やずらりと並んだ見事な床柱の列などに、古き日本の山村の佇まいや、連綿とつたわって来ている暮らしを感じさせる、こんな風景が私は好きである。川端康成の「古都」の文学碑まで行ってUターンをし、高雄まで戻り、街道筋の茶店で昼食に「にしんそば」と「紅葉のてんぷら」を食す。日本海から周山街道など通って運ばれた鰊(にしん)と、多分丹波、越前(福井)あたりで産する蕎麦とを組み合わせた古くからの京都名物「にしんそば」をすすると、歴史が腹に入る思いがする。

 
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 さあ、長岡京に程近い西京区大原野は花の寺、「勝持寺(しょうじじ)」へと参ろうか。この寺は、4月のブログ櫻狂い(1) ~西行櫻~でも取り上げた、あの「西行櫻」のある寺。桜の季節に訪れたときから、この寺の紅葉を想像し、秋には参ろうと決めていた寺である。果たして、期待を裏切らず、最高の紅葉を堪能できた。小さなくぐり門を抜けると、赤一色の世界。一瞬絶句するほどの美しさ。我々の他には訪れている人もなく、この静謐な空間を独占する贅沢。赤一色の中で時間が止まっているなと感じるほどの至福の時であった。

眼施、眼福。今日は、贅沢で素晴らしい遠足の一日であった。この日ばかりは、日本に生まれた幸せ、関西に住んでいる幸せを本当に実感、感謝せざるを得ない。

「花の天井」を観ていて橋口亮輔監督、映画「ぐるりのこと」の一シーンが眼に浮かんだ。監督、脚本家は平岡八幡宮の「花の天井」を観たのかも知れない。中絶手術で子供を失くしたことで心を病んだ女性が、小さなお寺の庫裏の天井画の依頼を受け、完成した天井画を夫婦二人で寝転んで見上げている。自然と握り合った手が、壊れかかっていた夫婦の絆や平穏な生活を取り戻していく・・・。「決して離れない」1組の夫婦の10年を描いた、珠玉のラブストーリー、「おくりびと」と並ぶ2008年の日本映画の佳作である。

ぐるりのこと。 [DVD]

VAP,INC(VAP)(D) 

高雄の紅葉、そのゴージャスさには、鬼才「デオダード」が似合うかもしれない。ガーシュイン、ブラスロック、クラシック、ボサノバ、エレクトリックJAZZなど、CTIフュージョン・サウンドの魅力がてんこ盛り。ラストのガーシュイン作曲の「ラプソディー・イン・ブルー」の疾走感が最高。このアルバムがリリースされたのは、1973年30歳。その鬼才ぶりで、音楽ファンを「あっ」といわせた、美青年デオダートも66歳を超えた。

 

ラプソディー・イン・ブルー

エミール・デオダート / キングレコード

 

 

 

我が家の歳時記  ~今年の観梅は・・・~

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春近し。我が家の花の歳時記は、いつも「観梅」からスタートします。これからまた次の冬の時期まで色々な花が楽しめる四季と自然に恵まれている日本の風土、外国に比べこのことには本当に感謝したくなります。

今年の観梅は手近な梅の名所、隣町、宝塚市の中山寺の梅林からスタートしました。
「中山寺」。寺伝では聖徳太子が建立したとされる日本最初の観音霊場。現在の本堂(1603年再建)や阿弥陀堂は豊臣秀頼が片桐且元に命じて再建したという。中山寺は安産の寺としても関西ではよく知られており、豊臣秀吉が中山寺に祈願して秀頼を授かり、また、幕末期には中山一位局が明治天皇を出産する時、安産祈願して無事出産したことに由来するという。毎月の戌(いぬ)の日には、日本各地から多くの参詣者が訪れます。

現世のご利益で結構繁盛しているらしく、新築の伽藍が立ち並ぶ境内を抜け、奥の院へ通じる参道の入口近くにある梅林が今回の観梅のお目当て。約1000本の豊後と摩耶など6種類の紅梅、白梅が植えられており、梅林の小高い斜面からは宝塚市街地を見渡すことが出来ます。まだ5分咲き位であったが、梅林は可憐な花と香りで一杯。訪れる人もちらほらでゆっくりと観梅を楽しめました。少し肌寒かったので、境内の喫茶でぜんざいを頂き、参道の店で、朝餉の友にと名物「昆布の佃煮」を求めました。

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そして次は、二駅先の「清荒神清澄寺(きよしこうじん せいちょうじ)」へ。ここでのお目当ては「鉄斎美術館」の『鉄斎の器玩 -匠との共演-』展。 
「清荒神清澄寺」は、真言三宝宗の大本山。896年に宇多天皇の勅願寺として建てられたという。本尊は国の重要文化財に指定されている大日如来。鎮守社として三宝荒神社があり、竃の神の荒神などを祀る神仏習合から「清荒神清澄寺」の名称がある。創建後およそ三百年の後、源平の兵火により灰燼に帰しましたが、勅命により建久四年(1193)源頼朝によって再興され、さらに四百年の後の伊丹合戦で再び炎上しましたが、荒神社のみは、いづれの火災にも難を免れています。その故事により、近隣地域では、「荒神さん」と呼び慣わされ、霊験あらたかな火の神、火防の神、かまど神の一種としての信仰が根付いているとのこと。

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阪急電車宝塚線の清荒神駅から北へ約1km、ゆるやかな坂道を登っていくと、両側には屋台を含め200近い飲食店や土産物店が軒を並べ、昔ながらの門前町の懐かしい風情をかもし出しています。この参道が実にいいのです。近畿地方にはこんな嬉しくなるような門前町が結構多いのです。山門に近づくにつれ、清流の音が聞こえ、木の香りが漂い、鳥のさえずりが聞こえてくるので、絶好の散歩道としても愛されているようです。運がよければ、近くに宝塚音楽学校があるので、生徒さんにあえるかもしれませんよ。

山内には画家「富岡鉄斎」の作品を集めた、今日のお目当て「鉄斎美術館」があります。
「鉄斎美術館」は、第三十七世法主 光浄和上の、「名物といえば歌劇しかなかった宝塚に、宗教と芸術文化の花を咲かせる理想の聖域を創造したい」という意志を継承して、永年にわたって蒐集されてきた「富岡鉄斎」の作品を広く公開展示するために昭和50年(1975)に設立されました。そして、いつのころからか清荒神清澄寺は、「鉄斎寺」として世界的に知られるようになったという。

「富岡 鉄斎(とみおか てっさい 1837年(天保7)- 1924年(大正13))」は、明治・大正期の日本の文人画家、儒学者。鉄斎の絵は、いわゆる文人画のジャンルに入りますが、極めて創造的な独自性を持っている。
時には繊細に、時には大胆に、何ものにもとらわれない自由闊達さが、縦横に発揮され見るものをひきつけてやまないという。主題は中国や日本の歴史、故事、逸話などから引いた物語や人物、或いは東洋画に伝統的な山水画。鉄斎の作品は、この鉄斎美術館と、西宮市の辰馬考古資料館に多くの作品が収蔵されている。

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『鉄斎の器玩 -匠との共演-』。前々から見たいと思っていた鉄斎に触れることが出来ました。今回の展示は、絵画よりむしろ「器玩」と呼ばれる工芸品の分野での展示。「器玩」とは一般に身辺に置いて賞翫し日々愛でる器や工芸品を指すそうだ。陶工浅見五郎介、清水六兵衞、指物師中島菊斎など当時の名工、匠との合作が多く展示されている。煎茶碗、香合、花器、あるいは器局、炉屏、盆等の匠の技と、そこに描かれた絵や書、賛などの鉄斎独自の感性とが見事に調和し、コラボする世界を創り出しています。初めて触れる鉄斎の世界に、すっかり魅せられてしまった。
自由闊達、おおらか、伸びやか、墨の幽玄、独特の味わいの書体 ・・・・。次回の展示、「鉄斎-先賢を画く-」は、3月~5月に開かれる予定。境内の櫻が満開になる頃、またぜひ来て見よう。

かって大阪市内のマンションに住んでいたときは、勤めが忙しいためもあったかもしれないが、四季折々の自然や花、木々などを楽しむ心のゆとりもなかったように思う。この地に引っ越してきて、春の花が、5月の山の緑が、こんなにも鮮やかで美しいかったのかとあらためて気がついた。
私は信州の出身、子供の頃は当たり前のように見聞きし、親しんでいた自然の風景を、長い間の都会の生活の中で、いつしか忘れてしまっていたのだ。

「♪ 季節の花がこれほど美しいことに  歳をとるまで少しも気付かなかった ・・・・ ♪」と「さだまさし」の曲「人生の贈り物」を歌う「沢知恵」。私の経験にも重なる歌。

わたしが一番きれいだったとき
沢知恵 / / コスモスレコーズ
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我が家の歳時記  ~燃える秋・一幅の名画~

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今年もやってきた紅葉の季節。そして天気は快晴。かねてからぜひとも観たかった但馬「安国寺」の紅葉が見ごろとの便り。我が家からは少し遠かったのですが、車を飛ばして行って来ました。

安国禅寺は、兵庫県豊岡市但東町相田の集落の中にある臨済宗大徳寺派の寺院で、開基は足利尊氏、開山は夢窓国師である。深く帰依していた夢窓国師の務めによって、国家安泰祈願のため、一国一寺の建立を発願した足利尊氏によって建立された合計六十八の安国寺の一つである。足利幕府より朱印と三百石余の禄が与えられた歴史的価値の高い寺であるが、堂、文化財の殆どが残念なことに失われてしまっている。しかし、この季節は庭の「ドウダンツツジ(灯台躑躅)」が色鮮やかに紅葉することで有名です。このツツジ、写真のように、本堂の座敷を通して、向こうに見るアングルが最も有名です。見た瞬間、その美しさにあっと息を呑まれます。山の斜面に滝が流れるように植えられた「ドウダンツツジ」。その真っ赤な色は、座敷越しに観るとまるで秋を切り取った一幅の絵画のようで、訪れた人たちは声も無く、ただただその美しさに見とれていました。この一幅の絵を見るためにここまで来た甲斐があったと思えるくらいの美しさ。

そして帰路は、出石を廻り、名物の「皿そば」を食して帰ることに・・・。

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但馬の小京都とも呼ばれ、400年近い歴史を持つ城下町「出石(いずし)」。室町時代、山陰、山陽に広大な領地を有していた山名氏の居城置かれた所ですが、1595年(文禄4年)には、播州龍野から小出吉英が現在の場所に出石城を築き、5万8千石の山間の小さな城下町として発展してきました。
碁盤の目のような昔ながらの街並みを残す出石は、出石のシンボル「辰鼓楼(しんころう)」が時を刻み、出石城を中心に、家老屋敷や史料館などが5万8千石の出石藩を彷彿させます。
辰鼓楼は明治四年(1871年)旧三の丸大手門脇の櫓台に建設された鼓楼です。出石城跡大手門の旧内堀の一角にあり、元々は見張り櫓として作られたもので、毎朝辰の刻(午前8時)に藩士に登城を告げる太鼓を打っていた事から辰鼓楼と名付けられました。その後、明治十四年に藩医、池口忠恕氏がオランダ製の大時計を寄付してからは、時計台として親しまれ、今では三代目の時計が時を刻み続けています。

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また、出石はそば処としても有名で、現在は、町内に40数軒もの出石皿そばの店が並ぶ街となっており、年間百万人を超える観光客が訪れるそうです。出石のそばの歴史は今から約300年前の1706年(宝永3年)、信州上田藩を治めていた仙石氏が出石に国替えとなり、その時にそば職人を連れてきたことが出石皿そばの始まりと伝えられています。

白い出石焼の小皿に盛り付ける5皿一組を一人前として出すのが特徴で、追加については、枚数をいって追加することになっています。蕎麦は私の故郷信州と同じ感触と味わいの蕎麦。それを「だしちょこ」に、だし・ねぎ・卵・ワサビ・やまいも等の薬味を混ぜ合わせて食べるのが流儀。一人20皿を平らげると「そば通」の称号をもらえるらしいがとても無理。夫婦で15皿、久し振りの皿そばを堪能しました。

19世紀末から20世紀にかけてのフランスで、絵画の世界を中心に展開されていた「印象派」の作風は、音楽にもおおきな影響を与えた。ドビュッシー、フォーレやラヴェルらが、音楽の「印象派」と呼ばれ、多くの作品を残している。あの「ウィンダム・ヒル・レーベル」が刻一刻と変化をつづける自然の瞬間を耽美的に描写する「印象派」というコンセプトで企画されたアルバムをリリースしている。印象派の作曲家の作品に“サティのジムノペディ”を織り交ぜてつくられた、好アルバム。 原曲の和声の美しさを生かした控え目なアレンジで、各々の特異楽器で静かに歌い上げている。

印象派の世界とウィンダム・ヒル
オムニバス / / BMG JAPAN
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我が家の歳時記  ~たからものに出会った一日~

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10、11月は、奈良国立博物館で「正倉院展」の開催される月。定年になってから「我が家の歳時記」として観覧が定着したこの「正倉院展」、今年は第60回を数え、延べ700万人の観覧者が訪れたそうだ。私達が館内にいるときも、今回20万人目の入場者の来場を告げる放送があり、とりわけ今回は人気が高かったと思われる。

HPから引用すると、今年の出陳は69点。光明皇后によって東大寺大仏に献納された聖武天皇遺愛の宝物に始まり、佩飾品(はいしょくひん)など、皇族・貴族たちの献納品、天蓋など仏具、飲食器、文書、経典となっています。その中でも、全面に精緻な文様を彫刻した刻彫尺八(こくちょうのしゃくはち)、鏡背を螺鈿による花文様で埋め尽くした平螺鈿背八角鏡(へいらでんはいのはっかくきょう)、ササン朝ペルシアからもたらされた白瑠璃碗(はくるりのわん)のほか、木画細工が見事な紫檀木画双六局(したんもくがのすごろくきょく)、鏡背に山水や人物などを鋳だした山水人物鳥獣背円鏡(さんすいじんぶつちょうじゅうはいのえんきょう)、さらに献納品を収めた箱である蘇芳地金銀絵箱(すおうじきんぎんえのはこ)などが人気が高かったようです。私が強い印象を受け感嘆した代表的な出陳物をあげてみましょう。

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写真は、紫檀木画双六局。正倉院展HPから。

紫檀に様々な色の材料を嵌め込む木画の技法で装飾を施した、豪華な双六盤である。長辺がわに三日月形一箇を中心に左右各六箇ずつ花文を木画で表している。側面は立ち上がりや脚に、花唐草文を主とし、間に鳥、雲、鳥にのる人物などを表している。美しい細工がまったく色褪せておらず、1300年も前のものとは思われないほどの鮮やかさ。

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写真は、白瑠璃碗。正倉院展HPから。

厚手のガラス碗。器体は淡い褐色を帯びた透明で、細かな気泡が多数含まれる。外面に円形切子を連続して刻んだいわゆるカットグラスで、円形切子の数は八十箇を数える。産地は西アジア、特にイラン高原北西部より多くの類品が見つかっているため、その周辺で5~6世紀頃に製作されたものと考えられている。ササン朝ペルシアの王侯たちに分配され、さらにその一部がはるばるシルクロードを越えて運ばれたものと考えられている。本品と同種のカットグラスは世界各地のコレクションに例をみるが、当初の輝きと透明度を保ったものは本品が唯一である。シルクロードの交流を象徴し、古代ガラスの美しさを今に伝える非常に貴重なガラス器である。このカットグラスもうつくしい。はるかペルシャからシルクロードを運ばれて、いま私たちが目にしている奇跡と作者や運ばれてきた由来に思いを馳せるロマン。

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写真は、平螺鈿背八角鏡。正倉院展HPから。

『国家珍宝帳』記載品。鏡背を螺鈿などで飾った白銅製の鏡で、輪郭は八花形に形作られている。鏡背は内、外の二区に分かれ、それぞれに濃密な唐花文様が一面に表されている。花弁や花心の赤い部分は朱色を下面に彩色して琥珀片を伏せたものであり、白色の螺鈿にはヤコウガイが用いられ、精緻(せいち)な線刻が施されている。銅の成分が唐代の鏡と一致することから、唐からの請来品と考えられている。
息を呑む美しさ。これほどの細工、これほどの精緻さ。鎌倉時代の盗難で、バラバラに大破したらしいが、明治二十八年(1895)に見事に復元されたもの。

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写真は、犀角魚形[さいかくのうおがた]。正倉院展HPから。

一双の魚形をかたどった犀角製の佩飾品。佩飾品とは腰飾りのことで、奈良時代の貴人は唐の官人の習慣にならって、腰帯から刀子や様々な佩飾品をさげたという。この「犀角魚形」、なんという洗練されたデザイン・フォルムだろうか。現代でもアクセサリーとして十分通ずるに違いない美しさ。

これらの展示品は、当然のことながら、古のアジア各地の職人の「手仕事」によって作られたものである。けっしてNC工作機械や大量生産品などではないのだ。その手仕事の「技」と「心」が1300年近く時を経た今でも見る人に強い印象や感動を与えるのだ。今朝の天声人語に載っていた「柳宗悦」の言葉を思い出した。

・・・・・ 手が機械と違うのは、心とつながっているからだと柳は言う。「手はただ動くのではなく、いつも奥に心が控えていて・・・・働きに悦びを与えたり、また道徳を守らせたりする」。手仕事とは心の仕事にほかならないと、名高い目利きは唱えている。・・・・・・(天声人語)

そして国立博物館を後にして、興福寺・国宝館へ。来年は東京、福岡で「阿修羅展」が開催されるため、しばし興福寺から姿を消す国宝「阿修羅像」に逢っておこうと思い立つ。相変わらず人気の阿修羅像。多くの修学旅行生や観光客にまじって、他の八部衆や邪鬼像とあわせ久し振りに観てきました。この国宝館は、月並みな観光コースではあるが、本当に国宝ばかりがぞろぞろと展示されている価値あるおすすめの展示館だと思います。

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写真は朝日新聞記事より。 乾漆造 彩色 奈良時代 像高 153.4cm

説明によると、 梵語(古代インド語)のアスラ(Asura)の音写で、「生命(asu)を与える(ra)者」とされたり、また「非(a)天(sura)」にも解釈され、まったく性格の異なる神になる。
西域では大地にめぐみを与える太陽神であったが、インドでは熱さを招き、大地を干上がらせる太陽神となり、常にインドラ(帝釈天)と戦う悪の戦闘神となる。仏教では釈迦の教えに触れた守護神と説かれる。
あどけない童顔、深い憂いを含んだ眼差し。すぐにでも折れそうなほどほっそりとした身体つき。これが悪の戦闘神なのか。阿修羅像、いつ観ても八部衆とともに深い印象を覚える。

今回のブログは、HPから引用ばかりのガイドブックみたいになってしまいましたが、自分の国の歴史、国宝や文化財などについて、自らの言葉で十分に語れない浅学さを恥じ入るばかりです。

アジアから中東、ヨーロッパにつながる一筋の道、シルクロード。そんな音楽的な広がりをもって活動している音楽グループと言えば、「芸能山城組」であろう。興福寺の八部衆にもつながるバリ島の「ケチャ」、「ガムラン」をはじめとして、日本は勿論中東から東欧、アフリカまで、世界の諸民族80系統に及ぶパフォーマンスを上演してきた。この伝統と現代とを融合した音楽活動、創造活動は他に類を見ない。「芸能山城組入門」はそのエッセンスをまとめたアルバム。

芸能山城組入門
芸能山城組 / / ビクターエンタテインメント
ISBN : B00004UWXW
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我が家の歳時記  ~「ちりとてちん」の故郷へ~

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写真は食文化館に移設された「ちりとてちん」の和田塗箸店のセット

八月後半、不安定な天気が続いていたが今日はうって変わって、秋間近を感じさせるような爽やかな青空。それではとドライブを兼ねて、おいしい昼飯を食べに、「徒然亭若狭」こと「和田喜代美」の故郷若狭・小浜へと足を向けました。そう、私はNHK朝の連ドラ「ちりとてちん」の大のファンだったのです。観光マップには町中のそこかしこに「ちりとてちん」のロケ場所が紹介されており、マップに従って、少し散策しただけでも、ドラマの一場面が思い出され、いやいや、ずいぶんとミーハーをしてしまいました。

若狭といえば、伊勢、志摩、淡路などと並んで古来、朝廷に「御贄(みにえ);天皇の御食料のことで御食(みけ)ともいう」を納めた「御食国(みけつくに)」である。平城京跡地からも「御贄」を送るときにつけた木製の荷札が発見されている。このように、若狭は、古くから塩や海産物を納める「御食国」として歴史的に重要な役割を果たしてきた。そのことにちなんで、市は「食のまちづくり」を目指しているようで、小浜湾に面した「御食国若狭おばま食文化館」には、いろいろなお米の食べ方、なれずしの作り方、名産若狭塗り箸など食に関するいろいろな展示がなされていた。

お目当ての昼食は「海鮮丼」。新鮮な魚介類がてんこ盛りの丼に舌鼓をうって、土産はドラマでも何回となく目にした、丸ごとの鯖一匹を豪快に焼いた「焼き鯖」と絶品「鯖鮨」になつかしい「おぼろ昆布」。

ところで「ちりとてちん」以外で小浜が最近話題になったのは、民主党米国大統領候補オバマ氏を町興しのため、真剣にパクった「オバマ候補を勝手に応援する会」。先週、党大会で受諾を受け、正式に民主党候補なった今、さぞかし街は持ち上がっているかと思いきや、そうではなかった。しょぼいハンバーガー「オバマ・バーガー」と「Tシャツ」を見かけた程度であった。

「ちりとてちん」だけでなく、もっともっとオバマも盛り上げんと「オチ」てしまいまっせ!    
おあとがよろしいようで!!

「ちりとてちん」の挿入歌として、ドラマの重要な場面で流された曲が、「佐々木秀実」の「聴かせてよ愛の言葉を」。シャンソンとして有名な曲であるが、ドラマ挿入歌としてこの曲が放送されてから、歌い手は誰か?という視聴者からの問い合わせがNHKに殺到したという。

聴かせてよ愛の言葉を
佐々木秀実 / / ZETIMA
ISBN : B00009WKVM
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「佐々木秀実」。歌声を聞いても、名前をみても、男性なのか女性なのかよく分からないが、次のシャンソン・アルバム「HIDEMI」のジャケットをみると、もっと分からなくなってしまう。多分組合系?ですが、なんと同郷長野県出身、1980年生まれ、28歳のれっきとした男性のようです。どうもシャンソンを歌う男性には性別不詳系が多いが、美空ひばりとピアフに触発されてシャンソン歌手を志したという、その低めの声質と歌唱力はたいしたものです。

HIDEMI
佐々木秀実 / / 小澤音楽事務所
ISBN : B000PDZPXO
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圧倒的な声の存在感と表現力。その歌にほれ込んだ阿久悠氏が作詞とサポートをしたデビュー・アルバムが「懺悔」。当時はほとんど話題にならなかったらしいが、「聴かせてよ愛の言葉を」で火がついてから、このアルバムも大変注目されている。阿久悠はタイトル曲を含めて5曲をこのアルバムのため書き下ろしている。シャンソンという枠をはるかに超えたアルバムになっているが、リリース当時は弱冠21歳だったというから恐ろしい。

懺悔
佐々木秀実 / / コロムビアミュージックエンタテインメント
ISBN : B00005V1GJ
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我が家の歳時記  ~季節の花と庭・三題~

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ここ一、二ヶ月ほどの間に訪れた季節の花と庭の名所をまとめて紹介します。
まず、「宝塚ガーデンフィールズ」。もともと電鉄会社経営の遊園地であったが、設備の老朽化、少子化、大規模テーマパークの開園などの影響で、ここもご多分に漏れず、閉園。かわってイギリス風庭園をメインにした新しい都市型ガーデンをオープンさせた。設計はイギリスのガーデンデザイナー、ポール・スミザー氏。シークレット・ローズ・ガーデン、ハーブ・ガーデン、ウッドランド・ガーデンなどに1500種の植物が競う。このときの見ごろは、モッコウ・バラ、睡蓮、ハス、アジサ、夾竹桃など。日本庭園とは違う、どちらかといえば自然に近い形でみせるイギリス式ガーデニングの庭園である。結構広いので手ごろな散策と目の保養、憩いにはもってこいの都市の真ん中のオアシス。

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隣町の猪名川町にある大野山(おおやさん、標高753m)、大野アルプスランドの山頂付近一面が、一万五千株ものあじさい(紫陽花)に覆われる。私の出身地、松本からすると753mでアルプスとは、おこがましいが、梅雨明けを感じさせる暑い日ではあったが、山頂付近はすすしい風が心地よく吹きわたり、久々の空の青さとその下の開放的な山一面の紫陽花のコントラストがうっとうしい梅雨の気分を吹き飛ばしてくれた。
山頂には50cmの反射望遠鏡とプラネタリウムを備えた小さな天文台があり、この日は一般にも公開(なんと200円!)されていたので、床に仰向けに寝転がって、プラネタリウムの映し出すデジタル天の川や星座、望遠鏡で見る太陽のコロナや黒点に、子供の頃の夏休み宿題を思い出していた。
アクセスがやや大変であるが、山、紫陽花、天文台、キャンプ場のほかには何もないが、素晴らしい開放感と低いが幾重にも連なる連山の墨絵のような風景が味わえる絶好のポイント。

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そして最後は、京都の奥座敷といわれる「湯の花温泉」近く、亀岡市宮前町にある桔梗の寺、「谷性寺(こくしょうじ)」。明智光秀は亀岡を丹波平定の拠点として「亀山城」を築き、城下町の整備をはじめ、今日の亀岡の基礎を築いたとされ、毎年5月初旬には、光秀を顕彰する「亀岡光秀まつり」が開催されている。
そして谷性寺は、その明智光秀ゆかりの寺で、光秀の首塚を祀るところから通称「光秀寺」と呼ばれている。また明智の家紋、桔梗にちなんで寺の門前前7000㎡一面に五万株の桔梗が植えられているところから「桔梗寺」とも呼ばれている。一般的な紫の桔梗のほか、「ピンク」、「白」などの色の種類に加えて、八重咲き桔梗・沢桔梗・蔓桔梗などの品種が植栽されており、桔梗の「和」の花の美しさが楽しめる。しかし桔梗の庭というより桔梗の畑と言った風情にはいささか興ざめ。しかし、桔梗は居間に飾ってある、甥が描いて送ってくれた絵の主題。シンプルながら深い色の味わいを持つ桔梗は妻が好きな花の一つでもある。

そしてお供は、沖縄始め南の島の風を運んでくれるリゾート・コンピレーション・アルバムから、RESORT気分一杯の「リゾート・エア~パシフィカ」。デイゴの花に、寄せる思いを託して歌う世界中でヒットした、ブームの日本発コスモポリタンの名曲「島唄」を、松田美緒がポルトガル語で歌うカバーにサウダージを感じる。そして、夏川りみが沖縄方言で歌う「涙そうそう」。標準語のいつも聴く歌とは一味違って、これも一層のサウダージ(郷愁)をさそう。ギター・ウクレレ・アンサンブルが奏でる癒しの「TSUNAMI」。そして人生の哀歓をこめた名曲「花」。「・・・泣きなされ、笑いなされ、いつの日にか、いつの日にか 花を咲かそうよ・・・・・・」。

リゾート・エア~パシフィカ
オムニバス 松田美緒 サンディー 夏川りみ ケアリイ・レイシェル オータサン BEGIN / ビクターエンタテインメント
ISBN : B0009J8IHY
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我が家の歳時記 ~ 武田尾の山桜 ~

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サクラは植物学上、バラ科、サクラ亜科、サクラ属の落葉高木または低木の樹木です。日本にはヤマザクラ、オオシマザクラなど9種を基本にして、変種をあわせると100以上のサクラが自生しており、これらから育成された園芸品種は200以上もあります。(財団法人 日本さくらの会 HPより)

「染井吉野」は、江戸時代の末期に江戸染井村(現在の東京都豊島区)の植木屋から「吉野桜」と名づけて売り出され、その後、本家吉野のヤマザクラとまぎらわしいということで「染井吉野」と改名されたそうです。葉より先に花が咲くので華やかに見える、環境に強いので育てやすいなどの理由で一気に日本中に広まったらしい。

宝塚から武庫川渓谷をJR福知山線の廃線沿いに入った武田尾近くに、桜博士と呼ばれ、水上勉の小説「櫻守」のモデルとなった故・笹部新太郎氏の「桜の園」と、「亦楽(えきらく)山荘」があった跡地をいまも地元の人たちが整備して守っている場所があります。(「我が家の歳時記~武田尾・廃線の紅葉ハイキング~」参照) 去年紅葉の時期に訪れて、櫻の時期にまた訪れてみようと思い、行って来ました。

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「桜の園」は、観光や人に見せるために櫻を植えたのではなく、日本古来の山桜の種が絶えるのを憂えた笹部氏が、昭和40年代ごろまで桜の研究に使用した演習林で、面積は約40ヘクタール。全国から集めた山桜を接ぎ木するなどして丹念に植栽し、桜の本数は5千本を超えたとも言われている。昭和53年に笹部氏が亡くなったあと、市や地元の人たちが、桜の園を遺族より買い受け、森林や遊歩道整備などを実施し、廃線後も地元の「桜守」たちが「桜の園」を守り、廃線沿いに、桜を植え、今も守り、春は桜、秋は紅葉の名所となっている。
演習林のため、一箇所に固まって櫻があるのではなく、自然のままにあるがごとく、山全体に点在している。従って観るためには、山を登らなければならず、その辺が普通の「花見」とはちょっと違う。しかし、染井吉野とはすこし趣が違う、凛とした山桜を見ると、山を登ってきた苦労も忘れるほどである。

櫻に由来する小説は沢山あるが、まず櫻の園をモデルとした水上勉の小説「櫻守」。

櫻守 (新潮文庫 み 7-9)
水上 勉 / / 新潮社
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そして、最近はすっかり「山本周五郎」の後継者と目されている「藤沢周平」の「山桜」が所収されている「時雨みち」。

時雨みち (新潮文庫)
藤沢 周平 / / 新潮社
ISBN : 4101247099
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ちなみに、「山桜」は、篠原哲雄監督、東山紀之、田中麗奈主演で映画化され、5月に公開される予定である。「さらば、我が愛 覇王別姫」で「いもたこなんきん」入りした??「東山紀之」主演となれば、これはぜひ見に行かねば納得しないであろう。そしてこの映画の主題歌は、「一青窈」がうたう「栞」で、これは最新のアルバム「Key」に収録されている。

Key(DVD付)
一青窈 / / Columbia Music Entertainment,inc.( C)(M)
ISBN : B00127ISVS
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吉野に住んで孤高の歌人といわれ、つい先日他界した歌人「前 登志夫」氏の代表作から。

   山櫻 そのひとつだに 伐(き)らざりき いさぎよく 山の家 棄てざりき

我が家の歳時記   ~ やはり花見は櫻かな ~

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(甘樫丘より畝傍山を望む)

さあ、今年も花見の季節がやってきましたね。現役時代は、花見といえば「夜桜」、それも「宴」付きが当たり前となっていましたが、定年後はじっくりと櫻を観る、それも「少し遠出をしてでも見たい櫻、もう一度観たい櫻を!」と思うようになりました。今年我々夫婦が期せずして一致した「見たい櫻」は「明日香・甘樫丘の櫻」。わたしは20数年前のこの櫻の季節に、まだ健在であった両親をつれて、この丘に登ったことがあり、そんな想い出から、「もう一度この甘樫丘の櫻を見たい」とおもい、妻はかって恩師や親友と飛鳥めぐりをしたことがあり、「櫻の季節に登ってみたい」と思っていたようです。久し振りの飛鳥、甘樫丘。期待したとおり、満開の素晴らしい櫻と大和三山を望む素晴らしい眺めであった。かって蘇我氏の邸宅があったといわれるこの丘一帯は、国営飛鳥歴史公園として見違えるようにきれいに整備されており、散策路の一部は、万葉の植物園路として万葉集、古事記、日本書紀にうたわれた40種類の万葉植物を観察しながら散策が出来ます。そんな散策路で覚えた、我々にもなじみのある万葉集に詠われた木や花の歌を早速あげてみます。

安治佐為の 八重咲く如く 禰つ代にを いませわが背子 見つつ偲はむ (橘諸兄);あじさい
わが園の の花か 庭に落る はだれのいまだに 残りたるかも (大伴家持);李/すもも
昼は咲き 夜は恋ひ宿る 合歓木の花 君のみ見めや 戯奴さへに見よ (紀女郎);ねむのき

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(橘寺)

甘樫丘をくだり、天武・持統天皇陵~亀石~橘寺~石舞台古墳~岡寺~犬養万葉記念館~酒船石~飛鳥寺~水落遺跡 と約4時間の散策、前首相の魂胆みえみえのスローガンなどではなく、心から「美(うま)し国日本」を満喫した一日でした。

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(石舞台)

禅、侘び寂びに代表されるように、千年以上に及ぶ日本の都として、日本独自の文化を育み、完成させ、それが凝縮した京の都。中国からの政治、文化、技術をとりいれ 新しい国づくりへのおおらかな息吹と情熱や、いたるところに大陸やアジアの色と匂いを感じさせる奈良の都。そして、日本人の心に訴えかけてくる「原風景」ともいえる、のびやかでゆったりとした飛鳥の風景。とりわけ私が飛鳥に心惹かれるのは、日本人として私の持つ「血脈」や「DNA」が、飛鳥にこよなくサウダージ、郷愁を感じさせるのかもしれない・・・・。

万葉集を愛し、全国の万葉ゆかりの地を生涯歩き続けた犬養孝。飛鳥には彼の功績を偲ぶ「犬養万葉記念館」があるが、万葉の入門書として、昭和48年にNHKで放送されたものを書にまとめた「万葉の人びと」あたりがおすすめか・・・。

万葉の人びと
犬養 孝 / / 新潮社
ISBN : 4101261016
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こんな飛鳥の春の、のどかな風景に包まれると、「芸能山城組」が、「刈干し切唄」、「わらべ唄」などの懐かしい日本の民謡をパフォーマンスする「やまと幻唱」を久し振りに聴いてみたくなった。

やまと幻唱
芸能山城組 / / ビクターエンタテインメント
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我が家の歳時記   ~今年もう三回目の観梅記~

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今年はどういうわけか観梅づいています。丹波篠山近くの多分ほとんど人に知られていない梅の名所?があります。というのもその場所を新聞、情報誌などのメディアで見たことがなく、たまたま、丹波篠山へのドライブの途中で見つけ、梅の時期に一度来ようと思っていたところだからです。というわけで、大阪城、綾部山についで、遂に今月三回目の「観梅」となりました。

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丹波篠山ちかくの里山に囲まれた、日本のどこにでもある風景の農村。そこの「畑川」という小川の約2kmほどに沿って、両岸に1600本もの梅が植わっているのです。地元のひとやら、小学校の生徒さんたちが手入れをしているらしく、そんなことをうかがわせる立て札が立っていました。1600本の梅がずっと連なっている堰堤、これはすごい。本当に観にきてよかったと思わせるだけのものがありました。

案の定、我々のほかには観梅に来ている人など誰もなく、また堰堤の周りには、ただ穏やかな田園が広がるだけで何もなく、もちろん洒落たカフェや売店などがあるわけでもなく、ただただ、咲き誇る満開の見事な梅が連なり、ただそれをを愛でるだけでした。

このような、土地の自然や里山などと地域の人たちの密接なかかわりをみると本当にうれしくなってしまう。多分日本にはまだまだこんな風景が沢山あるのだろうな。それにつけても時々農政の失敗によって里山や田園が荒れていっているというニュースを聴くと、「一度役人はここへ来て頭と心の洗濯をしてみたらどうだ」とボヤキたくもなる。

ほとんど、TVやメディアに出でてこないので、多数の音楽ファンには知られていないが、じわっと心に沁みこんでくる歌手、アルバムがある。丁度畑川土手の梅のように。時々、思い出したように聴くが、聴くたびにそのピュア、シンプルで、自在に変化する声に魅了されてします。そんな、アーティストの一人が「沢知恵」。

アルバムは「いいうたいろいろ5 英語の歌」。すべて彼女のピアノの弾き語りで綴る、洋楽のカバーアルバムであるが、「風に吹かれて」、「ワンダフル・ワールド」、「サムシング・グッド」、「大草原の小さな家」、春の田園風景に似合う歌。そして極めつけは、キャロル・キングのカバー「Will You Still Love Me Tomorrow」。
春風に吹かれて聴くには最高・・・・・。

いいうたいろいろ5 英語のいいうた
沢知恵 / / コスモスレコーズ
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