前日の雨も上がり、少し時間ができたので、松本市街をぶらつくことにした。まず昼食をと「中町・蔵通り」へ向かう。松本は蔵造りの家が多く残っている街であるが、とくにこの界隈には美しい蔵造りの家が軒を連ねていて、「蔵の街」が売りの町興しで観光客も多く訪れるところである。私の亡くなった叔母の家もこの一角にある。
栗菓子・栗おこわの老舗「竹風堂」で「山家(やまが)定食」をいただく。「栗おこわ」に「虹鱒の甘露煮」、「むかご和え」、「山菜煮物」などが付き、野趣あふれるメニュー。思い出してみれば、子供の頃は、家庭には冷蔵庫などなく、魚といえば、味噌漬けか酢漬け、塩漬け、甘露煮であった。刺身など食べられるようになったのは、就職して関西に来てからである。目玉だけを残して、虹鱒をまるごと余さず頂く。かすかな苦みが子供時代の食事や生活を思い出させる。むかご、蕗、山ウド、イタドリ、ゼンマイ、蕨 ・・・、こんな山菜も山で採ってきては食卓にのったものである。そして、この店には、「山の版画家」として知られる「畦地(あぜち)梅太郎」の版画が多く飾られている。この絵を見るのが好きで、帰省するときは必ず寄るほどのご贔屓の店となっている。
さて、食後のコーヒーは、やはり蔵通りのすぐ近くの民芸茶房「まるも」で。この店は私が高校生の時にはもう存在していて、わが母校の先生や先輩のたまり場、サロンともなっていたようである。私の人生で最初に入ったこの喫茶店は、やはり蔵造りの宿屋、「まるも旅館」の一部になっている。旅館は慶応4年(1868年)創業、現在の建物は明治21年(1887年)再建、喫茶店は、昭和31年(1956年)開業という。「永六輔」氏、「池波正太郎」氏など知名人の定宿でも知られ、家具、調度品は「池田三四郎」氏の「松本民芸家具」で統一されている。このテーブルや椅子が醸し出す落ち着いた空間は、高校時代の時の印象と全く変わっていない安らぎを与えてくれるから驚きである。「まるも」のように高校時代に通った店が、この街にはまだいくつか残っている。
食事と食後のコーヒーは済んだ。足は「縄手(なわて)通り」へ。女鳥羽川(めとばがわ)沿い、「四柱(しはしら)神社」の門前にある商店街である。かっての松本城の南惣堀が埋め立てられ、四柱神社の参道として整備された明治時代にその礎が築かれたという。私の子供の頃は、いわゆる常設の露店が連なっており、祭りや松本の伝統行事があると家族で街へ繰り出し、縄手で何か買ってもらったものである。今はすっかりきれいな店になっていて、ここも観光名所の一つとなっている。映画好きな私を形作った洋画の専門映画館、「中劇」もこの通りにあり、高校時代の小遣いのほとんどを使うほどよく通ったが、大分前に廃館し、マンションに変わってしまった。多くのものが消え、変わってしまった。故郷を離れてしまった私は、ただ懐かしむのみ。妻の趣味のための和風の素材、材料や妻の友人、孫への土産を買い求める。
そして名残りの故郷の櫻は、実家近くの明治建築の旧「山辺学校」の櫻。現在は歴史民俗資料館となっているが、和洋両洋の建築様式を取り入れ、重要文化財に指定されている有名な「開智学校」の10年後、同じ宮大工の棟梁によって、明治18年(1885年)建築された。印象的な八角形の楼閣に櫻がよく映える。
「高橋大輔」のフリーの演技をみたのをきっかけに、すっかりはまってしまった「エディ・ルイス/Eddy Louiss」。どちらかといえば無名で寡作。アルバムも手に入らないが、YOUTUBEで見つけたブルースは「Old School」。
Louissiana Eddy Louiss / Universal France















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