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おやじのモノ語り(8) ~ 蛙の子は・・・ ~

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夥しい数の材料と道具が実家に残されている。5年前に亡くなった父親の晩年の趣味の表装・表具の材料と道具である。どこから手をつけていいかわからないほどで、仕方がないから、そのままになっている。そのほかにも父親には色々な趣味があったが、今考えてみると、いずれの趣味も道具や材料に凝っていて、その道具がこれまた納屋にいっぱい残っているのである。電気技術者ということもあって、私の子供の頃は、ラジオやアンプ作りを副業をかねてしていた。土曜日の夜行列車で秋葉原へいって、部品を仕入れてきては、近所の注文でラジオやオーディオ・アンプなどを作っていた。結構音が良かったらしく、注文もそこそこあったように記憶している。そして、その副業ための道具、オッシロ・スコープや周波数発信機、短波受信機、モールス発信機など、父親手作りの道具や機器が屋根裏の仕事部屋に揃っていたので、よくそれらでSF映画よろしく遊んでいた。

現在の実家のある地に家を建ててからは、生涯の趣味は、盆栽と庭づくりであった。タイム・スイッチと電磁弁とを組み合わせ、留守の為の「自動散水システム」を自作するほど、丹精を込めた盆栽は200鉢を優に超えていたが、私にその趣味がないなどの理由で、枯らしたり近所の人にあげてしまって、もう一鉢も残っていない。そして枯山水風の庭。巨石を据え、築山を築き、少しずつお気に入りの樹木や花などを植え、自分で剪定や雪囲いをするほど丹精を込めていた。先日帰省した折、芝の刈り込みや枝落しを私がやったみたが、亡くなってからは、樹木の剪定をするだけでも大変な作業であり、これは年一回程度プロの植木職人に頼んでいる。少し荒れてきたが、おやじの愛でた庭に、ことしも「あやめ」が見事に咲いていた。

農家出身のおやじは、一時期、家庭菜園にも凝って、耕運機を使ったり、ビニール・ハウスを作るほどの入れ込みようであった。帰省のたびに孫達が野菜を嬉々として収穫するのを目を細めて見ていたことが思い出される。しかし、残されたこの耕運機やハウスの骨組みなどは、今では始末に終えない代物となって私の頭を痛めているのだ。

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そして書道。これも晩年60才を過ぎてから、本格的に勉強を始め、号と師範の免許をもらうほどの達筆に腕を上げていた。やはり、ここでも多分高価な筆の数々、そのうち何本かは棺に納めたが、かって墨をたっぶり含んだ愛用の筆が、本物かどうか分からないが「端州の硯」と墨、漢字の字体の辞典などとともに、いつも座って書を書いていた、古びた机の上に今もおかれている。

このシリーズを書き始めたとき、わたしの「モノ」へのこだわりや執着は、伊丹十三著「ヨーロッパ退屈日記」による影響だろうと書いたが、ひょっとすると、いやいや間違いなく「おやじの血」を受け継いでいるからに違いない。私の亡き後、おやじ同様、残された道具や夥しいCD、本をみて、息子達はどう感ずるのであろうか?

これが不思議なのだが、いい音のアンプを作るのに、音楽だけは音痴で、軍歌ぐらいしか知らなかった。そんな「おやじ」の思い出に捧げる曲として、ビル・チャーラップ率いるNew York Trioの「My Heart Belongs To Daddy」をあげておきたい。この曲が収録されているアルバム「ビギン・ザ・ビギン」は、都会的リリシズムや哀愁を感じさせる現代屈指のピアノ・トリオ、「New York Trio」がその歌心を100%発揮した「コール・ポーター」特集である。いつもの力強さより、曲の歌心を大切にして、スタンダードの数々を、やさしく情感に満ちて歌い上げている。

ビギン・ザ・ビギン~コール・ポーターに捧ぐ

ニューヨーク・トリオ / ヴィーナス・レコード

おやじのモノ語り(7) ~Come Fly With Me~

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サラリーマン生活最後の10年間は海外出張が非常に多かった。年に数回、主に欧州、アメリカへの出張。そして最後の2年間は殆ど毎月のように中国へ出張していた。ある時期からANAのマイレージ・クラブ加入しているが、マイレージ・ポイントの獲得以外に、スター・アライアンスへ加入していることが、その選択の大きい理由であった。スター・アライアンス加入の世界中の航空会社のラウンジが使えるため、一人で出張することが多かった海外出張のトランジットや時間待ちの時も、セキュリティや荷物などにそう神経を使わずに済んだのだ。その点は、本当にありがたかったとおもう。ポイント・サービスとしてのマイレージではなく、この航空会社で飛んだ距離、私の総飛行マイル(生涯マイル)は、 「441,430 マイル」とログに表示されている。また、貯まったマイレージは、多少後ろめたさも感じながらも、いろいろなものへ交換や、妻とのヨーロッパ旅行にありがたく使わせてもらった。

さて、おやじのモノ語りです。写真の皮製のパスポート入れはドイツの会社からのもらい物。ドイツの革製品はその堅牢性、実用性において定評があり、パスポート、エア・チケット、入出国書類、フライト・スケジュールなどすべてこのパスポート入れに収まるので大変重宝しているものである。そしてパスポートは、サラリーマンの歴史とともに、もう5代目を数え、最新のICチップ付きのものとなった。
出張に欠かせない音楽の友「i-pod」ももう三代目である。それまでは携帯型CDプレイヤーを持っていったのだが、そのコンパクトさと収録曲数の圧倒的な多さで発売してからすぐに「i-pod」を購入。そしてマイル交換でもらい、一番多く海外へ携行した二代目は不注意で破損してしまい、愛用していたBOSEのノイズキャンセリング・ヘッドフォンは、我が手で修理に修理を重ねて使っていたが、残念ながら修復不可能に近い壊れ様で、二代目i-podとともに、机の中に眠っている。これら今は亡き「音楽の戦友」によりどれだけ長時間のフライトの無聊が慰められたことか・・・・。    

そして、アトラスの地図帳も「旅の友」として、欠かせないものであった。元来、地図を見るのが大好きで、海外へのフライトも子供みたいに嬉々として窓際の席を取り、地図と照らし合わせながら地上を眺めていると長いフライト時間も退屈を忘れるほどであった。

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満身創痍の「TUMI」のキャスター・スーツケースである。10年ほど前にラスベガスのアウトレットで購入したもの。1週間程度の出張ならば、このスーツケースと手回り品用のバッグがあれば事足りる。殆どの海外出張にもっていったと思う。そして何よりこの「TUMI」のケースを気に入っているのは、極めて頑丈なことである。これだけ使っていても、まったく破損したり不具合のところが一つもない。それと通常、出張の往復には、くつろげるジャケットを着用し、スーツはこのケースの中に入れていくのだが、これが型くずれがしないのだ。このケース、途中で何回か行方不明になったこともあるが、その都度、ちゃんと手元に戻ってきた。「TUMI」、私とともに世界を旅した相棒といえる。

最近よく聴くCDのひとつは、「ピム・ヤコブス・トリオ/カム・フライ・ウィズ・ミー」。まさに、今あげたお気に入り「旅グッズ」に献上したいようなタイトルである。軽快にスイングするピアノ・トリオ。引っ掛かったり、いやみなところが何一つなく、心地よいリズムに、安心して全身を委ねることができる。私が選ぶピアノ・トリオの名盤の一つである。ジャケットはKLMオランダ航空のジャンボ機ボーイング747であるが、このKLMのジャンボ機にも乗ったことがある。ジャケットの裏面にはKLMオランダ航空の社長のコメントが載っているのもご愛嬌。

カム・フライ・ウィズ・ミー

ピム・ヤコブス・トリオ / ユニバーサル ミュージック クラシック


ところで、関西空港発の国際便にはファースト・クラスがないことをご存知でしょうか。成田発だけなのです。疑問はアップ・グレードで乗ってみて氷解しました。お客さんは財界の著名人のほかは、国会議員と大半が官僚達であった。なるほど関西空港発では需要がないわけである。私もあまり人のことは言えないが、あの税金で出張している国会議員や官僚達にはファースト・クラスのマイレージがついているんでしょうね? う~ん、まっ、すこしせこい話でしたかね・・・。

「平賀マリカ」、「安富祖貴子」の「My Favorite Things」をあげれば、「グレース・マーヤ」をはずすわけに行かない。これで、若手3人娘の「My Favorite Things」が揃い踏みである。縦横に弾むキーボードによる弾き語りが軽快で、スタイリッシュで、若さと才気に溢れている。タイトル曲他、「Tennessee Waltz」、「Danny Boy」、「My Way」、「The Boulevard Of Broken Dreams」などお馴染みの名曲を、聴いた瞬間「あっ、JAZZ向きの声!」と実感するハスキーな声で歌うデビュー・アルバム。

ザ・ルック・オブ・ラヴ

グレース・マーヤ 河野啓三 小沼ようすけ 須藤満 仙道さおり 坂東慧 越田太郎丸 宮崎隆睦Village Records

おやじのモノ語り(6) ~さあ、アウトドアへ~

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本当に長い間使っているバッグがあります。西宮にある老舗のセイルメーカー、キングセイル製の黄色のセイルバッグ。ヨットに熱中していた独身の頃から使っていますから、すでに30年は優に超えています。ヨットのセイル地、帆布製で頑丈、堅牢そのもの。相当な量が収納でき、濡れた衣類と乾いた衣類も分けられる優れもの。ヨット活動を引退してからも、旅行・アウトドア、トレーニング・ジム用にと使い、相当乱暴に扱ったが、びくともせず破れやほつれなどどこにも見当たりません。プラスティック製のジッパーの爪が経年変化でいくつか折れている程度。その頑丈さには驚嘆します。このまま使っていても、私の寿命より長持ちするのではないかと思うくらい。まさに良心的な職人仕事に拍手!
濃紺のブルゾンは、仕事の関係で、ある国際的な団体に所属していたとき、その団体から頂いた撥水加工の施してあるロゴマークが入ったブルゾンです。サンフランシスコでその団体の総会があり、アフター・ファイヴのイベントで、メンバーの殆どが揃いのブルゾンで「SFジャイアンツ」の試合を観戦に行ったときのものです。ちょっとした雨などはものともせず、防寒性にも優れていて海外旅行、ウォーキング、街歩きなどに欠かせない一着となっています。そして、何にもまして、この濃紺の色を私は大変気に入っているのです。

Ball Park(球場)では、ちょうど、バリー・ボンズ(Barry Lamar Bonds)のホームラン新記録が間近で、球場の外壁にボンズのホームラン数のパネルがかかっていたことを覚えていますが、観戦した試合はボンズにはホームランどころか、ヒット1本もでず、SFジャイアンツが負けました。そして、試合が終わって、観客もまばらになった球場には、「トニー・ベネット」がうたう「霧(想い出)のサンフランシスコ/I Left My Heart In Saint Francisco」が、ただ朗々と流れていました。

ベスト・オブ・トニー・ベネット

トニー・ベネット / ソニーレコード


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アウトドアには欠かせないこのスイス・アーミ-・ナイフ、日本風にいえば「十徳ナイフ」ですね、これももらいものです。当時スイスに本社のある企業グループに買収されたドイツの企業と長いお付き合いがあり、そこから頂いたものです。訪問するたびに何本か頂いたのですが、今ではこの一本しか残っていません。最近は便利になって、栓抜きとか缶切りなどを使うあまり機会はあまりないとはいえ、いかにもコンパクトで機能的で美しく、Nikonの双眼鏡とともに「男の道具」を感じさせるお気に入りのアウトドアの「道具」の一つである。

「平賀マリカ」に続く、二人目の日本若手女性ボーカルの「My Favorite Things」は「安富祖貴子」の「ニーナ・シモン」のレパートリーを中心に据えた2006年のデビュー・アルバム「魂/KON」から。日本人離れをした共鳴箱としての体の厚さとソウルの熱さを感じさせる久々の大型新人。黒人兵が多く集まる基地の街・沖縄の金武(きん)の出身と聴けば納得。もうすでに3枚のアルバムがリリースされている逸材。

魂/Kon

安富祖貴子 井上陽介 大隈寿男 安井さち子 知念嘉哉 川嶋哲郎 金子雄太エムアンドアイカンパニー

おやじのモノ語り(5) ~粋な皮ジャンパーで・・・~

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皮ジャンパーを一度着てみたいとずっと思っていた。自由と反抗の匂いがするからである。

アメリカン・ニューシネマの中でも異色作、改造型のオートバイが全編スクリーンを駆け巡る映画「イージー・ライダー(Easy Rider)」(1969年)のなかで、主人公たちが着ていたからだ。無論、それまでの色々な映画で多くの男達が皮ジャンパーを着ていたが、この映画の長髪・皮ジャンパー・サングラスのいでたちは際立っていた。監督はデニス・ホッパー。出演はピーター・フォンダ(キャプテン・アメリカ)、デニス・ホッパー(ビリー)、ジャック・ニコルソン(ジョージ・ハンソン)。

メキシコからロサンゼルスへのコカインの密輸で大金を得たワイアット(キャプテン・アメリカ)とビリーは、金をフルカスタムされたハーレー・ダビッドソンのタンク内に隠し、カリフォルニアからマルディグラ(謝肉祭)の行われるニューオリンズ目指して旅に出る。途中、拘束された警察の留置場で弁護士ハンセンと出会い、共にニューオリンズに向けての旅を続ける。しかし、「自由」を体現する彼らは行く先々で沿道の人々の思わぬ拒絶に遭い、ついには殺伐としたアメリカの現実に直面する……。

イージー★ライダー コレクターズ・エディション

ソニー・ピクチャーズエンタテインメント


そして音楽は全編に、ステッペンウルフ、ザ・バンド、ジミ・ヘンドリックスらのロックが採用され、冒頭、疾走するバイク・シーンに流れるのは、「ステッペンウルフ」の「Born To Be Wild(ワイルドで行こう)」。

グレイテスト・ヒッツ~ワイルドで行こう

ステッペンウルフ / MCAビクター


写真の皮ジャンパーは昭和の終わりの年の11月、NewYorkで求めたカーフ(子牛皮)製のものである。厚手で重いが、ときおり、おやじの悲しき変身願望をかなえてくれる愛用の一品。

小林旭、石原裕次郎などスクリーンの青春スターもよく皮ジャンパーを着ていた。アイビーだトラッドだと都会のほうでは若者のファッションが話題になっていたが、田舎の高校生にとっては無縁の話であった。二十歳のベルギー出身の若者「アダモ」の「ブルー・ジーンと皮ジャンパー」のEP盤がリリースされたのは、1963年、高校3年生のそんな頃であった。このEP盤を擦り切れるほど聴いた。鼻に詰まったような声で決して美声ではないのだが、旧来のシャンソンとは違う、時代性というかPOPSやJAZZなど若者に通ずる何かをもっていると感じた。そして、翌年の「雪が降る」の大ヒットで日本で瞬く間にスターとなっていった。

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口笛から始まるあの懐かしい歌「ブルー・ジーンと皮ジャンパー」はYOU TUBEで聴く事が出来る。・・・。

タイトルそのままのフランス語の歌いだし、「♪ En Blue Jeans Et Blouson D’Cuir /あん ぶるー じーん え ぶるーぞん どぅきゅいーる ・・・・ ♪」は、当時初めて覚えたフランス語の歌。
EP盤は、中古オークションでしか手に入れることが出来ないが、CDではいくつかのベスト盤に収録されている。

アダモ

サルバトーレ・アダモ / ビクターエンタテインメント

おやじのモノ語り(4) ~義父のぬくもり~

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極く、普通のサラリーマンだった私。従って高価なブランドの身につけるものなどは持っていないが、一つだけそれがある。ロレックスの時計だ。「Oyster Perpetual DATEJUST」。30数年前、結婚したときに、義父が身に着けていたものを頂いたもの。従って、義父から私へと受け継がれ、40年近く時を刻んでいることになる。その間、沖縄の海に浸かったり、汗で金属バンドが腐食して破損したりしたが、そのつど、結構時間と費用がかかるメンテナンスに出して使い続けている。メンテナンスの後は、まるで新品のようにピカピカになって手元に帰ってくるのだ。このように40年近く前の製品のメンテナンスがきちっとできること、まさしく一流の老舗の持っているブランドのチカラを感ずる。

クオーツでなく機械仕掛け特有の針の動き、月変わりの時の煩わしい日付変更、ずっしりとした厚みと重さ、飽きのこないデザイン・・・。すべてが好ましく、満身創痍になりながらも、私の腕で時を刻み続けている。

ファンキーと呼ばれたJAZZの傑作「ホレス・シルヴァー/Song For My Father」。青春の思い出、そして亡き義父のぬくもりに・・

ソング・フォー・マイ・ファーザー+4

ホレス・シルヴァー / EMIミュージック・ジャパン

おやじのモノ語り(3) ~さて、何を書きますか?~

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(写真;上からSTAEDTLER社の0.3mm線引きペン、ボールペン。ソメスサドル社の革巻き多機能ペン。RHODIA収納の皮表紙のメモ帳大・小、能率手帳ウイック。)

このブログもそうですが、文章を書くのに私も最近はパソコンを使うことが多くなってきて、「筆記をする」ということがめっきりと減ってきました。したがって、多分「漢字を書く能力」が、かなり落ちてきているのではないかと危惧しています。いま話題の「漢字検定」でも受けてみますか・・・。その一方、筆記用具はノベルティなどでもらうことが多く、一体何本のボールペンやシャープペンシルが家にあるのやら・・・。「モノ」離れが出来ないこの世代、モンブラン、ペリカン、パーカー・・など舶来ブランドに憧れた経験もあり、私も何かの記念やお祝いにそんなブランド品を頂いたこともあります。が、結局、色々使った中で、使いやすく手になじんだものだけが残り、いまもって愛用しています。

シャープペン、赤・黒のボールペンが一体になったソメスサドル社の「革巻き多機能ペン」。オリジナル商品としてANA機内販売で(たしか3,000円?)購入したものである。元来、私は筆圧が強く、それまでのシャープペンでは頻繁に芯が折れてしまうので、あきらめて鉛筆を使っていました。また少し重めの太いボディで、握ったときのバランスが手にしっくりきて、書いていても疲れないような筆記具を探していたが、なかなか出会うことがなかったのです。しかしあったのです。それがこのペンでした。なめしのサドルレザー巻き、絶妙な重さとグリップ感、ペン先をチェンジする精妙なクリック感・・。ずっと使い続けていますが、使うほどに手との一体感が増すような気がします。ソメスサドル社は、北海道にある「日本唯一の馬具メーカー」で、馬具の他、鞄、バッグといった商品の製作販売を主にしていますが、残念なことに、このペンはANAのオリジナル商品だったようで、ソメスでは市販されていないようです。

西ドイツ、「STAEDTLER(ステッドラー)社」のボールペン。トリプラス・ボール(油性ボールペン)431-F型。STAEDTLER社は製図用筆記具などで知られていて、CADというコンピューター製図が主流になる前の手書きのときは、仕事でもS社の製図用品を愛用していたものです。このボールペンは、人間工学に基づいたおむすび形のユニークな三角断面形状をしていて持ちやすく、ラバータッチのボディーが手や腕の疲労を軽減するので、使いやすい。ボール径:0.7mm で、書き味がとても滑らか、本体価格250円というのもうれしい。

同じくSTAEDTLER社の極細フェルトの製図用/ライティング兼用「線引きペン」、 ピグメントライナー308/03-9。耐水性・耐光性のある水性顔料系インクは、濃くはっきりとした線が書けるので、細かい字をくっきり書きたいとき、例えば、CDのラベルやスケジュール表の書き込みなどに専らこれを愛用しています。本体価格は、280円。

手帳は先ほどのソメスサドル社が皮表紙をつくり、RHODIA(ロディア)社の方眼メモパッドが収納できる大、小タイプがお気に入り。航空会社のマイレッジ・クラブからの貰い物です。大学ノートも使っていたのですが、海外も含め出張がかなり頻繁になり、堅牢なつくりで、多目的に何でもメモできるRHODIAの方眼メモパッドが収納できる点が愛用のポイント。 
スケジュール手帳は、1週間管理ができる能率手帳ウィック1(黒)。手ごろなサイズでもう20年くらい愛用しているので、他の手帳に変える気がせずに定年後も愛用してます。そうそう、ポスト・イットも便利な必需品です。

勿論、「モノ」で仕事をするわけではないのですが、自分にあったお気に入りの文具を使うことによって、軽快に、効率的に仕事がすすむ効用は確かにあるようです。しかし、手になじむ愛用の筆記具がみつかったからといって私の乱筆が直るわけではないのは、言うまでもありませんが・・・。

「ジョン・コルトレーン」の代表的名盤と称される「My Favorite Things」。1960年にソプラノサックスでレコーディング。お気に入りだったらしく、以後、何回も演奏されたが、そのたびに過激さを増し、スタイルや原曲からのイメージを変えて演奏されている。

マイ・フェイヴァリット・シングス(+2)

ジョン・コルトレーン / Warner Music Japan =music=


「ブランド小説」とも言われ、一世を風靡した小説がありましたね。高校の後輩「田中康夫」が一橋大学法学部4年生の時、1980年に発表した「なんとなくクリスタル」。この年の第17回文藝賞受賞作品。1981年に第84回芥川賞の候補になった。この田中のデビュー作の売り上げは100万部を超え、ベストセラーとなり、その独特の文体から、当時のいわゆる文壇関係者の間では賛否両論が渦巻いた。

東京に暮らす女子大生兼ファッションモデルの主人公・由利の生活を中心に、1980年当時の流行や風俗を独自の視点と文体で描いた小説。東京で生まれ育った比較的裕福な若者しか理解できないブランドやレストラン、音楽、学校や地名などの固有名詞がちりばめられており、それぞれに田中の視点を基にした丁寧な442個もの註・分析が記されている。右ページには小説本文が、左ページには註という構成。文庫本で言えば、全216ページであるが、その半分のページが註であり、小説の筋よりも註の多さと内容が話題になった。作品の最後には人口問題審議会の「出生力動向に関する特別委員会報告」と「昭和54年度厚生行政年次報告書(昭和55年度版厚生白書)」から抜粋の、少子高齢化を示唆するデータも記されていて、後年長野県知事、そして国政へと政治家を志した問題意識の片鱗がうかがえる。

なんとなく、クリスタル (新潮文庫)

田中 康夫 / 新潮社


昨今、ブランド品で身を固め、街を闊歩している若い女性達をみると、この小説で描かれていた当時「クリスタル族」とよばれたライフスタイルが、いまの若い女性たちの間に当たり前のように浸透したことに気付かざるを得ない。彼の炯眼に脱帽・・。

おやじのモノ語り(2) ~ 白木の家具に憧れたあの頃 ~

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長い間使っている家具がいくつかある。結婚以来だから、もう30数年になる。その中に、新婚当時、白木の家具に憧れて買った「IKEA」のステレオ・ベンチとチェストがあった。今となっては購入の動機は思い出せないが、漠然とした北欧への憧れか、白木の家具のもつすがすがしさが幸せの象徴に思えたか、いずれにせよ二人の生活のスタートにふさわしいと思ったからであろう。早速このベンチの上にステレオ・セットを置き、棚にはJAZZのLPレコードを詰め込んだ。やがて長男が生まれ、毎年5月には、義父から贈られた鎧兜の五月人形を、この上に飾るのが恒例であった。その長男が、レコード・プレイヤーのピックアップ・アームを折ってしまい、そこで私の「33回転の青春」が終わってしまったことは、以前ブログに書いたとおりである。その後も、このステレオベンチは、家族の成長や我が家の生活、住まいの変化に合わせ、目的を変えて色々に使ってきた。色褪せて、もう白木の面影もないベンチを見ると、我が家の来し方を感じる。購入後30数年経て、夫婦二人だけの生活となった今、LPからCDに代わったものの、再びステレオ・ベンチとして使い、ベンチは正当なる役割を取り戻したのだ。そして、チェストも大事に使っていたが、破損したため残念ながら近年廃棄せざるを得なかった。

10数年前、初めてスエーデンへ出張したとき、偶然車窓から「IKEA」の工場か直営店を見かけて、感慨がひとしお湧き上がってきたことが思い出される。

もう一つは、照明スタンドである。やや青みがかった白い台座が確か美濃焼、シェードは和紙であった。マンションを購入したときに、お祝いに頂いたものである。そのどっしりして、安定した台座が気に入って30年もの長い間、これを使っている。その間に和紙のシェードは破損したので取替え、ランプ・ソケットも同様に修理して使い続けてきた。電球色のつくる影が程よく暗く、深夜に聴くJAZZの雰囲気を盛り上げてくれたものである。
蛍光灯やLEDに比べ、省エネ性能が悪くても、新しいモノを作るのに使われた、トータルのエネルギー或いはCO2を考えると、むしろ捨てずに使い続けるのが最もエコであると思う。景気浮揚策としてのエコポイントは分かるのだが、買い替えによってトータルでのCO2削減がすすむとは限らないのだが・・・。

このブログを書きながら浮かんだ曲は、「Time After Time」、「何度も何度も」という意味。かってシナトラが歌った同名異曲のスタンダードではなく、POPS畑の「シンディ・ローパー」が歌い、「マイルス・デイビス」がカバーしたことで一躍有名になった曲である。1985年に発表した「You’re Under Arrest」に収録されている。長い音楽生活の最後にマイルスがたどり着いたのが、本作に聴かれるポップな世界だったという。当時のマイルスは「マイケル・ジャクソン」と「プリンス」に関心を寄せていたそうで、本作でもマイケルの「ヒューマン・ネイチャー」とシンディの「Time ・・・」をカヴァーしている。本アルバムにおけるポップ・サウンドは、マイルスの一つの到達点といってもいい。

ユア・アンダー・アレスト

マイルス・デイヴィス / ソニー・ミュージックレコーズ


マイルスをリスペクトしている「カサンドラ・ウィルソン」も、マイルスへのオマージュ・アルバム「トラヴェリング・マイルス」で、「Time After Time」を歌っている。今日は「トラヴェリング・・・」ではなく、今まで色々なアルバムで、彼女が歌ってきたPOPSを集めたベストポップス・コンピ版「クローサー・トゥ・ユー~ザ・ベスト・ポップ・ヒッツ・コレクション」をあげたい。シンディー・ローパーをはじめU2、スティング、ヴァン・モリソン、ニール・ヤング、ボブ・ディラン、ジミー・ウェブなどの曲を歌っているが、全体を通して聴いてもコンセプトや曲調に違和感などまったくなく、とても寄せ集めのアルバムとは思えないほどのできばえである。

クローサー・トゥ・ユー~ザ・ベスト・ポップ・ヒッツ・コレクション

カサンドラ・ウィルソン / ユーメックス

おやじのモノ語り(1) ~メタボを超えて・・・ ~

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団塊の世代の特長の一つに、「モノを所有することから離れられない」ということがあげられるそうだ。振り返ってみれば、この世代は「モノのない時代」から「モノがある時代」への転換期を経験してきたのだ。「モノ」によって個性を出す、自己主張する、青春期にそんなことを初めて体験した世代といえる。ファッションしかり、音楽しかり、車しかり、ブランド時代の幕開けであったともいえる。当時若者に支持された「平凡パンチ」などという雑誌や「VAN」、「JUN」などというブランドを思い浮かべれば納得が出来よう。そして、現在でも雑誌などの「こだわりもの」の特集はシニアや団塊世代がターゲットであるという。

かくいう私もそんな「モノ」離れの出来ない「おやじ」の一人である。周りを見回してみれば、あるはあるは、モノの山。そんな中から、今まで使い込んできたもの、体になじんできたものをオヤジの愛用品として、爵士流のこだわり定規を当てて、自分史シリーズ「爵士定規なモノ語り」を少し綴ってみようと思う。「モノ」離れがいまだ出来ない団塊オヤジの悲しい「モノ語り」と読んでいただければ結構です。

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長いサラリーマン生活であったが、スーツにこだわりを持ったことはなかった。前半は研究所勤めで作業着であったし、また後半はスーツはサラリーマンの作業着と割り切っていたからだ。こだわりを持っていたのはブレザーである。体にフィットして軽快であること、ノーネクタイやチノパンでもあわせられる事などから重用し、特に独身時代から「大丸ブレザークラブ」というフラノ地の百貨店ブランドのブレザージャケットを愛用していた。なぜか着ると開放感溢れるブレザー、それも肌さわりの良いフラノ地に憧れていたのである。写真はこのブランドのブレザーは3着あったが、2着はメタボのかなたに消え、もう1着しか残っていない黒のダブル釦のブレザーである。襟のデザインなどが古いが、多分35年ぐらい前に求めたものである。一時期メタボ体型のため着ることが出来なかったが、ダイエットの甲斐あってか近年着ることが出来るようになった。ヨット部OB会で還暦記念に頂いた赤いマフラーなんぞをまいて颯爽と?街に出かけていますよ・・・。 
靴は学生時代から愛用している「リーガル」のウイングチップ。頑丈で、足にフィットし長時間履いていても疲れないこと、ビジネスだけではなく、カジュアルな場所でも履けることなどが愛用している理由である。はじめて買ったのは入社を控えた大学4年生のときであった。40年前の当時で2000円だったと思う。この靴を履くといっぱしの大人になったような気分がしたことを憶えている。以来、買い換えるまで、出来るだけ修理を重ねながら、飽きの来ない変わらぬデザインのこの靴を履き続けている。底も革底から軽いスニーカータイプのゴム底となり、軽快なフットワークを得て、日本中、世界中をビジネスで歩き回った。

「LEON」などという雑誌のように、ああまであざとく女性にモテるためにファッションやブランドにこだわったり、お金をかける必要などまったくないが、定年を迎えてからは、自由な格好をしたい、心を開放して着たいものを着たい、心地よいものを身にまといたいなどと思うようになった。素直に着ることを楽しみたい・・。無論、高価なブランド品など、まったく必要ないのである。

このように着るものや、持ち物に多少のこだわりをもつ様になった原因は、多分、故・伊丹十三(出版された当時は伊丹一三)著「ヨーロッパ退屈日記」を愛読していたからである。大学に入学した年、1965年に出版されたこの本は、それまでは田舎の高校生であった私にとって衝撃的ともいえる本であった。車、服装、料理、音楽、語学、酒・・など、いままで触れたことすらなかった、あらゆる題材がヨーロッパでの見聞を基に、彼独自のこだわりの視点で語られている。今読み返しても大変キザである。しかしいやみはまったくなく、その視点やライフスタイルに憧れた。

伊丹十三(1933-1997)。彼は、現在では映画監督として知られているが、もともとは俳優である。大映に入社したが、二年足らずで退社、渡欧してカメラテストを受けた。そして1963年には「北京の五十五日」でチャールトン・ヘストン、1965年には「ロード・ジム」でピーター・オトウールと共演している。さらにデザイナー、エッセイストとしても一流であった。この本を刊行したとき満31歳であった。

ヨーロッパ退屈日記

伊丹 十三 / 新潮社


「My Favorite Things」。この曲を挙げなくてはなるまい。作詞オスカー・ハマースタイン二世、作曲リチャード・ロジャースになるこの曲は、ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の挿入歌である。「バラの花びらの上の雨のしずく、キッチンの銅のやかんのウイッスルの音・・・」。舞台となったオーストリアでの家庭生活における様々な「私の好きなもの」が歌われており、テンポもワルツで軽快そして美しい。JAZZにおける「My Favorite Things」といえば、コルトレーンが最も有名であるが、「デイブ・ブルーベック ・カルテット」のリチャード・ロジャース特集アルバムが素直で明るくて私は好きである。「テイク・ファイブ」とならんで私をJAZZの世界に誘ったアルバムでもある。

マイ・フェイヴァリット・シングス

デイブ・ブルーベック / ソニー・ミュージックレコーズ



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