JAZZYな生活

プレミアムエイジ ジョインブログ

9.11

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・・・オール・ディス・タイム

スティング / ユニバーサル インターナショナル

2001年9月11日、テロ直後トスカーナの自宅で行われたライブ。WEBによるライブの配信を企画していたが、「この一曲だけを犠牲者に捧げるために配信する」と語って歌いだす ・・・ 。

「STING – Tribute to WTC Victims – Fragile」
 
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音楽の地平線

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NHK・BSプレミアムに毎週木曜日夜九時放映の「アメイジング・ヴォイス・驚異の歌声」という番組がある。私が時々寄せてもらっているあるブログで教えてもらってから、よく観るようになった番組である。

日本ではまだほとんど知られていないが、世界の各地にある「魂を揺さぶるような歌声」や、メジャーな音楽産業の光がまだ当たっていない歌声を探り当てて、紹介する番組である。これが面白い。今週は、トルコはイスタンブール、なんと5オクターブの声域を自由に歌いこなす男性歌手、拍子がまったく自由で50拍子、60拍子さえもあるというクルド人の民族音楽を歌うクルドの歌姫「アイヌール」などを紹介していた。先週はブルガリアン・ヴォイス、その前は北欧であった。

映像と音質が抜群に良く、デジタル放送のすぐれている点が遺憾なく発揮され、いつもその歌声や音楽の背景あるストーリーに引き込まれてしまい、約1時間、あっという間に過ぎてしまう。MCは「藤井フミヤ」と「元ちとせ」。この番組を見て思うことはただ一つ。世界は広い、音楽の地平線は限りなく広がっているということである。したがって感動も無限の広がりを持っているということであろう。

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この番組を見るきっかけになったブログで紹介されたのは、「Zaz/ザーズ」というフランスの歌手であった。「Zaz ・・・・」、不思議な響きの名前を持つ歌手であるが、彼女の少しざらついているが奥行きのある歌声にすっかり魅了されてしまった。

「ZAZ(本名:Isabel Geffroy・イザベル・ジュフロワ)」は1980年、フランス中部の都市トゥールに生まれ、5歳から音楽の勉強を始めたという。2006年、パリに身を移し、キャバレーで週7日間、夜11時から朝の5時までマイク無しで歌うという厳しい下積みの日々を送り、また同時期には、モンマルトルの路上でも歌い始めた。ハスキー・ヴォイス、ストリート・ミュージシャンということもあり、パリでは徐々に「ZAZはエディット・ピアフの再来か」という噂が広まったという。そして2009年1月、オランピア劇場で行われたシャンソン新人発掘コンテストに優勝し、アルバム・デビューへの道が開かれた。(ライナーノーツより)

そしてデビュー・アルバムのタイトルは、日本盤では「モンマルトルからのラブレター」というタイトルになっているが、オリジナルでは「Zaz」。自分の音楽のスタイルを強く前に出したかったためであろう。そのスタイルは、ヨーロッパの伝統的なJAZZギター奏法である、「ジプシー・スウィング(マヌーシュ・スウィング)奏法」の演奏を中心に、ブルース、フォーク、ジャズなどをベースにしたサウンドである。その多彩さにまず驚かされる。フランスでは20万枚を超える大ヒットになったという。

モンマルトルからのラブレター

ザーズ / リスペクトレコード

最も人気のある曲が、アルバム2曲目の「Je veux (私の欲しいもの)」。「ホテル・リッツのスイートもいらない/シャネルの宝石もいらない/私の欲しいものは愛と楽しさと心地よさだけ ・・・」

「Zaz – Je veux (私の欲しいもの)」

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何年か前に訪れたモンマントル界隈。ジプシー・スイング・スタイルの演奏をしている若いストリート・ミュージシャンを多く見かけたことを思い出す。「Zaz」もそんなミュージシャンの一人であったのだろう。そして、「ジャンゴ・ラインハルト/Django Reinhardt」の魂は、いまもまだ生き続けているのだと思う。
 
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今なお続く「音楽のチカラ」

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4月11日、岩手県陸前高田市の自宅跡で、海に向かってZARDの「負けないで」を吹いたあと、祖母が買ってくれたトランペットを抱きしめる佐々木瑠璃さん(17)。4月12日付の朝日新聞(東京本社発行)=森井英二郎撮影

東日本大震災から1カ月後、津波に流された岩手県陸前高田市の自宅跡で、海に向かってトランペットを吹いていた少女がいた。そして、震災から70日たった20日、少女は東京オペラシティの舞台に立った。少女の名は「佐々木瑠璃」さん。聴衆約1500人に披露したのは、あの時、天国の母らに捧げた「ZARD(ザード)」の「負けないで」と「故郷」。 【 5月21日/5月15日 朝日新聞記事より 詳細記事はコチラコチラ 】  

ZARD /負けないで」。坂井泉水さん亡くなったのが4年前の2007年5月27日。今なお、この歌は被災地の皆さんに勇気を与えているという。YOUTUBEへのアクセスは170万回を超えている。

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ニホン人のチカラ、NETのチカラ

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(写真;金の蓄音機でできているグラミー賞のトロフィー)

今日、パソコンを開けてみてびっくり。私のブログへのアクセス数、訪問者数が異常に増えているのだ。1日で1週間をはるかに超える数。(「プレミアム・エイジ」では、ブロガーはアクセス数などを把握できないので元ブログでの話であるが、多分同じことがPAでも起こっているのでは ・・・ 。) 原因はすぐに推定できた。日本時間で、今日14日はグラミー賞受賞発表の日。日本人アーティスト4人が受賞したという快挙があったからである。だから、2月1日のブログ記事「グラミー賞にノミネートされた日本人」にNETで検索が大量にかかったためである。

今年のグラミー賞受賞は、クラシック界でのピアニスト&指揮者の「内田光子」さん、JAZZピアニストの「上原ゆかり」さん、琴奏者の「松山夕貴子」さん、そして「B’s」の「松本孝弘」氏という快挙である。しかも女性が3人、JAZZ関連アルバムが二つ、また「琴」という日本の伝統音楽と洋楽との融合に対しても評価が与えられたのである。残念ながら、私のブログで取り上げたブルーグラスの「渡辺敏雄」氏は受賞を逃した。

言葉にならないくらい本当にすごいことである。先日の記事でも書いたが、日本人の個のポテンシャルは十分にあるのだ。政治や企業が、その個のポテンシャルをどう引き出し、どう育て、どう発信していくかが問われているのである。

国内でみとめられないなら、思い切って海外やグローバル規模での活躍の場を求めてみたらどうだろうか。情報発信は簡単にできるのだ。そんな時代なのである。

「上原ひろみ」さんが参加したベーシスト、「スタンリー・クラーク/Stanley Clarke」が率いる「スタンリー・クラーク・バンド」で、最優秀コンテンポラリー・ジャズ・アルバム賞を受賞したアルバムは、「スタンリー・クラーク・バンド フィーチャリング 上原ひろみ」。



スタンリー・クラーク・バンド フィーチャリング 上原ひろみ  スタンリー・クラーク・バンド フィーチャリング 上原ひろみ / ユニバーサルクラシック

最優秀インストゥルメンタル・ポップ・アルバムを受賞した「松本孝弘」氏のアルバムは、JAZZフュージョン界における人気ギタリスト「ラリー・カールトン/Larry Carlton」とのデュオ・インスツルメンツ・アルバムTAKE YOUR PICKであった。



TAKE YOUR PICK  Larry Carlton & Tak Matsumoto / バーミリオンレコード 

 

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そして、「内田光子」さんが「内田光子/モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番・第24番」で、最優秀インストゥルメンタル・ソロリスト・パフォーマンス(ウィズ・オーケストラ)を、「松山夕貴子」さんが参加し、日本でレコーディングされたアルバム「ミホ:ジャーニー・トゥー・ザ・マウンテン」は、最優秀ニュー・エイジ・アルバム賞を受賞。
 
尖閣諸島事件でのビデオ流出、「WikiLeaks」への機密情報漏洩問題。チュニジアに続くエジプト・ムバラク独裁政権崩壊。そして実感したビッグ・ニュース直後の私のブログへのアクセス。もはや「NETのチカラ」をとめることはできないだろう。このいってみれば、「NETによる市民革命」によって、アラブ世界は歴史の転換点を迎え、この動きは、やがて世界の独裁政権国へ大きなうねりになって押し寄せていくのではないだろうか。ベルリンの壁崩壊のときは確か「TVのチカラ」であったと思うが、今回は止めることができない「NETのチカラ」、それも「フェイスブック」のチカラが大きかったという。

ムバラク政権を倒した原動力となったのは「フェイス・ブック」。いま公開中の映画、「デヴィッド・フィンチャー」監督のソーシャル・ネットワークは、世界最大のSNS「Facebook」誕生の裏側を描いた伝記ドラマで、アカデミー賞にノミネートされている。

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グラミー賞にノミネートされた日本人

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朝日新聞を見ると素晴らしい記事が目に飛び込んできた。自身がプロデュースしたアルバムが、今年の「第53回グラミー賞」にノミネートされた「渡辺敏雄」さん(64歳)を紹介している記事である。人気ロックグループ「B’z」の「松本孝弘」さんと並んで、フォークの一部門、ベスト・トラディショナル・フォーク・アルバム部門に選ばれたというのだ。まさに快挙である。「ブルーグラス/Bluegrass music」、私なんぞも、カントリー&ウェスタンと区別が付かないほどで、日本ではまだまだマイナーな音楽である。渡辺さんは、長い間このブルーグラスの国内普及に努めてきた人で、国内唯一のブルーグラス専門誌を発行する一方、来年40周年を迎える野外イベント「宝塚ブルーグラス・フェスティバル」の運営も手がけてきたという。今回グラミー賞で評価されたのは、2001年に亡くなったバンジョー奏者「ジョン・ハートフォード/John Hartford」の愛した音楽を詰め込んだアルバムである。

「Wikipedia」で調べてみたら、「ブルーグラス」はアメリカ音楽の一ジャンル。マンドリンやバンジョー、バイオリンを用いるのが特徴で、アイルランドやイギリスの伝承音楽が基になっており、アメリカ南部に入植したスコッチ・アイリッシュの間で広まったという。アップテンポの曲が多く、楽器には速弾きなどのアクロバティックな奏法が求められ、日本ではニューシネマ「俺たちに明日はない」のテーマに使われたBGバンド「フラット&スクラッグス/Flatt And Scruggs」がよく知られているという。そして、現在では、「チック・コリア/Chick Corea」や「ヨーヨー・マ/馬 友友、Yo-Yo Ma」らも巻き込んで、ジャズやクラシックの世界でもブルーグラスの楽器技術やアンサンブルが認められ、数多くのアーティストを輩出しているらしい。

これは「いい話」である。しかし、「大変な話」でもある。たとえが悪いかもしれないが、「津軽じょんがら三味線」にほれ込んだアメリカ人が、アメリカでその普及活動や、「じょんがら三味線フェスティバル」を40年も続け、「高橋竹山」などのCDを自主制作し、それが日本で認められ、日本レコード大賞の伝統芸能部門賞を受賞したようなものであるといえば、多少その大変さがお分かりいただけるだろうか。

好きな「ブルーグラス」一途に生涯を賭けてきた渡辺さん。そんな努力や彼の志の深さを、遠くアメリカで見落とさず、正しく評価して選出したグラミー賞選考委員の人たちの炯眼に敬意を表したい。渡辺さんの一途な「音楽のチカラ」である。私と同じ歳、写真でみると実にいい顔をしている。

最近、音楽だけでなく、文学、映画、クラシックなどの分野でグローバルな舞台でその活躍が認められたり、賞を取ったりする日本人が多いように思う。元来、異文化に対しては融通無碍に許容し、自己の中に取り込んだ異文化を、さらに消化、洗練して発信するということは日本人の得意とするところ。TTPだとか第三の開国だとか、政治、経済、教育でも日本のグローバルな立ち位置やポジショニングが取りざたされているが、渡辺さん等の例を見ても、個のポテンシャルは十分にあるのだ。政治や企業が、その個のポテンシャルをどう引き出し、どう育て、どう発信していくかが問われているのである。

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最近観た秀作な映画(DVD)のひとつに「クレイジー・ハート/Crazy Heart」がある。落ちぶれたC&Wのシンガーソングライターの再生を描いた感動のドラマである。どん底にあえいでいても、先の短い老いた年齢であっても、誰でも人生を立て直すことができるという勇気と希望を与えてくれる作品。

監督・脚本・製作は「スコット・クーパー/Scott Cooper」、主演は、映画「恋のゆくえ ファビュラス・ベイカー・ボーイズ/The Fabulous Baker Boys」(1989)でもその音楽的才能を見せた「ジェフ・ブリッジス/Jeff Bridges」。この映画は、第82 回(2009)アカデミー賞で主演男優賞など2部門受賞ほか全世界29映画賞を受賞した。

かつて一世を風靡したシンガー、「バッド・ブレイク」は、今や落ち目のドサ周りを続ける生活。何度となく破綻をきたした結婚生活や果てしなく続くツアーに疲れ果て、アルコールにどっぷり浸かる毎日を送っていた。かつての弟子トミー・スウィートが、金と名声を得たスーパースターとなったことにも苦々しい思いがつのる。しかし、その日暮らしの生活を送る彼の前に、シングルマザーである記者のジーンと彼女の4歳の息子が現れる。財産も気力も失ったバッドは、彼と純粋に向き合う親子との触れ合いを通じて、彼の中に潜む“荒ぶる魂(クレイジー・ハート)”に少しずつ希望がわき上がるのを感じ始める……。



クレイジー・ハート [DVD]  20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン

入社したてのころ、C&W好きの友人に連れられて、神戸「大丸」ちかくにあったC&W、ブルーグラスを専門に聴かせる、たしか「ロスト・シティ」という名の店に何回か通ったことを覚えている。後年訪ねてみたが、震災の被害にあったのか、見つけることはできなかった。これは私のブルーグラスにまつわる小さなメモリー。

グラミー賞にノミネートされたCDはこれ、「メモリーズ・オブ・ジョン/Memories of John」。



Memories of John  John Hartford / Compass Records

私はまったくの門外漢であるが、「ブルーグラス」とはどんな音楽なのか?興味ある方は、ノミネート・アルバムのプロモーション・ビデオをどうぞ。「The John Hartford Stringband – Memories Of John」

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おばあちゃんの夢かなう ~熟年女性デュオ「サエラ」~

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熟年女性デュオ「サエラ」が今、静かな話題となっているという。「サエラ」は、青森県を中心に17年間活動してきたボーカルの菊地由利子さん(51)=鶴田町出身と、ピアノの高橋朋子さん(55)=五所川原市出身の女性デュオである。昨年10月、シングルの「白(はく)もくれん」という曲で、全国デビューすると、口コミでその話題が拡がっていったという。

二人とも50代、二人あわせてすでに5人孫を持つ。二人は、子育て中の30代の時期、いわゆる地元の「ママさんコーラス」で出会い、1993年にデュオを結成、それ以来自主製作CDの発売や県内外イベントへの出演など地道に活動してきた。しかし、メジャー・デビューへの夢は捨て切れなかった。「何年か前から、『誰かに見つけてほしい』と東京でもライブをしてきた」と話す2人。そんな2人を発掘し、デビューさせたのが、同じ青森出身で、「サザン・オールスターズ」、「福山雅治」など数多くのスターを育てた大手芸能事務所「アミューズ」の創業者、「大里洋吉」氏。彼は知り合いの三味線奏者のステージを見に行ったところ、共演していた2人にくぎ付けになったという。この年になってからつかんだメジャー・デビュー、「あきらめなければ、夢がかなうと思っていた」と二人は喜びを語る。  (陸奥新報記事参照)

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ちょっといい話である。上の宣伝用のスティールでは若く見えるが、右の写真ではしっかり年輪も窺える熟年である。子育てをしながら活動を積み重ねた17年のキャリアの彼女らのレパートリーは、オリジナル曲のほか、民謡や童謡、子守歌から、昭和の歌謡曲、「山口百恵」、「ユーミン」の歌までと幅広く、デュオ名「サエラ」の名の通り(仏語で『あちらこちら』の意味)ジャンルを問わない。昭和と故郷をうたう。そして、デビュー直後の11月には、新人としてはきわめて異例なことであるが、4枚組全60曲入りのアルバムほか、各ジャンル別に4枚のアルバムを同時発売した。

PVなどで聴いてみると、一見技巧を凝らさず、素人っぽい印象ではあるが、その年齢と積み重ねたキャリアが、深みと暖かさ、やさしさを持って心に入り込んでくる。17年の長きにわたって二人支持した地元ファン、その存在こそが彼女らの歌が本物である証拠であろう。エールを送り、今後の活躍が期待しよう。

「ヤマハ音楽教室」もシニア世代の生徒でいっぱいであるという。ヴィンテージものの楽器なども売れているというし、私の周辺にも、おやじバンド、シニアバンドをやっている連中が結構いる。昨年、「ふたたび」というバンド復活の映画も大きな話題を呼んだ。これからも、シニア世代の新人エンターテイナーがまだまだ出てくるのではないだろうか。そして、音楽に限らず、シニア世代の夢をかなえるというビジネス、これは結構大きなマーケットがあるのかもしれない。

世代を超えジャンルを超えて、「サエラ」の音楽性を俯瞰できる、民謡、歌謡曲、童謡、オリジナル曲と4つのジャンルから各15曲、4枚組、計60曲を収録したデビューアルバム。



うた~by 60 sixty  サエラ / 徳間ジャパンコミュニケーションズ

デビュー・シングルとなった「白もくれん」。ピアノの高橋さんが、すぐ下の妹夫妻を相次いで亡くした時のつらく悲しい気持ちを表現した叙情歌だという。



白もくれん  サエラ / 徳間ジャパンコミュニケーションズ

YOUTUBEで、私がもっともインパクトを受けた曲、「美空ひばり」の名唱で知られる「津軽のふるさと」。 

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「♪ 春遅き庭に 白もくれん/惑う私の 心の色/哀しみの束 ほどいてみる/亡き人想う しみじみと/拭わぬ涙が こぼれて咲く ・・・ ♪」 サエラ「白もくれん」のプロモーション・ビデオを。

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夢はかなうのか ・・・

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もうすでに知っている人もいるでしょうが、TV番組でから得た「音楽のチカラ」の情報。

中国発のYOUTUBEで、今、全世界で話題になっている音楽映像がある。「リュー・ウェイ(劉偉)」、23歳の青年が、なんと両腕を失ったピアニストがピアノを弾く映像である。両腕のない彼は足の指でピアノを弾くのである。尖閣諸島問題で中止になった「SMAP」の上海公演の穴埋めとして上海体育場で開催された中国の人気オーディション番組「チャイナズ・ゴット・タレント/China’s Got Talent」という公開オーディション番組で、彼が優勝したときの映像。この番組は「スーザン・ボイル」を生んだイギリスの「Britain’s Got Talent」の制作会社が中国で同じようにに企画した番組である。

北京に生まれた彼は、10歳のとき、かくれんぼで遊んでいて、配電室に紛れ込み、高圧線に触れて感電し、生死の境をさまよい、気がついたときには両腕が切断されていたという。「自立して生きていくのよ」という母の言葉に励まされ、食事、文字を書くことなど一通りのことは、健常者と同じようにできるようになったという。しかし、向上心の強い彼は水泳を始め、障害者の水泳大会で何回も優勝するほど上達し、夢であった北京パラリンピックの出場を目指したが、感電のときの後遺症でドクターストップがかかる。4年前、19歳のときであった。しかし、ここで彼はくじけなかった。もうひとつの夢、「ミュージシャン」になることを目指し、ピアノを学ぼうと決心した。しかし、彼のような両腕のない障害者を受け入れてくれる音楽学校などどこにもなく、やむをえなく独学でマスターしたという。そして、今、オーディション番組で優勝し、音楽家への道が開け、世界ツアーも企画されているという。すごいのは両腕がない彼がピアノを弾くということことではなく、そのことがなくとも彼のピアノは人を感動させる「チカラ」を十分に持っているということである。

「僕はほかの人を抱きしめる幸福感を味わうことはできないけれど、ピアノの音色でも­っと幸せな気持ちになることはできる」とは彼の言葉。ファイナルでの曲は「ジェームズ・ブラント/James Blunt」のヒット曲、「You Are Beautiful」。 「リュウ・ウェイ」の演奏と歌で ・・・ 。

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さて、話は日本へ。私もTVのニュース特集を見るまで知らなかったのであるが、「ヘレン・ケラー記念音楽コンクール」というコンクールがあるのをご存知でしょうか。昭和24年(1949年)に「全国で唯一の音楽でプロの道を目指す盲学生の音楽コンクール」として始まったコンクールで、当初は盲学校音楽教育の実態を知ってもらい、音楽家を志す盲学生の登竜門にするのが目的だったようだ。TVのニュース特集では、「大阪視覚支援学校」から、プロの声楽家を目指す高校生、大学生の二人の生徒に密着取材していたが、その二人の努力は「リュウ・ウェイ」さんのそれに劣らない真摯なものであった。このコンクールからは、小学4年生時にデビューしたバイオリニストの「和波孝禧」さん、同じ小学4年生時に絶賛を受けたチェンバロなど鍵盤楽器奏者の武久源造さんら、国際的に活躍する演奏家を輩出しているという。特に2009年に「バン・クライバーン国際ピアノコンクール」で優勝した「辻井伸行」さんも、このコンクールの優勝者であったためか、今年はコンクールへの参加者が急増したという。辻井氏が視覚障害者に与えた勇気と希望は計り知れないものがあったのだ。

かって日本にも、「Britain’s Got Talent」ようなオーディション番組がいくつかあったのだが、最近は目にする機会はまったくない。NHKの「のど自慢」もあるが、プロへの道を開くものではない。産業界や経済界は従業員を「派遣社員」にシフトしつづけ、今年の大学4年の就職内定率は過去最悪だという。政界は苦労知らずの二世議員で占められ、新人議員が多数を占める民主党はその幼稚さを露呈している。まともに人材発掘を怠ってきた結果、若者に夢や希望、チャンスすら与えることができなくなった日本の現状とこのオーディション番組がなくなってしまったTV界とが二重写しに見えるのは考えすぎだろうか。そして、この日本にまだ若者達の夢をかなえることができる「チカラ」はまだ残されているのだろうか ・・・・ 。

 

事実だけ歌うと決めた女の子

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「中川あゆみ」。1996年5月4日生まれ、14歳、中学2年生。神奈川県横須賀市出身。7歳のときに両親が離婚。双方に愛人がいたため、両親とも親権放棄。現在も二人とも音信不通。両親に見捨てられたため、母方の祖父母と養子縁組、爺ちゃん婆ちゃんが親となり、苗字も変わった。14歳の誕生日の翌日の2010年5月5日、こどもの日に歌手デビュー。デビュー曲は「事実〜12歳で私が決めたコト〜」。 

歌手の「中村あゆみ」が好きだった産みの母親は、彼女の名前を「あゆみ」と名づけたそうである。5歳の誕生日に両親からギターをプレゼントされたことがきっかけで音楽を始めた。離婚をする時に話し合いが持たれたが、彼女はそれを「親戚6人が言い争いをしていると思った」と言う。苗字が変わると同時に「もらいっ子」と呼ばれ、いじめにも遭う様になり、祖父母の家以外に居場所がなって、一人ぼっちになり、不登校になる。その頃は、両親をずいぶんと恨んだそうだ。その時に出会ったのが「長渕剛」の歌であった。そして2年前の12歳に自作の歌の路上ライブから始め、デビュー後のいまでも路上ライブ活動も精力的に行っているという。

twitterで彼女のことが話題になり、YouTubeでも配信されるようになる。彼女の歌に共感の声が上がり、「事実〜12歳で私が決めたコト〜」で歌手デビューをした。14歳にして重い過去を背負ってしまった彼女であるが、今では「産んでくれてありがとうといえるようになった」と言う。

彼女の存在はTVで知った。いかにもTV局が喜んで飛びつきそうな話題であると最初は思った。しかし、彼女が背負った事実の重さと、年にしては大人びたしっかりとした彼女の話し方、あどけなさも少し残るがその歌唱力などが、そんな私の先入観を吹き飛ばした。「事実しか私は歌わない」と彼女は言っている。その決意も心情もわかるが、未来も夢も希望も歌ってほしいと思う。まだ14歳なのだから ・・・。  



事実~12歳で私が決めたコト~(DVD付)【ジャケットA】  中川あゆみ / avex trax

デビュー曲、「事実 〜12歳で私が決めたコト」のプローモーション・ビデオ。 

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冒頭の写真は、彼女のオフィシャルサイト より。
 

 

We Are The World 25 For Haiti

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あの「We Are The World」がリメイクされた。

チャリティー・ソング「We Are the World」は、25年前、アフリカ難民のために、ライオネル・リッチーやマイケル・ジャクソンが企画制作したものであるが、その25周年を記念して、イベントを行おうと企画していたところ「ハイチ大地震」が起こり、急遽企画を変更したという。

今回、ライオネル・リッチー、クイシー・ジョーンズの呼びかけに応えて集まったアーティストは、ジェニファー・ハドソン、ジェイミー・フォックス、アース・ウインド&ファイアー、リル・ウェイン、カニエ・ウェスト、ブラック・アイド・ピーズ、セリーヌ・ディオン、バーバラ・ストレイサンド、トニー・ベネット、サンタナ、ジャネット・ジャクソンなど、多くの著名アーティストたち総勢75名以上・・・。
 

「We Are The world 25 For Haiti」のYOUTUBE画像 (太字部をクリックしてください)
 
 
 

アメリカでもおこった奇蹟 ~続・夢はいつかかなう~

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一昨年は「ポール・ポッツ」さん、今年は48歳のおばさん「スーザン・ボイル」さんと、イギリスで人気の素人勝ち抜き歌番組、「Britain’s Got Talent」が生み出した2人の奇蹟のサクセス・ストーリーが大変話題になった。(参照 「47歳の歌姫  ~夢はいつかかなう~」) 日本でも2人のCDが発売されたり、ポッツさんの来日コンサートは満員の盛況だったという。その番組の本家、「America’s Got Talent」でも、奇蹟のシンデレラ・ボーイが生まれていたというNEWSを観た。

その青年は、「ニール・E・ボイド/Neal E. Boyd」。1975年ミズーリ州の片田舎に、黒人男性と白人女性との間に生まれた。その後、父親の失踪、大変な人種差別、貧困の中で育った。100kgをはるかに超える巨漢。そんな見てくれもあって、きついいじめも経験したが、中学校のときに歌の才能に目覚め、コンテストなどにも優勝し、プロ歌手への道も志した。しかし貧困のため、保険のセールスマンとして生活することを優先して、歌をあきらめたという。そんな彼が、最後の母親への親孝行をしようと出場したコンテストが、「America’s Got Talent」であった。順調に勝ち抜いていったが、観客席には歌う姿を見てもらいたいと、彼が願った母親の姿はなかった。NYまでの旅費の工面ができなかったのである。それを知った、彼の故郷の住民達が旅費をカンパし、優勝のかかったステージに母親を送ったのだ。そして彼は、見事、母の目の前、2008年シーズン3で優勝したのだった。異人種間の子供として生まれ、シングル・マザーの母の手ひとつで育てられたニールは、さまざまな人生の逆風を乗り超え、新人オペラ歌手として奇蹟のデビューをつかんだ。

「ニール・E・ボイド」。噂の新人オペラ歌手、記念すべき話題のデビュー・アルバムが日本でも発売されている。まだまだ終わらない「音楽のチカラ」・・・。

マイ・アメリカン・ドリーム

ニール・E・ボイド / ユニバーサルクラシック

優勝ステージと彼自身が語る「My American Dream」のYOUTUBE映像はこちら。

Neal E. Boyd がうたう「だれも寝てはならぬ」のYOUTUBEはこちら。

 

 

 



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