
「横浜の自宅近くを散歩していたら、青空にぽっかりと白い雲が浮かんでいた。携帯電話のカメラで思わず3枚、撮った。3日後、震災が起きた。栃木県内で音楽劇に出演中だった。」(5月4日朝日新聞、写真も)
こんな書き出しで始まる記事が朝刊に載っていた。
「あれから1年あまり。被災地で炊き出しをする人。大声で支援を呼びかける人。でも多くの人は、気持ちはあるけど何をしていいかわからなかった。僕もその一人でした。」と語るのは、歌手の「沢田研二(63)」さん。この3月、被災地への思いを歌った4曲入りの新譜「3月8日の雲~カガヤケイノチ」をリリースした。そのジャケットには、記事冒頭の雲の写真を使ったという。そして福島第一原発を表す「F.A.P.P」という歌では、「BYE BYE 原発」と叫ぶ。
彼は、4年前、「憲法第九条」に想いをこめた「我が窮状」という歌をアルバム、「ROCK’N ROLL MARCH」の9曲目に入れた。(参照拙ブログ「ジュリーの窮状、日本の窮状」) そして今度は「F.A.P.P」である。
還暦の前のあたりから「言いたいことを言わなきゃ」と思うようになった。反原発ソングを歌うことで、「テレビに出られなくなるよ」と言われたことがあるという。しかし彼は、「それでいい。18歳でこの世界に入り、いつまでもアイドルじゃないだろ。昔はジュリー、今はジジイ。太ったっていいじゃない。」と言ってのける。「頑張ろう」という歌詞もないし、派手な宣伝もしないという。たしかに「忌野清志郎」のようなインパクトには欠けるかもしれないが、言いたいことは十分伝わってくる。「ひそやかにやるのが今の自分に合っている。」と彼は言う ・・・。

そして同じ夜、NHK-BSプレミアムでは「沢田研二ライブ2011-2012日本武道館公演 瞳みのる・森本太郎・岸部一徳をむかえて」。1971年の日本武道館コンサートを最後に解散した「ザ・タイガース」が41年ぶりという「瞳みのる」を迎えて、去年から今年にかけて全国ツアーをくんだその最後の1月24日の武道館ステージの模様であった。「加橋かつみ」は不参加であったため、「ザ・タイガース」とは名乗れなかったが、「ほとんどザ・タイガース」といっていいステージであった。タイガースの曲ばかりでなく、かってジャズ喫茶時代に歌ったのであろう、当時のヒット曲「Because」、「Tell Me」、「Satisfaction」など、私にとっては懐かしい歌も ・・・。「岸部シロー」も 一徳に支えられて登場、「ザ・ビージーズ/The Bee Gees」の「若葉のころ/First of May」を一曲だけ歌った。少したどたどしいかったが、その間の外し方、いや外れ方、音程の微妙なずれが、むしろ絶妙で味があり、歌うほどに彼が活き活きとしてくるのがはっきり感じられる。現在の彼の境遇を思うと、ちょっと感動を覚えた。人気絶頂当時、ファンであったことはないが、当時の歌を今改めて聴いても、歌詞の甘ったるさはさすがに否めないが、少しも古くないなと感じたことも事実。
そして今、歌いたいことを歌い、コンテンポラリーであり続ける歌手「ジュリー」。「昔ジュリー、今もジュリー」。そして今日(5/5)深夜、原発稼働ゼロの日を迎える。
【 F.A.P.P.(フクシマ・アトミック・パワー・プラント) 】 作詞:沢田研二 作曲:柴山和彦
「♪ 太陽と放射線 冷たいね
子供はみんな校舎の中育つ
死の街は死なない かけがえのない大事なふるさと
我が家へ帰れない 希望はあるけど
こんなにしたのは誰だ
BYE BYE A.P.P BYE BYE 原発
苦しみは いつも複雑すぎるよ 当然
BYE BYE A.P.P BYE BYE 原発
HAPPINESS LAND 収束していない福島
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ♪」















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