JAZZYな生活

プレミアムエイジ ジョインブログ

我が家が極楽

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少し前に、「我が家の睡蓮が咲く気配がない」と愚痴っぽく書きましたが、昨日、盆が近づいてきたせいか、水鉢に蕾が伸びてきているに気がつきました。そして今朝、純白の一輪が見事に咲いたのです。いやぁ、すがすがしい花ですね、見ているだけで心もすがすがしくなるような花。だからこそ、極楽浄土に咲く花とされるのかもしれません。我が家もやっと極楽であることが証明されましたかな ・・・ 。「睡蓮=睡眠をとる蓮」の名の謂われどおり、朝咲いて、午後3時頃には眠るように花が閉じる。そして私はといえば、冷房の効いた我が家の部屋で、心地よい音楽を聴きながら午睡をとり、起きては美味しいコーヒーと「きんつば」に舌鼓をうつという怠惰な午後を過ごす。これもまさしく極楽には違いありませんが ・・・ 。

かってジャケットに仏像を使った(有難い?or罰当り?)レコードがありましたね。その斬新なデザインのレコード・ジャケットで大変な人気があった「CTIシリーズ」、A&M SP 3005番は、 「ナット・アダレイ/Nat Adderley」の「YOU, BABY」。   

そうですね、我が家の睡蓮を献じておきましょうか。 合掌。

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「ナット・アダレイ」(1931年11月-2000年1月)は、アメリカのジャズ・コルネット奏者で、ファンキー・ジャズを代表するプレイヤーの一人。有名なサックス奏者「キャノンボール・アダレイ/Julian Edwin “Cannonball” Adderley」の実弟でもある。「Work Song」(1960年)が代表作。

 

ひとときの静謐

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太閤秀吉が茶会を開いたという「久安寺」。

山、杉木立、紫陽花、水面、ひとときの静謐。

白夜を迎えた北欧の夏の夜を想う。

沈まない太陽、不思議だった真夜中のあの明るさと静寂。

ノルウェイのピアニスト、「トルド・グスタフセン/Tord Gustavsen」の奏でる静寂は・・。

「where breathing starts」、アルバム「Changig Places」より。

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蛍を見に行こう!

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我が地域の山間にあるクリーンセンター、有体に言ってしまえば、周辺1市3町の広域ゴミ処理場であるが、そこで「JAZZとホタルの夕べ」があった。この処理施設、去年3月に竣工したのであるが、かってのダイオキシン問題の反省からであろう、コンピュータ制御による最新設備やシステム、環境に配慮した基準を導入している。そしていつでもだれでも見学できるよう、市民に開放されていて、環境学習やワークショップなど地域住民に対し気を使ったイベントも開催されている。今回のコンサートもそんなイベントの一つであろう。しかし残念ながら朝からずっと雨。JAZZコンサートは屋上の予定を屋内の会議ホールに移して実施、ホタル観察会は中止となってしまった。雨の雫の垂れる窓ガラスの向こうに、ゆっくりと暮れなずんでいく山の景色を観ながらのJAZZライブ、コンサートホールとは違って、なかなか雰囲気のものではあった。

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今日の主役の一方になるはずだった「ヒメボタル」は日本の固有種で、源氏ボタルや平家ボタルが清流で生息するのと違って、陸生のホタルである。「ヒメ」という名のとおり小型であることや、森林に生息することから、人目につきにくいホタルでその生態はあまり知られていなかったという。それがクリーンセンターに隣接する山に群生しているというのだ。生涯を森の中で生活し、6月後半頃から始まる「ヒメボタル」の求愛行動は、今、光のクライマックスを迎えているという。その光り方は速いスピードでフラッシュのように点滅するらしい。興味のある方は、 「HP;ヒメボタルの棲む森」を参照してください。写真もそこからお借りしたものです。
先日近所の小川で「源氏ボタル」の発光を楽しんだので、今日の「ヒメボタル」を期待をしていたのに、ああ、残念至極!こんどこそ、天気の日には蛍を見に行こう!

さてJAZZのほうである。アーティストは、ふたりとも関西を拠点として活躍する「中島教秀&大友孝彰」。ベースとピアノのデュオである。二人は親子ほど年が離れているが、中島は年間100日以上は山を闊歩するというアウトドア派のベーシスト&コンポーザ。一方、大友は弱冠24歳、北野タダオに師事し、平賀マリカのツアーに参加したこともあるという期待の若手ピアニスト。
全編オリジナル5曲、アンコールのスタンダードを演奏したが、自然や住んでいる地域、生活への思いを音楽にした彼らの音楽の方向が明快に伝わってくる演奏であった。北欧JAZZの印象にちかく、梅雨のうっとうしさを一掃してくれる清涼感と暖かさにつつまれた一時。



ファー・ウエスト  中島教秀&大友孝彰 / BLUE LAB.RECORDS

ケルト音楽への想いを曲にしたと中島が語った「Far West」。聴いてみますか? イントロだけですが、会場でも演奏された「ファー・ウエスト/Far West」を。

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梅雨もまたよし

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(雨に煙るヤマボウシ、山遊びのフィールドにて)

「菊水の旗
 ひるがへれ
 金剛の
 嶺わたりゆく 
 雨ほととぎす」

    前 登志夫

いよいよ始まった長雨の季節。「松下幸之助」翁に、たしかこんな言葉があった。「不景気もまたよし」。「自分ではどうすることもできない環境を嘆いても仕方がない。こんなときほど絶好の体質強化のチャンスである。」という趣旨の言葉である。「梅雨もまたよし」、そう思って「晴耕雨読」をきめ込むために何冊か本を仕入れてきた。

バブル以後、失われた20年、混迷と漂流を続けている日本の政治。これを成熟した民主主義国家への脱皮、再びの成長への試練の時期と考えれば、「混迷もまたよし」と考えられなくもない。 プラス思考、「気は持ちよう」である。次の時代の日本を見定める、そんな手掛かりやヒントになりそうな本を3冊。さて、この季節にじっくり読んでみようか ・・・ 。

期待の本3冊の最初は、「ローマ人の物語」で人気の高い「塩野七生」の「日本人へ」シリーズから、「リーダー篇」と「国家と歴史篇」。「なぜリスクをとるリーダーが日本に出ないのか? 今のこの国になにが一番必要なのかを、危機に陥るたびに挽回したローマ帝国に学べ」と語る。「文藝春秋」巻頭随筆の新書化。

日本人へ リーダー篇 (文春新書)      塩野 七生 / 文藝春秋

ローマ人と対話し、歴史と向き合いながら、彼女が考えた「この国のかたち」。とらわれない思考と豊かな歴史観に裏打ちされた日本人へのメッセージ。

日本人へ 国家と歴史篇 (文春新書 756)     塩野 七生 / 文藝春秋

今、サッカーのワールド・カップ開催に湧く南アフリカ共和国。明治31年(1897年)、その南アフリカへ妻とへ渡り、ケープタウンで輸入雑貨店を大繁盛させた男がいた。「古谷駒平」、店の名前は「ミカド商会」。日本人の乗った船や軍艦がケープタウンを訪れたときには、日の丸を持って必ず迎えに行ったという。また、南アフリカのマダガスカルに住んでいた「赤崎伝三郎」という人は、日露戦争の折に、ロシアのバルチック艦隊がマダガスカルに寄港すると、戦艦の種類や隻数、兵員数などを調べてボンベイにある日本領事館に知らせたという。100年も昔に、島国日本を飛び出し、とてつもなく遠い国や地域へ敢然と足を踏み入れ、力強く生きた市井の人々。皆、日本人であることを誇りに思い、日本という国をとても愛していた人たちがいた。熊田忠雄著「そこに日本人がいた」。 

そこに日本人がいた!―海を渡ったご先祖様たち (新潮文庫)    熊田 忠雄 / 新潮社

そして、「晴耕雨」をきめ込むためのJAZZボーカルのアルバム・タイトルは?といえば、もうこれでしょう。惜しまれつつこの世を去って20年を経た今も、その魅惑的歌声で多くのJAZZヴォーカル・ファンの心をつかんで離さない「アン・バートン」。そのアルバムから、「雨の日と月曜日は」。エキゾチックなアルバム・ジャケットは、2008年9月、惜しまれつつ亡くなったJAZZ写真家「阿部克自」氏のデザイン。

雨の日と月曜日は     アン・バートン / ミューザック

キュートで、コケティッシュな白人美人ヴォーカリスト「スー・レイニー/Sue Raney」のジャズ・ヴォーカル史に残る傑作は、雨をテーマにした詩情溢れる「雨の日のジャズ/Songs For A Raney Day」。「Rainy」と「Raney」とをかけ、雷鳴で始まり雷鳴で終わるこのアルバム、1959年録音ながら古臭さはまったくなく良き時代のJAZZの香り溢れる名盤。

雨の日のジャズ    スー・レイニー    ビリー・メイ楽団/東芝EMI

そういえば、和製のJAZZYな曲で「日野てる子/ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」なんて曲がありましたね。2008年9月惜しくも亡くなった彼女は、日本のハワイアン女性歌手として、ヒット曲を飛ばし、人気を博した最初の歌手ではなかっただろうか。長いストレートの黒髪に、ハイビスカスの花を一輪飾って歌うその姿は、彼女のトレードマークとなり、いまでも鮮明に覚えている。

聴いてみますか? 「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」。 「夏の日の想い出」と並ぶ1965年のヒット曲。

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わがままな眼、臆病な耳

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この二日間、降り続いていた雨ですっかり櫻は散ってしまった様である。去年も「花散らしの雨」にたたられ、訪れたときはすっかり散ってしまっていた常照皇寺(じょうしょうこうじ)の「九重の櫻」、今年こそはと思っていたが、残念ながら今年もあきらめざるを得なかった。「白州正子」の名エッセイ「かくれ里」の中の一節、「櫻の寺」の櫻である。(参照<u>「櫻狂い(3)~かくれ里の櫻・常照皇寺~」) 再び来年の楽しみに取っておきましょうか。

私の山遊びのフィールドでは、もう散ってしまったエドヒガン、山桜、オオシマザクラに代わって、淡黄色の「ミツマタ」の花が鮮やかに咲いていた。この2週間ほど櫻づくしの光景に見慣れてしまった眼に、鮮やかで新鮮に映る。なんともわがままな眼である。

さて、JAZZボーカルといえばスタンダード、定番の櫻のようなものである。いままで何人もの歌手を聞き、たくさんのアルバムを聴いているが、基本的にスタンダードが中心である。意外と思われるかも知れないが、JAZZファンは意外と保守的なのである。永年このスタンダードに馴れてしまった耳が時々新しい個性、ヴォーカリストやスタンダード以外のレパートリー、オリジナルな曲を欲することがある。しかし当たり外れの多いこの世界、未知のアーティストの知らない曲が詰まったアルバムを買うのには相当勇気のいることなのである。思い切って買って大当たりだったこともある。それが、「ノラ・ジョーンズ」、「マデリン・ペルー」、「メロディ・ガルドー」などであった。

この間、CDショップで見かけ、気になっている新人女性JAZZシンガーがいる。「エミ・マイヤー」、「TOMOKO MIYATA」である。2人とも日本人のアイデンティティをもちながら、アメリカでキャリアを積んでいるシンガー。試聴もし、アルバムも手にとって見てみた。かなり魅かれているのは分かっているが、まだ買う決心はできていない。なんとも臆病な耳である。臆病な懐であることはもちろんであるが・・・。

「エミ・マイヤー/Emi Meyer」はアメリカ、L.A.を拠点に活動するシンガー・ソングライター。 日本人の母親とアメリカ人の父親の間に京都で生まれ、1才になる前にアメリカのシアトルに移住。07年にシアトルー神戸ジャズ・ボーカリスト・コンペティションで優勝。iTunes Storeでは「今週のシングル」をきっかけにジャズ・アルバム・チャートで1位を獲得したという。デビュー・アルバム「Curious Creature」が多くCD店Jazzチャートで首位を獲得したという。その「エミ・マイヤー」が、全曲日本語詞の2nd Album「パスポート」をリリースした。試聴したが、JAZZのジャンルに留まることなく、レゲエやボッサなど幅広いアプローチで作られた独特のサウンドが展開されている。
 
聴いてみました。 アルバム「パスポート」から「登り坂」。
 

パスポート

エミ・マイヤー / PLANKTON

 

 

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『Tomoko Miyataは、ニューヨーク在住のシンガー。ジャズ・シンガーとしてキャリアをスタートしながら、そこに収まりきらない感性を、この街の空気感とともに表現する。デビュー作となる本作「Secret of Life」に収録された多彩な楽曲たち──ジェイムズ・テイラーやエヴリシング・バット・ザ・ガールのフォーキーなレパートリーから、ブラジリアンの名曲群まで――を一つの世界観に染め上げるインタープリターとしての高い才能とセンスは、新しい才能の登場を感じさせるのに充分。』 こんなキャッチコピー ・・・・。

『トモコ・ミヤタの歌声を聴くと,なぜか恋をしたときの胸の高鳴りが甦る。ジャズやブラジリアン・ミュージック,ポップスなどをない交ぜにし,美しい音楽を紡ぎだす彼女は,ジャンルを超えて聴く人の胸に深く突き刺さる「何か」を持っている。天性のストーリーテラーと言うべきか,彼女が歌うとどんな曲でも陰影に富んだ物語になるのだ。ホメロ・ルバンボのギターも絶品。』 こんなアルバム評 ・・・。

 

Secret of Life

Tomoko Miyata / バウンディ

科学者?芸術家?音楽家?スパイ?天才? テルミンの数奇な人生

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「テルミン/Theremin」という楽器があるのをご存知だろうか? 今はやりの「ゆるキャラ」みたいで、楽器の名前としてはやや違和感があるのだが、テルミン(テルミンヴォックス)は、1920年にロシアの発明家「レフ・テルミン」が発明した世界初の電子楽器である。私はずっと昔にTV番組か何かで見て興味をそそられたが、その詳しい原理や演奏法、発明者などについては、そのときは分からずじまいだった。手をかざして音を出す奇妙な「謎」の電子楽器をその後、実際に見たり、演奏に触れる機会もなく、楽器として普及しなかったため、テルミンのことはずっと忘れていた。最近、図書館で偶然に「テルミン」についての本を見つけ、忘れていた興味が頭をもたげてきたのだ。その本は、自身もテルミンの演奏家でもある「竹内 正実」著、「テルミン エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男」。本には「レフ・テルミン」の以下の数奇な運命が書かれていた。かって抱いた疑問や謎が一挙に氷解したのだ。少し長くなるが抜粋、引用しよう。きっとその数奇な人生に驚かれるはずだ。

「レフ・セルゲーエヴィチ・テルミン/Lev Sergeyevich Termen」(1896年-1993年) サンクトペテルブルクで生まれる。母の影響で音楽に親しみ、高校在学中はチェロを学ぶ。1914年にペトログラード大学に入学、物理学と天文学を専攻、1917年のロシア革命では赤軍に参加する。ロシア内戦の収束後、ペトログラード物理工科大学で主任研究者として働き、そこでテルミンはテルミン・ヴォックスの元となる現象を発見、1920年にテルミンを発明した。1922年にはレーニンに招かれ、その前でテルミンを演奏したという。この時期、テルミン・ヴォックス以外にも、1926年に当時最高水準の機械・光学式テレビジョンの開発に成功し、科学技術史に重要な功績を残した。走査線は64本、1.5×1.5mのスクリーンに鮮明な画像を映し出したというが、TV技術史にその名は記されていないという。私生活では1921年にエカテリーナと結婚した。 ヨーロッパでテルミン・ヴォックスのデモンストレーションのための演奏旅行を行なった後に渡米し、1928年にニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団と共演。1929年に米国でテルミンの特許を取得した後、製造・販売権をRCAに譲渡する。

1930年代にニューヨークに研究所を設立し、テルミンの更なる発展と、その他の電子楽器などの発明に乗り出し、中でも「ヘンリー・カウエル」のためにリズミコン(Rhythmicon)を発明。1930年に10人のテルミン奏者がカーネギー・ホールに集って演奏会を行なった。それから2年後にはテルミン自身が、テルミンや、チェロに用法の似たフィンガー・ボード・テルミンなどの電子楽器からなる、世界初の電子楽器オーケストラを指揮した。

テルミンは、「ジョセフ・シリンガー(Joseph Schillinger)」や「アルバート・アインシュタイン」など、当時の進歩的な知識人や作曲家・音楽理論家から助言を受けると共に、ロシアからの移民仲間で、テルミン演奏家の「クララ・ロックモア」とも一緒に活動を行なった。さらに舞踊音楽におけるテルミンの利用にも興味を寄せ、アメリカ・ネグロ・バレエ団のプリマである「ラヴィニア・ウィリアムズ」と恋仲になり、最初の妻とは離婚、反対を押し切って結婚する。

1938年に妻ラヴィニアを置いて一人でソ連に戻るが、当時はどのような状況で帰国したかが謎であったが、後年になってテルミンがKGBのスパイによって拉致され、祖国に送還されていたとの事実が明るみに出た。ソ連に着いてしばらくはレニングラード内では自由に行動できたが、1938年3月、滞在中のホテルで「反革命組織への参加」の罪で逮捕された。ブトイルカの収容所に投獄され、その後シベリアで強制労働に就いていた。西側ではテルミン処刑のうわさが広く出回ったにもかかわらず、実は数ヶ月で強制労働の免除の後、科学者や技術者が研究開発に使役される特殊収容所内で、科学者や技師とともに数々の研究開発(爆撃機や盗聴装置の開発)を命ぜられていたのである。1947年にテルミンの刑期は終了したが、引き続きKGB管轄の秘密研究所での仕事を強いられた。この年にテルミンは当時26歳のマリアと結婚し、双子の娘をもうけた。
 

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(最晩年、亡くなる20日前に撮影された写真)

スターリン死後の1956年までテルミンの名誉回復はなされなかった。晩年は自動ドアの最初の自動検知器を発明し、初期の盗難警報機の開発に取り組んだ一方で、「レーニン蘇生計画」を作成して理解者だったレーニンを蘇生しようと考えていた。1964年に秘密研究所を去り、モスクワ音楽院の音楽音響研究所で研究員として働く。1967年にアメリカのジャーナリストに見つかり、ニューヨーク・タイムズにより西側にテルミンの生存をスクープされると、モスクワ音楽院はテルミンを解雇するが、教え子の援助によりモスクワ大学物理学部の音響学研究室で実験機器の製作をする仕事に就いた。1970年代の半ばに、親戚の9歳の娘「リディア・カヴィーナ」にテルミンの奏法を仕込み、彼女は現在、世界で最高のテルミン奏者の一人と認められている。

ペレストロイカにより再び国外にでることが可能になり、1989年6月にフランスで開催されたコンサートに参加。1991年にアメリカ合衆国を再訪し、「クララ・ロックモア」との再会を果たして数々の演奏会を行うも、かつての妻「ラヴィーナ・ウィリアムズ」は、1989年にすでにこの世の人でなくなっていた。その後ロシアに帰り、ソ連崩壊から約1年後の1993年にモスクワにて他界、その数奇な人生を閉じた。97歳であった
(竹内正実著『テルミン エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男』、Wikiediaなどより抜粋、引用)
 

テルミン―エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男

竹内 正実 / 岳陽舎

 
「レフ・テルミン」は、ドキュメンタリー映画となり、2001年に公開され話題となった。この映画で「スティーヴン・マーティン」監督は1994年のサンダンス映画祭の覇者となった。映画の登場人物は、「クララ・ロックモア」や「リディア・カヴィーナ」のほか、電子楽器の発明家「ロバート・モーグ」や、音楽理論家「ニコラス・スロニムスキー」などに加えて、ほかならぬ「テルミン」その人であった。
 

テルミン ディレクターズ・エディション [DVD]

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 このDVDには、世界的に有名な女性テルミン演奏家の「クララ・ロックモア/Clara Rockmore 」やテルミンの一族である「リディア・カヴィーナ」の演奏DVDがセットされているので、世界最高峰のテルミン演奏が聴ける。(別に単独リリースもされている)

テルミン演奏のすべて ~クララ・ロックモア&リディア・カヴィナ~ [DVD]

PI,ASM

とにかく、テルミンの音を聴いていただこうか。なんとYOUTUBEに「クララ・ロックモア」の動画があったのだ。その「クララ・ロックモア」が演奏する”Song of Grusia” (ラフマニノフ作曲)。 演奏終了後画面下部のメニューにより他の曲も聴けます。

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テルミンという楽器の最大の特徴は、テルミン本体に手を接触させることなく、空間中の手の位置によって音程と音量を調節することである。テルミンの本体からは、通常2本のアンテナがのびており、それぞれのアンテナに近付けた一方の手が音程を、もう一方の手が音量を決める。わずかな静電容量の違いを演奏に利用するため、演奏者自身の体格・装身具などによる静電容量の違いをはじめ、演奏環境に依存する部分が大きく、演奏前に綿密なチューニングを必要とするなど、安定した狙った音階を出すには奏者の高い技量が要求され、演奏には熟練を要するという。一般的なテルミンの音色は純粋な正弦波に近いため、ミュージック・ソーに似ている。「暖かく、優しい」、「癒しになる」という人もいる一方で、そのゆらめく音色から不安や恐怖感が生まれ、恐怖映画やSF映画の効果音としても使われてきた。(たとえば、ヒッチコック監督「白い恐怖」など) 

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シンセサイザーで有名なモーグ社製テルミンのキットのテルミンの音程を生成する部分にはコルピッツ発振回路のようなコンデンサをもつ高周波の発振回路が2つ組み込まれ、これらはわずかに違う周波数を持つよう調整される。これらの発振回路の出力を組み合わせ、それが発生する低周波の可聴域のうなりを音に変換するのがテルミンの原理である。一方の発振回路のコンデンサ部分はアンテナの1本に接続されており、このピッチ・アンテナに手をかざして手とアンテナとの間の距離を変えると、静電容量が変化して発振周波数が変わる。これにより、うなりの周波数も変化して音程も変わることになる。もう一方のヴォリューム・アンテナによる音量の変化も、同様に2つの発振器と静電容量変化により発振周波数が変わることを利用している。それをスピーカーにつないで音を出させるのである。原理が簡単なため、電子楽器初期のころは雑誌に自作の記事がよく発表されたという。(竹内正実著『テルミン エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男』、Wikiediaなどより抜粋、引用)

こんな話を知ると、どうしても、もう一人の科学者を思い出してしまう。人類の技術の発展に多大な貢献をしながら、歴史の歯車の中で、キワモノ或いは山師的な扱いを受け、評価されないまま消えていった科学者「ニコラ・テスラ」であるが、彼についての話はまたそのうちに ・・・。

先にあげたテルミンの伝記の著者でもあり、「リディア・カヴィナ」から演奏の指導を受けた日本でも数少ないプロのテルミン演奏家でもある「竹内 正実」氏のアルバムがある。
 

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竹内正実 / bootrecord

 

そして、「竹内正実」がテルミンで奏でるサン・サーンスの「白鳥」。 テルミン本体のボックスから垂直と水平に突き出したアンテナなどその外観と演奏方法ががよく分かる。

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実際に自分で作って演奏したい人は、「大人の科学マガジン Vol.17」にテルミンMiniのキットがついているし、本格的なテルミンもNETで購入できるようです。

大人の科学マガジン Vol.17 ( テルミン ) (Gakken Mook)

大人の科学マガジン編集部 / 学習研究社

 

 

 

ボサノバはお好き?(7) 増補~ 忘れちゃいけない ~

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(写真左より;チアォン・ネット、ジョビン、スタン・ゲッツ、ジョアン・ジルベルト、ミルトン・バナナ カーネギー・ホールにて 青土社発行;「アントニオ・カルロス・ジョビン~ボサノヴァを創った男」より)

JAZZボッサのカテゴリーで、何人かのアーティストを紹介するのを忘れていました。ボケの始まりですかねぇ・・・。

ボサノバがアメリカへ渡って花開いた1960年代は、JAZZでは「ビ・バップ」の全盛期。黒人ミュージシャンを中心とした「ハード・バップ」が主流のイーストコースト派が人気を集めていた。これに対し、西海岸、カリフォルニアの白人JAZZマンを中心としたウエストコースト派は、その白人好みのソフィスケートされたJAZZボッサにとびついたのである。ボサノバを持ち込んだ、「チャーリー・バード」や「ハービー・マン」、JAZZボッサの創始者「スタン・ゲッツ」、「デイヴ・ブルーベック」、「ポール・デスモンド」、「ジェリー・マリガン」、「ゲイリー・マクファーランド」、「ズート・シムズ」などが相次いでJAZZボッサ・アルバムを発表した。

その中で、ウエストコースト・ジャズを代表するジャズ・サックス奏者の一人が「ポール・デスモンド/Paul Desmond(1924年11月25日-1977年5月30日)」。「デイヴ・ブルーベック・カルテット」在籍時に作曲した「テイク・ファイヴ/Take Five」などでよく知られるJAZZミュージシャンである。

その「ポール・デスモンド」のJAZZボッサアルバム「テイク・テン/Take Ten」を聞き出してから40年ちかくになるかなあ。確か、学生時代によく通っていた、グリル「B軒」のマスターのMさんが好きだったアルバムのひとつだった。「ポール・デスモンド」とギターの「ジム・ホール」がフィーチャーされたアルバムで、タイトルは「デイブ・ブルーベック・カルテット」の大ヒット作、5/4拍子で演奏される「Take Five」に引っ掛けたもの。粋ですね。「Alone Togather」のほか、「エル・プリンス」、「埠頭」、「黒いオルフェ/カーニバルの朝」、「オルフェのサンバ」など軽やかであるが、哀愁漂う名演がいっぱい。40年間聴いても、いまなお飽きない名盤。
 
 

Take Ten

Paul Desmond / RCA

 

 

オリジナル曲中心の全編ボサ・ノヴァのアルバム。前作同様、聴けば、コパカバーナの夕暮れの海岸に一人佇む気分。心の底から癒される一枚、「ボッサ・アンティグア」。そのほかのアルバム、「サマータイム」、「デスモンド・ブルー」などもお薦め。
 
 

ボッサ・アンティグア

ポール・デスモンド / BMG JAPAN Inc.(BMG)(M)

 

 

アルバム「テイク・テン」から「黒いオルフェのテーマ/Theme From Black Orpheus」 を「Paul Desmond Quartet」の演奏で。ギターは「ジム・ホール」。

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同じくウエスト・コーストを代表するひとりが「ジェリー・マリガン/Gerry Mulligan」(1927年4月6日 – 1996年1月20日)。ジャズ界では数少ないバリトン・サックス奏者であり、ピアニストしても知られる。豪快なバリトン・サックスのソロで有名になった「ジェリー・マリガン」だが、ここで繰りひろげるスマートで上品な夜のイメージ。ボサノヴァ曲「カーニヴァルの朝」、ショパンのクラシック曲「プレリュード:ホ短調」、それにスタンダード。イージーリスニング的だけど、イージーリスニングとはひと味違う極上のジャズ。なんと冒頭のタイトル曲ではピアノを弾いているのだ。

 

Night Lights

Gerry Mulligan / Verve

 

 

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そして、わがJAZZミューズ、「ダイアナ・クラール」を忘れてはいけませんね。1990年代以降に最も成功したジャズ歌手の一人が、「ダイアナ・クラール/Diana Krall (1964年11月16日 – )」。カナダ生まれの女性ジャズ・ピアニスト、歌手。15歳の時、レストランでピアノ演奏を始め、17歳になってからは奨学金を得て、ボストンにあるバークリー音楽大学に入学、卒業した。 バークリー音楽学院では、同級生に「小曽根真」がいたという。その後、クラールの演奏を聞き興味を持った著名なベース演奏者、「レイ・ブラウン」と出会い、ロサンゼルスへと旅立ち、1990年からはニューヨークを中心に活動している。
2003年12月にイギリス生まれのロック・ミュージシャン、「エルヴィス・コステロ」と結婚し、ファンを落胆させた。2006年12月には双子の男の子を出産し、一時音楽活動を休止したが最近復活した。

デビュー・アルバムは、「ステッピング・アウト/Stepping Out」。サード・アルバム、「オール・フォー・ユー~ナット・キング・コール・トリオに捧ぐ/All for You: A Dedication to the Nat King Cole Trio」(1996年)は、グラミー賞にノミネートされ、また70週間もの間、ビルボード誌のジャズ・チャートに上がっていた。「ホエン・アイ・ルック・イン・ユア・アイズ/When I Look In Your Eyes」(1999年)では「ジョニー・マンデル」によるオーケストラ・アレンジのバックもあり、再度グラミー賞にノミネートされ、クラールはその年の最優秀ジャズミュージシャンとして表彰された。2001年9月にクラールはワールドツアーを開始し、フランス・パリのパリ・オリンピア劇場でのライブは彼女の初めてのライブ・アルバムとしてリリースされた。これにより彼女は二つ目のグラミー賞(最優秀ジャズボーカル)を受賞したのだ。

その代表的なアルバムから「ザ・ルック・オブ・ラヴ/The Look Of Love」。スローなボッサのけだるさが、オジサンにはたまらない。
 

ザ・ルック・オブ・ラヴ ; Diana KrallUniversal Music =music=

 

彼女の好みなのか。マーケティングなのか、多分その両方なんでしょう、アルバムには必ずといっていいほど、ボサノバ・テイストの曲を入れている。このアルバムはタイトルでも分かるように、「イパネマの少年」を含む、エレガントかつロマンティックなボサ・ノヴァ&バラード。まさに大人のための極上ミュージック。

クワイエット・ナイツ ; ダイアナ・クラール / UNIVERSAL CLASSICS(P)(M)

 

リード・トラックの「レッツ・フェイス・ザ・ミュージック・アンド・ダンス/Let’s Face The Music And Dance」でいきなりノックアウトされてしまう。 

ホエン・アイ・ルック・イン・ユア・アイズ ; ダイアナ・クラール / ユニバーサル ミュージック クラシック

 

スタンダード中のスタンダード、「I’ve Got You Under My Skin」をはじめ、「The Look of Love」、「 Fly Me To The Moon」などがボッサ・テイストで・・・。

ライヴ・イン・パリ ; ダイアナ・クラール / ユニバーサル ミュージック クラシック

 

もちろんベスト盤にもこれらの曲は入っているので、これからダイアナを聴いてみようという人にはお薦め。
 

ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ダイアナ・クラール(初回限定盤)(DVD付) ; ダイアナ・クラール / UNIVERSAL CLASSICS(P)(M)

 

パリでのライブから、「DIANA KRALL」の「I’ve Got You Under My Skin」  

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蕎麦屋でも流れているほどの昨今のボサノバブーム、ボーカルといえば殆ど女性ボーカルが中心。かって「アスラット・ジルベルト」や2人の女性リード・ボーカルを擁した「セルジオ・メンデスとブラジル’66」がボサノバの一つスタイルを創った。そのことが、50年後の今、ボサノバが、なじみやすい、癒し系の音楽として世界的に発展し、女性ボーカル全盛の時代を迎えたのであろう。

さあ、日本のJAZZボーカルもあげておかなければいけませんね。ボサノバに似合うスモーキーな声の持ち主といえば、「鈴木重子」でしょうか。癒し系の代表みたいになっていますが、ちゃんとしたJAZZ歌手だとその実力を私は評価しています。誰かが言っていたように「自然派のヴォーカリスト」というのが正しい評価でしょう。いくつものアルバムでボサノバを歌っているが、ここでは、ボサノバが多く収録されているベスト盤をあげておきましょう。

プレゼンサ~ザ・ベスト・オブ・鈴木重子 ; 鈴木重子 John Lennon Paul McCartney A.Menken Stephen Schwartz Eric Clapton Will Jennings Antonio Carlos BMG JAPAN

 

ボッサ・アレンジではありませんが、そのナチュラル・ボイスをお聞きください。 「鈴木重子」のうたう「シェルブールの雨傘」。

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ながながと、ここまで「ボサノバ語り」にお付き合いくださいましてありがとうございました。 

では、最後に、「ボサノバ」という素晴らしい音楽を創り出してくれた「アントニオ・カルロス・ジョビン」に感謝と敬意を表して、「マイケル・フランクス」が、「ジョビン」に捧げた米国製ボサノバの名曲、「アントニオの唄/ANTONIO’S SONG」を ・・・・ 。
「マイケル・フランクス/Michael Franks」は、ジャズやボサ・ノヴァなどの要素をとりいれ、都会的でおしゃれなポップ感覚の歌と演奏を聴かせるアメリカのシンガー・ソングライター。

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ボサノバはお好き?(6) ~ 続・フェイク・ボッサこそワールド・ボッサ ~

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(続き)

さて、さて、セルメン以後、長い間、フェイク・ボッサを聴いていなかったオジサンの私の耳を奪ったのが、「ベレーザ/Beleza」であった。ささやくような、くすぐるようなロリータ・ボイス、その容姿とあいまって、オジサンの心をつかんだのは、「Beleza」の歌姫、「ガブリエル・アンダース」。ボサノヴァ、ジャズ、ポップス、サルサ、レゲエ、ファンクなど多くのジャンルをミックス・ブレンドし、彼女独自のボサノヴァ・カラーに染め上げてしまうのが特長である。「フェイク・ボサノヴァ」の正統ともいえる系譜?に属するユニット「ベレーザ」。1997年にインディー・レーベルからリリースされ、大ヒット・アルバムとなったが、長らく廃盤だった「ジョビン・トリビュート・アルバム」は、ジョビン誕生80周年の去年、待望の再リリースがされた。タイトルはジョビンへのトリビュートだが、ジョビン以外の作品、「シンディー・ローパー」の「Time After Time」や、「This Masquerade」、「Besame Mucho」など有名曲を収録、これぞフェイク・ボッサのヒット・アルバム。

ジョビンに捧ぐ

ベレーザ / アルファレコード

 

 

 

 

 

 

ファンタジア

ベレーザ / アルファレコード

 

 

 

 

 

ボッサ・ユニット「Beleza」の歌姫、アルゼンチン出身の美しきシンガー、「ガブリエラ・アンダース/Gabriela Anders」。「ベレーザ」で耳を奪われた私は、今度は眼を奪われてしまった。最初の彼女のソロ・アルバム「Waiting」は、楚々とした全身の遠景のショットが気に入り、思わずジャケ買い、秘密の花園入り。2枚目は美形の顔のアップ、猫科の動物を思わせるような目に魅かれて、これもジャケ買い、またも秘密の花園入り。そして3枚目も成熟した女性の色気に魅かれて、またもやジャケ買い。3枚もジャケ買いしたのは彼女くらいである。

ウォンティング

ガブリエラ・アンダース / ダブリューイーエー・ジャパン

 

 

 

 

 

Last Tango in Rio

Gabriela AndersNarada

 

 

 

 

 

ボッサ・ベレーザ

ガブリエラ・アンダース / ビクターエンタテインメント

 

ともあれ、短いですが「ガブリエラ・アンダース」の美形振りとロリータ・ボイスをご賞味ください。 

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ガブリエラと同時期、病み付きになりそうな独特のロリータ・ボイスと楚々とした美形に、またもや魅かれてしまったのが、北欧・ストックホルムの妖精「リサ・エクダール/Lisa Ekdahl」。JAZZボーカルといっていいのかどうかよく分からないが、アルバムの中で、ボサノバ・アレンジのスタンダードをいくつか歌っている。
 
Back to Earth
Lisa Ekdahl Peter Nordahl Trio / RCA
ISBN : B00000IFUZ
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アルバム・タイトルの原題は「Sings Salvadore Poe」。旦那でもある「サルヴァドール・ポー」の詩を彼のギターで歌う、ボサノヴァ・テイストの心地よい一枚。
 

デイブレイク

リサ・エクダール / BMGインターナショナル

 

 

 

 

 

上のアルバムから、 「Lisa Ekdahl 」の歌う、まったりボッサ「Only You」。 なお、画面の女性はリサではありませんので ・・・。

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さて、オーストラリア出身の女性ヴォーカリスト、「ポーラ・テリー」をリード・ボーカルに迎え、多国籍メンバーで結成された、アメリカ西海岸発のボサノバ・ユニット「SONIA」は、奥さんのお気に入りです。ボサノバはやっぱり心地よいリズムだそうで、「SONIA/ウィスパーズ・ザ・ファイネスト・ソングス・オン・ボサノヴァ(ザ・ベスト・オブ・ソニア)」、「ソニア・シングス・スタンダーズ」などをよく聴いてますね。
 
ウィスパーズ・ザ・ファイネスト・ソングス・オン・ボサノヴァ(ザ・ベスト・オブ・ソニア)
ソニア / コロムビアミュージックエンタテインメント
ISBN : B0006B9YQE
スコア選択:
 
コンピレーション・アルバムですが、奥さんお気に入りのアルバムをもう一つ。「ミルク・ボッサ」。「ドント・ノー・ホワイ」、「バードランドの子守歌」、「素顔のままで」、「君の友だち」とくれば、これはもう極めつけのフェイク・ボッサ・コンピ・アルバムである。そして、このアルバムは、ボサノバの創始者の一人でもある「ロベルト・メスカネル」と娘のマルセラ、そして彼のレコード・レーベルのミュージシャンたちによって作られた。「ベレーザ」や「ソニア」などのような西海岸発の洗練されたお洒落なボッサとちがって、ブラジル録音の、かってのボサノバらしい本物のボサノバの雰囲気を感じさせるフェイク・ボッサ・アルバム。分かってます、ちょっと変な表現ですね・・・。
 
ミルク・ボッサ
オムニバス / フレイヴァー・オブ・サウンド
ISBN : B000GLL2MI
スコア選択:
 
少しマニアックですが、一時期話題になり、最近はその名を聴かなくなった「木村恵子」と「窪田晴男」のユニット「ケルカン」をフェイク・ボッサ・ユニットの日本代表としてあげておきましょうか。もちろん「小野リサ」は十分フェイク・ボッサ・アーティストです。

チ・ケーロ!チ・ケーロ!

ケルカン / コロムビアミュージックエンタテインメント

 

 

 

 

 

「ケルカン」の歌うせつないボッサは、映画音楽「シェルブールの雨傘」「ひまわり」を ・・・。 (埋め込みに対応してませんのでクリックしてごらんください。)

お隣の韓国からは、「WINTERPLAY/Songs Of Colored Love」。「クール・ビューティ、ヘウォンの透き通る歌声が、心地よい風を運んでくる・・・。この「WINTERPLAY/ウインタープレイ」、実は韓国JAZZチャート第一位にランキングされた韓国発の人気ジャージー・ポップ・ユニットで、これは日本デビュー・アルバムである。透明感に溢れる美声を持つ歌姫、「ヘウォン」とプロデュース/ソング・ライティングも手掛けるトランぺッター、「ジュハン・リー」による韓国人デュオ・グループ。ミディアム・テンポのボサノバのリズムにのって流れてくる「ソングス・オブ・カラード・ラヴ」は、日本のJAZZデュオ、「Ego-Wrappin’ (エゴ・ラッピン)」の「色彩のブルース」のカバー。

ソングス・オブ・カラード・ラヴ

WINTERPLAY / ユニバーサル ミュージック クラシック

 

 

 

 

 

「WINTERPLAY」の歌姫「ヘウォン」の歌う「ソングス・オブ・カラード・ラヴ ~色彩のブルース~」。 (埋め込みに対応してませんのでクリックしてごらんください。)

最後に、南米へ戻り、最近お気に入りのアルゼンチン女性歌手のフェイク・ボッサ・アルバムをあげておきましょう。アルゼンチンの大草原パンパを吹きわたってきた爽やかな風のような、「リヒア・ピロ/Ligia Piro」。1971年生まれで、もうデビュー後10年の中堅といってもいいブエノス・アイレス出身の美形女性ジャズ&ボサノヴァ・シンガーである。アルバムは「ソー・イン・ラブ~ジャズ・アンド・スタンダーズ」で、原タイトルは「Trece Canciones De Amor(13曲のラブソング)」。タイトルどおり、「コール・ポーター」、「アーヴィング・バーリン」、「ビル・エバンス」などのスタンダードから、「ビートルズ」、「レオン・ラッセル」、「エリック・クラプトン」のナンバーまで幅広いジャンルのラブ・ソングをシンプルなギターとのデュオによる甘くさわやかに歌う。

ソー・イン・ラブ~ジャズ・アンド・スタンダーズ

リヒア・ピロ / インディーズ・メーカー

 

 

 

 

 

 
「Ligia Piro」が「Ricardo Lew」のギターでうたう「So in love / Mais que nada」のメドレーをどうぞ。

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さあ、ボサノバの魅力と懐の広さと、「フェイク・ボッサこそが、ワールド・ボッサである」ということが、実感していただけたでしょうか?

寄せ集めの知識と私の数少ないCDコレクションや音楽体験から、駆け足で辿ってきたボサノバ・ワールドの俯瞰ですが、まだ私が知らないアーティストやアルバムが山のようにあると思います。読者の皆さんで、紹介したいアーティストなどあれば、ぜひ教えてください。

さて、このシリーズを続けている間に、季節は一気に春へ ・・・・ 。ボサノバが似合う季節の始まりへ。
 

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                    万博公園・梅林の見事な枝垂れ梅
 

 

 

 

 

ボサノバはお好き?(5) ~ フェイク・ボッサこそワールド・ボッサ ~

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この地上で樹が切り倒されるごとに、その樹はきっと別の場所で、
どこか他の世界で再び成長するのだと、私は信じている。
だから、死んだら、
私はそこへ行きたい。
森たちが平和に暮せるその場所へ。
     アントニオ・カルロス・ジョビン
(青土社刊;アントニオ・カルロス・ジョビン~ボサノヴァを創った男 より)

 

わたしが勝手に分類したボサノバの4つのカテゴリー、最後は、「フェイク・ボッサ/Fake Bossa」です。聴きなれない言葉かもしれませんが、「fake」とは、「偽の、偽造の、でたらめな、いんちきの」というような意味です。ちゃんとした定義は分かりませんが、ブラジルで生まれた正統派のボサノバ、クラシック・ボッサ以外の音楽、スタンダードJAZZ、シャンソン、POPS、歌謡曲・・・などをボサノバ・アレンジで演奏された音楽の総称を言うようです。従って、大変範囲も広く、懐も深く、カフェ・ブーム以降、ボサノバ人気が続いているといわれますが、巷に流れるボサノバやヒットしたアルバムの殆どが、そしてJAZZボッサもフレンチ・ボッサまでもが、この範疇に入ってしまいますが、JAZZプレーヤーやフランス人アーティストの演奏するボサノバは、どうも特別に分けているようです。

この「フェイク・ボッサ」、その歴史は古く、ボサノバが世界に広まった60年代に起源があると私は考えていて、そしてその元祖は、当時一世を風靡した「セルジオ・メンデスとブラジル’66」だろうと思っています。
「セルジオ・メンデスとブラジル’66/SERGIO MENDES & BRASL’66」。1966年に発表したデビュー・アルバム「マシュ・ケ・ナダ~セルジオ・メンデスとブラジル’66/HERB ALPERT PRESENTS SERGIO MENDES & BRASIL’66」は全世界に衝撃を与えた。

「セルジオ・メンデス/Sérgio Santos Mendes(1941年2月11日 – )」はもともとジャズピアニストであり、「ブラジル’66」結成以前は、「ワンダ・ジ・サー」をリード・ボーカルにした「ブラジル’65」というグループを率いて、従来からの素朴なボサノバを演奏していた。こんな経歴の持ち主であるセルジオが1966年、「ブラジル’66」と言うグループを結成、大変身をし、デビュー・アルバムに収められた「マシュ・ケ・ナダ/Mas Que Nada」が世界的に大ヒットした。まさに天才的ヒラメキのアレンジで世界中にその名を知らしめたのである。このアルバムに収められた10曲のうち、「ビートルズ」の「デイ・トリッパー/DAYTRIPPER」など4曲が ボサノバ・テイストのポップスであり、原曲よりビートを利かせ歯切れよく、二人の女性ボーカルがクールに歌うという「セルジオ・メンデス」独特のフェイク・ボッサ・スタイルがここから始まったのだ。
 

マシュ・ケ・ナーダ  ;  セルジオ・メンデス&ブラジル’66 / ユニバーサル ミュージック クラシック

その後も第2集、「分岐点/EQUINOX」(1967)では、JAZZスタンダードの「ナイト・アンド・デイ/NIGHT AND DAY」を、初めてオーケストラの入った第3集、「ルック・アラウンド/LOOK AROUND」(1968)では、バカラックの「恋のおもかげ/THE LOOK OF LOVE」など3曲、1969年の第4集、「フール・オン・ザ・ヒル/Fool On The Hill」では、タイトル曲に加え、「スカボロー・フェア/SCARBOROUGH FAIR」など3曲が収録されている。 ビートルズの「フール・オン・ザ・ヒル」や「デイ・トリッパー」といった曲をボサノヴァ風にアレンジしたカバーなど、欧米の音楽市場にとって親しみやすいボサノヴァをつくり、世界中での支持につながった。このことからも「セルジオ・メンデス」が、「フェイク・ボッサ」の元祖と考えていいと思う。ブラジル生まれというところが面白いが、故国の音楽ボサノバを知り尽くしていたからこそかもしれない。

その後、40年以上に長きにわたり、ブラジル音楽のトップに君臨する「セルジオ・メンデス」ですが、69歳の現在も活動は衰えない様で、2008年のボサ・ノヴァ誕生50周年には、ニュー・アルバム「モーニング・イン・リオ」をリリースしている。リード・トラックは、かって「マシュ・ケ・ナーダ」と並んで大ヒットした「ルック・オブ・ラヴ」。世界中から色々なミュージシャンが参加しているが、日本からは「DREAMS COME TRUE」が参加。彼らが参加した「ルガール・コムン」は、ポルトガル語コーラスとのかけあいで、「吉田美和」の日本語ヴォーカルがとても印象的。
 

モーニング・イン・リオ(期間限定特別価格) ; セルジオ・メンデス / UNIVERSAL CLASSICS(P)(M)

それでは、なんといっても一世を風靡した「マシュ・ケ・ナダ」の演奏を ・・・。

 
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「セルジオ・メンデスとブラジル’66」がPOPS的にアプローチしたのに対し、同時期JAZZ的にアプローチしたのは、「ゲイリー・マクファーランド/Gary Mcfarland」であった。私は彼も「フェイク・ボッサ」の元祖の一人だと考えている。「ゲイリー・マクファーランド」といえば、かって「渡辺貞夫」がバークリー音楽院を卒業後、所属していたのが、彼のバンドであり、ここでナベサダはボサノバと出会ったのだ。ジャズ・ヴィブラフォン/マリンバ奏者で、作編曲家でもあるゲイリーは、ブラジル’66デビューのすでに一年前、1965年3月に「ソフト・サンバ/Soft Samba」というアルバムをリリースしている。後の「スムース・ジャズ」を暗示させるような秀逸のタイトルもさることながら、収録されている曲とアレンジが極めて斬新であった。「シー・ラヴズ・ユー」、「ハード・デイズ・ナイト」、「アンド・アイ・ラヴ・ハー」、「抱きしめたい」と、当時絶頂期の「ビートルズ」の曲が4曲、映画音楽「ロシアより愛をこめて(007危機一発)」 、「モア(世界残酷物語)」、スタンダード 曲「グッド・ライフ」、シャンソン「ラ・ヴィ・アン・ローズ(バラ色の人生)」といった選曲とJAZZ風の洒落たボサノバ・アレンジ。なんと、45年も前のことなのである。

ソフト・サンバ ; ゲイリー・マクファーランド / ユニバーサル ミュージック クラシック

 そのアルバムから「A Hard Days Night」を ・・・・。

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多くの大ヒット曲を持つ世界的なアイドルだったためだけでなく、その音楽性が極めて優れていたため、フェイク・ボッサの初期からビートルズの曲の採用が多いようです。その傾向は今でも変わらず、多くのビートルズ・フェイク・ボッサ・アルバムが作られています。そのなかの私のお気に入りの一つを紹介しましょう。ムタンチスのリード・ヴォーカルであり、ブラジル・ロック界のカリスマ、「リタ・リー/Rita Lee」の「ボッサン・ビートルズ/Bossa’n Beatles」。「A Hard Day’s Night」、「Michelle」、「I Want To Hold Your Hand」などおなじみのビートルズ曲が軽快なBOSSAのノリで歌われる。何故か数曲がポルトガル語なのもご愛嬌。
 
ボッサン・ビートルズ
リタ・リー / ワードレコーズ
ISBN : B0007WADLW

 

「リタ・リー/Rita Lee」が歌う「ミシェル/Michelle」。

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「ビートルズ」だけではなく、色々のミュージシャンのヒット曲もボサノバ化されています。あの「ローリング・ストーンズ」、「ボブ・マーレー」、「マイケル・ジャクソン」なども・・・。手当たり次第といっては失礼かな。まあ、ストーンズも「毒気」はすっかり抜けて、甘くかったるくなってしまっていますが。なに、本当は「ジャケ買い」だろうって?

 
Bossa n’ Stones, Vol. 2
Various Artists / / Music Brokers

  

 

(次回に続く)

 

 

  

ボサノバはお好き?(4) ~ フレンチ・ボッサ、そしてワールド・ミュージックへ ~

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20091221_naraleao

 

さて今回は、世界各国に飛び火し、その地で根付いた、いわばワールド・ミュージックとしてのボサノバという側面について、三つ目の流れとして触れてみたいと思います。

アメリカは別として、それ以外でボサノバが盛んな国、ボサノバ大国はどこでしょうか?それは、フランスではないかと思います。「フレンチ・ボッサ(”bossa francaise”)」といわれるくらいですから・・・。そして、それはブラジルの政治体制と大きなかかわりがあったのです。1964年、クーデターによって軍事独裁体制を確立したカステロ・ブランコ将軍は、親米反共政策と、外国資本の導入を柱にした工業化政策を推進したが、驚異的な経済成長を遂げる一方で、人権侵害も大きな問題となった。そんな厳しい時代が1985年に民政移管が実現するまで続くのである。自由で新しい音楽ボサノバを生み出した若者たちや芸術家たちは当然のごとく反政府的活動を展開していく。そんな時期、堂々と自由を求め、ブラジル政府批判を繰り返した女性シンガーがいた。ボサノバ創生期、学生たちの間でミューズ、女神と呼ばれた、「ナラ・レオン/Nara Leão (1942年1月19日 – 1989年6月7日)」である。ナラは軍部に徹底的に目をつけられ、結局、1968年ナラは「カエターノ・ヴェローゾ」、「ジルベルト・ジル」等と同様パリに亡命し、ボサノバと決別した。

しかし、自身の出自と向き合いボサノバとの和解を決意し、1971年、堰を切ったように全編ボサノバのアルバム「Dezanos Depois(美しきボサノバのミューズ)」を録音する。シンプルなギターの伴奏で、ボサノバの定番をうたう。陰影に富んだ、深みのある歌唱。その歌声はいま聴いても瑞々しさを失わず、心に染みる。多分女性BOSSAファンにオススメするのにこのアルバム以上のものが見当たらないくらいの名盤。モノクロのジャケット、雨のパリだろうか? 47歳の若さで夭折したボサノバのミューズ、「ナラ・レオン」。
 
美しきボサノヴァのミューズ
ナラ・レオン / ユニバーサルインターナショナル

 

彼女を始めとして、パリには亡命するブラジル人音楽家たちを受け入れる素地があったと思われる。フランスへサンバを紹介した男、1957年に「Dans mon ile」を発表し、「アントニオ・カルロス・ジョビン」に影響を与え、ボサノヴァの誕生に貢献したといわれる「アンリ・サルヴァドール/Henri Salvador」がいたし、放浪の果てにボサノバに出会い、フランスに戻って、ボサノバを広めた「ピエール・バルー/Pierre Barouh」などがいたのだ。1964年のクロード・ルルーシュ監督の映画「男と女」の音楽は、「フランシス・レイ」と並んで、「バーデン・パウエル」が担当し、「ピエール・バルー」は「アヌーク・エーメ」の夫役で出演し、ボサノバ讃歌を歌った。こうして、フランスで広まっていったボサノバは、ロック界の「セルジュ・ゲンズブール」などにも大きな影響を与え、「フレンチ・ボッサ」と呼ばれるジャンルを築いていくまでになる。

2001年、84歳で発表した「アンリ・サルバドール」の遺作アルバム「サルバドールからの手紙」から「こもれびの庭に/Jardim d’hiver」。彼は2008年、90歳で亡くなってしまった ・・・。
 

サルヴァドールからの手紙 ; アンリ・サルヴァドール / EMIミュージック・ジャパン

サルバドールの歌う「こもれびの庭」のYOUTUBE こんな爺様のような老い方に、私は憧れてしまいます。

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代表的なフレンチ・ボッサ歌手といえば、「クレモンティーヌ/Clémentine」であろうか。「カフェ・アプレミディ~クレモンティーヌが歌うボサノヴァ」をあげておこう。「クレモンティーヌ」のボサ・ノヴァ・テイストの人気曲ばかりを贅沢にセレクトした本盤は、まさにフレンチ・ボッサの傑作集。
 

カフェ・アプレミディ~クレモンティーヌが歌うボサノヴァ ; クレモンティーヌ / ソニーレコード

一方、「ナラ・レオン」とは、犬猿の仲であったらしいが、ブラジルに残り、軍事独裁政権を批判したもう一人のボサノバ・ミューズがいた。「エリス・レジーナ/Elis Regina (1945年3月17日 – 1982年1月19日)」である。1960年代から1970年代にかけて、ブラジルで最も人気のある国民的女性シンガーであった。彼女のヴォーカルは、心躍らせる歌声と、優れた抑揚を持ち合わせており、特にアップテンポなナンバーに卓越していた。1974年には、「アントニオ・カルロス・ジョビン」とのコラボレーション作品であるアルバム「エリス・アンド・トム/Elis & Tom」を発表。このアルバムを、最も優れたボサノヴァ・アルバムの一つといわれている。そしてこのアルバムに収録されたジョビン作の「三月の水(”Águas de Março”)」を最も優れたボサノヴァ・トラックの一つであると考える人も多い。

エリスは、彼女と同世代のブラジルのミュージシャンたちを、迫害し追放していた当時の独裁政権を時々批判することがあった。1969年のインタビューでは、「ブラジルはゴリラに支配されている」という見解を述べたこともあった。しかし彼女は人気があったがゆえに牢獄に入れられることはなかったが、それでも圧力を受け、やむをえずスタジアムのショーでブラジル国歌を歌わされることになり、左翼的思想の人々から反感を買うことになる。そして、そんな失意や苦悩のなか、エリスは、コカイン中毒によって1982年に36歳の若さで亡くなってしまった。

残されたジョビンとの最高の名盤「エリス・アンド・トム/Elis & Tom」。
 

エリス&トム ; エリス・レジーナ&アントニオ・カルロス・ジョビン / ユニバーサル インターナショナル 

エリスが「三月の水」をうたうYOUTUBE。

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そして、「エリス・レジーナ」にトリビュートを捧げるポスト・レジーナといえるその後の歌姫は「ジョイス/Joyce Moreno」。ジョビンの「三月の水」をはじめ、「バーデン・パウエル」、「エドゥ・ロボ」、「ミルトン・ナシメント」、「ジルベルト・ジル」等々が書いた名曲ばかりのエリス・ソング・ブック「宇宙飛行士〜ソングス・オブ・エリス」。
 

宇宙飛行士〜ソングス・オブ・エリス ;  ジョイス / オーマガトキ

 

 

さて、日本です。なんと言っても「長谷川きよし(1949年 - )」であろうか。全盲のシンガー・ソングライター&ギタリストである。もともとシャンソンを志していた彼がボサノバを始めた理由は分からないが、当時のフランスの音楽情況と何か関係があるかもしれない。シャンソン、JAZZ、カンツーネ、オリジナルと彼の音楽の幅は広く、本人は「ボサノバ唄い」ではないと否定するかもしれないが、なんと言ってもデビュー時のあの「別れのサンバ」(1969年)のインパクトが大きかった。
これが収録された最初のアルバムは「一人ぼっちの詩」ですが、入手しがたいので、ベスト盤の一つをあげておきます。
 

長谷川きよし/ベスト・セレクション ; 長谷川きよし / テイチク

 別れのサンバ」のYOUTUBE ・・・ 。 パーカッションは「仙道さおり」。

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 その後、ボサノバをレパートリーとして歌う日本人歌手は多くいたが、「ボサノバ唄い」といえるのは、「小野リサ」の登場まで待たなければならなかったとおもう。

「小野リサ/Lisa Ono (1962年7月29日 - ) 」。ご存知、ブラジル生まれの日本人ボサノヴァ歌手である。ブラジル音楽が好きな父がライブ・ハウスを経営しようと渡伯。サンパウロで店を営んでいた両親の下、ブラジルで生まれ、その後10歳の時に日本に帰って来た。日本に帰って来てから、15歳からギターを弾きながら歌い始め、1987年ごろには曲を作り始めたという。初期の頃は、ブラジル色の強いアルバムであるが、その爽やかさが大変人気を呼んだ。やがて、ボサノバを彼女自身の音楽表現手段と考えるようになったのか、JAZZスタンダード、ラテン、ソウル、POPS、ハワイヤンなど多くの音楽をボサノバ・アレンジしたアルバムを発表し、最新作では「テレサ・テン」などのアジアの歌も。かの中国では最も人気のある日本人歌手の一人で、中国でも多くのCDが発売されている。私も北京のCDショップで何枚か求めたことがある。日本におけるボサノバの第一人者であり、日本から世界に羽ばたいていっている「ボサノバ唄い」なのだ。数多くのCDがリリースされているので選ぶのに困るが、ここではジョビンへのトリビュート・アルバムと最近のJAZZスタンダード・アルバムをあげておこう。

アントニオ・カルロス・ジョビン生誕80周年を記念してジョビンの代表曲を録音したボサノヴァ・スタンダード作品集「The music of Antonio Carlos Jobim」。

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The music of Antonio Carlos Jobim

小野リサ / エイベックスイオ

 

 

デビュー20周年を迎えた「小野リサ」、1999年最大のヒットアルバムとなった「DREAM」以来となる10年ぶりJAZZスタンダードアルバムは、RIOセッションとL.A.セッションの2枚同時リリース。RIOセッション盤はブラスサウンドを強く打ち出した本格的なボサノバ・アレンジによるブラジル色が色濃く出ている。

Cheek To Cheek-Jazz Standards from RIO- ; 小野リサ / エイベックスイオ

 

ジョビン生誕80周年を記念してジョビン・ファミリーをバックに「小野リサ」が歌う、ジョビン・トリビュート「Corcovado」のライブ。
 

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ユーミンこと「荒井由実」のカバー、「あの日にかえりたい」を歌う。 実は彼女、ユーミンのベスト集で初回ボーナス・トラックとして、このユーミン・ボッサのギター歌伴をしたことがありますね。
 

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そして、これぞ、「ボサノバ唄い」という歌手がいます。「吉田慶子」。ふとしたことからボサノバと出会い、その魅力にとりつかれ、2000年には単身ブラジルへ渡り、1stアルバム「愛しいひと bem querer」を制作したという。2作目は、「コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ」。このアルバムには、「ジョビン」、「モライス」、「カルロス・リラ」、「エデゥ・ロボ」などボサノバ黎明期の巨匠の曲、クラシック・ボサノバが収録されているが、「サウダージ」をこれほど心象風景として、表現できている日本人「ボサノバ唄い」も他にいない。そして、「長谷川きよし」がギターで参加し、ポルトガル語で歌う「別れのサンバ」のカバーも収録されている。帯にいわく「ささやき声で始まって、ただ終わる美しいひととき」。
 
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コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ

吉田慶子 / オーマガトキ

 

 

1970年代には日本の歌謡曲シーンにボサノバが定着していた証拠ともいえる、極め付きのアルバムがある。「東京ボサノヴァ・ラウンジ」。「浅丘ルリ子/シャム猫を抱いて」(なんと歌っていた・・・)、「寺尾聰/風もない午後のサンバ」、「森山良子/雨上がりのサンバ」、「トワ・エ・モワ/白い波」(たしかオリジナルは「ヒデとロザンナ」)など、どちらかといえば、マニアックな曲が並ぶ日本人よる和製ボサ・ノヴァのコンピレーション・アルバム。
 

東京ボサノヴァ・ラウンジ ; オムニバス / テイチク

それでは最後に、北欧スエーデンへ。スエーデンは北欧では最もJAZZが盛んな国であり、数多くのJAZZアーティストを輩出している。スウェーディッシュ・ジャズは、静謐な空気に満ちた北欧の風土の中で育まれた、アメリカのJAZZとはちょっと違うオトナのJAZZ。ABBAなどを生んだPOPS王国らしく、スタイリッシュで聴きやすいJAZZが多い。

そんなスカンジナビアン・ボッサを歌う、スエーディッシュ・ビューティの一人が「ミラ/Mirra」の「ミラ・ボッサ」。タイトル通りボサノバを基調とした作品集で、女性に人気のアルバムらしい。アコースティック・アレンジを施された名曲の数々を歌うミラの透明感あふれる声は、ナチュラルな風となって心を癒してくれる。昨今の若い女性の間のボッサ・ブーム、そんな一端を彼女が担っているといっていいかもしれない。


ミラ・ボッサ ; ミラ / スパイス・オブ・ライフ

 
注)編集部のアドバイスにより、問題解決し、YOUTUBE動画が埋め込めるようになりました。関連動画を見たい方は、太字部をクリックすれば、従来どおり、YOUTUBEページへジャンプします。

「ボサノバはお好き?」(1)~(3)についても画像を埋め込んでおきましたので、ごらんください。 

 

 



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