JAZZYな生活

プレミアムエイジ ジョインブログ

整いました? X’masの準備

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地域の子ども達に遊びや工作を教える活動、今月12月は、毎年お決まりのテーマで、クリスマス・リースやサンタ・クロースや雪だるまなどのオーナメント作り。これは、子ども達にいつも人気のテーマ。そして子どもと一緒に、お母さん方の参加が多いのも特徴である。事前に我々が準備した80セットほどのリースづくりの土台になる輪やオーナメントの工作材料は、早いうちになくなってしまった。この日だけは我々が手伝わなくとも、子ども達は自分たちで華やかなリースを作ってくれる。これで子ども達の部屋はクリスマスの準備完了である。

すこし早いですが、ちょっとだけX’masの雰囲気を味わえるJAZZアルバムを紹介しましょうか。いわゆる「X’masアルバム」ではなくて、ノーベル平和賞が話題になっている北欧ノルウェイを代表する歌姫「カーリン・クローグ/Karin Krog」の「G線上のアリア/(原タイトル)Bluesand」。「カーリン・クローグ」がイギリスの音楽家でSAX奏者、「ジョン・サーマン/John Surman」と組んだ異色アルバム。バッハのタイトル曲以外は全曲二人の共作によるオリジナルで、JAZZ、前衛音楽、クラシック、現代音楽、民俗音楽など、いろいろの要素が盛り込まれており、JAZZというカテゴリーだけでは括れない。しかし、紛れもなくヨーロッパJAZZであり、深い静けさや祈りさえも感じさせるアルバム。一種のヒーリング・ミュージックといってもいいが、それを超えて、深くて質の高い音楽性を感じさせるアルバムである。冒頭のバッハの「G線上のアリア」は特に印象的で、「月桂冠」がかってそのCMで使った歌唱といえば、ご記憶の方もあるかもしれない。



G線上のアリア  カーリン・クローグ / キングレコード

問題のビデオ

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例の流出した尖閣諸島での中国漁船衝突ビデオの転載コピーです。YOUTUBEで見られますが、ここまで拡散してしまえば、もう止められないでしょう。政府がなぜこの映像を公開しないのか理由がわからないとともに、公開しないと決めたなら、この政府の情報管理のルーズさはもはや危機的です。

尖閣諸島中国漁船衝突事件 流出ビデオ 1/6  
尖閣諸島中国漁船衝突事件 流出ビデオ 2/6  
尖閣諸島中国漁船衝突事件 流出ビデオ 3/6  
尖閣諸島中国漁船衝突事件 流出ビデオ 4/6 よなくにと衝突  
尖閣諸島中国漁船衝突事件 流出ビデオ 5/6  みずきと衝突 
尖閣諸島中国漁船衝突事件 流出ビデオ 6/6  

ふるさとエレジー(3) ~苦悩する地方出版社~

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実家でTVを見ていたら、長野県にある地方出版社が経営の危機に喘いでいるというニュースを特集で報じていた。信州を出て、他県に移り住んでみれば分かることなのだが、長野県には、地方出版社、いわゆる郷土の出版社が結構多いように思う。その出版されるカテゴリーも、街角の本屋さんをのぞいてみればすぐ分かるが、観光、山岳、自然、歴史、民俗学、考古学、民話 ・・・・ など多岐にわたっていて、実家にも相当数、我が家にも何冊かそんな郷土の出版社の本がある。「信州人は本好き」とよく言われるが、そんなことも関係しているのかもしれない。そして長野県は「岩波茂雄」(岩波書店創業者)、「古田晁」(筑摩書房創業者)、「大和岩雄」(大和書房・青春出版社創業者)などの有名出版社の創業者を輩出している事でも知られている。

2005年、長野県には、30社ほどの地方出版社があったが、2010年には25社に減ってしまったという。原因は「本離れ」による地方の書店、本屋さんの衰退、廃業が大きいという。確かに中央の出版社のように流通NETを持っていないので、本屋さんの廃業は経営を直撃するのであろう。残った出版社も深刻な経営危機に見舞われているという。しかし、番組ではそんな中で、新しい販路や、インターネットや情報NETによる流通sys、i-Padのような電子書籍を模索する出版社の試みを紹介し、希望をつなげていたのが印象的であった。
 
確かに大手出版社の殆どは東京に存在し、強力な流通NETを持っている。極端に言ってしまえば、すべての情報は東京に集中しているといってもいい。しかし逆に、衣・食・住など人の生活基盤を支えているリアリティは地方、田舎にあるのである。「おいしいリンゴは全国のどこにあるか」という情報は東京にあるが、「おいしいリンゴそのもの」や「そのリンゴはどうおいしいのか」、「どうつくられているのか」という情報は田舎にあるのである。インターネットや情報NETの進展によって、読者の興味、知的好奇心とそれを満たしてくれる地方発の現場やその情報がダイレクトにうまくマッチングすれば、まだまだ地方出版社にも生き残っていく術は十分ありそうにも思われる。

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情報技術の進歩が、ワープロ、編集、印刷など書き手や出版社側のあり様を変えてきたように、今後は情報検索、本の電子配信、NETショップ ・・・ などが、著者、出版社と読者とをダイレクトに結んで、革新的にその関係を変化させてしまうのではなかろうか。これは、NET通販やB to Cと同じように、地方の出版社や無名の著者達にもチャンスであるに違いないと思うのだが。

今年創業70年を迎えるという筑摩書房。その雑誌「展望」の編集長であった「臼井吉見」の著作に「安曇野」全五巻がある。「信州・安曇野に吹き起こる新風-”新しい女”相馬黒光とその夫愛蔵、先駆的思想家木下尚江、クリスチャン井口喜源治、天才彫刻家荻原守衛ら新文化創造の鋭気漲る明治30年代から昭和にいたるまでの人と社会を描く大河小説」。我が母校の先輩たちが実名で登場する大河小説であるが、その膨大な量に圧倒され、読むという気力が湧かなかったが、偉大なる先輩達に敬意を表し、意を決して読もうと思う。



安曇野 全5巻セット限定復刊  臼井 吉見 / 筑摩書房

 ところで、「春は名のみの風の寒さや ・・・ 」という「吉丸一昌」作詞、「中田 章」作曲の「早春賦」という歌をご存知でしょう。この詩は、「安曇野」の早春の風景を詠んだものらしく、春の訪れを待ちわびる安曇野の人達の心が描かれている。長野県南安曇郡穂高町(現在、安曇野市)穂高川の右岸に、歌碑が建立され、毎年4月29日には「早春賦祭」が開催され、この歌が献歌されている。(参照拙ブログ「早春賦」

少し季節外れですが、観てみますか?春の季節の「早春賦」の歌碑を。かすかに聞こえるオルゴールが「早春賦」のメロディを奏でている。この暑さ、一服の涼にでもなれば ・・・ 。

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そして聴いてみますか? 「早春賦」。 もちろんエレジーではないが、多分日本人ならだれでも小学校で歌ったことがあり、誰の心にも感動を呼び起こす日本の故郷の歌、そしてわが故郷の歌。

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祈りのかたち ~ 路傍の神「道祖神」 ~

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私の故郷である信州・松本や安曇野の野辺にはたくさんの道祖神(どうそじん)があることで知られている。写真のものを始め、実家の近辺にも、5、6体の道祖神があり、ウォーキングの際の楽しみともなっている。松本市には、旧農村部に約370体、安曇野市には、約400体の石像道祖神があり、日本でも有数の道祖神地域であるそうだ。

しからば、道祖神とは何であろうか? 「路傍の神」である。集落の境や村の中心、村内と村外の境界や道の辻、三叉路などに置かれているが、その起源はよく分かっていないようである。集落と神域(常世や黄泉の国)を分かち、過って迷い込まない、禍を招き入れないための結界という説もあり、主に石碑や石像の形態で祀られる。男女が遠慮がちに寄り添って立つもの、何気なく手を握るもの、堂々と腕を組むもの、ぐっと抱きしめるものなど、その姿態はさまざまであるが、実家近辺で見かけるものは、大抵、男女一対が手をつないだり、並んだりしている。 村人たちが五穀豊穣、無病息災、子孫繁栄を祈願するもっとも身近な神として、具体的な男女像を祀ったものという素朴な解釈でいいのではないかと思う ・・・ 。

「安曇野(あづみの)」という言葉を聴くと、私なんぞは独特の「郷愁」というか、空気、匂い、風や空の色などまで含んだ故郷への想いを感じてしまう。それは故郷を離れた者の身勝手な想いといわれればその通りであるが・・・。

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安曇野は、長野県中部にある松本盆地のうち、梓川・犀川の西岸(押野崎以南)から高瀬川流域の最南部にかけて広がる扇状地全体を総括している。語源は古代にこの地に移住してきた海人族「安曇」氏に由来する。安曇氏はもともと北九州の志賀島周辺を本拠地としていたが全国に散らばっていった。穂高神社は信濃の安曇郡に定住した安曇氏が祖神を祀った古社であり、志賀島から全国に散った後の一族の本拠地はここだとされる。「安曇野」が指し示す範囲としては、明確に画定された線引きは無いが、概ね安曇野市、池田町、松川村の3市町の他、さらに松本市梓川地区(旧・梓川村)、大町市の南部(常盤・社地区)まで含まれることもある。古くは安曇平(あづみだいら)と呼ばれていたが、臼井吉見の小説「安曇野」によって有名になり、この名称が定着した。(Wikipedia参照)

母校の大先輩でもある「臼井吉見」氏の小説「安曇野」は、激動の明治から昭和を描く本格的大河小説である。オリジナル全五巻を実家に持っているが、この大長編、読み通すだけの覚悟と気力、体力が未だ湧いてこないのだ ・・・ 。

主人公は実業家の「相馬愛蔵・相馬良(黒光)」夫妻、彫刻家の「荻原碌山」、教育者の「井口喜源治」、社会主義者の「木下尚江」、そして終盤で登場する作者本人の母校の先輩、計6人。木下と良を除く4人の故郷である安曇野と相馬夫妻が東京本郷で起業した「新宿・中村屋」の物語に、作者の戦中戦後の回顧録を併せて、広く明治から昭和中期にかけての日本を描いている。

安曇野 全5巻セット限定復刊  臼井 吉見 / 筑摩書房

新宿・中村屋は、昭和2年喫茶部を開設するにあたり、インド独立の志士、ラス・ビハリ・ボースから教わった純インド式カリーを日本で始めて発売したという。独立運動のため英国政府に追われたボースは、大正4年日本に亡命、頭山満、犬養毅らが抗議や救いの手を差し伸べた。とりわけ中村屋創業者「相馬愛蔵・相馬良(黒光)」夫妻は中村屋の店でボースを匿い、やがてボースは相馬夫妻の長女・俊子と恋におち、結婚し、日本に帰化する ・・・・。それはまた別、もう一つの大河物語である。

自宅近くの中村屋のレストランで「純インド式カリー」を食したが、「恋と革命の味」のほか、ほのかに「安曇野」の味もしたような気がした。

キュートで、コケティッシュな白人美人ヴォーカリスト「スー・レイニー/Sue Raney」による「My Prayer」」(私の祈り)。「ザ・プラターズ」で大ヒットした曲をしっとりとした情感で歌う。抜群の雰囲気でジャズ・ヴォーカル史に残る傑作は、雨をテーマにした詩情溢れる名盤「雨の日のジャズ/Songs For A Raney Day」。「Rainy」と「Raney」とをかけ、雷鳴で始まり雷鳴で終わるこのアルバム、1959年録音ながら古臭さはまったくなく良き時代のJAZZの香り溢れる名盤。
 
 

雨の日のジャズ  スー・レイニー / EMI MUSIC JAPAN(TO)(M)

聴いてみますか? 「スー・レイニー」の「September In The Rain」。

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ご存知、人気ピアノ・トリオ「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ/Europian Jazz Trio」がおなじみのクラシックの名曲をJAZZ演奏したアルバム「天空のソナタ」から「乙女の祈り/The Maiden’s Prayer」。

 

天空のソナタ

ヨーロピアン・ジャズ・トリオ / エム アンド アイ カンパニー

 

60歳過ぎたら聴きたい歌(60) ~ いとしのマックス ~

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懐かしい名前を聞いた。「荒木一郎」が最後になるかもしれないコンサートを開くという。1944年生まれ、今年66歳。1963年、NHKの連ドラ「バス通り裏」で知られるようになった、俳優、歌手、音楽プロデューサー。フォークやGS系でなく、むしろ「加山雄三」に近いPOPS系のシンガー・ソングライターの先駆者である。代表的なヒット曲に、「空に星があるように」(1966年)、「今夜は踊ろう」(1966年)などがあるが、私にとっては、昭和42年(1967)リリースされた「いとしのマックス」が一番思い出の多い聴きたい曲である。昭和42年といえば、大学で学生バンドを組んでいた時期。ダンス・パーティでは「ゴー・ゴー」が人気のダンス。私の青春にもお決まりの物語があった。我々のバンドのレパートリーではなかったが、その哀愁のロック・ビートには甘酸っぱくて懐かしい想い出やほろ苦い後悔が詰まっている。
 

エッセンシャル・ベスト   荒木一郎 / ビクターエンタテインメント

 

【 いとしのマックス <マックス・ア・ゴーゴー> 】   荒木一郎 作詞/作曲

「♪ 真赤なドレスを君に     作ってあげたい君に
   愛しているんだよ      素敵な君だけを
   Hey Hey Macks     Won’t you be my love
   そして君と踊ろう

   真赤なドレスを君に     着せてあげたい君に
   それが夢なのさ        素敵な君のため
    Hey Hey Macks     Won’t you be my love
   そして君と歩こう

   Macks 淋しいんだよ    Macks 抱いてほしいのさ
   Do Do Do Do ・・・・     ゴー

   真赤なハートを君に     捧げているんだ君に
   わかってほしいのさ      素敵な君にだけ
   Hey Hey Macks      Won’t you be my love
   こよい君と踊ろう                           ♪」

 

聴いてみますか?「いとしのマックス」。
 
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天空のソナタ  ~里山のエドヒガン~

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今年の花見のなかでは、多分昨日が天気といい、暖かさといい、たった一日だけあった絶好の櫻日和だろうか。ご近所の公園では、待ちかねたかのように子供づれの大勢のお母さん方がお弁当を広げていました。櫻も見ごろは今週限り、こんないい日に家にいる手はないとばかり、買い物もかねて、近所の里山一円をドライブ。造成中の住宅団地には新築の家もちらほら、そして引越しの車もいくつか見かけた。その後ろの里山には、まるでパッチワークのように山桜が浮き出ている。櫻の季節と共に迎える新生活、映画のワンシーンの様であった。
 

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里山の谷を覆う山桜ももう満開。

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黒川・櫻の森に群生する「エドヒガン」は、今年もその霞みのような可憐な花が満開、山桜と合わせて見事なパッチワークで私を迎えてくれた。この櫻の森の整備をしてくれるボランティアの皆さんに感謝。

 

 

 

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そして、いつもはボランティアのフィールドである一庫公園、今日は櫻ウォーキングを楽しむために訪れてみました。公園の片隅に咲く小振りのソメイヨシノが、凛としてこれも見事なたたずまい。そして散策路には、櫻と同居して山躑躅(やまつつじ)の仲間、三つ葉ツツジがいっぱいの花をつけていた。
 

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すっくとそびえるエドヒガン。その拡がる枝先にまるで霞みのように煙る櫻の花を見ていると、天空からソナタが聴こえるような気がする。「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ」のクラシック集「天空のソナタ」。ナチュラルで透明感あふれ、気品のある香り漂うEJTの世界は「エドヒガン」にこそふさわしいと思える。
 
 

天空のソナタ

ヨーロピアン・ジャズ・トリオ / エム アンド アイ カンパニー

聴いてみますか?「ラ・カンパネラ」。 
 

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科学者?芸術家?音楽家?スパイ?天才? テルミンの数奇な人生

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「テルミン/Theremin」という楽器があるのをご存知だろうか? 今はやりの「ゆるキャラ」みたいで、楽器の名前としてはやや違和感があるのだが、テルミン(テルミンヴォックス)は、1920年にロシアの発明家「レフ・テルミン」が発明した世界初の電子楽器である。私はずっと昔にTV番組か何かで見て興味をそそられたが、その詳しい原理や演奏法、発明者などについては、そのときは分からずじまいだった。手をかざして音を出す奇妙な「謎」の電子楽器をその後、実際に見たり、演奏に触れる機会もなく、楽器として普及しなかったため、テルミンのことはずっと忘れていた。最近、図書館で偶然に「テルミン」についての本を見つけ、忘れていた興味が頭をもたげてきたのだ。その本は、自身もテルミンの演奏家でもある「竹内 正実」著、「テルミン エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男」。本には「レフ・テルミン」の以下の数奇な運命が書かれていた。かって抱いた疑問や謎が一挙に氷解したのだ。少し長くなるが抜粋、引用しよう。きっとその数奇な人生に驚かれるはずだ。

「レフ・セルゲーエヴィチ・テルミン/Lev Sergeyevich Termen」(1896年-1993年) サンクトペテルブルクで生まれる。母の影響で音楽に親しみ、高校在学中はチェロを学ぶ。1914年にペトログラード大学に入学、物理学と天文学を専攻、1917年のロシア革命では赤軍に参加する。ロシア内戦の収束後、ペトログラード物理工科大学で主任研究者として働き、そこでテルミンはテルミン・ヴォックスの元となる現象を発見、1920年にテルミンを発明した。1922年にはレーニンに招かれ、その前でテルミンを演奏したという。この時期、テルミン・ヴォックス以外にも、1926年に当時最高水準の機械・光学式テレビジョンの開発に成功し、科学技術史に重要な功績を残した。走査線は64本、1.5×1.5mのスクリーンに鮮明な画像を映し出したというが、TV技術史にその名は記されていないという。私生活では1921年にエカテリーナと結婚した。 ヨーロッパでテルミン・ヴォックスのデモンストレーションのための演奏旅行を行なった後に渡米し、1928年にニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団と共演。1929年に米国でテルミンの特許を取得した後、製造・販売権をRCAに譲渡する。

1930年代にニューヨークに研究所を設立し、テルミンの更なる発展と、その他の電子楽器などの発明に乗り出し、中でも「ヘンリー・カウエル」のためにリズミコン(Rhythmicon)を発明。1930年に10人のテルミン奏者がカーネギー・ホールに集って演奏会を行なった。それから2年後にはテルミン自身が、テルミンや、チェロに用法の似たフィンガー・ボード・テルミンなどの電子楽器からなる、世界初の電子楽器オーケストラを指揮した。

テルミンは、「ジョセフ・シリンガー(Joseph Schillinger)」や「アルバート・アインシュタイン」など、当時の進歩的な知識人や作曲家・音楽理論家から助言を受けると共に、ロシアからの移民仲間で、テルミン演奏家の「クララ・ロックモア」とも一緒に活動を行なった。さらに舞踊音楽におけるテルミンの利用にも興味を寄せ、アメリカ・ネグロ・バレエ団のプリマである「ラヴィニア・ウィリアムズ」と恋仲になり、最初の妻とは離婚、反対を押し切って結婚する。

1938年に妻ラヴィニアを置いて一人でソ連に戻るが、当時はどのような状況で帰国したかが謎であったが、後年になってテルミンがKGBのスパイによって拉致され、祖国に送還されていたとの事実が明るみに出た。ソ連に着いてしばらくはレニングラード内では自由に行動できたが、1938年3月、滞在中のホテルで「反革命組織への参加」の罪で逮捕された。ブトイルカの収容所に投獄され、その後シベリアで強制労働に就いていた。西側ではテルミン処刑のうわさが広く出回ったにもかかわらず、実は数ヶ月で強制労働の免除の後、科学者や技術者が研究開発に使役される特殊収容所内で、科学者や技師とともに数々の研究開発(爆撃機や盗聴装置の開発)を命ぜられていたのである。1947年にテルミンの刑期は終了したが、引き続きKGB管轄の秘密研究所での仕事を強いられた。この年にテルミンは当時26歳のマリアと結婚し、双子の娘をもうけた。
 

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(最晩年、亡くなる20日前に撮影された写真)

スターリン死後の1956年までテルミンの名誉回復はなされなかった。晩年は自動ドアの最初の自動検知器を発明し、初期の盗難警報機の開発に取り組んだ一方で、「レーニン蘇生計画」を作成して理解者だったレーニンを蘇生しようと考えていた。1964年に秘密研究所を去り、モスクワ音楽院の音楽音響研究所で研究員として働く。1967年にアメリカのジャーナリストに見つかり、ニューヨーク・タイムズにより西側にテルミンの生存をスクープされると、モスクワ音楽院はテルミンを解雇するが、教え子の援助によりモスクワ大学物理学部の音響学研究室で実験機器の製作をする仕事に就いた。1970年代の半ばに、親戚の9歳の娘「リディア・カヴィーナ」にテルミンの奏法を仕込み、彼女は現在、世界で最高のテルミン奏者の一人と認められている。

ペレストロイカにより再び国外にでることが可能になり、1989年6月にフランスで開催されたコンサートに参加。1991年にアメリカ合衆国を再訪し、「クララ・ロックモア」との再会を果たして数々の演奏会を行うも、かつての妻「ラヴィーナ・ウィリアムズ」は、1989年にすでにこの世の人でなくなっていた。その後ロシアに帰り、ソ連崩壊から約1年後の1993年にモスクワにて他界、その数奇な人生を閉じた。97歳であった
(竹内正実著『テルミン エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男』、Wikiediaなどより抜粋、引用)
 

テルミン―エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男

竹内 正実 / 岳陽舎

 
「レフ・テルミン」は、ドキュメンタリー映画となり、2001年に公開され話題となった。この映画で「スティーヴン・マーティン」監督は1994年のサンダンス映画祭の覇者となった。映画の登場人物は、「クララ・ロックモア」や「リディア・カヴィーナ」のほか、電子楽器の発明家「ロバート・モーグ」や、音楽理論家「ニコラス・スロニムスキー」などに加えて、ほかならぬ「テルミン」その人であった。
 

テルミン ディレクターズ・エディション [DVD]

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 このDVDには、世界的に有名な女性テルミン演奏家の「クララ・ロックモア/Clara Rockmore 」やテルミンの一族である「リディア・カヴィーナ」の演奏DVDがセットされているので、世界最高峰のテルミン演奏が聴ける。(別に単独リリースもされている)

テルミン演奏のすべて ~クララ・ロックモア&リディア・カヴィナ~ [DVD]

PI,ASM

とにかく、テルミンの音を聴いていただこうか。なんとYOUTUBEに「クララ・ロックモア」の動画があったのだ。その「クララ・ロックモア」が演奏する”Song of Grusia” (ラフマニノフ作曲)。 演奏終了後画面下部のメニューにより他の曲も聴けます。

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テルミンという楽器の最大の特徴は、テルミン本体に手を接触させることなく、空間中の手の位置によって音程と音量を調節することである。テルミンの本体からは、通常2本のアンテナがのびており、それぞれのアンテナに近付けた一方の手が音程を、もう一方の手が音量を決める。わずかな静電容量の違いを演奏に利用するため、演奏者自身の体格・装身具などによる静電容量の違いをはじめ、演奏環境に依存する部分が大きく、演奏前に綿密なチューニングを必要とするなど、安定した狙った音階を出すには奏者の高い技量が要求され、演奏には熟練を要するという。一般的なテルミンの音色は純粋な正弦波に近いため、ミュージック・ソーに似ている。「暖かく、優しい」、「癒しになる」という人もいる一方で、そのゆらめく音色から不安や恐怖感が生まれ、恐怖映画やSF映画の効果音としても使われてきた。(たとえば、ヒッチコック監督「白い恐怖」など) 

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シンセサイザーで有名なモーグ社製テルミンのキットのテルミンの音程を生成する部分にはコルピッツ発振回路のようなコンデンサをもつ高周波の発振回路が2つ組み込まれ、これらはわずかに違う周波数を持つよう調整される。これらの発振回路の出力を組み合わせ、それが発生する低周波の可聴域のうなりを音に変換するのがテルミンの原理である。一方の発振回路のコンデンサ部分はアンテナの1本に接続されており、このピッチ・アンテナに手をかざして手とアンテナとの間の距離を変えると、静電容量が変化して発振周波数が変わる。これにより、うなりの周波数も変化して音程も変わることになる。もう一方のヴォリューム・アンテナによる音量の変化も、同様に2つの発振器と静電容量変化により発振周波数が変わることを利用している。それをスピーカーにつないで音を出させるのである。原理が簡単なため、電子楽器初期のころは雑誌に自作の記事がよく発表されたという。(竹内正実著『テルミン エーテル音楽と20世紀ロシアを生きた男』、Wikiediaなどより抜粋、引用)

こんな話を知ると、どうしても、もう一人の科学者を思い出してしまう。人類の技術の発展に多大な貢献をしながら、歴史の歯車の中で、キワモノ或いは山師的な扱いを受け、評価されないまま消えていった科学者「ニコラ・テスラ」であるが、彼についての話はまたそのうちに ・・・。

先にあげたテルミンの伝記の著者でもあり、「リディア・カヴィナ」から演奏の指導を受けた日本でも数少ないプロのテルミン演奏家でもある「竹内 正実」氏のアルバムがある。
 

VOCALISE

竹内正実 / bootrecord

 

そして、「竹内正実」がテルミンで奏でるサン・サーンスの「白鳥」。 テルミン本体のボックスから垂直と水平に突き出したアンテナなどその外観と演奏方法ががよく分かる。

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実際に自分で作って演奏したい人は、「大人の科学マガジン Vol.17」にテルミンMiniのキットがついているし、本格的なテルミンもNETで購入できるようです。

大人の科学マガジン Vol.17 ( テルミン ) (Gakken Mook)

大人の科学マガジン編集部 / 学習研究社

 

 

 

ご近所の紅葉

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我が家の近所はどこへ行っても紅葉一色 ・・・。

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                   三田;西国三十三ヶ所観音霊場番外札所、花山院

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                         池田;太閤秀吉ゆかりの久安寺



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