JAZZYな生活

プレミアムエイジ ジョインブログ

自分で打った麺で冷やしぶっかけを作り、涼を味わう

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今日は月一の子供たちとのイベントの日。メニューは定番の木工細工と手作りの冷やしぶっかけ饂飩である。梅雨明けやらず、朝方はまだ小雨の残る中、4家族ほどが参加した。いつもの木工細工の後は、子供たちも自分で打った麺で冷やしぶっかけ饂飩を作り、涼を味わう。

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レシピも作り方も至って簡単。厚さ0.3mm程度のやや丈夫目のポリ袋に200g(2人分)の中力粉と90cc(梅雨時は87cc)の水、さらに塩少々を入れ、袋を風船状にして粉と水がフレイク状になるまでシェイクする。空気を抜いてしっかりと捏ねる。袋から取り出し、綿棒、片栗粉で薄くのばす。(厚いと麺が太くなり、茹でる時間がかかる)包丁あるいは道具で裁断する。これで手打ち麺はできた。

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たっぷりのお湯で茹でて、茹で上がったら水で締める。トマト、ゆで卵、きゅうり、ハムなどをお好みのものをトッピングし、ぶっかけの出汁をかければ、涼味満点の冷やしぶっかけ饂飩の出来上がりである。プリプリの腰の強さに子供たちもびっくり。

Anna Maria Jopek

さて今宵のディーヴァは、2011年以来新譜が出ておらず、すこしイライラしながら新しいアルバムを待ちわびているポーランドの歌姫「アンナ・マリア・ヨペック/Anna Maria Jopek」。2012年、ちょうど4年前の夏に彼女のアルバム、「ウポイエニェ/Upojenie (Ecstasy) 」と出会い、その夏はすっかり彼女にはまってしまった夏であった。(参照拙ブログ「ポーランドの癒し姫にはまりそう」「ふるさとエレジー(16) ~栄華のなごり~ 」 などなど多数)

久しぶりに聴きたくなった涼味満点のアルバムは、「ソブレメサ/Sobremesa」。この美しい言葉は「デザート」という意味らしいが、彼女のHPのキャッチには、「それは音に込められた幸せ/デザート」とあった。

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「アンナ・マリア・ヨペック」の第二の故郷となったリスボンからのストーリー。ポルトガル、アンゴラ、ブラジル、カーボベルデ諸島などポルト ガル語文化圏からの珠玉の曲集。漂うサウタージ。ファドの王子「カマ ネ/Camané」、カーボベルデ諸島にルーツをもつカリスマ・シンガーの「サラ・タヴァレス/Sara Tavares」と「ティト・パリス/Tito Paris」、ポルトガル伝説の歌手「パウロ・デ・カルバーリョ/Paulo De Carvalho」などが参加している。すっと汗が引いて、大西洋に沈む夕陽でも見ているような気分になる涼味満点の一枚。

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Anna Maria Jopek / Universal Poland


「Anna Maria Jopek – Tylko tak mogło być」

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「Anna Maria Jopek – Sodade」

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「Anna Maria Jopek & Camané – Noce nad rzeką」

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「Anna Maria Jopek feat. Luis Guerreiro – Spójrz, Przeminęło」

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冬を乗り越えて

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冬の寒さへの後戻りを繰り返しながらも、着実に春に向けて進んでいるようだ。一昨年、遊びの山で採取したエドヒガンの実をプランター直播きしてから、昨年春に芽が出たものポットに移し、30数本を実生苗として育てていることは、このブログでも何回か紹介した。(参照拙ブログ「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズニ」「桜も雑草もたくましいなあ」「年の瀬という気がしない」 など)

冬を越せるかどうか、霜にやられないかどうか、心配したが、ここまでくればもう大丈夫であろう。健気に新芽が顔を出している。もうしばらく様子をみて、山の養生畑に移そうと思う。さらにそこから山へ返すまで無事育ってほしいものだ。「クロモジ(黒文字)」の新芽も大きく膨らんできた。

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前回に続きノルウェーのジャズ・ピアニスト、「トルド・グスタフセン/Tord Gustavsen」と女性ボーカルのコラボをもうひとつ聴きたくなった。もともと、「トルド・グスタフセン」は、1999年にノルウェーの歌手の「シリ・グジャレ/Siri Gjære」とのアルバムでデビュー。2000年には「パット・メセニー/Pat Metheny」がプロデュースした、「やさしい風につつまれて/Tell me where you’re going」のヒット曲で知られる「セリア(セリア・ネルゴール/Silje Nergaard)のバック・ミュージシャンをしていたというから、女性ボーカルとのコラボは定評のあるところ。

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聴きたいと思ったのは、ポーランドの歌姫「アンナ・マリア・ヨペック/Anna Maria Jopek」とのコラボ。「トルド・グスタフセン」はもちろん、この「アンナ・マリア・ヨペック」も私の大のお気に入りで、一時は集中的に取り上げたこともあった。コラボのアルバムは「ID」。「トルド・グスタフセン」を始め、2013年に亡くなってしまったが、ブラジルのギタリスト、「オスカー・カストロ・ネヴィス/Oscar Castro-Neves 」、チュニジア出身のシンガー兼ウード奏者、「ダフェール・ユーセフ/Dhafer Youssef」、もうひとりの私のお気にりのポーランドのピアニスト、「レシェック・モジジェル/Leszek Mozdzer」、アメリカジャズ界のブランド・ネーム、「ブランフォード・マルサリス/Branford Marsalis」、「リチャード・ボナ/Richard Bona」、「クリスチャン・マクブライド/Christian Mc Bride」など、ジャズ、ボッサ、ワールド・ミュージックのトップ・ミージシャンが名を連ねている。アルバム、「ID」は、2007年にリリースされたが、2008年にインターナショナル版がリリースされ、彼女の名を国際的に一気に高めたという。

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Anna Maria Jopek / Emarcy Import

そのアルバムから、「トルド・グスタフセン」と「アンナ・マリア・ヨペック」のデュオで、「Daleko」を。ポーランド語で、「far away」あるいは「far」という意味だそうだ。

「Anna Maria Jopek & Tord Gustavsen – Daleko (Away)」

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鏡の中の煌き

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最近読んだ本に、ポーランド人の気質について、こんなことが書いてあった。「ラテンの気質を持つスラヴ人、スラヴの中のラテン民族ともいわれる」、「ヨーロッパの中で最も信心深いカトリック国」、「信念を貫く頑固一徹の気質」 ・・・。そして、「ショパンが好きで、ショパンをポーランドの心として愛している」。5年に1回、ショパンの命日である10月17日の前後にわたって、首都ワルシャワで開かれる国民的イベント、「ショパン国際ピアノコンクール」において、「田中希代子」(1955)、「中村紘子」(1965)、「内田光子」(1970)あたりから、毎回のように日本人が上位に入賞しているが、「なぜ東洋の異文化の国が、あれほどまでにショパンを理解でき演奏できるのだろうか」という感嘆の声と同時に「不思議だ」という声も多く聴くという。
 

善意の架け橋―ポーランド魂とやまと心

兵藤 長雄 / 文藝春秋


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さて、「アンナ・マリア・ヨペック/Anna Maria Jopek」。ポーランドを愛し、ポーランドの魂を歌う歌手。この本を読みながら、私が勝手に想像しているヨペック像を思い浮かべ、「うんうん」とうなずく箇所が何度かあった。私が把握している限りでは、ゲスト・ボーカルやコンピを除くと、CD・DVDリリースは全23作。再発、組版、バージョン違い、DVDなどを除くと実質、17枚くらいであろうか。その大方を聴いてみたのだが、「ポーランド語で歌う」、「いわゆるスタンダードは歌わない」ということもあるが、彼女を単なる「JAZZ歌手」というようにカテゴライズできない。やはり「ヨペック・ワールド」としか、カテゴライズできないことを改めて認識したのである。

その中で、最新三部作、「HAIKU(俳句)」、「Sobremesa」、「POLANNNA」が、いずれも甲乙つけがたい最高傑作ではないかと思う。それに、ヴィジュアルな魅力とヨペック・スタイルを完成させたといっていい、「ファラット/Farat」(2004)、「パット・メセニー/Pat Metheny」とのコラボにより世界への道を開いた「Upojenie」(2008) 、そして初期の総集編で今のスタイルの原型といってもいい、「Nienasycenie」(2002)あたりを、その次に加えてもいいかもしれない。

さて、その三部作の個々については、拙ブログや風呂井戸さんのブログ記事(参照;アンナ・マリヤ・ヨペクの近作3部作アルバム検証シリーズ、「アンナ・マリア・ヨペクAnna Maria Jopekの魅力と日本(和)の世界の合体 : 「HAIKU(俳句)」」「POLANNA」;「3部作「POLANNA」・「HAIKU(俳句)」・「SOBREMESA」それぞれの完成度の高さに圧巻」「SOBREMESA:締めくくりのポルトガル文化から生まれた世界は」などにくわしいので、そちらを参考になさってください。

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ヨペクのこの最新3部作は、「LUSTRA」というタイトルのBOXセットでもリリースされている。3部作は、いずれもリリースが、2011年10月10日の同時発売、そしてBOXセットは、10月26日となっている。このことからすれば、やはり、この3部作は、ワン・セットとして考えるべきであると思う。さすれば、「POLANNNA=波蘭(ポーランド)」、「Sobremesa=葡萄牙(ポルトガル)」、そして「HAIKU=日本」をテーマに選んだ意味が、そこにはあるはずである。「LUSTRA」とは、ポーランド語で「鏡」という意味。そのタイトルにこそ込められた意味合いを探るヒントがあるのではないだろうか。「Sobremesa」が、ポルトガルは世界遺産の街「シントラ」での録音、あとはワルシャワでの録音であるが、「HAIKU」が2010年11月、「Sobremesa」が2011年2月、「POLANNNA」が2011年4月となっている。スタジオやアーティストの都合などがあるので、順番にはあまり意味がないとは思うものの、「POLANNNA」の録音を最後にしたのは何らかの意味があるような気がする。

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Lustra Box

Anna Maria Jopek / Universal Poland

「ラテンの気質を持つスラヴ人」と呼ばれるポーランド人、国民の90%以上がカトリックであるポーランドとポルトガル、1974年に「カーネーション革命」とよばれる、ヨーロッパ史上最長の独裁体制を打倒し民主化を勝ち得たポルトガル、長い間他国の支配下にあったポーランド。そしてどこかスラブ的な哀愁をもつファド、かってはポルトガルの植民地だったブラジル。こんなことから、ヨペックがポルトガルを第2の故郷と呼び、ファドやボサノバに強い関心を抱く理由も分かるような気がする。

一方、日本。ポルトガルは、かつては大航海時代の先駆者であり、そのためヨーロッパで最初に日本や中国など東アジアとの接触を持った国家である。1543年、種子島にポルトガル船が漂着し、日本に初めて鉄砲とキリスト教が伝えられたとされ、1549年には、「フランシスコ・ザビエル」が来日、徳川幕府によって、キリスト教が禁止され、1639年の鎖国令でポルトガル船の入港を完全に禁止され、オランダにとって代わるまで、日本とポルトガルとは文化的にも宗教的にも唯一深いつながりがあった欧州の異国だったのだ。このことをヨペクは知っていたのだろうか?

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2005年、愛知万博で行われた日本公演で初来日。すっかり日本文化に魅せられたヨペック。そしてショパンを通じてのピアニスト「小曽根真」との出会いがあり、彼女のHPを読むと、その後の数度の来日によって、日本、日本文化に対する関心を高めていったようにも思える。そう考えてみると、3部作のテーマととして、ポルトガル、日本、ポーランドを選んだのも、決して偶然ではないのではと思えてくる。

彼女が内面から強いシンパシーを感じているポルトガル、そしてヨーロッパとは対極、いや異極にあり、その繊細な独自の文化に尊敬を感じている日本。この二つの異文化の「鏡」に自己の音楽観を投影し、その反射光を自らのポーランドという「鏡」に再投影することにより、自己の音楽の再確認と集大成を図ったのではないだろうか。さすれば、この3枚の鏡のようなディスクは、互いに反射しあい、煌(きらめ)きを放ち、聴くものの心にヨペクの魂を映し出すことに見事に成功したといえるだろう。

アルバム、「POLANNNA=Polska + Anna/ポーランドの魂を歌うアンナ」から「Z Tęsknoty. Kujawiak/憧れ。 その旋律」を ・・・。

「♪ Słyszę, że jesteś tu.  私はあなたがここにいると聞きました
   Czuję Cię blisko.     あなたが近くにいるのを感じています
   Czy pozwolisz mi zobaczyć Twoją czułą twarz?  私の愛に満ちた顔が見えますか?
   Brak mi spojrzenia Twych oczu.     私にはあなたの眼が見えません
   Tęsknię za barwą, melodią Twoich słów. 
                          あなたの目の色も声のトーンすらも忘れてしまいました
   Czekam z nadzieją na noc, na sen,  今夜こそあなたに逢えると楽しみにしていたのに
   By w nim móc przytulić Cię znów.    逢ってあなたを抱きしめることができると
   A Ty -      でも、あなた ・・・
   Od lat nie przychodzisz.    あなたは今日もまたこなかった
   Czy nie chcesz, bym pytała Cię,   きっと、あなたは聞きたくないのね
   Jak tam jest?            なぜなの?と私が尋ねるから     ♪」 
                                 (自動翻訳機によるいい加減な拙訳)

「Anna Maria Jopek – Z tęsknoty. Kujawiak」

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Patriotic Song、愛国歌 ・・・ 哀哭歌

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左はポーランドの国旗である。赤白の2色、極めてシンプルなデザイン。この国旗を見た時、「日本とポーランドとはどこかでつながっているのではないか?」と、極めて単純にそう思った。「アンナ・マリア・ヨペック/Anna Maria Jopek」について調べているときのことである。しかし、結果的にポーランドの国旗は「赤い夕日を背景に飛ぶ白い鷲」という建国伝説を紋章にしたということで、「日の丸」とは何の関係もなかったのであるが ・・・。

しかし、調べていて分かったのは、「ポーランドという国は、非常に親日国である」ということ。親日国で知られるトルコよりも、親日度は高いともいう。日露戦争にて小国、日本がロシアを打ち負かしたことを、当時ロシアの支配下にあったポーランドは非常に喜び、現在もポーランドの教科書には、日露戦争について日本の教科書よりも詳しく記述されているという。第2次世界大戦では、ポーランドは連合国側に属しながらも枢軸国である日本にドイツやロシアの情報を情報をもたらしてくれたというし、昨今、ポーランドには日本ブームが到来しており、日本語を学ぶ方も多く、テレビで日本文化を紹介する番組が流れることも少なくないという。日本から見たポーランドは極めて遠い国だが、その距離感は逆で、ヨーロッパにおける日本研究のリーダー的役割を担っているのがポーランドらしい。(Wikipediaより)

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そんなことを知ると、「アンナ・マリア・ヨペック」の2011年のアルバム最新3部作が、ポーランド、ポルトガル、日本と、アルバム「HAIKU(俳句)」で日本をテーマにとりあげたのも、無関係ではなさそうである。その最新3部作の一枚が「POLANNA/ポランナ」。テーマは「音楽におけるポーランド魂の追究」とある。ポーランドの音楽をルネッサンスから現代まで俯瞰した試みで、音楽の中でポーランド遺伝子を取り出すことを目指したという。

さすれば、「大国の狭間と抑圧の中で数々の悲劇に彩られた国、その悲劇を悼む曲が含まれているのではないか」とアルバムを聴いていたら、「多分これでは!」と引っかかってきた曲があった。6曲目、「Dziś Do Ciebie Przyjść Nie Mogę/Czerwone Maki Na Monte Cassino」。極めて甘美で哀切の思いに溢れているスラブ風の二つの曲が、ショパンのノクターンでつながっている。

まったくポーランド語は分からないが、後半の曲のタイトル「Monte Cassino/モンテ・カッシーノ」という言葉にかすかに聴き覚えがあった。たしか、第2次世界大戦の末期、イタリアの「モンテ・カッシーノ」で4ケ月に及ぶ大激戦があったところだ。そこを手掛かりに調べてみたら、果たしてこの曲がその地に因んだ曲であった。

前半の曲「Dziś Do Ciebie Przyjść Nie Mogę(今夜は帰れない)」が、「ワルシャワ蜂起」を、後半の曲「Czerwone Maki Na Monte Cassino(モンテ・カッシーノの赤いケシの花)」が、「モンテ・カッシーノの戦い」を悼む曲であった。前半の曲は国民的愛国歌らしく、YOUTUBEにいくつもアップされている。その動画のバックの映像は、大戦末期、1944年の「ワルシャワ蜂起」に関する映像がほとんどであったことからそれと知れた。森でのゲリラ活動に参加するため、もう恋人に会えないと死を覚悟した反ドイツのポーランド・パルチザンの心情を歌った歌。このワルシャワ蜂起の時、市民の間で歌われたという。驚くことに、この歌を「加藤登紀子」さんが訳し、何人かの日本人歌手が歌っているのです。(参照;「渡辺歌子/今夜は帰れない」「今日は帰れない」など) 本当にびっくりしました。

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「ワルシャワ蜂起」は、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツ占領下のワルシャワで、ロンドンに亡命していたポーランド亡命政権を支持するレジスタンスや市民が、1944年8月にソ連軍の呼びかけにより、ドイツ占領軍に対して起した武装蜂起である。この武装蜂起に結局、ソ連軍が救援せず、約20万人の兵士、市民が死亡して、蜂起は失敗に終わった。そして、その後、反撃に転じたドイツ軍に、ヒットラーはワルシャワの徹底的破壊を命じ、ワルシャワは瓦礫の街と化した。1945年、ナチス・ドイツ敗戦とともに、今度はポーランドはソ連の占領下に置かれたのである。(Wikipedia参照)

「♪ 今夜は帰れない 森へ行くんだ
    窓辺で僕を 見送らないで
      君の眼差しが 闇を追いかけ
        涙に濡れるのを 見たくないから
          涙に濡れるのを 見たくないから
         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   もしも春まで 帰らなければ
     麦の畑に 種を蒔くとき
       僕の骨だと 思っておくれ
         麦の穂になって 戻った僕を
           胸に抱きしめて 迎えておくれ
             胸に抱きしめて 迎えておくれ  ♪」 (加藤登紀子 訳詩)

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そして、「Czerwone Maki Na Monte Cassino(モンテ・カッシーノの赤いケシの花)」。6世紀に起源をもち、古代から中世を通じてヨーロッパの学芸の中心という重責を担っていたというキリスト教の修道院があることで知られた「モンテ・カッシーノ」で、1944年1月17日から5月19日に第2次世界大戦の命運を決める最後の決戦が行われた。双方で10万人を優に超える死者を出したが、ここでの連合国側の勝利によりローマ進軍への道が開けたという。そして、「モンテ・カッシーノの赤いケシの花」は、この戦いにより、もっともよく知られるようになったポーランド軍の歌で、1944年5月、「モンテ・カッシーノの戦い」の最中に、「アルフレッド・シュルツ/Alfred Schütz」によって作られたという。この戦いでもっとも勇敢に戦い、勝利への道を開いたのはポーランド軍であった。いまでも、この戦いにおけるポーランド兵の働きは、ポーランド国民の大きな誇りの源となっている。(写真;モンテ・カッシーノのポーランド人戦争墓地) (Wikipedia参照)

ヨペックはハミングで歌っているが、「モンテ·カッシーノの赤いケシの花」にはこんな一節がある。Googleで適当に翻訳してみた。

「♪ ・・・・・・・・・・・・・・・・ 
   モンテ·カッシーノの赤いケシの花 
      朝露の代わりにポーランド兵士の血を飲んだのだ
        倒れた兵士たちの怒りは 死してもなお永遠に残る
          何年経とうが、このモンテ・カッシーノのケシの花
            年を経てその赤い色は  ますます濃くなる
                ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・    ♪」 
                    (作詞;F.コナルスキ 作曲;アルフレッド·シュッツ)

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振り返って見れば、「ワルシャワ蜂起」は、「アンジェイ・ワイダ」監督の「地下水道」(1956年)で、ドイツ占領下のポーランドの苦しみは、「ギュンター・グラス」原作、「フォルカー・シュレンドルフ」監督の「ブリキの太鼓」(1979年)で、蜂起失敗後のワルシャワの爆撃については、「ロマン・ポランスキー」監督の「戦場のピアニスト」(2002年)で、そしてロシア軍によるポーランド軍将校の虐殺に関しては、「アンジェイ・ワイダ」監督の 「カティンの森」(2007年)で知った。この歌を歌うヨペックの思いに少しでも近づくため、もう一度しっかりと観てみようかと思う。

「愛国歌」は、「哀哭歌」となり、歴史の悲劇は名画や名曲を生む。古くは「原爆許すまじ」、最近では「さとうきび畑」か ・・・。「東北大地震」、「福島原発事故」からは、明日につながるどんな歌が生まれるというのだ。こんな思いを抱いて、ヨペックの「今夜は帰れない~モンテ・カッシーノの赤いケシの花」を聴く。

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Anna Maria Jopek / Universal Poland

この時期、ヨペクのこの歌に強く心を動かされたのも、ロンドン・オリンピック、終戦記念日、竹島や尖閣諸島での領土問題、それにとりわけ私が歳を取ったことと無縁ではなさそうだ。

「Anna Maria Jopek – Dziś Do Ciebie Przyjść Nie Mogę/Czerwone Maki Na Monte Cassino」

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