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シャルル・アズナヴール逝く ~ これで3人とも鬼籍に ~

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 フランスを代表するシャンソン歌手の「シャルル・アズナヴール/Charles Aznavour」が亡くなった。94歳だった。1924年、アルメニア系移民の両親のもと、パリで生まれ、幼少から俳優と歌手を志して、パリの小さな舞台で日銭を稼ぎ、1946年、シャンソン歌手、「エディット・ピアフ/Édith Piaf」に見込まれて前座で歌い、名が知られるようになった。

 いままで1400曲以上のシャンソンを書く傍ら、俳優としても大いに活躍。低くて渋いしゃがれ声が特徴で、今年の9月には、94歳という高齢で来日し、休憩なしの2時間、2日間のコンサートを開いたばかりだった。

 つい最近、このブログでも取り上げたばかりであるが、ジャズ好きの私にとっても、もう残念なことに二人共すでに鬼籍に入ってしまった、「アンリ・サルヴァドール/Henri Salvador」、「ピエール・バルー/Pierre Barouh」とならんで、気にかかる存在だった男性シャンソン歌手であったが、これでもう3人とも鬼籍に入ってしまった。(参照拙ブログ 「台風直撃の日は ・・・ 」

 代表曲、「ラ・ボエーム/La bohême」を。フランス語はさっぱりですが、「何にもとらわれずに自由に暮らすボヘミアン」という意味のようです。NETで見つけた、自由にお使いくださいという訳を読むと、まだ貧しかったが、心には希望や憧れがあった1970年代の雰囲気や薫りが、立ち上ってくるようだ。

 合掌 ・・・・・。

【 La bohême 】   by Charles Aznavour  

「♪ Je vous parle d’un temps  君たちに昔のことを話そう
  Que les moins de vingt ans  20歳以下の人には
  Ne peuvent pas connaître  わからない話しだろう
  Montmartre en ce temps-là  モンマルトルでは、そのころ
  Accrochait ses lilas       ラィラックの枝の先が
  Jusque sous nos fenêtres   ぼくらの住んでいたアパートの窓まで届いていた
  Et si l’humble garni      家具付きの安アパートだった
  Qui nous servait de nid    そこがぼくらの愛の巣だった
  Ne payait pas de mine     見かけはオンボロだった
  C’est là qu’on s’est connu   そこでぼくらは知り合った
  Moi qui criait famine      ぼくはお腹がすいたと大声を出し
  Et toi qui posais nue      そして、君はヌードでポーズをとっていた

  La bohème, la bohème     ラ ボエーム、 ラ ボエーム
  Ça voulait dire on est heureux  ぼくらは幸せだったってことだ
  La bohème, la bohème     ラ ボエーム、 ラ ボエーム
  Nous ne mangions qu’un jour sur deux  ぼくらは、二日に一日は食う金もなかった

  ・・・・・・・・・・・・・・・      ・・・・・・・・・・・・・・    ♪」 
                                  (訳はNETより拝借)

 グレイテスト・ヒッツ・フォー・ジャパン

 シャルル・アズナブール / EMIミュージック・ジャパン

「Charles Aznavour – La Boheme」

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 若かりし日のライブも ・・・。

「Charles Aznavour – La Boheme」

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