JAZZYな生活

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虫愛でる爺は  ~遠い昔の記憶から~

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 遊びの山のワークショップ。網戸にしっかりしがみついているのは、バッタ目キリギリス科の「ウマオイ(馬追)」。「ハヤシノウマオイ(林の馬追)」、「ハタケノウマオイ(畑の馬追)」と二種類あるようだが、いずれも、鳴き声が、馬子が馬を追う声のように聞こえることから名づけられたという。この「ウマオイ」、その命を終える時が来たようだ。

 子供の頃は、家の近くのどこでも見かけた虫。「ウマオイ」という名より、その鳴き声に由来して、「スィッチョ」という名で呼んでいた。けっこう肉食系の虫なので、虫かごにいれ、他の小昆虫を食べる様や、同じかごの中で、共食いする様を観察するという残酷な遊びも子供の頃はしていた。虫愛でる爺の遠い昔の記憶から ・・・。

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 さて、「スィッチョ」を見て、思い出したのは、「こおろぎのサンバ」。そして、晩秋の夜更けに聴きたくなるのは、男の哀歌、フォルクローレ。南アメリカの音楽を代表する音楽、フォルクローレの最高の巨匠と讃えられ、「歩く大地」と呼ばれたのは、「アタウアルパ・ユパンキ/Atahualpa Yupanqui」。

 牛車、月、こおろぎ、雨、種蒔き、子守唄、風、祈り、夜、光、雪、太陽・・・・・。生活の全てが歌の対象となるフォルクローレの世界。スペイン語など全くわからないのに、そんな世界を代表する「アタウアルパ・ユパンキ」のラテンの哀愁に心奪われたのは、自作のラジオ受信機で聴く音楽に目覚めた中学生の時であった。

 1908年、アルゼンチン、ブエノス・アイレス州の田舎町生まれ。子供の頃家にあった一本のギターにとりこになった彼に、父親はギターを習わせてくれたという。しかし、父を早くに亡くした彼は独力で歩み始め、農夫、肉体労働者から新聞記者、学校の先生、時にはギタリスト、旅芸人といういろいろな仕事を経験した。そして、アルゼンチン全土をくまなく放浪した彼の体なかに、各地の人と暮らした生活に根ざすフォルクローレが、音楽地図として蓄えられていった。1929年、「インディオの小径/Caminito del indio」でデビューし、次第にギタリスト&歌手として頭角を現していくが、1950年代には、その活動が反政府的と目されて、フランスへの亡命を余儀なくされたこともある。私が彼を知ったのはその頃であろうか。「歩く大地」と呼ばれたユパンキ、1992年、84歳でこの世を去った。

 たった一枚持っているベスト・アルバム。その中で歌われる歌の題名や歌詞を見ると、古き日本、日本の民謡に通づるような懐かしさを覚えてしまう。何枚もアルバムが出ているが、この一枚で十分にアルゼンチンの草原に吹きわたる風や、牛を追うインディオの姿が脳裏に鮮やかに浮かび、インディオの魂が聴こえてくる。

ベスト・ナウ

アクワルパ・ユパンキ / EMIミュージック・ジャパン

 「アタウアルパ・ユパンキ」、まずギター演奏で「こおろぎのサンバ/Zamba Del Grillo」から。

「Atahualpa Yupanqui – Zamba Del Grillo」

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 代表作が「ツクマンの月/Luna tucumana」。「ツクマン」とは、アルゼンチンの地方都市、「サン・ミゲル・デ・ツクマン/San Miguel de Tucumán」のことである。

【 ツクマンの月 】   作詞・作曲 アクワルパ・ユパンキ

「♪ ・・・・・・・・・・・・・・・・

   Perdido en las cerrazones      お前が雲にすっぽり隠れてしまったら
   quién sabe, vidita, por dónde andaré ?  私は道に迷ってしまう
   Mas cuando salga la luna     もし月が出たら
   cantaré, cantaré,          私は歌うとしようか
   a mi Tucumán querido,      愛するツクマンに届けと
   cantaré, cantaré, cantaré.    私は歌う、私は歌う、私は歌うのだ

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   En algo nos parecemos      お前と私はどこか似ている
   luna de la soledad,          一人ぽっちの孤独の月よ
   yo voy andando y cantando     私は歌いながら人生を歩んでゆく
   que es mi modo de alumbrar     これが私の光りかたなのだ   ♪」

「Atahualpa yupanqui ― Luna tucumana」

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 これも、代表曲のひとつ、「私は光になりたい/Quiero Ser Luz」。若くして世を去った音楽家の遺作のサンバをユパンキが世に出したという。

「 ♪ 午後の半ばを過ぎると   私には死がやってくる
    私は影になりたくない   私は光になりたい
    そして、そのままとどまりたい  ・・・・・・・・ ♪」

           (「私は光になりたい」 ダニエル・レゲーラ作詞作曲 訳者不詳)


「Atahualpa Yupanqui ー quiero ser luz」

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六十の手習い

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定年後の爺さんたちが集まって、ボランティア活動として里山公園の森の手入れを行っていることは、このブログでもずっと書いてきた。しかし、この爺さんたち、森の手入れに関して何か筋道の立った学習をしたことはない。ましてや、専門的な教育も受けたことももちろんない。先達の手ほどきで、いわば見よう見まねでやってきたというのが実態に近いのだろう。したがって、この公園森の在り方についてそれぞれが様々な価値観やらイメージを持っている。新しくボランティア・クラブをスタートさせるにあたって、この森を、「こういう森にしたい」という目標、動機づけをはっきりさせて活動したい、あるいは新しいクラブ員も含め、私たちが手入れを行っている森に関して実際の管理作業の基準や手順のよりどころなどをまとめた、マニュアルを作りたい。こんな爺さんたちの要望から、マニュアルづくりをスタートさせるために、管理事務所が主催する、森の管理の専門家による調査・管理のセミナーを受けた。

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12月に行われる1日と合わせて2日間のコース、1日目の午前中は里山の基礎について学び、午後は植生調査の実習であった。「Nature/自然」という言葉の定義や意味に関する欧米と日本の違いや、いままでも個人個人がバラバラに持っていた森や里山に対する知識を改めて正しく共有できたとともに、ボランティアなど市民参加型の森の手入れ活動を行い、放置された里山の再利用を図っていくといういわゆる「兵庫方式」についても理解と認識ができた。久しぶりの座学であったが、眠る人もなく、爺さんたちの向学心、ますます旺盛というところ ・・・。午後からは、「植生調査」の実習。植生を数値化することにより、この森のプロフィールが改めて明らかになるとともに、今我々が進めている手入の方向性についても、そう大きく間違っていないということで、自信を持つこともできた。

専門家にきちっと講義してもらっての勉強と実習、「六十の手習い」ではあるが、なかなか心地よいものであった。もちろん、「好きこそものの ・・・・」のたとえもありますが ・・・ 。

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さて、秋に気配が濃厚になってきた夜更けに聴く「男の哀歌」。JAZZをはなれて、アルゼンチンの吟遊詩人、「歩く大地」と呼ばれた「アタウアルパ・ユパンキ/Atahualpa Yupanqui (1908年 – 1992年)を聴いてみたくなる。1929年、「インディオの小径/Caminito del indio」でデビューし、1930-40年代に多くの作品を発表するが、その活動が反政府的と目されて、1950年代初頭にはフランスへの亡命を余儀なくされたこともある。私がこの人を知ったのは高校生の時であった。以来、秋の夜半になると聴きたくなる歌。(参照拙ブログ「男唄に男が惚れて(2)~アタウアルパ・ユパンキ インディオの魂を聴く~」 )

そんな「アタウアルパ・ユパンキ」の代表作が「ツクマンの月/Luna tucumana」。「ツクマン」とは、アルゼンチンの地方都市、「サン・ミゲル・デ・ツクマン」のことである。

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アタウアルパ・ユパンキ
アタワルパ・ユパンキ / 東芝EMI
ISBN : B000064TVX

 
 
【 ツクマンの月 】

「♪ Yo no le canto a la luna       美しく輝いているからといって
   porque alumbra y nada más,    私は月に歌いはしない
   le canto porque ella sabe      月は私の歩んできた人生を
   de mi largo caminar          よく知っていると思うから歌うのさ
   Ay lunita tucumana!          ああ、ツクマンの月よ
   tamborcito calchaquí         カルチャキ族の太鼓の響きよ
   compañera de los gauchos    タフィ(地名)への道を共に行き来する
   en las sendas de Tafí          ガウチョ(遊牧民)たちよ

   Perdido en las cerrazones    お前が雲にすっぽり隠れてしまったら
   quién sabe, vidita, por dónde andaré ?  私は道に迷ってしまう
   Mas cuando salga la luna    しかし月が出たら
   cantaré, cantaré,          私は歌うとしようか
   a mi Tucumán querido,      愛するツクマンに届けと
   cantaré, cantaré, cantaré.    私は歌う、私は歌う、私は歌うのだ
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   En algo nos parecemos      お前と私はどこか似ている
   luna de la soledad,          一人ぽっちの孤独の月よ
   yo voy andando y cantando     私は歌いながら人生を歩んでゆく
   que es mi modo de alumbrar     これが私の光りかたなのだ   ♪」

どこか「高橋竹山」に通ずる雰囲気を感じてしまうのは、思い過ぎだろうか ・・・。

「Atahualpa yupanqui ― Luna tucumana」

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