プレミアムエイジ ジョインブログ

Random header image... Refresh for more!

ラジオ出演

square_large_272bbaa567ffcce9e18e6879f4b5592f[1]

  昨夜、ラジオ番組に出演した。ラジオと言っても、「渋谷のラジオ」という、小さな放送局だったが、初体験だったから興味津々で面白かった。

IMG_1141

IMG_1135

  高校同期のYが司会進行係で、出演者は某大学の理事長、テレビ局の元海外特派員、それと僕の3人。皆んな高校同期ばかり。Yを含めて4人は飲み友達なのだ。

  Yは「お国自慢」という定例番組を任されていて、各県の関係者を呼んでいろいろ地元の話をして貰う生放送の番組である。

  僕らも番組の最初こそ、お国自慢の話しをしたり県歌の「信濃の国」を1番だけ皆んなで歌ったりしたが、あとはいつもの飲み会同様、長野の様々な方言やリンゴの正しい食べ方など話はどんどん脱線して盛り上がって行ったが、全部番組ディレクターが許してくれたから、それがまたいい。

  最後は、高校時代の思い出話しになって、僕が衝撃を受け、ジャズというものに惹かれて行ったキッカケとなった「危険な関係のブルース」(アートブレーキーとジャズ・メッセンジャーズ)の話をしてたら、さっとその曲が流れたり、当時の下校の音楽が「夜空のトランペット」(ニニ・ロッソ)だったことを話したら、その曲が流れるなど結構感動的だった。

  番組終了後は、勿論、当然乍ら4人は居酒屋直行と相成った次第。

IMG_1138

 

2017 年 11 月 10 日   3 Comments

銀座タクト 4回目のライブ

DSC_6070

.            all photo by E.Takano

一昨日のライブの写真を友人が送って来てくれたのでここに掲載させて頂く

  Keiさん主催の「オールディーズ・ライブ・イン・銀座タクト」は今回で4回目となる。毎回バンド・メンバーは一緒で、保山さん(ギター)、竹原さん(ベース)、マコリン(キーボード)、村山(ドラム)の4人組。

  保山さんと竹原さんは、元「シャープ・ファイブ」のメンバーで、プロ・ミュージシャンの世界では名の通った人達なのだ。何年か前に亡くなった安岡力也が4人組のロック・コーラス・グループ「シャープ・ホークス」を率いて芸能界デビューした時、彼らのバックを務めたバンドが「シャープ・ファイブ」だった。当時テレビに頻繁に登場したバンドなのでご記憶の方もおられると思う。最近では梅沢富男や他の歌手の全国ツアーには必ず呼ばれるミュージシャンだ。

  マコリンは元々ジャズ・ピアニストだが、前回からKeiさんに頼まれてオールディーズも演奏するようになった。

DSC_6007

  要は僕だけ全くのアマチュアなのだが、銀座タクトのライブには懲りずに毎回呼んでくれるので、Keiさんには心から感謝している。

  さて、今回のライブに向けては、予定曲が29曲もあるので(オールディーズは1曲が短いのでどうしても曲数が多くなる)、ブレーク・ポイントやリズムの変化、エンディングの仕方などや曲の構成を完全に把握するため、事前の個人練習で身体に覚え込ませる必要があった。

  そして、ドラマーの大事な役割の一つが、カウント出しである。曲が終って、次の曲が思い浮かばないと正しいカウントを出せない。曲名から直ぐにイントロや歌の触りが浮かぶようにしなければならない。これも練習以外ないのだ。

  幸運にも我が家から徒歩30秒の所に貸しスタジオがあるので、1ヶ月前から週3~4回の個人練習を重ねて、本番1週間前の全員による音合わせ(最初で最後の1度だけ。本番当日もリハの時間は取れないとのこと)に間に合わせた。

  しかし、その音合わせでも細かい変更や修正があったので、更に1週間スタジオに通い詰めて準備した。何せ入場料が8千円もするので、「金返せ!」と言われないよう練習量だけは充分に行なったつもりだ。

  さて当日指定の時間に会場入りしたら、Keiさんに「今日は、いつもお世話になっている銀座のママのお店のお客さんで歌手の方が数人来ます。飛び入りで歌って貰うので宜しく」と言われてしまった。

  「えっ!」。少なくともその人達が歌う曲名くらいは知って置きたいよね。Keiさんの返事は「それはその時にならないと分からない」だった。「だけど譜面は持ってくると思うので大丈夫でしょ?」。

  初見でドラムなんて叩けないよ、こっちはプロじゃないんだから、と思いながらも、もうKeiさんがOKしてしまったことだから覆せる話ではなさそうだった。その場で臨機応変にやるしかないと覚悟を決めた。どうか僕が知っている曲でありますように!

  想定外のことを伝えられて不安なライブの幕開けだった。最初は4人のバンド演奏で、まずベンチャーズを2曲。続いて、心に沁み渡るような保山さんのギターで「朝日のあたる家」と「哀愁のヨーロッパ」。何度聞いても引き込まれる。

DSC_6282

.              Keiさん

  ここで、Keiさん登場。「V・A・C・A・T・I・O・N」、「バケーション」でスタートした。3曲歌ったところで、僕が「アンチェイン・マイ・ハート」を歌い、本日のゲストのスミエさんがコニー・フランシスの「ボーイハント」を歌った。スミエさんは、新子安のグレコで「のどごし生バンド」のゲストとして6月と10月に歌って貰ったプロ歌手だ。

  ここでKeiさんが。本日のサプライズと言って、客席から男性歌手をステージに上げた。名前を伊丹幸男(さちお)という。僕は全く知らない歌手だったが、後で聞いたら客の中で彼を知っている人は少なくなかったようだ。

  若い頃はジャニーズ系のアイドル歌手だったらしいが、今や60歳前後のおじさんだ。ただ、現在も現役の歌手としてあちこちに呼ばれて出演しているという。歌は勿論、ステージでの盛り上げ方の見事さは流石と言うに相応しい。

  何を歌うのか不安だったが、彼が選んだ曲は「ダイアナ」と「ルイジアナ・ママ」の2曲だった。OKそれなら僕も大丈夫だ。ホッとした。彼の盛り上げに載せられて、僕も思いっ切りドラムを叩いた。気持ち良かった。

  Keiさんがステージに戻り、4曲歌って第一部を終えた。

  第2部は、ジュリー・メロディーから始まる。「錦糸町のジュリー」こと永井さんの出番だ。最初は、「危険な二人」~「僕のマリー」。2曲目が「ヤマトより愛をこめて」~「勝手にしやがれ」。いつもながら身振り・手振りを交えたジュリー成り切りのワンマンショーは見事なものだ。声も歌い方もジュリーそっくりで上手いから観客を引き付ける。

  ジュリーが終ったところで、また飛び入り出演だ。女性歌手が3人1曲ずつ歌った。一人目は「ロコモーション」、二人目は「スタンド・バイ・ミー」、3人目は「オー・キャロル」だったから、全部知っている曲だ。良かった。ただ、エンディングをどうするかなど、当然何も決めてないので、アイコンタクトで何とか合わせて曲を終えることが出来た。

DSC_5990

  3人の女性シンガーの中で、特に2番目の歌手はライブ終了後、僕に「ゴールデンカップスのエディ藩の前の妻です」と自己紹介してくれた。彼女はステージではティナ・ターナーかと見紛うほどにパワフルなステージを繰り広げてくれた。こういう人のバックで演奏していると、こちらも自然と乗ってしまう。楽しかったなぁ。

DSC_6050

  Keiさんが、ここでもう一度伊丹幸男を舞台に引っ張り出した。彼も一切ノーの素振りも見せず、寧ろ、待ってましたとばかりにステージに飛び乗って来た。僕らバンドに向って「ジョニー・B・グッド、大丈夫ですよね? コードはCで」と伝えた。「ジョニー・B・グッド」はのどごし生バンドのエンディング曲なので、もう何十回と演奏している。

  ところが彼の「ジョニー・B・グッド」は途中「ハウンド・ドッグ」を歌ったり、「ダンス天国」が入ったり、4~5曲のロックンロールを同じコード進行で歌ったのだ。更に更に、間奏のアドリブでは、「ギータ―!」と叫んでギター・アドリブ1コーラス、次は「キーボード!」アドリブ1コーラス、ベース・アドリブ1コーラス、そしてついに「ドラム!」と来た。仕方ないから、ローリング中心で途中3連を混ぜたりして1コーラスのドラム・ソロを終えた。

  従って、多分この「ジョニー・B・グッド」だけで、15分から20分近く掛ったのではないかと思うほど長く感じた。でも、会場も異常なほどの盛り上がりで、大勢がステージ前でディスコ風に踊ってた。僕はこの1曲だけでエネルギーを使い果たしたほど疲れた。でも後で聞いたら、バンドも観客も全部を一体化したような伊丹幸男のステージが一番良かったと客が言うのだ。

DSC_6252

.   左の男性が伊丹幸男、      右は銀座のママ

  再びKeiさんが2曲歌って僕の番が来た。「素直になれなくて」(シカゴ)を歌った。こんなに多彩にプロ歌手が次々歌う中でなんで僕が歌わなくちゃいけないの? と思いながら、もう何でもありだ、と開き直ったら、高い声が出た(笑)。僕の次はスミエさん。「セービング・オール・マイ・ラブ・フォー・ユー」(ホイットニー・ヒューストン)。

DSC_5853

.          スミエさんが歌っています

  この曲、実は僕がスミエさんにリクエストした曲なのだ。彼女の声に良く合うと思ったからだが、実際、期待以上に素晴らしかった。最後にKeiさんが数曲歌ってこの日のライブを終えた。ライブは何度もやったが、こんなに疲労困憊を感じたライブは初めてだ、演奏した曲数は33~34曲に上った。

チケットが8千円もしたのに、会場も空席以外は超満員で(笑)、何とか年一回の銀座タクト・ライブを終えることが出来た。ご来場の皆様、本当に有難うございました。

DSC_5944

DSC_6076 

2017 年 11 月 8 日   No Comments

銀座タクト前夜

タクト

  さあ、明日はいよいよ銀座タクトでのライブ本番だ。今日はこの後、音楽スタジオで3時間の個人練習。

  何せ、オールディーズを29曲もやるので大変。

  曲のカウント出しもドラムの僕の役割なので、次の曲が直ぐに思い浮かばないと困るのだ。最後の練習で何とか仕上げるつもり。

  僕以外は全部プロ。元シャープ・ファイブ。緊張はするけど楽しみ。同じメンバーで、銀座タクト4回目のライブ(年1回)。

  さぁ、頑張ろうっと!

2017 年 11 月 4 日   No Comments

ぼんのてい

IMG_2

  「ぼんのてい」のマスターの現役時代のアルバムを、常連客の「はーさん」が貸してくれた。

  当時、ボーカル・ギター・ベースの3人組のバンドだったようだ。勿論ギターは矢野さん。

  このアルバムはメジャーから発売されたもので、「はーさん」もアマゾンで最近購入したものらしい。

  全曲、矢野さんの作曲だった。オリジナリティー溢れる時代の先端を走ったグループだったことが分かる。凄い。

  CDのケース内の小冊子の中に、3人組のこんな写真を見付けた。左端が若き日のカッコいい矢野さん(今もカッコいいけど)。

  「瞳に降る雨」「モノローグ」なんかが僕の好みだなぁ。

IMG_1120

2017 年 11 月 2 日   No Comments

第29回グレコ・ライブ

IMG_1013

先週末、横浜新子安のグレコにて、のどごし生バンドの29回目のライブを行いました。台風が近づいていいる影響で、ライブの始まる前に本格的な雨が降り出し、「今日はこの雨だから、お客さん誰も来ないんじゃない?」なんて話していたら、ちらほら集まり始めてくれて、開演前には7~8割方客席が埋まり、バンド・メンバー全員、駆け付けてくれた皆さんに感謝の念で一杯になったのだった。

IMG_1008

さて、この日は、前回に引き続き、プロのシンガーやプロを目指すシンガーをゲストに招いて歌って頂く第2弾の日である。今回は、「結城知」(ゆうきとも)さんと言って、ソウルやR&Bを得意とする若いシンガーだが、おじさん・おばさんを前に歌うということで、それに合わせてスタンダード・ナンバーを歌ってくれた。

IMG_1009

曲は、「キリング・ミー・ソフトリー」「イマジン」「スマイル」である。流石の歌いっぷりである。ただ、「イマジン」は原曲がCコードだが、女性が歌うには声が低過ぎる。彼女はEがいいらしいのだが、その譜面を持ってくるのを忘れたそうで、店の譜面(C)で歌って貰った。

これだけは少し可哀そうなくらい低音のイマジンとなってしまった。これだけがチョッと残念だったかな。ライブ後解散する時、彼女にはいつかまたグレコで歌って貰うかも知れないので、次は譜面を必ず持って来てと伝えて別れた。

IMG_1011

この日のお客様の中に、僕の高校時代の同期が3人来てくれていたが、その一人が孫娘かと思ってしまうほど若い女性と若い男を連れて来た(自分の子供にしてどうにも若過ぎる)。聞けば、女性の方は昨年4月に、九州から上京して証券会社に総合職として就職した23歳(多分)の美人なのだ。出身は九州大学。

IMG_1010

IMG_1006

男性の方は、やはり九州大学の大学院の学生で25歳(多分)。2人は恋人同士なのだそうだ。只今遠距離恋愛を強いられている。実は彼女の方は、1年前にも僕の高校同期に連れられてグレコで僕達のライブを聞きに来てくれている。

今回、彼氏の方が彼女に会いに東京に出て来たのだが、彼女から聞いた、のどごし生バンドを是非見てみたいと、こうして2人で一緒に現れてくれたという訳だ。高校同期の奴と彼女は、資産運用の客と営業係という関係らしい。

ライブの合間に、僕が2人を観客に紹介した。

「今日は、九州は博多からわざわざ僕らのライブに駆け付けてくれた人がいます。凄いでしょう? 九州でものどごし生バンドは有名なんです、はい。但し、知ってくれているのは一人だけですけどね」(笑)。

ここで、彼を紹介しステージ上がって貰った。

「実は彼、只今遠距離恋愛中で、今日、東京の彼女に会いに来たのです。でも間違わないでください。のどごし生バンドを聞きたくて上京したのが第1の目的なんですから。ねえ」。彼氏頷く。

「第2の目的が彼女に会うことです。ねえ」彼氏頷く。

そして彼女にも前に出て貰って、夫々に短い挨拶をして貰った。今の若い人達ってしっかりしているね。突然の指名にも拘わらず、人前でちゃんと話せるんだから。彼氏なんか、

「ご紹介の通り、のどごし生バンドのライブに初めて来れて、上京の第1の目的が達成致しました」なんて、しっかり返すものね。

IMG_1015

それにしても、好感が持てるこの若いカップルを、会場のお客さんがおじさん・おばさん目線で温かく見守るこの雰囲気は初体験ながら、なかなかいいもんだ。

そして、会場の平均年齢を下げるという、のどごし生バンドの永遠の課題は、この日に限っては達成された。2人に感謝である。

IMG_1012

IMG_1007

 

2017 年 9 月 20 日   No Comments

平尾昌晃逝く

  (ネットより拝借)

(ネットより拝借)

  小学校から中学に変わる頃、「星はなんでも知っている」「ミヨちゃん」とか言う歌がよくラジオに流れていた。女の子達にはかなり人気だったが、運動部(野球部)の僕等にはナヨナヨとした印象で、男らしさから程遠いという理由で、好きな奴は稀だった。ロッカビリーとかいう訳分かんない、遠い世界の存在だった。

  その印象が変わったのは、アメリカのテレビ・ドラマ「幌馬車隊」が始まった時だった。アメリカ西部開拓時代のそのドラマの最初と最後に日本語の主題歌が流れるのだ。僕は一発でその曲が好きになった。歌っているのは何とあの平尾昌晃だったから、えらく驚いたのを覚えている。

  僕はテレビで流れるその主題歌の歌詞を書き取って、直ぐに空で歌えるようになった。学校の休み時間にチョッと歌ったりすると女子が「歌詞を教えて」とか言うので、その場でノートに書いてページを破って渡したりして、少し鼻が高かった。

  それから時代は移って大学1年生の終わりの頃。我が大学の軽音楽部にベンチャーズ・バンドがあって、彼等が小樽商大のバンドを招待して大学の記念講堂でジョイント・コンサートを開催したことがある。僕も入場券を買って聞きに行った。

  我が大学のベンチャーズ・バンドは、それこそベンチャーズのレコードのまま忠実に再現した演奏だった。曲の最後のフェードアウトまでレコードと同じなのだ。それに引変え小樽商大のそれは、同じベンチャーズでもライブ・バージョンだから、様々なショー・アップが施されていて、躍動感が違った。残念乍らどう贔屓目に見ても小樽商大の方が何枚も上手だった。

   そして、更に憎いのが、ラスト・ナンバーの1曲前と断わりながら、ドラマーが「今、北海道だけで流行ってる曲を歌わせて頂きます。曲は僕が大好きな平尾昌晃が作曲し布施明が歌っている『おもいで』」と言ってドラムを叩きながら歌ったのだ。

  正直しびれた。それまで僕はドラマーが歌う場面など見たことがなかったし、歌が上手かった。後のグループ・サウンズでは歌うドラマーも珍しくなくなったが、ベンチャーズ全盛期では有り得なかった。「おもいで」という曲も青春時代の僕等には凄くピッタリ来るロマンティックなメロディーで、僕も仲間も直ぐに覚えたのだった。

  平尾昌晃に感心した2回目の瞬間だった。その直後に出した「霧の摩周湖」はミリオンセラーとなったが、確かに「おもいで」はマイナー・ヒットの部類だったようだ。

  因みに、小樽商大のバンドのラスト・ナンバーは「キャラバン」である。それも、ベンチャーズのライブ・バージョンだ。そう、ドラマーがドラムソロを終え、シンバルを叩きながら前に移動して、エレキベースの弦をスティックで細かく叩くあれである。そこに自分たちのアレンジを加えて迫力満点に演奏したのだった。

   そして3度目。社会人になってカラオケというものが流行り始めた頃、僕が初めて歌った曲が「よこはま たそがれ」だった。実は当時、この曲の作曲家が平尾昌晃とは知らずに歌っていたのだが、後で何かのテレビ番組で知った次第。

   若い頃の何度かの「おもいで」のある平尾昌晃が79歳で逝った。黙祷・・・

2017 年 7 月 24 日   2 Comments

朝帰り

  仲間と飲んだ。2年振りの人もいて、大層盛り上がった。夕方から飲み始めて3軒目で飲んでいた時、店の外が少し明るみ始めた。おっとぅ! もう明け方じゃん。時計を見たら4:30だった。10時間は飲んでいる。

  直ぐに飲み会を解散して家に帰った。静かにドアの鍵を開け、静かにドアを開け、静かにドアを閉めた。靴を脱いで上がり框を上がった。

  何と、そこにカミサンが両腕を腰に当てて、立ちはだかっていた。

  僕はてっきり、「何時だと思っているのよ!!!」と言われるのかと思った。が、違った。

  「何歳だと思っているのよ!!!」だった。

  朝まで飲むなんて、50代の頃が最後じゃなかったかな。確かに、古稀過ぎてそんなバカをやる人はまずいないだろう。カミサンに言われなくても、それは分かっている。

  だが、それだけ楽しい飲み会だったということだ。3年前にある問題が発生し、以来ずっと引きずっていた気持ちに、大きな一区切りをもたらしてくれた飲み会だった。だから、そりゃぁもう僕の気持ちは一点の曇りもない全開の酒席となるでしょ。

  そんな訳で10時間が2~3時間くらいにしか感じられない楽しく嬉しい飲み会だったのだ。皆んな遅くまで付き合わせてしまって申し訳なかったね。しかし、ちゃんとツケは来るもので、その朝の寝起き時から悪酔い症状が2日続いて、やっと3日目に正常に戻った(三日酔いなんて初めて、やはり歳だね)。

  その間、体調は頗る付きの悪さだったが、不思議と気持ちの方はこの上ない軽やかさだった。「始めがあれば必ず終わりがある」とは昔の人は良く言ったものだ。忘れる以外、終わりなんて有り得ないと思っていた僕の問題も、3年で終わりを迎えたのだった。

  皆んな本当にありがとうね。一区切り付いたことで、気持ちは100%前に向いて進んで行けそうだ。やりたいこと、やり残したこと、兎に角一歩ずつ前に進もう。残り時間のある限り。

2017 年 7 月 10 日   2 Comments

常勤監査役を辞任

Flex 少短の人々 写真最前列左(横になっている)が若き社長W、その真後ろがもう一人の代取K、その斜め左後ろが創業者K

Flex 少短の人々 写真最前列左(横になっている)が若き社長W、その真後ろがもう一人の代取K、その斜め左後ろが創業者K

  一昨日まで僕が監査役を務めたベンチャー損保「Flex少額短期保険」は、開業から年半程になる。開業の前から僕とFuと、それに、現役時代に僕のシステム・チームで開発に加わってくれた女子プログラマー3人の、OB・OG5人のチームでこの会社のシステムを作って来た。ただ、3人の元女子プログラマーはこの5年の内に一人もいなくなってしまったのだが。

  このベンチャー企業、ご多聞に洩れず、最初の3年間はなかなか計画通りに事が運ばず、大赤字が続いて、もういつ潰れても可笑しくないところまで追い込まれたのだが、4年前、経営陣が大幅に若返ってから漸く拡大基調に入り、以降はそれが急加速して4年で20倍の収入保険料(売上げ)を記録したのだ。

  会社は、大苦戦も急成長も味わった創業からの第一ラウンドが終り、今年度から新たな中期計画(3年計画)が始まった。第二ラウンドの開始だ。今の2倍の収入保険料の会社にする目標に向かって走り始めた。

  僕はこの3月に古稀を迎えた。元々勤務は最大でも70歳までと決めていた。その同じ3月末が創業からの第一ラウンドの終わりとも重なり、僕が辞めるにはまたとないタイミングであった。それも今後は更に飛躍して大きな夢と明るい未来が開け行く筈のフレックスを、頷きながら見送れる幸せな引退となる筈であった。創業者のKもきっとご苦労さんと言ってくれるだろうと。

  ところが、監査役の退任は勝手な時期に出来ないことが分かり、3月末退任とはならなかった。即ち、株主総会で後任の監査役を選出するまで僕が務めないと、監査役の定員(現在3名)を割り込むことになってしまうからだ。

  という訳で、3月末ではなくて6月の定時株主総会(6月30日)に於いて、後任も選出されやっと正式に監査役辞任が認められたという次第である。

  義務教育で小学校に入った6歳の時以来、全ての義務から解放されたのであった。63年振りの完全自由人となった瞬間だった。7月からは顧問(非常勤)の肩書を頂いたので、月一度くらい会社に出向いて、若き経営陣や社員を励まして行こうと思っている。

  フレックス少額短期保険の皆さん、宜しくね。日本一の少短めざして頑張れ!!!

 

2017 年 7 月 2 日   1 Comment

飛び入り出演

IMG_0939

僕の出身会社のシステム子会社に僕は7年間務めた。その時、会社に軽音楽部があることを知り、職権でドラムをやらせろと言って、本当に久し振りに、バンド活動を再開した経緯がある。途中、仙台単身赴任の時、Keiさんのお店でドラムで遊ばせて貰ったことがあるにはあるが、バンド活動は学生時代から数えて35年振りだった。

頭で記憶していても、手足が自由に動いてくれない。チョッと練習すると直ぐに足や手が攣る。そんな不自由なドラム再開だったが、特訓の成果も出始めて少しずつ慣れて行き、会社のイベントなどで演奏を披露するまでになって行った。

社員によるバンドと言っても、その道、30年だの20年だのという音楽ベテランが多いのだ。会社での序列とバンド内の序列はサカサマになる。それが面白がられた。メンバーは僕のことを「釣りバカ日誌」のスーさんみたいだとからかう。そんな時は、じゃぁお前は浜ちゃんだな、とか言い返したりの楽しい時間だった。

バンド名は当時「OG sounds」と言った。日本語読みだと「オジサンズ」。毎年恒例の、社員とその家族を招いて行う会社主催のクリスマス・パーティーでは、この「OG sounds」が結構人気で出し物のメインを務めたものだ。

僕が会社を辞めてからは、たまに、出身会社グループ全体の音楽祭(於、目黒ブルースアレイなど)に出演したりして来たが、そのうち「OG sounds」は、システム子会社の社員バンドから企業グループ全体のバンドに昇格するなど発展的解消を遂げて、最後は「ダンディー・クイーン」として今日に至っている(と言ってもこの2年間休止状態だが)。

ある日、「OG sounds」のバンマスだったOから連絡が来た。「地元のライブハウスで昔の仲間で演奏したいので付き合ってくれますか?」との内容だった。僕も自由の身、予定がかち合わない限りOKだ。曲目を質問すると「ドゥービー・ブラザーズ」を3曲指定された。

なぜ3曲だけなのかを聞くと、その日は「フリー・ライブの日」とかで、演奏を希望するバンドが3曲自由に演奏できる日なのだそうだ。それは2週間後の土曜の夜だ。「準備して置いて下さい」とOは言うが、1週間後はグレコで初めてプロのシンガーの伴奏をするので、その準備で一杯だ。

それが終わって1週間あるか。ならば何とかなるかと、その要請を受け入れた。3曲のうち1曲だけは以前も演奏している曲(Long train running)なので何とかなる。他の2曲をyoutubeで聞いてみる。ブレーク・ポイントが幾つかあったり、途中途中にイントロと同じ独特のリズムが入ったり、気楽にドラムを叩ける曲ではない。

更に、終わりがフェード・アウトしていて、本番に向かない。自分達でどう終わらせるか考えなければいけない。いきなり人様の前で演奏するのは無理だ。Oに「ライブの日の夕方、会場入り前にスタジオ練習しよう」と提案し、実際当日の17時~19時の2時間、スタジオで曲の構成やエンディングを決め、2~3度通しのリハを行って会場に入った。

最近僕がお気に入りの鉄板焼きの店「ぼんのてい」の常連客のハーさんとKoさんの2人が、既にカウンターに座っていた。一応、この日のことはハーさんに伝えておいたのだが、本当に来てくれたんだね。ありがとう。もう一人、親友のKが来てくれた。

店の名は「ルーズボックス」。数人の観客以外は全部出演者。それでもう満席という小さな店だ。ライブ・ハウスではなく、ライブ・バーと書いてあった。

さて、その晩の「フリー・ライブ」応募者は5組だった。ギターの弾き語り(ソロ)3組、バンドが2組だった。アミダで出演順が決まり、ぼくら「OG sounds」は3番目の出演となった。メンバーの一人Yは、「OG sounds」ギター弾き語りにもエントリーし4番目となった。

僕らの番が来た。「OG sounds」はエレキバンド、乃至、ビートルズ風4人編成のバンドでドービー・ブラザーズを演奏した。ボーカルは全てOが務める、ギターのNとベースのYは全曲コーラスを担当する。勿論僕はドラムだけに集中する。

IMG_0940

IMG_0941

曲順は最初に「Listen to the music」、次に「Dark eyes Cajun woman」、そして最後は「Long train running」だ。直前にスタジオで音合わせしたこともあって、3曲ともノリが凄く良かった。このメンバーだけで演奏したのは、かれこれ6~7年振りだが、過去一番の出来かも知れない。気持ち良かった。スッキリした。

IMG_0942

次のYのギター弾き語りは、さだまさしやオフコースなど3曲を歌いながらギター演奏してくれた。彼は定期的にここ「ルーズボックス」で歌っているようで、以前より高い声が良く出ているし、ギター・テクニックも目を見張るものがあった。

Yの演奏が終ったところで、もう1組のバンド演奏を残して僕とK、それにハーさんとKoさんは「ぼんのてい」に向かった。Kが夕飯を食ってなくてかなり腹を空かせていたからだ。それにしても、ハーさんとKoさんが僕らのバンドを頗る気に入ってくれて、「とてもカッコ良かった」とやや興奮気味に言ってくれたのが何より嬉しかった。

写真は全てハーさんが撮ってくれたものだ。高級カメラだけのことはあって、あの薄暗いライブ・バーでかなり良く撮れている。バンドのあの迫力をそのまま絵に出来ないのがもどかしいとか言ってたが、どうしてどうして。ハーさんありがとうね。

彼は僕の人生で最も新しい友達である。2ヶ月前に知り合った50歳。自動車・バイクの修理・改造(改造と言っても違法改造ではない)ではかなり名の知れた人物で、全国から注文が来る。例えば、「もう動かせない1960年型のムスタングだが動かせるか?」と言った注文だという。彼の話がとても面白いのだ。鉄板焼き屋「ぼんのてい」。だから週1回は通う破目になる。

IMG_0943

 

2017 年 6 月 29 日   No Comments

第28回 ライブ イン グレコ

IMG_0952

― 2週間遅れのご報告 ―

  今回から、特別ゲストとして毎回異なる女性シンガーにご登場頂き、のどごし生バンドがその演奏を担当する。その最初のライブだった。彼女達の経歴は様々だが、全員プロとして活動をしていて、メジャー・デビューを目指しているシンガー達なのだ。

  昔、NHKテレビなどで活躍していた「スクール・メイツ」のマネージャーを長く務められた安達さん(シニア世代の女性)が、今は完全に退職されて、全くの無償ボランティアで、若き才能達が世に出るための支援をされていることに共感して、我がのどごし生バンドも協力させて貰うことにした次第である。

       僕等は、いろんな業種の人間が偶然集まって、偶然バンドを作って13年目に入ったが、これまで人助けのために演奏活動をしたことは一度もなかった。観客よりも何よりも、自分達がまず先に楽しんじゃう、それが我が「のどごし生バンド」のモットーだったからだ。

  安達さんは10数人の若い女性歌手の面倒を見ているとのことだ。彼女の話では、長いキャリアで培った様々な伝手や人脈を頼って、時には銀座や六本木のライブ・ハウスに彼女達を出演させているが、その時は会場を埋めるノルマがついて回るので、そう度々は出来ない。

  ノルマなく頻繁に人前で歌う機会を何とか作りたいと思っていたところに、2ヶ月に1回ライブを行っている「のどごし生バンド」のことを聞いて、是非そこで彼女達に歌わせて貰えないだろうかと思い、人を通じてお願いしたという経緯だった。

  今回機会を得て、自分達のバンドやライブが若いシンガー達への支援になるのであれば、喜んで協力させて頂こうと相成った次第である。しかしながら、僕等のようなバンドで、本当にプロ歌手のキャリア・アップの手助けになるのかという根本的疑問が解消されないまま当日を迎えた。

  10数人いる女性シンガーが、2カ月に1度の僕らのライブに一人ずつ出演するとして、一巡するのに2年余の期間が掛かるプロジェクトのスタートである。先頭バッターは「スミエさん」だ。

IMG_0953

  彼女は歌う前に自己紹介をした。それによれば、長崎出身40代で、結婚して3人の子供がいる。若い頃シンガーとして活躍していたが、一度辞めて普通の主婦をしていた。だが、若き日の夢諦めきれず、一大決心をして長崎空港で涙一杯浮べた子供達に見送られて上京した。それが3年前だった、という自己紹介があった。

  彼女がそう話している時は、僕も「えっ! マジかよ」と、その覚悟の程を感じてジーンと来てしまったが、「スミエさん」は最後に、「こうお話しすると、皆様に、これは絶対に応援しようと思って貰えるのではないかなと、お話しさせて頂きました(笑)」と言った。

  何だよ、と思ったが、100%作り話でもないようだ。後で安達さんから「あれは、誇張や脚色もありますが、まんざら嘘ではないんです。神童さん、どうか宜しくお願いします」と言われたのだった。

  さて、ライブの状況だが、事前のプロの女性シンガーの登場告知が効いたのか、34席が満員になる大盛況だった。のどごし生バンドが1部と3部、K&Bが第2部という構成はいつも通りを踏襲した。

  違うのは、1部の最後の2曲、3部で途中1曲の計3曲を「スミエ」さんに歌って貰ったことだ。彼女は「You’ve got a friend」「黄昏のビギン」「Smile / What a wonderful world」の3曲を歌ってくれた。

  さすがプロ。メジャー・デビューを目指す人の歌は違う。一瞬で人の気持ちを掴む。「オー!」というような観客の表情で分かる。プロだから音程がしっかりしているのは言うに及ばず、感情の入れ方がオーバーでなく極く自然なのに、心に深く響く、そんな歌い方なのだ。

  終了後、フッ君が言ってた。「スミエさん、上手いっすねぇ。コンガ叩いていて凄く気持ち良かった」。それが全てを語っていると思う。但し、「スミエさん」がのどごし生バンドをバックに歌って気持ち良かったかどうかは別問題だが。

  1部終了後の休憩時間、観客として来てくれた別々の友人2人が、会社のイベントとかで歌って貰えるか、などと「スミエさん」に問い掛けていた。その横から僕が「メジャー・デビューしてからじゃ、ギャラが大変だよ。今のうち、今のうち」とかチャチャを入れた。

IMG_0954

  次回ライブはまた違う女性シンガーが来てくれる。しかし、今回のように3曲とも新曲だとおじさん達、一寸大変。なるべく僕らのレパートリーから選んで貰うように交渉しよう。

  いつも偶数月第3土曜日をライブの日と決めているが、8月ライブはお休みにして9月に順延し、10月からはまた偶数月に戻すことにする。

 

6月のライブ セットリスト

第一部

1.  サウンド・オブ・サイレンス
2.  ミセス・ロビンソン
3.  待つわ(K&B)
4.  イマジン
5.  オール・マイ・ラビング
6.  シェルブールの雨傘
.     ユー・ガッタ・フレンド(スミエ)
8.  黄昏のビギン(スミエ)

第二部

           K&B                 3曲

第三部 

1.  アンチェイン・マイ・ハート
2.  ファイブ・スポット・アフター・ダーク
3.  ユービーソーナイス・トゥ・カムホーム・トゥ
4.  スマイル/ホワッタ・ワンダフル・ワールド(スミエ)
5.  オール・オブ・ミー
6.  ルート66
7.  時空の風に
.     ダイアナ

e.  ハウンド・ドッグ
e.  ジョニー・B・グッド

IMG_0951

 

2017 年 6 月 28 日   No Comments