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師匠の怒り

再びチームの総力を挙げて入力精度向上策を巡らせた。「項目番号+項目内容」の入力で意外と項目番号を間違うケースが多いので、帳票を改定して項目番号にCD(チェック・ディジット)を付けて入力ミスを防いだり、帳票自体のレイアウトを変えたり、また、入力内容のコンピューター・チェックを可能な限り強化して、精度向上に努めた。これらの改善には更に1ヶ月を要した。

だが何度実験をやっても、入力ミスの割合は劇的には改善しなかった。僕は自分の中では、やれることは全部やり尽くしたが結果はダメだった、万策尽きたという思いが心を覆った。仕方なくF部長に報告した。

「人を引っ張っていく奴が何だその暗い顔は!お前がそんな顔してたらお前の手下は救われないではないか。お前は元気に振舞うのが最大の仕事だ!もっと明るくせい!」。僕はFさんにえらくどやされた。そんなこと言ったって、との思いから「素人に、プロのパンチャーの精度を求めるというのが土台無理なんじゃないでしょうか?」と言ってしまった。

Fさんの顔が見る見る内に、僕に対する軽蔑を含んだ激しい怒りの表情に変わった。「1度や2度失敗したくらいで諦めるのか、お前は?そんなことならさっさとやめてしまえ!」。広いフロアーに響き渡るような大きな声。僕の胃袋が痙攣でも起こしたのではないかと思えるような、腹にズシンと来る怒声。大勢が席を並べているフロアーなのに、誰一人しゃべらない。完全なる静寂。S君が遠くから心配そうに僕を見ていた。僕はいたたまれず「失礼しました」とだけ言ってフロアーを出た。

大勢の前であんな叱り方はないだろうと、僕もFさんに腹を立て、その日はFさんを見習ってそのまま家に帰ってしまった。「さっさとやめてしまえ」と言ったのは、分散型オンラインの開発をやめろという意味か?会社を辞めろという意味か?

確かに師匠のFさんに破門を言い渡されたも同然だから、それなら今の会社を続ける意味もない。だけど34歳でも転職は可能か(当時はまだ転職は一般的でなかった)?1歳と4歳の子供を抱えて路頭に迷わせる訳にも行かないし、どこか拾ってくれるところはあるか?次々に邪念が襲って来る。

駅から自宅まで歩いて7分程の距離なのだが、真っ直ぐ家に帰るには早過ぎる時間帯なのと、暗い顔をカミサンに見せたくないのとで、駅から反対側の多摩川の河川敷に向かい、子供達がサッカーの試合をやっているのを眺めていた。

2時間もそこに座っていただろうか。頭の中を、急に前途が閉ざされたとの思いや、会社を辞めた後のこと、Fさんの怒ったあの顔あの場面などがグルグル駆け巡る。仕方ない、家に帰るとするか、と立ち上がった時、突然気持ちの整理が付いた。結局僕は、Fさんに自尊心をいたく傷付けられたことを怒っているだけだ。会社を辞める辞めないは、少なくても今日中に結論を出すのは止めようと。

家に帰り着いた時には、「このまま言われっ放しで引き下がるのは悔しいな」との思いに変わっていた。

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