エピソード(1)
多摩地区の先行実験も終盤に差し掛かかった頃、社内ではF部長が会社の経営会議に、分散型オンライン・システムの全店展開計画を上申すべく、取締役会用の議案作成に入った。当然、僕もSもそれに狩り出されたが、こういう経営会議用の議案作成は先輩のNさん(課長)達の仕事だったので、僕等はNさんやHさんのお手伝いとして参加した。
システムの内容や現場の事務の変化などの細かな点は、僕とSが一番良く知っているから、勢い、僕等の言ったことが議案に色濃く反映される。だが、なかなかFさんのOKが出ず、何度も何度も書き直しさせられた。
何度目かのNGの時、F部長にその理由を尋ねたら、F部長は「システムの中身がどうなっているかなんて、細かいところはどうでも良いんだ。このシステムは他社と何が違うのか、それが何故良いのか、このシステムによって、会社がどう変わるのか、全国の営業部門が今までとどう変わるのか、その変化は会社にとってどれだけプラスなのか、全く明確でない」と言われた。
更に、「ミニコンはホスト・コンピューターより安いとは言え、会社にとっては大きな投資になる。経営陣にそこを理解して貰わないと、投資判断が出来ない。それだけでなく、こんな議案では神童やSのやった仕事の本当の価値が経営陣に伝わらない。それを伝えるのがNの責任なのだ」。
F部長にそこまで言って貰えたのは嬉しかったが、その分、N課長には申し訳なかったと思った。僕等の作ったシステムの中身を説明して、経営陣に投資をお願いするのだと思ったから、僕は、それを一生懸命にNさんに伝えると同時に、そういう議案の下書きをして来たのだ。ところが、それは完全に間違いだった。
僕はN課長に深くお詫びし、Fさんの求める議案は、手前味噌みたいで製作者の自分には書きにくいし、経営者の視点でなど、考えたこともないからとても無理とお伝えして、議案作りから降ろさせて貰った。但し、経営会議や取締役会には、システムの中身の質問が出た場合に備えて、僕もオブザーバーとして参加させられた。
システムの問題は経験者でないと理解するのが難しいと思われていた時代。1回の経営会議で結論を出すのは無理だったため、2回目に漸く計画が了承された。その間、会議では経営陣(特に社長)から質問が相次ぎ、それをFさんが答えるのではなく、N課長が答える。Nさんも臆することなく堂々と答え、質問者の理解を得て行った。
Fさんの凄さを2つ感じる場面であった。その1つは、Fさんの意図した議案が、社長が最終判断するのに必要な内容に見事に合致していたのが証明されたのを目の当たりにしたことだ。Fさんは現在部長ではあるけれども、物の考え方は社長だった。
2つ目は、分散型システム構築を通じて、僕とSがFさんから集中的に鍛えられていると感じていたが、それはどうやら誤りで、僕等の先輩達(特にN課長)には、経営陣へのプレゼンテーターとして、中央の舞台へのデビューが仕組まれていたのだった。


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