君子豹変ス
トラブル対応をしている僕自身、妙な高揚感があって大きな声を出して指示を出したり、頻繁に担当者を呼んで確認したりしていたのかも知れない。
ずっと静かに僕等の行動を見守っていたFさんが僕を呼んで、「神童、悔しくないのか?お前はトーエーという会社をどう思っているんだ。奴等は何も作っていないんだぞ。流通なんて単に右から左に物を流しているだけだ。何も価値を生んでない。そんなに喜々としてやるもんじゃない。」と注意されてしまった。
トラブル・リカバリーは只でも暗くなりがちだから、意識して明るく振舞っていたつもりだったが、本当は、課長になって初めて指揮らしい指揮が振るえることを喜んでいたのを、Fさんは全てお見通しなのだ。さぞや僕が能天気な人間に見えたんだろうな。
その晩、夜遅くに全てのリカバリーが終った。丁度約束の1週間目の夜だった。
さて、翌日F部長と僕とでお詫びのためトーエー本社に人事部を訪ねた。応接室に通され10分ほど待たされたところで2人が現れた。僕等は起立して出迎えた。
「人事部長をしております、Eと申します。こちらは課長のSです」。S課長は僕が電話した相手だ。密に連絡し合って対応した仲だ。「システム開発部長のFと申します。こちらは、開発課長の神童でして、このたびの問題を惹き起こしました部署の責任者でございます」とFさん。
人事部長さんが「まあ、お座り下さい」と言うので全員が着席した。直ぐにFさんが口を開いた。「この度は私共の犯しました過ちによりまして、皆様にはとんでもないご迷惑をお掛けしましたこと、深く深くお詫び申し上げます」と平身低頭されたので、僕も一緒に頭を下げた。
もう充分だろうというくらいの時間が経ったので、頭を上げようかとFさんの様子を伺ったら、Fさん尚も頭を下げたままだ。それもテーブルに頭を擦り付けんばかり。仕方ないから、僕も更に深く頭を下げた。それには流石に人事部長さん、「どうかお顔をお上げ下さい」と言ってくれた。
だがFさん、まだ、頭を上げようとしない。人事部長さん、「本当にどうか、どうか」。やっとFさん顔を上げ「御社に2度とこのようなご迷惑をお掛けしないことを天地神明に誓ってお約束いたします。こちらの神童課長にも厳命しておりますが、この度のリカバリー処理と同じように、私共システム部門上げてチェック体制を敷いて、お渡しするデータに間違いのないよう万全を尽くします」と再び頭を下げた。僕も従った。
人事部長さんからは「社員一人一人のお金に関することなので、慎重の上にも尚慎重にお願いします」とか「第一報を受けた時の当社側の対応の拙さについては、S課長を叱っておきました」とか「もし何か起きた時は、両社で協力して、迅速に、出来れば未然に問題を解決したいので宜しくお願いしたい」等々の言葉を頂いた。全てごもっとも、少しも尊大さを感じさせないなかなかの人物と見た。今回の件は殆んどお許し頂いたような雰囲気になったので、3度目のお詫びを申し上げてその場を辞した。
帰社途中、僕はFさんに感想とも非難ともつかない質問をした。「ほんと驚きましたよ、Fさんの土下座まがいのお詫びの仕方には。昨日あれだけ、トーエー何ぼのもの、みたいなこと仰ってたから、正直今日は戸惑いました」。
「そうかい。ただな、今日の訪問はトーエーに許して貰うのが唯一の目的だったから徹頭徹尾謝った。お前にも少しはいい経験になったかな」とFさん。ケロッとしている。最早これは、凄みだな。脱帽!


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