復帰します(2)
コンサートの翌朝、僕はカミサンと2人で、温泉一泊の小旅行に出掛けた。カミサンの目的は高遠の桜だ。もう何年も前からカミサンにせがまれていたのだが、現役時代は4月は新年度の最初の月だから、様々な予定がびっしり入ってとても休める状況になかった。また、土日は渋滞が酷くて高遠になんか行くものではないと友人達からも言われていた。
退職してやっと実現したのだ。僕も桜を楽しみにしているのは同じだが、寧ろその前日大町温泉に一泊して旨いものを食べ、湯に浸かってのんびり昨日のコンサートを振り返るのがもっと楽しみだった。
中央高速豊科ICを降りて、30~40分。大町温泉郷は、黒部の入口に位置するこじんまりとした温泉郷だった。だが、旅館の背後は直ぐ北アルプスで、この時期でも雪がしっかり残った峰々が切り立っていて、雄大ではあるが鋭さを感じる。
元々僕は、先程降りたICのある豊科の生まれだ。生家は松本から大町に向かう国道沿いの家だった。3歳までそこにいたのだが、西側の裏庭に出るとアルプスが僕を威圧するかの如く聳え立っていた。3歳の僕にはその屏風のような山々がとても怖くて、裏庭にはなるべく行かないようにしていたのを覚えている。
東京に住む同郷人は、異口同音に山を見ると落ち着くと言うが、僕はそういう幼児体験を持つせいか、山はそれほど好きでない。海の方が余程好きなのだ。北アルプスの麓の温泉宿に泊まったために、そんな幼い頃をおぼろげに思い出していた。
二日目は、旅館のアドバイスもあって、午前中より午後2時過ぎに高遠入りする方が良いと言うので、昼食を宿で取ってから発った。平日とは言え、桜が満開のこの時期、東京方面や名古屋方面から朝出発した車やバスが、10時過ぎに続々到着するので道が何処も渋滞するらしい。彼らが帰る頃を見計らって行くのがコツだと言う。実際正解だった。
桜の季節だけ徴収するらしい入場料500円を払って城跡の中に入る。凄い桜の数。コヒガンザクラという種類だ。ソメイヨシノと違って花弁がピンク色だ。青空によく映える。見事と言う他なし。城内の木という木は全部桜かと思われる程辺り一面、桜、桜、桜・・・。
小学校5~6年生の頃、写生の時間に僕が桜を描いていたら、先生が来て、「神童、良く見て描きなさい。桜は桃色じゃなくて殆ど白ですよ」って注意を受けた。だけどここの桜は桃色じゃん。桜はみんな白なんて決めて掛っちゃいけないねぇ。
ここ高遠城は、古くは諏訪氏一族の高遠氏が居城としていたが武田信玄に滅ぼされ、四男武田四郎勝頼の城主となり、その後信玄の後継者に勝頼が就いてからはその弟五郎盛信(仁科盛信)の居城となった。五郎盛信は、織田信長が武田攻めの要衝として位置付けた高遠城に於いて必死に守ったが遂に散って行った。その後武田氏滅亡まではあっという間のことであった。
高遠コヒガンザクラの赤は、「天正10年(1582)の高遠城攻防戦で散った者たちの血を吸っているので、これほど綺麗な桜になった」と地元では語られている。


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