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Posts from — 6月 2008

他流試合(7)最終

やっと僕等のアドリブが1コーラス終わり、サックスの主旋律に戻るだろうとホッとした。が、坂口さんはアドリブを止めない。もう1コーラス、ピアノとドラム交互のアドリブをやるぞと目が言ってる。

しかし、僕の集中力はそんなに続かない。益して、まさか2コーラスもやると思ってないから意表を突かれ、スタート・ポイントが分からなくなってしまい、1コーラス目のようには正しく数えられない。もうこうなったら適当にやるしかない。案の定、最後の方はきっかり4小節で終われなかったり、早く終わり過ぎたり。

それでも、僕のアドリブが全部終わったところで、お客さんが拍手をくれた。これはAのと違って社交辞令的だ。冷や汗を掻きながらも「バイ・ミア・ビスト・・・」が終わり、休憩に入った。僕とAは自分達の席に戻った。正直、緊張疲れも手伝って汗だくだ。

暫くして坂口さんが僕らのテーブルにやって来た。「神童さん、2年前より凄く良くなってるね。その調子ですよ」「いやー、すいません。最後の方、カウントも出来なくなってしまって」「そんなことどうでもいいんですよ。楽しんでやってたから」。坂口さんの気遣いの言葉と、一緒にセッションさせて貰ったこと両方に「ありがとうございました」。

そしたら坂口さん、「それで、次のステージの頭で2曲ほどもう一度やりましょう」と言ってくれた。第2部は、Aと僕、坂口さん、秋元さんの4人でスタート。「ミスティー」と「枯葉」の2曲を演奏した。「ミスティー」はブラッシングで通し、「枯葉」は「バイ・ミア・・・」と同じく、途中から4ビートで参加。再び4バースのドラムとピアノの掛け合い2コーラス。今度は何とか全部カウント出来たと思う。坂口さんありがとう。

帰り際、坂口さんは、「ドラム・ソロ、もっと思い切り叩いた方がいい。遠慮なんか全く要らないから。そうすればもっともっと良くなりますよ。来月もう一度ここでやりませんか?」と言ってくれた。プロに言われると嘘でも嬉しいものだ。

勿論、僕はAと坂口さんと来月またここで再会することを約束し、「DRUM」のマスターで、プロドラマーの三戸部さんには、大事な商売道具のドラムセットなのに、僕のような素人に叩かせてくれたことを感謝して店を出た。勿論、3曲分1,500円の追加料金(客が歌ったり、飛び入り演奏すると1曲当り500円也)を支払って。

胃が痛くなるような緊張感があったけど、何となく気分が良い。やっとジャズの入口に立てたような気がした。あと何回か一緒にやらせて貰えばコツを呑み込めそうな気がする。

他流試合―了―

6月 25, 2008   No Comments

他流試合(6)

最初僕はブラシでフォービートのリズムを刻んだ。Aがリズムに乗ってメロディー・ラインを吹く。覚悟を決めて始めてしまえば、この「バイ・ミア・ビスト・ドゥ・シェーン」は、店で良くクーペが歌う曲でもあったから、いつものようにやれば良いので、幾らか精神安定剤の役割を果たしてくれた。

さあ、いよいよAのサックスによるアドリブが始まる。僕はここからブラシをスティックに持ち替えてライド・シンバルとスネア・ドラムを中心にスィングのリズムで進む。

僕の直ぐ隣にプロのベースマン秋元さんがいてくれるので、僕はベースの音を聞きながら、それにシンクロさせるようにドラムを叩けば良いので、リズムが狂う心配もなく、徐々に楽しくなって来た。

アルト・サックスのアドリブが終わり、会場から拍手が来た。その拍手もおざなりの社交辞令的拍手じゃなく、驚きと称賛の拍手なのだ。Aはプロじゃないのに凄いよと言った観客の表情。

次に坂口さんのピアノのアドリブが始まった。彼も弟子のAが素晴らしい演奏をしたから気持ち良さそうだし、乗りに乗って演奏している。坂口さんのアドリブが終り、ベースのアドリブが終わり、さて、このあとはサックスの主旋律に戻るのだろうと思ったら、坂口さんが僕に4本指を立てて合図を送って来た。

4バース。ピアノとドラムを交互に4小節ずつアドリブを繰り返すという合図。予想もしていない展開だったから僕は焦った。

でも、僕には大したテクニックがある訳じゃないから、ドラム・ソロのバリエーションの豊かさよりも、4小節を正しくアドリブすることに集中した。心の中で「イチ・ニ・サン・シ」「ニ・二・サン・シ」「サン・ニ・サン・シ」「ヨン・ニ・サン・シ」と数えながら。

6月 24, 2008   No Comments

他流試合(5)

Aのアルト・サックスがソロでスロー・バラードを奏でる。坂口さんのピアノがそれを追い掛けるように優しい音の彩を加える。「バイ・ミア・ビスト・ドゥ・シェーン」の前奏だ。僕のドラムと秋元さんのベースは、途中アップ・テンポなリズムに変わるまでお休み。Aはいつも坂口さんと一緒に演奏しているから息がぴったり。Aのサックス、なかなかいいよ。

2人の掛け合い演奏に僕はうっとりしながら聴き惚れた。サックスのプロとアマチュアの境い目を僕は良く分からないが、全く彼を知らなかったら、プロだと思っただろう。Aの奏でるサックスの音色や間やビブラートが凄く耳に心地よいのだ。

40年前の彼は、僕らの学生バンドで、やはりテナー・サックスを吹いていたのだが、何せ曲が8ビートだから、強く激しいサックスの記憶ばかり。こういうむせび泣くようなジャージーでメロディックな演奏に僕は驚いた。更に僕は、演奏者も客席もプロばかりの中で、ガチガチになることもなく楽しむが如くに演奏出来るAが凄いと思った。

Aと言えば、当時数ある学生バンドの間でも名の知れた男だった。ビートルズが初来日し武道館でライブした頃だから、正にビートルズ全盛期。加えて日本ではベンチャーズ人気も最盛期だったから学生バンドの構成も彼らを真似て、殆どのところがエレキ・ギター2本、エレキ・ベース1本、それにドラムの4人組だった。

だが僕らは、サックス1本、キーボード1本、エレキ・ギター1本、エレキ・ベース1本、そしてドラムの5人組。構成がユニークなのと、Aのサックスが強烈な音とリズムでエキサイティングなステージを作るので、大変に目立った存在だったのだ。

彼を一際目立たせた曲は、Aのサックスをフィーチャーした「ピーターガンのテーマ」。ミディアム・テンポの少し重めのロックのリズムに乗せた、唸るようなサックスの音色。どこで演奏してもこの曲は受けた。記憶に残るもう1曲は「キャラバン」。唸り声のような音色を出せるサックス奏者は、学生の中では彼だけじゃなかったか。

彼のお蔭で僕らのバンドは目立つ存在だった。そんなことから、ブルー・コメッツが「ブルー・シャトー」で日本レコード大賞を取った翌2月、彼等の凱旋コンサートの前座を僕らのバンドが務めたこともあった。

あの時、僕らの最初の曲が始まり幕が開いて行くと、客席は「キャー、キャー」「ワー、ワー」の大騒ぎ。但し、幕が開き終わるまでの30秒間だけ。ほんの少しだが超人気グループのステージを味わった。ブルコメと僕らのバンド構成がよく似てたから間違えられたのだ。それにしても観客は現金なもので、僕らがブルー・コメッツでないと分かると、会場全体が水を打ったように静かになってしまったっけ・・・・・。

「バイ・ミア・ビスト・・・」の前奏も終わりに近付き、いよいよ僕やベースも加わる、4ビートのアップテンポに変わる直前まで来た。唇が渇く。喉が渇く。スティックを握る手が汗ばむ。心臓も高鳴る。ウーン、これは健康に良くない!

6月 18, 2008   No Comments

他流試合(4)

ドラムの三戸部氏がマイクを取って進行役を務める。「ではお客様に歌って頂きます。Kさんどうぞ」。ボーイがKさんのリクエストした曲の楽譜を3人のプロに夫々手渡した。「曲は、思い出のサンフランシスコ」。

Kさん、なかなか上手い。カラオケなどで歌い慣れているんだろうなぁ。素人っぽさはあるけど音程もリズムも外さないから、なかなか良い。但し、途中ピアノの間奏の後の歌い出しのタイミングが分からず、ピアノにもう一度入るところをリードして貰ってたが。この辺りがカラオケと違って生バンドで歌う難しいところ。

「続きまして、エリナさん、どうぞ」。彼女は正面の席に陣取っていた何人かのグループの1人。譜面を3枚持ってステージに登場。自ら演奏者達に渡した。とても慣れている様子。そして、シックなワンピースがとても良く似合う、日本人離れした美人だ。若しかしたらハーフかも知れない。年の頃、40歳前後と見た。

歌い始めると、これが何とも言えない大人の世界。スローなテンポで、むせび泣くように歌う。声は少しハスキー掛っていて、ヘレン・メリルのよう。上手過ぎ。僕は隣のAに小声で聞いた。「何者?」「良くは知らないけど、プロのジャズ・シンガーやプロの卵達がこの店の常連と聞いてるから、彼女もきっとそうなんだろうよ。ここで練習してから赤坂や六本木の店に行って9時過ぎからステージをやる人が結構いるらしいから」。彼女は2曲歌った。

次の人も同じグループの中の女性。この人も先ほどのエリナさんに勝るとも劣らないジャズ・シンガーだ。アップテンポの曲に、途中スキャットのアドリブがとても素晴らしかった。

その後も1人2曲ずつ何人もが歌った。男性客も2~3人歌ったが、揃いもそろってプロはだし。Kさんが言った。「こんなに上手い人ばかりだとは知らなかった。最初で良かったよ」。第1ステージが始まって、かれこれ小一時間経っている。

三戸部氏が言った。「第1ステージ最後は、サックスのAさんとご友人の神童さんのドラムで締めて貰いましょう。えーと、曲は何にしましょう?」。Aが答える。「バイ・ミア・ビスト・ドゥ・シェイン」。僕は三戸部氏と入れ替わってドラムの位置に着いた。ピアノの坂口さん、ベースの秋元さんは勿論プロ。観客席もプロ乃至プロの卵のシンガー達。前も後もプロばっか。ドキドキもんだ。こんな状況、緊張しない方がおかしいよ。

6月 15, 2008   No Comments

他流試合(3)

まだ7時だと言うのに、既に客が何名も来ていて、ステージに向かって正面の席で飲み物を飲んでいる。客席はザッと50席と言ったところか。ここ「DRUM」はステージに、左からグランド・ピアノ、ウッド・ベース、ドラム・セットが置いてある。ジャズメンはまだ誰もスタンバイしていない。

僕が入口に入ったところで直ぐにAが僕に気付き、ステージに向かって左のラウンド・ソファーに案内してくれた。「いやー久し振り。よく来てくれた」とA。彼は傍らにいたピアニストの坂口さんに僕を紹介した。Aはこのところずっとプロの坂口さんと一緒に活動しているのだ。

「以前、六本木で一緒にセッションやった神童ですよ、ドラムの。坂口さん、覚えていないかなー?」「あー、あの時の!確かAトゥレインだったか何か一緒にやりましたねぇ」「ハイ。覚えていてくれましたか。ありがとうございます」。

とは言うものの、本当に覚えていたのかどうか。今日事前にAから教えて貰ってたのだろうと思う。30分ほどAと近況などビールを飲みながら語り合った。そうこうしている内にAの友人が2人見え、初対面ながら4人一緒の席で談笑した。

ボーイがやって来て「そろそろ第一ステージになりますから、何かお歌いになりますか?」と聞く。「???」。Aが簡単にこの店のシステムを説明する。「プロのトリオをバックに歌えるというのがこの店の売りでね。神童、何か歌ってよ」「冗談よせよ。歌は親の遺言で人様の前で歌ってはいけないことになっているの」「ホントかよ。じゃぁ。Kさん」。

Aの友人のKさんは、臆することなく「思い出のサンフランシスコ」をリクエストした。一曲500円也。成程!プロをバックに500円払って歌える店「DRUM」。クーペにも教えてやろうっと。

いよいよ第一ステージが始まった。まずトリオで1曲アップテンポのジャズ・ナンバーが演奏された。ピアノはトリオのリーダー坂口さん。ベースは物静かな秋元さん。そしてドラムが店の主、三戸部さん。

坂口さんのジャズ・ピアノは前回も凄いと感じたけど、今日も最初の曲から絶好調。音のピッチが細かいからだろうか、アドリブがとても滑らか。それでいて山場になると中腰になって体全体で表現する。変な話、さっき話をした時の坂口さんより、演奏中の坂口さんは10歳も若返って見えるから不思議だ。かなり年配なのに。

三戸部氏のドラムは流石にキャリア50年と言うだけあってダイナミック、且つ、繊細。歯切れも良い。決して小さい音だけで抑えめに叩いている訳でなく、リム・ショットを交えて大きな音も平気で出しているが煩くない。成程、納得。ジーパン姿に白髪交じりの髪の毛を頭の後ろで束ねているから、雰囲気もジャーズーって感じ。

6月 11, 2008   No Comments

水着オリンピック

このところ連日競泳陣の水着の話題が取り上げられている。言うまでもなく英国スピード社の水着のことだ。これを着ると着ないのとではタイムに大きな差が出るということがここ3日間の国内大会(ジャパン・オープン)で実証されたのだ。

大会前は、日本選手は他の3社との契約上、スピード社の水着を着てオリンピックの舞台に立つのは難しいとされていた。だが、今大会で17個もの日本新記録が出たり、沢山の自己ベストが出たり、北島孝介が世界新を出すに至って、遂に日本水泳連盟も「選手が自由に選べる方向に持って行きたい」とコメントを出さざるを得なかった。

テレビなどでも全ての局がこの問題を取り上げた。スポーツ出身でないコメンテーターまで「素の人間の力を競い合うのでなく、水着とか道具の良し悪しを競い合うオリンピックは如何なものか」とか、「条件を同じにして競うのでなければ不公平」とか、「本来の競争ではないところで他を出し抜いて勝ってもフェアじゃないのではないか」とか、凡そ情緒的コメットが多くて少々うんざりした。

そんなことを言ってる人こそ、自分のゴルフのドライバーは何本も買い替えているんじゃないのか。

スポーツの記録更新の歴史は、道具の進歩、即ち、科学技術の進歩に支えられて来たのは紛れもない事実だ。現に水泳選手の水着を巡る技術革新競争は、20年ほど前は布は水の抵抗が大きいので出来るだけ布面積を小さくする水着競争が起きたし、その後は、人肌よりもサメ肌水着の方が抵抗が少ないとされ各社がシドニー・オリンピックに向けて競った。

陸上選手の履くスパイク・シューズは軽量化と弾力化の競争の歴史だと言っても過言でない。あのカール・ルイスが世界新を出した時、「世界新が出たのはこの超軽量シューズの賜物か?」との記者の問いに対して、ルイスはこう答えた。「その通り。だがこのシューズで世界記録を出せるのは残念ながら私だけだ」。これはかなり有名な話だ。

北島孝介が胸に「泳ぐのは俺だ」という3ヶ国語の文字を付けて無言の抗議をしたのもルイスの言葉に通じるものがある。アスリートにしてみれば自分の輝かしい記録が、道具の成せる技の如くに捉えられ、過小評価されるのは堪らないだろう。

ルールの範囲内で選手の力を最大限に発揮出来るように努力することが、スポーツ用具の開発を請け負うメーカーの務めだ。それが出来ないメーカーは淘汰されるからオリンピックという最大のターゲットに向けて開発競争は熾烈になる。当り前のことだ。

今回の出来事は簡単な話で、日本チームの契約している3社が、英国スピード社の「レーザー・レーサー」開発チームに完敗したというだけの話。

スピード社の水着はかなりキツク身体を締め付けるという。その会社が、3社以外の水着はダメと締め付けのキツイ日本に殴り込んで来たー。

6月 10, 2008   No Comments

他流試合(2)

学生時代のバンド仲間のAに電話したら、何と3日後にJR東中野の駅の近くにある「DRUM」という名のジャズの店でやることになっているから、是非来てくれと言う。店の名前の由来を聞くと、昔、有名ジャズバンドで活躍していた70歳近いドラマーがやってる店だからそういう名前になったのだそうだ。

新宿から総武線で2駅だったら、僕の町からも40~50分で行けるから「必ず行く」と約束をして電話を切った。現地に夜7時集合。

Aとは以前クーペの店でセッションして以来だな。その時、Aはジャズがものす凄く上手くなっていてとてもビックリしたっけ。その前は確か、彼が東京から四日市に赴任する前、六本木のライブバーで、今回も一緒にやらせて貰うプロ・ピアニストの坂口さん達の中に入って僕らも演奏させて貰ったなぁ。

高いお金払ってジャズを聴きながら旨いバーボンを飲もうとやってくる、耳の肥えた客の前でど素人がやる訳だから、そらー緊張しますよ。だけど、六本木の店の主もよく我々の飛び入りを許してくれたものだと思うね。

だって、最低でもお客さんは1万円は払って帰る店だよ。尤も僕らも当然払って演奏したんだけどね。演奏を始めると思いの外、お客さんも好意的で、手拍子なんかで合わせてくれる。当然1曲だけのつもりだったが、酔客が「アンコール!」と言ってくれたお蔭で2曲もやらせて貰った。怖いもの知らずと言うか図々しいと言うか、良くやるよ。

Aはそういう所で演奏するのは慣れているが、僕は正直、ドキドキしたり縮んだりするので、本当はそんな場所でプロ達と一緒にやりたくはないけど、今の僕には修行が必要だ。今回は僕の方からAにお願いをしたのだ。

今日の修行の場所は、東中野駅を降りて直ぐ目の前に走る環状6号線に面した所にあった。「DRUM」は地下一階だった。店に入ったら正面にAが待っていてくれた。

6月 8, 2008   No Comments