水着オリンピック
このところ連日競泳陣の水着の話題が取り上げられている。言うまでもなく英国スピード社の水着のことだ。これを着ると着ないのとではタイムに大きな差が出るということがここ3日間の国内大会(ジャパン・オープン)で実証されたのだ。
大会前は、日本選手は他の3社との契約上、スピード社の水着を着てオリンピックの舞台に立つのは難しいとされていた。だが、今大会で17個もの日本新記録が出たり、沢山の自己ベストが出たり、北島孝介が世界新を出すに至って、遂に日本水泳連盟も「選手が自由に選べる方向に持って行きたい」とコメントを出さざるを得なかった。
テレビなどでも全ての局がこの問題を取り上げた。スポーツ出身でないコメンテーターまで「素の人間の力を競い合うのでなく、水着とか道具の良し悪しを競い合うオリンピックは如何なものか」とか、「条件を同じにして競うのでなければ不公平」とか、「本来の競争ではないところで他を出し抜いて勝ってもフェアじゃないのではないか」とか、凡そ情緒的コメットが多くて少々うんざりした。
そんなことを言ってる人こそ、自分のゴルフのドライバーは何本も買い替えているんじゃないのか。
スポーツの記録更新の歴史は、道具の進歩、即ち、科学技術の進歩に支えられて来たのは紛れもない事実だ。現に水泳選手の水着を巡る技術革新競争は、20年ほど前は布は水の抵抗が大きいので出来るだけ布面積を小さくする水着競争が起きたし、その後は、人肌よりもサメ肌水着の方が抵抗が少ないとされ各社がシドニー・オリンピックに向けて競った。
陸上選手の履くスパイク・シューズは軽量化と弾力化の競争の歴史だと言っても過言でない。あのカール・ルイスが世界新を出した時、「世界新が出たのはこの超軽量シューズの賜物か?」との記者の問いに対して、ルイスはこう答えた。「その通り。だがこのシューズで世界記録を出せるのは残念ながら私だけだ」。これはかなり有名な話だ。
北島孝介が胸に「泳ぐのは俺だ」という3ヶ国語の文字を付けて無言の抗議をしたのもルイスの言葉に通じるものがある。アスリートにしてみれば自分の輝かしい記録が、道具の成せる技の如くに捉えられ、過小評価されるのは堪らないだろう。
ルールの範囲内で選手の力を最大限に発揮出来るように努力することが、スポーツ用具の開発を請け負うメーカーの務めだ。それが出来ないメーカーは淘汰されるからオリンピックという最大のターゲットに向けて開発競争は熾烈になる。当り前のことだ。
今回の出来事は簡単な話で、日本チームの契約している3社が、英国スピード社の「レーザー・レーサー」開発チームに完敗したというだけの話。
スピード社の水着はかなりキツク身体を締め付けるという。その会社が、3社以外の水着はダメと締め付けのキツイ日本に殴り込んで来たー。


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