反省
前回のブログ「慰労会」が大不興だった。いつも読んでくれている先輩から、「いろいろな人がブログを書くけど、中でも一番つまらんのが自慢話だ。前回お前が書いたのは正にそれ」とお叱りを受けてしまった。
定年退職した後も取引先や協力会社が送別会をやってくれることを自慢したくて書いた訳では勿論ないが、読み手からすれば鼻持ちならない文章だったのだろう。先輩の指摘を受けて読み直してみた。
どう見ても自慢話じゃないか。会社同士より個人と個人の繋がりなどともっともらしく書いているが、どう見ても、退職後何社にも慰労会をやって貰える人って他にいる?とでも言っているよう。まさか辞めてから他社の方から送別会をやって頂けるとは思いもしなかった、それだけ嬉しかった、と素直に喜んでいる方が、まだ幾らか許せる。
先輩、ご指摘ありがとう。今後はその点充分心して書いて行きたいと思います。
反省しながら、嬉しかったことって、一般的に自慢話に受け止められかねないことに気が付いた。今ごろ。
以前、70歳を数年過ぎたFさん(僕の仕事上の師匠)を、温泉に招いて「Fさんを囲む会」を催した。参加者全員が久し振りにお元気なFさんと再会出来て、会は大変盛り上がった。会の最後にFさんが挨拶された。
「若い皆さんにはまだ分からないだろうけど、この年になって、こうして皆さんに声を掛けて貰い、ご一緒させて貰えるというのは本当に嬉しいものです」と言われた。僕はその時本当にFさんに来て頂いて良かったなぁと思った。
Fさんのこの言葉は、そこに集い、Fさんとの再会を楽しみにしていた者達にとっては、Fさんの喜びと感謝の気持ちの最高の表現と受け止められた。しかし、もし、このことをFさんが無関係な第三者に語ったとしたら、やはり、「俺は年を取っても人望があるんだ」と聞こえるだろう。
嬉しかったことを自慢話に聞こえないように書くには、文の才が要る。珍しく勉強しなければと思った。


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