頑張り過ぎは罪1
現役時代、システム構築に関する社内外の様々なプロジェクトを見て来た。そんな中で、良く出来る奴が、いや、出来過ぎるくらいに出来て、アグレッシブでエネルギッシュで集中力の物凄い奴がリーダーを務めた、あるプロジェクトの悲惨な物語を書こう。
彼Aは、34~35歳のバリバリのSEだ。小さなシステムのリーダーは幾つか経験があるが、今回は誰もが注目する重要なシステム構築プロジェクトだ。そう、Aは初めて本格プロジェクトの責任者に抜擢されたのである。
この本格的プロジェクト・チームは社内から選抜された専任メンバー10数人、社外メンバー(協力会社という)の内、常駐者20~30人規模で、開発期間10ヵ月という短期にしては規模の大きいシステム開発だった。
Aは、初めての大仕事を何としても成功させたかった。そして、この仕事の成功を自分の今後のキャリアのステップにしたいと考えていた。誰でも優秀な男であれば、自分の人生の勝負どころをハッキリとわきまえ、そこに己の全てをぶつけようとするもの。
Aは、失敗しないためには、詳細まで全てを自分一人で決めるのがベストと思った。彼の場合は、本当にそれが出来るだけの能力があった。あり過ぎた。それが悲劇の第一の要因となってしまったのだ。
このプロジェクト・チームは、その重要性に鑑みて、各ライン各分野から優秀なSEが選抜されていたが、彼らが勇んで馳せ参じたものの、当面、予備知識の習得やそのシステムのユーザー部門の調査くらいで、彼等の自尊心を満足させられるような仕事には程遠かった。
Aが決めた内容が徐々に明らかになって来て、何をどのようにどういうステップでやって行くか、それこそ、メンバー全員で作り上げても、議論の時間を含めれば2ヶ月は掛ろうかという内容が、3週間程で出来上がったのだから、メンバーはAの凄さを改めて認識した。
しかし、メンバーは、この最も大事な工程に参加させて貰えず、以降、お前たちは決められた通りに開発すれば良いのだと言われたように感じ、それなら自分達でなくても、誰にでも出来るから自分がこのプロジェクトにいる意味はない、と思ってしまった。


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