日本のリーダーの選び方
一国の首相が、2代続けて1年持たずに政権を投げ出した。簡単に投げ出すことが出来てしまう、この国の内閣の軽さかな。
アメリカの後ろに隠れて、世界政治には余計な口を挿まず、専ら経済発展を目指していたバブル経済の頃までの日本には、その軽さもそれほど痛手ではなかった。
しかし、今は違う。全ての戦後モデルが息詰まり、制度という制度が金属疲労を起こしている。年金然り、健保然り、官僚主導国家運営然り。民の側も終身雇用の崩壊、非正規社員の急増と格差拡大、賃金水準の低下、経済発展シナリオの不在、世界に対する競争力の長期低落。
世界政治に目を移せば、日本はバブル崩壊以降、経済力の相対的低下による発言力の低下は目を覆うばかり。他国に出来ない多額の拠出で発言力を買って来た日本モデルの崩壊。明らかに中国や国連事務総長を出している韓国の後塵を拝している。
更に、世界への貢献から逃げられなくなった日本の貢献の仕方の方向も定まっていない。国民的合意の形成が必要な時に、そういう議論が出来ない、しない。肝心なことは常に先送りする日本の政治の伝統。
自民党は20日間程で次期総裁を決めるらしい。総裁=首相ということは、一国の首相をたったの20日間で選ぼうと言うことだから何をか言わんやだ。
それも、野党民主党が対立候補を立てず無風選挙で党首を決めることをチャンスと見て、複数候補を立てて活発な政策論議をして、国民の目を一気に自民党に引き付けるのが狙いだそうだ。
正直、僕は溜め息が出る。アメリカの大統領選がベストとは言わないが、選挙に1年を掛け、候補者達によるあらゆる分野の政策論争を経て、最終的に直接選挙によって大統領が決まるのと、何と言う違いか。国民から見ても、どの人を選ぶべきか、1年の間に充分過ぎるほどの情報を得て判断し投票出来る。
今、僕等は日米同時並行で、一国のリーダーを決める過程を見させられている。
アメリカ大統領になる人は、精も根も尽きるほどの長丁場の戦いを勝ち抜いてやっと大統領に就任するのだ。
大統領候補の時間より短い時間で政権を投げ出す大統領なんて有り得ないし、直接国民から選ばれて大統領になったことの責任の重さは、日本の首相の比ではない。
僕が自民党総裁選でいつも疑問に感じるのは、僕達には首相を選ぶ選挙権がないのに、マスコミがこれでもかこれでもかと総裁選の模様を伝えるのは何故かということ。各候補の政策を聞いても、僕には選ぶ権限がないのだから全く無意味。遠くの世界で勝手に盛り上がっているだけだ。



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