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男の引き際

A社長が歴代の社長任期(6年)満了にあと半年という時、JTは社長室に呼ばれた。そこでA氏より次の社長は誰が相応しいと思うかとJTの意見を聞かれた。彼は即座にJMを推薦した。これは僕の勝手な想像である。

多くの人が次期社長と想像していた人物は別の人だったから、いくらA氏の意中の人とは言え、それとは違う人をA氏が指名するには、社員がどう受け止めるか気にならない筈はない。

だから、A氏はこのような微妙な問題を相談出来る数少ない側近数人に尋ねたであろうことは想像に難くない。JTの答えも、また、他の側近の答えも、A氏の考えと完全に一致したのだと思う。程なくして次期社長にJM、新会長にA氏というトップ人事が新聞に載った。

そして翌年の4月1日、中堅社員以上を全国から集め拡大支店長会議を開催し、JMは新社長就任演説を行なって、遂に新体制がスタートしたのだった。

それから数か月して、僕は「3J」の中で最も若いJSと仕事の打ち合わせをしたのだが、その時、「神童さん、JTさんが会社辞めるって、聞いてる?」と僕に言う。「え!何で?」。「A氏を支え、A氏と共に頑張るという自分の役割が終わったから、と本人は言ってるみたいだけどね」。

僕は「ふ~ん」と言うしかなかった。JTがA氏を人生で出会った最も素晴らしい人間、その彼を盛り立て、A氏の理想を実現するために自分の存在があるとまで考えていた(らしい)から、A氏の社長退任を機に自分の役割も終わったと考えたとすれば、それはそれで理解出来なくもない。

しかし、JTの深層心理はそれほど単純なものだったろうか。彼はある地域の営業部門を任されていたが、2~3か月前僕と飲んだ時、A氏が心血を注いで実現しようとしている経営戦略を自分のところで全国に先駆けて実行しようとしているのに、本社はその重要性がまるで分かっていない、と嘆いていた。

つまり、社長退任表明を機に、A氏の夢が会社全体の夢でなくなって行くことへの哀寂感がJTの心を占めて行ったのではなかったか。

更に、新社長のJMとは長い間良きライバルであり良き仲間であった。それだけに、自分が経営の一角に留まると新社長は物凄くやりにくい筈だ、と考えた。最早自分の居場所はないと結論付け退任を決意したに違いない。

当然ながら新社長はJTを必死に慰留したであろうが、引き際の潔さを最も重視するJTは、A氏の社長退任から半年後、静かに去って行った。ご本人にしてみれば、それでも「予定より半年遅れてしまった」のだそうな。

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