プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 9 月 2008

音楽の力(5)

兎に角驚いた。番町小学校→麹町中学→日比谷高校→東大法学部という、典型的なエリート・コースを歩んで来られたAさんが、彼とは全く別世界の人達と、それも見ず知らずの人達と瞬間的に仲良くなってしまうAさんの人間の大きさを見た気がしたからだ。彼の気さくさ。規格外の気さくさ。僕は一発で彼を好きになった。

その後、Aさんはシステムを離れ、北海道の営業本部長などを歴任され、7年前、遂にX社の社長にまで上り詰めたのであった。

たまに当時の7社プロジェクトのメンバーとは会うが、一番会いたいと思うAさんはもう雲の上の人になってしまって、お会い出来るような存在でなくなってしまった。もう13年も前のことだし、超多忙なAさんだから、既にそんなことは記憶の彼方に消えてしまっていることだろう。

そのAさんが、今、X社園遊会のメイン・ステージの上で会長挨拶をしている。テレビや新聞でお顔は良く見掛けていたが、実物を見るとやはり昔とは違いお年を召された感じがした。

激動の時代を大会社の社長として指揮し、次々と起きる難題に直面してそれを乗り越えて来られたのだから、その苦労が外見に現われても何ら不思議はない。大変だったんだろうな。

でも僕は、こうして大勢の参加者の中で遠くからAさんを眺められただけで、今日、ここへ来た甲斐があったと思った。

次にB社長の乾杯のご発声があり、夏祭りが始まった。あの方がBさんか。Bさんは新聞などで知っているだけで、この時初めて見た。

さあ、僕等が演奏を始める番だ。4階のホールに上がったら、「クーペ&Shifo」、コーラス隊、他のおじさんバンド・メンバーが全員揃っていて、僕が最後だった。みんな律儀だなぁ。しかし1階でセレモニーが終わったばかりだから、観客がまだほんのチラホラしかいない。

演奏は6時スタート予定だったが、もう少し人が集まってから始めることにして、少し待っていたらどんどん席が埋まって行く。7割がた埋まったところで、10分遅れて漸く演奏を開始した。

9 月 4, 2008   No Comments

音楽の力(4)

僕は他の中堅6社のシステム部長連と一緒に、ある共同システムを作るための7社共同プロジェクトを進めていた。

自分達で全てを共同開発する選択肢の他に、同じ目的のシステムを先行開発していたX社のシステムを利用する提案を含むSI業者などからの提案4候補に絞って7社で詰めた結果、費用と条件が折り合うなら、開発の最終段階に入っているX社のシステムが最有力と、条件付きながら7社合意が出来た。交渉役は何故か僕に決まった。

Aさんは、僕より3~4歳年上だが、その時は僕もシステム部長だったから対等の立場を貫いた。何回かの交渉で他の条件はほぼ歩み寄ってくれたが、金額だけは最初から一貫して変わらない。交渉役の僕としては、このままでは折角の7社合意も白紙に戻るのが明白だから粘りに粘った。

X社Aさんの主張は、自社で先行開発したシステムの開発コストを8社で等分に割るべきだというもの。僕の主張は、7社はX社のような金持ちの大手社ではなく、飽くまでも中堅会社。元々、7社が乗らなければその全てをX社一社で掛ける予定だったのだから、7社が開発コストの半分を負担すれば、X社もコスト半減出来るのだからそれで御の字ではないか、と言って譲らなかった。

何回目かの交渉を経て、最終的にはAさんが、7社の負担額を他のSI事業者などの提案している額に近付けるべくX社内を説得し、金額引き下げ努力してくれたのでやっと妥結に至った。

どうしてもここで書きたかったのは、この喧々諤々の交渉がやっと纏まって、お互いの慰労を兼ねて街に飲みに繰り出した時のことだ。

都心と違って各社のコンピューター・センターは郊外にあるから、僕等が入った店も当然郊外の店だったが、そこはかなり広い店で、高級カラオケ・セットを売りにしているスナック風の店らしかった。Aさんとその部下の方、会社の先輩と私の4人で店に入ったが、時間が早かったのか、僕等は最初の客だった。

乾杯の後はビールや焼酎・日本酒など各自好きな飲み物を飲みながら、お互いを慰労し談笑していたが、1時間ほど経ってほろ酔い気分になったところで、カラオケをやろうということになり、先ず先頭を切ってAさんが歌った。曲は覚えていないが、かなり歌い込んだ跡が伺える。彼の歌の最後の方で、大工さん風の新しい客が7~8人入って来た。

Aさんが歌い終わって「それじゃぁ、神童さん次お願いしますよ」と言って、ご本人はトイレに向かわれた。僕は1曲しかない持ち歌、「舟歌」を歌った。「Aさん、なかなか戻って来ないなぁ」と思いながら。

決して僕の歌を聴いて欲しいのではない。寧ろ下手な歌を聞かれないで良かったのだが、トイレが長いなと心配だったのだ。僕が歌い終わってもAさん席に戻られない。

僕はひょいと新しい客たちの席を見た。何とAさんその輪の中に入って親しげにビールを注ぎながら話をしているではないか。僕はその図が「凄い!」と思った。

9 月 3, 2008   No Comments

音楽の力(3)

昨日は、日本を代表する金融機関X社のコンピューター・センターの中でコンサートをやって来た。その会社は何年か前まで、連続して学生の就職希望ナンバー・ワンだった会社だ。

どういう催しだったかと言うと、その会社では毎年夏の終りに、そこで働くコンピューター部門の社員、並びに、コンピューター・メーカーや、協力会社と呼ばれるソフトハウスの代表者達にも参加して貰って、「園遊会」という夏祭りを行なって来た。今回はその29回目の「園遊会」だった。

X社の常務さんとは、お互いまだ係長か課長代理のころからの付き合いで、お互いの事務センター見学や意見交換会、或いは、業界活動を通じて良く知る仲だ。そして、数か月前、彼との飲んだ時、僕は彼に「X社には、クーペ&Shifoを呼ぶような、何かイベントはないのか?」と聞いてみた。

彼は「大きなパーティーと言うか会社の夏祭りみたいなところでもいいの?」と言うから、「そういうので良いんだよ」と答えた。彼は持ち帰って検討し一週間後、今回の夏祭りに「クーペ&Shifo」に出演して欲しいと言って来た。

聞けばそのパーティーには、本社から会長・社長以下本社の役員は殆どが参加する会社挙げての一大行事なのだそうだ。

クーペも、同じ市内にあるT社のコンピューター・センターに努める1千人を超える人々に自分達を知って貰える絶好の機会と捉え、おじさんバンドだけでなく、コーラス隊にも動員を掛け、本格的なステージにしようと張り切ったのは言うまでもない。

会場は2階の吹き抜けの広いロビーがメイン会場に当てられ、窓側にはズラッと屋台が設けられて、社員が焼きそばやフランクフルト・ソーセージを焼いたり売り子をやってお祭り気分を高める。

僕等が演奏する会場は、このメイン会場ではなく4階のホールだ。メイン会場で最初の式典が終わった後、音楽を聴きたい人は4階に、そうでなく飲み食べ歓談をしたい人はメイン会場でという具合になる。

メイン・ステージではいよいよ式典が始まった。まず、A会長のご挨拶。A氏は昨年社長をB氏に譲って、自らは会長になられたのだが、社長当時は業界の協会長を初め、NHK経営委員長など重要ポストを担われて、広く知られた有名な方だ。

実はそのA会長がシステム部長だった12~13年前、彼は、あることで僕が交渉役を務めた相手側責任者だったのだ。かなりタフな交渉だったが、妥結後はその分大変親しくなった。

9 月 2, 2008   No Comments

音楽の力(2)

ノラ・ジョーンズが現れてからか、坂本龍一がそれをテーマに作曲してから、「癒し系」という言葉が一般化したようだが、そういうカテゴライズされた分野に限らず、元々音楽には人を癒す力があると思う。前稿では介護に疲れた人の心を癒す音楽の力を紹介した。

人生に躓いた時、落ち込んだ時、勇気を与えてくれた歌というものが誰にもあるだろう。それが演歌であったり、ロックであったり、映画音楽であったり、クラシックであったりする。ある人を偲ぶ時、当時の曲が流れると、最も鮮明にその時の情景と共にその人の面影が瞼に浮かぶ。

そういう癒しの力とは違う、別の音楽の力を感じた2つの出来事がある。音楽が人と人とを運命的な出会いに導くといった・・・。

その一つは、以前詳しく紹介した、クーペと彼の娘さんの28年振りの奇跡の再会物語のことである。娘さんが1歳の時に、クーペは離婚のため娘さんと別れたきり、行方も分からないままだったのが、25年振りに娘さんから一通の手紙が来た。「生んでくれてありがとう」その一言だけを伝えたかった手紙。だから、どこにも彼女の住所が書いてない。

出せない返事のつもりで作った歌が、東芝EMIのプロデューサーの目に留まり、デビューすることになった。曲は「25年振りの手紙」。娘に届けと歌った。手紙の消印(福岡南)を頼りに福岡市天神でライブも強行した。だが会えなかった。

半年後もう一度福岡でライブを企画。その頃から両サイドの友人を介して、何とか父娘は連絡がつくようになって行った。そのきっかけはクーペのホームページを娘さんとその友達が探し当ててくれたことなのだ。クーペが音楽活動をしていたからこそ、そして、何より娘を思う父親の歌でメジャー・デビューしていたからこその奇跡だった。

2回目の福岡公演に、娘さんが様々な葛藤を乗り越えて現れてくれて、28年振りというあの感動的な父娘再会のドラマティック・コンサートになったのだ。クーペが音楽をやらず、ただ酒とギャンブルにウツツを抜かすだけの人間だったら再会も有り得なかったろうし、あっても周囲に感動など与えられなかっただろう。そういう意味で僕は、音楽が2人を引き合わせた奇跡の物語だったと思っている。

そしてもう一つ、音楽が人と人とを結び付ける出来事が、つい昨日起きたのだ。

9 月 1, 2008   No Comments