プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 10月 2008

メープル街道の旅(8)

ノートルダム大聖堂を後にして、バスはモントリオール市内をゆっくり走り、車窓から大学や市庁舎などを見て回った。その途中、「シルク・ド・ソレイユ」という世界的エンターテイメントの本拠地を通った。

「あの有名なサーカス団、シルク・ド・ソレイユの本拠地がこちらです。モントリオールが世界に誇る芸術集団です」と現地ガイドが説明する。だけど、あれはサーカスじゃないでしょう。

更に、「このシルク・ド・ソレイユに入るのは物凄い競争率なので、カナダ人でも大変難しいのです。ところがここ数年、外国人の入団希望者が殺到しているそうですが、それはもっと難しく、入るのは不可能に近いと言われております」。フムフム。

「ところが最近、日本人女性が見事合格して、ダンサーとして活躍していらっしゃるようですよ」。よ~し。やっと言ったか。その人僕知ってる。「谷よう子」さん。

Shifoの友人で、4月のNHKホールのライブの時、途中ゲスト出演してダンスを披露してくれたんだ。息を呑むような迫力に僕は感動してしまって、言葉もなかったな。店にも何度か来てくれて、おじさんバンドも谷よう子さんと仲良しになったんだ。

さて、僕等のバスはいよいよケベック市に向かう。途中一回のトイレ休憩を取るが、走りっぱなしで約3時間の行程だそうだ。バスはセント・ローレンス川の南側のメープル街道(国道20号線)を東に走る。

言われて見れば確かに楓の林が多いが、紅葉は全く見られない。来るのが早過ぎたな。仕方ない。でも今日の寒さで少しは紅葉早まってくれないものか。

ケベック市は、ケベック州の州都で公用語がフランス語なのだ。看板や標識は全てフランス語だ。バスの中で添乗員がミニ・フランス語講座をやってくれた。「こんにちわ」は「ボン・ジュール・ムシュー(またはマダム)」、「ありがとう」は「メルシー・ボク」、「さよなら」は「オ・ルボワール」。教えてくれなくていいよ、英語だってままならないんだから。

中心地なのだろう、道の両側にレストランが連なっていて、それこそパリのシャンゼリゼ通りみたいに、オープン・デッキにパラソルが立った席でカフェを飲む客の姿が、何となくフランス風だ。その中の1店で僕等ツアー客は昼食をとった。

ケベック市はカナダ発祥の地である。以前はインディアンのアルゴンキン族やイヌイット達が何千年に亘って住んでいたが、1534年にフランス王、フランソワ1世の命を受けたジャック・カルチェが、大西洋を渡りローレンス川を遡りこの地に上陸。それ以後この広大な土地はフランス領のヌーベル・フランスとなった。

その後イギリス軍に敗れイギリス領になったが、それ以降もケベック市民はフランス文化を守り、そのプライドの高さから近年、カナダからの独立を叫ぶようになった。だが2回の国民投票(1980年、1995年)に敗れ、今は独立の機運は頓挫している模様。

市内観光の後、市からセント・ローレンス川を少し下った所に大きな滝(モンモランシーの滝)があり、濡れながら直ぐ目の前まで行って眺め、カミサンに「ナイアガラはこの何十倍もの水量だから、濡れ方もこんなもんじゃないよ」と、余計な慰めを言って怒られたり、ローレンス川の中州の大きな島(オルレアン島)に渡った時、「中の島ブルース」を口ずさんでカミサンに注意されたりしながら、本日の観光を終えた。ケベック市のホテル泊。

10月 31, 2008   No Comments

メープル街道の旅(7)

成田出発からモントリオールで一泊するまでに、6回もの連載となってしまった。まだ、カナダ観光も始まっていないんだよ・・・。残りの旅行日程は7日間もある。一体どこまで行くのやら。少し急ごう。

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朝、バスに乗り込む時、吐く息が白くなるくらい今日は寒い。7時丁度にホテルを出発。添乗員はバスの中で改めて挨拶した。いよいよカナダの旅が始まることを実感し、僕もカミサンも少し気分が浮き浮きして来た。

添乗員が、「今朝のテレビで、向こう一週間晴天が続くと言っていました」と言うと、一同から期せず拍手が起きた。車窓から空を見上げると確かに真っ青な空。続いて「皆さんカナダの紅葉をお目当てに来られたと思いますが、昨日出発前、東京の事務所に入っていた情報では紅葉は3%ということでした」。

確かに、街路樹を見ても近くの丘を見ても、まだ夏の終わりのように葉は青い。「3%、って、どの位ですかね。桜の3分咲きとかは30%という意味ですから・・・。ということで、この旅行、いくつか紅葉の名所に行きますが、もしかしたらあまり紅葉が見られないかも知れないのですが、その時はお許し頂いて、皆様の素晴らしい想像力を活かして真っ赤な紅葉を思い浮かべて頂ければと思います」と添乗員が言う。

9月下旬から10月上旬がカナダの紅葉の見頃、とガイドブックにあったが、温暖化の影響で徐々にその時期が遅くなっているのだろうか。自然が相手だから、ピークに上手く合わせて旅行予約するって難しいこと。仕方ないね。

とその時、何人かの女性客が「ワー、綺麗」と声を上げた。信号で止まったバスの直ぐ右の木が赤く色付いていたのだ。「良かったですね。たった3%しかない紅葉の木が見れて」と添乗員。「この木がメープルです。この木はメープル・シロップの取れる木ではなく、違う種類で、レッド・メープルと言って、それこそもっと真っ赤に鮮やかな色に紅葉する楓なんですよ」。

空港に近い郊外のホテルから、モントリオールの市街地までは小一時間掛った。市内では、先ず、小高い丘全体が墓地と公園になっている場所から市内を一望し、遠くに、セント・ローレンス川を望み、その手前にはモントリオール・オリンピックの時の、大きな聖火台を特色とするメイン・スタジアムが見える。

その風景をバックに、カミサンの写真をパチリ。海外旅行で使い捨てカメラで撮ってるのって、忘れ物をして来ましたと言ってるようで、何となく恥ずかしい。

次に案内されたところは、市内中心部にあるノートルダム大聖堂。中に入った。僕はその大きさにまず驚いた。祭壇に向かって整然と並ぶ長椅子は一体何列あるのだろう。奥行きもさることながら、左右への広がりも半端じゃない。こんなの見るの初めて。

僕は「クーペ&Shifo」と一緒にライブを良くやるので、どうしてもコンサート会場を見るような眼で見てしまう。ざっと1,000人は入れそうな広さだ。現地ガイドの話を聞いていたら、やはりこの教会で小澤征爾指揮でオーケストラの演奏がされたことがあると言う。

正面祭壇の沢山の彫刻、その後方は青く輝く光、教会左右の両側にはステンドグラス、天井は青と黄金のドーム。後方2階には大きなパイプ・オルガン。その荘厳さと華やかさに暫し見とれてしまった。1830年に出来た教会だという。「ノートル・ダム」とはフランス語で「我らが・貴婦人」、即ち、聖母マリアを指す。

10月 29, 2008   No Comments

WBC日本代表監督決まる

やはり、昨日載せたブログはタイミングが悪かった。WBCの監督が星野でなくて良かった、イチローが次回WBCでの惨敗を未然に防いだ、と書いたその日に巨人原監督に決まったというニュース。折角イチローが救ったのに、また元の木阿弥。

直近の一致した方向では、日本シリーズ優勝監督が代表監督になるんじゃなかったの?なのに、まだシリーズが始まらない内に原監督に決まっちゃうっていうのはどうして?

新聞報道によれば、WBCのアジア予選の主催が読売新聞なので、その傘下球団の巨人監督に決まったという。それもコミッショナーの提案ですんなり決まったらしい。巨人も巨人ならコミッショナーもコミッショナーだ。

イチローは、本気で連続WBCチャンピオンを目指すなら、それに相応しい監督を、と言っているのに、何なんだ、この決め方は。現役監督の中からというと、誰もやりたくない監督だから、アジア予選の主催会社の所からだと~?

やりたくない当番を決めるみたいなことで、世界一など取れるものか!球界を代表する王・野村両氏が委員にいてこれだ。尤も王さんはもう一度自分にならないよう焦りの気持で他の人を推薦したのだろうし、野村さんは皆の意見が自分ということになれば吝かでないと思っているのにそうならないから、手を上げなかったのだろう。

実は僕は、日本シリーズで日本一になった監督が自動的にWBCの監督になるという案には元から反対だった。何故なら、アメリカに渡って勝負をし、高い評価を得た選手を纏めて戦いに挑む監督は誰でも務まるものではないからだ。

現役メジャー・リーガーから尊敬される人でないと、彼等のやる気は引き出せないだろうし、レベルの高い選手達が高次元で一つになれる監督でないと無理だと思うからだ。

前回の王監督は、イチローを初めとする日本人大リーガーから例外なく尊敬されていた。だからイチローも王監督の下、あれだけの必死さとパフォーマンスを発揮出来た。そういう監督を探すと、どちらも三冠王という輝かしい実績を残した、野村監督か落合監督以外にいない。

OBで良いなら、イチローが目標にした、3,000本安打の張本氏でも良いかも知れない。

何故、こういう人達の名前が上がらなかったのか、僕には大変疑問なのだ。原監督はどう言う点で尊敬される?もし、西武が優勝したとして渡辺監督はどういう実績を残した?実績だけではないかも知れない。若い監督はダメという訳でもないかも知れない。

アメリカに渡った本当の侍達に、あの監督の下でなら是非やってみたいと思わせる人物を選ぶ観点が最初から抜け落ちていたように思う。

10月 28, 2008   No Comments

WBC日本代表監督決まらず

てっきりブログに掲載したものとばかり思っていたら、アップロードを忘れていたのに気が付いた。先週初めに書いたブログなので、タイミングが悪いかも知れないけど、破棄するのも忍びないので改めて掲載することにします。お許しを。

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北京オリンピックで、ダメな選手をずっと使い続けて惨敗した星野にもう一度監督をやって貰おうという空気が支配して、コミッショナー主催の会議で王前監督の意向で星野に決まりかけたのがマスコミに漏れた。

その時星野が固辞していれば、「再び星野監督か?」なんて記事にはならなかった筈だから、星野にもリベンジの気持ちが多少なりともあったと見られても仕方ない。

その辺の事情を察してか否か、イチローは「現役の監督から選ぶべきでないとは、本当に最強のチームを作ろうとしているのか疑問。WBCをリベンジの場と考える向きがあるとすればチームは纏まらない」と苦言を呈した。

これをストレートに読むと、前半の方は「星野監督ではノー」と言っているように思う。だが、これを神童流に読むと、「選手は現役から選ぶのに、監督だけ現役はダメ、とはどういう考え方か。現役を退いて現場感覚も勝負勘も鈍ったロートルOBではなく、現役の監督の下、チーム編成するのが当たり前ではないか」となる。

後者は「大リーガーが出ないオリンピックと、WBCを同列に語るな。オリンピックは所詮2軍戦。2軍戦のリベンジを1軍戦で果たすなんてバカ言うんじゃない」となる。

少し言い過ぎかな?でも、イチローのWBCに対する思いの強さは、前回の大会でここかしこに見られた。イチローのリーダーシップを見て、僕はそれまでのイチロー感を大きく変更せざるを得なっかった位だ。

イチローがこういう発言をするのは、今回も絶対にWBCの優勝を狙うんだという、強い気持ちの現れ、意思表示だと思う。

王さんもそれが分かったから、日本シリーズ優勝監督が良いと言い出したし、星野は改めて「WBCの監督は引き受けない」と表明した。

イチローが発言しなかったらどうなっていたのかねぇ。以前僕は当稿で「星野はWBCの監督をやるべきでない」と書いた。

一般に勝負事は、その時その場所の運などの要素が多分に働くから、必ずしも全てを指揮官の責任に帰すのは如何かという人もいるが、あのオリンピックでの惨敗は、誰の目にも星野監督の采配の誤り、否、ダメ選手を偏執的に最後まで起用し続けた結果だった。

戦術・戦略・試合運びの妙などという前に、どの選手が大試合に強いのか、弱いのか、どの選手が調子が良いのか、悪いのか、その見極めが出来ない監督では、試合前から負けていたも同然だった。

そういう意味でイチローの発言は、既に、まだ編成されていないWBC日本チームを惨敗から救ったことになるのだろう。

10月 27, 2008   No Comments

メープル街道の旅(6)

何かの気配で急に眼が覚めた。僕は低血圧だからそんなに寝起きが良くないのだが、この時ばかりは数秒でパッチリ目覚めてしまった。

今何時だ?おもむろにナイト・テーブルの時計を見る。え!まだ3時?眠りに落ちたのはあっと言う間だったような気がするが、1時間半しか経っていないの?それにしちゃー頭がすっきりしてる。これって、時差ボケだな。

カミサンも起きちゃったらしく「今何時頃?」と聞く。「まだ3時だよ」。「なんか眠れないわねぇ。ウトウトはしたみたいだけど」。やはり彼女も時差ボケになってるようだ。

仕方ない。また寝る努力をしよう。それから2時間、目は瞑っているものの頭が冴えて、結局眠ることは出来なかった。覚悟を決めて5時半起床。外はまだ真っ暗だった。

朝6時になっても辺りはほんの少し明るくなり始めたかなという程度。今の時期日本だと5時過ぎの雰囲気だがなぁ。あっそうか!こちらはサマー・タイム(正しくはデイ・ライト・セービング・タイム)なんだ。9月末まで、時計を1時間早めてるんだ。それでカナダは夜明けが遅いのか。納得。

昨夜指定されていた地下の朝食ルームに行くと既に一行のメンバーが食事を始めていた。席に着いたらウェイターが食事を運んで来てくれた。まずオレンジジュースと水。次にパン。最後にメイン・ディッシュ。皿の上にはスクランブル・エッグ、カラカラに炒めたベーコン、それに細切れのポテトだけが乗っていた。

果物は?無い。オレンジ・ジュースがその代りなのだろう。僕はあっという間にたいらげた。コーヒーだけは好きなだけ飲めるようだ。カナダ旅行で食べ物に期待しちゃあだめだよ、とは経験のある先輩のお言葉だったっけ。

さて今日の予定は、午前中にモントリオールの市内を観光した後、メープル街道をバスで3時間、ケベック市に向かい、市内観光、ケベック一泊というコースだ。所謂「メープル街道」と言うのは、西はエリー湖を源として、ナイアガラを通ってオンタリオ湖、そこから更に東に流れ、最後は大西洋に注ぐセント・ローレンス川に沿って両岸を走る国道20号線(川の南側)と40号線(川の北側)の2本の道路を指すのだそうだ。

だが、「メープル・ロード」なんて現地で聞いても誰も知らない。日本の旅行社がツアー募集用に創作した名前。丁度ドイツの「ロマンティック街道」と同じで、日本旅行社の商魂逞しいヒット名称だ。確かにカナダの旅情を誘う名前だけど、そう言うことは現地に来てから明かさないで欲しいね。

因みにメープルというのは、カナダ国旗にもなっている楓(かえで)のこと。メープル・シロップで有名だよね。日本の楓ではシロップは出来ないのだが、100何十種類もある楓の種類の中で、たった一つ、カナダの楓だけが木の樹脂が豊富で甘いのだそうだ。

フランスやイギリスから白人が移住するより遥か昔から、原住民はネープル・シロップを採取して貴重な糖分としていたという。

10月 24, 2008   No Comments

メープル街道の旅(5)

コダックの使い捨てカメラ27枚撮りを3つ、13.50ドルを3つ、日本円で4千円強をはたいて購入。カミサンは「これって今回の旅行用に入った保険で出るの?」と僕に聞く。「そんなの無理だろ。壊れたカメラはひょっとしたら保険で出るかも知れないけど」と僕。「そのカメラが壊れなかったら買う必要無かったんだから出なきゃおかしいよ」と僕相手に粘る。

「日本に帰ってから聞いてみるから」と言ってなだめて話を打ち切ったんだけど、女ってしっかりしてるんだか、セコイんだか。大枚はたいて海外旅行に来ているのに数千円が気になるみたい。この辺が男とは違うんだよな。

さて、今日の夕飯。12時間のフライト中に3回も食事が出たので空腹ではないのだが、夜9時過ぎの飛行機でカナダに向かうから、ホテルに着くのが深夜になる。ここで食べておかないといけないようなのだ。

機内食が不味い洋食ばかりだったから、本当は日本そばかうどんと行きたいところだがここはアメリカ。重そうなメニューのレストランに入る気にもなれず、ブラついていたら、マクドナルドがあった。

そこでハンバーガーを注文し軽い夕食とした。日本のマクドナルドは日本味にしてあるらしいので、本場の味とは違うと言うが、子供が成人してからは日本でも殆ど食べなくなった僕には味の違いは分からなかった。

そうこうしている内に集合時間になり、いよいよ搭乗。モントリオール行きの飛行機はやはりコンチネンタル航空のプロペラ機だった。機内は真ん中の通路を挟んで左右2席ずつのこじんまりしたものだった。

席はほぼ満席だったが、日本人は僕等のツアーご一行様だけで、あとは全部外人さんだった。考えてみりゃ、これはアメリカのローカル線のようなもの。地元の人々の交通機関なんだから、我々のような日本人が団体で乗っている方が珍しいのかも知れない。

機長やパーサーの案内も、ニューヨークまでは英語と日本語だったけど、ここでは英語とフランス語。殆ど分からないね。まあ、無事着いてくれりゃあいい。

2時間弱のフライトで目的地のモントリオールに着いた。成田を経ったのは随分昔のように感じるが、モントリオールに着いたのは、まだ同日(9月21日)の午後23時10分。

ニューヨークと同じように、入国審査と税関を通って、空港出口のロビーへ。ホテルまでのバスが迎えに来てそれに乗り込んだのが0時10分。ホテルは空港から7分と近かったので、0時40分にはホテル・ロビーで明日の予定を添乗員が確認徹底して解散。

直ぐに部屋に入り、風呂に入って寝たのが1時半。今日の一日は本当に長かった。明日はホテル出発が7時だから、少なくても5時半~6時には起きないと。早く寝よ。お休み。zzz・・・・・

10月 23, 2008   No Comments

メープル街道の旅(4)

9.11のテロ事件以来、空港の搭乗検査はかなり厳しくなったとは聞いていたが、靴まで脱がされるとは、いやはや驚いた。

そう言えば、アメリカでは預けるトランクの鍵を閉めておくと、無理やりこじ開けて中身を調べるから、ロックが壊れるので鍵はかけないのだと聞いていた。だから今回の旅行用にTSAロック(係官はTSAロック用共通合鍵を持っているので、トランクに鍵を掛けていても大丈夫)のトランクを購入した。

だけど成田では係員に、日本ではTSA検査体制は整っていないからトランクの鍵を開けておくようにと言われた。どうなってるんだ?アメリカを経由するからわざわざ値段の高いTSA仕様の方を買ったのに、意味無いじゃん。

僕の推測だけど、このTSA、まだ世界に普及していなくて、米国内に限った話なのだろうと思う。従って、米国内の移動や米国発の外国行きの便では、各空港のトランク検査でTSA合鍵が使われるのだが、外国からアメリカに向かう飛行機は、各国の検査に合鍵が使われていないから、TSAロックは意味を成さないということだろう。

でも、釈然としなかったなぁ。何だか騙されたような・・・。

さてやっと、身体検査を通過して、搭乗口エリアに入った。添乗員は一旦全員を集め、「まだ3時間以上時間がありますので、食事やショッピングなどをしてお寛ぎ下さい。次の集合時間は20時30分、78番ゲートです」と伝えて、一旦解散となった。

かなり大きな空港だから、中に入っている店も凄く多い。何か所も免税店があるし、土産物などの雑貨屋、本屋、宝石店、レストラン、ファースト・フードの店等沢山ある。

僕は早速カメラを取り出して、「空港内の写真を撮ろう」と広い搭乗ゲート・エリアをバックにカミサンの写真を撮ろうとした時だった。スイッチを入れて構えたが、画面に何も映らない。デジカメがウンともスンとも言わないのだ。おかしいな。昨日充電したばっかりなのに。変な話、シャッターを押すとちゃんとフラッシュが焚かれるから電池切れじゃない。

そこに添乗員が通り掛かった。「どうかしましたか?」。「カメラが壊れちゃったみたいで」。「チョッといいですか?」と、自信ありげに添乗員は僕のカメラを調べ始めた。添乗員は女性だけど、きっと旅先で客のカメラ故障は何度も体験してる筈だから、もしかしたら何とかしてくれるかも知れない。

「ウ~ン、ダメですねぇ」って。ガクッ。「あそこの店で使い捨てカメラを売ってると思いますから、幾つか買って行かれたら如何ですか?」と添乗員は教えてくれた。こりゃぁ、ご親切にどうも・・・。

10月 22, 2008   No Comments

気遣い

気遣い、気配り、気働き、心配り、心尽くし、思いやり、おもんばかり・・・。人が相手に優しく接し、相手を労わる時の言葉。ニュアンスは少しずつ違うかも知れないが、日本語には類似語が沢山ある。

それだけ、日本人の細やかな心の動きが大切なこととして育まれ、何世代にも亘りその価値観が伝えられ、沢山の言葉と共に現在に伝承されて来たのだと思う。これらの言葉は、精神文化の高さや豊かさを表す誇れる言葉だ。

ところで皆さんは、これらの言葉からどんな場面が思い浮かぶでしょうか?

僕は、自分がバリバリの30代の頃、ちょくちょく仕事で徹夜になった時のことを思い出します。早朝、部長がいつもより2時間近くも早く出社して来て、自らコーヒーを入れ、机に向かっている僕等に「ご苦労さん」と言ってカップを手渡してくれた。徹夜作業の首尾が気になっている筈なのに。真っ先にそのことを聞きたい筈なのに。

僕等はコーヒーを一口飲んで自主的に現状を報告した。残念ながら、問題解決は一筋縄で行かず、午前中一杯システムを止めて解決を図る旨伝えざるを得なかった。

部長は、「そうか、分かった。もう一踏ん張り頼む」と言っただけだった。部長宛てに全国からオンライン停止のクレームが殺到する筈なのに。

また、先輩に、「あいつはこういう気遣いが出来るいい奴だ」とか「あの人の気配りには頭が下がる」とか、皆の前で良く言う人がいた。

最初の内はみんな「へー、大したものだ」とか「自分にも出来るだろうか」とか感心したり自問自答したりもしていたが、度重なると、徐々に「またか」となり誰も聞かなくなって行った。先輩としては後輩のためを思って話す気配りのつもりなのだが。

結局は「お前達も俺に気遣いを忘れるな」と言いたいのだと解釈されると、「そんなに気遣いが大事なら、一度くらい僕等にそれを示してみたら如何?」ってな具合になる。

この2例、一見真逆と見えるが共通することは、「気遣い」ってやつは、受けた側が感じる言葉だということが分かる。「気遣う」には、十分条件とは言えないが、相手の気持ちをおもんばかる細やかさが必須条件なのだろう。

しかし、本当に今を生きる人々の心に引き継がれているのだろうか?親が子を殺し、子が親を殺す。鬱積した気持ちを通りすがりの人にぶつけ簡単に人を殺傷する。

いつしか経済社会の主役が、生産者から、本来経済活性化の黒子役である筈の金融機関に移り、彼等のマネーゲームは止まるところを知らず、日本では10年前、そしてアメリカでは今また、行き過ぎた虚業崩壊のツケを税金で清算しようとしている。

細やかな心模様とは全く相容れない世相になって来た。冒頭の言葉達が死語にならないことを望む。

10月 21, 2008   No Comments

メープル街道の旅(3)

辺り一面午後の日差しが燦々と降り注ぎ雲一つない快晴の中、僕等の飛行機はやっとニューワーク空港に着いた。ニューヨークの郊外だがここはニュージャージー州だと言う。

成田を発ったのが9月21日午後4時30分、ここニューワークに着いたのも同じ日の同じ時刻(僕の時計では)。12時間も飛行機に乗ったのに12時間が消えちゃった???(正確には現地時間、同21日午後3時30分、即ち日本との時差13時間)

機内から外を見ると、この空港はまるでコンチネンタル専用空港かと思うほど、同じ模様の飛行機が止まっている。天気快晴。温度23℃。成田を発った時とそんなに変わらない。

さて、先ずは入国審査。係の窓口が足りないせいか、長蛇の列。小一時間並ばされた。いよいよ僕等の番だ。列から前に出てカミサンと2人して係官のカウンターへ。「ハロウ!」と係官。「ハロウ」と僕。係官「ハウアー・ユー?」、僕「ハウアー・ユー?」。カミサンが嘲笑っているような気がする。「ファイン・サンキュー」でしょうが、って。

こちとら英語なんて15年振りだぁ。簡単に出て来ねーよ。係官「フロム・ジャパン?」、僕「フロム・ジャパン」、係官「ベリー・ファー?」、僕「ベリー・ファー」。まるでオウム返し。またカミサンに嘲笑われている、ような気がする。

係官は入国申請書やパスポートなどを入念に調べた後、小さな機器の上に指紋を押せろと言う。何度もやり直し。機械が調子悪いのか、僕の指紋が国際手配の人物に一致しちゃうのか。5回目でやっとOKが出た。こういう時、身に覚えがないのに緊張するのよ、何故か。カミサンは一発で通って目出度くアメリカに入国。税関は簡単に通過。

旅行社の添乗員と一緒に20~30分待ったところで、ツアー一行全員が入国審査を通過。添乗員は「カナダ行きの乗り換え飛行機の出発まで3時間以上ありますが、直ぐにチェックインしてしまいましょう」と言う。何だ、乗り換えに5時間もあると聞いていたから、タクシーでマンハッタンにでも行って戻ろうかと思っていたのに。

添乗員はラッシュ・アワーだから3時間ではとても無理だと言う。仕方ないね。早速搭乗手続き、そして、問題の身体検査。携帯電話や洗面道具などはトレーに載せて、までは良い。靴を脱いで腰のベルトを外してと言われ、これにはビックリ。「ズボンも脱ごうか?」と日本語で言ったが通じなかった。

昔、米国の提携先企業のアメリカ人が来日し、日本料理屋に招待した時、座敷だったから当然靴を脱ぐ必要があるのだが、彼が言うにはそれが「どうも裸になるような感覚になるので少し恥ずかしい」と言ったのを思い出した。僕が、アメリカ人は大体そう感じる人が多いのか、と質問すると、そう思うとの答えだった。

ということは、僕が冗談で「ズボンも脱ごうか」と言ったのは、アメリカ人の心を代弁していたことになるな。うん、僕も咄嗟に大したもんだ。・・・何が?

10月 20, 2008   No Comments

メープル街道の旅(2)

9月21日(日)午後4時35分発のコンチネンタル・エアーラインでまずはアメリカ・ニューワーク空港(ニューヨーク郊外)に向かって飛び立った。12時間の飛行。それも団体ツアーだからエコノミー・クラスだ。こんな狭い席に押し込まれて12時間も持つかな。

僕が海外行きの飛行機に乗ったのは15年振りだ。その時は会社の副社長以下10名の海外研修だった。ロンドン・パリ・ミュンヘンの3都市の銀行証券保険など金融機関を巡る研修旅行だったのだが、自分の会社の役員のお伴だったから、行き帰りの飛行機はビジネス・クラスだった。

「ビジネス・クラスで行くツアーにしようよ」とカミサンに言ったら、「往復たかだか20数時間のために25万円(2人で50万)も払うくらいなら、それでもう一回旅行した方がいい」と言われて、敢え無く断念。エコノミーなんて30代の頃のアメリカ出張以来だ。仕方ない、覚悟を決めて苦行に耐えるとしよう。

昔と違って少しマシなのは、各座席の背もたれに映画や各種ゲームが出来るモニターが取り付けられていることくらいだ。映画の種類も30本くらいは用意されているらしい。よくよく観察すれば、各画面からリクエストすればいつでも番組の最初から見られる完全なるオンデマンド方式だった。

これ以外は、昔より質が落ちたかなと感じた。ニューワークに着くまでに3回の機内食が出たが、どれも美味しいと言うにはかなり無理があったし、客室乗務員(スチュワーデスという言葉は死語になったのかなぁ?)の女性もかなり年配者だった。これは僕でなく、カミサンの観察。

今航空業界は熾烈な価格競争の中にあり、生き残りに必死だから、客室乗務員も正社員から契約社員に変えたりしてコスト・セーブに大変なんだろうな。

しかし、このフライトで何と言っても酷かったのが空調だ。僕はカミサンより遥かにクーラーに強いのだが、出発して3時間もしたら身体の芯から冷え切ってしまって、毛布を首から足元まで身体に巻き付けるようにしないと我慢できない程だった。カミサンはちゃんと備えが出来ていて、幾分厚手のジージャンを着込んで完全防御出来ていた。賢い。

客室乗務員に(英語で)寒いと言っても、「ソーリー」しか返って来ない。この飛行機、成田発だから日本人が多いのだが、殆どの人は僕と同じ毛布姿になっている。6時間を過ぎて、アンカレッジ上空の辺りでは、機内のあちこちからくしゃみが聞こえた。

ところが僕の斜め前の外人(白人)さんは、半袖のTチャツ姿だ。年齢は良く分からない(外人の年齢は本当に分からない)が、30歳前後ではないか。驚くことに彼だけ最後まで毛布は不要で平気の平左。その格好のまま12時間、自分のパソコンを操作したり、たまに映画を見たりして快適そうだった。

きっと白人は寒いところに住んでいるから寒さに強いんだ。コンチネンタル航空は白人に合わせた空調温度に設定にしてるんだろう。そうでなければ故障で調節不能に陥っているかのどちらかだ。

10月 19, 2008   No Comments