高層ビル最上階(3)最終
休憩の後の第2部。いよいよSのお出まし。「今の季節にピッタリ」の曲と紹介して、コニー・フランシスの「バケーション」を歌い始めた。真冬に夏休みの歌かい。久し振りにSのパンチの聞いた歌を聴いた。やっぱり彼女にはこういう曲が合ってる。
Sの歌う何曲目かで、僕は「ルイジアナママ」のバックをやった。僕は2回目の出番だから緊張することもなく楽しく演奏出来た。終わって席に戻ろうとしたら、Sが「そのまま、そのまま。もう1曲お願いします」って。スロー・ナンバー「キャント・ヘルプ・フォーリン・ラブ・ウィズ・ユー」。プレスリーのヒット曲だ。
スローな曲はミスをすると目立つので、僕は3連のハイハットを中心に慎重に叩いた。Sのムード溢れるバラードに誘われるように、会場のあちこちでチーク・ダンスが始まった。「なんだよ。それだったら俺もドラムなんかやってる場合じゃないよ。Mと踊りたいよ」、とは思わずに、一生懸命ドラム演奏をしたのでした。
席へ戻って、「君と踊れるチャンスを逃した」とMに言った。「私、ダンスは苦手だし、聴いている方が好きだから」。それって僕とは踊りたくないっていう意味かよ?
次の曲が始まった。トランペットのOさんがサッチモ張りの声で「イッツ・ア・ワンダフル・ワールド」を歌い始めた。以前、OさんがSと一緒にライブをやっていた会場で、彼女からOさんを紹介され、それ以来の旧知の仲だ。ミュージシャンとして活躍しながら私大の教授も勤めている変わり種。
この歌はルイ・アームストロングのヒット曲で、僕の大好きな曲だ。再びダンスタイム。Sが僕らの所に来て「神童さんも彼女と踊ってくださいよ。貴女もね」って、僕等をそそのかす。勇気出して断られるのを覚悟で誘ってみた。「仕方ない。じゃ踊ろうか?」。「ハイ」Mがやけに素直だ。
ダンスなんて何十年振りだろうと思いながら、まさか今日彼女とダンスが出来るとは思ってもいなかった幸運に酔い、ワインの酔いも加わって、もう最高の気分。怪しい気分。僕は感情を抑えるのに苦労しながらも、彼女と静かにチークを踊った。
Oさんは間奏も自らトランペット演奏している。歌も間奏もだから休む暇ないみたいだ。マイクに向かって吹かれるトランペットの音が、少しエコー掛かって痺れるほど良い音で響く。Mが僕の肩越しに囁いた。「トランペット、凄くいいね。とっても危ない音」。彼女の右手に幾分力が加わったように感じた。
そして、曲が終わりに近付いた頃、「これが叔父さんじゃなかったらいいのになぁ・・・」と、姪っ子のMが残念そうに呟いた。そりゃぁ、こっちもそう思うよ!
高層ビル最上階―完―


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