プレミアムエイジ ジョインブログ
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Posts from — 12 月 2008

駅員の親切

僕はこの8年間、家から会社まで徒歩8分の通勤だったから、電車通勤をしたことがなかったが、今度の会社は新宿なので8年振りの電車通勤と相成った。

その間にスイカやパスモが普及し、定期もIC化されたようだ。11月末の金曜日に僕も定期を買おうと思ったのだが、大きな疑問が頭に浮かんだ。それは、IC定期と現在保有しているパスモをそのまま持って、定期の区間を超えて乗車した場合、どうやって改札の機械を通過するの?という点だった。

こういうことって、みんな既に経験済みで常識になっていることだろうから、バカにされそうで周りの者に気軽に聞けない。そこで、会社からの帰りに、僕の乗る京王線新宿駅の切符売り場で、係員を窓口に呼び出して聞くことにした。窓口に現れたのは年の頃20代後半の若い駅員だった。

「ああ、それでしたらパスモと定期を一枚のカードで兼用できますよ。お手持ちのパスモの残額も引き継げます」と駅員は教えてくれた。なるほどね。2枚のカードを持ち歩くのではなくて1枚のカードで定期と乗り越しなどの時に便利なパスモの機能の両方が使えるという訳か。賢い。

駅員はその後も自動販売機の操作を丁寧に教えてくれた。「お持ちのパスモを差し込んでから『定期購入』を選んで下さい」と駅員。それに従った。「そしたら区間を選択して下さい」。従った。「次に期間を入力して下さい。但し明日明後日は土日ですから月曜日の12月1日からとした方がお得だと思います」と駅員。

「でもそれだと今日の帰りの料金は別に払わないといけませんよね」と僕。「それはそうですが、それでも無駄な期間を買わない方がお得と思いますが」。駅員が言うんだからそうしようか。6ヶ月を選択し表示された金額を挿入。うーん、結構高いもんだ。6万と3千円弱か。

新しいカードが機械から出て来た。区間や期間が表面に大きく印字されたあの懐かしい「定期」のイメージのICカードだった。僕は係員に「どうもありがとう」と言って立ち去ろうとしたら、「ちょっとお待ち下さい」と言われた。暫くして駅員が窓口に戻って来て、「これをお使い下さい」と一枚の切符を渡された。「その切符でどの駅でも降りられますから」と言う。これは特別な切符のようだ。

「これはこれは、ご親切に。どうもありがとうございます」と言いつつ半信半疑だったが、それを改札に通すと問題なく通過出来た。最寄り駅で降りた時も問題なし。

その時僕はあの駅員の親切に改めて感謝した。彼に許された裁量権の中でしてくれた最大の配慮だったと思った。多分、「年配の男が、初めてIC定期を買ったらしいのに、その日の帰りにその定期が使えないというのも、考えてみれば気の毒かな」と思ってくれたに違いない。

たった310円のことなのだが、今時の若者もやるじゃないかと僕は嬉しくなった。

12 月 4, 2008   No Comments

メープル街道の旅(17)最終回

朝3時半にホテル・ロビー集合。僕とカミサンは目覚ましの音で何とか2時50分に起きた。昨夜は無理やり9時半に床に着いたがそう簡単に寝付ける筈もなく、3時間程度しか寝ていないのでかなり眠い。

今日は日本に帰る日だ。ホテルからバスでトロント郊外の空港に向かう。ニューヨークから13時間以上も飛行機に乗るのだから、その時ゆっくり寝よう。

3時20分にロビーに降りた。一行のメンバーはもう殆ど揃っていて、僕らが最後から2組目だった。早速バスのトランクに荷物を積み込むために外に出たら、何と雨が降っていた。そう言えば、カナダに来た日から昨日までずっと天気が良かった。あたかも、雨の方が帰国の日まで待ってくれていたかのようだ。

だが僕は、若い時雨男と言われていた。先輩にゴルフに連れて行って貰うと、必ず雨なので、もうお前は連れて行かない、などとつれないことを言われたものだ。

それでも徐々に雨男から脱却し、遂には晴れ男になった。振り返れば20代・30代が雨男、40代が曇り男、50代以降が晴れ男と言って良い。

朝4時過ぎには空港に着いた。既に出国手続きや搭乗手続きが始まっていた。こちらでは随分早くから空港が開いているんだなぁ。

初日日本からニューヨーク経由でモントリオールに入った時は、アメリカとカナダ夫々で入国審査があり、単なる乗り換え(トランジット)でも再度搭乗手続きをしなければならなかったが、トロントではアメリカ入国審査も代行してくれるので、ニューヨーク(ニューワーク空港)では直接次の飛行機の搭乗ゲートに行けるという。

本当は全世界、トランジットの場合はこういう風にして欲しいものだ。

トロントの空港を飛行機は6時30分に飛び立ち、ニューワーク空港には8時10分到着。次の成田行きが11時10分なので、空港内のスターバックスでコーヒーを飲んだり、ニューヨークに因んだグッズを売っているギフト・ショップで最後の買い物をしたりして時間を潰しやっと搭乗。13時間半の飛行の末やっと成田に帰って来た。

こうして僕ら夫婦の6泊8日のメープル街道の旅が終わった。還暦過ぎの卒業旅行(退職記念)として、カナダの紅葉を見に行くというのは、考えてみればこれほど、人生の秋に相応しい旅行はなかったかも知れない。

そして、何かを期待していた向きには誠に申し訳ないことだが、これほど長い時間、カミサンといっ時も離れず一緒に過ごしたのは初めてだったが、どうにか成田離婚もせずに済みそうだ。

メープル街道の旅―完―

12 月 4, 2008   No Comments

石川 遼

遼君おめでとう。17歳の高校生が、プロ初年度で賞金1億円を突破したのだから凄い。

昨年アマチュアの遼君がプロのトーナメントで優勝をさらってから、ゴルフをやらない人も石川遼を知らない人はいない位有名人になった。おまけにマスクが良いから、おばさまにも若い女の子にも人気がある。宮里藍・横峰さくら以来、人気を女子プロに奪われた格好の男子トーナメントの正に救世主となった。

既に最も注目される男子プロだったからか、遼君が1億円プレーヤーになったと言っても、「やったね」とは思うが、誰もが、無名の大型新人が現れた時のような新鮮な驚きはない。

だがこの1億円突破は物凄いこと。日本には男子のプロ・ゴルファーと呼ばれる人は、レッスン・プロを含めて3万人は下らないという。その全ての人がトップ・プレーヤー目指してプロ入りし、生活を掛けて日々戦っているのだ。その殆どは、身体も強靭で体力にも腕にも自信があるから、プロになっている訳で、一般人とは違う選ばれた人々と言える。

そういう先輩達が、それこそ星の数ほどひしめいているのに、彼等の存在を気にすることもなく、初年度から賞金獲得額5位(トップ・ファイブ入り)、世界ランキング68位は、快挙と言わずして何と言うべきか。

僕の新しい職場に、以前の会社の後輩でハンディがシングルの男がいる。既に3回も一緒にコースを回って貰った。最初の内は何も言わなかったが、あまりに酷い私のスイングを見て、2回目からは丁寧に指導をしてくれるようになった。

目下の課題は、僕のアップライトに過ぎるバック・スイングを矯正することなのだが、これがなかなか言う通りに直らない。ほんのたまに、先生の眼鏡に適うショットもあるが、続かない。

その僕から先生のスイングを見ると、それこそ惚れ惚れする。ボールの初速・伸び・滞空時間・飛距離。そのどれもが僕とは異次元のショットなのだ。

ダンロップ・フェニックスで2位になった直後、先生に「石川遼って凄いね」と言った。「凄いですよ。いきなりトップ・プレーヤーになっちゃうんだから」と先生。「でも、先生も石川遼も変わりないように見えるんだけど」「ぜんぜん違いますよ。野球に例えれば、私のは精々社会人野球。遼君はプロ野球、それも日本代表の中軸選手」。

その伝で言えば、僕のゴルフは何?草野球にも満たない、草野球の2軍かな。それならそれで先々の楽しみが沢山あっていいんじゃないか。ねぇ。

それにしても上には上があるもんだな。遼君にも多分、日本のトップではなく、メジャー・リーガーが見えているんだろうな。世界のタイガー・ウッズに挑む世界の遼。期待しちゃうね。

12 月 2, 2008   No Comments

ある挑戦

小さな保険会社が発足して丁度1ヶ月が経った。ということは、僕も勤め出して満1ヶ月ということだ。社長を含めて社員は今のところ10人。うち女性は2名だ。この会社の最大の特徴は、社員の年齢構成だと思う。立ち上がったばかりの若い保険会社なのに、社員は60歳過ぎや還暦を間近に控えた者が合わせて6人もいることだろう。

いわゆるPA(Premium Age)が頑張らなければいけない会社なのだ。しかし、ロートルが多い割には、昔よくあった第2の職場的沈滞ムードはまるでない。それは、小さいながらも、れっきとした保険事業を新たに始めるという、ある種の緊張感と高揚感の賜物かも知れない。

ここに集まったPA世代は、夫々の会社で現役の時、営業や折衝や業務やシステムの専門家だった者達である。しかし、専門家だのプロだのと言えば聞こえは良いが、実際は55歳を過ぎれば立派な窓際族だ。人はそれを「Windows 55」と呼ぶ。

それがここでは全員が夫々の分野の責任者である。益して、ゼロ・スタートの会社であるから何のしがらみもなく、過去に経験したような、理想が現実に負けるということもない。PA達は長かったサラリーマン人生の集大成として、長年温めて来た各々の理想をこの会社にぶつけようとしている。若くもないのに若い時のように妙に張り切っている。

まだチームとしては極めて日が浅いが、徹底して、無駄のない理想の保険、無駄のない理想の事務、無駄のない理想のシステムを追求することで、全員が一致している。

その結果、従来日本で最も安い医療保険と言われて来た外資系保険会社の商品よりも、更にその半分程の値段で加入出来る医療保険が誕生した。画期的なことだ。この保険は若い人には勿論、PA世代にも朗報となるだろう。これなども一切の既成概念を捨てて、無駄を極限まで削ぎ落とし、内容も「シンプル・イズ・ザ・ベスト」に徹した結果だと思う。

12月からテスト販売を行い、1月から本格販売を開始するのに合わせて、今、急ピッチでシステムを間に合わせようとしている。

僕の役割は、このシステムを、40年来の相棒のSと若い女性SE(若いと言っても飽くまでも相対的な意味)とで、もし既存の保険会社が、これと同じシステムを構築するとすれば掛かるであろう費用より、2桁安く作り上げることだ。

正に、PAによる全共闘的挑戦を始めた会社と言って良いのではないか。

12 月 1, 2008   No Comments