若き心
人生60年もやっていると、人の心の御し難さを何度も痛感する。まずは高校生の頃の自分の心の御し難さを知るのが初め。
確たるものを持たない自分に悩み、友人の何と逞しいことかを思い知り、小さい自分は、このまま消えてなくなるのではないかと本当に思ったものだ。女子に息苦しさを覚え、先生の無神経な言葉に怒りを覚え、大人達の勝手な論理に断絶を決め込んだ。
勉強が出来るってそんなに大事なこと?受験勉強はそんなに大事なこと?いい大学に入るのってそんなに大事なこと?いい会社に入るのってそんなに大事なこと?偉くなるってそんなに大事なこと?それでその先はどうなるの?それで最後はどうなるの?
誰も答えてくれない。そんなことより、2度と帰らぬ17歳の今の方がよっぽど大事だよ!
大学時代。もう何かに追い立てられるような脅迫観念はない。綺麗さっぱり解放された。その途端に自分は何をやりたいのか、何もない。友達は生き生きといろんな活動に散って行ったのに。先輩がやって来て、70年安保闘争に向けて学生は結集しなければいけないと言う。「何故?」と小さな声で聞く。「米帝国主義を打倒し、日本の独立を勝ち取る」ためだと言う。
僕の聞きたいのは「何故貴方は、そういう活動にのめり込めるのか?」ってこと。通じなかった。「ノンポリが最も悪い」と非難された。誰にも迷惑も掛けず、何も悪いことしてないのに、それが一番の悪だという。
僕は経済学部の学生。世はマルクス経済学全盛期だ。教室内はマルクス、マルクス、マルクス・・・。教室を出れば「マルクス・レーニン主義万歳、革命必至」のタテ看。マルクスを読んでみた。だけど、今日のメシ代をどうしようか、が最大の関心事の我が身には、マルクス経済学もマルクス・レーニン主義も、何の意味もない。
だけど、心のどこかでは、マルクスに一生懸命になれている奴らが羨ましい。親友に誘われ「校舎の移転反対」の街頭デモに参加してみた。「どうして反対するんだ?」。学長を取り囲んだ全体集会。学長が移転理由をマイクで説明している。「ナンセンス!」「白紙撤回!」の怒涛の声に学長の声が消される。良く分からない。
「俺は一体何をしたいんだ?」「俺には一体何があるんだ?」「俺は一体何者なんだ?」


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