偶然×9=奇跡(4)
【偶然その4】―もしも、Shifoがいなかったら、あり得なかった―
美人のミュージシャンが何人かいて、生演奏を聞かせてくれる店。郊外にしてはなかなか贅沢な店だ。だけど正直言うと、こちらは飲みたいとか、聴きたいとか言うより、ミュージシャンの皆さんと一緒にドラムをやりたいから通うのに、クーペしかいない日がある。そういう日は自分の中では「ハズレ」。
ところが、そういう日に限って、ご婦人連のお客さんが生演奏を聴きたいとやって来る。こういう時普段は、多分クーペは1人でギターの弾き語りをやるのだと思うが、無理やり僕にドラムをやれと言うのだ。ガットギター1本とボーカル。それにドラムを合わせろと。
とても無理と思いながらも何とか合わせた。自分の叩くドラムの音でクーペの声も生ギターの音もよく聞こえない。いくらドラムをやりたいと言っても、こんなシチュエーションは勘弁してよ!お客さんもいるんだよ。
冷や汗もんだ。1曲で勘弁して貰った。その時、入り口から若い女性が現れた。クーペが「おお、Shifoか。早くピアノやってくれ」と言った。ああこの人が噂のShifoさんか。ピアノの前に座った。「この店の従業員でShifoと言います。本日はようこそお出で下さいました。では何曲か弾き語りをやせて頂きます」と言って「フライ・ミー・ツー・ザ・ムーン」をピアノ弾き語りで歌ってくれた。
少しハスキーに、そして天使のように透き通る声で歌うShifo。僕は一発で気に入ってしまった。次の曲は彼女のオリジナル曲だ。「リアル」。テレビの漫画映画の主題歌に使われた曲だとの説明。初めて聴くが曲調が新しい。良い曲だ。素晴らしい。
こんな東京郊外で、こんなに素晴らしい演奏を生で聴ける驚き。Kもクーペも前から僕に言っていた。「この店にはシホという凄い女性がいる」と。成る程ね。みんなが言うのが分かったよ。この店に来始めて5回目で遂に歌姫に会えた。
クーペが何やらShifoに囁いた。Shifoがマイク越しに言った。「今日は噂のドラマーが来られているようです。それでは神童さんお願いします」。急に指名された。この店に来て以来、図々しく振舞って来た僕も流石にこんな凄い方とセッションをやる勇気が沸かない。
愚図愚図してたら、クーペが「神童さん、何カッコ付けてるのよ!」って言うんだね。仕方ないから渋々前に出てドラムの前にスタンバイしたよ。
僕が躊躇したのにはもう一つ理由がある。ドラムの場所が、アップライト・ピアノの直ぐ後ろの一段高くなっている所だから、ドラムが大変に目立ち過ぎる上に、Shifoを見下ろす形になる。凄い音楽家とセッションするだけでも恐れ多いのに、そんな目立つ位置じゃ下手な僕は晒し者みたいになっちゃうじゃないの。
Shifoが「何をやりますかねぇ?」と分厚い歌集を見ながら問わず語りに言うから「8ビートでお願いします」と言ったら、「じゃ、レット・イット・ビーでいいですか?」「はい」、と覚悟を決めた。
自分では慎重にやった、つもり。まずまずだった、つもり。もう1曲やる、つもり。「え?もう1曲やります?」とShifo。1曲で僕が席に戻ると思っていたShifoはなんか迷惑そう。今日は何人か見知らぬ客さんもいるからね。でも僕はもう1曲、Shifoさんと一緒に演奏出来る幸せに浸りたかった。「はい、宜しくお願いします」。
曲はサザン・オールスターズの「夏をあきらめて」。これを8ビートではなくShifo編曲の4ビート・ジャズ・ナンバーとして演奏。2曲目ともなると、少し落ち着いて来て、Shifoの歌を聴きながら演奏することが出来た。やっぱり音楽は楽しい。Shifoと一緒に演奏させて貰うと一層楽しい。Shifoが上目遣いに僕を見た。それはそれは大きな目。何かを訴えている。はて?あぁ、「終わるよ」って言ってるのか。やっと分かった。間に合った。終われた。それにしても、あの大きな目は誤解の素だな。


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