プレミアムエイジ ジョインブログ
Random header image... Refresh for more!

偶然×9=奇跡(9)

【偶然その9】―もしも、店でバンドを組んでいなかったら、あり得なかった―

クーペがCDメジャー・デビューしてから、「クーペ&Shifo」はコンサート活動に力を入れ始めた。その最初が2004年秋の銀座博品館でのライブだった。この時はまだおじさんバンドが出来ていなかったが、クラリネットの松っちゃんが先行して初舞台を踏んでいる。

その後の東京郊外でのコンサートには、1曲だけ僕も出演してデビュー予定だったが、たまたま前日、父親が亡くなったので果たせなかった。

おじさんバンドとしてのデビューは、2005年2月の天城高原リゾートホテルでのライブだった。「クーペ&Shifo」のバックを務めた。その日は、伊豆半島では珍しい吹雪の日で、クラリネットの松っちゃんは、車で難渋し演奏時間が終わったその時にやっと現れ、追加演奏となり、松っちゃんの18番「鈴懸の径」を演奏して客の喝采を全部持って行ったのだった。

舞台としてその辺りまでは素人バンドとしては許される範囲だろう。それが5月には、日比谷野音、10月さいたま芸術劇場、11月よみうりホール、翌年2月は福岡イムズホール(父娘28年ぶりの再会コンサート)、4月東京国際フォーラムに立つようになると、さすがに自分達でも、ド素人のバンドがそんな檜舞台に立って良いのかなと思うようになる。

だが、クーペは言う。「だから面白いんじゃないの。上手い奴がそういう場所でやるの、当たり前じゃん?ド素人がやるから面白いんだよ」。

僕等のバンドが出来てから、1年後くらいに団塊の世代を中心にオヤジ・バンド・ブームが巻き起こった。彼等は正直、僕等よりも数段上手いが、発表の場所は、ライブ・ハウス、市民祭り、精々が市民ホールなのに、僕等は「クーペ&Shifo」と一緒にやっていたお蔭で、凄いことになっている。

こんなことってあり得ない。だからこれも奇跡でしょ。東京の名だたるホールというホールで演奏した素人バンドなんて、僕等だけでしょ。全くもって恐れ多いこと。我々おじさんバンドは、元々クーペの店で演奏するために作ったんだよ。それが、あれよあれよという間に、昨年はNHKホールだったり、今年は東京オペラシティなんだから。それも還暦過ぎて。

60歳過ぎてこんな人生が待っていたなんて!!!自分でも考えてもみなかった。僕にとってはこれも奇跡。だから、音楽の神様と「クーペ&Shifo」には心から感謝している。

そして最近では、この一連の奇跡を奇跡で終わらせたくない、と思うようになった。夢の続きは果てしない。けれども、夢の続きに賭けてみる。

0 comments

コメンはありません。

下記のフォームへの入力が必要となります。

コメント欄