失敗
いつから、そんなにそそっかしくなっちゃったのか。自分に驚く。これはボケの始まりか、と真剣に心配した。
駅前の書店で、暇つぶしにと、今まで読んだことのない若い作家の本でも読んでみようかと物色した。若い作家と言えば東野圭吾・真保祐一・楡周平・雫井脩介。東野と真保と楡はここのところ結構読んでいる。若い作家の奇想天外の発想とテンポの良さに結構はまっている。雫井脩介、以前から名前は知っていたが読んだことはなかった。
手に取って少し立ち読みしてみた。読み易い。じゃぁ、何を買おうか。帯に大きく「第一位」と書かれた本に目が行った。「犯人に告ぐ」。帯には「週刊文春ミステリー・週刊現代最高に面白い本第一位」と書いてあったのだ。どこかで聞いたタイトルだなぁとは思った。
その文庫本は「上」「下」二冊から成っていた。二冊買って通勤電車の往復で読み始めた。なかなか面白い。刑事ものだが主人公が大失態をやらかす場面が前半のストーリーだ。その6年後、主人公はもう一度チャンスが与えられて幼児連続殺人事件の総責任者になる。
その捜査方法が、前代未聞の劇場型捜査なのだ。夜10時半の看板ニュース番組の特集番組に主人公が週2~3回ゲストで出演して、目撃情報を広く集めるための訴えを行うのだ。そこまで読んでやっと、「何だ、数年前に映画で見た原作か」と分かった。「上」の半分以上も過ぎて気付くとは。いやはや。まっ、原作を読むのもいいかと思い直し、続けて読んだ。
本当に面白かったから、あっという間に「上」を読み終え、「下」に移ろうとして書棚から「下」を取り出し、同じ場所に「上」を挿入した。つもりだった。どちらも書店でカバーをして貰っている。
さぁ続きを読もうと思って、開くと「上」だった。「あれっ?」。「入れ替えたつもりが、また、同じのを持って来てしまったか」と思って、再度書棚までに行って入れ替えた。読もうとした。またまた「上」だった。狐につままれた如し。「手品か?俺も遂にヤキが回ったのか?」と思った。若しかして。2冊とも手に取って同時に開いてみた。「上」と「上」。やっぱりヤキが回ってた。
学生時代に下宿の隣部屋の理学部のS君が、「文学なるものを読んでみたい。神童、何かお勧めの本はないか?」と言う。理系ど真ん中の学生は、数学の本や哲学の本は好むが、純文学は遠い存在らしい。Sがそう言うのは珍しいこと。「白鯨」というアメリカの作家メルビルの代表作を教えてやった。
彼は早速文庫本を買って来て読み始めた。1週間後、Sは「面白かったよ。神童ありがとう。お礼に紅茶入れるから部屋に来ないか?」と僕を自分の部屋に誘ってくれた。
小さな本棚に「白鯨」は「上」「下」2冊が納まっていた。彼が紅茶を入れてくれる間にそれを良く見たら、「上」は岩波文庫、「下」は新潮文庫だ。「あれ?出版社が違ってても区切り方は同じなのかなぁ?」と思って、末尾の方の文庫本案内一覧のページを見比べたら、岩波の方は「上・中・下」の3部作で、新潮文庫の方は「上・下」の2部作ではないか。これでは途中、どこかが飛んでる筈だし、訳者も違うから文章のトーンも全然違う筈。
「Sよ。読んでて変じゃなかった?」
「全然!どうして?」
「上巻と下巻じゃ出版会社が違う上に、片方は上中下だからねぇ。途中話が飛んじゃってるよ」
「そうなの?分かんなかったけどなぁ」
この時、理系バリバリの人間の頭は、常人とは全く違う構造をしてるんだと思った。僕も遂に理系に近付いたか・・・???


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